「二人の物語」の迫力

実存に突き刺さる闘病記を一気読みした。弁護士の青木志帆さんと新聞記者の谷田朋美さんによる『あしたの朝、頭痛がありませんように』(現代書館)である。青木さんは汎下垂体機能低下症という難病、谷田さんは原因不明の呼吸困難や痛みを持ち診断名も治療法も確定しない。二人とも「他者からするとわかりにくいしんどさや生きづらさ」を抱えて生きている。だから、「理解」についてもずっと考えてきたと青木さんは言う。

「私の、私たち難病者の『私の病気を理解して』という願いの中に込められていたのは、『私を排除しないで』という想いなのでしょう。
『早退したい』という私に、フッと笑った後、はりついた笑顔で『また?』と言われるくらいなら、何度でも聞いてくれたほうが、『早退したい』と言いやすかっただろうなぁ。
『聞く』っていうことは、関係性を続けようとする意思を感じます。
完璧に理解してほしいのではなく、関心を持って、そばに居続けてほしい。
『私の病気を理解して』というより、『病気の私のそばにいて』のほうが正確でしょうか。
それが、ただ患うことを許容するということにもつながる気がしています。」(p77)

難病ゆえに子どもの頃からしょっちゅう頭痛で早退していた青木さん。その青木さんのしんどさを理解出来ない、受け止めきれない先生ほど「フッと笑った後、はりついた笑顔で『また?』と言われる」。これを青木さんは「私を排除しないで」という感覚として受け止めていた。本人でも受け止めきれない難しい状況を、他人が理解するのには限界があることはわかる。でも、「関心を持って、そばに居続けてほしい」し、「関係性を続けようとする意思」を持ち続けてほしい。それが、『病気の私のそばにいて』というメッセージにもつながるようにも、思う。

とはいえ、「病気の私のそばにいて」というのも、下手をすると本人にとって傷つく結果にもなり得る。

慢性疾患を患い、何週間も寝込む谷田さんは、一人暮らしをするようになってから、「何かできることはある?」と手を差し伸べてくれた、偶然知り合った気の優しい男性に、身体介助までお願いすることになる。すると、気がつけばベッドの隣で寝ている関係になるが、好きでもない相手なので、体力が戻ってくるとお別れすることになり、「あばずれ女」とラベルが貼られるようになった、という。そのことを、以下のように振り返る。

「弱さにつけ込まれた、と主張したいのではありません。ただ、なぜそのような『あばずれ女』が生まれたのか、ということに目を向けてもらいたいのです。自分にとって最も深刻な痛みが社会に認識されない、でも、ままならない病とひとりで向き合う事は難しい。そんななか、優しさや思いやりをくれる人には、相応のものをお返ししないといけない、と思っていました。それを礼儀だとすら思ってしまったことが、病気になった私を最も苦しめてきました。人の優しさを利用した自分を責めることで、傷ついた自尊心をぎりぎりで保ってきたのです。」(p34)

「自分にとって最も深刻な痛みが社会に認識されない」という実存上の最大の課題と常に向き合ってきた。だからこそ、滅多に現れない「優しさや思いやりをくれる人」と出会った時、「相応のものをお返ししないといけない」「それを礼儀だとすら思ってしまった」。それが、好きでもない男子がベッドの横に寝ている、という実態になる。そして、遠巻きに見ている人にはそれが「あばずれ女」と映るのである。ケアしてもらったんだから、性的関係まで差し出さねば返礼にならない。これは、確かに交換関係ではあるが、魂を毀損する交換関係である。でも、そうしないと生き延びれなかった時期があるし、その時谷田さんに出来たことは、「人の優しさを利用した自分を責めることで、傷ついた自尊心をぎりぎりで保ってきた」。身体が痛むのに、心まで痛めてきたのだ。

この生と性に関して、青木さんは、仕事で旧優生保護法の不妊治療に関する被害救済の訴訟に関わった。その際、東京高裁の判決に際した「所感」を見た際、思わず泣いたという。そこには以下のような文章があった。

「原告の男性は、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制され、憲法が保障する平等権、幸福になる権利を侵害され、子どもをもうけることができない体にされました。しかし、決して人としての価値が低くなったものでも、幸福になる権利を失ったわけでもありません。」

なぜこの文章に青木さんは泣いたのか。

「原告達の中には、障害を理由に差別され、強制的に不妊手術をされたうえに、『子どもを産めない』という事情でも差別され、結婚に至る前に破談になったり離婚されたりしている方もいます。どないせぇ、っちゅうねん、という話ですね。強制不妊手術が言語道断であることはいうまでもありませんが、もし、この所感が指摘するとおり、『子どもをもうけることができない人も、個人として尊重され、他の人と平等に、幸せになる権利を有する』ということが共有された社会であったなら、原告らの不妊手術後の苦しみは、もう少しマシなものになっていたのではないかと思うのです。」(p144)

これはしんどい不妊治療を経て、不妊治療をやめた青木さんの琴線に触れる発言だった。強制不妊手術が人権侵害なのは、論を待たない。ただ、「子どもを産み、育て、幸せになる権利を一方的に奪った」という論の立て方は、「子どもを産まなかったら、幸せではない」という論理的帰結を導きかねない。そこに3%のモヤモヤを青木さんは感じていたという。だからこそ、『子どもをもうけることができない人も、個人として尊重され、他の人と平等に、幸せになる権利を有する』という所感は、不妊治療を辞めた青木さんにも刺さる言葉だったのである。

その上で、病と障害の関係について、青木さんはモヤモヤしている。

「合理的配慮が提供されるべき『障害者』とは、法律的には、心身の機能の障害と社会的な障壁により、継続的に日常生活などに相当な制限を受ける人なのだ。なので、慢性疾患やがん等の『病気』で毎日しんどい人も、『障害者』に含めて考え得る。
でも、『病苦』とは、社会的障壁、つまり、社会のありようがマズいあら生じているわけではない。社会的障壁のためにしんどいわけではないので、合理的配慮の提供のしようがない。『病苦』そのもので私たちを苦しめる。『病苦』は、合理的配慮の提供によってなんとかなる課題の対象外なのだ。」(p164-165)

これを読んでいて、こないだ書いたブログのdiseaseとillnessの関係性を思い出していた。

illnessとは「体験としての障害」とも訳され、「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」とも規定されている。谷田さんがケアしてもらう相手に「反対給付」せねばならぬと自尊心を傷つけたことも、青木さんが『私を排除しないで』と願うのも、実存のレベルでの、主観的な体験としてのしんどさでありillnessである。だが、一方、頭痛や吐き気、めまいや倦怠感は、社会問題化しても、なんともならない。個人の身体現象として個人に襲う苦痛である。それは疾患(disease)であり、その疾患には医療的ケアが必要不可欠なのである。つまり、青木さんも谷田さんも、完治しない慢性疾患(disease)を抱えていて、それで生活する中での社会的障壁としての実存レベルの障害(illness)を同時に持っている。後者には合理的配慮が必要だが、前者には医療的ケアが不可欠なのだといえそうだ。

このdiseaseとillnessに関して、本書終盤の村上靖彦さんとの鼎談の中で、谷田さんはこんな風にも語っている。

「診断名が認知されないことの前に、『内側から感じるからだ』がなかったことにされることが最もつらい経験だと感じてきたんです。村上さんのおっしゃる『客観性の落とし穴』といいますが、まずその人自身が感じる『からだ』があるはずなのに、客観性の名のもとにすべてが数値で切り落とされて、本人の痛みや感覚がなかったことにされていく、ということです。診断とは、本来『内側から感じるからだ』に対して、後からくるもののはずなんだけど、医療の現場では一方的にそちらだけが事実だとされることが多くて、『内側から感じているからだ』がそれより下のものだとみなされていると感じてきました。」(p207)

診断名がつく、というのは、疾患(disease)が確定する、ということである。そして、谷田さんは診断名が認知されず、疾患(disease)が不確定なまま、だったことよりも、「『内側から感じるからだ』がなかったことにされることが最もつらい経験だと感じてきた」という。「客観性の名のもとにすべてが数値で切り落とされて、本人の痛みや感覚がなかったことにされていく」ことは、『内側から感じるからだ』の否定である。これは、「体験としての障害」としてのillnessの否定であり、disease>illnessという序列化である。診断場面で遭遇するその序列化にも、谷田さんは苦しんできたと語る。

そして、もう一点、引用しておきたい部分がある。

「難病者は、どこへ行っても、何をやっても、だいたい半人前扱いされます。『無理をしなくていいよ』は、その象徴なのです。もう無理をしなくてもいいと安堵すると同時に、『また半人前のことしかできなかった』とへこむのです。
それだけに、発揮した能力をフェアに評価してほしいという欲求はことのほか強いんじゃないかと思います。だからこそ、『将棋まで「弱い人間」扱いされたら、もうボクはどこで生きていったらいいんですか!?』と叫ぶ二階堂に、私たちは悶絶しながら共感するのです。」(p96-97)

青木さんが引用する、『将棋まで「弱い人間」扱いされたら、もうボクはどこで生きていったらいいんですか!?』と叫ぶ二階堂、というのは、『3月のライオン』というマンガで、体調を崩して家で伏せっている二階堂に、先輩騎士がお見舞いに来た際、先輩が手加減した際に放った台詞である。

この発言になぜ青木さんは「悶絶しながら共感」するのか。それは、難病者として『無理をしなくていいよ』と配慮されることを通じて、『また半人前のことしかできなかった』とへこむからである。出来ない事があるから、配慮される。でも、調子が良いときには出来たのに、と思うと、「半人前」の能力しか発揮できなかったとへこむ。これはまさに、diseaseの苦しみに悶絶しながらも、実存レベルでの障害としてのillnessゆえに引き裂かれた状態とも、読み取ることが出来る。

最後に、この本を読んでいて受け取った「希望」の箇所を引用しておきたい。

「終末期の現場では『どう生きて、どう死んでいくのか』という『人生の物語』を聞くことがとても大切であるとわかる。たとえ治療できることがなくなったとしても、そこには身体的、心理的に苦痛の少ない看取りの場を整えて欲しいという切実なニーズがある。EBMとNBMは分かちがたいものとして、両輪で治療方針を組み立てることが不可欠なのだ。」(p178)

終末期医療を取材した谷田さんは、ここに自分の経験を重ねる。EBMとはEvidence Based Medicineの略で、エビデンスやデータを重視し、標準化された治療のことを意味する。先ほどの例で言えば、disease(疾患)にはEBMが適切である。だが、それぞれの人がその疾患にどう向き合っていくのか、については千差万別のニーズがある。それを患者の語り(Narrative)を通じて理解し、その『人生の物語』を聞くなかで治療方針を立てるのが、NBMである。そして、終末期の現場では、「EBMとNBMは分かちがたいものとして、両輪で治療方針を組み立てることが不可欠」だと語る。

だが、これは終末期を「完治しない・治療方針が不明確な慢性疾患」と置き換えても同じではないかと思う。治療の手当が十分に出来なくても、必要なケアを届けて欲しいというニーズがある。そして、谷田さんは「朋美が働くことを応援したい」と「寿退社」した「とりやん」という素敵なパートナーと巡り会い、家事や痛みの緩和ケアを担ってくれているからこそ、生き続けられている。もちろん、海外赴任の可能性もあった「とりやん」に退社を選ばせることに罪悪感を感じていたが、「もともとケアの仕事に関心があったけど、『お金にあらないぞ』といわれて一歩踏み出せた」と「とりやん」に言われる。そういうケアしケアされる関係性を、二人で築いていかれたのだ。

また、青木さんはこんな風にも書いている。

「私はこれまで、私の面白さを拾ってくれた人たちのおかげで、寸足らずな稼働時間でもまだ、職業人として生きています。気がつけば、弁護士になって15年目ということを意識する機会が増え、今度は私が、馬力不足でも規格外の『面白い人』がいれば見つけ出して育てていく側になっていることを感じます。」(p123-124)

これも、ケアしケアされる関係性ではないか、と思う。「寸足らずな稼働時間」であっても、「馬力不足」や「規格外」であっても、「私の面白さを拾ってくれた人たち」がいる。であれば、私自身がそんな「面白さ」を持つ人を見つけ出し、育てていきたい。標準値から逸脱しまくった人生「だからこそ」、「多様な面白さに対する感度をあげる努力」をしてきた青木さんだからこそ、他者のそういう「面白さ」を見抜く力も持っている。それは、魂を毀損しない交換関係であり、相互依存のタペストリーであると感じた。

僕が紹介すると小難しくなるけど、二人は文才があってめっちゃ面白いので、是非読んでいただきたい一冊である。

予算制約は財政民主主義の可能性

井手英策さんに頂いた『令和ファシズム論—極端へと逃走するこの国で』(筑摩書房)を拝読する。本書の帯には「肯定的未来への道を切りひらく入魂の書!」「生活苦にあえぎ、不安を抱える私たち。極端な主張で人々を煽り立てる〈身近な指導者〉たち。最後の防波堤としての〈ラディカルな中庸〉を提唱した希望の書!」と書かれている。

読み始めてしばらくすると、難解な森の中にさまよっている感覚がした。読み終えることが出来るだろうかと不安になった。そのあたりのことを、後書きで以下のように率直に書かれている。

