最近気づいた墓穴

 

6月に入り、仕事が立て込むシーズンが到来した。ブログの更新も、、こうして遅れがちになり、そしてまたいつものように夜の「かいじ号」ブログになるのである。今日は三重から。

先週末は、八王子で「ノーマライゼーションの今日的課題」というたいそうなテーマで、研究会プレゼンを行い、日曜日は名古屋で、「障害福祉政策における政府間関係と市民参画」というこれまた大きなテーマで研究発表を行う。二日続けて、全く違うネタで話をするということは、当然準備もいつもの二倍かかる。通常の学内業務に県の仕事も入れながら、なので、かなりハードであった。ただ、おかげさまである程度準備をして臨んだので、両方の発表ともかなり充実し、次につながるレスポンスも頂け、大変勉強になる。そういう発表をすると、改めて感じるのだ。昔は、不勉強なまま発表していたなぁ、と。

正直、研究発表というものを、かつては嘗めていた自分がいた。耳障りのよいフレーズを、ほどよくまぶせばそれで許される、と大きく誤解をしていた。ただ、襟元をただしてくださったのが、恩師のお一人、K先生だ。ある時一言、こうおっしゃった。

「研究者の発表と落語を誤解するな」

曰く、落語という芸は、同じネタを何度も繰り返し練習する中で、自家薬籠中のものにした上で、ストーリーという型をベースに、芸としてのオリジナリティを出していくもの。研究者の発表発表とはそれとは真逆で、毎回違うネタをどんどん継ぎ足していく中で、新しい考え方を自分の中に貪欲に取り入れ、その考え方を自家薬籠中のものにしていくこと。落語の芸と研究者の研究とは、全く違う。そこを誤解してはならない。だから、研究者の発表において同じネタを繰り返し使うようになっては、研究者としてはオシマイだ、と。

その話を伺ったのは、ちょうど1年半前あたりのこと。講演や研究会などに出るチャンスが多くなり始めた頃だった。そして、阿呆な僕は、そういう人前で話すチャンスが増えた事に、あろう事か増長しはじめていた(のだと思う)。先生の「落語になるな」という一言に、まさに冷や水を浴びせられるだけでなく、心まで凍り付いたのを覚えている。図星だ、と。

その時期、忙しくなって来たことを理由に、同じネタをたらい回しにしたりする傾向がみられた。直接ご指導頂いたのは、ある学会発表の際、テーマは勿論新しいものだったが、分析枠組みとしては、これまでにある程度斜め読みをしていてわかったつもりになっていた日本語文献を、それこそ権威漬けのようにまぶしたような、いい加減な発表だったのだ。その発表をご覧になった先生曰く、「こういう品位のかけらもない発表をしていたら、君の研究者としての力量そのものを疑われる。それに学会発表という、新しい内容へのチャレンジの場を誤解している」と言われたのだ。

まさに、その通り。手抜きの発表は、私は馬鹿です、と公言して回るようなもの。また、同業者のピアレビューの場なのだから、知ったかぶりをするよりも、自らにとってもチャレンジングな課題に果敢に取り組んで、その内容について研究者仲間からアドバイスをもらうことこそ、一番必要とされていること。そう気づいて以来、口頭発表(講演も含め)の内容を、大きく変えはじめた。とにかく、発表するテーマに関して、絶えず新しい(自分の中では消化し切れていない)内容を盛り込んで、何とか発表するために自家薬籠中のものにすべく苦闘する。その努力が出来ないテーマでは発表しない。講演においても、与えられたテーマに関して、今までのパワポ(というなの紙芝居)のつなげ合わせだけではなく、必ず何らかの新しい情報なり考え方を入れ込む。

これを原則にしたので、以後の学会発表なり講演なりの準備は本当に苦しい。終わり無き新ネタ主義、は、特に日程がタイトになると、目が回りそうになる。だが、それでもやっているうちに、吸収効率があがり、何とか作り込めるようになってくる。そして、そういう作り込んだ内容で発表してみると、発表後のレスポンスが確実に変わってくるのだ。聞き手を揺り動かすかどうか、というのは、話し手側の努力に確実に比例しているのだ、と。これまでの努力をしないクズ発表を痛烈に反省し、今は多少努力をしておりますです、はい。

そして、今日は三重でのお仕事。昨日の学会発表で話したテーマの延長線上で、三重県の特別アドバイザーとして関わる現場での打ち合わせ。一つは、ある市のモデル事業に関する打ち合わせと、県レベルでの研修に関する打ち合わせ。昨年度の成果を踏まえ、今年度何が出来るか、を話し合う議論であった。

こういう議論の場で、研究者というアドバイザー役割について、しみじみと感じることがある。それは、「他人を通じて事をなす」という以前引いた伊丹敬之氏の箴言だ。

山梨でもそうなのだが、市町村なり県なり事業所なり様々な組織やシステムに関わるが、私は経営者でもないし、そこの従業員でもない。外部者としてのアドバイスを求められる。その際、どこまで何をするか、が大きく問われている。この点について、肩肘を張っていた部分があったことや、「失敗する権利」もあると言われて少し楽になったことなど、こないだのブログでは書いた。この件に関して、実はその後、お忙しい中にも関わらず、尊敬する先輩であるとみたさんから個人メールで色々ご指摘頂く。現場の人と外部者である研究者の「失敗する権利」とは違うのではないですか、と。

そうなのだ。現場の人は、失敗したら後がなかったり、あるいは良くない結果を自分で引き受ける、という第一義的責任と、それゆえにどのような選択をするか、という選択権がある。外部者である僕は、責任を引き受けないため、最終的な選択権はないのだ。つまり、どんなに良いと思った事でも、それがよいかどうかを決めるのは、その現場にある。その部分で、あなたが余計な責任を引き受けたつもりになって、無駄な刀を振り下ろしていませんか、と、ご指摘頂いた(のだと僕自身は勝手に解釈している)。つまり、研究者としての役割とその限界を理解していますか、ということだ。

先ほどの話とくっつけるならば、この部分が、僕には無理解だったと今になって理解出来はじめた。全く遅すぎてすいません。研究者が落語家と違って持つべき職業的矜持と、それゆえに犯してはいけない一線。ここが不明確であったり不十分であったりすると、あらぬ誤解やいらぬフラストレーション、ハレーションなどを巻き起こす。私もしんどいし、周りもしんどい。故に、最終的には、ごり押しをしても、自滅する以外の道筋がなくなっていく。そう、役割の無理解と逸脱は、自らの選択肢を狭めるだけの、文字通り墓穴を掘る行為なのだ。

そういう理解ができはじめたから、少しは真っ当に仕事ができはじめた。と共に、今更ながら掘り続けてきた墓穴という穴の大きさと深さに、自分の阿呆らしさに、情けなくなるばかりだ。

お稽古と「失敗する権利」

 

