異化と同化、アウフヘーベン

普段フォローさせて頂いている、支援現場の方のブログで、気になることが書かれていた。
『当事者」に向かって「声をあげろ」というのは、しばしば暴力的だ。本来は、声の大きさに関係なく「聞いてまわる」べきなのだ。ひとりひとり、丁寧に。できうる限り。』(1日250ページビューの無力感
まさに、その通りだよなぁ、と思う。ただ、一方で「ニーズ調査」に代表されるような、障害当事者に向かって丁寧に聴き取る努力をしようとしない中央集権的な構造の中で、それでも「代表者」の声を聞こうとする会議が開かれている。でも、この支援者が書いておられるように、「さまざまなアクションを起こせるのは、それを可能とする条件をいくつも整えられた人々であり、圧倒的な少数派」であることは間違いない。ゆえに、「自分の意見を表明するのが難しい人たちのことを当事者主体の中でどう考えるかについて、なぜ議論されないのか」という問いが、本来ならば真っ先に論じられてしかるべきだ。だが、2013年8月までに、自立支援法に変わる新たな法律を作ると国が宣言し、その為には来年の夏までに新法の骨格を作らなければならない、という待ったなしの現実を前にして、既に制度改変に向けた議論に突入してしまっている。そして、この動きに対する批判や揶揄、否定的な見方も沢山ある。
これまでの僕は、あくまでも外野の一員として、批判的に眺めていた。だが、気づけば内野のプレイヤーの一人に結果的になってしまった。55人という大所帯では目立たないけれど、間違いなく「代表者」の一人である。
そのフィールドプレイヤーの一人として、とにもかくにも「内輪もめ」を避けて、少しでも建設的な未来に向けた対話を始めるにはどうしたらいいのか、をいつも考えている。福祉学科ではない法学部で講義をしていて常に思うのだが、最初から障害者に興味のある一般学生は殆どいない。むしろ、毎年の講義の始めには、障害者は入所施設でハッピーに暮らせたらいいじゃないか、とか、自分も不可逆的な障害を負ったら死んだ方がましだ、という「一般常識」に縛られている学生たちの感想が、繰り返し出てくる。教員としては、そんな「一般常識」を、どうひっくり返して、学生が納得してくれるか、を考える為に必死になっている。
そんな「一般常識」の界に接する人間としては、「障害者支援」という「普通の人が興味を持たない特殊な眼鏡」を共有する関係者は、立場や位置づけが、障害別や当事者、家族、支援者、研究者、行政等で違っても、広い意味で同じ方向性にあるべきではないか、と捉えている。差別や偏見の眼鏡が少なくない一般社会のコンテキストを書き換えるために、眼鏡を共有する関係者が同じ方向で歩まなくては、何も変わらない、と思う。だが、現実はその逆で、小さい「界」の内部では、連帯ではなく「内ゲバ」状態が時折見られる。この現実に、大きな悲しみを覚える。そこには、政局というファクターが入るので余計にややこしいのだが、改正自立支援法案の問題も、その是非ではなく、連帯を妨げる分断的要素が大きすぎる、という点で、非常に残念な問題だった、と思う。
一人一人の声を聴き続けること、そして大同小異としてまとまっていくこと。この異化と同化のプロセスは、どちらかだけが大切なのではなく、常に両方が大切なのである。このことを見据えて、政策形成という場にどのようにコミットし続ければいいのだろうか。本来は、異化と同化のアウフヘーベンなのだろう、と頭ではわかる。でも、「自分の意見を表明するのが難しい人たち」の声が聴かれていないという不信感が現前として存在する。その差異にどうすればちゃんと耳を傾けられるのか。その上で、全体としてどのような方向性を持って、新たなコンテキストを創り出すことが出来るのか。それを、残り1年という厳しい日程の中で、どう現実的に編み上げていけるのか。日々、このことを考え続けている。