「こうして執筆が始まったのだが、いきなりつまずいてしまう。財政の歴史に学ぶのはよいが、過去のできごとを現実にあてはめるのは、歴史家のタブーにちかかったからだ。
分析の厳密性と政策的なインプリケーション、どちらを優先すべきか。学者としての決断に迫られた。悩みに悩んだが、自分の能力の許すかぎり史実をしっかりと描き、そこから抽出された歴史条件をもとに、現実におきていることを説明することに決めた。
決断の正誤はわからなかったが、このまよいによって、本書が難解になったことだけは確かだった。」(p358)

そう、僕が難解な森に入っている、と思ったのは、「第二章 昭和恐慌からの脱出と高橋是清の苦闘」から「第三章ファシズムへの道程でなにがおきたのか?」にかけて。高橋是清は戦前に積極財政を行うと共に軍事費抑制も行い、226事件で殺された人、ぐらいにしか知らなかった。それが、「令和のファシズム論」においては、二章分をかけて、高橋の取り組みのみならず、「政争を繰りかえした政友会と民政党/皇道派と統制派の対立」や「力を発揮した官製の国民運動/日本精神へと接続した共同体主義」といった、「史実をしっかりと描」いていく。今から100年前に高橋がどのような文脈の中で、何を取り上げ、どこは切り捨てたのか、という「そこから抽出された歴史条件」を精緻に描き、「分析の厳密性」を担保しようとする。すると、100年前のことを全然知らない素人の読者(私)にとって、このあたりの章は「難解」な森のように感じたのだ。

最後まで読み終えられるかしら、と途中で心許なくなった。

だが、「第四章 ファシズムの条件をさぐる――ドイツとの対比から」にさしかかると、その印象ががらりと変わる。ドイツで第一次世界大戦の敗退後、賠償金に苦しみながらも、「雇用創出から軍備拡張へ」と変遷していった「史実をしっかりと描」いていくプロセスの中で、先の章で予習した日本とのちがい・おなじが見えてきた。そして、ヒトラーが登場するまでのプロセスを読み終えた後に、次の記述を読んで、やっと難解な森を抜けたのだと知る。ちょっと長いが、大切なポイントなので抜き書きする(p211-212)。

「本書は、ファシズム期におきたことを知り、そのうえで現在の日本の財政やそれにまつわる問題をみれば、<ぼんやりとした不安>に輪郭をあたえられるのではないか、自由と民主主義の死とはことなるルートを発見できるのではないか、という問題意識から出発していた。
だから、ここまでの章では、財政史という分析手段をもちいて、「ファシズム前夜」の歴史をえがいてきたわけだが、ファシズム的な状況、自由と民主主義があとずさりした歴史の断層は、以下にしめされる現象の総体として構成された、ひとつの「均衡」であった。
①中間層もふくめた広範な人びとの生活不安
②税・社会保障をつうじた生活保障の不十分さとその内容
③中央銀行への依存、財政と金融の一体化
④経済的な合理性と政治的な非合理性の並存
⑤雇用創出から軍備拡張へのなしくずし的な政策変化
⑥予算を統制する議会の力のよわまり
⑦思想的な垣根の溶解、呉越同舟というロジック
⑧集権的な意思決定や政治的主体の喪失」 

この①から⑧は、100年以上前のファシズム期に日本とドイツで共通しておきたことを抽出している。そして、すでにお気づきの方も多いと思うが、今の日本社会でも、この8つが「均衡」として現れている。井手さんが本書の前半で、素人にはとっつきにくい財政史の森に読者を誘ったのは、「自分の能力の許すかぎり史実をしっかりと描き、そこから抽出された歴史条件をもとに、現実におきていることを説明する」ためだった。それが、この8点で示されると、確かにと頷くし、そこからの後半は、今の日本社会でこの8つの均衡がいかなる状況で繰り返されているか、という説得力ある説明につながっていく。

後半こそ、赤線を引きまくって引用したい。増税なき積極財政やMMTを批判し、今の政治状況の右派左派の溶解や呉越同舟性をするどく分析し、<ぼんやりとした不安>の総体を提示していく筆致は実に鮮やかだ。その後半をちゃんと読んで欲しいからこそ、敢えて前半の難解な森で本書を読むのを挫折しないで、斜め読みでも5章までたどり着いてほしい、と思う。

その上で、井手さんのぶれない軸について、引用しておく。

「財政の目的は、私たちのニーズを充足するためにある。だが、税を前提とするからこそ、私たちは、支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じることができる。だからこそ、社会的な合意、連帯の基礎としてととのえることができる。これらは、予算制約があるからこそ、実現できる。私は、健全財政主義者でもなければ、放漫財政主義者でもない。財政民主主義を重んじる、ひとりの財政学者だ、と。」(p270-271)

予算制約があることは、民主主義の制約ではなく、可能性である。これは、言われてみればその通りだけれど、僕にはなかった発想である。私たちはどのようなニーズを充足するために、税を投入するべきか。その「支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じる」のが、国会であるはずだ。政治を語るとは、政党の呉越同舟性を語ることではない。財政民主主義を基盤として、「社会的な合意、連帯の基礎としてととのえる」ための議論こそが必要、にも関わらず、直近の選挙で最も抜け落ちていたのがこの部分だ。それは、<ぼんやりとした不安>を短期的に解消できそうな表面的な処方箋(103万円の壁、日本人ファースト、ばらまき給付・・・)ばかりが示され、予算制約をどうするか、という真っ当な議論が先送りされていたからである。

そして、僕自身素人なので、井手さんの本を読み進めて、「支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じる」ことが財政民主主義なのか、とようやく腑に落ちた。

「本書では、「財政民主主義」ということばを何度もつかってきた。財政は、共同の意思決定をつうじて、人間の自由の条件を考えることにその要点がある。それは、手ばなしで行使できる、むきだしの自由ではなく、対話と対立、そして合意によってはぐくまれた自由である。よろこびだけでなく、いたみもわかちあう、あるべき社会への態度を決定するいとなみである。だからこそ、財政をつかいこなせば、民主主義と自由を調和させ、社会に秩序をもたらすことができるのである。」(p325)

難解な森をくぐり抜けたからこそ、「財政は、共同の意思決定をつうじて、人間の自由の条件を考えることにその要点がある」という言葉の重みを僕は受け取ることが出来た。小さな政府で自己責任社会を追究しなさい、と言えば、1%の金持ちにとっての自由の条件は最大化するが、99%のそれ以外の人々にとっては、<ぼんやりとした不安>が具現化・最大化していく。だからこそ、金持ちも貧乏人も、左翼も右翼も無党派層も集まって、「共同の意思決定をつうじて、人間の自由の条件を考えること」が大切なのだ。税はどれほど集めた方がよいのか、何にどれほど配分すべきか。防衛費をアメリカの言うままに上げるのか、大学無償化や介護職員の給与増額に使うのか。それは、赤字国債の発行で補うのか、消費税の増税も視野にいれるのか。そこには「よろこびだけでなく、いたみもわかちあう、あるべき社会への態度を決定するいとなみ」がある。「対話と対立、そして合意によってはぐくまれた自由」がある。これが財政民主主義なのか、と。そして、この財政民主主義のプロセスが、現下の状況では、無視・放置され、日銀券は無尽蔵に刷っても大丈夫なもの、借金をし続けてもなんとかなる、と思い込んではいないか、と。

「国民や住民に責任や任務をおしつけないために、財政というしくみをつくりかえ、自由と民主主義が共鳴する社会をめざす。たとえそれが政治的に不人気でも、社会の多数者が手取りをふやす道具だと断定しようとも、連帯のいしずえとしての財政本来の姿を再生させ、自他の責任とよろこびが調和する社会をつくりだす。<ラディカルな中庸>の精神にしたがって、公共性を再生させていく地道な努力こそが、社会を成長、進化させる条件である。
ヒトラーは、無条件の服従と忠誠をもとめる指導者原理をとなえて、自由と民主主義を否定した。私は、財政原理をかけて、民主主義と自由を徹底的に擁護する。」(p342-343)

「連帯のいしずえとしての財政本来の姿」とは、「税を前提とするからこそ、私たちは、支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じる」財政民主主義のあり方だった。このような、税というお金の使い道に関する継続的な対話こそが、「公共性を再生させていく地道な努力」につながる。その意味で、「財政原理をかけて、民主主義と自由を徹底的に擁護する」という、財政史の詳細な分析に基づく井手さんの渾身のインプリケーションは、誠に腑に落ちる内容であった。

皆さんも途中で挫折せず、最後まで読んでみて欲しい。

diseaseとillnessを同等に扱う

最近、意思決定への関与困難事例へのアプローチ、そしてソーシャルワークとアブダクションに関する本を読み進め、ブログに書いてきた。それらを読んだ上で、そういえば一年前に読んでめっちゃよかったけど、ブログに書くことが出来なかったとある本を思い指し、週末に読み返す。なるほど、上記の三冊を迂回した今、この本の魅力をやっと語ることが出来そうだ。それが藤沼康樹さんの『「卓越したジェネラリスト診療」入門:複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』(医学書院)である。

ブックマークをしまくったのだが、最も気になる箇所から引用していく。彼は家庭医で訪問診療も行っていて、地域包括ケア関連の研究で事例検討会に参加し、「医師誘発性困難事例」をいかのような8つのパターンで描き出す(p204)。

①患者の健康問題が複数あり、それぞれに担当医がいる“ポリドクター”状態。
②担当医が訪問診療を行っていないためか、在宅ケアへの移行をやんわり引き伸ばしている。
③担当医が在宅医療に熱心で「この患者のことは自分が一番わかっている」と信じており、看護師や介護職が自分の思い通りに動かないと怒る。
④外来担当医が、ケアマネージャーとの面会を「何をしに来たのか」という態度で嫌がる。
⑤ケアマネージャーによる情報提供(「最近よく転ぶ」「元気がない」などの漫然とした高齢者特有の症状・経過など)に、担当医が対応できない。
⑥病院の外来単位が少なかったり、訪問診療をしていたいため、「主治医意見書」を記載した病院医師にアクセスしにくい。
⑦在宅医療で対応出来ず、熱が出たり食欲が落ちると、すぐ入院させてしまう。
⑧薬剤の副作用(抗認知症薬による興奮など)に気づかず、逆に処方薬がどんどん増えて行く。

これらは、僕もケアマネさんの研修をしていると、よく聞く話である。医師とは最も連携がしにくい、というのは、現場の福祉職でしばしば言われているが、当の医師自身がその問題構造に気づき、「医師誘発性困難事例」として詳細なカテゴリーまで作っているのは、めちゃくちゃ面白い。しかも、その直後にいかのような記述もある。

「総じて言えるのは、『患者の目標』を多職種と共有できていない場合に困難事例になりやすく、実際には“医師以外”は共有できている場合が多いということです。医師だけが、地域基盤型ケアにおける価値や文化を共有できていない・・・。つまり、前述の「規範的統合」の阻害因子に、医師がなってしまっている事例が結構ある、ということなのです。」

そうそう、以前伊藤さんや土屋さんと作った『「困難事例」を解きほぐす』『多機関協働が動き出す』という二つの本は、多様な「問題」と言われるものを抱えて、「問題行動」「困難事例」とラベルを貼られた人々を、地域の中で多職種が集まってどう支え続けるか、についてアセスメントの面から考えた本である。ただ、そこではっきり記述できなかったが、「『患者の目標』を多職種と共有できていない場合に困難事例になりやすく、実際には“医師以外”は共有できている場合が多い」「「規範的統合」の阻害因子に、医師がなってしまっている事例が結構ある」と他ならぬ卓越した医師が書いてくれると、実にありがたい。そう、多機関協働で大切なのは、自分の規範を横に置き、その人のチームとして一緒に考え合う姿勢で、それは「“医師以外”は共有できている場合が多い」のだが、医師が自らの価値観に拘り、それが阻害因子になっていることすら、気づかない場合も少なくないのだ。

それに関して、藤沼さんは「主観文化の差異」の問題だと明言する。

「実は、チーム医療におけるトラブルは、「主観文化」に由来することが多いのです。たとえば「自分はこうするのが常識だと思っているのに、相手がそれを守ってくれない」「自分はこうしたらよりよいだろうと思って行動したのに、相手は自分が意図したようには解釈してくれなかった」という不満は、主観文化の差異によるものです。」(p211)

多機関協働が出来にくいのは、それぞれの機関・立場・専門職には、それぞれ固有の「主観文化」があり、それがあまりにも仕事の前提であって、主観であると気づけないからである。だからこそ、「自分はこうするのが常識だと思っているのに、相手がそれを守ってくれない」「自分はこうしたらよりよいだろうと思って行動したのに、相手は自分が意図したようには解釈してくれなかった」と「自分は正しくて、相手が問題だ」と問題を他人のせいにしやすい。それは以前ブログにも書いたが、相手の内在的論理を理解していないだけでなく、自分(自組織)のそれ(主観文化)にも無自覚なのである。そして、お互いの「主観文化」に自覚的になるために、以下のような振り返りを藤沼さんは提唱する(p211)。

①チームメンバー1人ひとりが、自分の特性あるいは多様性を自覚する。仕事の内容、自分の得意なこと、子ども時代の夢、これまでの人生で一番うれしかったこと・悲しかったこと、故郷について、大切な人、尊敬する人、嫌いな人、趣味などについて、振り返って言語化してみる。
②それをチームメンバーで共有し、同じところ・違うところを見つけてみる。同じところを伸ばすには、違うところを育てるには、どうしたらいいかを話し合ってみる。
③自分とは違うタイプの他者との出会いによって、自分の視点がどう変わったか、自分の世界がどう広がったかを話し合う。
④互いの違いをどう活かすかを話し合う。

