バトンをつなぐ

 

春になると、様々な方が配属変えや転勤、退職など移動していく。

私の周りでも、これまで一緒のチームを組んできた方が移動になったり、退職されたり、色々な変化が起こっている。率直に言えば、気心知れてきた方々と離れるのは、心情的に、寂しい。

だが、仕事として、システムとして運用を続けていくためには、そういう「寂しさ」とは別次元で、きちんと持続可能な形で引き継げるか、が最大の焦点になる。「その人がいなくなればオシマイ」の仕組みであれば、それは個人事業であり、システムではないからだ。これは大学院生の時から、私がずっとテーマにしていることでもある。

精神科のソーシャルワーカーに「半ば弟子入り」する中で、一人職の現場で、職人芸的に、地域作りを一人でコツコツ積み上げて来られた「名人」に多く出会うことがあった。彼ら、彼女らは、多くの仲間を作り、地域の社会資源を作りながらも、独特のスタンスで、独自の地域展開を続けてきた。多くの利用者から本当に慕われていて、その「職人」は時間外など気にせずに、その世界を作り上げるのに没頭している。ただ、その方の事を語る利用者が、ある時こんな風に呟いたのが、すごく気になった。

○○さんにすごくお世話になっているし…○○さんがいなくなったら、この地域はもうオシマイやな」

これは、○○さんへの敬意や好意に基づいた感情的な発言である。もちろん、○○さんがいなくても、実際その地域が「オシマイ」になることはない。ただ、経験的にみて、その地域のキーパーソンが退職したり、移動することで、その地域のネットワークや活動がグッと落ちる、という事は充分ありうる。この「地域」を「組織」「経営者」「上司」に言い換えたら、あまたのビジネス本でいつも言われている話と通じる。甲斐の武田信玄公は「人は石垣、人は城」と仰ったが、確かに「人」が、その地域なり、組織なり、ネットワークなりをつなぐ要、である。

いくらシステムを作り上げても、そこに魂が籠もらなければ、形骸化する。どこの世界でも、形骸化されたシステムの弊害に悩まされる人は沢山いる。その際、やっぱり「人」でしょ、という言葉はよく聞くフレーズだ。ただ、この際の「人」が、属人的なもの、だけなのか、というと違うような気がする。固有の「○○さん」がいなくなれば、本当に「オシマイ」なのか。それは、「○○さん」がどのような仕組みを作り上げてきたのか、にもよるのだ。

確かに一人職の現場で無から有を作り上げるには、突き抜けた個性が必要だ。ある種の尋常的ではないエネルギーがあるからこそ、何もなかったところに、ゼロから何かが構築されていく。ベンチャー企業に象徴されるように、創設期は、まさにカリスマがいるからこそ、一個人が始めたことが、コンセンサスを得て、一定の形なり企業体になっていくのだ。

ただ、ここで大切なのは、ある程度の形が出来てくると、人に属さない、継承されるべき「型」が必要になってくる。一人で全部を統治できないから、委任することも必要だ。ベンチャー企業で仲間だけでやっていた事でも、組織体にすると、新たに人を雇い、上司部下の関係を整備し、俸給体系も作り上げる。それらは皆、何らかの「型」である。で、この「型」を作る際、作り手の「魂」が埋め込まれた「型」として継承されるか、単に形骸化した「型」として受け止められるか、で、その仕組みが大きくかわる。それが、ベンチャー企業や老舗や大手として残れるかどうか、の鍵だし、福祉組織だって続くかどうか、の瀬戸際にこの問題がある。端的に言えば、作り上げたミッションが死なずに生き続けるかどうか、である。

以前、研究者として第三者的に眺めていた時、その魂の継承が大切だ、というのはわかっても、では具体的にどうすれば、ということまで想いも至らなかった。だが、気がつけば、第三者ではなく、わりあい当事者的な立場で、その継承場面に立ち会うことが増えてきた。その際、ある方が非常に興味深いことを言っていた。

「全部を型にしてしまってはマニュアルになる。そうではなくて、引き継いだ人が自分で考え、作り出せるような、遊びのある緩やかな継承が大切ではないか」

この「引き継いだ人が自分で考え、作り出せる」環境作り。このフレーズは、すごく私自身も気に入っている。そう、私自身が、まったく自分で改良する余地のないものを渡されたら、絶対につまらないからである。誰だって、自分がその業務の「オーナー」を引き継いだなら、自分の考えや色を入れたい。それが、前任者の色に染まっていて、常に前の色と今の色を対比されたらたまらない。そんな「手あかまみれ」のものは、さわりづらい。とはいえ、無から有を作り上げたものであればあるほど、固有の色は削ぎようもなく付いてしまっている。

以前の私なら、その色を守ることが、そのオリジナリティを守ることだ、と思いこんでいた。だが、それは違うとようやく気づく。色は、時々によって変化する。人が代わり、構成要素が変わり、時代が変わる中で、変化するのが当たり前、なのだ。変えてはいけないのは、その色ではなく、色を作り上げたプロセスに内在した、「どうやって何らかの色や形を作り上げようか」という試行錯誤の視点、そのものなのではないか。つまり、そのシステムなり業務なりを「自分事」として受け止め、前任者から託されたバトンを、「自分事」として持ち直して、自分なりの試行錯誤、を始めることではないか。

そういえば、僕自身が託されたバトンについては、いつもそうやって「自分なりの試行錯誤」を通じて見るからこそ、いつのまにか「自分のバトン」になって、次の人に引き渡していたような気がする。

このバトンリレー、自分が渡される側から渡す側になる場面が増えるほど、いかに上手に渡せるか、が今後の課題になってくるのだろう。

同じ本を

 

二度買う阿呆は何度かやったことがある。しかしこの度、遂に3度買う愚行を犯してしまった

こないだのブログでも触れた木村敏氏の語りおこし「臨床哲学の知」(洋泉社)を読んで以来、別の氏の作品の理解がグッと上がってきた。とりあえず手元にすぐに見つかった「時間と自己」(中公新書)を読んでみるが、以前途中で挫折したこの新書も、今回はすんなり入ってくる。やはり彼のキー概念であるアクチュアリティとリアリティが自分の中にかなり浸透しているので、論理展開が「読める」のだ。