やりたいこと、できること、そして求められていること

ここしばらく、日程的にキツイ日々が続いている。

6月末〆切の原稿が終わらず、今週末にある程度固めておかないと、来週は海外出張も入っている。こんなに忙しくなるなんて先のことまで考えずに学会発表のエントリーをしてしまったわが身を恨んでも、後の祭り。あと、何だか今日は研究室にかかってくる電話も多くて、しかも断れない筋からの依頼ごとで、二つの研修を引き受けてしまった・・・。
ああいう研修に際して、今日電話がかかってきた方からも聞かれたのだが、「○○円くらいしか出せないのですが、それでも来て頂けるでしょうか?」という形でのおたずねが時々ある。世の中では研究者でもビジネスライクな方もおられ、こないだとある研究者のHPを見ていたら「講演は30万円から」等と書かれていた。すごいですね。僕はそんな値段を付けられるはずもないし、もちろんそんな多額を貰ったこともない。いつも言うのは「障害者福祉制度と同じで応能負担で結構です」と原則的に申し上げている。
あと、率直に言うと、対価は確かに有り難いが、あくまでも金銭はメディア(媒介物)だと思っている。高額な謝金を頂いても、あんまり気持ちの良い仕事が出来なければ、うんざりする。逆に、謝金自体はどうであれ、その現場の方々の熱意やこちらへの配慮が伝わり、その現場に貢献したい、という気持ちになれば、万難を排して引き受ける。今日の依頼も、後者の依頼であったので、謝金の話に関係なく、引き受けた。これは各人の仕事観に基づくものなので、他人のアプローチに口を挟むつもりはないが、自分自身は、僕自身のミッションに添う形での上記の原則を大切にしている。
そのことを改めて意識化・先鋭化させてくれるフレーズに、ちょうどこないだ読んでいた本を通じて出会った。
「意義のある人生を送るためには、三つのことを串刺しにしなければならない。
まず、君のやりたいこと。次に、君の出来ること。そして、世間が求めること。
この三つを貫く立場をもてれば、君は自分のやりたいことを、存分にやりながら、なおかつ世間から存在をゆるされて、そのできる、やりたいことで生活をしていくことができる。(略)
本当に意義のある人生は、この三つのところにしかない。だから、それは本当に難しいことなんだよ。にもかかわらず、何とかそれを実現しようとするならば、この三つが何とかなるように努力をしなければならない。志望と能力が一致するように、能力を充実させること、世間の都合と志望や能力が一致するように、世間への働きかけ方、その方向性を吟味すること。
その三つを一致させるという視点に立って、自分の仕事と世間を見渡すということ。それが大事なことなんだ。」(福田和也『岐路に立つ君へ』小学館文庫p132-135)
やりたいこと(志望)と、出来ること(能力)、そして世間が求めること(世間の都合)の三つを「串刺し」することが、「意義のある人生を送るために」大切なこと。この筆者の語りは、今の自分には本当にストンと落ちる。20代は、「やりたいこと」を大声で叫んでいたが、「出来ること」は(今でも限られているが、当時はもっと)限定されていて、世間どころか誰にも求められていない、という感覚が強かった。なので、師匠に弟子入りして、現場の「父」「母」に鍛えられ、「出来ること」を少しずつ伸ばしていった日々だった。そして、博論を書き終えた後の二年間という兼業主夫兼半フリーター的日々には、「出来ること」があると鼻高々になっていたのに、どこにも就職出来ず、「世間が求めること」に合わない自分に悶々としていた。
それが、山梨で職を得て、働き始めることによって、状況が一変する。肩書きがついてしまうと、「世間が求めること」が増え始め、それに対応するなかで、「出来ること」も少しずつ増えていく。だが、そうやって漫然と「世間の都合」に従っていると、「やりたいこと」から埋没してしまう。なので、このブログを書き始めた事もその一環なのだが、かならずどんなに忙しくても、「出来ること」「世間が求めること」以外の事にアクセスするように心がけている。来週の学会発表だって、確かに誰もそんな発表を求めていないかも知れない。海外学会の発表は、この2年で三回ほど発表し、どの時も正直言って満足な成果を出せていなかった。その度にとほほ、とする。少なくとも「世間の都合」に合う現場に呼ばれて行った方がちやほやもされる。
だが、それでは牙が抜かれた狼のようになってしまう。自分なりの「やりたいこと」という牙は、なかなか理解されず、着地しない。でも、それはその牙の見せ方・伝え方(=出来ること)に限りがあったり、煮詰められていないため、「世間が求めること」と一致していないだけなのだ。であるのに、「世間が求めていない」から、と安易にその「やりたいこと」を放棄して、「できること」「世間の都合」に迎合しているうちに、すっかり魂が抜かれた「御用学者」に仕上がる。誰の御用になるにせよ、誰かの都合に迎合すること、それだけは、絶対に嫌だ、と思う。
その為には、「求められていること」や「できること」が多い日々であっても、少しでもいいから、「やりたいこと」を入れていきたい。これは、仕事だけじゃない。遊びだって、合気道だって同じ。そう言えば、再来週は5級の昇級試験もある。これも本当に「やりたいこと」。こういう事を、仕事が忙しいからと断るようでは、結果的に牙が抜かれていくような気がする。だから、どんなに忙しくても、いや忙しいからこそ、「出来ること」という能力開発にどん欲になり、「世間の都合」には原則に合う範囲で応え、その合間を縫って「やりたいこと」をし続けなければならない、と思う。
さて、あと45分でゼミが始まるので、その前に「やりたいこと」モードに入るとしよう。

ようやくブログが復旧です

ようやくブログが復旧しました。管理人Nさん、本当にありがとう!

確かにまだ過去ログの再構築は完成していないので、ゼミ生でも手伝ってもらいながら、ボチボチ過去ログは復活させます。いや、誰も興味がないのかも知れませんが、23MBも書きまくってきたので、その5年分が全部一旦消えたか、と思うと、軽い喪失感がありました。
で、この間ツイッターというメディアで代用していたのだれど、良し悪し、だとわかる。
確かに140字で速報性と簡便性には優れている。そう言えば、最近の移動中の車内でも、本を読む時間の一部は確実にツイッターのタイムラインを読んでいる時間になっている。でも・・・。僕はブログを、自分自身の「思考のフック」に活用している。とりあえず、PCの前で文章を書き出す。これまでは大体その時々の読んだ本を補助線で携えている。でも、単にその読書メモ、というよりも、その本であれ、その時取り組んでいる課題であれ、対象世界と触れる中で感じる自分自身の感覚や感情を、論理的言語に置き換える練習であったり訓練であったり。それが、ブログのような気がするのだ。例えて言えば、ピアニストの弾くバイエルンのようなもの?! 書き続ける中で、そこからひょこっと新しい何かが生まれてくることも、時としてある、そんなメディア。
今、〆切を抱えた論文と格闘している。「ボランタリーアクションの未来」というテーマで頂いた特集論文なので、僕の改題は「障害福祉分野における社会起業家」。パラダイムシフトをもたらす社会起業家の、計画制御を超えた複雑系の知にも通底する包括的視点は、そう言えば、障害者福祉の分野で地域や現場を変えてきた実践家の営みと同じだよね、という着想を、『出現する未来』と『再考ノーマライゼーション』、『複雑さを生きる』というキーブックを交錯させながら編み上げていこうという試み。このブログをよく読んで下さっている方ならおわかりかもしれないが、このキーブックはブログでも取り上げたし、ベンクト・ニィリエ氏のことは何度もブログで断片的に書いてきた。そのような時々のブログで書いた事を、改めて整理し直し、自分なりに情報を編集し、文脈を与え、意味づけようとしているのが今回の営み。ちなみに、この情報編集術は福田和也氏の『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法②』から学んだものだが、情報の整理の仕方について本質を突く記述でもある。
まあ、こういう風に思うことを脱線しながら書き進め、データとしてウェブ上に残しておく。それが、そのうち論文のタネから発芽、若葉になるのだから、有り難い。140字ならせいぜいタネで終わる。でも、植物栽培でも同じだが、タネから発芽し、若葉が芽吹くまでが、実は一番大変なプロセス。なので、それをするには、ブログというツールは実に適切なのだ。
というわけで、またブログ生活をはじめます。どうぞ皆さん、引き続きごひいきに。

引っ越し作業中

2週間以上、更新が途絶えたこのブログ。書けない時期があると、フラストレーションが溜まります。お陰でようやく〆切近い論文にも火がつきました。怪我の功名、ですね。

管理人Nさんが、本業を滞らしてまで取り組んでくださったお陰で、とにかく新しい母屋での開店にこぎ着けました。以前のデータの移行作業は手作業ゆえ、時間がかかりますが、とにかくブログは再開します。以後、またごひいきに。