医療福祉に限らず、仕事をする上で、自分とは違うスキル・経験・専門性を持つ人の背景を理解する必要はあっても、協働する人の「主観文化」の違いまで理解しようとしていない人の方が、多いと思う。僕で言うなら、例えば社協や公務員の人と仕事をすることが多いが、一口に社協の人、公務員の人と言っても、千差万別である。その職種の「主観文化」だけでなく、その人自身の「主観文化」も濃淡は違えど、その人の働き方には反映されている。すると、with-ness的に仕事をともにしていくチームになりたいなら、まずは「自分の特性あるいは多様性を自覚する」ことが大切だし、それをチームメンバーに語ることで、「同じところ・違うところ」を見つけ出し、それを豊かに育てていくことが大切だ。これは「他者の他者性」を理解するために、「己の唯一無二性」を知り直すプロセスそのものだと思う。

なぜ、治療をする医師が、「他者の他者性」や「己の唯一無二性」を理解する必要があるのか。それについて、藤沼さんは以下のように語る。

「プライマリ・ケア外来では、疾患へのアプローチ、すなわち従来型の診断・治療が問題解決に直結せず、受診理由や健康問題が「患者にとってどんな意味を持っているか?」にアプローチにすることが、しばしば必要になります。家庭医療学においては、前者は「疾患(disease)」へのアプローチ、後者は「病い(illness)」へのアプローチと呼ばれ、この2つのアプローチを同時並行的に実施することが、“家庭医らしい臨床的方法(clinical method)とされます。」(p114)

「疾患へのアプローチ、すなわち従来型の診断・治療」は「疾患(disease)」へのアプローチである。でもそのアプローチでは「問題解決に直結せず、受診理由や健康問題が「患者にとってどんな意味を持っているか?」にアプローチにすることが、しばしば必要になります」。この患者にとっての意味=患者の主観文化や内在的論理を理解するアプローチを「病い(illness)」へのアプローチとしている。この記述を読んで、上田敏の「やまい(体験としての障害:illness)」を思い出していた。

「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害(上田敏 1992)。」

上田敏氏はICIDHの問題構造を指摘する中で、実存や主観レベルの問題を提起し、後にICF(国際機能分類)へと改訂にも携わった人物である。彼が疾患(disease)から機能・形態障害(impairment)が出てきて、それが能力障害(disability)に繋がるという線型モデルに違和感を抱いたのは、そのような疾患や機能障害、能力障害が起きている間に、「主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル」=実存レベルでの本人の意味づけがなされていると喝破したからだ。そして、医学的治療が問題解決にならない場合には、「病い」へのアプローチが必要だと藤沼さんも整理する。

そのためにも、対象者の価値観に大きな影響を与える「物語」を理解する為に、ライフヒストリーを聞き出す重要性を、次の3つのトリガー質問で整理している(p125)。

①「今まで生きてきて、一番うれしかったことは何ですか?」
②「今まで生きてきて、一番つらかったことは何ですか?」
③「今の自分の状況について、どんなふうに思っていますか?」

実はこれはチームの仲間の「主観文化」を理解するための質問と同じである。さらに言えば、未来語りのダイアローグでの3つの質問とも共通点がある。まずは良かったことやよい変化を聞き、次につらいことや残っている心配ごとを聞いた上で、今の状況についてうかがい、どうすれうば変化できそうか、を一緒に考えるというアプローチである。この質問のポイントは、まずは良かったことやよい変化を聞くことである。「問題行動」「困難事例」とラベルを貼られている人だけでなく、多くの人は、うまくいかないとき、問題点や心配ごと「ばかり」に目を向けてしまう。でも、そういう人のなかでも、良かったこと、うまくいったことは、必ずある。それを見つけられず「もう絶望的な気分だ」と滅入っている人にも、「今まで生きてきて、一番うれしかったことは何ですか?」という形で、本人の希望を掘り起こしてもらうことが、ライフヒストリーを聞く中で、極めて重要になる。

病いや健康問題を抱える人は、症状や障害があっても日々の生活を何とか進める為に、生活のやり方に関して創意工夫をしているものです。たとえば、調理器具を使いやすいものに変えてみたり、ある場所に行くときに遠回りしてでも知人の家の前を通っていくようにしたり、といった工夫をするものです。痛みが悪化しないように、身体の姿勢や動き方を微妙に調整したりもします。
Reeveらは、病いの中にある人たちの、こうした創意工夫をする能力を「creative capacity」と呼んでいます。」(p152)

「疾患(disease)」を抱えても、無力ではない。「病い(illness)」の中にあっても、「症状や障害があっても日々の生活を何とか進める為に、生活のやり方に関して創意工夫をしている」。その「創意工夫をする能力を「creative capacity」」として捉えることが出来るか。患者さんのよい変化や心配ごとを聞きながら、その患者さんの主観文化に触れた上で、「creative capacity」をも聞き取り、探り出し、その力を高めていくように支援が出来るか。

このような見立てをするために必要なのは、前回のブログでも取り上げたアブダクションだと藤沼さんも言う。

「アブダクションは、大雑把に言って、“帰納法と演繹法の折衷”と言えると思います。比較的少数の情報から「帰納法」で共通の特徴となる“小さな仮説”を立て、小さな仮説に基づいて「演繹法」を用いて他の異なる現実に転用してみることで、その仮説を検証し、そして、このプロセスを繰り返すということです。
話を戻しましょう。家庭医によるプリマリ・ケア外来では、まず患者と医師が共に問題空間内を移動しながら協同して小さな仮説を立て、その仮説の周りを簡単にチェックし、さらに次の採集のために移動してまた小さな仮説を立てていくのです。この“採集の旅”の途中で、深掘りすべき問題が決まり、その問題を解くために初めて仮説演繹型の推論プロセスに入ることになります。」(p145)

一般に、科学的トレーニングを受けた専門家である医師は、演繹法で疾患概念から個別ケースを見るか、逆に個別事例から帰納法で疾患概念につなげるか、というどちらかを選びがちだ。でも、それだけで解決出来ない、複雑に絡み合った問題をほぐして行く場合、「まず患者と医師が共に問題空間内を移動しながら協同して小さな仮説を立て、その仮説の周りを簡単にチェックし、さらに次の採集のために移動してまた小さな仮説を立てていく」ことが大切だと藤沼さんは述べる。まずは患者と医師が協同して、何がどのように問題になっているのか、その疾患には患者のどのような主観的な病いの経験と結びついているのか、という「疾患(disease)」と「病い(illness)」の絡み合った構造を、採集して「小さな仮説」を作り上げる。その際には、患者の問題だけなく、患者の持つ、「creative capacity」をも採集していく。その上で、何をどのように解決すべきかという優先順位を患者と医者が協同して立て、「深掘りすべき問題が決まり、その問題を解くために初めて仮説演繹型の推論プロセス」に入っていく。この際、医者だけ、あるいは患者だけで優先順位を決めず、「患者と医師が共に問題空間内を移動しながら協同して小さな仮説」を立てる、という形で共同意思決定に持ち込んでいくことが、問題を解決するために非常に重要だと藤沼さんは指摘しているのである。

ほんまもんの在宅医は、優れたソーシャルワーカーと似た目線だと改めて感じた。

最後に卓越したジェネラリスト診療(Expert Generalist Practice: EGP」への四つのステップを抜き書きしておく(p269)。

①epistemology(ジェネラリストの認識論を保持する)
→「diseaseとillnessを同等に扱う」という立場がEGPの認識論的パラダイム
②exploration for sense making(意味づけのための情報探索)
→患者の「生活史」については高い解像度で知る必要があり、自分の頭の中に映像として患者生活が再生できるくらいの情報量が必要
③explanation(解釈する)
→この解釈・説明は帰納的に生み出されたillnessの「診断」
④evaluation, trial and learn(患者とともに評価し、試し、学ぶ)
→うまくいかない場合、医療化に走るのではなく、あくまで新たに解釈を患者とともに生み出していくことがEGPでは肝要

これは「困難事例」とか「断らない相談」、重層的支援体制整備に関わる人々にも、かなり意識して欲しい四つのステップである。

①「diseaseとillnessを同等に扱う」というのは、本当に重要である。疾患(disease)については、医療職にある程度依存する必要がある。だが、illness=「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」については、福祉専門職のほうが、生活支援を通じて寄り添い、引き出すことが出来やすいのだ。

②「自分の頭の中に映像として患者生活が再生できるくらいの情報量」は、かなり丁寧に「意味づけのための情報探索」をする必要がある。だからこそ、「今まで生きてきて、一番うれしかったことは何ですか?」「今まで生きてきて、一番つらかったことは何ですか?」「今の自分の状況について、どんなふうに思っていますか?」という生活史の丁寧な聞き取りが必要となる。

そういうプロセスを経た上で、③illnessの「診断」になるのだが、それは医師や専門職による一方的な診断ではなく、④「患者とともに評価し、試し、学ぶ」というアブダクションの協同探索のプロセスが重要になってくる。ここに、多機関協働のダイナミズムがあるのだとも感じた。4400円とちょっと高めのお値段だけれど、卓越した医師やジェネラリストの認識論を知る意味では、福祉職や行政のオススメの一冊である。

*追記:生物学的精神医療の最大の問題は、「diseaseとillnessを同等に扱う」とは真逆の、diseaseのみで精神疾患を治療した気になることだとわかる。僕自身は、反精神医学ではないので、投薬そのものを否定はしない(それはバザーリアも同じである)。diseaseに効果的な治療薬は使えば良い。ただ、精神医療の世界においては、「薬剤の副作用(抗認知症薬による興奮など)に気づかず、逆に処方薬がどんどん増えて行く」ことがめちゃくちゃ多い。それは、患者のillness=「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」に向き合えていないからである。

大学の精神科の医局はいまだに生物学的精神医療に支配されているというが、現場で「卓越したジェネラリスト診療」をしている藤沼さんは、それでは臨床現場で全く解決出来ないことを見抜き、「diseaseとillnessを同等に扱う」重要性を説く。これこそ、精神科医にもしっかり理解してほしいポイントである。

アブダクションという論理の飛躍

いま、ブログを猛烈な頻度で更新しているのは、インプットに集中している時期だから。9月にでる新書の原稿も手放せたので、次のテーマにようやっと取り組めている。そして、今考えているテーマの心柱になりそうなのが、須藤八千代さんの『ソーシャルワークとアブダクション:未来志向の知がもたらす実践』(ヘウレーカ)である。この本の紹介ページで、この本の魅力がダイレクトにまとめられていた。

「横浜市のソーシャルワーカーとして31年勤務したのち、50代で大学の教員となった著者。ワーカー時代、経験や勘を科学的ではないものとし、客観性、エビデンス、普遍性を重視するソーシャルワーク理論にもやもやとした思いを抱えながら過ごしてきた。教員になってからもその思いは消えず、実践を理論から解放したい、だが経験主義だけに陥りたくないという葛藤を抱え、それを理解し、導いてくれる知を求めて、哲学、思想、社会学などさまざまな文献を読み、共同研究にも加わり、本も書いてきた。そしてめぐりあったのが「アブダクション」と「未来志向の知」という考え方だった。この論理こそが、ソーシャルワークの経験を励ますものだと著者は確信を深め、看護学、臨床心理学、医療人類学まで関心を広げて、熟慮し洞察し、推論を重ねて実践するソーシャルワークの力と役割を示す。」

「客観性、エビデンス、普遍性を重視するソーシャルワーク理論にもやもやとした思い」や「実践を理論から解放したい、だが経験主義だけに陥りたくないという葛藤」は、実は僕も感じ続けてきた。僕はソーシャルワーク実践をしていない研究者である。でも、以前から何度も書くように、大学院でジャーナリストの大熊一夫師匠に弟子入りし、社会福祉学も福祉社会学もよく知らないうちから、現場に入り込んでその内在的論理を掴む取材だけをし続けてきた。精神科ソーシャルワーカーが面白いと思って、そのワーカーの内在的論理を掴むために、博論では117人のソーシャルワーカーにインタビュー調査をした上で、「精神障害者のノーマライゼーションに果たす精神科ソーシャルワーカー(PSW)の役割と課題 : 京都府でのPSW実態調査を基にして」という形でまとめた。

博論を書きながら、付け刃でソーシャルワーク理論を読み漁っていたが、ワーカーから聞く面白い実践と、「客観性、エビデンス、普遍性を重視するソーシャルワーク理論」が全然結びつかないことに当惑していた。「実践を理論から解放したい、だが経験主義だけに陥りたくない」ということまでは思い至っていなかったが、僕自身は実践者ではないので「経験主義」では語れず、でも「理論」でも語れず、どうしようかともがいていたとき、指導教官だった大熊由紀子さんから、こんなことを教わった。

「「現場で見聞きしたことから、どのような法則があるのか、をまとめてみては? 私も『おゆきの法則』としてまとめているのよ」
由紀子さんがおっしゃる、「作業仮説をたてる⇒法則を発見する⇒実証・検証・分析によって、それを吟味する、というプロセス」は、グラウンデッド・セオリーにも通じる、帰納法的な調査の王道である。」
「五つのステップ」という学恩

で、このブログを書いた10年以上前の当時は、この「おゆきの法則」はグラウンデッド・セオリーにも通じる、と書いていたが、今なら、これはアブダクションそのものだった、と言い直すことが出来る。さて、アブダクションとはいったいなにか?