昨日読んでいたブログで、思わず「その通り!」と唸る説明してくれる一文をみつけた。

「素人がお稽古することの目的は、驚かれるかもしれないが、その技芸そのものに上達することではない。
私たち「素人」がお稽古ごとにおいて目指している「できるだけ多彩で多様な失敗を経験することを通じて、おのれの未熟と不能さの構造について学ぶ」ことである。
それは玄人と目指すところが違う。」
内田樹の研究室「失敗の効用」

先月から僕自身も久しぶりに新たな「お稽古」をはじめた。それは、合気道。高校時代に1年、いやいや柔道を授業でしたが、まさかその後、自ら進んで武道に入門するとは思いも寄らなかった。始めた理由は色々あるが、この内田氏の整理に深く頷く部分がある。

もともとのきっかけは、大学に合気道の授業も作って自ら教えている思想家、内田樹氏のブログやら本を読んでいて、興味をもったことが発端だった。また、昨年度まで一緒に仕事をしていた行政職員のTさんがずいぶんと長く合気道に親しんでいる、と言うのも聞いていた。だが、なかなか「では自分が」という段になると躊躇して出かけられなかった。

それがいったん出かけ始めると、何で今まで行かなかったのだろう、と悔やまれるくらい、楽しい。その理由は、きっと先生の教え方が、初めての素人でもとにかく他の方と一緒に型ををやらせて下さる、という所にあるのだろう。当然、いきなり「はいどうぞ」といわれて出来るわけがない。他の人がさらりと出来ることも、その構造が頭に入っていないし、例え理解出来ても身体が納得しないと、簡単にはいかない。まず、明治維新以後、国策として導入された西洋式軍隊行進が推奨した!?手と足のズレ(右手と左足を出すのが普通、という感覚)が染みついているので、ナンバに代表されるような、同じ側の手と足を出す、ということすら、出来ない。説明されて、そういえば、と上記のトリビアが頭に浮かんでも、実際身体がついてこない。毎週、下手な動きをして身体のあちこちが痛み、湿布をはることも少なくない。

でも、1時間半が滅茶苦茶たのしい。それは、先のブログを読む前までは、こんな風に考えていた。

仕事とは全く関係ない場所で、全くの一素人として、宇宙語のようなさっぱり理解出来ないことを、少しずつわかりかけていく面白さ。とにかく全身を使って、格闘するのではなく、身体の流れにあらがわずに技を身につけていく面白さ。全く使ってこなかった感覚を刺激する楽しさ・・・。

だが、内田氏は、僕の冗長な感想を「おのれの未熟と不能さの構造について学ぶ」と一言でまとめてくださった。まったくその通り。道場で感じるのは「おのれの未熟さと不能さの構造」なのである。そして、それを痛切に感じたい、と機運が高まっていた理由は、前回のブログにも書いていたりする。役割期待に構えてしまう、というのは、「おのれの未熟と不能さ」を出せない、と過剰反応していることに対しての、防御反応の一つ、なのだ、と。

これに関連して、「玄人」として働かなければならないある現場のことで、少し煮詰まっていた昨日、ピアの立場で関わる「おっちゃん」のお宅に相談に出かけた。ピアカウンセリングの名手でもある「おっちゃん」からは、いつも多くのことを学ばされる。今回も、一言、「タケバタさんにだって『失敗する権利』があるのではないですか」と。この言葉は効いた。

そう、入所施設や精神病院にいる障害者は、安心・安全が守られていても、いや守られているが故に、「失敗する権利」が奪われている。食べ過ぎたり、包丁で手を切ってみたり、人に騙されそうになってみたり・・・社会人として経験する、自らの愚かさから学ぶ、つまり、「おのれの未熟と不能さ」から学ぶ機会を奪われてしまっているのだ。日本の障害者の自立生活運動が唱えてきた「失敗する権利」とは、そういう社会人として当たり前に出来ることを奪わないで、というメッセージだった。

自らも自立生活運動の闘志である「おっちゃん」は、僕にも、「失敗する権利」があるよ、と伝えてくれる。肩肘張って、成功しようと必死になっていませんか、と。図星だ。ある枠組みが動き始めたら、それが失敗しないように、必ずうまくいくように、とそこに無理な力をかけ、肩肘を張り始めている自分がいた。だからこそ、役割期待なんていうゾンビに捕らわれ始めていた。それゆえに、無意識的反動として、ゾンビとはまったく関係ないお稽古が猛烈にしたくなりはじめた。

もちろん、その構造に気づいたからお稽古はおしまい、ではない。自らの陳腐な「成功」体験を絶対化することなく、「失敗する権利」を最大限に行使するためにも、武道場ででくの坊のような身体を今日も動かす。「おのれの未熟と不能さの構造について学ぶ」喜びにひたる。本務に関係ない部分で、失敗をしながら学ぶから、本務における無駄な肩肘も張らなくて済むようになる。まさに一石二鳥、とはこのことだ。

僕自身、料理をすること以外は、しばらく無趣味であった。そういえば、中学まで電車オタク、高校時代は白黒写真、と凝ってみたが、15年ぶりくらい持った、本格的お稽古なのかもしれない。今晩のお稽古のことを考えたら、もうすでにワクワクしている。

 

役割期待と心の余裕

 

気がつけば5月末。

先日、父の誕生日のお祝いの電話を実家にかけた際、両親から「ちゃんと休んでいるの?」と言われる。そう、実家にいた10代後半から落ち着きのなさに拍車がかかり、大学生以後、ずっとバタバタが代名詞だったのだ。そういう癖をよく知っているが故に、慶賀の電話でもご心配いただく。

いえ、最近は案外休める時もあります、と答える。

確かに昨年度は前期に東京の大学で非常勤(お世話になった先生のサバティカル期間の代講)を入れてしまったばっかりに、付随して東京で仕事が増えたり、後半には三重の仕事も入ったり、と本当に休みが少なかった。昨年からグーグルカレンダーに移行しているのでPCの前では日程チェックがすぐに可能だが、1年前を見てみて、空白の日がほとんどなかったことに、改めてあきれかえる。だが、それもよく考えてみれば「夢に見たこと」だったかもしれない、とも。

10代の頃から、少しませたガキで、同年代の話よりも、上の世代の話に加わろうとする子供だった。その延長線上で、早く大人になりたい、バリバリと働きたい、必要とされる人物になりたい、という内容なき形式への憧れがなかった、といえば嘘になる。声がかかればほいほいどこでも出かけたし、出かけた現場でわあわあわめきたてたのも、真っ当な正義感ゆえか、その衣にくるんだ自らのアイデンティティ保障か、と言われると、必ずしも前者だけであった、とは言い難い。何者でもない、という立場の不明確さを、行動力と発言力で補おう、という戦略。惜しむらくは、そこに「勉強と思考の積み重ね」をいれておかなかったことだ。それがあれば、今はこんなに苦労しないのだが