今は幅より奥行き志向です

久し振りに月曜の朝にブログを書いている。

ここしばらく、〆切やら急ぎの仕事やら出張やらに忙殺されている日々。ま、ブログで書くのを忘れていたけれど、その間に6月の最初の週末から先週の
月曜日にかけて、沖縄に遊びに出かけた。やちむんも沢山買い込み、何だかアウトレットでしか服を買う暇がない日々なので!?、いつもの定番あしびなアウト
レットでも、半袖シャツ2枚にサマージャケット、ジーンズをゲット。ダイエット効果は有り難いが1月に80.8キロあった体重が今朝測ったら71.2キロ
なので、ズボンがユルユル。よって、すごくスリムなジーンズをゲットしたのである。不退転の決意だ。

不思議なもので、9キロのバーベルを身体から外しただけでなく、心も少し軽くなったような気がする。以前より疲れにくくなったし、あと以前より同じ
服を着ても、似合う度合いが増えてきたような。別に服装にそれほど気を遣っているわけではないが、それでもシンプルで清潔感がある方が、自分もシャンとす
るし、気持ちがよい。そして、何と言ってよいかわからないが、そういう気持ちの良さの中から、良い流れや渦のようなものが巡ってくるような気がする。だか
らこそ、バカ高い服は買わない・買えないけど、質の良い服を丁寧に着たい、と思う。

と、ここまで書いて分かれ道。さて、ここからどう書き進めるか、で手が止まる。実は、これはツイッターでも同様の現象なのだが、「内面の事を書く」
「対社会的なことを書く」の二つに分けるなら、多分読者に向けると後者がいいのだろうが、今の自分は前者ばかりがこんこんと沸いてくるのだ。ま、今までも
ブログは割と前者が多かったので今更、と言われそうだが、今日は少しその「分かれ道」についてメタ的な分析をしてみよう、と今、決める。

ツイッターでもブログでも、より多くの読者を引きつけるのは、「内面」であれ「対社会的」であれ、読者という他者にアクセスするポイントが多ければ
多いほど、興味深い。僕はこれまでブログを多く覗くタイプではなかったのだが、ツイッターでは一応130人くらいのフォローをしている。その中で、読み流
すツイートと読んで考えるフックをもらうツイートの違いは何か、が何となく見えてきた。事実や出来事の感想レベルであれば、「あっそ」で終わるのだが、例
えばある事に対して自分の内面をぐーっと掘りさげると、他者の魂とも触れる共通の井戸の底、臨床心理的に言えば集合的無意識ゾーンにアクセスする何か、に
あたる。また、普天間問題や首相交代の出来事に対して、メディアの喧伝とは角度を変えた、エッジの効いた分析をスパッとしてくれるなら、それはそれで読み
手の琴線に触れる。つまり、文章の深みや広さが他者と出逢える奥行きや幅を持っているなら、書き手と読み手が振幅する可能性が高まる。そして、ツイッター
ではRTで再生産されていく。

そうした時に、僕はどのような奥行きや幅のある文章を書けるのだろう、とふと考えると、フリーズしてしまう。僕にはそこまでかけないよな、と。これ
がブログであれ、ツイッターであれ、書くのをためらう最大の理由なのだろうと思う。

さて、もう少し自分に引きつけてこの問題を考えてみる。僕自身は割とここ最近のブログでは、深堀をするための模索をしつつあるようだ。いつも読んで
下さっているM先生はお察しが早く、「この春のブログは長すぎて途中で読むのが疲れちゃったけど、最近は落ち着かれましたね」とこないだ言われた。そう、
この春、香港に旅行に出かけたあたりから様々な気づきと出会いに遭遇し、そこから今に至るまで、気づきの渦にいる。たぶんその入口になるのが、3月に書い
た次のブログだ。

「職場で、フィールド先で、どういう他者と出会えるか。やっとこさ、根と翼の両方を「欲求」出来る主体になったのかもしれない。」
http://www.surume.org/column/blog/archives/2010/03/post_410.html

おかげさまで「予言の自己成就」よろしく、その後の数ヶ月で多くの出会うき人に出会い、劇的な変化の渦の中にいる。考えたり気づいたり、一皮むける
ような体験も一度や二度ではない。先週の金曜日もあるセミナーで、主催者のHさんから大きな気づきを頂いた。これは直接の出会いだけでなく、最近の読書体
験からも多く気づかされ、その片鱗はブログに書き付けている。そういうチャンスに多く遭遇出来ている時期なので、その時の喜びや発見、驚きを書くことが最
近のブログやツイートには多い。

ただ、一度に無理だ、というのは今気づいたのだが、そういう内面の掘り下げが面白くて仕方ない時期には、なかなか対社会的な問題にエッジを効かすと
ころまで到らない。世の中で生起する問題について、あれこれ思うところがあるが、いざ書いたり口にしたりすると、マスコミで流布するような定型的な分析の
範囲内に収まってしまう。それで満足していればいいのだが、何だか心の底で感じている事と、文字にした時の誤差が大きく、多分そういう語り口の文法と語彙
を、対社会的な何かについて、まだ持ちきれていないのだろう、と感じる。それはもどかしくもあるが、まずは内面を語る文法と語彙に専心すべき時期なのか
な、とも、今、書きながら感じている。

というわけで、まだしばらく、井戸の鉱脈に達するまで、書きながら、掘り続けてみようと思う。よって、対社会的な幅の広さは、ここしばらく、このブ
ログに表れないかもしれません。そんな見立てを自分の中で保持したくて、今日もやっぱり内面の吐露になってしまった。さて、直面する仕事に戻るとしよう。

カリスマのどこに着目するか

カリスマ、なる言葉がある。天賦の才能を持ち、あるいは不断の努力を重ね、時には双方の相乗効果もあって、世間の常識では考えられないような出来事
を成し遂げたり、作品を作り上げたり、世の中を変える実践を行っている人びと。それを指して、人はカリスマ、という。確かに福祉や医療の世界でも、旧態依
然とした世界に対して違う価値観、違う視点でアプローチし続け、ある時それが花開いて、多くの人が従うリーダー的存在になる人がいる。例えば「小規模多機
能型」という概念を産み出した富山の惣万さん、「当事者研究」を世に広めた浦河の向谷地さん、「ノーマライゼーション」を世界中に広めたスウェーデンのベ
ンクト・ニィリエさん。志ある人びとが、実践を積み重ねる中で、常識に対抗し、オルタナティブな何かを差し出してきた。そういう系譜がある。