そういえば、ある人が、氏の「心の病理を考える」(岩波新書)を評価していた事を思い出し、「持っていたハズなのに」と書架を探す。でも見つからない。新刊は絶版になったが、幸いアマゾンでは廉価で古本が買える。で、届いた矢先、学生さんと研究室で話している際、ふと二冊目が見つかる。中を見たら、中にあれこれ書き込んでいる。あ、やっちゃった。

この「以前買っていたのにちゃんと探さずに二冊目を買ってしまう愚行」は、特にバタバタしている時期に買った書物で起こりやすい。在庫整理もままならず、書架にとにかく投げ入れていれば、気になる本が未購入と誤認され、同じ本を買う愚行に繋がる。ここ1,2年でそんな「ペア」が4,5回続いた。

それだけでも哀しいのだが、今回は何と一昨日のゼミ中、学生に本を紹介するつもりで何気なく書架をみていて、出てきたのだ、3冊目の「心の病理を考える」。しかも中をみたら、これはこれで書き込みがある。汚い筆跡はどう考えても僕自身だ。ということは一度読んだことを忘れ、二度目にまた同じ本を購入して読み、さらに今回三度目の購入。しかも興味深いのは、一冊目に線を引いた箇所と、二冊目のそれとが違うのである。超好意的に言えばよく学んでいる、でも普通に言えば、学びがきちんと実になっていない、とでもいえようか。

閑話休題。
しかし、木村敏氏の「あいだ」論が、今回ほどグッと胸に迫ってくることは、今までなかった。それは、全く別の本を読んでいて、木村氏と通底する議論を発見したからである。

「社会的世界のなかに存在するものは、関係です。行為者同士の相互行為でも間主観的な結びつきでもなく、マルクスがいったように『個人の意識や意志からは独立して』存在する客観的諸関係なのです」(ブルデュー「リフレクシヴ・ソシオロジーの目的」 ブルデュー&ヴァカン『リフレクティブ・ソシオロジーへの招待』藤原書店、p131)

「行為者同士の相互行為でも間主観的な結びつきでもな」い、「客観的諸関係」、について、ヴァイツゼッカーの議論を引きながら木村敏氏はこんな風に捉えている。(ちょうど二回の読書で線を引いておいた箇所に見つかった)

「主体が有機体の、とくに人間のような自己意識的行為者の-この場合にはこれを『主観』と訳し換えることもできるだろう-内部に備わったものでなく、有機体と環境のあいだで、あるいは両者の境界面で絶えず生成消滅を繰り替えしているというヴァイツゼッカーの見かたは、私たちにとってこの上なく重要である。有機体は、だからもちろん人間も、環境に適応して生きていく必要がある。そしてこの適応とは、有機体が絶えず変化する環境との相即関係を通じて、環境との接点でみずからの主体/主観を維持し続けているということなのである。主体とか主観とかいわれるものは、個々の個体が独自に内面化している固有の世界の中心点なのではない。個体が個体として存続するために当の個体の主体はつねに個体の「外部」で、個体を取り巻く『非自己』的な環境との『あいだ』に成立していなくてはならない、これがヴァイツゼッカーの考えなのである。」(木村敏「心の病理を考える」岩波新書、p59)

この木村敏氏の有名な「あいだ」論の核心部分で、特に「主体とか主観とかいわれるものは、個々の個体が独自に内面化している固有の世界の中心点なのではない」という点が、ブルデューの意見と非常に近い。ブルデューは先に引いた箇所の直前に、こうも述べているからだ。

「ハビトゥスについて語るということは、個人的なもの、個性的なもの、そして主観的なものさえもが、社会的、集合的だと主張することなのです。ハビトゥスは社会化された主観性です。」(ブルデュー、前掲、p167)

木村氏の言う「個体の『外部』で、個体を取り巻く『非自己』的な環境との『あいだ』に成立していなくてはならない」、つまりは「社会化された主観性」のことを、ブルデューは「ハビトゥス」と呼んだ。そして、この「あいだ」に成立している何かを統合失調症や躁鬱病者の症状の中から顕在化させた木村敏氏に対して、ブルデューは社会学的にハビトゥスを析出しようと試みてきた。

「ハビトゥスの最初の動きをあやつるのは難しいのです。けれども反省的分析によって、状況がわれわれにおよぼす力の一部分は、われわれ自身がその状況に与えたものなのだ、ということがわかります。つまりその状況に対する見方を変えたり、状況に対するわれわれの反応を変えたりできるようになります。反省的分析によってある程度まで、位置と性向のあいだにある直接の共犯関係を通じて働く決定作用のいくつかを支配できるようになります。」(ブルデュー、同上、pp179-180)

「環境との相即関係」はすでに始まってしまっている。その「最初の動きをあやつるのは難しい」。だが、精神病理学の得意とする精神分析に似た「反省的分析によって、状況がわれわれにおよぼす力の一部分は、われわれ自身がその状況に与えたものなのだ、ということがわか」る。

以前に触れたが、わかる、つまり「理解する」ということが、何らかの日常世界の再構成だとすれば、再構成が出来るようになるということは、その構成要素をいじり、その「あいだ」の関係性に意識的な変容を加えることが可能になる、ということである。木村氏の言葉を使うのなら、「個体を取り巻く『非自己』的な環境との『あいだ』」に着目することによって、『非自己』的な環境の変容が始まり、ひいては自己も含めた「決定作用のいくつかを支配できるようにな」るのである。

自分がテーマとする分野のいくつかで、このような「あいだ」や「ハビトゥス」がどのように作用しているのであろうか。両巨匠には並ぶべくもないけれど、自分の分野にもその切り口と視点を応用してみたい、と感じるきっかけとなった。そういう「もうけもん」があった木村氏の名著なのだから、3冊くらい買っても罰は当たらない、かしらん

一人サマータイム

 

4月に入り、朝が早くなった。

寝室のカーテンは遮光タイプだが、扉を開けておくとリビングのカーテン越しに、薄明かりがみえてくる。しかも、最近は10時半とか11時に寝る生活なので、自然と5時過ぎには目が覚める。というわけで、今年も4月から一人サマータイムを導入してみる。朝の時間は頭もスッキリしているので、誰にも邪魔されずに、あれこれ出来るのがよい。

