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「ポジティブな福祉」への道程

韓国から帰国した翌日から、スウェーデン・イギリス調査の仕込みを始める。気がつけば、来週行くんだものねぇ。まだ、全く予習もしてないし。

旅行会社への手配メールや現地でお世話になる方への連絡などを済ませながら、ふと書架を眺めるとギデンズの本があった。タイトルは「日本の新たな『第三の道』」(ダイヤモンド社)とある。ギデンズと共同研究を進める渡辺聰子氏との共著。目次読書をしていると、「『欧州社会モデル』からの教訓」なんていう章もある。しかも、硬い学術書というより、一般人を対象とした読みやすい文体。というわけで、昨晩にざっくり斜め読みを終えた。
で一番気になった『欧州社会モデル』の新しい枠組みについて、二人はこんな風に整理している。(p160-162)
①ネガティブ福祉からポジティブな福祉への移行
→ベヴァレッジが5つの悪として焦点化した「無知、不潔、貧困、怠惰、病気」というネガティブな部分を撃退する福祉から、より積極的な福祉としての「教育と学習、繁栄、人生選択、社会や経済への活発な参加、健康な生活」の促進。
②利益と同時にインセンティブ、権利と同様に義務を前提に
→ヨーロッパでは受動的失業保険給付金を完全な権利と見なす事で、多くの国で機能不全に陥った。積極的労働市場政策を導入し、健康な失業者が国から援助を受けた場合、仕事を探す義務があること、ムリな場合はペネルティをかす原則にすること。
③フレキシブルな安定
→リスクの低減のみを自己目的化せず、リスクを創造的に利用し、個人が変化に適応出来、積極的に成功出来るように支援する事。積極的な労働市場政策における「フレクシキュリティ(フレキシブルな安定)」の論理を重視すること。
④受益者の貢献の原則
→貢献は、比較的小さいものであっても、サービス利用に対する責任ある態度を促すことができるので、受益者負担の原則、つまり直接利用者からの貢献原則は、公的サービスにおいてますます重要になる。
⑤脱官僚化
→脱中央集権化と地方への権限委譲を促進する。民営化はこれらの目標を追求するための潜在的な一手段に過ぎないので、脱官僚化と等価ではない。
この5つについて、思うところを書いてみる。
まず一番の論点となりそうな②と④について、「モラルハザードの監視」と題して、次のように二人は述べている。
「福祉制度改革が容易ではないのは、それが既得権益を生むからである。(略)なんらかの社会保障給付がいったん制度化されると、当初の目的に合致していようがいまいが、給付制度が一人歩きはじめる。つまりは期待は固定化され、利益集団は自己の権益を保守しようとする。そうなると制度改革は、大規模な抵抗に遭うことになる。福祉給付は、往々にして受け身の姿勢や依頼心を助長し、受給者の自立を妨げる。つまり給付が本来の目的に反する効果をもたらすのである。」(p15)
これはある一面をついた事実である。だが、これをそのものだけで取り上げる事には、危なさがある。自立を妨げるから給付をなくすべきだ、という単線的な思考ではなく、自立を妨げない、給付が本来の目的に反しないためには、どのような給付設計が必要か、を考える必要がある。その為のキーワードとして、②の権利と責任についてもう少し具体的に述べている箇所をみてみたい。
「イギリス労働党やドイツ社会民主党に代表される古い左派は、『結果の平等』に圧倒的な重点を置いていた。その結果、努力や責任が無視されていた。社会的公正とは、実際の成果とは無関係に、公的支出によって社会福祉と社会保障を限りなく拡大していく事だと考えられていたのである。」(p74)
ここで気になるのは、「社会的公正」の多様性である。以前の左派の言う「社会的公正」が「結果の平等」を重点化していた。だが、今の日本における、特に中央官庁が好む「社会的公正」として「納税者の理解」がある。あるいは一頃はやった構造改革路線では、「官から民へ」「小さな政府」がお題目的な「社会的公正」と言われていた。そう、繰り返して当たり前のことを書くのだが、「社会的公正」は、あくまでも見方によってたくさんあって、多様な中から一つを選び取っている、という自覚があるか、無自覚に刷り込まされ、その呪縛から逃れられないか、で大きく違うという現実だ。そして、その呪縛にはまっているものの一つとして、⑤の官僚制システムの問題についても指摘している。
「社会保障をはじめとする公的制度を再構築し、その信頼を回復することは、現代社会の最重要課題である。問題の原因が『国家の規模が縮小され過ぎた』ことにあるとの指摘は適切ではない。実際はその逆で、ほとんどの国家はその規模を維持しているか、あるいは拡大しつつある。国家は肥大化しているにもかかわらずパフォーマンスが低下しているために、正統性を失いつつあるのだ。つまり問題は、国家の規模そのものではなく、コスト・パフォーマンスの低下にある。」(p78)
「国家が肥大化しているにもかかわらずパフォーマンスが低下している」という事態は、一面的な社会的公正を自己正当化・自己目的化することと同義である。何のためにその仕事をやっているのか、という問いがなく、「とにかくやらなくちゃいけないからやる」という後ろ向きな仕事の姿勢が、官僚制システムの中に見え隠れする。コスト・パフォーマンスとは金銭的な効率一辺倒ではなく、「何のために、誰のためにその仕事をするのか?」という問いを持ち、それを最大化するための仕事の仕方である。これを二人の著者は、「大きな国家」ではなくて「より大きな影響力を持つ国家」という。正鵠を得た表現であると思う。だが、国家が「より大きな影響力を持つ」ためには、脱皮しなければならない論点がある。それが③の柔軟性だ。この「フレキシビリティ」について、次のように定義している。
「いずれの分野でも、さまざまな文脈の中で使われ得る基本的な学力と並んで、コスモポリタンな『ものの見方』とますます多様化し激しく変化する世界に適応できる能力、すなわち『フレキシビリティ』が求められる」(p26)
「ますます多様化し激しく変化する世界に適応できる能力」は、これまでは官より民に求められやすい素質だった。市場経済に組み込まれると、上記の能力がなければ生き残れない。だが、従来の規格化された集団管理型一括処遇、ベンサムの言うパノプティコン的な発想で設計された入所・入院システムであれば、そういう柔軟性とは違うロジックが働いていた。
「様々の強制される活動は、当該施設の公式目的を果たすように意図的に設計された単一の首尾一貫したプランにまとめ上げられている。」(E・ゴッフマン (1961=1984)『アサイラム-施設被収容者の日常世界』誠信書房、p4)
ゴフマンが述べるように、「単一の首尾一貫したプラン」に「施設被収容者」を「まとめ上げる」、つまりは服従させることが出来るなら、そこには柔軟性は必要ない。だが、支援を求める人の個々のニーズにきちんと向き合おうとするならば、対人直接サービスこそ、柔軟性が求められる分野なのである。それが、「市場経済とは違う」という理由で、放置されてきたがゆえの、官僚制化した、硬直した福祉行政、福祉システムになっているのである。そのことについて、筆者らは次のような処方箋を出している。
「『官僚制からの脱却』『他社の優れた方式や慣行のベンチマーク』『組織の下位レベルへの権限委譲』『従業員の目標達成へのモチベーション向上』など、構造的な諸改革によって効率化は達成可能なのである。」(p100)
この部分は、福祉行政、福祉現場ともに切実に求められ、かつ出来ていない分野だ。自組織の方式や慣行に固執する、下位レベルに権限が委譲されない、従業員が目標達成を動機図消されずただ働かされている・・・という特徴があれば、それは経営母体が官民関係なく、「官僚制」に縛られている組織なのである。この脱却こそが、まさに求められている。
そして、話が長くなったが、これまでの②~⑤の論点が踏まえられて、初めて①のポジティブ福祉への移行の話になるはずだ。
「『福祉』は、失業者や高齢者といった社会的弱者に生活費を直接給付するというものではなく、市民のライフスタイル変革を促す建設的、積極的な支援が中心となる。セーフティーネットは、個人や組織の自立を助けるもの、エンパワーするもの、ポジティブなものでなければならない。」(p13)
「生活費の直接給付」も、困った状態の人の支援の一形態である。それを悪と単純に見なすのではなく、「市民のライフスタイル変革を促す建設的、積極的な支援」とは何か、を最大限考えた上で、最も大きな影響力を果たす政府になることが、福祉国家に求められていると僕は解釈した。その為には、支援組織も行政も、自らの価値基準に固執するのではなく、「ますます多様化し激しく変化する世界に適応できる能力」である柔軟性をもって支援対象者に接する必要がある。また、それが出来る組織システムでなければならない。その上で、自らのパフォーマンスを如何に上げるか、という意味での「効率」と、その結果としてご本人のよりよい暮らしにどれくらい近づけるか、という「平等」の両者をきちんと追求しなければならない。
「『効率』と『平等』のバランスを保つことは、資本主義を安定的に維持していくためには不可欠の条件である。」(p86)
僕は雇用政策にまで言及する力量はないが、この雇用政策の部分で言われいるバランスは、対人直接サービスの部分でもそのまま当てはまると思う。経済効率だけでなく、「大きなポジティブな影響力」としての「効率」。その追求がもたらす「他の者との平等」の実質的実現。それを実現可能なものにする支援組織や柔軟性。これらの「ポジティブな福祉」が整備されてはじめて、「権利と義務」「受益者貢献」の話がようやく出来るはずだ。なのに、日本はそういう整備もない中で「受益者」論のみが先行した結果、障害者法政策の転換点を迎えた。
ギデンズ・渡辺論を解釈しながら、結局自分の言いたい事に繋げてしまったが、大変考えさせられる一冊だった。そして、自分に引きつけて考えるなら、この「大局観」と「柔軟性」を持って、「効率」と「平等」をバランス良く眺められるか、が今の課題でもある。

関連づけを意識する

今日は金浦空港から。行きは成田-仁川、帰りは金浦-羽田と飛行機を変えてみた。金浦空港は免税店はショボいが、市内からのアクセスは良い。奥さま向けの化粧品は金浦空港で買えたので、用は済んでしまった。あと1時間ほど待ち時間があるので、いつものように旅のまとめを書いておきたい。