閑話休題。
立場が幸か不幸か定まってしまうと、その立場に合わせた役割期待がかぶさってくる、ということに、なってみて初めて気がつく。その役割期待は、千差万別。自分が感じているものも刻々と違うし、関わる現場でもマチマチだ。だが、何かの関わりをもつ様々な現場で、何らかの役割期待がかせられ、その内容が少しずつ大きくなるのも感じる。その上で、この役割期待と同化すべきか、拒否すべきか、是々非々なのか、がおそらく10年後の自分に大きな岐路として出てくるのだろうな、とも感じる。

この役割期待への対処の際、肝心なのは、当たり前の話だが、心の余裕である。判断に一貫性があり、柔軟ではあるが筋目を違えない判断をするためには、バランス感覚と落ち着きが必要だ。で、それらの力を持つためには、ある程度の時間的余裕、が必要である、ということが、去年、ある程度時間的に追い込んでみて、つくづく感じた。ちいさな事であれ、何らかの事をなすには、余裕がないと向き合えないのだ。こういう当然なことも、自分事でないと、体感出来ない。で、判断をまともにし続けるためには、休息という手段が最も効果的である、とも。

とまあ、ぐだぐだ書いてきたが、結果的に週末に料理をしたり、本を読んだり、のんびりする時間が昨年度より少しは増えた。だから、以前に比べたら歪みが多少は減っててきたのではないか、と思う。昨日は道の駅に出かけ、人が群がるトウモロコシも少しは買ったが、それよりニンニクも山ほど買い込んで、おうちでひたすらむきまくる。瓶一杯にニンニクを詰めたら、上からどぼどぼと酢を流し込んで、冷蔵庫に。1週間もすればドレッシングのベースであるニンニク酢に仕上がるはずだ。で、残りのニンニクは、みじん切りにしてフードプロセッサーにかけ、餃子の具に。今回はニラを買わずに、大根の葉っぱの「有効活用」。ついでに終わりかけのタケノコも水煮したり、今朝は下処理を終えて若竹煮をしこんだり、と久しぶりに台所に立ち続けた。

こうして料理に無心になって、すっきりと自分の「あく抜き」も出来た。さて、休みが少なくなる来月の戦略をボチボチ考えるとするか

「理想(ねがい)」と「現状(いまのまま)」

 

ここしばらく、1冊の小説を読んでいる。文庫本で700ページもある大作。読めるのだろうか、と疑心暗鬼で読み始めたら、何だか不思議な魅力にとりつかれ、ずっと読み続けている。その作品世界の面白さもさることながら、登場人物の発言の中に、思わずハッとさせられる場面が度々あるのも惹きつけられている理由かも知れない。例えばこんなところ。

「頭のなかの理想(ねがい)は、すぐそのまま現実(まこと)の政治(まつりごと)になるわけはない。その理想(ねがい)が高ければ高いほど、実際に現れた姿は、みじめなものに見えることが多い。理想(ねがい)を追う者は、現状(いまのまま)を眼にして、一段といきり立つ。焦燥に駆られる。そして駄馬に鞭打つように、必死となって、動かぬ廷臣たちに苛酷な要求を押しつける。それがますます理想(ねがい)に背馳し、復古(むかし)への刷新とは逆に、徒らな行政(まつりごと)の遅滞(とどこおり)を生み出すようになると、頼長殿は一段と廷臣達の精励恪勤(しごとのはげみ)を要求するようになる。」(辻邦生『西行花伝』新潮文庫、p372)

保元の乱で失脚することになる藤原頼長が、権力の中枢に昇詰める段階のエピソード。今から800年以上前の出来事を眼前の物語のように展開させる辻邦生氏のストーリーテリングの確かさに深くはまる一方で、この頼長の発言にはハッとさせられる。「理想(ねがい)」と「現状(いまのまま)」を対置した際、前者のみに眼がくらむと、「現状(いまのまま)」がどうしても陳腐に見えてくる。で、権力者ほどその実態に我慢ならず、部下に「苛酷な要求を押しつけ」、結果として「それがますます理想(ねがい)に背馳」することになる。もちろん、「現状(いまのまま)」の絶対的肯定は何も産み出さないが、。「理想(ねがい)」の絶対的肯定も、それと表裏一体の関係に、結果的になってしまう。

このページを折りながら、真っ先に頭に浮かんだのが、どこぞやで知事職を勤める人。彼が何「への刷新」を狙っているのかはもう一つ見えないが、とにかく「徒らな行政(まつりごと)の遅滞(とどこおり)を生み出すようになる」とみているし、そういう噂はあれこれ聞こえてくる。あちこちでマスコミ受けする罵倒をし続けて、お茶の間有権者には聞こえがよくても、部下としては非常にやだろうなぁ、と思ってしまう。

トップダウンが喧伝されることが多いが、僕自身が心から納得出来るトップマネジメントは、伊丹先生のシンプルな三箇条である。

「・経営とは、個人の行動を管理することではない。人々に協働を促すことである。
・適切な状況設定さえできれば、人々は協働を自然に始める。
・経営の役割は、その状況設定を行うこと。あとは任せて大丈夫。」(伊丹敬之『場のマネジメント』NTT出版、p5)

「理想(ねがい)」と「現状(いまのまま)」の調和、というか、後者から前者を導き出すために、どうしたらよいだろうか? 本人が心からその通り、と思うこと(=納得すること)なしに、いくらがみがみと「廷臣達の精励恪勤(しごとのはげみ)を要求」(=説得)しても、物事は進まないのではないか。この前提に立って、「人々は協働を自然に始める」ような、「適切な状況設定」という納得環境をつくり出すことの方が大切、と伊丹氏は整理しているのだ。さらに、いったん人々が納得して動き始めたら、「あとは任せて大丈夫」という器量をもつことが、経営者側に求められている。これは、企業であっても、まつりごと(政治・行政)であっても、そして教育であっても同じ事。

教員をしていて、「現状(いまのまま)」をしっかりと認識して分析することのない、「理想(ねがい)」のみの妄想的追求が、如何に混乱をもたらすか、を我が事として認識してきた。そして、この伊丹先生の三原則に照らしてみた時、己が実践の反省をするだけでなく、他の人々のマネジメントもこの尺度で判断すると、実に興味深い診断結果として見えてくる。結果として、「行政(まつりごと)の遅滞(とどこおり)を生み出」している現場では、先述の三原則が見事に無視されている場が少なくない。他者への手放しの信用は問題だが、他者への絶対の不信感も、同様に問題なのだ。

経営者としてどのような枠組み設定と、その後の信頼関係を構築するか。説得してねじ込むのではなく、納得して自発的に協働がうまれる環境をどう構築するか。人々の「協働」から、「理想(ねがい)」をどう紡ぎ出すか。自らが関わるガバナンス現場でも、共通する課題として見えてくる。