「人類学者のグレゴリー・ベイドソンは『精神と自然—生きた世界の認識論』の中で、『アブダクションは人々に大きな安らぎを与える。厳密な説明は往々にして退屈である』と述べている。
またこの本の訳者である佐藤良明がアブダクション(abduction)のラテン語の語源abducereについて、次のように説明している。abは英語のawayで、ducereはto leadであり、連行、誘拐といった意味を持つ。また演繹や帰納が一般対個別という縦の関係だとすれば、アブダクションは『不可解な事実を説明するために仮説をもぎ取ってくる(あるいは類例から横取りする)というイメージ』と書いている。

帰納法は個別から一般を、演繹や一般から個別を、どちらも「縦の関係」で導く。しかし、アブダクションは「不可解な事実を説明するために仮説をもぎ取ってくる(あるいは類例から横取りする)というイメージ」である。そして、これは僕が学んで「5つのステップ」として博論でまとめるに至る、「作業仮説をたてる⇒法則を発見する⇒実証・検証・分析によって、それを吟味する、というプロセス」そのものであり、内田樹先生は、こんな風にも書いている(紹介ブログはこちらに)。

「探偵は現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を『発見』する。推理というのは、それぞればらばらに散乱している断片的事実を並べて、それらの断片のつながりを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。これは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。」(内田樹『勇気論』光文社、p28)

名探偵コナンを見ていても、ぼんくらな刑事との違いは、仮説構築力だと感じる。「それぞればらばらに散乱している断片的事実を並べて、それらの断片のつながりを説明できる一つの仮説を構築すること」が、名探偵を名探偵たらしめている腕の見せ所であるし、「不可解な事実を説明するために仮説をもぎ取ってくる(あるいは類例から横取りする)というイメージ」としてのアブダクションなのだ、と感じる。で、名探偵はそれで真犯人を見つけるのだが、ソーシャルワーカーは何を目的にアブダクションをしているのであろうか。

「アブダクションが求める拡張的、飛躍的推論とは、この現実を切り拓く理論である。この女性の高次脳機能障害がもたらす生活上の困難について、またそれはどのような方法で解決可能か、在宅生活で起きるリスクは何か、女性を支援する公私のサポートはどこまで可能か、など拡張的でかつ細やかな襞に踏み込む推論が求められる。何よりも女性の回復過程は流動的で不確実なものである。
これが未来志向の知である。見えていることや確定していることに推論は必要ない。また推論の確かさは、関わる人々の対話や見えていない事実によって深まる。ソーシャルワーカーの決断や思考を越えたものである。
アブダクションが求める洞察や拡張的な推論こそ、ソーシャルワークが必要とする認識構造である。命題も結論もないところに生まれる飛躍的な推論が、ソーシャルワークと現実をつなぐのである。」(p53-54)

須藤さんのいう「命題も結論もないところに生まれる飛躍的な推論」は、内田樹先生の「これは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです」と通底している。この飛躍的な推論=論理の飛躍は何のためにあるのか。それは目の前で困難を抱えている対象者と出会った際、その一人ひとりの個別性に寄り添いつつ、「女性の回復過程は流動的で不確実なもの」と理解しつつ、「未来志向」で「拡張的でかつ細やかな襞に踏み込む推論」をした上で、支援方針を決めていく必要があるからである。しかも、この支援方針はあくまでも「仮説」であり、流動的な事態に合わせて常に書き換えていく必要がある。

しかもこれは介護保険でいう「モニタリング」とは質的に異なるものである。AIに説明させると「モニタリングは、ケアプランに基づいてサービスが適切に提供されているか、利用者の状況に変化がないかなどを定期的に確認する作業」と書かれている。本来ならば人間の状況は刻一刻と変化するのだが、その振れ幅がサービスの適合範囲内であれば、「利用者の状況に変化はない」とモニタリングでは書かれてしまう。しかし、「推論の確かさは、関わる人々の対話や見えていない事実によって深まる」のである。また、適切なケアをしている支援者やサービス事業所であれば、日々の支援のなかで、本人の微細な言動の変化を掴み、それにどのような意味があるのか、検討すべき内容なのか、を織り込みながらケアをしている。逆に言えば、そのような日常的なケア提供の結果、「利用者の状況に変化はない」という状況が結果的に作り出されていくのである。そういう意味で、介護保険のモニタリングは、観察される対象者と観察する支援者をパキッと分けているが、現実は、対象者と支援者が関わり合いながら、「利用者の状況に変化はない」という状態像を構築しているのである。

つまり、ケアにおいて「見えていることや確定していることに推論は必要ない」。そうではなくて、「流動的で不確実な」状態像の変化にたいして、「命題も結論もないところに生まれる飛躍的な推論」をしながら、「未来志向」で支援方針を決め、実際に支援をして見て、それがうまくいったか・いかなかったかを検証し、その仮説を書き換えてさらに実践を積み重ねていくのが、アブダクション的なケアの実態なのである。昨日と今日、明日が同じケアであるのは、ロボット化されたケアであり、人間が行う必要性は低い。ほんまもんのケア現場は、全く同じ事を繰り返しているようでいて、利用者の日々の細かい変化や差異(誤嚥をした、機嫌が悪い、お風呂に入りたくない、便秘である、前の晩眠りが浅かった・・・)に合わせて、ケア内容を微細に変化させ、本人のその日の状態に合わせてチューニングすることによって、その結果として「利用者の状況に変化はない」という実態を対象者と支援者の協働作業で作りだしているのである。動き続けるから、結果的に日常生活の安定性が担保できるのである。そして、このような動く知を担保するのが、アブダクションなのだ。

「実践はそのとき、その場で始まる。それに対して、『分析者はいつでも遅れてやってくる』といい、科学実践は時間を見落とし、その結果『実践を脱時間化する』としてそこに理論的誤謬があると語る。実践は創発し展開し集結する。そのテンポはさまざまである。実践を時間という観点から捉えるブルデュの視点は刺激的だ。
時間と結びつく実践の知を未来志向の知というなら、科学知は過去志向の知である。ブルデュはそれゆえに実践は不確かさ性、両義性、不明瞭性、不規則性、非首尾一貫性が必然であるという。その実践に首尾一貫性を押しつけることは、未来志向の知の特質を奪うことになる。ブルデュは実践に『論理学のものとは違う論理を認めなければならない』と考えている。」(p64)

「論理学のものとは違う論理」というのは、「飛躍的な推論」であり「論理の飛躍」である。それがなぜ実践には必要なのか。「不確かさ性、両義性、不明瞭性、不規則性、非首尾一貫性」という未だ到来していない未来に対して、仮説推論に基づいて何らかの実践を「創発し展開し集結する」プロセスが求められているからだ。そこにはタイミングが合うかどうか、という論点も大きく絡んでいるし、時間の流れの中で、その実践がうまくいくかどうか、を見定める必要がある。そういう意味で、時間という要因は、実践には大きな要素となっている。だが、『分析者はいつでも遅れてやってくる』からこそ、「科学実践は時間を見落とし、その結果『実践を脱時間化する』」。それによって、個別事例を一般化・普遍化した「つもり」になる。でも、時間を抜いてしまうことによって、「見当違いな理論」(p119)が生み出される。大きな声では言えないが、ソーシャルワークの査読論文を読んでいてつまらないのは、「実践を脱時間化する」ことによって生み出された「見当違いな理論」があまりにも多いからではないか、と思う。

「ソーシャルワークは『微細なふるまい』や『ちりばめられた配慮』で成り立っている。それが『道徳的な想像力やオルタナティブな政治』をもたらし、精神医療は改革された。ソーシャルワークは『生と世界の現実に絶えず応答する』ものである。『理解と想像の限界』を押し広げていくアブダクションによって実現する実践である。実践こそがソーシャルワークと共に民族誌を想像するのである。」(p206)

このブログを継続的に読んでくださっている方ならおわかりだと思うが(そんな奇特な方がどれほどいるかわからないが)、このブログでは福祉の本より人類学や民族誌の本を取り上げることが、最近では多い。それは、「脱時間化」されたソーシャルワークや福祉の研究書は、エビデンスベースであろうと、客観性や普遍性を謳おうと、読んでいてつまらないからである。他方、n=1という個別具体事例であれ、その事例や実践、対象地域の変化を活き活きと描き出す民族誌は、読んでいて心をわしづかみにされる。それは、『微細なふるまい』や『ちりばめられた配慮』の記述への感動であり、『生と世界の現実に絶えず応答する』現実のドラマが、そこにありありと絵が描かれているからである。それこそが、人間世界をそのものとして描き出した生々しさであり、迫力なのだ。(それは、現象学的看護の立ち位置からACT-Kの実践を記述した近田さんの本に感じられる迫力でもある)

この飛躍的な推論=論理の飛躍、をどう僕自身の研究の中に落とし込めるか? 現場実践を振り返って記述する際に、『生と世界の現実に絶えず応答する』現実のドラマを、そのものとしてどう描けるか? これからしばらく向き合いたい問いを、この本から託してもらった。

ユングを通じて己に出会う

三日連続でブログを書くとは思わなかった。だが、金曜土曜と魅力的な本を読んで紹介したくなり、今日も魅力的な本の紹介だが、なかば自分のために書こうと思う。

高校生の頃、家の近所に図書館が出来た。真新しい本ばかりで色々眺めているうちに、河合隼雄の『こころの処方箋』に出会って、カウンセラーに興味を抱く。そして臨床心理学の講座もある阪大人間科学部に入学する。当時、そこで教授をしておられたのは、河合隼雄氏の直弟子の一人である倉光修先生。高校の先輩だったこともあり、気楽に「僕はカウンセラーに向いているでしょうか?」とおたずねして、「君はおしゃべりだから、向いていないと思うよ」とズバリと言われ、落ち込んだような、ホッと区切りがついたような気持ちになったのは、30年前の事だった。でも、学部時代のお気に入りは『影の現象学』だし、大学院時代は「出会う精神障害の当事者を生半可に分析してはいけないから」と精神医療や精神分析系の本を封印していたが、博論を書いた後は、趣味として再び河合隼雄やユングを読み、ユング派やトランスパーソナル心理学など読みあさってきた。

なので、今回大塚紳一郎さんが訳されたマリー・スタイン著『ユング派精神分析の四本の柱』(創元社)も早速読んでみた。これは実に読みやすい日本語訳でユング派の魅力が詰まっていて、短い文章なのであっという間に読める。だが、今の僕には非常に沢山の滋養を与えてくれる1冊だった。この本はそれぞれの柱に一章ずつ割いている。こんな目次となっている。

第一の柱 個性化のプロセス
第二の柱 分析関係
第三の柱 夢 全体性への道
第四の柱 アクティヴ・イマジネーション 変容をもたらすもの

それぞれの柱に関して、少し自分語り的に書いてみたい。

第一の柱「個性化のプロセス」については、2012年に最初の単著『枠組み外しの旅』を書く際に、副題に「「個性化」が変える福祉社会」とつけた事にも繋がっている。ちょうど30代後半で、ユングのいう「人生の正午」にさしかかっていた時、それまで外に外にと目を向けていた自意識を、自分自身の内側にと向け始めた頃だった。ユングがフロイトと決別し、スイスの湖畔で自分自身と向き合っていた伝記の記述にものすごく心惹かれたのを覚えている。そこから一回り以上たった壮年期に入った僕には、以下のフレーズが心に残った。

「個性化について、ユングはこのように述べることがあった。「個性化とはあなたがになるかというだけではなく、になるのかということでもある」と。「」に相当するのは意識的なアイデンティティだが、「」とは自己の全体性のことであり、意識的な側面と非意識的な側面の両方が合わさったものである。「自己」は「自我」の上に位置する何かであり、自我は絶対的に不可欠な部分であるが、自己全体の一部にすぎない。それがユング心理学の基本的な公理である。」(p13)

前任校では39才で教授になってしまった。「になるか」という意味では、「教授になる」という形で、一つの上がりを迎えてしまう。でも、当然中身は成熟してはいない。それは「になるのか」という問いをずっと抱えていたからだ。だからこそ、37才で上梓した最初の単著に付けた「「個性化」が変える福祉社会」という副題は、まさにぼく自身が探し求めている最中のフレーズでもあった。自我肥大の真っ最中に、それ以外の「自己の全体性」に気付き始め、どうしたら「」ではなく「」を追い求められるのか、を必死で探していた。「国の審議会委員」という」でも挫折したタイミングで、ちょうど自我から自己へと向き合う転換期にいたのだと思う。

では、具体的にはどうしたらよいのか?