ソウルは行きは2時間半、帰りは2時間で着くので、東京からなら沖縄に向かうのと同じ感覚。もちろん、言語や文化は違うが、今回はその違いよりも、似ている部分や日本との関連性について深く考えた旅であった。
以前に書いたが、最近、松岡正剛氏の得意な「連関読書」を、仕事だけでなく、また読書だけでもなく、いろんな部分で意識している。今回はソウルで開かれる、東アジアの社会政策に関心を持つ研究者の会議に出かけたのだが、両者に対しても、関連づけをしようと心がけた。前者のソウルに関しては、何冊かの韓国本を出かける前から読み囓った。「ソウルの風景」「現代韓国史」「『韓流』と『日流』」「世界の都市の物語 ソウル」。この順番で読み進めて、非常によかった。今、本は手元にないので、うる覚えの雑感を。
一冊目の「ソウルの風景」は四方田犬彦氏のエッセイ。朴政権下の戒厳令が敷かれていたソウルとミレニアムの年のソウルの、たった20数年間での大きな隔たりを、彼の心象風景と共に描いた佳作。この本が、まずはソウルや韓国社会への理解の下地を作ってくれた。次に「現代韓国史」では、主に20世紀の韓国の激動ぶりを、特に日本統治下の後に焦点化して描いている。朴政権が戒厳令を敷くことになった歪みの理由、ソ連とアメリカ、日本と中国、資本主義と共産主義、経済発展と国内平和…そういった様々な外交や時局的な「あいだ」に挟まれて、歪みを引き受け続けた結果の激動であり、その中でも奇跡の成長を遂げ続けてきた隣国のことを、本当にわかっていなかった、知ろうとしていなかった、と実感。
その二冊がベースとなったので、同世代のクォン・ソンヨク氏が書く「『韓流』と『日流』」には、様々な意味で心を動かされた。彼自身、韓国出身だが父の仕事の関係で日本に小学生時代から暮らしていた経験があり、またその後祖国に戻り、今は日本の大学で働いている。その両国の「あいだ」として、確かご自身は「境界人」と表現しておられたと思うが、その境界にいるからこそ肌で感じた無知や無理解を乗り越える武器として、文化間交流の視点に着目した、興味深い一冊。日本におけるヨン様以来の韓国ドラマ、映画のブームと、それにシンクロするように、韓国における日本のアイドル歌手や村上春樹などの小説家のブーム。そういった国境の垣根を越えた作品へのリスペクトが、相手の国や文化への自然な興味や関心につながっていく、という分析は、非常にスッと頭に入ってくる内容であった。
そういった形で大変遅まきながら韓国の事を吸収しつつあったから、学会会場で出会った韓国人のYさんとも、昨晩飲みながら色々話が出来た。彼は介護保険の研究で博士号をとったばかりであり、日本の介護保険との比較もしているので、議論が弾んだのだが、その中で、自分がその下地として学んでいた事も触れながら、「相手のことをもっと知り合わなければ」と乾杯を繰り返しながら語り合っていた。
そういう夜の飲み会での出会いだけでなく、こんかいの学会は、前回のトルコ同様、大変吸収出来るものが多い内容であった。以前のトルコでの話と重なるが、自分自身、本当に今まで自分中心主義、自国中心主義的で、他国との比較もスウェーデンやアメリカといった、いわゆる先進地との比較しか興味のない、視野狭窄な状態であった。だから、学会発表をしても、あまり興味がある発表が多くあると感じられず、タコツボ的に殻に閉じこもっていた。だが、一旦その自分の線引きの蓋を取り払ってみると、様々なものが鮮やかに見えてくる。韓国の、台湾の、香港の、社会政策に対する様々なアプローチやその課題を聞く中で、ユニバーサルな課題、アジア的な課題、あるいはその国や文化の歴史に根ざす課題・・・といったことが見えてくる。そういう内実が見えてくると、その他人の発表を通じて、自分の研究や興味関心との異同がクリアに見えてくる。そうすると、俄然多くの発表へ関心が芽生えてくる。
そんな連関的な関わりがようやく国際学会でも出来るようになったのだ。思えば2年前の、実質的な国際学会のデビュー時から、少しは成長できたのではないか、と思う。下手な英語の発表も「タケバタさんのジャパニーズ・イングリッシュは伝えようとする気持ちがわかるからいいよ」と、昨年のシェフィールドでもご一緒したK先生にも誉めて頂いた。国内で、海外で、あるいは仕事で、プライベートで、そんな区切りは関係なく、ご縁があって関わる対象との関連づけをもっと強くしながら、自分にとってのアクチュアルな世界をより豊穣なものにしたい。そんなことを考えているうちに、搭乗時間を迎えた。

亀のようだが進んでいます

海外学会の話、です。ちなみに、ツイッター的に言うと、ソウル、なう。
以前に何度か書いたが、海外の学会で日本の細かい制度の変遷や、その中での問題を述べても、外国の聴き手には理解してもらいにくい。それで、前回のイスタンブールの発表くらいから、聴き手を意識した発表を心がけてきた。また、学会の参加者の属性や興味も気にするようになった。今回は社会政策の研究者の集まりなので、なるべくマクロな理論や制度的な話をすることを意識した。
フルペーパーを貼り付けたら長くなるので、下にサマリーを貼り付けておくが、介護保険との比較からみた日本の障害者制度、という大風呂敷で話をした。これを国内の学会で発表したら「若造が何を大げさな」と叱られるが、海外の学会では、逆にこれくらいの大風呂敷の方が、制度と文化が異なる人びとにも伝わりやすいのである。
今回の学会(EASP)は東アジアの社会政策について関わりのある研究者の集まりなので、介護保険そのものへの理解と興味があるようだった。なので、私の前のセッションでは、介護政策についてのイギリスと日本、韓国と日本の比較研究も出されていた。後者の研究を博士論文にまとめた韓国人と話をしてみると、3年前に介護保険制度を導入した韓国だけでなく、台湾は来年に導入予定とのこと。介護の社会化を、アングロサクソンモデルとは違う社会的文脈でどう進めるか、という視点で、日本の先行事例が役に立つそうだ。
今回、僕は敢えて介護保険の課題となっている点を、障害者制度との比較の中から浮き彫りにする、という発表をした。これは他国の発表者にとっても新しい視点になったようだ。なんせ、介護保険そのものの論文は英語でも結構あるが、他制度との比較はあまり見られないからである。こういうアウトプットを英語でする事の大切さを改めて痛感する。だが、英語で査読論文を書く実力が、当然僕にはまだない。このあたりは今後の課題なのだけれど。
というわけで、英語のサマリーを張り付けておきます。もしも英語のフルペーパーを読んでみたい、なんていう奇特な方がおられたら、メールくださいませ。
Where should the Japanese disability policy go? : From the comparison to the long-term care social insurance system in Japan
By Hiroshi Takebata
This paper is presented to study the transformation of Japanese disability policy (JDP) in this decade and to discuss its future direction. During this decade, JDP has changed significantly. On the one hand, it has been influenced by the global trend of policy-making, such as New Capitalism and New Public Management, and the application of foreign models like community care, care management and quasi-market system. On the other hand, it also has been affected by the limited policy options that policy makers could afford to take under the hard structural reformation (kōzō kaikaku) policy adopted by Koizumi Administration. These circumstances made JDP once consistent with the direction of the long-term care insurance (LTCI) program for aged population that started in 2000. After the regime changed in August, 2009, however, JDP seems to turn in opposite direction. Why is this change taking place now? What kind of challenges JDP has faced in the decade?

In order to answer these questions, this paper analyzes JDP in comparison with LTCI in six points; coverage, fairness, benefits, service delivery, relationship with other sectors, and cost controlling. From this study, it was found that the weak side of LTCI was revealed when its system was partly adopted by JDP; for example, the failure of the assessment of mental status and the standard care time methodology.  The differences between persons with disabilities under 65 and the aged ones in various areas also articulated LTCI’s defects; i.e. difference of the needs and wants, the attitude toward institutionalization, and the notion gap between the rights of “the beneficiary” and those “on an equal basis with others”. This study will contribute to the discussion not only on JDP but also shortcomings of LTCI in Japan.