で、朝のドタバタの時間まで後20分なので、とりあえずここ数日で目に付いた記事を引用しておく。

「3時間くらいたって気持ちが落ち着いてきて、最初の1ページなかったもんとして読んでみたんです。そっちの方がいい。この1ページ、何を書いているんやろと思ったら名文を書こうとしているんですね。つまり、声の悪いやつらが高らかに歌ってる。自分は気持ちいいけど、聞いている方はたまったもんやない。『こういう文章を全部とったらいいんだ』と思って、電話しましたよ。そしたら『3時間でわかるとは偉い』と言われた。全部で20枚分くらいありました。自分が気持ちよく書いている文章をとっていったのが、『螢川』なんです。」(宮本輝「自分が酔った文章削って芥川賞」朝日新聞4月6日夕刊)

芥川賞作家が、自身の受賞作の創作過程である同人誌の主宰者から、「これなしで、次のページのここから書き出せるようになったら、君は天才になれる」と言われた。そのエピソードと見出しに深く頷く。そう、「自分が酔った文章」って「自分は気持ちいいけど、聞いている方はたまったもんやない」場合が少なくないんだよね、と。特に、一つのストーリーを作り上げる際、ふと浮かんだ「気持ちいい」フレーズが、文章全体に弾みをつけてくれるので、ついついそのフレーズから書き始めたりする。だが、後から見たら、ナルシスティックな喜びに満ちあふれた部分であり、鼻につく。推敲の際に、。『こういう文章を全部とったらいいんだ』という事態になる。

このまさに同じ展開を、こないだ、とある原稿で体験したので、よくわかるのだ。少し野心的な福祉の教科書のお仕事。4つの項目を1ページ1000字で1~2ページで書いてね、というオーダーだった。しかし、ルンルンと書いていくと、すぐに10ページくらいはいく。編者の友人に「こんなもんでどう?」と聞いてみると、「やっぱ8ページよね」とすげないお返事。書いた当初はその文言に酔っているから、「削れないよ」と思っていたが、側注も使えるので、どんどん削って8ページに収めると、当初より遙かにシャープでよい。そして、削った部分が、まさに宮本氏の言うように「名文」ではないけれど、「自分が酔った文章」なのである。

こう書いていて思い出す。そういえば、これってワインバーグ氏が言っていた「一割削減法」と一緒じゃないか、と。早速自分が引用したブログを引いて確認。ザッと書いて、1割削るとちょうどよい中身に引き締まってくる、という言う文章読本。で、宮本氏が言うのも、僕が実践したのも、その削られる1,2割には、「自分が酔った文章」が対象になる。確かに最初書いた時は、書き手のイントロダクションとして良い導入役となる。しかし、それはあくまでペースメーカーであり、完成した暁には、その部分をサクッと切り落として読者に提示しないと、返ってわかりにくくなる。それでも気になる場合にはどうしたらいいか。宮本氏は、この恩人の同人誌主宰者にこうも言われた、という。

「『長いこと便所にいると、においがわからなくなってしまうのと同じで、いっぺん出た方がいい。『螢川』は少し置いておこう。気づいたことをすべて生かして別の小説を書きなさい。すぐ書ける人間でないと、プロにはなれない』と言われた。それで『泥の河』を書いたんです。『泥の河』を書いて得たもので、『螢川』を手直しした。」

そう、サクッと切ってしまうにはもったいない、と感じた何か。でもその作品に押し込めるには無理があったら、無理に閉じこめずに、切り離して、「気づいたことをすべて生かして別の」作品の素材としたらいい。こういうケチなてんこ盛りを僕も以前はしていた。そうではなくて、気づいたのなら、ある作品を書いている間でも、「別の」何かに着手したらいいのだ。そうすると、時間をおけるから、戻って来た時、元の作品の「におい」がわかる。で、また書き直したら、よりよくなる。

論文にも充分通底する「創作スタイル」について、良いことを教えてもらった。

神話化を超える「わかる」

 

お気づきであろうか。
ブログ管理人N氏のご協力のおかげもあり、このブログの文字はかなり大きくしてもらいました。今まで僕自身は文字を「最大」にして読んでいたのですが、普通の画面では(エクスプローラーの「文字サイズ中」であれば、実に読みにくい小ささ、だった。論考の稚拙さという読みにくさ、だけでなく、文字がそもそも小さくて、取っつきにくかったのだ。

ようやく形式面では整った。あとは、いつも書くように「内実」だけ。

で、今日は久方ぶりに本当のオフ、で、一日家に引きこもり。何もしなくて良い日、がこんなに開放的とは、忘れていた。野菜を買いに行くのもパートナーにお任せし、ジムも平日に回して、とにかく昼寝と読書。極楽である。で、そういう極楽読書をしていると、こないだの議論の続きに出会う。

「ブルデューの眼からすれば、社会学の任務とは社会的世界を脱自然化し脱運命化することであり、すなわち権力の行使を包み隠し、支配の永久化を包み隠している神話を破壊することである。しかしながら、そうした神話破壊は他者に罰を与えたり、他者の内に罪の感情を生じさせることを目的とするのではない。まったく反対に社会学の使命は、行為を規定している制約要因の世界を再構成することによって、行為がなぜなされたか、その『必然性を示す』ことであり、それらの行為を正当化することなく、恣意性から引き話すことである。」(ロイック・J・D・ヴァカン「社会的実践の理論に向けて」ブルデュー&ヴァカン『リフレクティブ・ソシオロジーへの招待』藤原書店、pp80-81)

こないだ紹介した竹内洋氏の社会学案内で一番興味を持った一冊。丸善で早速注文し、今日の極楽読書のお供にした。いやはや、面白い。「社会的世界を脱自然化し脱運命化すること」とは、僕の語彙で言えば、「しゃあない」を超えること、だと思う。福祉の現場で、あるいは学生と接していてもよく聞く「しぁあない」(「仕方ない」の関西弁)。ぼくはこの「しゃあない」とか「どうせ」という文言が、努力をしていない言い訳に使われる場合、生理的な嫌悪感と反感を抱く。そして、それは政策の放置、社会を良くしようという営みの放置、に思えるからである。(今、「しゃあない」とスルメコラムの検索窓にひっかけるだけでも、16ものコラムにこの「しゃあない」論考を書いている。例えば一年前も。我ながら執拗だ

そう、何が嫌いって、「どうせ」「しゃあない」にこびりついている「自然化」「運命化」、つまりは「神話化」路線が嫌いだったのだ。その嫌悪の理由が、神話作用によって、「権力の行使を包み隠し、支配の永久化を包み隠している」という事態に対する嫌悪だった、ということが、この文章を読んでいてようやくわかった。不勉強故の遅さ、である