ただ、一方で僕が気になっているのは、あまりに属人的要素に絡めすぎることへの危険性についてだ。「あの人の実践はすごい」は、容易に「あの人だか
ら出来た」に転化する。たしかに「あの人だから」という部分は勿論ある。それを否定するのではない。だが、その属人的要素に着目しすぎることは、下手をす
ると、「○○さんがいなくなればおしまい」「自分には出来ない」という他人事的視点に転化しないか、が気になっているのである。カリスマと称される人がこ
れまで築き上げてきた成果の称揚はよいのだが、そのオリジナリティの強調は、他者がそこから何を学べるのか、という教育や伝達的な側面が抜け落ちる可能性
がある。そこが気になっている。

これはTBSの「情熱大陸」やAERAの「現代の肖像」などの人物ルポにも共通する要素だ。「一角の人物」が、どういう足跡を辿って抜きんでるよう
になったのか、は、確かに読者・視聴者の興味をそそる。また、そのサクセス・ストーリーをメリハリよくまとめることが、ルポや番組を作り上げる上での「見
せ所」になる。でも、その「見せ所」が面白ければ面白いほど、普通の人との隔たりは大きく、「そんなの無理だよな」という諦めへの転化につながることが少
なくない。事実、無意識のうちに読者・視聴者である僕自身もそうしている側面もある。

この違和感は、ずっと前から抱えていたのだが、ではどうすればいいのか、というオルタナティブがなかなか思いつかなかった。だが、今読んでいる本か
ら、そのヒントがもらえそうだ。

以前、アダム・カヘンの『手ごわい問題は、対話で解決する』(ヒューマンバリュー)を
ログで紹介
したことがある。その本に紹介されていたピーター・センゲなどによる『出現する未来』(講談社)を読んだ。著名な経営学者達による本だ
が、タイトルの書き方が少しオカルト的なので、遠ざけていた。だが、その本を読んで更に興味がわき、その本の著者の一人、オットー・シャーマー氏によ
る”Theory
U”を今ちびちび読んでいる。(英語なので、サクサクとは当然読めない) そして、このU理論を眺めている中で、先ほどの問いに対する何となくの答えが出
てきたのだ。

シャーマー氏は、世の中のものの見方として、「出来上がったもの(thing)」「創造する過程(process)」「創る前の無地のキャンパス
(blanik
canvas)」の3つのどれをみるかによる、と指摘している。そして、経営学における大概の分析は、出来上がった生成物(過去)の分析であったり、出来
上がりつつある過程(現在)の分析である、とする。だが、本当にリーダーシップやマネジメントの真髄に触れようとしたら、もう一歩深めて、現段階でこれか
ら生起しようとしている複雑性の源に目を向ける必要がある、とする。この視点にたって、7つのステップとしてU理論を深めている。(この理論の簡略的紹介
は次のHPに)

実はこの本を読んでいて、「無地のキャンパス」に目を向ける、という視点が、先ほどの議論とつながるような気がしている。これまでのカリスマの紹介
ルポや番組は、あくまでも出来上がった「成果」やそれに至る「過程」に注目し、その人がどのような「無地のキャンパス」で「出現する未来」をどう感じ、読
もうとしているのか、に踏み込みきっていないのではないか、と。最初の問いに引きつければ、現場を変えたカリスマ的な人を、単に属人的要素のみで分析する
のではなく、その人が触れた「無地のキャンパス」に浮かんだ「出現する未来」とは何だったのか、それをどう形にしようとしたのか、という視点で分析するこ
とで、後に続く私たちがその叡智を継承する事が出来るのではないか、と。

制度やシステムは、いつも現実の後追いである。そして、そのキャッチ・アップの過程では、特定の人格によるリーダーシップやカリスマ的行動がいつも
見え隠れしている。だが、それを「○○さんだから出来た」という卑小な属人性に落とし込むことは、物事の本質を捉えていないのではないか。そうではなく
て、その「○○さん」がどのような「出現する未来」を「無地のキャンパス」に感じ取ったのか、そしてそれをどう現実のものに形作っていったか。この過程と
成果こそ、次代の私たちが学び、引き継ぎ、自分のものにすることが出来る要素である。そして、こういう要素も含めて「カリスマ」から学ぶことによって、そ
の「カリスマ」の偉大さや功績を本当の意味で評価した事になるような気がするのだ。

と書いて、何だかまだ上記の文章が生煮えであるのはよくわかっている。ただ、今日はあくまでも備忘録的なメモなので、生煮えをご容赦頂きたい。

追伸:お気づきかどうかわかりませんが、このブログページ、管理人のmamnag氏のおかげで、少し幅が拡がり読みやすくして頂きました。あと、右
上のスルメのロゴを押すと、僕のプロフィールページに飛びます。ついでにツイッターと同期まで! よかったら覗いてみてくださいませ。

「楽しみ」のコペルニクス的転換

今日は終電二本前の「あずさ」。まだ会議は続いているが、少し早引きさせて頂く。ここしばらく毎週東京での会議が重なり、かつその後、多少飲んで帰
るといつも終電になる。水曜は朝一から仕事が入っているので、さすがにきつい。あと、しばらく禁酒もしていなかったし…。ということで、今日は少し早めの
帰宅である。

というか、新宿までの中央線快速に乗っていて思うのだけれど、東京は夜9時でも10時でも11時でも電車が大混雑。皆さんこれをデフォルトと思って
おられるし、確かに大阪時代は自分もそうだと思っていたけれど、山梨で職住近接になると、これは当たり前ではない。もっと言えば、スウェーデンに住んでい
た折、夕方の4時とか5時で仕事を切り上げるのが当たり前だった人の世界に触れた後、日本に戻ってきてこの大都会時間のデフォルトの変さを強く感じるよう
になった。

そう言えばとある週刊誌で、日本は労働時間は世界でトップ級(週50時間以上の労働者割合が世界一)だけれど、労働中のストレスは他の先進諸国の比
べたら低め(メキシコやスペインなどについで世界第六位)、というデータが紹介されていた(週刊ポストの先週号)。ちなみにスウェーデンは全く真逆。週
50時間以上の労働者割合はオランダに次いで2番目に低く、日本の30分の1。ストレスの高さは日本が72%に対して、スウェーデンは89.5パーセント
と世界第一位。