<制度化>への「地すべり的」移行

ここしばらく、連関読書に精を出している。以前から何となく趣味で読んでいた「気になる本」を、改めてその関連性を強く繋げながら、自分の「いま・ここ」に引きつけながら読み始めている。その断片を、少しこのブログで整理してみたい。
「われわれが自明のものとしている<世界>が、実はさまざまの可能的な<かたち>のうちのひとつにすぎないことを忘れてはならない」(鷲田清一『現象学の視座』講談社学術文庫、p165)
このフレーズに電気が走ったのが、今日のブログの入口だ。私自身、この数年間市町村や県、そして今年は国レベルで色々な改革のお手伝いに関わっている。その際、少なからぬ人々から「そんなのムリ」「どうせ・・・」「出来っこない」という発言を聴き続けてきた。それは、優秀だったりその現場の事を熟知している筈の人から聞くので、私は一瞬、ひるむ。でも、「いま・ここ」の「自明のものとしている<世界>が、実はさまざまの可能的な<かたち>のうちのひとつにすぎない」。であれば、「いま・ここ」の<世界>は、「さまざまの可能的な<かたち>」の一つに過ぎないのだから、未来においては、別の<かたち><世界>だって、十分にあり得るのである。その変容可能性について、鷲田氏は次のようにも整理する。
「別の秩序の創出=<制度化>は、規定の秩序とまったく無関係に行われるのではない。それは、先行する特定の意味空間のなかで実体的な相貌を得ている諸要素を『非中心化』することによって『脱実体化』させ、諸要素にそうした位置価を与えていた意味空間の構造的布置を揺さぶり、ずらせながら、別の意味次元において組織しなおすという、一種の『地すべり的』な移行なのである。」(同上、p168)
制度の「『地すべり的』移行」というのは、言い得て妙だし、納得出来る。最初の瞬間は「ズルッ」とした、漸進的(incremental)な出だし。でも、布置の揺さぶりがある点を超えると、もうその流れを押し戻せないような勢いを付けて根本的(radical)に「組織しなおす」勢いがつくという感覚を、見事に表現している。実際に、いくつかの現場でも、新たに何かに取り組む際、まず心がけたのは、その現場で何が「実体的な相貌を得ている」中心か、の見極めと情報収集であった。そして、うまくいっていない現場ほど、その「諸要素を『非中心化』することによって『脱実体化』させ」ることが求められている。もっと言えば、「非中心化」が求められる諸要素というのは、実は過去の栄光・最先端であるが、現段階では最後尾に位置づけられてしまい、変革を欲するが、自分からは変われずにその場に固執する存在・役割だったりする。その「諸要素」の特性を見極めた上で、「意味空間の構造的布置を揺さぶり、ずら」すことが、「地すべり」を誘発するし、じつはそれは諸要素にも結果的には望まれていた事だったりもする。
そして、「地すべり」を誘発するものについての鷲田氏の指摘も鋭い。
「『地すべり』的移行としての<制度化>は、特定社会に内蔵された<自己意識>の<閾値>から漏れ落ち、排除されたものによって誘発される。(略)排除されたもの、逸脱するものは、それを排除したもの、それを逸脱として規定したものの構造をときとして逆照射する。一定の<制度化>がやがてひずみを惹きおこして、みずからのうちに包摂しきれないような別のかたちの関係のあり方といったものをいやおうなく出現させるとき、そうした自己自身の変形(=他成)といった事態を招き寄せるのは、それ自身が内なる他者として排除したものとの関係である。」(同上、p170)
私が関わっている、内閣府の障がい者制度改革推進会議、総合福祉法部会。これは、今の制度である障害者自立支援法を廃止して、「障害者総合福祉法」(仮称)を産み出すために、どのような内容・方向性・骨格であるべきか、を議論している会議である。55人の委員から、実に多様な意見が出され、外野から見ておられる方からは「学級崩壊だ」「まとまるはずがない」などと揶揄されることもある。だが、私は山梨の経験からも、これまでの混沌とした状態は、決して「崩壊」だとは思っていない。むしろ、「特定社会に内蔵された<自己意識>の<閾値>から漏れ落ち、排除されたもの」の自己主張が様々な形でわき出してきて、表面化した段階である、と感じている。また、揶揄するお立場の方の中には、「それ自身が内なる他者として排除したものとの関係」を取る事に対する拒否的な見方を感じることもある。
だが、「地すべり」は既に起き始めている。「家族の丸抱えor施設・病院への丸投げ」といった二者択一的な制度設計は、地域生活支援の充実というパラダイムシフトの中で、「『非中心化』→『脱実体化』させ」られつつある。この検討会では、支給決定プロセスや地域移行などで、一見すると多くの対立点があるかのように言われている。だが、「自己自身の変形(=他成)といった事態を招き寄せるのは、それ自身が内なる他者として排除したものとの関係である」ならば、そういった論点は、その論点自身が「内なる他者として排除したものとの関係」がより先鋭化した為、「自己自身の変形(=他成)といった事態を招き寄せる」結果に至ったのである。単純に言えば、障害程度区分という介護保険に似せすぎたスケールで計ろうとしたことや、「○○障害だから施設でしか暮らせない」というリアリティを構築してきた事によって、排除されてきたものの、構造への「逆照射」であり、<閾値>の捉え直しが、切迫した状態にまで迫ってきた為、「地すべり」が起き始めているのである。
この「地すべり」的局面において、これまでの「先行する特定の意味空間のなかで実体的な相貌を得てい」た中心的「諸要素」の中からは、「そんなのムリだ」「夢物語だ」といった話が聞こえてくる。突破する為の理由を一つ考えるのではなく、出来ないための言い訳を100考えているような現状だ。しかし、残念ながらそのようなスタンスは、確定性への盲信と不確定性への恐れが関連している気がしてならない。それを、木村敏氏の指摘を補助線にして考えてみる。
「患者が妄想を抱き、幻聴を聞き、理解しがたい行動を示すのも、彼が主体として生きようとしているからなのであって、それを異常だとか病的だとか言うのは、その主体性を捨象したこちらの勝手な判断に過ぎない。患者を主体として見ることによって、個々の症状の意味は主体的に『生きること』の困難さにまで還元される。精神病の治療目標はもやは個々の症状の消去ではなくなって、患者が-ときには症状を持ちながら-主体的に生きてゆく努力の援助ということになる。」(木村敏『生命のかたち/かたちの生命』青土社、p21-22)
精神分裂病は「あいだ」の病だ、と喝破した木村敏氏の論には、頷く部分が多い。上記の指摘は、、医者が単に患者の病状だけを取り出して分析的・因果論的に考察しても、「表面的な症状の消長」は果たされるかも知れないが、「病状の根底にある分裂病の基礎構造への問い」が抜けている為に、「主体性を捨象したこちらの勝手な判断」に囚われているのではないか、という批判である。そうではなくて、「患者を主体として見ることによって、個々の症状の意味は主体的に『生きること』の困難さにまで還元される」、その状態と医師は向き合うべきではないか、と指摘してる。これは、先の鷲田氏の言う「排除されたもの、逸脱するものは、それを排除したもの、それを逸脱として規定したものの構造をときとして逆照射する」という事態そのものではないか。因果論的な論理、これまでの「中心的」だった論理から「排除」されたものによって、「地すべり的移行」が迫られているのではないか、と。
また、この点に関して、木村氏は次のようにも言う。
「『不確定なものが変更不能のものになる』というのは、未来が過去になるということだ。物理学の時間には未来も過去も、『以前』も『以後』もない。未来の不確定が過去の確定に変ずるところ、そこにかたちが発生する。そこには生命がはたらいている。生命あるものにとっては、存在はつねに生成としてしか与えられない。」(木村敏『生命のかたち/かたちの生命』青土社、p111)
制度を作り直す、というのは、未来に向けての「不確定なもの」である。一方、今の制度を守るというのは、「変更不能のもの」である「過去の確定」を保持するところである。制度は一見すると静的なものに見えるが、人間が創り出すものであり、その時々の状況や社会環境によって不断に変化していくものである。それは人間が創り出したものとして「生命あるもの」とも言えるかも知れない。私たちは制度はコントロール可能だと思いこんでいるが、介護保険がスタートして10年で理念が大きくぐらついたり、支援費制度は創設初年度から「アンコントローラブル」と言わしめたりするように、制度も生き物と捉えた方が良い。
すると、命ある制度に対して物理学的な、因果論的なロジックだけでコントロールしようとする事自体が、違った尺度で測っていることになりはしないか。視点を変えたら、常に「不確定なものが変更不能のものになる」というプロセスが、<制度化>というプロセスではないか。であれば、「地すべり的」移行の現実を前にして、「過去の確定」に固執するのではなく、そこから漏れだした、排除された何かを拾い集めることが先ではないか。そして、障害者福祉の制度改革で言うならば、先の木村敏氏の発言を用いるならば、「障害のあるAさんが-その障害持ちながら-主体的に生きてゆく努力の援助」を、どうシステム的に支えるか、が問われているのではないか。
今、少し気になるのは、介護保険や自立支援法といった「過去の確定」にこだわって「不確定」への「地すべり的」移行を拒絶する雰囲気が見え隠れすることだ。でも、鷲田氏の発言を繰り返して引用する。
「われわれが自明のものとしている<世界>が、実はさまざまの可能的な<かたち>のうちのひとつにすぎないことを忘れてはならない」
であれば、障害のある人が主体的に地域で暮らすために、どのような「地すべり的移行」を果たすべきか。何を非中心化、脱実体化させ、そのオルタナティブに、どのような新たな「意味空間の構造的布置」を置けばよいのか。そういう真摯な議論が、市町村や都道府県、国と議論する場の如何に関わらず、行われてほしい。そう願っているし、一アクターとして、それを実践し続けようと思っている。

まず自分の畑を耕せ

ずっと昔も書いた事があるかもしれないけれど、僕は休むのが上手ではない。

受験勉強時代、ダラダラずっと勉強し続ける環境にいたトラウマがまだ残っているのか、何だか休みの日にスコーンと何もかも忘れて遊ぶ、という余裕があまりない。ゆえに、結婚して奥さんと晩酌するようになって、ずいぶんスコーンと忘れられるようになったのは、誠にありがたい。ついでにいえば、彼女はそのオン・オフの切り替えが抜群であり、随分学ばされた。旅行にPCを持って行かない、という当たり前の事も、彼女の強い反対がなければ為されなかっただろう。それほど、僕は何だかshould/mustに引きづられているのである。
ただ、一方で、最近、少しずつではあるが、would like toを増やしつつある。明日はお休みの合気道もそうだ。ダイエットという事を目当てなら、「すべし」なのだが、低炭水化物ダイエットで、体重10キロ、腹囲10㎝も落としてみると、それもルンルンと「したい」に変わってくる。ちなみに、ダイエットだって、「すべし」でなく、今では体重の記録を付けるのが日課であり、また、少しなるシスティックになるかもしれないが、風呂上がりにへこんだお腹を見て、「頑張ったなぁ」と感慨を持てるくらいになったので、これも「したい」になってきた。
来週は韓国、9月上旬はスウェーデンとイギリスに調査だが、それに関連して、その地にご縁のある本もぽつぽつ読み始めている。これは、この春、香港に行った時くらいからであるが、せっかく旅行するのに、滞在する国や文化、人々の事を知らず、単にガイドブックの虜になっているのもつまらない囚われだな、と思い始めたからだ。香港で読んだ本は上記のHPに書いたが、こないだのトルコ行きには「トルコで私も考えた」「世界の都市の物語 イスタンブール」なんかを読んでいたので、以前より奥行き深く、その町を捉える事が出来た。
今日読んでいたのは、四方田犬彦『ソウルの風景』(岩波新書)。筆者が以前ソウルの大学で日本語教師をした時代は、朴政権の厳戒令が引かれた時代の70年代ソウル。その後ミレニアムの直前に再びソウルに滞在し、あまりの変容ぶりに驚きながらも、街を歩き、人と語らいながら韓国社会の変容について紐解いていく、読みやすいエッセイ。村上春樹が韓国社会の男性文化の変容の中で大きく受けられた事や、金大中氏のノーベル賞受賞を巡る韓国内部での複雑な対応、光州事件とは何か、従軍慰安婦とナヌムの家の実際・・・などなど、興味深いエピソードと筆者のしっかりとした視座を両方感じる一冊。その中で、彼が元慰安婦とともに食事をしたエピソードの後に出てくる一節が、心に残った。
「まず自分の畑を耕せとは、ヴォルテールの『カンディード』の主人公がさまざまな冒険の後に体得することになった教訓である。映画史研究家として自分が最初にできることは、日本と韓国の映画界が従軍慰安婦をどのようにスクリーンに描いてきたか、その足跡を実証的に辿ることだろう。帰国したわたしはさっそくこの論文の執筆にとりかかった」(p192)
そう、ある出会い、ある問題関心を持った時、それと「自分の畑を耕」すことをどうリンク出来るか、が問われている。だからこそ、自分の専門領域も深めながら、でも、それがどのような地図の中の位置づけにあるか、を理解しておく必要がある。また、新たな人や社会、課題との出会いに積極的になり、かつそれを「自分の畑」の肥やしにし、耕そうとする真摯さとどん欲さ。日本国内であれ、海外であれ、どの現場に行っても、真摯に現場に向き合いながら、一方で「自分の畑」に引きつけようとする気持ち。こういうのって、すごく大切だ。
あ、やっぱり仕事の事を考えていた(笑)。でも、そういう「書きたい」という欲望を駆動させるような、そんな体験や経験を、オン・オフ関係なくし続けたい。そう思った夕暮れであった。