そして、この後のヴァカンの整理もわかりやすい。

「行為を規定している制約要因の世界を再構成することによって、行為がなぜなされたか、その『必然性を示す』こと」

このフレーズの中に、最近ぼんやり考えていた事との接点が多数含まれている。まず、「再構成」と言えば、以前引いた橋本治氏もこんな事を書いていた。

「「『わかる』とは、自分の外側にあるものを、自分の基準に合わせて、もう一度自分オリジナルな再構成をすることである。」(橋本治「わからないという方法」集英社新書、p105

この再構成の作業の中で、「行為がなぜなされたか」ということが初めて再構成をする人間の内部で「わかる」ことが出来、だからこそ、その『必然性を示す』ことも出来うるのだ。そして、「行為を規定している制約要因」の「必然性」を解き明かすこと、このことも、以前引いた佐藤優氏が使う「内在的論理」という言葉で、最近ずっと考えている。彼はこんな風に言っている。

「ヘーゲルは、特定の出来事を分析する場合、まず当事者にとっての意味を明らかにする。対象の内在的論理をつかむことと言い換えてもよい。その上で、今度は、対象を突き放した上で、学術的素養があり、分析の訓練を積んだわれわれ(有識者)にとっての意味を明らかにする。更に有識者の学術的分析が当事者にどう見えるかを明らかにするといった手順で議論を進めていく。当事者と有識者の間で視座が往復するのだ。この方法が国際情勢を分析する上でも役に立つ。」(佐藤優『地球を斬る』角川学芸出版 p266-7)

そう、「対象の内在的論理」という名の「必然性」を「わか」った上で、「今度は、対象を突き放した上で」「われわれ(有識者)にとっての意味を明らにする」。その中から、「それらの行為を正当化することなく、恣意性から引き話すこと」が可能になる。そこから、対象の内在的論理を掴んだ上で、「どうせ」「しゃあない」を超えるための対案の可能性が生まれてくるのだ。そのためにも、まずは徹底的にその対象を「わかる」必要がある。そして、ようやく最近このような「わか」りかたを、僕自身も身につけ始めたのかもしれない。ふと、1年前に書いたある原稿を思い出す。少し長くなるが、引用する。

「確かにニイリエの1969年の原理は、施設環境を全否定するものではなく、施設環境を改善するための整理となっている。バンクミケルセンの3つの条件にしても然り、である。この点に関しては、『北欧のノーマライゼーションの初期概念は施設中心的なものである』と整理することは、間違いであるとはいえない。
 だが、それは明らかに二人の言説(=つまりは「図」)のみに焦点化したものである。これまでに整理してきたように、ゴッフマンやバートンの「補助線」を用いた際に見えてくるのは、北欧の二人は明確に、全制的施設の構造的問題を、批判の対象にしているのだ。そして、『常人としての自己を維持させる』、つまりは無力化されないための条件とは何かを明確な形にするために、ノーマライゼーションの理念を形成していくのである。そして、その条件を突き詰めていく中で、施設から地域へ、という北欧の実践が自ずから生み出されてくる。二人の理念創設時の「地」の理解からは、このような整理が導き出される。
 私たちは、単なる言葉(=図)だけではなく、その言葉が出てきた歴史的・社会的文脈(=地)を見なければならない。当然の事ながら、『ノーマライゼーション=善』という浅薄な理解も、自分の思いこみの言葉への投影、という点では図のみの理解そのものである。施設か地域か、善か悪か、という言説(=図)のみではなく、その理念や考えがどのような文脈(=地)から生まれ、変容していくのか、をじっくり眺めない二項対立的言説は、本当の意味でのラディカル(=根元的)とは言えない。」(ノーマライゼーションを『伝える』ということ」『季刊福祉労働』119号、2008年)

そう、「図」の背景にある「地」をじっくり眺め、解き明かすこと。その中から「社会的世界を脱自然化し脱運命化すること」が始まるのかもしれない。

少しずつ、自分の視座のようなものが、物事に対処する立ち位置が、定まって来た、と言えればよいのだが

批判と内在的論理

 

いやはや、昨晩はひどかった。何がひどかった、って、急激な花粉症。ちょうど遅めの夕食時に、鼻詰まり、から始まる。それでは、と鼻への注入薬をいれると、今度は鼻水が止まらない。焼酎を飲んでもじゅるじゅる、刺身を食べてもじゅるじゅる。落ち着いてご飯も食べられない(といいながら、しっかり飲み食いはしていたのだが)。5年ほど飲み続けている漢方薬が効いてきて、花粉症がだいぶマシになった、と今年は実感していたのだが

思い当たる節は二つある。

一つは、単に薬の効力切れ。朝7時に飲んで、12時間以上たったら、効果が消えたから症状が出てきた。これは極めてシンプル。ただ、いつもそれくらいの時間まで持つのに、その日だけ特に症状がキツイ。その背景には、そうそう、研究室の大掃除を挙行したのだ。おそらく、ほこりまみれになりながら、マスクもせず、書類をどかどか捨てた。それが大きく響いたのだろう。

毎年4月頃は整理整頓の文章を書いているような気がするが、今年は以前書いたGTDのやり方を羅針盤に、まずは自分が把握出来ていない情報の整理と処理に邁進。と書けばかっこうよさそうだが、何のことはない。お蔵入りや死蔵している机の中のキャビネット、サイドデスクの上、その他あちこちに積まれた書類をバシバシ捨てていったのである。中には4年間の採用時の書類なども出てきて、びっくり。とにかく、捨てるorシュレッダー分類をしながら、どんどん整理していく。となりのH先生も同時期に整理しておられたので、12号館2階のゴミ捨て場は、うずたかくゴミが積まれていた

さて、そういう大掃除をしていると、必ず懐かしい書類と出会う。今回であったのは、僕が教える原点の一つとなった、あるプリント。こんな事が書かれていた。

「先生は精神病について色々おっしゃいますが、実際、それについて医師から学んだのですか? 精神病については、私たちの方がよく知っていると思います。患者さん本人に聞くのも大切ですが、一度きちんと医師から教えてもらえばいかがですか?」