「自我は意識の反映に囲まれている。その意識を外側に広げていくことはできても、他の場所を探すことをはじめなければ、限定された意識のモードに閉じ込められてしまう。それまで探ってこなかったクローゼットや地下室のドアを開けなければならないのだ。これが夢やアクティヴ・イマジネーションが自我意識を越えて、自己を発見するための重要な方法となる地点である。」(p40)

村上春樹の小説は、まさに「クローゼットや地下室のドアを開け」ることで、「限定された意識のモード」の外側を探索する物語を書き続けている。それは、「自我意識を越えて、自己を発見するための重要な方法」であることを、無意識的に=作家的な直観によって、知っているからだと思う。20代で村上春樹に一度入れ込み、博論が書けないからと村上作品をすべて売り払った後、博論後に猛烈に読み直し、全集も買って何度も読み返している僕は、たぶん自分では夢分析もアクティヴ・イマジネーションも出来ないので、村上作品を通じて、自己との出会いの疑似体験をしていたのかもしれない。

さて、第二の柱「分析関係」に話を移そう。

今回この第二の柱を読んで、「転移」についてものすごく「自分事」として心に残った。ぼく自身は、「無理しない地域づくりの学校」を10年前から始め、岡山だけでなく、長崎や養父でも続けている。ここで出会う受講生と、1時間時間を取って、面談をする。また、面談といえば、ゼミ生との個別面談も行う。こういった面談では、以前はアドバイスや助言をよくしていたのだが、オープンダイアローグに出会ってから、ただただ聴くことの重要性を、身に染みて感じてきた。そして、こちらがアドバイスや助言を手放したことによって、僕が想定していなかったような話が沢山だされ、こちらはただただ驚きながら頷きつつ聴いていると、相手が目から水を出したり、誰にも言わなかった墓場ネタの話をされるようになってきた。なるほど、そのレディネスが整っていなかったから、倉光先生は「君はおしゃべりだから、向いていないと思うよ」と直言されたのだと、今ならわかる。

閑話休題。そして、この「ただただ聴く」中で生じ始めていることの中には、どうやら相互作用の水準cとされる「分析家と患者のあいだの無意識的な相互作用の交点」に近い場合もあるのではないか、と思い始めている。

「水準cでは、二つの心の出会いがあり、この出会いこそが分析家とクライアントの双方にとって、決定的なまで変容を促すものとなっていく。それは一種の融合関係であり、そこで二つの心が出会い、ひとつになるのだ。両者は新たな、そして互いにふれあう、自己の感覚を形成していく。水準cの関係性は強力かつ永続的である。」(p69)

あらかじめ断っておくが、僕は公認心理師の資格も持っていないし、ユングも趣味で読んでいるだけなので、お話を伺う相手を分析しようとか解釈しようという気はさらさらない。にもかかわらず、相手が圧倒的な何かを話し始めてくれることもあり、オロオロしつつも、ただただ話を聞くしかない。そして、話を聞いているうちに、相手の中で勝手に何かが動き出し、目から水を出されたり、深い何かが動き出すのを実感することがある。それは、対面でなくても、オンライン越しでも、そういうことを感じる時がある。一緒に学校をやっている尾野寛明氏は「また、押すなスイッチを押しているの!」と言うのだが、こちらは押していないのに、勝手にスイッチが入っているのである。

僕は精神的な不調や疾患を抱えたと自覚している・主訴のある人の話を聞くことはない。だが、正常とされる生活をしている人の中にも、様々なしんどさやドラマ、傷つき、喜び、試行錯誤、自信のなさ、恐れや不安がある。それらを一つ一つ丁寧に訊いているうちに、どこかで相手と繋がる瞬間がある。ただただ話を聴いているだけなのに、だからこそ、時として「そこで二つの心が出会い、ひとつになる」「一種の融合関係」となることがある。ある人が、「竹端と話をするときは、自分の100%で向き合わなきゃいけない」と語ってくれた。そんなつもりはないけど、その人とは「新たな、そして互いにふれあう、自己の感覚を形成していく」対話の時間になっているのかも、しれない。

そして、深く話を聴くからこそ、転移に自覚的である必要があると思う。

「陽性転移というものもあれば、陰性転移というものも存在する。陽性転移はたとえば理想化し、愛し、賞賛するものであり、陰性転移はたとえば怒り、恐れ、疑うものである。他に「鏡転移」と呼ばれるものもある。これは心理療法化に母性的に関わってもらいたい、抱えてもらいたい、慈しんでもらいたいという感情だ。「エロス的転移」と呼ばれる融合的な転移もある。これは欲望の対象と性的に一体化したい、分析家と愛の関係で結ばれたいという転移である。」(p79)

話を聴く相手に巻き込まれれている際には自覚的ではないのだが、このフレーズを読んで思い返してみると、あれは強い転移の荒波だったのだなぁ、と思うエピソードがある。本当に幸いなことに「エロス的転移」だけには呑み込まれたことはないが、あとのどれも経験している。だからこそ、ぼく自身が自らの「個性化」に向けて、「それまで探ってこなかったクローゼットや地下室のドアを開けなければならないのだ」と改めて思う。

第三の柱「夢 全体性への道」について。僕は夢とアクティヴ・イマジネーションについては、正直に言って、うまく扱えていない。まだ「他の場所を探す」ことが出来ていない。だからこそ、この二つは、壮年期に入ったぼく自身の、これからの探索課題だと改めて読みながら感じた。

第四の柱「アクティヴ・イマジネーション 変容をもたらすもの」について、わかりやすいやり方が書いてある。

「まずは外部から邪魔されることのない物理的な空間で30分間を確保することからはじめてみよう。電話はなし。メッセージもなし。会話もなしだ。」(p161)

そのうえで、「何も考えず、何も見ず、何も感じない、真っ白なスクリーン—ただの何もない空間—を精神の中に創り出すのだ」「無理強いせず、イメージを呼び起こそうともせず、何かが姿を表してくれるのを単純に、そして辛抱強く待つ」(p162-3)と述べる。

その上で以下の三つがコツだと書く。

その一:ただ、生じさせてみる
その二:なんであれ、やってきたものは受け入れる
その三:もしもそれが動いたのなら、ついていく

これを書いている最中に30分時間を取ったが、逆にいろんなイメージが覆い尽くされて大変だった。特に村上春樹の小説に出てくる羊男とかカーネルサンダースとか、そういう具体的なイメージに支配されてしまって30分は終わった。村上春樹がひょいっと掴んだ「ただ、生じさせる」何かがこんなに難しいなんて! まあ、これはお待ちするしかないので、しばらく挑戦してみようと思う。

というわけで、本の紹介というより、本と出会ったぼく自身の感想のようなものを書いたけど、この本は折に触れて読み返したい1冊だ。

二次障害の相互作用モデルの迫力

僕が読む本を選ぶ際、自分で選ぶ事もあるけど、信頼できる他者がオススメするので読んでみる、というのも割合多い。今回は年若き友人の関西学院大学の柴田さんが、「地域福祉のホープですよ」と教えてくれた人の本を読んでみた。確かにめちゃ学びが多かった。それが加藤昭宏さんの『社会的孤立へのコミュニティソーシャルワーク実践:地域福祉推進の羅針盤』(ミネルヴァ書房)である。

彼は大学卒業後、愛知県内の社会福祉協議会でコミュニティソーシャルワーカーとして働いてきた後、自らの実践理論を探索的な博士論文にまとめたのが本書である。この本では、ゴミ屋敷やひきこもり、家族不和やご近所トラブルなど「複合的な課題」を抱えた個人や世帯の問題を「個人の病理」に閉じ込めず、「現象化している課題(例えばひきこもり、ゴミ屋敷など)の背景には、他者との関係性に関する課題があり(全容は見えないが、一部顕在化している状態)、さらにその背景に『福祉的なニーズ』が潜在化している」(p37)とした上で、その「他者との関係性の課題」に切り込んでいく部分である。その上で、そのようなしんどい状況にある人を以下のように解像度を上げて描いていく(p49-50)。

①発達障害などの『生きづらさ』があるだけではなく、
②それらの生きづらさに対する家族や友人・知人、地域住民など周りの人々の無理解・無配慮による不適切な対応(注意叱責、からかい、無視など)が繰り返され、内的世界における生育歴上の二次障害として、自己評価・自尊感情の低下、歪んだ認知や病的な判断等の対人関係の歪みや適応上の問題—例えば、周囲の働きかけを被害的、迫害的に解釈してしまう—を引き起こしている。
③さらに統合失調症、うつ病、双極性障害、不安障害、強迫性障害など「併存精神障害」が合併し、深刻化することで
④ひきこもり、ゴミ屋敷など制度の狭間の課題を抱えるに至るのではないかと考えられる。
⑤そして、制度の狭間の課題を抱えることによる家族関係の悪化、近隣トラブルなどが起き、現在(外在世界)においても他者との関係性における二次障害が生じ、社会的孤立(あるいは社会的排除)の状況となっている。

この整理が秀逸なのは、「問題行動」や「困難事例」として支援者の前に立ち現れる現象を、⑤「他者との関係性における二次障害」と喝破していることである。「二次障害」ということは、それ以前の悪循環の連鎖がある。それを①「生きづらさ」→②「生育歴上の二次障害」→③「併存精神障害」→④「制度の狭間」→⑤「他者との関係性における二次障害」、と見事に言語化してくれている。

その上で、悪循環の高速度回転を、以下のように描写している。

「内的世界における生育歴上の二次障害(②)は、併存精神障害の発現(③)や制度の狭間の課題が生じること(④)によって、相互作用を伴いさらに深刻化してきた。また、このように相互作用を伴って蓄積された二次障害は、現在における他者との関係性によってさらに悪化する(⑤)など、本人の内的世界における二次障害(②)と、外的世界における二次障害(⑤)も相互作用を伴うのである。より明確に述べるのであれば、①から⑤は階層的に存在するのではなく、常に相互作用を伴い、(本人の内的世界において)二次障害(②)として蓄積されてきており、また現在も(外的世界における他者との「関係性」の中で)蓄積され続けている(⑤)のである。そしてその結果、対象者の「生きづらさ」(①)はさらに増大しているのである。」(p51)

「二次障害の相互作用モデル」として描かれるこの説明は、「問題行動」「困難事例」と言われる現象に関して、実に解像度が高い描写であり、説得力と迫力がある。筆者も語るように、「①から⑤は階層的に存在するのではなく、常に相互作用を伴」うので、線形的な因果関係を同定することが出来ず、だからこそ、支援者は困惑しやすい。しかし、一つ一つのエピソードを時系列的に拾っていくなかで、どのように絡み合い、「生きる苦悩が最大化した姿」となるのか、を腑分けすることが可能になる。

これは、バザーリアなどトリエステの精神医療チームが捉えた、「病気そのものへの焦点化ではなく生きる苦悩の最大化に向き合う支援体制のパラダイムシフト」にも通じる。またぼく自身も10年前、「「合理性のレンズ」からの自由 : 「ゴミ屋敷」を巡る「悪循環」からの脱出に向けて 」という論文を書いたのだが、そのときに、非合理の合理性=当事者の内的世界のメカニズムを描いたつもりになっていた。しかし、本書を読みながら、10年前の僕が見落としていた&加藤さんの論考で気付かされたのは、②「生育歴上の二次障害」と⑤「他者との関係性における二次障害」である。そして、「ゴミ屋敷」や「ひきこもり」などが現場の支援者にとって支援困難になる最大の理由は、②と⑤の二つの「二次障害」であると、今回初めて気付かされた。「周囲の働きかけを被害的、迫害的に解釈してしまう」のは、②「生育歴上の二次障害」であり、「家族関係の悪化、近隣トラブル」などで「社会的孤立(あるいは社会的排除)の状況」に陥っているのは⑤「他者との関係性における二次障害」なのである。

このような構造が見えてくると、本書の副題が「地域福祉推進の羅針盤」とされた理由も見えてくる。この羅針盤を用いて、どのようにこの「しんどい状況」に関わる事ができるか、が「コミュニティ」を対象にしたソーシャルワークに問われてくるのだ。

実際、隣人H氏との「ご近所トラブル」に陥っていたG氏の事例では、以下のように加藤さんは関わっていったという。

「G氏の(併存精神障害の可能性を否定できない)『問題行動』に対して悩んでいたH氏ら近隣住民は、CSWの介入(面接、および地域福祉学習会の実施)によりG氏への理解が深まり(本人の人柄・性格と病気・障害を分けて考えることができ、またこれまでの言動の意味を解釈できるようになり)、自らの無自覚な態度(例えば、顔を合わせると避ける)がG氏の生きづらさを助長(歪んだ認知、迫害的な内的世界の強化に無自覚的に加担)していたことに気づき、(若干の罪悪感とともに)『我が事』となり、そこからはじめて本人支援のあり方を考えていった。結果としてH氏ら近隣住民らの対応が変わり(社会的障壁がなくなり、次第に二次障害も解消され)、G氏の『問題行動』(生きづらさ)が軽減した。」(p99)

この関わりは、本人の生きづらさや困難を支援するために、地域住民の態度や解釈の変更を「地域福祉学習会」などを通じて醸成していき、⑤「他者との関係性における二次障害」を減らしていくなかで、結果として本人の①「生きづらさ」や②「生育歴上の二次障害」、③「併存精神障害」の表現としての「問題行動」を鎮めていったのである。そして、これが「コミュニティ」ソーシャルワークであるゆえんを、加藤さんは以下のように二つの視座として整理している(p154)。

①ミクロレベル(対象者):対象者は「生活史の中で、(専門職を含む)他者との交互作用の結果、二次障害等の問題を抱え(させられ)た人」である。「内的世界における生育歴上の二次障害」および「外的世界における現在の二次障害」の2つが、支援における重要な焦点の一つである。
②メゾレベル(コミュニティ):無自覚、かつ強弱関係を伴う相互作用によって、コミュニティという一つの生態から、理解出来ないがゆえに「異物」として排除されるというプロセス(社会的排除)が生じている。支援においては、個別支援と地域支援を一体的に展開していく。

おそらく一般的なソーシャルワークや精神医療の世界では、②「内的世界における生育歴上の二次障害」については、エンパワーメントやリカバリーアプローチなどを通じて関わろうとするが、⑤「外的世界における現在の二次障害」については手出しがしにくい。なぜなら、それは対象者個人と家族や隣人、周囲の人という他者との相互作用であるからだ。それだけではく、⑤「外的世界における現在の二次障害」は、コミュニティという一つの生態から「異物」ゆえに社会的排除されている、という視点を持つと、排除している周囲の人々に働きかけることで、理解を増やし、周囲の人が本人への関わりを変えていく、という相互作用と相互変容が求められる。このミクロレベルとメゾレベルを一体的に支援していくソーシャルワークが、「コミュニティ」を基盤としたソーシャルワークである、と加藤さんは整理している。

その上で、彼は理論的基盤として、クライン派の対象関係論を位置づけ、以下のように述べている。

「内的対象関係、すなわち『個人の内的世界からみた環境との関係性』を重視し、個人への支援:『個人の内的世界からみた環境との関係性への支援』と、実際の環境への支援:『内的世界への理解の促しを通した共感に基づく関係性への支援』という2つのアプローチを志向する支援理論である。」(p133)

これも非常によくわかる。個人への支援と、本人とトラブルを起こしている周囲の人々への支援を同時並行的に行わないと、悪循環の高速度回転は止まらない。彼はその理論的基盤を精神分析家のメラニー・クラインに求めたが、ぼく自身は社会学のアプローチから「他者の合理性の理解」として捉えてきたし、前回アップしたブログでも、その内的合理性の理解にもとづく意志決定への関与について言語化してきた。ただ、ぼく自身はそれを、家族や隣人といった重要な・時には敵対する他者に『内的世界への理解の促しを通した共感に基づく関係性への支援』を促すアプローチは抱けていなかった。これが本書を読んでの最も大きな学びであり、己の盲点についての気づきである。

その上で、最後に、本書にではなく、本書と向き合うぼく自身の「もやもや」も付記しておきたい。

A このような実践が、重層的支援体制整備の担い手として期待されるコミュニティソーシャルワーカーに、普遍的に可能になるのか?
B 住民自治や市民活動支援を通じた住民エンパワメントを志向してきた、コミュニティワークとどう接点を持てばよいのか?