即効性と種まきの弁証法的統一に向けて

今日は最終の「ワイドビューふじかわ」。先週の土曜日に乗って以来なので、まだ一週間も経っていない。だが、先週のことが遠い過去のように、ここしばらくも濃密な日々が過ぎ去っていく。今日は三重からの帰り道。

以前から何度か触れているが、三重県の障害者福祉に関する特別アドバイザーの仕事をこの3年間、させて頂いている。山梨でも4年間させて頂いていて、両県の現場に関わることで、僕自身が学んだことは数限りない。山梨では明日、障害者の地域課題について議論をする場(自立支援協議会)の県・地域合同協議会が開かれる。こういった内容は、国から「すべし」と言われてするものではなく、山梨の実践のリアリティの中から、「あってもいいよね」というコンテキストが創発し、産み出されてきたものだ。そういう協議会作りに、ご縁あってその最初から関わっているので、山梨らしい、その地域に合わせた枠組み作りとは何か、をゼロから考える貴重な経験をさせて頂くことが出来ている。

そして、貴重と言えば、三重での経験も、山梨とは別の意味で貴重だ。山梨では、地元ということもあり、しょっちゅう打ち合わせをしたり、あちこちの市町村や現場で対話をする事が出来る。事実、多くの現場での対話を繰り返してきた。その中で、様々な新しいコンテキストも紡ぎ出してきた。だが、三重の場合、静岡経由、新横浜経由、塩尻経由のどの経由で出かけても、5時間近くはかかる。一時期は「週間ミエ」なんて事もあったけれど、そんなにしょっちゅう出かける訳にもいかず。なので、自ずと山梨での立ち位置と変えざるを得ない。その中で、ちょうど声をかけてくださった主催者(三重県庁の担当室長)の意向もあり、三重でこの3年間取り組んできたのは、人材育成に特化した支援であった。その原点になるメールを今探してみると、次の4点の問題意識が綴られていた。少し専門的になるが、そのままご紹介する。

①現在の障害者をとりまく新しい動きが行政職員にも十分に伝わっているのか。
②障害当事者に対する地域のケア会議や自立支援協議会が十分に理解されているか
③アウトリーチ(出前の福祉)が出来ているか。
④地域で暮らすのが困難といわれる対象者が市町の地域で暮らすにはどうしたらいいか
⑤行政職員が施設の実態を知っているか?在宅の障害者の置かれている状況を把握しているか?

このメールをくださったWさんは、県庁の一般職として向き合ったケースワーク業務を通じて障害者福祉の仕事の面白さにはまり、以来ずっと福祉職を続け、今はその現場でのトップとして活躍して来られた、という興味深い経歴をお持ちの方である。現場に精通している政策マン故に、ミクロとマクロの解離、ソーシャルアクションの不足・不在、専門家主導と当事者主体の違い、「援護の実施者」としての行政責任の所在、など、鋭い問題意識を持つ、カリスマ職員である。ただ、他の多くのカリスマ職員と同様、「職人芸気質」「背中で仕事を見せる」というタイプの方であり、僕とは真逆で自分の成果を伝えようとしない謙虚さが身に浸みている方でもあった。よって、「次代に伝える」という部分で弱点を持っておられた。僕が職員研修や組織改革の仕事をしていることを聞きつけ、そういう「次代に繋ぐ」人材育成をお願いしたい、と依頼された仕事であった。

そういうオーダーであったが故に、今から遡及的に振り返ってみると、「次代に繋ぐ」という長期的展望と、すぐに役立つという即効性という、相矛盾するニーズに応える必要があった。この年は障害福祉計画という自治体に作成義務のある計画の見直しの年だったので、それに焦点を当てて一回目は私が講演をしたのだが、事の始まりはこのときの次のような感想からだった。

・「計画の見直しについて具体的な内容に踏み込んだものを期待したい」
・「どこかの市町の計画を例に挙げて話をして欲しい」
・「計画の概要だけではなく、具体的にどこかの例をあげて、その数値をどのように検討していくのか、実際に計画に取り組む立場で悩むことなど教えてほしい。初めて書く分野について、より良いものや地域の実情に応じたものを考えていくにはどうすれば良いか。」

これらの感想を端的に言えば「もう大学の先生の理論的話は結構。具体的に役立つ話を次はしてほしい」ということになる。つまり、長期的展望云々より、まずは即効性のある内容をして欲しい、という切実な担当者の訴えだったのだ。

この感想を読んだのは、2回目の研修をする事になっていた前日の打ち合わせ。正直、読みながら目の前が真っ暗になっていったのを覚えている。だって、自分がデザインした内容とは、全然違うオーダーが受講者から出されたのだ。当然、かなり困った。だって、僕自身は自治体担当者だった経験はない。福祉計画作成に実際に携わった事もない。その中で、現場の人に求められてもいない研修を一方的にしても、百害あって一利なし、そのものだ。しかし研修は既に明日に迫っている…

そんな打ち合わせの中でふと、現場で実際に当事者の声に基づき政策形成にまで携わっている(ミクロとマクロソーシャルワークを両立している)人に話をしてもらったらどうだろう、と浮かんだ。一人は先述のWさん。もう一人、自治体からそういう人に話をしてもらい、僕が「徹子の部屋」ならぬ「寛子の部屋」として代表して話を伺っていけば、「現場の悩み」に基づき、それを乗り越えるエッセンスを引き出せるのではないか。まあ、そんな発作的な思いつきから、ある自治体職員であるMさんをWさんがご紹介頂き、結果的にはそのMさんにも一昨年、去年の研修デザインにずっと関わって頂く事になった。しかし、そうやって受講者代表のような存在も巻き込みながら、受講者の感想に基づいて内容を大胆に変えていったからこそ、双方向の研修が実現し、その研修の場で議論された量的・質的分析(圏域単位の個別給付の給付率分析や困難事例分析)の中から、三重県の障害福祉計画の圏域分析の原案が出来上がる(詳しくは次のHPの第三章 4.圏域の現状と課題を参照)など、結果的にはインターアクティブな研修が出来上がっていった。

(この研修のプロセス分析は、次の文献として整理しています。竹端寛「福祉行政職員のエンパワメント研修-障害福祉計画作成に向けた交渉調整型研修の試みより-」山梨学院大学『法学論集』。ご興味のある方にはお送りできますので、メールにてご一報ください。)

こういう双方向の研修をするためには、当然濃密なコミュニケーションが必要とされる。結果として5回シリーズの研修だったのだが、そのための打ち合わせに3週連続で、しかも祝日に打ち合わせする、という非常識な事もしたけれど、研修チームの皆さんは「何とかええもん作りたい」と乗ってきてくださった。その中で、終わってみれば、次のような感想が出てきた。

・福祉一年生にとっては、かなり難題であった。課題(宿題)をじっくり考える時間的余裕が欲しい。
・結局、最後まで「困難事例を捉え直して…」ができませんでした。(現場を知らないからですね)でも計画の見直しにあたっての考え方などはよくわかりました。何とかこの5日間の研修をもとに実行にうつします。ありがとうございました。
・かなりハードな5回の研修でしたが、参加してよかったと思っています。福祉担当職員としては必要な知識(心構え)ばかりだと思います。

今から振り返ると、これらの感想にあるように、結果的には相当ハードで高いハードルになった研修をやりきってしまった。何せ、企画したわれわれ研修チームには、全くの前例も参考事例もない中で、文字通り全パッケージを作り上げたのだ。今から思えば、よくやるよ、という世界である。だが、そういう事をしながら、種を蒔き続けたのに、反応が出始めている。昨年頃から、三重のいくつかの現場で「行政の担当者が『当事者の声を聞く』という言い出した」「自立支援協議会の形だけでなく、中身についても考えようとしはじめている」という声が出始めた。芽があちこちで出始めているのである。

とはいえ、一年の研修だけでは勿論終わりではないので、昨年は「個別支援計画から自立支援協議会へ」、そして今年は「当事者の声を聞くとは何か」とテーマを変え、3年間の研修で重なり合う部分も持たせながら、研修を続けている。そして、一年目の研修チームでは、僕自身がかなりイニシアチブをとったが、二年目から三年目にかけては、どんどんチームの構成員メンバーでのイニシアチブの範囲を増やす方向にシフトしてきた。たとえ僕自身が「カリスマ講師」になっても(実際はそうではないが)、「タケバタがいなくなったらオシマイ」であれば意味がない。であれば、県のチームの中で持続できる研修作りが必要だ。この思想は、今年度から、県独自研修だけでなく、県が必須事業として行う研修にも拡大し、人材育成チームとして機能し始めている。つまり、人材育成の研修という点が、チーム作りという面に、そして継続的な研修体系作りといった立体に機能し始めているのだ。その中で、「特定の人格のエンパワーメント」(安冨歩)が行われ、そこから「カリスマ職員」の「職人芸」を引き継ぐリレーが行われつつあるのである。

こういうリレーに関わるのは、勿論時間がかかる。一方で、毎年毎年の即効性が求められる。だが、その両者が調和しながらも両立する時、拡大する螺旋階段的な、とでもいうような、渦やコンテキストの創発と拡大が進んでいく。それこそが、人材育成の仕事の醍醐味である。それを、フィールドプレーヤーとして学ばせて頂きつつある、というのが、偽らざる実感だ。まとめてみるならば、即効性と種まきの弁証法的統一への気付き、とでもいえようか。