レジュメの片隅には2000年8月、と刻印されている。僕が生まれてはじめて英語や国語といった受験科目以外を教えた、神戸にあるとある看護学校での講義(なんと教育学!でも内実は)の感想に書かれた内容である。生まれてはじめて自分の専門に関して教えてよいと言われ、福祉と教育をひっつけながら、毎回必死になって講義をしていた。しかも、聴き手は准看護師の皆さん。正看護師になるために、仕事を一時的に辞めて、学生に戻っている。当然彼ら彼女らは、現場のキャリアや経験がある。中には、学費を稼ぐために、精神科病院の夜勤をしながら学んでおられる方もいた。そういう現場で、「病棟内で患者さんの声が抑圧されている」「不必要な隔離拘束は人権侵害だ」と講義をしたのだから、ナースの皆さんの心に火をつけてしまった。だから、こんな意見もあった。

「先生の言っていることはくどいと思います。抑制をするのは、本当に安全のためにするのです。なし崩しってなんですか? 先生は医療について批判ばかりしているように思えます。マイナス面ばかりを観て一点ばかりを熱心に言っていますが、先生が総理大臣にでもなって日本を改革したらどうですか?」

確かに、その時も、今も、私の言っていることは「くどい」、これは残念ながら当たっている。そうであるが故に、その時は僕も彼ら彼女らも、毎週生の感情を出して、こういうやり取りを続けていた。もちろん、直接僕に直接話しかける人もいたが、多くはコメントペーパーにどっさり反論を書いて下さった。私は、勉強不足で反論がうまくできなかったので、上記の抑制に関しては、抑制廃止宣言に取り組んだ有名なナースの方に電話で取材させて頂いたり、毎回反論する為に講師料以上の本を買って「にわか仕込み」をし続けた。

しかし、今になって思うと、この准看護師の方々が、率直に本音を言ってくださっていること自体が、実は貴重な場だったのだ。普通、単位修得がかかっていると、こんな本音は言わない。あるいは言っても無駄だ、と無視する。しかし、この内容が象徴するように、単に僕に対する否定、ではなく、准看護師の置かれた立場や構造を象徴する文言まで、ここには沢山書かれているのだ。

「患者さん本人に聞くのも大切ですが、一度きちんと医師から教えてもらえばいかがですか」という文言には、ヒエラルキー構造を強く感じる。確かにタケバタは医学知識が怪しかったのだろう。准看護師の方に比べたら、精神医学の知識は乏しい。ならば、「精神医学の教科書を学んだらいかがですか」では駄目なのだろうか? なぜここに「きちんと医師から教えてもらえば」という表現が出るのか。この点に、保健師・看護師・助産師法に定義されている「医師の指示の下」という呪縛を感じる。常に医者に聞く、という縛りが、意地悪く言えば「刷り込まれている」、ひいき目に言えば「そうせざるを得ない状況に構造的に追い込まれている」。だから、「患者さん」の声よりも「医師から教えてもらえば」となるのだ。

また、「先生は医療について批判ばかりしているように思えます。マイナス面ばかりを観て一点ばかりを熱心に言っていますが」という表現も、色々解釈が可能だ。このとき、精神科病院における不当な患者の隔離拘束を、大和川病院事件などの新聞記事を元に講義したのだが、実際に看護現場で夜勤の際に縛っているナースから、「批判ばかり」というメッセージをうけた。この「○○ばかり」という表現の持つニュアンスに、その当時は気づかなかったが、今から読み込み直すと、「批判やマイナス面は確かにその通りだけれど、そればかり強調するのではなく、そうせざるを得ない私たちの本音や立場、置かれた構造的位置もちゃんとわかってよ」というメッセージなのだ。

つまり、この当時の僕の反省としては、単に批判「ばかり」に終始して、その批判される行為(と同様の、あるいはそれに近いこと)に手を染める側の内在的論理をきちんと理解し、その人達がそれを乗り越えるためにどうすれば良いのか、という対案を示せなかった事だろう。

その事に気づけたのは、カリフォルニア調査の合間に、現地で報告書を書くために読んでいたある本の一節からだった。

「医者だからこれを治せばいい、医者だから治さなくてはいけないと、ある種暗黙の期待や了解の下に、医者はそこで頑張らされている。医師だけが役割を背負って、結果的に家族やスタッフの負担を減らすために薬をたくさん出して、とりあえず、目先の困難を沈静化するといことで、周りを何とかなだめなくてはならない、となっているのです。
 その現状を、多剤大量という形で批判するのは簡単です。しかし、それは精神科医が自らそうしているわけではなくて、医師に多剤大量という形で責任を押しつけているのは地域支援の責任だ、ソーシャルワーカーの責任だ、と私は勝手に思っています。(略)地域支援が頑張らないから、結局これだけ病院を増やし、病院にこれだけのことを押しつけてきたのです。」(向谷地生良, 2008, 『統合失調症を持つ人への援助論』, 金剛出版.:203-204

北海道の浦河で精神障害を持つ人の回復拠点「べてるの家」を作り上げて来た名物ソーシャルワーカーのこの認識に、はっと気づかされるものがあった。(ちなみにここは日高昆布などを実に上手に売っている。例えば精神バラバラ病の人がうるから「バラバラ昆布」など。しかも、その昆布のクオリティが高いので、実は我が家も愛用し、昨日も新たに注文した8000円分の昆布が届いた

閑話休題。この向谷地氏の視点を借りながら、その後にこんな分析を僕もしてみた。

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 医者に対する「暗黙の期待や了解」と「地域支援が頑張らない」状況の中にあって、『地域の監督者』役割と「目先の困難を沈静化する」役割を担わされた(=「責任を押しつけ」られてきた)医者は、病棟の中で多剤大量という薬物療法を用いて「周りを何とかなだめ」る手段に出ていた。向谷地はこの現象を「多剤大量という形で批判する」ことで済まそうとしていない。「医者が悪い」という単純な二項対立的図式で事態を過度の単純化・矮小化することなく、「多剤大量」(=「薬づけ」)という現象に内在する論理(=医者の立場からみた合理性“”内的必然性)を明らかにしているのである。
 だが、この医者の合理性“”内的必然性はその当然の帰結として「施設神経症」状態を誘発させ、当事者の生活の質は結果的に悪化する。そんな厳しい現実に立脚し、そこから現場を実体的に変えるために浦河で取られた戦略が「何もしないでブラブラさせられることや責任感の喪失」や「専門職員のえらそうな態度」、「薬づけ」を変える営みであった。その際、向谷地がA・AとSSTを活動の基本に据えた点は興味深い。それはどちらも支援者と当事者の関係性や当事者の「責任」に注目した概念だからである。
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そう、向谷地氏の実践の基盤に、安易な外からの批判、ではなく、批判される側がその行為をせざるを得ない「内的必然性」(=内在的論理)を掴んだ上で、それを乗り越えるために何が必要か、という対抗軸を紡ぎ上げる営みがあったのだ。そして、医師に過剰な責任が押しつけられている事に着目し、医療の枠組みの中で、患者が責任を取り戻す手段として、アルコール依存症治療の場で実証されているアルコホリック・アノニマス(AA、アルコール依存症のセルフヘルプグループ)や社会適応訓練(SST)という手段を用いたのである。医療の単純な批判でなく、その批判される現実を立脚点として、実際に乗り越える方法論を見出し、それを実践してきたのが、「べてるの家」だったのである。ソーシャルワーカーの向谷地氏の発言や「べてるの家」の当事者研究などの実践が、医療関係者にも広く理解されている背景に、このような単純な批判を超えた何か、があるからだと思う。