私は誰?(増補版)

 

変なエントリーで、すいません。

実は、この春、当スルメHPをブログを除いて閉鎖したのでありますが、その際、自己紹介ページも省いてしまいました。なので、たまたま覗かれた方は、いったい誰だよ、とお考えかも知れません。じきに最低限の自己紹介を掲載する予定ですが、名無しであれこれ無責任に書くのはいやなので、とりあえず最低限のご挨拶を。

タケバタと申します。大学教員をしております。くわしくは、こちらを。

で、こういう自己紹介、つまり「私は誰か」を規定するにあたって、実に興味深い二つのブログ記事を拝読した。

ひとつはたまに引用させて頂く、大阪のとみたさんのここ何回かのブログ。中途半端な研究者の姿勢を鋭く斬っていく筆力にいつも自分の身を切られる思いをしながらも、欠かさずに読ませて頂いているのだが、気がつけば己のブログがまな板にのっておりました。で、そのまな板のうえで、もう一つの調理材料にされていたのが、こちらはお会いしたことは無いのだが、ブログを拝読させて頂いているlessorさんの記事。とみたさんが「まな板」に載せられたことを受けて、大変興味深いことを書いておられる。普段、一方的な読者のつもりだったブログに自分の書いた何かが載っけられていると、何だかこそばゆい。

このなかで、lessorさんが私の紹介を、「スルメコラムの作者さん(過去に名乗っておられたこともあったと思いますが、一応伏せときます)」と書かれて頂いたので、一応、最初に名を名乗ってみたのだ。ただ、この自己規定の段階で、先にご紹介したお二人のブログから、大きく問いかけられている(と自分で勝手に議論を引き継いでしまう)。「あんたは、誰なん?何してくれんのん?」(いや、こんなガラのわるい言い方は、私しかしないでしょうね

とみたさんは、福祉現場の要役をしながら、研究者としての視点もきっちりお持ちなので、こういう視点で問いかけられる。

「私の中では、現場から求められる研究者像というのを実はいまだに捨てきれず、模索し続けている。
 いわゆる基礎的研究=現場に即にはやくにはたたないけれども、絶対に必要となる研究。(実は社会福祉にはこれがとても少ない と思っている)
 と、もう一つは、現場の実践を吸い上げて、現場とは違う視点で切ってくれる研究。
 いまの研究は、現場の紹介でしかない なんていうと、また叱られるだろうが、中途半端だと思う。」
「事件は現場で起きているんだ!」 では・・・

片腹痛し、とはこのこと。自分自身がここ数年、疑問に感じ、また自分自身がそうなのではないか、と反省してきたのは、この「中途半端」さである。とみたさんの分類で、価値ある研究をしている方を障害者福祉の分野で考えてみると、前者の代表格としては立岩真也氏などが、後者の代表格としては北野誠一氏や、我が師、大熊一夫氏、大熊由紀子氏などが思い浮かぶ。で、この対比をしながら、立岩氏が大熊一夫氏に関して、実に興味深いことを書いていたことを思い出した。

「さて「学者」は何をするか。大熊は前記のインタヴューで、学者の作品は「味も素っ気もないものになっている。つまらない文章ばかりだし、こんな研究して何で障害者のためになっているのかわからないようなものばかり目立つ。」と言う。そうかもしれない。
 もちろん、統計的な調査がこうしたルポルタージュと並存し互いに補って意味があることはあるだろう。では、前回取り上げたゴッフマンの著作のような質的調査、フィールドワーク、エスノグラフィー、エスノメソドロジー、などど呼ばれたりするものはどうだろう。私は、ジャーナリズムの作品とこれらの間になにが違うというほどはっきりした違いはないし、またある必要もないと考える。ただ、大熊の批判を肯定しながら居直るような妙な言い方になってしまうのだが、衝撃・感動・・・をとりあえず与えなくてもよいという自由が「研究」にはあって、それがうまくいった場合には利点になるとも思っている。」
(立岩真也「大熊一夫の本

私は大学院時代、前述の二人の師から、そして最近ではアメリカ調査にご一緒させて頂く北野さんからも、「障害者のためになっているのか」という視点を徹底的にたたき込まれた。だが、「障害者のためにな」る議論を本質的に掘りさげていくと、「現場の実践を吸い上げて、現場とは違う視点で切ってくれる」という事の深みと難しさに突き当たる。それは、フィールドワークやエスノグラフィーの「まがいもの」は、下手をしたら「現場の紹介でしかない」ものになるからだ。そしてそういう「研究」は、「ジャーナリズムの作品とこれらの間になにが違うというほどはっきりした違いはない」だけでなく、すぐれた「ジャーナリズムの作品」よりも遙かにレベルの低いものになってしまうのである。そういえば、こないだ「にわか読書」をしたブルデューもこう書いていた。

「一部のエスノメソトロジー研究者達は、一次経験を記述するだけで満足しており、そうした経験を可能にしている社会的条件、すなわち社会構造と思考構造との一致、世界の客観的構造とその構造を把握している認知構造との一致について自問することがありません。したがってこの研究者たちは、現実の現実性(実在性)について、もっとも伝統的な哲学のもっとも伝統的な問いかけを繰り返す以上のことは何もしていないのです。」(ブルデュー「リフレクシヴ・ソシオロジーの実践」ブルデュー&ヴァカン『リフレクティブソシオロジーに向けて』藤原書店 p301

このブルデューのいう「一次経験を記述するだけで満足しており」という事態に対して、とみたさんは同じ点から、次のように書いている。

「人類学的な調査手法がひろがり、参与観察や質的調査法がいろいろな場面で利用されるようになった。しかし研究者が研究の方法として使うときいくら参与観察者として現場にいても、その人は現場の人ではない。その逆もしかり。こんなあたりまえのことが当たり前になっていない気もする。」(「事件は現場で起きている」では 研究者は?