Aについて。正直に申し上げると、この加藤さんのアプローチはかなりレベルが高いと思う。それは、精神医療に関する理解をしっかりした上で、地域福祉と接続させる、というハードルの高さである。精神科ソーシャルワーカーが個別支援に埋没しがちであり、社協の地区担当は地域住民との関わりでいっぱい一杯になる現実において、両者のアプローチを統合させて、個別支援と地域支援の一体的展開を出来るコミュニティソーシャルワーカーはどれだけいるのだろうか、という危惧を持つ。

もちろん、加藤さんもそこは充分承知しておられ、個別支援と地域支援の一体的展開を「一人で行うか、異なる者が連携して行うのかは理論的にはどちらでもかまわない」(p108-109)としている。そしてぼく自身は、「一人では無理な場合が多い」という価値前提から、全方位型アセスメントに基づいたチーム連携や、そこからの多機関協働のあり方を論じる本を仲閒と作ってきた。それゆえに、コミュニティ・ソーシャルワークをこのレベルで出来るワーカーを養成できたら良いけど、それにはどうしたらよいのか、がぼくの中では未知数である。

Bについて。こないだ武庫女で開かれた地域福祉学会の大会シンポジウムで僕はファシリテーターをしたが、コミュニティ・ソーシャルワークとコミュニティ・ワークの価値対立が先鋭化された場面だったと記憶している。もちろん、加藤さんの実践やその理論化には最大のリスペクトを払っている。ただその上で、社協のワーカーがこのようなコミュニティソーシャルワークの担い手として期待されている現状に、一抹以上の不安を抱いているのである。その点について、以前のブログを引用する。

「今回、「社会福祉協議会基本要綱2025」は「国家と社会の不分明地帯」をより大きくするモーメントが働いている。それは、国家に対する社会の自立からの決別であり、「地域福祉の「推進」組織から福祉の「支援」機関化」への変節への危惧である。また、「福祉の「支援」機関化」になるということは、 「国が責任を負うべき社会権の保障を、肩代わり・代替・補完」する可能性の余地を拡げることへの危惧である。」
多様な「読み」が出来る大著

コミュニティ・ソーシャルワークは「国が責任を負うべき社会権の保障」であるなら、これは行政責任として行うべきである。ただ、それを社協が担うことにより、「国家に対する社会の自立からの決別」が生じかねない。それは、住民活動の支援を通じた主体形成やエンパワメント支援を行ってきたコミュニティワークの伝統を、ないがしろ、とはいわないまでも、横に置くことにならないか? コミュニティソーシャルワークの全面展開は、住民の「社会資源化」をもたらし、住民が面白い市民活動をしていくのを応援する社協というスタンスを見失わせないか、が、ずっとモヤモヤ気になっている。

だが、これは加藤さんの論の問題ではない。そうではなくて、今の重層的支援体制整備の「断らない相談支援」が前提となった「参加支援」と「地域づくり」の一体的展開が、住民自治の原則をないがしろにしながら進んでいかないか、ということへの危惧である。

つまり、コミュニティソーシャルワークはあくまでも大枠では、ミクロレベルの個別支援から見えてきた地域課題へのメゾレベルの支援、と矢印が一方的であるが、ミクロレベルとは直接つながらい・直接対象にしないメゾレベルの支援を通じて、ミクロレベルの個別支援に有機的につながっていく部分もあるような気がしていて、そのあたりをどう整理すれば良いのか、がぼく自身はまだよくわかっていない。

いずれにせよ、最後に書いた部分は僕の思考の整理であり、本書の加藤さんの論考が手がかりになったので、それを言語化することが出来た。そういう意味でも、地域福祉に関係する人は是非とも一読してほしい1冊である。

意志決定に関与する極意

意思決定について、内科医が書いた説得力ある本を読み終えた。

「患者に対して行われる医療に関する意思決定は、『決める』あるいは『決められる』ものではなく、『決まる』ものとしてとらえる。だとすると、患者自身に限らず、その意思決定に関するやりとりをしている者が行っていることは、『支援』ではなく『関与』であるということは、本書を通じて私が唱えたい主張でもあります。」
(尾藤誠司『患者の意思決定にどう関わるか? ロジックの統合と実践のための技法』医学書院、p92)

医療・福祉の支援を受ける、だけでなく、家や車を買う、裁判や確定申告を行う、など情報の非対称性の大きい領域に関わる時に、私たちは色々な人に「関与」してもらう。これまでなにげに「意思決定支援」とワンフレーズで捉えてきたけど、確かに昨年父の体調が急激に悪化し、要介護状態になり、大学病院に運ばれ、と悪循環をしていた時も、母や弟、僕や妻、だけでなく、多くの人に「関与」してもらいながら、父の支援の方向性が「決まる」プロセスを見てきた。それは僕たち家族だけで決めるわけでもなく、医者に決められるわけでもなく、まさに「決まりゆく」プロセスだった。

そして、「支援」と言わず「関与」の姿勢で関わる尾藤さんは、医師だけれども、「医師モデルの志向が支配的になる」「生活の医療化」として、次の様な問題を指摘する(p43)。

・ある個人を見つめるとき、しばしば「まとも」からの逸脱であり、その逸脱は「まとも」に回帰されなければならない問題点として認識される
・問題はすべて「解決すべきもの」としてとらえられる
・問題には常にその問題を引き起こす主たる「要因」が存在し、要因にアプローチすることで問題が解決される、という手法が選択される
・快楽は優先されるべき価値ではない。「長く、まともでいる」ことが優先される価値として扱われる。
・結果に至るプロセスが最短であればあるほど最善である

「朝から酒を飲んでいる」「風呂に週に一回しか入らない」「部屋がゴミ屋敷状態である」「支援者の説得に応じない」「クラス・職場の同調圧力に馴染めない」・・・これらの「問題」は、「しばしば「まとも」からの逸脱であり、その逸脱は「まとも」に回帰されなければならない問題点として認識される」。だが、そもそもそれは「逸脱」なのか、そもそも「長く、まともでいる」ことがそれほどまでに価値があるのか、と問われると、非常に怪しい。にも関わらず、専門家が一義的に「まとも」「逸脱」と査定する基準を持ち、世間一般の基準と適合できない人を「逸脱」とし、治療の対象にして排除する。この「生活の医療化」は、例えば普通学級とは別室で授業を受ける「通級」の子どもが20万人いる現実とか、「困難事例」「問題行動」が支援現場で忌避される現実とかをみていると、あちこちにあると感じている。

この背景には、問題=逸脱=異常という評価や査定が内包されていて、患者をそう最低評価する医療者は正常=まとも=問題ではない、という二項対立が内包されている。これは病気を他者化する視点であり、患者の持つ、そして医療者だって持っている「生きる苦悩」を矮小化する視点である。(そのことについては以前、「病気」から「生きる苦悩」へのパラダイムシフト : イタリア精神医療「革命の構造」で論じたことがある)

で、尾藤さんの本を読んでいていいな、と思ったのは、この患者の「生きる苦悩」に関して医療者が無知である事を明確に認めて論を立てている点である。

「その他の重要な根拠である『患者の価値・選好』『その他の事情』について、医療者はいわば無知な状態にあるといってよいでしょう。そして、その部分を意志決定の根拠として医療者が補完し、患者とともに熟慮し協議するためには、患者から教えてもらうこと最善の方法です。医学・看護の専門家である医療者は、専門的な知識においては素人である患者に対して意志決定に必要な根拠を提供して補完する役割および義務がある一方で、患者の意向や価値については患者の人生の専門家である患者自身から教えてもらう必要があります。SDMにおける言葉のやり取りは、専門家が患者に対して医学的根拠を伝えるととにに、患者が自身の人生や価値について専門家に教えるやり取りの両方が存在することが条件になるでしょう。」(p66)

SDMとはShared Decision Makingの略で、「共同意思決定」のことである。治療や支援の方針を決める際に関与する専門家達は、「専門的な知識においては素人である患者に対して意志決定に必要な根拠を提供して補完する役割および義務がある」。これについては誰も異論をもたない。ただ、その専門家的目線で、対象者の「問題」や「困難」を、問題=逸脱=異常という視点で評価や査定してこなかった? なぜ・どのようにそのような「問題」や「困難」が社会的に構築されてきたか、という「患者の意向や価値については患者の人生の専門家である患者自身から教えてもらう」視点を持てているか? 専門家が一方的に専門知識を教えるだけでなく、「患者が自身の人生や価値について専門家に教えるやり取り」という双方向の対話がない限り、支援や治療方針が「決まる」ことはない、と喝破している。

これは我が意を得たり、である。社会学者の岸政彦さんはそのことを、「他者の合理性の連鎖と蓄積」と述べているが、その対象者の経験を聞かせてもらい、学ばせてもらうことなく、治療や支援の方針を決定することは、他者の人生の侵襲そのものである。

そして尾藤さんは、専門家と患者の「認識の違い」を意志決定における重要な鍵概念として掘り下げていく。

「ここで私が主張したいことは、患者の認識が、医療者の科学的な根拠に基づいた『専門家としての共通認識』と異なっているとき、評価する側の医療者は、その違いをもって『患者は認識能力がない』と考えるべきではない、ということです。むしろ、患者の主体性を持った認識は、医療者の認識と大きく異なっていることが当然です。」
「患者の認識は、患者が大切にしている信念や価値観としばしば強力に結びついています。私は臨床医として『ステロイドで人生がめちゃくちゃになった人を何人も知っているし、私もステロイドでひどい経験をした。どんなことがあっても絶対に私にステロイドを使わないでほしい』と主張する患者を何人か担当しました。この認識は、医学を専門的に学んだ集団からは荒唐無稽と解釈されます。しかしながら、その認識は、患者の人生の履歴の中で生まれた信念と強く紐付いており、認識する『能力』を有した人の正当な主観として尊重されるものであると考えます。」(p142)

ステロイドをワクチンや抗精神薬、ヘルパーや成年後見制度・・・などと置き換えてもよい。専門家の中では一定の効果や評価が定番となり、それを使うことは「科学的な根拠に基づいた『専門家としての共通認識』」となっている。そういう支援や治療ツールに関して、「どんなことがあっても絶対に私に使わないでほしい」という対象者は、専門家から「荒唐無稽と解釈され」『患者は認識能力がない』とラベルが貼られがちである。でも、尾藤さんはそれをしてはならない!と断言する。それは一体どういうことか?