いろいろな解釈が出来るが、労働時間内の集中度と効率、能動を上げたら、そりゃあストレスは高まる。でもその分早く終わって早く帰れるなら、これに
こした事はない。一方その週刊誌は「日本は労働時間が長くてもストレスが少ないなら『日本の会社は意外と働きやすい?』」というトンデモ解説が書いてあっ
たが、それをデファクトスタンダードとすると、そりゃあ中央線は何時でも混む事態になる。普段11時には就寝している生活に慣れた僕自身は、そういう暮ら
しを「当たり前」とはしたくない。

で、そういうことを強く考えたのは、たまたま二週間前、丸の内の丸善で装丁がきれいなのでふと手にした次の一冊に、強く揺さぶられたからもある。

「『遊ぶために働く』とは、先の楽しみのために苦労と我慢を重ね、その埋め合わせとして遊びで発散するニュアンスがあります。一方、『働くために遊
ぶ』とは、まず楽しみながら自分を豊かにし、その豊かな自分を使って仕事というさらなるチャレンジをするというニュアンスがあります。」(『松浦弥太郎の
仕事術』松浦弥太郎著、朝日出版社)

正直この本を手に取るまで松浦氏のことは全く知らなかった。だが、単なるハウツー本ではない、また安易な人生哲学でもない、一人の仕事人が自分のラ
イフスタイルをどんな風に作り上げていったか、を、丁寧な口調で語る一冊。読み始めたら赤線だらけ、であっただけでなく、せっかくだからこの内容をメモし
たい、と今朝はたまたま5時前に目覚めたので、2時間かけて気に入ったところをノートにメモしていたら、3ページにもなってしまった。それくらい、気に
入ったフレーズがてんこ盛りの一冊。その中で、一番今の自分の琴線に触れたのが、ご紹介した部分。

僕自身が最近感じる違和感、というのは、『遊ぶために働く』というスタンスへのそれ、なのかもしれない。確かに苦労と我慢を重ね、一定のお金がある
と、それなりに「楽しみ」の選択肢が増える。日本の大都会は、諸外国の大都会い比べると、その選択肢の質の量も豊かだ。でも、そんな選択肢に囲まれても、
『働くために遊ぶ』姿勢をもっている人は、一体どれほどいるだろうか。あれも、これも、とせざるを得ないことが多すぎて、結局のところ、「まず楽しみなが
ら自分を豊かに」する機会から遠ざかってしまう人が少なくないような気がする。

「まず楽し」む。これは忙しさがデフォルトだと、なかなか難しい。だって「まず忙しい」人は、「忙しい=苦労と我慢を重ねること」という枠組みに依
拠している人が少なくないからだ。この枠組みは、「その埋め合わせとして遊びで発散する」というアメと、それが終わればまた「苦労と我慢を重ねる」という
ムチの、双方の交互作用を立場の前提に置いているような気がする。つまり、この枠組みを前提とすると、結局「遊び」はいつまで立っても「埋め合わせとし
て」の、つまりはメインから外れたチョボチョボの楽しさ、という形でしか生まれないからだ。

一方、目から鱗、だった『働くために遊ぶ』という姿勢。そっか、「まず楽しみながら自分を豊かにし」てもいいんだ、という気付き。自分自身、暗黙の
前提として「遊び・楽しみ=残余的価値」という枠組みをもっていたが、山梨に移住後、少しずつそれが消えかけている。心がけているのは、たまの飲み会や出
張を除くと、妻と「まず楽しみながら」夕食を囲んでいる、ということ。日々飲みながら、バクバク食べながら、「まず楽しみながら自分を豊かに」、そして
「自分たち」を「豊かに」しようとする時間がある。それが基本にあるから、「その豊かな自分を使って仕事というさらなるチャレンジをする」ことが可能なの
だ。そして、「仕事というさらなるチャレンジ」に旺盛に取り組むためには、もっと「自分を豊かにし」てもいいんだ、という悟り(=開き直り!?)も生まれ
てきた。

刹那的ではないが、最近頭の中でずっと「たった一度の人生」というフレーズが流れている。「たった一度の人生」だからこそ、もっと豊かに楽しみた
い。実にそう思う。そして、「楽しみながら自分を豊かに」することが、結果として、「仕事」にも好循環を与えるなら、これほど良いことはない。そういえ
ば、ツイッター仲間の「芸事の導師」先生も、真空管アンプを作る至福の時間があるからこそ、実に奥深い学識とハードでリアルな学内業務を両立しておられ
る。やはりこれも「豊かな自分」という実態があるからこそ、その結果としての「労働」なのだろう。労働の残余としての遊び・楽しみではなく、遊びや楽しみ
があるからこそ初めて可能な成果としての労働。そう考えたら、なんと遊ぶことにワクワクしてくるではないか。

いやはや、帰ったら早速次の遊びの計画を立てなければ。

「自分事」となる一冊

 

良いルポルタージュは、今まで全く無関心だったり未知だったり、それゆえに偏見をもっていたりする分野であっても、いや、未知の分野だからこそ、その問題をどう捉えたらよいか、のきっかけを与えてくれる。まさに道しるべ。単にある出来事を感情的・扇情的にルポするだけでなく、その問題の背景について丁寧に掘り下げ、法や制度、社会構造の本質にまでアクセスする深堀をしている。ルポを通じて自分自身の内面とも通じる何かに共鳴し、ゆえに読者は心を打たれる。「こんな世界もあったなんて知らなかった」と他人事的感動で終わらず、「この世界も含む私」の自分事として問題を捉えられるようになる。

こないだ読み終えた『逝かない身体-ALS的日常を生きる』(川口有美子著、医学書院)は、まさに上記のような意味での「良いルポルタージュ」だった。

この本を読みながら、僕自身がこれまでALS関係の書籍を何冊か買っていながら「積ん読」して一切手を付けていなかった理由が理解出来た。それは、昔の古傷を思い出していたからだ。

ALSの重度の方のように人工呼吸器を付け、24時間介護が必要な状態で生活をしておられる方と、直接のやり取りをさせて頂いた経験は、実は過去にもある。事故で頸椎損傷の重傷になり、人工呼吸器を付け、24時間介護が必要なAさんとそのご家族に、その昔知り合った。「口文字盤」といって、瞬きでのコミュニケーション方法がある、ということも、その方から学んだ。例えば「て」という言葉を伝えたいなら、50音を書いた紙をもち、「あかさたな」と介助者が言う。「た」の部分で瞬きがあれば、次は「たちつて」と介助者が発言し、「て」の部分での瞬きで確認する。同じALSの当事者の橋本さんによれば、「400字を入力するのに1週間かかる」そうだ(『ケアされること』岩波書店)