9年前の自分と比べて、その当時の自分の限界は、少しは認識出来るようになったようだ。当時だけでなく、今も看護も福祉も、様々な内在的論理で固められ、構造的な問題に絡め取られている。それを外形的批判に終始するのではなく、その論理構造を因数分解し、一つ一つの因子を眺めながら、どこから動かすことが出来るか、をターゲット化し、実際ピンポイントで狙っていく。そういう可能性を模索する講義なり実践なり、あるいは研究なりが、9年後の今、僕には出来ているだろうか

業務連絡

 

新年度のスタート、昨日までに沢山の資料を捨てたり、心機一転モードになっております。
で、このスルメについても、更新していないし風化しつつある、本体の方はとりあえず無期限で停止しました。管理人の旧友N氏の御協力のもとで、ブログに一本化します。なので、http://www.surume.org/のブログページ以外のデータは、一旦削除致しました。ブックマークをして頂いている方は、このhttp://www.surume.org/column/blog/をご登録下さいませ。

しばらくこのブログのみの更新です。ただ、もう少し昨年度よりは時間を作って、こまめに考えの「よしなしごと」の断片を書き込んでいこうと思います。今後ともごひいきに。

みんな同じ

 

苦労をされているのだな、とよくわかった。

新聞記事で目にした、「英語のバカヤロー」(古屋裕子編、泰文堂)。12人の帰国子女ではない日本人研究者が、英語とどう格闘したか、のインタビュー集。自分自身も勿論ネイティブではないし、英語が母国語の国に暮らした事がないので、非常に興味津々に2時間弱で読了。スウェーデンで半年暮らしたが、その時はアヤシイ英語でごまかした。だが、カリフォルニアなどで、弁護士や専門家と議論出来ても、八百屋や魚屋でつっかえていた、という経験は、自分だけではなかったのだ。そういう共感だけでなく、今後の自分に大きく役立つ箴言も、実はいくつも入っていた。

「国際学会では、昼食会で壁の花にならないためにも必ずどこかのセッションに出て、一言ふたこと気のきいた質問をして自己アピールをして、少しでも存在を覚えてもらうというのが、参加者の鉄則です。しかし、ほかの研究者の挙手をかき分けて英語で発言するのは、当然のことながら英語に自信のない日本人には非常にハードルが高いです。」(酒井啓子、p164)

酒井氏の「壁の花」のエピソードは、非常に身につまされる。こないだの台湾の学会では、まさに自分自身が壁の花、だったからだ。あの酒井氏ですら、国際学会の壇上でぼろぼろになった、という。そういうエピソードの中から、また海外に全く知り合いのいない学会で自己の存在感をアピールするためにも、まさに体当たりで英語と格闘してきたのだ。僕自身、台湾では自分が発表したり、興味ある発表は聞いたが、その際にも自分の質疑応答の下手さ加減に本当にうんざりした。だから、オシャベリの浅野史郎氏の次の発言も、本当によくわかる。

「言語能力に自信を持っているからこそ、英語を話す場でも、自分の言語パフォーマンスに対する要求が高いんだと思います。『日本語だったら気の利いたことを言ったり、冗談を飛ばして笑いをとったりできるのになぁ』と思ってしまい、すごくもどかしい訳ですよ。」(同上、p110)

僕自身、言語能力が高いかどうかは別として、日本語であれば早口でくるくるとまくし立てる技だけは一応備えている。なので、この浅野氏が感じた「もどかし」さは、まさに我が事として理解出来る。そう、それを台湾でも、カリフォルニアでもやっぱり感じたから、悔しさを克服するために、VOAspecial Englishなどのシャドーイングなんぞ続けている。なんでもこないだ読んだ米原万里さんの対談集『言葉を育てる米原万里対談集 』(ちくま文庫)でも、シャドーイングがスピーキングの最も近道、と書かれていて、それにすがっているのだ。確かに、その甲斐あってか、多少今回のカリフォルニア出張では、幾分は酷い英語が緩和したような、いつもと同じような

そして、この本の箴言は、英語に限らない。

「英語は下手でもすばらしい研究をしていたらみんなが固唾をのんで聞いています。耳を澄まして。学生にもよく言いますが、一遍でも論文を書いてから外国に修行しに行ったほうがいいと私は思います。立派な論文が一遍あるだけで、周囲の自分に対する耳の澄まし方が全然違うんです。」(松原哲朗、p184)
「人に話して聞かせたいような中身はそんなにないじゃない。みんな目的をわきに置いて、手段だけ磨いている。そんなに靴を磨いてどこへ行くんですか。行くべきすてきなパーティーもないのに。」(養老孟司、p38)

松原氏は自身が海外研究の前にNatureに論文が掲載された経験を元に、「立派な論文が一遍ある」だけで違う、という。まだ、僕にはそれほどの代表作はない。この言葉は、ずしりと重く響く。だが、何より重いのが、養老氏の「そんなに靴を磨いてどこへ行くんですか」という批判。靴は、行き先があって、初めて輝く。伝えたいことがあるだけでなく、それを「他人も聞きたい」と思える水準まで考察が出来た上で、初めて「行くべきすてきなパーティー」が眼前に拡がる。パーティーへ行くための「一遍の論文」が先であり、それがないのに手段としての英語という靴だけ磨いても、仕方ないのだ。

英語の本を読んでいたつもりなのに、いつのまにか自らの研究のふがいなさに反省することしきりであった

「知の官僚制化」を超える編み込み

 