その前提として尾藤さんは、「患者の主体性を持った認識は、医療者の認識と大きく異なっていることが当然」という認識前提をおく。これは、他者には自分には知り得ない他者性がある、という意味における「他者の他者性」をそのものとして尊重し、理解しようとする姿勢だと思う。それは、特に価値対立をする相手の合理性を知る際に、前提として抑える必要がある。(アメリカにおけうるトランプ主義者の「他者の他者性」を理解しようとしたホックシールドの名著については、ブログで書いたこともある。)

その上で、「その認識は、患者の人生の履歴の中で生まれた信念と強く紐付いており、認識する『能力』を有した人の正当な主観として尊重されるものであると考えます」という尾藤さんの指摘は重要である。「荒唐無稽」「認識能力がない」と専門家が対象者を査定・評価する際、対象者には認識能力がなく判断力に欠ける一方、そう査定評価する専門職には認識能力があり判断力を有する、という価値前提が内包されている。そして、それは対象者にとっては暴力的・差別的で排除的な評価査定基準であり、絶対に許せない事態である。だから、そういう専門家は対象者と大きくもめるのである。

では、対象者の言いなりに専門職はなってもよいのか? そうではない。尾藤さんは「認識する『能力』を有した人の正当な主観として尊重されるものである」と述べている。専門家集団の「主観」とは全く違う「主観」であるが、それは「認識する『能力』を有した人の正当な主観」であることには変わりない。だからこそ、自分たちとは全く異なる「主観」を有する人を、「荒唐無稽」「認識能力がない」と査定せず、専門家から見ると「「荒唐無稽」「認識能力がない」と思えてしまう主観」がどのように・いかなるプロセスで構築されてきたのか、を理解する必要が、専門家の側にあるのである。

その際の補助線として、家庭医療学領域におけるFIFEという考え方も紹介している(p143)。

・F(feeling):その状況についての心配や恐れ、あるいは喜びなど
・I(Idea):病状についての自分なりの解釈に基づく問題とその大きさ
・F(function):病状が生活に与える影響についての解釈
・E(expectation):病状を受けて自分が望んでいることや医療に望んでいる期待

これは福祉現場における「困難事例」「問題行動」とラベルが貼られる事例でも、全く同じ視点での精査が求められると感じた。以前から僕はこれらは「対象者本人が感じる困難・問題」ではなく「支援者や周囲の人にとっての問題・困難」であると、研修等では言い続けてきた。そして、「支援困難事例」の場合、「本人は困っていない様子だが、周囲の人がめちゃくちゃ困っている」という落差があると、しばしば聞く。そして、支援専門職はそういう事例に対して、対象者を「荒唐無稽」「認識能力がない」とラベルを貼っているのだ。そしてそう名指しをすることによって、対象者と良い関係を作れず、悪循環に陥っている。こういう状況って、専門職も「問題の一部」になる悪循環なのだ。

そして、その悪循環から逃れるためには、まず対象者の価値観について「認識する『能力』を有した人の正当な主観として尊重」する必要がある。その上で、自分の常識・視点・価値観とは違う主観を、そのものとして理解するために、FIFEの視点で、専門職が対象者の内在的論理を教わる必要があるのである。

「意志決定において患者に不安が発生しないのは、望ましいことでしょうか? 私はむしろそこに不安が出現するべきだと考えています。なぜなら、不安とともに患者は自らの欲望を形成するからです。欲望形成支援のところで述べたように、欲望の形成はそれほど自然に発生するものではありません。自分は何を求めていて、何を避けたくて、何を恐れていて、何を大事にしたいのか、という複雑な思考の中で欲望が形成されていきます。さらには専門家から将来の見通しや起こりうる事象について情報が提供されることで、患者は自分の欲望を明確にしていきます。」(p182)

この部分も非常に重要である。そもそも、「不安」がない・少ない問題であれば、人は一人で意志決定が出来る。むしろ、一人で決められない状況だからこそ、他者の関与が必要になるのだ。それは、情報の非対称性が大きかったり、自分一人では解決できないと絶望的な気分になっているなど、いずれにせよ不安が強い局面である。そして、その不安がドライブになって、「自分は何を求めていて、何を避けたくて、何を恐れていて、何を大事にしたいのか、という複雑な思考の中で欲望が形成されていきますと尾藤さんは喝破する。

パターナリズムで「いい子」の支援者ほど、不安を出来る限り早急に減らしたくなる欲望を持つ。でも、それは対象者の欲望ではなく、支援者自身の欲望であると認識すべきである。尾藤さんが書いているように、この不安と丁寧に支援者が向き合うことによって、「自分は何を求めていて、何を避けたくて、何を恐れていて、何を大事にしたいのか」というコアな人生の価値観と本人は向き合うのである。そのなかで、「こうしたい」と欲望を形成していくプロセスに支援者が関与できるかが問われているのである。

「安心は、結果として得られる感情状態です。安心そのものを医療者が患者に提供することはできないし、『安心してください』と患者に強要、あるいは懇願することも効果的な行動とは思えません。」(p181-182)

安心は不安の裏返しである。不安になるな、と強要・懇願しても、不安な人はその命令に従えない。だからこそ、不安な気持ちを徹底的に聞かせてもらい、一つずつその様相を解消していくプロセスに支援者が関与することで、「結果として得られる感情状態」としての「安心」が生まれてくるのである。

まだまだ引用したい箇所は一杯あるが、だいぶ長くなったので、最後、一カ所だけ引用しておく。

「AIを搭載したコンピュータやスマートフォンが、医療の意志決定を支援するための優れた『情報端末』として、現在よりもずっと有用性が高く利用される時代が到来したとき、生身の医師や看護師の仕事は、意志決定にまつわるドラマの中で絶えず変容する患者の理解・認識・価値・感情に対して、対話という技術を用いて応答していく『感情端末』としての役割なのだといえます。」(p127)

尾藤さんは生成AIが使える初期段階から色々使い続けた上で、上記の箴言に至った。これも僕が考えていたことを言語化してもらった、と思い、我が意を得たりである。

生成AIが登場する以前の20世紀中盤、アメリカの社会学者、アミタイ・エチオーニは医師と弁護士は完全なる専門職(full-profession)であり、それと対置する形で、看護師と教師、ソーシャルワーカーは準専門職(semi-profession)だと述べていた(関連するブログはこちら)。高度な知識や技術に基づく医師や弁護士は、それだけの報酬に値する職業と位置づけられ、多くの国では高額報酬を手にしている。

でも、生成AIが登場すると、どんなに高度であっても、標準的な知識は生成AIが瞬時に代替出来る。だから、弁護士に頼まなくても本人訴訟の準備書面は書けるし、専門医ではない普通の医師の診断と遜色ない診断が生成AIには出来るようになった。つまり20世紀の弁護士や医師が誇っていたfull-professionの前提が、大きく崩れているのである。

その状態において、専門家に求められる能力とはなにか。尾藤さんはそれを「意志決定にまつわるドラマの中で絶えず変容する患者の理解・認識・価値・感情に対して、対話という技術を用いて応答していく」と述べている。そう、これは看護師がベッドサイドで、教師が教室で、ソーシャルワーカーが相談室でやってきたこと、そのものである。つまり、生成AI登場以後の意志決定支援において、実は20世紀型のsemi-professionとfull-professionの価値前提がひっくり返る。標準化・規格化された知識なら、医者や弁護士がいなくても、生成AIで事足りる。むしろ、「絶えず変容する患者の理解・認識・価値・感情」を対話を通じて聞き出し、そこにあったオーダーメイドの支援を形作ることができるか、が問われているのである。「情報端末」はスマホやPCで充分。であれば、いかに専門職が「感情端末」として、対象者の意志決定に対話を通じて関与できるか、が大きく問われているのだ。

この本はこれ以外にも考えたい論点がめちゃくちゃあり、興味ある方は是非ともご一読をオススメする。

多様な「読み」が出来る大著

本というのは、購入してすぐ読むものもあるが、大半の場合、寝かせておく。今回ご紹介するのは、「14年モノ!」の分厚い大著である。若い友人達が研究会で読みたいというので、学期末の死ぬほど忙しい時期に、なかば渋々・なかば時間がなくて必死になって読み終えた。でも途中からぐっと惹きつけられていった。

「当事者運動は、右派からの『偽善』という批判に対する一つの答となる。その意味論形式は、自らのポジショナリティを発話位置に捉えることを通して、<贈与のパラドックス>も『偽善』表象の発生も抑えることが可能である。『自分たちの政治的実践は、自分たちのため』であり、その意味で『当事者主権』は<交換(win-win)>の文法で語ることが出来る。それ自体として全く正当な『当事者主権』の論理は、しかし、右派も使用可能な意味論的形式である。右派は、今ある『私』から『われわれ』の範囲を所与の『国民』や『民族』に設定し、その範囲のみを擁護する。またいわゆるゲイテッド・コミュニティも当事者主権のレトリックで擁護可能である。
一方で、左派においては『当事者主権』を掲げる立場であっても、 抑圧されている他の立場との連帯を志向する場合が多い。つまり、自らが被抑圧者であることをアイデンティティ・ポリティックスの賭金としつつも、自らの抑圧性に対しても敏感であり、それを通して他者へと開かれる。また、亀裂を生み出す支配的な構造を構成的外部として、『われわれ』という共通のカテゴリー(=当事者性)が構築・拡張され、『当事者主権』の意味論が継続される。しかし、『当事者』概念が拡張すればするほど、<贈与のパラドックス>の観察—「左翼仲間であり続けるべく『弱者の味方』自己イメージにすがる、『ヘタレ左翼』」—が発動する余地を拡げることになるだろう。多くの左派にとって、その『当事者主権』論は、その論理だけでは自らを記述しきれず、所与のカテゴリーやアイディンティを組み替えて他者へと跳躍し続ける、という論理の外部こそが重要な賭金となる。」(仁平典宏『「ボランティア」の誕生と終焉—〈贈与のパラドックス〉の知識社会学』名古屋大学出版会、p435)

優れた著作とは、10年15年の時を経てもその分析内容が古びることなく、普遍的な価値を提供する作品である。僕と同じ1975年生まれの仁平さんが、東日本大震災の直前の2011年2月末に出版したこの本は、2008年に出された博士論文を書籍化されたものである。36才でここまでボランティアをガッツリ捉えていたのか、と思うと、本当に驚愕の論の深さである。あちこちに線を引きまくりながら読んでいたのだが、最も痺れたのが、終章で書かれた、僕が障害者運動の「アライ(=ally:仲間)」としてなじみ深かった当事者主権に関する論考だった。

「右派は、今ある『私』から『われわれ』の範囲を所与の『国民』や『民族』に設定し、その範囲のみを擁護する。またいわゆるゲイテッド・コミュニティも当事者主権のレトリックで擁護可能である。」

そんなこと、考えたこともなかった! が、言われてみたら、確かにその通り。直近の参議院選挙では「日本人ファースト」の旋風が一部吹き荒れたが、あれは「今ある『私』から『われわれ』の範囲を所与の『国民』や『民族』に設定し、その範囲のみを擁護する」「当事者主権のレトリック」そのものである。だが、そのレトリックの問題点も、しっかり仁平さんは指摘してくれている。

「自らが被抑圧者であることをアイデンティティ・ポリティックスの賭金としつつも、自らの抑圧性に対しても敏感であり、それを通して他者へと開かれる。」

そう「自らの抑圧性に対しても敏感」であるかどうか、が「当事者主権」が排除型になるか、包接型になるかの分かれ目であり、これが右派と左派の分岐点である、と。そして、優れた論考は、今振り返って読むと、その当時には主題化されていなかった別の議論との接続可能性をも内包している。

「多くの左派にとって、その『当事者主権』論は、その論理だけでは自らを記述しきれず、所与のカテゴリーやアイディンティを組み替えて他者へと跳躍し続ける、という論理の外部こそが重要な賭金となる。」

これは抽象度が高くてわかりにくいが、今ならインターセクショナリティとの接点として捉えることも出来そうだ。(インターセクショナリティについては、以前のブログも参照)

抑圧されていると感じる障害者男性も、実は女性差別という別の差別には加担しているかもしれない。障害のある女性であっても、例えば在日外国人や被差別部落の人には無関心かもしれない。このような、交差する様々な権力関係を前提に、「人種、階級、ジェンダー、セクシャリティ、ネイション、アビリティ、エスニシティ、そして年齢など数々のカテゴリーを、相互に関係し、形成し合っているものとして捉える」のがインターセクショナリティとして近年言語化されてきたが、このインターセクショナリティ概念の論点において、仁平さんの言う「所与のカテゴリーやアイディンティを組み替えて他者へと跳躍し続ける、という論理の外部こそが重要な賭金となる」のである。

そして、この本の主旋律は、ボランティアという言動に常につきまとう「偽善」という呪いとどう歴史的に向き合ってきたのか、である。それを<贈与のパラドックス>と述べている。

「近代的な権力は、善意を装い贈与するふりをして、決定的な負債を与える存在として概念化されてきた。<贈与>は、贈与どころか、相手や社会にとってマイナスの帰結を生み出す、つまり反贈与的なものになるというわけだ。この意味論形式を、本書では<贈与のパラドックス>と呼びたい。<贈与>表象は、<贈与のパラドックス>の意味論に準じた観察を不可避的に生み出す—これは本書の中核的な仮説/仮定である。」(p13)

善意に基づく贈与としてのボランティアが「偽善」と見なされる。その背景には、「善意を装い贈与するふりをして、決定的な負債を与える存在」としての「近代的な権力」がある。それは、「ボランティアこそ私の敵 私はボランティアの犬達を拒否する」と痛烈にボランティアを拒否した、花田えくぼさんの「ボランティア拒否宣言」とつながっている。仁平さんはこの文章を引用した後、「無償の、愛情に満ちた<贈与>行為こそが、『障害者』を障害者役割にとどめ、その可能性を根こそぎ奪っていく」(p34)と付け加える。これが「善意を装い贈与するふりをして、決定的な負債を与える存在」としての「近代的な権力」行使的ボランティアなのである。まさに、一見正しく見えるが矛盾した表象としてのパラドックスそのものであると言える。

本書はボランティアという言葉がどのように用いられてきたか、奉仕という類似概念とどう交錯しているかを丁寧に辿りながら、ボランティアに常につきまとう<贈与のパラドックス>がその時代時代でどのように表象され、あるいはそれと向き合ってきたのか、を歴史社会学として辿っている。そして、第二次世界大戦後、一般市民の戦争への動員論である社会奉仕と線引きするための、「社会の民主化」の二要件として、ボランティアには二つの要件が求められる(p94-96)。