ただ、コミュニケーションに障害があることと、本人がコミュニケーションの意志がないこと、は大きく違う。むしろ、コミュニケーションをしたいのにそれが難しいという障害、と書いた方が分かりやすい。自分の意志が伝えられないという事は、本当にストレスが大きい。僕の知り合ったAさんも、事故後のコミニュケーションの困難性のストレスから、円形脱毛症を沢山作っておられた。余談になるが、例えば強度行動障害といって自傷行為を繰り返す重い知的障害の方も、実は自分の想いが伝えられない事のストレスを自傷という形で表現しておられるのではないか、と最近は感じている。また意志がない、などとラベリングされがちな重症心身障害の方も、舌や表情などでものすごく豊かな意志表現をされておられる様子も、西宮の青葉園にフィールドワークをしながら学んだ。繰り返しになるが、コミュニケーション障害とは、コミュニケーションの意志がないのではなく、むしろしたいのに出来ない、出来にくい、という障害なのだ。

Aさんやご家族と出会って、その方の抱えるコミュニケーションを支える「コミュニケーションボランティア」を集められないか、と相談された。地元のボランティアセンター等とも連携しながら、福祉系大学の学生ボランティアを探したり、などもしてみた。ただ、色々あって長続きせず、だんだん僕も疎遠になってしまう。その後、ある夜、喉がたんで詰まったことを知らすブザーに介護疲れの母親が気づくのが遅く、その方は亡くなってしまわれた。亡くなられた事へのショックだけでなく、自分があまり役に立てなかった事への自責感も強く感じ、以来、その問題自体から遠ざかっていたのかもしれない。

ただ、今回その古傷を越えて読んでみよう、と思ったのは、非常にミーハーな理由。同書が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した、と知り、少し警戒レベルを下げたのかも知れない。そんな良い本だったら読んでみよう、というエクスキューズを自分なりにつけて、読んでみた。本当に、読んで良かった。あちこちに線を引きまくり、ドックイヤーを付けまくっていた。例えばこんな箇所にも。

「私たちに欠如しているのは患者を死なせるための法でも医療でもなく、あるがままの生を肯定する思想と、患者にとって不本意なレスパイト入院などせずに済むような、良質で豊富な在宅介護サービスではないだろうか」(p181)

そう、今の日本では「良質で豊富な在宅介護サービス」がないことによって、「不本意なレスパイト入院」(=つまりは家族の休息と安堵の為の入院)が創り出されたり、今も議論がまた出ている尊厳死法案などの「患者を死なせるための法・医療」が生まれたりしている。繰り返し言うが、「良質で豊富な介護サービス」があれば、「あるがままの生」を享受出来るはずの人が、そのサービスが不足するために、入院させられたり、尊厳死に追いやられる現状がある。これはAさんの生活を垣間見ても深く同意する事であり、精神病院や入所施設に追いやられた方々にも共通する課題であると感じる。そして、その先には、ナチスのT4計画(ガス室での障害者殲滅計画)に代表される優性思想の系譜をやはり感じる。

どうも脱線気味なのでこの本の紹介に戻るのだが、この本の良さは、ご自身のお母さんがALSになった後、どのように介護してきたのか、を綴った闘病記である。だが、単なる闘病記ではない。私たちが普通アクセスしにくいALS当事者がどんな事を思い、感じているのか、を深く理解出来る。また、それを扇情的に煽るのではなく、むしろ「あるがままの生」とは何か、を母を通じて著者が学ぶ軌跡を伝えてくれている。

「重度障害者としての生き方を母は学びはじめていた。私たちになされるままになることに徹底的に抵抗をしめすことで、ケアの主体の在り処を教えてくれていたのである。」(p60)

介護者の一方的な感情ではなく、母と著者の格闘的コミュニケーションの中から著者が何に気づき、常識とは違うオルタナティブな視点を獲得していったか、その中で「ALS的日常」とは何か、を筆者がどう感得していったか、を、むしろ淡々と書きつづっている。まさに、僕自身にとってもこの問題をどう捉えたらよいか、のきっかけを与えてくれる、よい導きとなる一冊だったのだ。そして、この本がフックとなって、自分が蓋をしていたAさんのことを思い出し、それもフックになって、その後出会った重症心身障害や強度行動障害の方、あるいは入所施設や精神病院で長期間社会的入院・入所を余儀なくさせられておられる方の現実と、「ALS的日常」の現実が、深い部分で通底している事にも気づかされたのである。そう「良質で豊富な在宅介護サービス」が「ない」がゆえに、入院・入所や尊厳死などに追いやられている点で共通しているのではないか、と。

今日は大学の講義後、厚生労働省に向かう。障害者自立支援法に変わる新たな法律の議論をする、「障がい者制度改革推進会議」の「総合福祉法部会」委員の一人となったので、その会議に出かけるのだ。前回は当事者が、今回は私も含めた研究者が、一人5分間の持ち時間で発言を許されている。

原稿は前回の会議で送っていて、厚労省のHPにアップもされている。ただ、自分の言葉でもう一度言い直そう、と思っている。その際、大切な視点は「ケアの主体の在り処」だ。「良質で豊富な在宅介護サービス」がないがゆえに、社会的に排除されている彼・彼女の「主体の在り処」を取り戻すための、地域移行であり地域生活支援である。その事を第1において、今日の発表をしたい。

そういう意味で、この本は私にとってまさに「自分事」となる一冊であった。

楽し恐ろし「社会見学」

 

昨日の夜は、楽しい社会見学半分、恐ろしい経験半分、であった。次の番組に出ることになってしまったから、がその理由。いちおう今晩放映予定、であります。山梨ローカルですが

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NHK総合テレビ「金曜山梨」
シリーズ地域再生 働きたいをどう支えるか ~障害者雇用の今~
総合 5/14(金) 後8:00~8:33