さて、今年の研修では、どんなワクワクを形作ろうか。今日の仕込みにその片鱗が見えていたので、来月からのスタートが楽しみである。

ミッションを考える

今日の身延線は遅れている。市川大門の花火大会の影響だそうだ。そういえば何年か前、北海道からの帰りの高速バスが、石和の花火大会の終わった直後に突っ込んで、大変な思いをしたことがある。ま、夏は仕方ないよね、と思いながら、亀山郁夫訳の「カラマーゾフの兄弟」を読み始める。昨日今日と大量のアウトプットをしたので、全く別のコンテキストのインプットを心から求めていた事がわかる。おかげで、小説はするすると心に染み入り、僕自身もようやく疲労モードから回復しつつある。それにしても、この二日間は、よくしゃべった。

昨日はあるNPOの将来構想計画について議論する為に、大阪入りする。ドラッカーの『非営利組織の成果重視マネジメント』という自己評価のハンドブックを片手に、そのNPOの使命や顧客、顧客が価値あると感じるもの、などを問い直していく。NPOの専従スタッフと、その現場から多くの事を学び、ボランティアとして関わり続けている若手研究者達による議論。その中で、大きな議論の一つとなったのは、「成果とは何か」であった。これについて、先述のハンドブックでは次のように書かれている。

「何を測定し、モニターするか。どのような尺度が適当か。成功のために欠くことのできないものは何か。非営利組織が自らの成果を定義するために、このような問いかけが必要だ。そのためには、使命に戻らなければならない。自らの能力、働く環境、そして活動分野に関する既存研究や事例について熟考する必要がある。
 第一の顧客の声に注意深く耳を傾け、彼らが誰であり何を価値ある者と思っているかについてのあなたの知識を使って考えてみるといい。つまり、対象の定性的および定量的側面について考えるのである。このような方法で努力すれば、ボトムラインを決めることができ、その結果、組織の何を評価し、判断すべきかがわかってくる。」(ドラッカー&スターン編著『非営利組織の成果重視マネジメント』ダイヤモンド社,p42-43)

そのNPOでは、設立して年月が経ち、今、新たな方向性を巡っての転機の時期にいる。それはつまり、これまでの成果尺度の限界と、新たな成果やゴールについての模索である。更に言えば、顧客についての再定義と、顧客に向けて何を使命として仕事すべきか、の非営利組織のビジョンの見直しそのものでもある。僕自身、その団体から様々な恩恵を受け、現場のリアリティについての沢山の示唆を受け、自分自身の今を形作る上で少なからぬ影響を受けてきた。それゆえに、第三者の外部の研究者、という一歩引いた視点ではなく、大切に引き継ぎたい、守り続けたい叡智・宝をどう捉え直せば、次の20年、30年へと活かせるのか、を我が事として考えている。そして、それを考える場に立ち会えた事の喜びと、社会的責務や使命のようなものも、同時に感じていた。そう、そのNPOの使命について考え直す中で、改めて研究者としての自分自身の使命についても考え直していたのだ。

それは、実は今日の会合にもつながる。今日はこの春からの自分自身の変容に大きな影響を与えてくださったF先生とランチをご一緒させて頂いた。夏休みの高槻西武のレストランは恐ろしく騒々しい空間で閉口しながらも、先生にお話したいこと、伺いたいことが色々あった。自分自身、この半年弱の中で、殻を破り、とらわれからの脱皮を試みつつある。以前は馴染みのあるフィールドに関してはインターアクティブだったが、それ以外の場ではアクティブかリアクティブかの一方通行だった。わあわあと他人事として批判するか、あるいは防御反応的に殻に閉じこもるか、の、二極分解だった。普段の職場や親しくさせて頂いている人はあまり信じてもらえないかもしれないが、僕がインターアクティブであるのは、あくまでも自分が守られていると思う局所的範囲での振る舞いだった。そして、それが自分の可動領域や可能性を狭める、一番の理由だった。

だが、この春以後の変容の中で、ベイドソンやポランニー、モランなどの著作を媒介にしながら行いつつあるのは、自分自身が作っていた殻や壁を取り払う作業であった。社会的立場や役割の鋳型に絡め取られ、自分の論理性の薄さへの引け目から論理的であろうと過度に強ばっていた事も加わって、本来の自分の魅力である「直感に基づく編集能力」に蓋をしていた。それが、昨年から始めた合気道、この半年で実ったダイエットなどの、主に身体の変容によって蓋が開き始め、固着した考えの蓋を取ることができはじめた。もっと様々な分野で、心の強ばりを外し、インターアクティブになってもいいのではないか、と思い始めた。それが、自分自身の「直感に基づく編集能力」を活かすことであり、ひいては自分自身の使命を全うする上でもダイレクトにつながっている、とようやく自信を持って言えるようになってきた。そして、その歩みに背中を押してくださるのが、F先生とのやりとりであったのだ。

そう考えると、この二日間は、強く自分自身のミッションについて考え直す旅であった。電車は15分遅れになったが、花火も見れたし、考えもまとめられたので、結果的には程よい遅れであった。

風が通る本読みとは(後編)

「メルロ=ポンティの最初の著作『行動の構造』は、動物の行動の発達の過程を明らかにしながら、その中に人間の行動を位置づけようとしています。これは、ゴルトシュタインの全体論的神経生理学によりかかりながらやった仕事です。次が『知覚の現象学』です。この本ではゲシュタルト心理学のもつ哲学的な含意を洗いざらい明るみにだそうとしています。メルロ=ポンティをはじめて読むと、神経生理学や心理学の話ばかりでてきて、どこが現象学の本なのだととまどいますが、でも、それは生理学や心理学に伴走しながら、方法論的改革をうながし、その哲学的意味をとりだそうとしているわけですから、現象学の発展としてはもっとも正統的なものです。」(木田元「闇屋になりそこねた哲学者」ちくま学芸文庫、p164)

メルロ=ポンティの名前は聞いたことはあれど、恥ずかしながら、これまで一冊も読んだ事がなかった。だが、ユクスキュルの「環境世界理論」とメルロ=ポンティの議論を重ねた授業は、15年前の大学生の頃、何となく聞いた覚えがある。当時の狭隘な精神の持ち主は「何で哲学の先生が生物学の話をするだろう」という狭い認識だったし、その後グッドマンの「世界制作の方法」なんて話を持ち出されても、さっぱりわからなかった。当時からの友人Fくんがメルロ=ポンティが好きで、確かみすずの「知覚の現象学」を抱えていて、格好良いなという阿呆なため息をしていたのは、妙に映像に残っているけれど…。
だが、先の木田元氏の一文を読んで、15年前のわからなさを思い出すほどの風が吹き始め、急にわかったような気になり始めた。そしてそれは、前回ご紹介した松丸本舗のプロデューサー、松岡正剛氏によると、こういうことらしい。
「ぼくが最初にプラトンを読んだのは20歳くらいのときでしたが、あのわかりにくいギリシャ人名と会話体にほとんどなじめなかった。(略)それから三年ほどたって『ティマイオス』を読んだら、ずっと読みやすかった。(略)なぜ読みやすくなったかというと、これはその前にヘルマン・ワイルの『数学と自然の哲学』という本を読んだら、ワイルが『ティマイオス』を薦めていたので読んだんです。ワイルは必ずしもプラトン主義者ではありませんが、二十世紀を代表する自然哲学の理解者としては、ほぼ完璧なほどのプレゼンテーション能力の持ち主で、きっとぼくはその起伏感や強弱感によってプラトンを読んだのだろうと思うんですね。そうしたら、びっくりするくらい面白かった。これはおそらく、ぼくがワイルの味蕾を使って読んだからです。そして、ワイルからプラトンへというコースウェアがひとつながりになって、そこにまだわずかではあったけれど、『感読レセプター』ができたか、その調節の案配がついたからです。」(松岡正剛「多読術」ちくまプリマー新書、p74)
そう23歳の松岡正剛氏がワイルの味蕾を手がかりにプラトンに入り込めたのと同じように、35歳の僕は、木田元の味蕾を手がかりに、現象学に入り込めそうな気がしてきたのだ。それは、木田元氏がハイデガー研究の第一人者だけではなく、ご本人に拠れば「結果的に」ということだが、メルロ=ポンティーのほぼ全ての翻訳者であるところに起因する部分が大きい。彼は現象学を自家薬籠中のものにしている第一人者が、しかも語り起こし的に(対話的に)わかりやすく解説してくれている、つまり「ぼ完璧なほどのプレゼンテーション能力の持ち主」であるがゆえに、「その起伏感や強弱感によって」現象学が読めるのではないか、と思いついたのだ。
だが、自宅の本棚にはあいにくメルロ=ポンティの本はない。最初の著作『行動と構造』は確かに先週の水曜日、丸善で手に取ったのだけれど、買ったかどうかは覚えていない。(明後日あたりに丸善から届くと思うのだが、多分買わなかっただろう。) ネットで早速講義録の『眼と精神』は注文したけれど、届くのは月曜日。で、本棚を漁っていたら、以前チャレンジしようと思って諦めた鷲田清一さんの『現象学の視線』(講談社学術文庫)が出てきた。よしこれだ、と思ったが、すぐに頭から読まない、と今回は決めた。それは、松丸本舗のブックショップエディターMさんが思い出させてくれた、松岡正剛氏の本読みの仕方に従ってみようと思ったからだ。
「実はぼくのばあい、書店で手に取った辞典で、本をパラパラめくる前に、必ず目次を見るようにしています。買う買わないは別にしてね。せいぜい一分から三分ですが、この三分間程度の束の間をつかって目次をみておくかどうかということが、あとの読書に決定的な差をもたらすんです。(略) この三分間目次読書によって、自分と本の間に柔らかい感触構造のようなものが立ち上がる。あるいは柔らかい『知のマップ』のようなものが、ちょっとだけではあっても立ち上がる。それを浮かび上がらせたうえで、いよいよ読んでいく。これだけでも読書は楽しいですよ。」(松岡正剛、同上、p70-71)
そう、この目次読書をこれまで僕は「へぇ」と思いながら、全然実践していなかった。だが、今回少し自分にとっては疎遠な現象学に取り組んでみようとした時、何となく件の鷲田氏の本の「はじめに」を読んでみた。その中で、この本が①「世界との関係」、②「他者との関係」、③これら二つの関係態がたがいに接合し合う場」、④「これらの関係が関係それ自身へと再帰的に関係していく場面」の4つの位相で問うており、本書ではそれぞれ<経験><共存><日常><知>の四つのテーマで論じられている、と書かれている。(鷲田清一、『現象学の視線』、p9) だが、その後目次を見てみると、先に③の章があってから、①→②→③という構成になっている。なるほど、日常の生活世界について、まず読者が疑ってみることを誘い水とした上で、改めて「世界との関係」から問いなおそう、とうい構造なのかな、と思った。だが、僕は既にここ半年の間でこの「生活世界」への、つまりこれまでの「当たり前」への疑いの準備が出来ている。それなら一足飛びで①に入ってみよう、と90ページの第二節から入ってみた。これが、大当たりだった。
「既知の安定した生活にひび割れを起こさせかねないようなある切迫した気配が漂うとき、親和的な意味地平が揺らぎだし世界の浮き彫りが周縁から崩れ出しそうな気配に襲われるとき、馴染まれた解釈枠がきしみだして、ひずみを生じさせるような予兆が現れるとき、経験は本来のある生産的、創造的な営みをふたたび開始する。意味の一定のパースペクティブの下で中心化された世界が平衡を失いだした時は、解釈の網の目からこぼれおちたもの、中心から押しのけられて秩序の欄外にとどまるものが、一義的な解釈の下で枯渇させられていたその諸可能性を取り戻して、蠢きはじめるときでもある。このような気配が誘い水となって、経験の秩序構造の刷新への胎動が始まる。」(鷲田清一、同上、p106)
今書き写していて改めて感じるのだが、前回のブログで書いた、この春からの自分自身の変容とは、実は鷲田氏の言う「経験の秩序構造の刷新への胎動」そのものだった。3月始め、色んな事に気付き始めた時、文字通り「親和的な意味地平が揺らぎだし世界の浮き彫りが周縁から崩れ出しそうな気配に襲われ」た。頭の中がグラグラして、何だこれは、という世界観のパラダイムシフトが生じた。その間の記録を見てみると、確かに「智恵熱」に浮かされて書いていたことが思い出される。5年間このブログを読み続けてくださっているM先生が、「最近は長すぎて読めない」と仰られた時期に一致するが、それは長すぎるだけではなく、「崩れだしそうな気配」が内包されている文章だったからだろう、と今では感じる。
だが、これまでの自分が、その中心世界へと固執しすぎた為、「一義的な解釈の下で枯渇させられていたその諸可能性」を探そうと必死になっていた。それが、ダイエットという身体編成の変容が鍵となり、まさか落ちるはずがなかった体重が落ちるなら、精神的変容も不可能ではないかも知れない、という「ひび割れ」へと繋がったのだろう。そういう「誘い水」があって、自分の中での「経験秩序構造の刷新への胎動」が進み始めたのだ。
そう、あんなに縁遠いと感じていた現象学の世界に、今回は入り込めはじめたのだ。これはいみじくも松岡氏が指摘するように「読む前に何かが始まってる」(p80)からこそ、「自分と本の間に柔らかい感触構造」が立ち上がったときに、行ける、とつっこめるのである。そうすると、僕が最近気になっている複雑系も、このメルロ=ポンティや現象学と介在させれば繋がってくるし、以前から好きだった木村敏氏や向谷地氏の著作、浜田寿美男氏の著作だって、ある連関が現象学という補助線があればつなってくることも、何となく気付き始めた。松岡氏のいう「ハイパーリンク」とは何か、が文字通り体感できはじめたのだ。
前回のブログの冒頭で、
35歳にして、遅まきながら、生まれ変わりはじめている。」
と書いた。その事の意味が、そして「風が通る本読み」とはなにか、が、体感できはじめた、そんな週末だった。