もちろん参与観察や人類学的手法そのものが問題、というのではない。方法論の中途半端な理解と応用が、百害あって一利無し、の可能性となっているのだ。この点、エスノグラフィーの大家、佐藤郁哉氏も、次のように警告している。

「ご都合主義的引用型、天下り式のキーワード偏重型、要因関連図型の場合には、いずれも一般的・抽象的な概念の世界に重きをおくあまり、対象となった人々の意味を読み取っていく作業がおろそかになってしまったものだと言える。また、これらの場合は、対象者たちの思いや考え方に対する研究自身のコミットメントは非常に浅いものになるため、研究者個人の体験や思いが研究者コミュニティと対象者たちの意味世界を媒介する上で果たす役割は、非常に小さなものとなる。
 それとは逆に(略)、ディテール偏重型と引用過多型およびたたき上げ式のキーワード偏重型の場合には、対象者たちの個別具体的な意味の世界に対する研究者のコミットメントは、やや過剰気味のものとなっている。その結果として、対象者達の言葉や行為の意味を一般的・抽象的な学問の言葉へと翻訳していく作業は、中途半端なままにとどまってしまうことになる。」(佐藤郁哉『質的データ分析法』新曜社、p28-29)

佐藤氏は「現場の言葉」と「理論の言葉」の「文化の翻訳」こそが、質的研究の成否を裏付ける最大の鍵だ、と主張している。さきにご紹介した現場のお二人は、「理論の言葉」にも精通しながら、「現場の言葉」の世界に生きる、「翻訳者的存在」であるからこそ、中途半端な研究(翻訳になっていない駄作)に憤っておられるのではないだろうか。次のlessorさんの指摘に、そのあたりが端的に表れている、と僕は感じる。

「研究者が中途半端に現場に入り、現場で既に自明視されているようなことをさも自分が発見した「新しい事実」であるかのように示して自己満足するぐらいならば、「現場のものの見方」に擦り寄ろうとするのではなく、徹底的に「研究者としてのものの見方」を押し通すことで見えてくるものに期待をかけたほうがずっと有意義だと思う。」(現場と学問の距離

このlessorさんの言う「「研究者としてのものの見方」を押し通すことで見えてくるもの」という指摘こそ、ブルデューの「そうした経験を可能にしている社会的条件、すなわち社会構造と思考構造との一致、世界の客観的構造とその構造を把握している認知構造との一致について自問」と重なってくるし、佐藤氏の言う「現場の言葉」を「研究の言葉」へ翻訳する作業なのだと思う。そして、それこそとみたさんの言う「現場とは違う視点で切ってくれる研究」であり、そうした研究は、「衝撃・感動・・・をとりあえず与えなくてもよいという自由が「研究」にはあって、それがうまくいった場合」となる。繰り返して言うが、「うまくい」かない研究は、衝撃も感動も、そして「現場とは違う視点」もない、「既に自明視されているようなことをさも自分が発見した」「自己満足」にしかすぎないのである。

こううねうね書いてきて、ようやくタイトルに突き当たる。(よく大阪のMさんに、もう少し短くなんないかなか、とお叱りを受けるが、本当に長い

「私は誰なのか?」

誰、というのは個人タケバタという意味で指しているのではない。そうではなくて、研究者という肩書きを標榜して、糊口を凌がせていただいている者として、そう名乗るだけの充分な視点や力量を兼ね備えた誰か、になりえているか、という問いである。「一次経験を記述するだけで満足して」いないか、「徹底的に「研究者としてのものの見方」を押し通すこと」が出来ているか、その上で、「こんな研究して何で障害者のためになっているのかわからないようなもの」でごまかしてない、誰かになれているか、である。

もし、研究者という立ち位置で、それが出来ないのであれば、とみたさんやlessorさんのような優れた「翻訳者」が大学で教えられた方が、よほど福祉政策に実りある展開となる。lessorさんは謙遜されて、「現場のプレイヤーとして研究を深めることに徹する研究者もまた存在してよいはずなのだ」と仰っておられるが、「よい」だけでなく、むしろそういう本物の「翻訳者的研究者」こそ、今の中途半端な社会福祉学界の閉塞性を切り開く役割をして頂けるのであろう。

で、だからこそ、タイトルの問いが、もう一度胸に突き刺さる。

僕自身は、誰なんだ? 「現場のプレイヤーとして研究を深めることに徹する研究者」と対比しても、多少なりとも役立てる何かがあるのか。本当に研究者などと名乗っていいのか。

鋭いお二人の分析から、崖っぷちでしがみついている自分自身が見えてくる。

参与的客観化

 

連休の最終日に、以前からしたかったファイルメーカーによる研究メモの構築がようやく完成。で、その第一号として、こないだ読んだブルデューの著作を読み返しながら、抜き書きとバタメモ、という形で30弱ほどメモしていく。そして、その最後の「抜き書き」を前に、考え込んでしまった。

「社会学者とその対象のあいだの関係を客観化することは、今のケースからはっきりわかるように社会学者がその対象に思い入れをする(投資する)という、対象への「利害=関心」の根源の傾向を断ち切るために必要な条件です。ゲームの中にいて他のプレイヤーに対して抱くことのできる、単純な、還元主義的で一面的な見方ではなくて、ゲームからリタイアしているがゆえに把握することのできる、ゲーム全体についての包括的な見方という意味での客観化がおこなえるためには、対象に介入する目的で科学(社会学)を利用する誘惑をあらかじめ捨てていなければなりません。社会学の社会学、そして社会学者についての社会学だけが、科学的目的を直接追求することを通じてねらえるような社会的目標をある意味でコントロール出来るのです。参与的客観化は、社会学の技法のうちでおそらく最高の形式です。この客観化は、参加という事実の中に刻み込まれた客観化のもたらす利益をできるだけ完全に客観化し、その利益とそれがもたらすあらゆる表現とを停止させることを足場としなければ、わずかでも達成する見込みはありません。」(ブルデュー「リフレクシヴ・ソシオロジーの実践」ブルデュー&ヴァカン『リフレクティブソシオロジーに向けて』藤原書店 p318-319

この「参与的客観化」が、現時点で一番難しい。なぜなら、現時点で僕自身、「対象に思い入れをする(投資する)」行為に突入していないか、と言われたら、多いにしている自分を発見してしまったからである。つまり、ある種のゲームプレーヤーになっているから、「単純な、還元主義的で一面的な見方」に終わってしまうのだ。この間、アドバイザーや様々な現地調査で失敗した多くの事例は、いつの間にか自分がゲームプレーヤーになる愚を犯すが故の問題である。彼の言葉が、グッと胸に刺さって痛い。

恥ずかしながら、少し前まで自分自身が、世の中の為になるのならプレーヤーでないと、という「単純な、還元主義的で一面的な見方」に終始していた。しかし、それなら研究者をやめ、実践家なり政治家なり、プレイヤーに転向する必要がある。実際、前回のブログで紹介した西水さんは世界銀行における実践家に転向したし、熊本県知事の蒲島郁夫氏は、政治を「参与的客観化」する立場から、文字通りのプレイヤーに転向した。そういう生き方もある。

ただ、現時点での僕は転向していない。その段階で、「プレイヤー気取り」をしても、実は真のプレイヤーではないのである。なのに、プレイヤーのように「科学的目的を直接追求する」行いそのものが、実は問題があり、誤った結論を導くだけなのだ。この位相のズレの無理解がもたらす行為の失敗の構図に、今ようやく、少しずつ気がつき始めた。遅すぎる、というおしかりを受けそうだが

「ゲームからリタイアしている」というか、プレイヤー気取りでも、実は本当は現時点ではプレイヤーではないのである。であれば、その立ち位置をきちんとわきまえてゲームを眺める「がゆえに把握することのできる、ゲーム全体についての包括的な見方という意味での客観化がおこなえる」のである。そして、それはプレイヤーでないからこそ出来る、ゲーム全体への貢献なのかもしれない。