以前、久しぶりに我が家の本棚を整理したと書いたが、その際、いろいろ面白そうな本を発掘する。発掘、なんていうか、もともとは自分が買ったはずなのに、忘れていただけだ。情けない。ま、でも読んでよかった。

「人文・社会科学が、生活人から浮世離れの所作のようにおもわれているのは、日本に特有な輸入学問のせいばかりではない。学者流儀の認識が、生活人の実践の論理とちがう理論的論理だと多くの人びとにおもわれてしまっているからである。この隘路を乗り越えるためには、他者や社会を外側から認識するのとおなじように、認識する自分自身と認識枠(専門)について徹底的に客観化することである。(略)そのためにはブルデューが『掘り起こす必要があるのは研究者の個人的無意識ではなく、その研究分野の認識論的無意識である』と述べているように、再帰的学問ハビトゥスの錬磨と制度化が必要である。たとえそうした試みが、学問界を聖域化し、特権化する学者エスノセントリズム(自集団中心主義)を逆撫ですることにより、憤慨され、疎まれるにしても」(竹内洋『社会学の名著30』ちくま新書、p247-248

竹内氏の社会学案内は、自身の個人史を編み込みながら名著の持つ理論的魅力を伝え、見事なタペストリーとなった「竹内流」の編みものになっている。自身の視点と理論への理解の両方が相当深くて骨太なものではない限り、この様に豊かに折りあがらない。自分自身の編みものを振り返ると、縦糸も横糸もまだよれよれ。ほつれやすい、だけでなく、編み上げた作品としても弱い。こういう分かりやすくて骨太な文章からは、沢山のことを学ばされる。

で、ブルデュー案内の文章での竹内氏の論考に、背中を押されたような気がしている。最近、このブログでも反省的な文章がなぜ多いのだろうか、と思っていたのだが、「認識する自分自身と認識枠(専門)について徹底的に客観化すること」をしていたのかもしれない。そう、自分の枠組み、というイデオロギーに自覚的でないと、他者の、そして社会のイデオロギーの立ち位置をも相対化することは出来ないのだ。

福祉の学問領域でも、竹内氏の言うように、「学問界を聖域化し、特権化する学者エスノセントリズム(自集団中心主義)」はふくらみつつある。

「『実証主義的厳格さ』は、学者の官僚化と学問の官僚制化を象徴するものである。学会誌に発表される論文は、学会文法にそうことによって、洗練されてはいるが、知的興奮を伴うものはすくない。挑戦的な問題提起型論文は学術的ではないと論文査読者から掲載を拒否されやすい。学問の洗練という名で実のところは知の官僚制化が進んでいる。」(同上、p247)

この文言は、僕が入会している学会誌に無縁と言えるだろうか。「学会文法にそうことによって、洗練されてはいるが、知的興奮を伴うものはすくない」という、「研究分野の認識論的無意識」の帰結。そのことへの問題意識は、ブルデューに仮託した竹内氏にも共通するところなのだろう。そして、私自身も同感する。学者コミュニティ内部にのみ依拠すると、このような「洗練された無内容」という帰結に辿り着く。それを超えながら、かつ本質に迫る内容、と言えば。そう、ご縁があった私にとっての何人かの「師匠」はみな、「学者エスノセントリズム(自集団中心主義)を逆撫ですることにより、憤慨され、疎まれる」仕事をされ、そのことで、大切な何かを伝えてこられた方々ばかりだ。精神病院に潜入ルポする、「寝たきり老人は寝かせきり老人だった」と発見する、専門家支配の脱却と、脱施設や地域自立生活支援を提唱するどれもその時代の業界の主流(=学会文法)から逸脱している。ゆえに、異端視もされる。しかし、師匠の「挑戦的な問題提起型論文」は、パラダイムシフトとして、既存の枠組みに揺さぶりをかけ、新たな時代の幕開けにつながる

そういう仕事をしておられる先達達に共通するのは、まさに竹内氏の整理するように「認識する自分自身と認識枠(専門)について徹底的に客観化」する姿勢だ。そこから、「知の官僚制化」を超えた「知的興奮」を伴う新たな枠組みが生まれる。自分自身、そのことには気づけたようだ。後は、ちゃんとした編み込みを仕込むのみ。これは、言うはやすし、なのだが

私の両義性

 

身延線の沿線ではそこかしこで桜模様が見え始めている。ここ数日、寒の戻りはあるものの、春はいよいよ目前に来ているようだ。

月曜から3日ほど、大阪と三重に出かけてきた。毎日違う現場で、いろいろな人とやりとりする機会もあった。久しぶりの友人や先輩との語らいのチャンスもあった。そうして、いつもとは異なる場所で話をしている中で、改めての自己定義、というか、自分のやっている方向性のようなものが、その現場との「あいだ」に立ち現れている。そう「あいだ」といえば、「あいだ」論を精神科の臨床から哲学領域にまで高めた木村敏氏の入門書的な語りおこしである「臨床哲学の知」(洋泉社)の記述を思い出す。(その本が手元にないので、記憶を頼りに再構成してみる)

木村氏は、私というものを、主語的なものと述語的なことの二つから構成される、としている。アイデンティティとか私の唯一無二性という時、それは主語としての、取り替えの効かない場としての私であり、彼はそのことを「リアリティ」と呼んでいる。そして、それ以外に、リアリティを持った私が、いろいろな現場で、様々な人や出来事との「あいだ」で繰り広げられる多元的な現実は、述語的な「こと」であるという。私は同じでも、することは、その時々で違ってくる。職業人をする、家庭人をする、職業と言っても僕で言えば、研究する、教育する、実践するといった様々な「する」から成り立っている。この時々によって違う「する」の現実を、先のリアリティに対比させて「アクチュアリティ」と呼んでいる。

この二つを用いると、今までの自分のバラバラな営みが、割とすっきり整理出来てくる。

例えばこの3日間を例にとっても、ある通所施設の組織的課題の整理、入所施設や地域移行からの退院促進、支援職員のエンパワメント、など多様なジャンルの仕事を引き受けている。確かにつながりはあるのだが、違うアクチュアリティの場に複数関わる中で、僕自身の唯一無二性のようなものがそもそもあるのだろうか、という揺らぎが生じする。しかし、どういう述語を持ってきても、その述語の主語として、取り替えられない唯一無二の場としてのタケバタヒロシという主語(=リアリティ)がいつでもかぶっているのだ。どんな述語と向き合う際にも、幸か不幸か、この主語は不在にすることは出来ない。つまり、何に関わっても、タケバタが関わる、という主語性はいつもついてくるのである。