風が通る本読みとは(前編)

35歳にして、遅まきながら、生まれ変わりはじめている。

変な話だが、文字通り、今年は世界が違って見えている。最近あちこちで「タケバタさん、痩せましたね」と言われるが、確かに1月には80キロを越えていた体重は、71キロ前後まで落ちた。お陰でユニクロでスラックスを二本、チノパンを一本、半パンに短パンも買った。特に82キロを超えていた頃のジーンズなどは、ダイエット広告そっくりにブカブカである。結局ズボンは4,5本は処分しただろうか。
体重の変革は、実は考え方やとらえ方の変革と同期している。というか、変わりたいと望み続けた志向性が、まずは体重というフィジカルなもので劇的に効果を見せ始め、それで心の強ばり、というか強い思いこみも、とうとう折れた。今まで体重は減らない、どうせやっても無理、という呪縛に基づく諦念感やそれに基づく言い訳に支配されていたが、そこから自由になることで、「変わる」ということに関しての基礎的信頼を持ち始めた。すると、他の変われていない部分での囚われも気になり始めた。もしかして、体重が減らない時の思いこみと同じように、他の部分の「出来なさ」も、単なる思いこみでは無かろうか、と。特に2月の香港の旅や、3月の学会での出会い、などが大きなきっかけになり、内面の変容の真っ直中にいる。
で、4月以後は前回のブログでもご紹介した「総合福祉法部会」の仕事がかなりハードで、講義もあるし、そんなに忙しくなると思いもしなかった時期にエントリーしてしまった海外学会の口頭発表とそれに向けたフルペーパー書きで忙殺されていた。ま、その間に沖縄に遊びに出かけたりしているので、充実しているのだが、なかなかタフな前期だった。ようやく木曜日に講義は全て終了し、金曜日に来月の韓国での国際学会のフルペーパーもとりあえず送ってしまったので、晴れて一息つける。いやはや、特に連休以後は突っ走り続けましたよ、ほんと。
久しぶりに土日がオフになったので、昨日はパートナーと朝からことりっぷ。蔵元のカフェで聞き酒をしたり、野菜をたっぷり買い込んで、お昼過ぎには我が家に戻ってリンゴのシードルで乾杯。暑い夏の盛りにライなイギリスのシードルは非常に合うのです! で、昼寝をして、読書三昧に餃子パーティーをして、幸福な一日を終える、ちょっと前になって、実は更にスリリングな展開が。それは、読書を巡る「生まれ変わりの体験」であった。
発端は先週に遡る。水曜日がちょうど月曜日の補講日で講義がなくお茶の水大学で研究会を入れていたので、火曜の総合福祉法部会の後、秋葉原に投宿。水曜朝一から、最近のお気に入りの丸の内丸善にまた入り浸る。で、4階の松丸本舗に足を運んだ時、以前から気になっていた、エプロンをつけたブックショップエディターに声をかけてみた。その日にふと浮かんだ、今から突拍子もないオーダーで。
「あの、すいません。エプロンをしておられる方は、本をいろいろお薦めいただけるんですか?」
「はい、そうですよ(笑顔で)」
「実は、自分の中で風が通るような本を読みたいんですが…」
とんでもない未分化でへんてこなオーダーだが、ブックショップエディターのお一人、Mさんとやりとりする中で、自分がどんな風通しをもとめているのか、の片鱗が見えてきた。それは、今まで本と本の間でのネットワークを張っていなかった、関連づけていなかった部分を主題化したい、それによって、タコツボ的知識を越えた、風通しが良く、関連性のある読書体験がしたい、ということだったのだ(かなり後付的だが)。でも、そこで勧められた本は、僕がこれまで手に取ろうとすらしなかった本で、かつ魅力的な本ばかり。今は「猫町」(萩原朔太郎著、岩波文庫)を読んでいるが、じんわり面白い。その後も、連関性のある本を薦められたので、丸善から送ってもらった本が着き次第、数珠繋ぎを始めるつもりだ。
で、数珠繋ぎといえば、その日何となく籠に入れていた「闇屋になりそこねた哲学者」(木田元著、ちくま学芸文庫)もキーブックになってくれた。これは、先週末、京都の書店で買い求めた「思想家の自伝を読む」(上野俊哉著、平凡社)に触発されて買い求めた本。もともと自伝好きだったが、こういう視点もあるのか、と学ぶ事の多かった一冊。
「ある意味で哲学者にとっての本質的な仕事は自伝である。もちろん、哲学が学問(規律と訓練の過程をしっかり備えた専門領域[discipline])であるかぎり、大切なことは先行する仕事を尊重し、そこから活かせるものを取捨選択し、かつて語られたことがらや概念に現在の視覚から光をあてなおし、しっかりした注釈や解釈をほどこし、すこしでも思索を前に進めることであるだろう。」(p41)
こういう視点で自伝を読んでみたら確かに面白い、と思い、筆者の師匠であり、筆者曰く「自伝めいた思索や経験がエッセイ的な挿話や逸話としてではなく、哲学の理解や認識の根底で生きているような文章を書く哲学者」である木田元氏の上述の著作も、大判時代から気になっていたのだが、文庫版がようやく出たので、何気なく手に取ってみた。そして、ここから、上野氏が言うことと、ブックショップエディター氏に教わった事が、大きく交錯し始める。
と、ここまで書いて、そそろそ合気道の時間なので、発作的に「続く」。

わかりやすく書く事の難しさ

今、国の障害者福祉に関する検討部会の委員をしている(内閣府障がい者制度改革推進会議 総合福祉法部会委員)

ちなみにこの会議、内閣府が所管だが、総合福祉法部会は厚労省が事務方なので、HPが違ってややこしい。なので、リンクをそれぞれ張っておきました。

この会議が大変なのは、毎回膨大な意見書を提出している、ということ。まあその為に引き受けたのだから仕方ないけれど、結構骨がおれる。しかも、様々な障害の方に合わせた情報保障もしなければならないので大変だ。点字や手話通訳も勿論行っているが、知的障害の当事者の為に、なるべく資料はわかりやすく書き、ルビも振ることが求められている。

で、同じ部会メンバーの知的障害当事者のNさんに教えてもらったのだが、単純にルビを振るだけではダメ、とのこと。わかりにくい表現やまだるっこしい表現ではなく、簡単に理解出来る表現に変えた資料を作らないと、理解してもらえないそうだ。確かに、知的障害者の団体が作った権利条約の本(「わかりやすい障害者の権利条約」)は実にわかりやすい。学生への講義や一般の方向けの講演でも、この本を使う方が皆さん、すっと権利条約の事を理解して下さる。ユニバーサルデザインと通底していて、知的障害のある方にわかりやすいということは、他の人にとってもわかりやすいのだ。

で、そういう能書きを言っていて、己の意見書はわかりやすいか、という事が当然、問題になる。ちょうど明日の部会の意見書は、トルコの出張の前後で必死に書いた。まだまだかりにくい部分もあるかもしれない。でも、自分なりに工夫して、なるべくわかりやすく書いてみたので、下でご参考までに、添付しておきます。(かなり長く、込み入った論点なで、興味のある方だけ、どうぞ)

これを書きながら思ったのだが、簡単に言う、ということは、物事の本質を突かなければならない、ということだ。オブラードに包んだ婉曲表現や、ストレートに言わない皮肉は一切ダメ。また、難しい概念やカタカナ表現もダメ。誤魔化さず、ストレートに、伝わるように、しかも過不足無く書くことは、本当に難しい。

という言い訳をした上で、まだ未熟者の発展途上の意見書をつけておきます。ご笑覧くださいませ。

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(第5回総合福祉部会)「障害者総合福祉法」(仮称)の論点についての意見

提出委員   竹端 寛      

 

分野A 法の理念・目的・範囲

項目A-1 法の名称

論点A-1-1) 法の名称についてどう考えるか?