色々な現場に、今年度も関わる。だが、その現場への関わりが、プレイヤーとしてなのか、参与的客観化が求められる研究者としてなのか、で、そこから出てくるアウトプットが大きく異なる。連休以後、いよいよ本格化する今年度の関わりに対して、「参加という事実の中に刻み込まれた客観化のもたらす利益をできるだけ完全に客観化し、その利益とそれがもたらすあらゆる表現とを停止させること」がどれだけ出来るか。

隘路を抜けられるかどうか、の瀬戸際である。

風通しの良さ

 

この連休はどこにも出かける予定はない。こないだのアメリカ調査で調べたことの一部をある雑誌で報告する事になり、その原稿書きに休みを使うことに。そんな半分仕事モードの連休初日、ジムに行く途中の本屋で偶然出会った一冊から、実に多くのことを気づかされ、学ぶことが出来た。

「国家指導者が本腰を入れて貧困と戦えば、十五年で『半減』どころか、貧しさを知らぬ世の中さえ無茶ではない。それでも、貧困削減が世界各国の首脳を賛同させる課題になったことを、素直には喜べなかった。動機が気に入らなかったからだ。(略)
 カネや情報、そのうえ企業まで国籍や国境などおかまいなしになった今日、先進国が抱える二十一世紀の課題は、移民問題につきる。地球人口の過半数を占める途上国との格差をなんとかせねば、空恐ろしいことになるというのが、北の本音だと見た。一方、途上国の権力者の多くは、国連宣言により政治的に動く安易な援助が増大し、よりいっそう甘い汁を吸うことを期待する。南北の私利私欲が合致するからこそ『ミレニアム宣言』なのだと考えた。
 政治家や官僚は、民衆の悩みや苦しみを肌で感じることが不得意だ。どん底の生活にあえぐ貧民のことなど、数字と頭でとらえていればましなほうだろう。先進国でも途上国でも違いはなく、我が国も例外ではない。」(西水美恵子『国をつくるという仕事』英治出版、p220-221)

抑制の効いたピリリと辛口な文章。しかし、単に批評家の辛口ではない。世界銀行の責任者(最後には副総裁)として、一貫して援助対象現場の、特に貧困でマージナルな地域に通い続ける中でこそ「数字と頭」を超えた生の「民衆の悩みや苦しみを肌で感じる」体験を積み重ねてきた。そのリアリティから、どんな「権力者」とも一歩も引かずに是々非々の戦いを続けてきた「闘士」だからこそ、政策の背景にある「動機が気に入らなかった」のである。

不勉強な私は、この本を読んで初めて世界銀行の役割の重要性をもよくわかった。そして、彼女がその世界銀行のミッションを実に真っ当に果たそうとしていることも。

「世界銀行グループは加盟国国民の『共済組合』だと知る人は意外に少ない。市場から好条件で借りる力のない『組合員』に、いろいろな形で長期復興開発資金を用立てるのが本命。(略)
 気が遠くなるほど長い融資だ。今日生まれた乳飲み子が社会人となるまで国体が持続するかを見極めなければならない。その確率判断をもとに貸倒引当金を計上し、準備金高を決定するのだから、真剣勝負。(略)
 初めは、恐ろしい大責任だと考え込んでしまった。悩み抜いた末、国体持続の判断は、歴史的観点を踏まえたうえで、国民と国家指導者の信頼関係を感じ取るしかないと思った。だから、草の根を歩き巡り、貧村やスラム街にホームステイをし、体を耳にするのが仕事なのだと決めた。そそてい、その判断をもとに良い改革への正の外圧となることが、世銀のリスク管理と営業の真髄だと考えた。」(同上、p31-32

世界銀行の「本命」である融資に必要な「確率判断」という「真剣勝負」をするために、悩み抜いた末、その真剣勝負には「国民と国家指導者の信頼関係を感じ取るしかない」と考える。国民の本音に向き合い、「体を耳にするのが仕事なのだと決めた」。そして「良い改革への正の外圧となること」を「真髄と考えた」。

さらりと書かれているが、ここに込められた意味合いは実に深い。プリンストン大学助教授の職を辞して着いた新たな職場で、「加盟国国民の『共済組合』」という意味合いを徹底的に「悩み抜いた」。だからこそ「草の根を歩き巡り、貧村やスラム街にホームステイをし、体を耳にするのが仕事」という原則に辿り着いた。そして、副総裁になってもこの原則を守り抜き、アジアの各地で文字通り「草の根を歩き巡り」続けた。そして、そこで援助対象になる当事者の思いや願いを肌で感じ続けたからこそ、大統領や軍のトップが相手であっても、誰かさんと違って文字通り「恐れず、怯まず」、正しさを貫くことが出来た。

彼女の様々な国での、草の根への目線は本当に温かい。解説の田坂広志氏が「自分の姿を見る」「共感」の姿勢で彼女が臨んで来たからだ、と指摘しているが、まさに彼女はどの国でも対象国の貧困削減や貧村の幸福を「自分事」として願っている。だからこそ、現地の人に教えられ、だからこそ、怯まない力が備わる。そんな彼女の「正しい」行いは、権力者だけでなく、多くの現場の人びとやジャーナリスト、官僚や政治家をも動かす。

こういう、声なき声に耳を傾け、そこで語られた社会的弱者の声に基づく「正しい行動」を積み重ねる彼女の文章には、お仕着せがましさや不遜な部分が感じられない。個人のエゴや主張ではない、普遍性のあるロゴスが言霊となって、風通しの良さとして文体にも表れている。読み手も読んでいて、実に気持ちが良い。そしてその普遍的な魂に触れて、己の中にも気持ちの良い風がサーッと流れ込んでくる。

今、自分の「現場」で、自分のミッションを「悩み抜い」て考え詰めているか。「自分の姿を見る」ことから、「共感」に基づいた、真っ当な仕事が出来ているか。読みすすめる中で文字通り、襟を正したくなる一冊だった。自分に出来ることは何だろう。そう、改めて考え直した。

お知らせ

 

業務連絡的なお知らせです。
来月、うちの大学で、山梨と三重で行ってきたタケバタの仕事を、少し整理してお話しするチャンスをいただきました。今井先生のご発表も興味津々です。資料代が1000円かかりますが、よろしければお越し下さいませ。