これは、考えようによっては面白い。

専門家、と言われる人の中には、自身の「述語性」を限定して、つまり「する」ことを限定して、一つの「する」を深く深く掘り下げる中で、その専門家としてのアイデンティティを築こうとするかたもおられる。それはそれでよいのだが、欲張りタケバタは、その述語性の限定が時として「タコツボ的隘路」にはまりこむことに対する危惧をもっていた。ゆえに、タコツボにならないように、あれこれと手を出すのだが、するとどうしても深入りしにくいし、散漫になりやすい。そんな述語の中途半端さや、場合によってはその分裂に当惑していたのであった。

しかし、結局何をやっていても、その述語が立ち現れる「場」である主語としての私の一貫性は、別に無理しなくても保持されている。何をしても「私は私」という自己同一性は間違いなくあるのだ。ならば、無理に述語性まで制約しなくても、のびのび気になることをとことん追い求めたらいいのではないか。複数の述語が同時並行的に走っていても、それを統括する場としての私、というリアリティに対する信頼があれば、なんとかなるのだ。私という場の輪郭を意識しながら、一つ一つの立ち現れるアクチュアリティの世界に没入し、そこで流れるリズムやメロディに身を寄せる。そういう両義性の中で、各現場の求める何かに寄り添うことが可能ではないか。

少し出張に疲れ果てながら、ぼんやりそんなことが頭に浮かぶ、夕刻の「ふじかわ」号であった。、

念願の…

 

自宅の書斎の片づけをした。ほんと、荒んでいた。

本棚だけでなく、机の上も本が散乱し、にっちもさっちもいなかなった。アメリカ出張中にパートナーが服の移動を行って下さったのはよいが、その残骸が書斎に溜まっていた。そして、出張帰りのスーツケースやら、色んな書類やらが、地べたにどかどか、ぐちゃぐちゃ。それをみて、益々片づける気力が失せ、いつしか書斎のPCの前からも遠ざかり、そしてこのスルメブログからも

こういう悪循環を断ち切ることが出来たのは、ようやく少し、春休みが取れたからだ。まずはじっくり睡眠を取った後、久しぶりに台所にも立つ。昼は大家さんに頂いたほうれん草とベーコンのパスタ。夜は、新ジャガのフライドポテトにゴーヤチャンプル、そしてうるめいわしの梅煮。春の味が非常に美味しい。こういう美味しいものを食しているうちに、気力が沸いてくる。そして少しは改心して、「時間は有限だから」と、読まない本をどんどん処分し、スペースを見つけ、机の上の本をそちらに移す。ついでに服の入れ替えと、いらない服も処分する。そうして、ようやっと書斎も衣装棚もまともになった。頭がすーっとしてくる。

実はこの休暇の間に、整理本も集中的に読んでいた。

「私たちは、必ずしも自由に読書の時間をとれるわけではありません。他にやらなければならないことを山ほど抱え、それでも仕事のためには本を読まなければならず、また楽しみのために本も読みたい。その時間が取れないこともかなり大きなストレスです。では、どうしたらいいのでしょう。まず、<読書以外の気がかりに何とか片をつけること>が必要です。そのための一つの手法として先ほど触れたGTD(Getting Things Done)というものがあります。」(米山優『自分で考える本』NTT出版p29)

これを読んで気になり、早速GTDの推奨者、デビッド・アレン氏の著作『ストレスフリーの整理術』『ストレスフリーの仕事術』(ともに二見書房)を読んでみる。以前、『ガラクタ捨てれば自分が見える』を読んだ時と同じような見通しのよさが、よりプラグマティックに書かれていて面白い。たとえばこんな風に

「私はまず『あなたの能力は、あなたがリラックスできる能力に比例する』という法則からはじめ、さらに生産性を向上させる次の4つの分野について掘り下げていった。
1,あちこちに散らばった『やりかけの仕事』を集めて処理すれば、するべきことが明らかになり、エネルギーが沸いてくること。
2,やるべきととをあらゆる視点から観察し、意識的に管理すれば生産性が高まること。
3,信頼出来る枠組みを構築し、それを使い続ければ必要な集中力を得られること。
4,柔軟かつ前向きな行動を日常的に実践することにより、物事が前に進んでいくこと。」
(デビッド・アレン『ストレスフリーの仕事術』二見書房、p20-21)

この4つが、一番出来ていなかった領域。「やりかけの仕事」が不明確で、エネルギーが沸いてこないことはしょっちゅうある。それが忙しいはずなのに無駄なネット暇つぶし、に直結する。意識的な管理が崩壊すると、生産性も破壊される。だからこそ、予定表を含めた枠組みも崩壊。それゆえ、柔軟さや前向きさがなくなり、物事が悲観的、日和見的処理になっていく

こんな日が続いて、非常に身も心もささくれだっていたのだ。そこで、一念発起して、とにかく捨てる、処理する、収集する、整理する。この本に書かれているGTDのメソッドを徹底的にするには、実はまだその半分の段階にも来ていない(全ての情報を収集し分類・整理しきっていない)のだけれど、とにかく暫定的に職場と自宅の書類を大処分したので、まずは整理の前段階に入った。それと共に、少しずつ頭がクリアになってくる。特に、自宅書斎は、本棚の整理も今日したので、「あ、こんな本を買っていたっけ」というめっけもんに沢山出会う。なるほど、意識的な管理は、大変だけれど、大切なのですね。

もともと本を読むスピードも速くないし、要領も頭も良くない。ならば、なおさらのこと、<読書以外の気がかりに何とか片をつけること>が大切なのだ。そういえば、カリフォルニア調査の時、現地のソーシャルワーカーに職員教育の質問をしていた時、彼の地でもタイムマネジメントが最大の鍵だ、と言っていた事を思い出した。膨大なケース数を、しかも一定のクオリティを保ちながらこなす為には、時間管理の術が欠かせないのだそうな。それって、全くもって自分にも当てはまる。本を読んでいない、考えていないと、どんどんアホになる。しかし、「読書以外の気がかり」はなかなか消え失せない。ならば。マメな整理以外、状況は打開出来ないのだ。ま、これに気がつけたのも、こうして休暇があったから。心にも時間にもroom(余地、余裕、隙間)をどう創れるか。山梨に来て4月で5年目、そろそろこれくらいは出来なくっちゃ