○結論

○理由

 

項目A-2 誰の何のため

論点A-2-1) そもそも、この総合福祉法は、誰の何のためにつくるのか?

○結論

だれのため?: 地域でくらす上で何らかの手助けを求めているすべての障害者

なんのため?: 地域の中であたり前(他の者とのびょうどう)のくらしをする上で、必要な手助けをきちんとおこなうため

 

 

 

○理由

 地域の中であたり前(他の者とのびょうどう)のくらしをしたいのに、それができない障害者はたくさんいます。障害のしゅるいや重い・軽いでわけずに、本人が必要としているしえんがなされ、自分らしいくらしが地域の中でできるために、あたらしい法をつくるべきです。

 

 

 

論点A-2-2) 憲法、障害者基本法等と「総合福祉法」との関係をどう考えるか?

○結論

 憲法は、だれにでも基本的人権は守られる、という理念を示している。

 障害者基本法は、障害者が他の人とおなじように基本的人権を持っていること、でも人権を守るためには何らかの手助けもしなければならないという目的が書かれている。

総合福祉法は、憲法の理念や障害者基本法の目的をじっさいに守るための手だんとなる法

 

○理由

総合福祉法は、理念や目的をじつげんするための具体てきな方法が書かれた法です。

 

 

 

 

項目A-3 理念規定

論点A-3-1) 障害者権利条約の「保護の客体から権利の主体への転換」「医学モデルから社会モデルへの転換」をふまえた理念規定についてどう考えるか?

○結論

障害がある人も、他の人と同じ(平等の)権利を持っているし、それは守られなければならない、という理念は法の中で書いておくことは大切です。

 

 

 

○理由

 1.障害者だからといって、しせつや病院でくらさなければならないのはおかしい。2.障害があっても、地域であたりまえ(他の人との平等)の暮らしをする権利をもっている。3.この権利はどんなに重い障害がある人にも保しょうされるべきだ。この1~3を国民みんなでわかちあう必要があります。

 

 

 

論点A-3-2) 推進会議では「地域で生活する権利」の明記が不可欠との確認がされ、推進会議・第一次意見書では「すべての障害者が、自ら選択した地域において自立した生活を営む権利を有することを確認するとともに、その実現のための支援制度の構築を目指す」と記された。これを受けた規定をどうするか?

○結論

 「すべての障害者が、自ら選択した地域において自立した生活」ができない理由をなくす支援の制度を作ることを、法の目的に書くべきです。

 

 

 

○理由

 「自立した生活」ができないのは、いろいろな支援がたりないからです。今のやりかたを変え、医りょう的なケアや24時間の介じょなどに必要なお金も人も地域に向ければ、どんなに重いしょうがいの人も、地域であたりまえ(他の人との平等)の暮らしができます。そのことを、法の目的として書いて、守るべきです。

 

 

 

論点A-3-3) 障害者の自立の概念をどう捉えるか?その際、「家族への依存」の問題をどう考えるか?

○結論

 支援をうけた自立、という考え方を、法の中でもひとつの柱にすべきです。

 

 

 

○理由

 自立には4つの自立があると言われています。1.けいざい的(お金の)自立。2.身体能力の自立。3.自己決てい・選たくの自立。4.個性やその人らしさの自立。1や2の自立がむずかしい障害者が大切にしてきたのは、自分で決める・選ぶという3の自立でした。でも、それが苦手な障害者もいますが、だれだって個性やその人らしさはあります。1や2ができないから、大人になっても家族にずっと頼らなければいけないのは、本人もかぞくも苦しめます。3や4の自立を支えるのが、総合福祉法で大切なところです。

 

 

 

項目A-4 支援(サービス)選択権を前提とした受給権

論点A-4-1) 「地域で生活する権利」を担保していくために、サービス選択権を前提とした受給権が必要との意見があるが、これについてどう考えるか?

○結論

 必要なサービスを選ぶ権利と、必要なサービスを受ける権利のふたつは特に必要です。

 

 

○理由

 今までふたつの権利を守るとは法のなかに書かれていませんでした。だから、重い障害があるから、○○だから、という理由をつけ、地域でのくらしをあきらめ、施設や病院でくらすしかない、と言われてきました。これはさべつです。このさべつをやめるためには、地域であたり前(他の人との平等)のくらしをする上で、必要なサービスを選ぶ権利と、必要なサービスを受ける権利のふたつを法で保しょうすべきです。

 

 

 

論点A-4-2) 条約第19条の「特定の生活様式を義務づけられないこと」をふまえた規定を盛り込むか、盛り込むとしたらどのように盛り込むか?

○結論

 「障害をりゆうに、くらす場所やくらし方が限ていされてはならない。今、入所しせつや精神びょういんに入っている人みんなに聞きとり調さをして、出たい人は出られるようにする。」という地いき移行についての規定をいれる。

 

○理由

 どんなに重い障害がある人にも、地域でのあたりまえ(他の者との平等)のくらしを保しょうすること、そのために必要な介じょや医りょう的なケアも地域でととのえること、がひつようです。そうしないと、入所しせつや精神びょういんといった「特定の生活様式」でしかくらせないと「義務づけら」れるひとが出てきます。それをしないための、具たい的な規定がひつようです。

 

 

論点A-4-3)  障害者の福祉支援(サービス)提供にかかる国ならびに地方公共団体の役割をどう考えるか?

○結論

 国は福祉しえん(サービス)提供の理念やわくぐみ、障害者に守られる権利をつくり、それがちゃんと守られているかをチェックする。それに必要なお金をよういする。

 地方公共団体は、その地域でくらす障害者と話し合いながら、国で決めた理念やわくぐみ、障害者に守られる権利を実げんするためにはたらく。

 

 

○理由

 障害のある人が、地域であたり前(他の人との平等)のくらしをするためには、国と地方公共団体のどちらの役わり分たんも大切です。地域で障害者とであう地方公共団体は、障害者の声をよく聞きながら、障害者の権利をまもる仕事をするべきです。国は、まもるべき権利は何かを決める、まもるためのやり方について指どう・助げんする、まもっていない人・組織にまもるよう働きかける、まもるための予算を用いする役わりがあります。

 

 

項目A-5 法の守備範囲

論点A-5-1) 「総合福祉法」の守備範囲をどう考えるか?福祉サービス以外の、医療、労働分野、コミュニケーション、また、障害児、高齢者の分野との機能分担や(制度の谷間を生まない)連携について推進会議の方向性に沿った形でどう進めていくか?

○結論

 これらのもんだいは、推進会議のみんなといっしょに話をする場所をつくるべきです。

 

 

 

○理由

 推進会議でもこれらの問題について話しあっています。部会は推進会議の方向の具たい化の役わりをもっています。なので、部会だけでは決められない内ようは、推進会議のみなさんと、課だいごとに集まって話をする場をもつべきです。

 

 

 

 

論点A-5-2) 身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法、児童福祉法、その他の既存の法律のあり方、並びに総合福祉法との関係についてどう考えるか?

○結論

 障害者福祉の3つの法(身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法)はなくすべきです。精神保健福祉法のうち医りょうの部分は医りょう法に入れるべきです。児童福祉法は障害をもつ子どもをさべつしない内容として高めるべきです。ただ、入所施設にかんする部分は、地域でのあたり前(他の人との平等)のくらしの実現に反する部分もあるので、考えなおすべきです。

 

 

○理由

 いかなる障害の人にも、本人が求める支えんをする法ができたら、これまでの3つの法はいらなくなります。ただ、急になくすのはむずかしいなら、5年か10年かけてなくす、と決めたらいいと思います。また精神保健福祉法と児童福祉法のなかには、「特定の生活様式の義務づけ」につながるところがあるので、それはすぐなくすべきです。

 

 

項目A-6 その他

論点A-6-1) 「分野A 法の理念・目的・範囲」についてのその他の論点及び意見

○結論

 

○理由

 

 

 

 

分野B 障害の範囲

項目B-1 法の対象規定

論点B-1-1) 推進会議では、障害の定義について、「社会モデルに立った、制度の谷間を生まない定義とする」ことが確認されている。これをふまえた、「総合福祉法」における障害の定義や支援の対象者に関する規定をどう考えるか?

○結論

 下の対象と選び方で決める

対象:身体的、精神・知的障害にともない、他のものとの平等にもとづいて、社会にきちんとてきせつに参加することができない大人・子ども

選び方:この法で決められたサービスが必要だと、支きゅう決ていの時に認められること

 

○理由

 だれを「支援の対象者」にするか、にあたって、障害名できめない。だから、法が対象にする障害とは「○○障害」である、とは言わない。本人のニーズにもとづいて対象となる人をきめる。

論点B-1-2) 「自立支援法」制定時の附則で示されていた「発達障害、 高次脳機能障害、難病(慢性疾患)」等も含みこんだ規定をどうするか?制限列挙で加えるのか、包括的規定にするのか?