山梨県の抱える課題と解決の糸口を探る、「シリーズ・地域再生」。今回のテーマは、経済不況の中、厳しさを増す障害者の就労について。政権交代により大きな転換期を迎えた障害者施策。3年後の新制度発足に向けて、今年1月から議論も始まっている。番組では、現行制度「就労支援」の課題を探り、障害者自身が多様な働き方を模索する事例などを紹介しながら、新制度に向けて提言する。
http://www.nhk.or.jp/kofu/kinyama/index.html
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普通こういう番組って、研究室に取材にこられて、ペラペラ長くしゃべって、30秒か1分くらいに縮めて「識者コメント」として撮られるもんだ、と思っていた。だが、聞いてみるとクローズアップ現代とか福祉ネットワークのように、スタジオでアナウンサーの方と話をする、ということらしい。一応障害者福祉の業界に身を置いているけど、厳密な意味での障害者雇用のスペシャリストではない。それなら、県庁の障害者雇用のプロフェッショナルのfukunekoさんとか、就労・生活支援センターのMさんとか、もっと適任者は一杯居ますよ、と抵抗したのだが、なんとその県庁某氏から「是非に」というご指名だそうな。専門的な話をする教育テレビの福祉ネットワークと違い、総合テレビなので、広く県民に障害者の現状を知ってもらう入り口として「はたらく」を取り上げたい、とディレクターのKさんに言われると、何となくそうかな、と思ってしまう。しかも、そのKさんは大学時代が京都だったようで、恵文社書店一乗寺店、というコアな本屋トークで盛り上がってしまい、引くに引けなくなってしまった。あと、社会見学もしたかったし、という下心もあって、引き受けてしまったのだ。

実は小学生の頃の「将来の憧れの職業」はテレビキャスターだった。当時、ニュースステーションが始まったばかりの頃。久米宏が、朝日新聞の小林さんと議論しながら世相を斬っていくのが、子供心に凄く格好良かった。あと、NHKスペシャルやTBSの報道特集なんかも大のお気に入りで、捕鯨問題はどうだ、政界再編はこうだ、なんて親相手にテレビの受け売りをしゃべっている、ませたガキだった。あと、これもどうでもいい話なのだが、小学校の頃は放送部に所属して、給食の時間の校内放送のディレクターもどきをして楽しんでいた。ついでに言うと、京都市小学校放送アナウンスコンクール、的なもので優勝してしまった事もある。運動音痴な僕にとって、多分人生において何かで優勝した唯一の経験。でもそれも、しゃべりがうまかった、のではなく、確か星野道夫氏の写真集の解説というシナリオで、みんなは台本を読むだけだったのだが、僕はアドリブで久米宏のマネをして、その本を開きながらオシャベリしたら、それが受けただけ、ということ。ま、昔からそういう感じの子どもだったようです。

ということもあり、アナウンサーとか放送局自体には、非常に興味津々だったのだ。だから、NHKの甲府放送局に出かけるのも「社会見学」そのもの。惜しむらくは、これが「ラジオ」だったら、ということ。自分の顔を晒されるテレビではなく、声だけが届くラジオだったらもっと伸び伸びしゃべれたのに、と。もう4年ほど前だったと思うが、自立支援法が施行される直前に、うちの大学がスポンサーになっているYBSラジオの「YGUラジオセミナー」という30分番組で話した時には、るんるんとしゃべっていた。テレビのような取材映像もなく、アナウンサーとのやりとりを通じて自立支援法の論点などを話したのだが、ラジオの一発取り、という雰囲気自体もアットホームで、アナウンサーとYさんに「あのね」と語りかけるようにしゃべっているうちに終わってしまった。収録はこちらは確か1時間ちょっと。ところがどっこい、昨日の収録は結局4時間弱もかかってしまったのだ。

テレビの文法は、ラジオの文法とは違う、独特の文法である。しかも、生放送の文法と、録画の文法も違う。もともとディレクター氏からは「生で出られますか?」と言われたが、そんな恐ろしいことは出来ない。しかも今日は三重のお仕事だし。ということで、昨日の収録になったのだが、録画だとリハーサルがある。そして、このリハーサルは、テレビの文法に馴れるためのSST(social skill training)としては良いのだが、僕のようにすぐにいろんな事を忘れてしまう大馬鹿者にとっては、良し悪し相半ば。断片毎にリハーサル本番を繰り返す中で、すっかり全体像を忘れてしまう。実は3時間程度で終わるはずの収録が1時間伸びたのも、そんな素人の僕が最後の収録部分である内容を忘れてしまい、その部分の取り直しと別件が重なってしまったのだ。いやはや、すいませんでした。

でも、収録の合間に、ご一緒したアナウンサーのAさんに色々「取材」出来たのも、実に面白かった。番組の作り手としてどのようにテレビの文法を熟知し、効果的に伝えるために刈り込んでいくか。打ち合わせの段階から台本はどんどん変わっていき、台本通りにしゃべるのが苦手で毎回違うことをしゃべるやっかいな僕に合わせて、話す内容も変えながら、本質は突いてくださる。こちらはカメラが気になって上がってしまっているので、論理構成もグダグダになっているが、そのあたりもちゃんと押さえてペースメーカーになってくださる。つまり、アナウンサーはカメラの前の編集者なのだ、ということがよくわかった。ディレクターという番組構成の編集者と、スタジオトークの編集者であるアナウンサー。その異なる立場の編集者の文字通りコラボレーションの中から、視点が加えられ、削られ、加工されていくなかで、一本のストーリーが出来上がっていく。自分の語りの下手さはさておいて、そういう編集場面に生で立ち会えたこと自体が実に面白かった。

で、肝心の出来は、ですって? 就労移行支援で大学の近所の温泉で働いておられる方や、バーチャル工房の皆さんの取材映像は、実に良かったです。これは見る価値はあります。で、僕自身はすっかり何をしゃべったか覚えていないので、今から三重に敵前逃亡です

「ひきこもり」と常識の捉え直し

 

今年から短大保育科の講義「地域福祉」も受け持っている。久し振りに資格取得を目指した学生さん達相手の講義だ。ただ、僕の受け持つ講義は試験に出る科目、ではないので、気楽に教えられる。何しろ、看護師も社会福祉士も精神保健福祉士も、国家資格取得のための教育は、「合格率」なるもので査定され、もちろん学生さん達もそれを求めるため、教育が大変だ、と複数の同業者から聞く。司法試験にしても然り。ゆえに、国家資格の試験とは直結しない科目の方が、ある程度のこちらの裁量が利いて、面白いのだ。「先生、試験に出るんですか、それ?」という問いもないし(笑)