ローカル・ガバナンス学会第5回研究会のご案内
日 時 : 平成21年5月23日(土)14時00分~17時00分
場 所 : 山梨学院クリスタルタワー6階講義室
当日の研究会内容
テーマ :「地域医療を考える公立病院問題を中心に
報告者 : 今井 久(山梨学院大学現代ビジネス学部長、同学部教授)
コメンテーター : 若尾直子(山梨まんまくらぶ代表)
コーディネーター :外川伸一(山梨学院大学法学部教授)
テーマ :「自治体福祉政策の現状と課題」
報告者 : 竹端 寛(山梨学院大学法学部准教授)
コメンテーター : 内藤豊春(山梨県福祉保健部障害福祉課課長補佐)
コーディネーター :丸山正次(山梨学院大学法学部教授)

http://www.ygu.ac.jp/logos/guide.html

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竹端報告:障害福祉政策を題材に、自治体福祉政策の展開における課題と政府間関係の問題について考えたいと思います。報告者は、平成18年度から山梨県の障害者相談支援体制整備特別事業「特別アドバイザー」として、28市町村を訪問すると共に、市町村や圏域毎のローカル・ガバナンスの仕組みである「地域自立支援協議会」作りを行ってきました。また、県自立支援協議会座長として、県と市町村のより良い関係作りのお手伝いもしてきました。この実践報告の後、特別アドバイザーの関わりは県や市町村にどのような影響を与えたのか、見えてきた課題は何か、等を山梨県障害福祉課の内藤豊春氏からコメントを頂き、その後、フロアとの質疑応答・討論を行います。
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二つのロゴス

 

土曜日、久しぶりにお会いしたMさんから、「タケバタ君、やせた?」と嬉しいお声かけ。いえ、体重は変動はありません。でも、ここ数ヶ月、毎朝の腹筋を続けているせいで、ポッこりお腹が引き締まったのであります。いやはや、継続は力なり。

で、そのMさんとお会いしたのが、大学院時代に博論へと導いてくださった指導教官「ゆきこさん」が主催された「えにしの会」。別の研究会で泣く泣く1回欠席した以外は、毎回参加し、様々なことを学ばせて頂いている。今回、この会の前後で二冊の「えにし」を頂いた。

一つが、当日のシンポジウムにも登壇された権丈善一氏。以前から氏の社会保障に関するスタンスや研究から沢山学ばせて頂いていて、生ケンジョウ先生を見れるのを楽しみにしていた。話の枕に、「忙しい研究者、というのは本来論理矛盾だ」と仰っておられたが、しかし社会保障審議会の委員もしていて、著作も多く、挙げ句の果てに当日の講演は事前に原稿を作ってそれをネットでアップまでしている。議論は精密なのに、仕事が速い。こういうキレの良さは100年経っても学習出来なくても、本当に爪のあかを煎じて飲ませて頂きたいくらいだ。

で、内容はリンクを張った講演原稿を参考にして頂くことにして、権丈氏の論理の鮮やかさは、例えばこの日の副題である「足りないのはアイデアではなく財源である」といったワンフレーズの名言にも如実に表れている。この名言に関しては、行きの予習に読んだ彼の最新刊でも、審議会での発言として、次のような決め台詞が載せられていた。

「日本は小さすぎる福祉国家、低負担・低福祉国家と呼んでもよいと思います。だから、医療・介護も崩壊しているのだし、少子高齢化は手つかずのまま何十年も放置されてきたのです。この低負担・低福祉国家を中負担・中福祉国家にするということは、負担が増えるのみならず、しっかりとした社会保障の確立も国民に約束できる話になります。」(権丈善一『社会保障の政策転換』慶應義塾大学出版会、p71)

今、日本の政治家で、ここまで論理性と説得力を持って言い切れる人間がどれだけいるだろう。いや、研究者だってそうだ。エビデンスと論理的確かさにしっかり裏打ちされた上で、あるべき姿を明快に論じる。しかも彼の中では財源問題は、「しっかりとした社会保障の確立も国民に約束できる」という目標のための、あくまでも方法論上の課題として提示されている。こういう社会保障学者の議論には、素直にうなずける。

方法論としての財源問題、と言えば、自立支援法成立以前からずっと、介護保険との統合、1割負担という定率負担の是非を巡る議論が続いてきた。この際、障害福祉の分野に1割負担を導入する論者が必ず言っていたのは「介護保険に統合すれば財源が安定するし持続可能になる」「応能負担では低所得の障害者は殆どタダでサービスを使うことになり、サービスの乱用に繋がる。権利としてのサービスは、お金を払えば確立出来る」というロジックであった。

しかし、これって「今の目の前ですぐに使える道具を使って財源不足を解決するには、この案しかないよね」という目先の議論にしかすぎない。真の問題は、介護保険に統合すれば障害者福祉は薔薇色だ、という「アイデア」にあるのではなく、足りないのは介護・福祉に投入される「財源である」、というシンプルな俯瞰図に、ミクロな目の前しか見えていないと、ついつい気づかない。気がつけば意図的に作り上げられた(=偏りのある)ロジックに踊らされる。権丈先生の本を読み、実際の話を伺っていて、当たり前の話だが、物事を鵜呑みにせず、自分の頭できっちり確かめる大切さを、改めて感じた。

そして、この自立支援法の応益負担に関しては、次の名言をふと思い出す。

「応益負担は「{無実の罪で収監された}刑務所からの保釈金」の徴収に等しい」

自立支援法が審議された社会保障審議会の席で、この歴史的名言を述べた盲ろう者で初めての東大教授、福島智氏。土曜日は、氏を4年以上取材し、膨大なインタビューや周辺取材を基に出来上がったルポタージュ『ゆびさきの宇宙-福島智・盲ろうを生きて』(生井久美子著、岩波書店)が、ちょうどこの会の開催に合わせて出版され、販売されていた。著者の生井さんから直接サインをしてもらい、ルンルンと帰りの列車で読み始めたら、面白くて深くて、一気に読んでしまう。ご本人は謙遜されて

「著者は生井久美子になっていますが、私『も』、本づくりの一員に加えてもらったというのが、ありのままの気持ちです。」(同上、p256)

と書かれているが、まさに福島氏と二人三脚で、「この世にいま、『福島智』という人が生きていること」の凄さと不思議さ、面白さやその他色々なものを一冊の中に込めている。福祉分野のルポとしては、アメリカ障害者運動の歴史を追った大作『哀れみはいらない』(シャピロ著、現代書館)とはテイストが違うけど、面白さと深さで言えばあの名著と並ぶ、ここ最近で読んだ本の中でも最も良かった一冊だ。そして、生井さんの丹念な取材を通じて見えてきた「福島智」という身体から出てくる言葉を読み進めるうちに、僕が知っている別の世界へと気がつけばつながっていた。

「人間が存在する『意味がある』とするなら、その意味は、まさにその存在自体にすでに内包されているのではないか。もしそうなら、障害の有無や、人種、男女など個人のさまざまな属性の違いなどほとんど無意味なほど、私たちの存在はそれ自体で完結した価値を持っている。
でも、私たちは日常的な問題につきあたり、現実的な課題にとりくむとき、ついそのことを忘れてしまいがちです。
人間の存在がそれ自体に秘めた、生きているという最高度の『目的』よりも、ある個人が具有する能力や特性などの『手段』の方をより重視してしまう傾向があるのではないか。さまざまな現実的な問題にぶつかったとき、私たちにとって最大の、そして最重要の仕事が『生きること』そのものにあるという原点に立ち返りたいと思います」(前掲、p190-191)