○結論

 B-1-1で書いたように「身体的、精神・知的障害にともない、他のものとの平等にもとづいて、社会にきちんとてきせつに参加することができない大人・子ども」という、困っている障害者がみんな入る規定にする。

 

 

○理由

 どれかだけ選ぶやり方は、必ず別の不幸なひとがあらわれるので。

 

 

 

項目B-2 手続き規定

論点B-2-1) 障害手帳を持たない高次脳機能障害、発達障害、難病、軽度知的、難聴などを有する者を排除しない手続き規定をどう考えるか?

○結論

障害手帳を持たないけど、障害ゆえに生活のしづらさをもつ人が、法で決められたサービスを利用したいときは、その理由を書いた医師の診だん書などで証めいできたら、対象者にする。

 

 

○理由

 困っていると誰がみてもわかる証めい書があればよいので。

 

 

 

項目B-3 その他

論点B-3-1) 「分野B 障害の範囲」についてのその他の論点及び意見

○結論

 

 

 

 

○理由

 

 

 

 

 

分野C 「選択と決定」(支給決定)

項目C-1 

論点C-1-1) 「必要な支援を受けながら、自らの決定・選択に基づき、社会のあらゆる分野の活動に参加・参画する」(意見書)を実現していくためには、どういう支援が必要か?また「セルフマネジメント」「支援を得ながらの自己決定」についてどう考えるか?

○結論

 どんなに重い障害のある人でも、「セルフマネジメント」「支援を得ながらの自己決定」のどちらかはできる。この理念を実現するための、支きゅう決ていのやり方を考えるべきである。

 

○理由

 重症心身障害をもった人でも、本人中心の個べつ支援けいかくを作る中で、「支援を得ながらの自己決定」ができている。また、それは、本人が中心である、といういみでは、セルフケアマネジメントと同じ方向のものである。そして、それは今の日本でも、十分にやることができる。そのことは、参考資料(「地域主導による障害者支援プロセスのケーススタディ」研究報告書)にくわしく書かれている。

 

 

論点C-1-2) 障害者ケアマネジメントで重要性が指摘されてきたエンパワメント支援についてどう考えるか?また、エンパワメント支援の機能を強化するためにはどういった方策が必要と考えるか?

○結論

 10万人に1つ(市町村もしくは圏域単位)くらい、障害者のエンパワメントをすすめるため、行政がお金を出して、障害者が運営する場所をつくる必要がある。

 

○理由

 障害のある本人は、自分の必要なサービスをほんとうは知っているはずだ。だが、これまでその声はきちんときかれてこなかったし、誰かにまもられたくらしをしていると、それに気づかなくなる。なので、それに気づき、自信をとりもどすため、ピアカウンセリングやピアサポートなども行われる、なかまの集まる場が必ようである。これは自立生活センターやアメリカのリージョナルセンターのように当事者主たいで運えいされ、行政はほじょ金をだすべきだ。

 

 

論点C-1-3) ピアカウンセリング、ピアサポートの意義と役割、普及する上での課題についてどう考えるか?

○結論

 C-1-2の場のなかですべき。

 

○理由

 C-1-2のりゆうとおなじ。

論点C-1-4) 施設・病院からの地域移行や、地域生活支援の充実を進めていく上で、相談支援の役割と機能として求められるものにはどのようなことがあるか?その点から、現状の位置づけや体制にはどのような課題があると考えるか?

○結論

 まず、相だん支えんをする専もん家は、施設や病院などのサービス提きょう事ぎょう者、行政から自立している必要がある。そうしないと、本人の相談に本当によりそうことはできない。そういう自立した相だん支えん員が、地域移行に関わるということを法でもりこむべきだ。また、相だん支えん員が自立してはたらくための予算を国はよういするべきだ。

 

 

○理由

 事ぎょう者には、その事ぎょうが成り立つということ、行政は予算をなるべく超えないこと、などの目標がある。障害のある人のニーズと、事ぎょう者や行政の求めることは、いつもいっしょではない。相反することもある。そのとき、ほんとうの相だん支えん者は、事ぎょう者や行政ではなく、障害者の味方をしつづけるべきだ。そのためには、相だん支えん員の自立を守る予算を国は用意しなければならない。

 

 

 

項目C-2 障害程度区分の機能と問題点

論点C-2-1) 現行「自立支援法」の支給決定についてどう評価し、どういう問題点があると考えるか?また、その中で「障害程度区分」の果たした機能と、その問題点についてどう考えるか?

○結論

 支給決定は、まず本人のニーズからはじめるべきだ。今のしくみは、ニーズの前に「障害程度区分」と枠ぐみにあてはめてしまう。しかもこの枠ぐみには、いろいろなかたよりや限かいがあるのもあきらかだ。だから、このやり方はやめ、ニーズに基づいた支きゅう決ていのしくみにかえるべきだ。

 

○理由

 「障害程度区分」は身体能力の自立について、あるていど計ることができる区分だった。でも、理解することや決めること・選ぶことの難しさ、あるいは病状のゆれ・なみなどには使えなかった。多くの利用者のニーズが計れないのに、この区分にしばられている自治体は多かった。だから、この区分にこだわるのはやめ、新たなルールでの支きゅう決ていのしくみを考えるべきだ。

 

 

 

 

 

 

論点C-2-2) 「障害程度区分」と連動している支援の必要度及び報酬と国庫負担基準についてどう考えるか?特に、今後の地域移行の展開を考えた際に、24時間の地域でのサポート体制(後述)が必要となるが、そのための財源調整の仕組みをどう考えるか?

○結論

 これを参こうにしようねという基準は、これを守らなければならないという上限に、これまでなんども変わってきた。そのたびに、障害のある人たちは、怒りの声をあげてきた。同じことをくりかえさないためにも、基準をこえる支えんを必要とする人にちゃんと必要な量と質のサービスがとどくための基金を考えるべきだ。

 

 

○理由

 来年の予算はいくらくらいになるかわかっている必要がある。そして、障害のある人の福祉にかかる予算がいくらか、基準がないとわからない、という人がいる。たしかにそういう一面もあるが、それだけが正しいのではない。新法ができてからは、5年か10年の間はたしかに予算は毎年増えるだろう。でも、必要なニーズが満たされたら、予算の伸びはおさまる。高齢者と違い、障害者の数とわりあいは、ほぼ一定だ。90年代に高れい者福祉でゴールドプランを立てたように、どこかで予算を沢山用意して、不十分な地域の障害者福祉の状況をかえる必要がある。

 

 

項目C-3 「選択と決定」(支給決定)プロセスとツール

論点C-3-1) 第3回推進会議では、障害程度区分の廃止とそれに代わる協議・調整による支給決定プロセスのための体制構築についての議論がなされた。これらの点についてどう考えるか?

○結論

 障害程度区分をやめるならば、協議・調整のやり方をしんけんに考えるべきだ。今だって、程度区分だけでは判断できないので、障害者と支援者、自治体が話し合って支給決定している現実がある。区分にかわるものとして、何らかのガイドラインをその地域で定めた上で、それにそって自治体はきめることは十分に可能だ。

 

 

○理由

 先の参考資料(「地域主導による障害者支援プロセスのケーススタディ」研究報告書)をまとめる中で、スウェーデンでもアメリカでもイギリスでもなく、日本でほんとうに協議や調整にもとづいた支給の決定をしていた西宮市のことをしらべた。そして、この仕組みは、よその自治体でも使うことができるしくみだ、とわかった。できない(変えたくない)理由をたくさん言い訳するのではなく、できる理由をひとつ見つけ、やってみる努力をしたいものだ。

 

 

 

論点C-3-2) 「障害程度区分」廃止後の支給決定の仕組みを考える際に、支給決定に当たって必要なツールとしてどのようなものが考えられるか?(ガイドライン、本人中心計画等)

○結論

 ガイドラインや本人中心計画、だけでなく、障害者のエンパワメント支援をする機関や、行政や事ぎょう者から自立した相だん支えん者も必要だ。また、決ていが納得できない場合にはそれを審査してもらう場(不服申立機関)も必要だ。

 

 

 

○理由

 この仕組みについても、参考資料(「地域主導による障害者支援プロセスのケーススタディ」研究報告書)参照。

 

 

 

 

論点C-3-3) 支給決定に当たって自治体担当者のソーシャルワーク機能をどう強化するか?

○結論

 協議・調整のやり方をすすめるためには、自治体の担とう者がきちんと本人のニーズをわかることが必要だ。だから、自治体でその役をする人へのトレーニングは必要だ。ただ、一般的な自治体では2,3年にいちど、自治体の人は仕事がかわる(人事異動)。でも、この障害者福祉では、自治体担とう者にも専門性がもとめられる。だから、ほんとうは福祉の資かく(社会福祉士、精神保健福祉士など)を持っている人がになうべきだ。

 

 

○理由

 お年寄りの介ご保けん制度ができた10年まえは、福祉の人材がまだ十分に育っていなかった。だが、この10年で、福祉の資かくを持っている人はかなりふえた。自治体の職員の中でも、たくさんいる。そういう人が、専もん性を活かして働くことがたいせつだ。また、資かくをもっていない人にも、相だん支えん専もん員のようにトレーニングする仕組みをつくればよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

論点C-3-4) 推進会議でも、不服審査機関の重要性が指摘されているが、どのような不服審査やアドボカシーの仕組みが必要と考えられるか?

○結論

 都道府県レベルに一つ、不服審査機関が必要だ。この不服審査機関はあくまでも、決められた支きゅう決ていに納得できない人のための機関である(事後救済機関)。それ以外のアドボカシーの機関は、別に作った方がよい。

 

 

 

○理由

 権利をまもるためのしくみは、いくつかにわかれる。支きゅう決ていに納とくできない人の権利をまもるためには、不服審査機関が必ようだ。だが、それいがいにも、たとえば病院や施せつ、グループホームなどでのぎゃくたいや権利しんがいの相だんの場が必ようだ。また、入院・入所している人の権利をまもるため、病院や施設をおとずれて、そこにいる人の相だんに応じるオンブズマンのような仕くみも必要だ。アメリカでは、不服審査以外の様々な権利をまもる役わりを、一つの公的権利ようご機かん(Protection and Advocacy: P&A)でおこなっている。これは国の法でぎむとお金がつけられ、州ごとにつくられた、行政からどくりつした機かんだ。このような機かんを日本でもつくる必ようがある。

 

 

 

項目C-4 その他

論点C-4-1) 「分野C 「選択と決定」(支給決定)」についてのその他の論点及び意見

○結論

 

 

 

 

○理由