というか、僕の講義は4大の方も基本スタンスは同じ。標準化された(=○×で回答可能な)問題は扱わない。むしろ、「暗黙の前提を疑う」「常識の捉え直し」の講義。ネタは福祉政策だったり障害者福祉だったり地域福祉だったり、と違うけれど、通底するスタンスは上記の、言ってしまえば割と社会学的なスタンスで取り組んでいる。いかに私たちが常識と思い込んでいることが、違う視点から見ると非常識だったり抑圧的だったり不合理だったりするか、を、様々な現象を素材に扱いながら見ていく、という講義だ。ちょうどこれから4限でやる3・4年生のゼミでは苅谷剛彦氏の名著『知的複眼思考法』(講談社プラスアルファ文庫)を基にレジュメ発表してもらうが、この本で書かれているような、オルタナティブな視点、を、講義でも求めているのである。

そして、今日扱ったテーマが「ひきこもり」。ちょうど北海道浦河にある精神障害者の回復拠点「べてるの家」の当事者の皆さんが出てくるビデオ「精神分裂病を生きる」シリーズを持っているので、そのなかの「ひきこもりのすすめ」を見ながら、「ひきこもり」当事者はどう「ひきこもり」を考えているのか、についてオルタナティブな視点を得た上で、学生さん達に議論を展開してもらった。このビデオは何度観ても色々考えさせられるのだが、今年割と視点が広がりつつある中で見ると、新たな発見が多かった。

一つは、「ひきこもり」を目的化して捉えることの危険性についてだ。多くの学生達にbefore/afterで意見を書いてもらっていたのだが、この問題について考える前は、「ひきこもり」=特殊な人、怠けている人、心の弱い人、自分とは遠い存在の人といった視点で学生達は捉えていたようだ。ここには、自分とは異なる立場であり、他人事である、という暗黙の前提がある。だが、「ひきこもり」の経験者・当事者達が語る「いじめだとか、そういう単純な理由ではない」「寒いから嫌だ、とか、化粧をするのが面倒だ、とかそういう理由が重なると外に出られない」「アル中さんと同じで、ひきこもることによって逃避しているんだけれど、逃げ切れない」と言った発言を聞く中で、学生達の「ひきこもりという結果」に到る方法論的な自らとの共通性を感じるようだ。講義後、「先生、引きこもりって、ネガティブではない一つの手段なのですね」と言ってくれた学生がいたが、まさに、「ひきこもり」を、一旦安定的な場所に後退する「手段」と捉えると、別の視点が見えてくる。ちょうどそれは「ひきこもり」の定義とも繋がる。

『「ひきこもり」のなかには、生物学的な要因が強く関与していて、適応に困難を感じ「ひきこもり」をはじめたという見方をすると理解しやすい状態もありますし、逆に環境の側に強いストレスがあって、「ひきこもり」という状態におちいっている、と考えた方が理解しやすい状態もあります。つまり、「ひきこもり」とは、病名ではなく、ましてや単一の疾患ではありません。また、「いじめのせい」「家族関係のせい」「病気のせい」と一つの原因で「ひきこもり」が生じるわけでもありません。生物学的要因、心理的要因、社会的要因などが、さまざまに絡み合って、「ひきこもり」という現象を生むのです。
ひきこもることによって、強いストレスをさけ、仮の安定を得ている、しかし同時に、そこからの離脱も難しくなっている、「ひきこもり」は、そのような特徴のある、多様性をもったメンタルヘルス(精神的健康)に関する問題ということが出来ましょう。』(出典:「10代・20代を中心とした「ひきこもり」をめぐる地域精神保健活動のガイドライン」国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部)
www.ncnp.go.jp/nimh/fukki/pdf/guide.pdf

ひきこもると、「仮の安定」は得られる。だが、それはあくまで「仮の安定」にしか過ぎない。ビデオに出てくる「ひきこもり」経験者も、べてるの家で仲間に出会うことによって、「聞かれる話す話したい自分がいたと発見した」というプロセスを物語る。岡知史先生が整理したセルフヘルプグループの特徴である「同じ経験を持つ仲間同士の気持ち・情報・考え方のわかちあい」という基盤によって、「話すのも怖い」「拒絶感を考えたら話せなくなる」という状態から、「実は本当はかまってほしい、聞いて欲しい」という抑圧していた何かが表面化する。そうすると、「仮の安定」から離脱出来て、少しずつではあるが、本当の安定に向けた快復へと動き出す。そういうダイナミズムを、改めて感じることが出来た。

それから、今日ビデオを観ていて改めて気になったのが、「仲間がいると表に対する怖さが薄らぐ」という表現だ。「表」=常識や社会の主流の流れが支配する世界、と考えてみると、Social Orderというか同調圧力に強く晒されている今の日本社会の事を強く意識する。学生さん達もこの点に敏感だったようで、講義後のレポートで、「携帯やメールを返さなければという同調圧力を感じる」などと言ったコメントを寄せてくれた人もいたが、「化粧をする」「風呂を入る」のも、内発的なものだけでなく、「そうしなくちゃ、みんなの前に出れない」という意味での同調圧力的な要素もある、と再発見する。

この同調圧力に関して、ビデオに出てきた経験者達は「風呂に入ることによって一日一日に区切りをつけなくちゃならないことがしんどかった」と語っているのも、また象徴的だ。「風呂」も「自分が気持ちよくなりたい」という内在的論理だけでなく、「風呂に入って今日に区切りをつけ、明日から頑張らねば」という外在的論理で捉えると、風呂に入ることも内面に対する攻撃性を持つ要素になる。化粧にしてもしかり。「化粧しなければならない」というshould/mustで義務感的に捉えると、ついて行けなくなる。それが、「化粧」「風呂」からの撤退(=ひきこもり)という方法論で乗り越えるとすると、それもありかな、とわかるのである。個人の身だしなみにも象徴される同調圧力の強化の波に、「ひきこもり」という対抗戦略(=手段)を用いて抵抗している、と捉えれば、「ひきこもり」のコンテキストも大きく書き換えられるようだ。

常識に流れるドミナントストーリー。そのストーリーをいかに捉え直し、再解釈が可能か。ナラティブセラピーはその最たるものだが、語り直すことによって、これまでの常識をどうひっくり返し、再解釈し、再構成するか。これまでの常識が揺らいでいる今だからこそ、福祉的課題を通じて常識を再解釈・再構築する事の重要性、そしてマイノリティ経験の当事者の語りの持つ力、などを改めて考えた講義だった。何だか教員が一番勉強になったようであります。