手段と目的の転倒の認識、これは権丈氏が掴んでいた宇宙観と通じるものであり、哲学の巫女を自称する池田晶子氏がしばしば述べた「相対的な自分を超えた、誰にでも正しい本当の言葉」として、心の内奥にズバッと迫ってくる。そして、この宇宙観について、福島さんと生井さんの協働作業の中から、こんな言葉が紡ぎ出される。

「『盲ろう者の状態』が宇宙空間のようなものだとすれば、この私の生きている状態は、自分の存在の意味を考えさせられる状態なんです。たとえば、夜空を見上げた時、有史以前からおそらく無数の人間が自然に対する畏怖の念とともに、自らの生の意味を漠然とでも考えてきたと思います。『盲ろう』の状態は、もちろん本物の宇宙空間とは違いますが、それを想像させる面がある。いわば、『認識のプラネタリウム』を経験するとでもいうのでしょうか」(同上、p192)

池田晶子氏が、哲学的思索を通じて得た『認識のプラネタリウム』という内面宇宙に、福島氏は18歳で盲ろうになり、期せずして放り込まれてしまった。だが真っ当に考え続ける中で、『完結した価値』に気づいた。その『完結した価値』つまりは「宇宙」に気づいたからこそ、そこから反射され、福島智という身体を通じて伝わってくる言葉は、個人某の主義主張を超えた、普遍的なロゴスとしてストンと心の中に入ってくる。

神格化や絶対化するつもりは毛頭ないが、権丈氏にしても、福島氏にしても、論理的に考え抜いた末に、個人の思惑を超えたロゴスとして伝えてくださると、私たちは深く頷き、心揺さぶられる。そんな事を感じた週末であった。

縦穴を掘る

 

丸二日、のんびり出来た。こういう時間を忘れていた。

当たり前の土日が、いつの間にか当たり前ではなくなっていた。仕事の整理も出来、好きな本をルンルン読み進め、JAの直売所で春真っ盛りの野菜を買い込み、夜は酒盛り。調子にのって酒を飲み過ぎた一点が響いて、今日は少し気持ち悪い。唯一の汚点だ。ビールをコップに一杯、ワインはボトル半分、が分岐点で、ここは超えてはいけない一線だ、としみじみわかる。20代でもないのだし、こういう次の日に残すのは、それこそもったいない。

で、週末読書では多くの発見があった。

一つは沢木耕太郎の「旅する力」(新潮社)。月並みな言い方だが、彼の「深夜特急」を読んで海外に憧れた者の一人として、あのシリーズを書いていた沢木氏の回顧録的なエッセーが面白くない訳がない。同時に、あるライターが、自分らしいスタイルを獲得するための試行錯誤の記録、としても、読み応えがある。ここしばらく、自分が身につけつつあるスタイルを自覚化しつつある僕にとって、スタイルを巡った思考に引きつけられてしまう部分が強いのだ。

で、スタイルと言えば、一気に読んでしまった池田晶子氏の「魂とは」(トランスビュー)にも惹きつけられた。実はこの本は昔、法蔵館から出た「魂を考える」の大幅増補版である。著者は2年前に亡くなっているのだが、遺稿をもとに、この春3冊も本が出る、というのは、著作全てを愛読している人間にとって、嬉しい限り。しかも、この前書いたように、以前読んだはずなのに、ほとんどそのテイストは覚えていないだけでなく、今回、前回と全く違う読みをしていることがわかる。「え、そんなことを書いていたんだ」という部分を、いかに前の自分は読み飛ばしていたことか。よく言えばこの10年間でのリテラシーが少し上がった、ということだし、正直に言えば、自分のアホさ加減が丸わかり、である。

この大幅増補版で、今回新たに増補された部分に、今の問題意識と大変重なる所をみつけた。

「横軸でものを語るっていうのは、事実ではなく、価値を語っているんだと思います。たとえば、ある主義をかざす人は自分の主義を正義だという。ほかの主義をかざす人は、ほかの正義を主張する。だけれども、『正義』というこの言葉の意味自体を考えようとは決してしない。彼らが語っているのは、事実ではなく、どこまでも自分の価値観なんです。」(前掲、p218)

片腹痛くなりつつ、まさにその通り、と頷く。少なくとも今はそうではないと思いたいが、ちょっと前までは、僕自身も「横軸でものを語る」ことしか出来なかったからだ。で、その横軸と対称的に、「事実」や「言葉の意味自体を考える」ことを指して、彼女は「縦」に考える、という。別のところで、その縦軸での見方をこんな風に述べている。

「古典が古典たり得るのは、それらが自分を主張することなく真実を述べているからである。だからこそ後世の他人が読んでも、『自分を読んでいる』という感じになる得るのである。真実よりも先に自分を主張するものは偽物だから、遅かれ早かれ、歴史から姿を消す。やはり、どの時代の人も、他人のエゴよりも自分の真実に触れたいと思うものだからである。」(前掲、p226)

確かに、池田晶子氏の本にはまっていても、それは池田晶子氏の考え方、というよりも、「哲学の巫女」を自称する彼女を通じ、『自分を読んでいる』から、面白いのだ。しかも、この文章も初出は10年前の文書だが、決して古びていないし、「古典」として残っている。大学院生の時、世間を賑わせたある思想が嫌いで、その分野の専門家の先生に「そういう風潮ってオカシイと思う」と息巻いた際、その先生は「放っておけばいい」と喝破しておられた事を思い出す。なるほど、その先生は「真実よりも先に自分を主張するものは偽物だから、遅かれ早かれ、歴史から姿を消す」という真理の眼で喝破しておられたのだ、と今頃になって気づく。

そして、文章を書く仕事を少しずつさせて頂くようになった自分自身に、今、この刃が突き刺さっている。僕の書く文章は、「他人のエゴよりも自分の真実に触れ」られるような、真実への探求という深みがあるだろうか。「真実よりも先に自分を主張する」「偽物」になっていないだろうか。あるいは、「真実」の探求という縦軸の井戸を掘るのにつかれて、安直な横軸(=主張)を「真実」らしく「偽装」してはいないか。

「偽装食品」は食の安全を脅かす。同じように「偽装言論」は言論への信頼を脅かす。事実、言論に力がないのは、今に始まったことではない。だが、他人はどうであれ、自分自身は「偽装」する安直さに逃げたくない。それが、沢木氏が獲得したスタイルに通じる何か、だと思う。

こう書いていると、頭の中もスッキリすると共に、ようやく酒も抜けてきた。さて、今週も頑張ろうっと。