①国家に対する社会の自立:民主化の前提として、国家と社会の不分明地帯に切り込みを入れ、社会を独立した審級として自律させること
②国家による社会権の保障:国が責任を負うべき社会権の保障を、肩代わり・代替・補完しないこと

ボランティアを少しでも囓ったことがある人なら、この二要件の厳格な遵守は難しいとわかると思う。①確かに戦時中の隣組による相互監視は、ボランティアとしてなされていた。だからこそ、そのような権力監視・行使の内面化を防ぐためには、ボランティアは国家から自立することは不可欠だ。とはいえ、そうなると、ボランティアの募集や、ボランティアの運営に国の補助金などを投入することは、そのボランティアの自立性を疎外することになる。しかし実際にボランティアを継続する上で、財政面もボランタリーで継続するのは難しい。そこで、登場するのが中間支援組織としての社会福祉協議会である。本書は実は「ボランティアを通じた社協分析」としても優れている。

②については、「ボランティア拒否宣言」のなかでも、「ボランティアの犬達はアテにならぬものを頼らせる」と書かれていた。ボランティアはするもしないも自発性に任されている。障害者介助だって、ボランティアは、したくなければ、しなくていい。でも、介助を受ける障害者は、してもらわないと生活していけない。その意味で、「国が責任を負うべき社会権の保障を、肩代わり・代替・補完」されると、「アテにならぬものを頼らせる」状態が続き、障害者の生存権が脅かされたまま、国の責任放棄が認められてしまう。だからこそ、障害者運動は介助の公的制度化を求めて「当事者主権」論を主張してきたし、21世紀になってやっと重度訪問介護のような形で、ボランティアの介助は国レベルでの制度化にこぎ着けたのである。その意味で、民主化要件①と②はめちゃくちゃ重要なのである。

で、先に述べかけた、社会福祉協議会の成り立ちを、仁平さんは以下のように整理する。

「社協は『施設や地域社会との間に、より緊密な有機的組織を作るのが第一のねらい』であったが、同時にそれを通して—町内会とは異なり—地域社会を民主化していくことも期待された存在でもあった。この社会福祉協議会の思想基盤は—実は共同募金を支える理論的根拠ともされていたのだが—アメリカで盛んであったコミュニティ・オーガナイゼーション論であった。コミュニティ・オーガナイゼーションとは、その主要な紹介者の一人でもある牧賢一によると、『当該地域社会における各種福祉団体の参加を原則として、それらの団体のもつ専門的指導計画の立案、社会資源の造成と活用、連絡調整、住民の福祉教育、ソーシャルアクションなどの諸機能を総合的に実践すること』と定義される。この時期のコミュニティ概念は、アメリカからのコミュニティ概念を、日本で大正期に定着した<社会>の想像力の中で捕捉していたという側面があるが、そのイメージのもと、『「われら意識」を根底とした福祉の社会的有機体機構を育成すること』だという理解があった。この点から、地域住民は、「われら意識」に貫かれた<社会>=コミュニティに対して主体的・自発的に参加していくということが肯定され、社協はその構造を作り出していくという主要な存在になる。」(p110)

この本を、2011年でなく、2025年に僕は読んで本当に良かった。まず、社協がこういう成り立ちで設立されたのは、僕は不勉強でうっすらとしか知らなかった。にも関わらず、社協の研修とか地域福祉活動計画策定のお手伝いに結構関わってきた。つまり社協実践にこの15年くらいの間に濃厚に関わり、姫路に引っ越して、関西のコミュニティワークの実相に触れる中で、社協に関してモヤモヤしてきたことが、この本を読んでクリアになったからである。

社協は、民主化要件①と②をクリアし、またその当時危機として迫っていた「『過度』の『民主化』=社会主義化」も警戒し、「地域においてアメリカ型民主主義を着床させる役割」(p109)として「上からの民主化」の役割として期待された存在が、その設立経緯にあった。「地域社会を民主化していくことも期待された存在」であった。だからこそ、「アメリカで盛んであったコミュニティ・オーガナイゼーション論」がその思想基盤にあり、「地域住民は、「われら意識」に貫かれた<社会>=コミュニティに対して主体的・自発的に参加していくということが肯定され、社協はその構造を作り出していくという主要な存在になる」未来を目指して、社協がスタートしたのである。

そして、民主化要件①と②とも関わるこの設立の当初目的を、真面目に護っているのが、関西のコミュニティワーカー達だと整理すると、僕の中で非常に合点がいくし、先月の地域福祉学会の大会シンポジウムで死ぬほどモヤモヤしたことも、氷解する。

今、地域福祉の業界では、コミュニティ・ソーシャルワーク(CSW)とコミュニティーワークの両者を巡る言説争いが激しい。前者の方は、NHKのプロフェッショナルにも出た、豊中市社協の勝部麗子さんに代表されるように、支援が必要な個人に寄り添い、その中から地域課題を見つけて解決していくアプローチである。彼女たちの活動は社会的に評価され、国もそのCSWの活動に着目し、重層的支援体制整備事業の中で、「断らない相談支援」「参加支援」「地域づくり」として制度化も果たした。そして、全国社会福祉協議会も、今年に改定した「社会福祉協議会 基本要綱 2025」のなかで、この重層的支援体制整備の担い手の主要なアクターとして活躍出来るように、名乗りを上げている。

ただ、これに対して、主に関西の社会福祉協議会の有志(関西社協コミュニティワーカー協会)が中心になって、反論している。

「社会福祉法の改正以降、特に包括的支援体制の自治体努力義務化により、地域福祉の政策化・施策化が進められました。その中で、社協が制度福祉の委託機関として位置づけられる傾向が強まり、社協の存在意義が「生き残り」の観点で語られるようになっています。事業委託による官民関係の主従化、また、地域福祉計画と地域福祉活動計画の行政主導の一体化が進むことで、社協の自律性・民間性が低下していることも課題です。」(「基本要項改定からこれからの地域福祉を考える研究会」報告書

2017年に姫路に引っ越してきて以来、関西の社協は住民自治や住民主体をすごく大切にしていて、それまで僕が付き合ってきた東の地域の社協とはずいぶん違うなぁ、と漠然と感じていた。それは単に関西が独特なのではなく、「事業委託による官民関係の主従化、また、地域福祉計画と地域福祉活動計画の行政主導の一体化が進むことで、社協の自律性・民間性が低下していること」への危機感である。そして、「地域住民は、「われら意識」に貫かれた<社会>=コミュニティに対して主体的・自発的に参加していくということが肯定され、社協はその構造を作り出していくという主要な存在になる」という社会福祉協議会の成り立ちが変質することへの異議申し立てを、関西のコミュニティワーカー達は行っているのである。そして、それは仁平さんの示した「「社会の民主化」の二要件」とも重なる。

①国家に対する社会の自立:民主化の前提として、国家と社会の不分明地帯に切り込みを入れ、社会を独立した審級として自律させること
②国家による社会権の保障:国が責任を負うべき社会権の保障を、肩代わり・代替・補完しないこと

今回、「社会福祉協議会基本要綱2025」は「国家と社会の不分明地帯」をより大きくするモーメントが働いている。それは、国家に対する社会の自立からの決別であり、「地域福祉の「推進」組織から福祉の「支援」機関化」への変節への危惧である。また、「福祉の「支援」機関化」になるということは、 「国が責任を負うべき社会権の保障を、肩代わり・代替・補完」する可能性の余地を拡げることへの危惧である。そう捉えた時、住民自治や住民の主体的活動を支援してきた関西のコミュニティワーカー達が、今回の基本要綱改正のどこに危惧を抱き、何に反発しているのかを理解する為にも、この仁平さんの優れた大著は補助線になるのである。

あれ、気がついたらボランティア論ではなく社協論を縷々述べてしまっていた。本書はボランティアと政治の関係について、あるいは右派と左派のボランティアがどのように変遷していったかも辿っていて、議論したい内容はいろいろある。なんせ、僕自身も阪神淡路大震災の後のボランティア経験が大きなきっかけになり、卒論は『ボランティアと政治』というタイトルで書いたし、その後入った大学院は、大阪大学大学院人間科学研究科ボランティア人間科学講座、というまさに震災後に出来たボランティアの学際的講座だった。だが、僕は東日本大震災の後の震災現場でボランティアをすることが出来ず、そのモヤモヤも抱えたままだった(その僕自身のボランティアへの挫折やモヤモヤは、『モヤモヤのボランティア学』の中に一章書いております)。そして、自分が所属した講座も、大阪外大の吸収合併に伴う阪大の学部改組の中で消滅してしまう。そういう意味では僕は「ボランティア講座の誕生と終焉」も垣間見てしまうのだが、そんな背景を持っているが故に、本書は他人事として読めず、自分事として読んだし、また読み返したい一冊である。

僕自身の前提を揺らす入門書

ある人を表題に掲げた優れた入門書とは、論じる対象者だけでなく、その対象者が追いかけているテーマについてもよい見通しを付けてくれる。今回、ふと気になってよくわからなずに読んだ一冊は、そんな読後感をもたらしてくれた。バトラーという思想家が『ジェンダー・トラブル』という本を書いているのは、クイズ王的知識で知っていた。でも、バトラーという人がどんな人で、その本は何を書いているのか、さっぱり分からない中で読んだ本は、目が覚めるような鮮やかな記述で一杯だった。

「ラディカル・フェミニズムが『家父長制』という男性優位主義を問題にしたとすれば、レズビアン・フェミニズムはさらに、『家父長制』が社会の基盤的な制度といての『異性愛』と密接に関わっていることを問題にし、批判するものだった。つまり、ラディカル・フェミニズムは男女間の非対称な関係を問題にはしたけど、『異性愛』に関しては自明視していて、『異性愛』を家父長制という制度の根本問題として焦点を当てたのがレズビアン・フェミニズムだったと言える。」(藤高和輝『バトラー入門』ちくま新書、p32)

家父長制や強いパターナリズムという男性優位主義は確かに変だしおかしいと思っていた。でも、自分自身はいまのところ異性愛と自認しているがゆえに、この自らの前提自体を疑うこと、つまりは「『家父長制』が社会の基盤的な制度といての『異性愛』と密接に関わっていることを問題にし、批判する」ことを、してこなかった。そして、それ自体が問題を作りだしている、とロジカルに指摘されると、全くその通りなのである。

「そしてまさに、この『不確実性』—つまり、オスに生まれたら男になるというわけではな必ずもないこと、男だったら女性を性的な対象とするわけでは必ずしもないこと、男っぽかったらベッドで能動的であるというわけでは必ずしもないこと、メスに生まれたら女になるというわけでは必ずしもないこと、女なら男性を性的な対象にするというわけでは必ずしもないこと、女っぽかったらベッドでは受動的であるというわけでは必ずしもないこと、等々—、その肯定こそ、『ジェンダー・トラブル』の核心にあるものだ。あるいは、この『不連続性』の観点からジェンダーを読むこと、それが『ジェンダー・トラブル』の試みなんだ。」(p96-97)

この短い文章で、著者は6回も「ない」を強調している。逆に言えば、異性愛規範が染みついているマジョリティ(例えば僕自身)は、こうやって一々否定されないとわからないほど、当たり前の認識として刷り込まれているのだ。おちんちんがついているのだから男であるのは、当たり前。その男が性的な欲望を持つのは当たり前。女のひとはベッドでは受動的なのは当たり前・・・。こういう「当たり前」の価値前提にくさびをうつ。

ちなみに「不連続性」とは「欲望のスタイル」と「ジェンダーのスタイル」との間の「不連続性(discontinuities)」と筆者は表現しているが、女っぽかったとしてもベッドでは能動的な人がいるし、男でも男性を性的に対象にする人もいる。その意味で、「欲望のスタイル」と「ジェンダーのスタイル」が必ずしも連続している訳ではないというのが、「不連続性」だし、私たちがジェンダーってこういうものと思い込んでいることを不確定にさせ、異性愛規範の常識を困惑させる(トラブルに陥らせる)のが『ジェンダー・トラブル』だと言われると、バトラーの当該本を読んだことがなくても、なるほどと頷く。それはぼくたちのジェンダーの価値前提を激しく揺さぶっているのだと。

「一般に『生来の本質』が『外側』に表出されたものとして考えられがちなジェンダーという『行為』だが、実は、その『行為/パフォーマンス』の反復や積み重ねによって、『内側』にあるとされている『本質(と想定されているもの)』があたかも最初から存在するかのように事後的に作られていく、というのがバトラーの見方だ。」(p74)

これは娘の服を見ていると、わかる。赤ちゃんのころの「おくるみ」はユニセックスというか、男女の見分けがつかない。そして、乳幼児で男の子っぽい服を着せている子は、女の子には見えないときがある。ただ、親はその子のジェンダーに合わせた服を買おうとする。我が家のパートナーは、そこを意識して、ピンクなど女の子っぽい色味の服を買い与えようとしてきた。僕が青色の靴などを買おうとすると、「それはダメ!」と即答していた。これは、「『生来の本質』が『外側』に表出されたもの」ではなくて、女の子なんだからかわいい服じゃないと、という異性愛規範の親がピンクの色の服を買って子どもに着せるという「『行為/パフォーマンス』の反復や積み重ね」があって、娘の「『内側』にあるとされている『本質(と想定されているもの)』があたかも最初から存在するかのように事後的に作られていく」プロセスを、親の僕自身が見てきたので、めっちゃわかる。

そして、バトラーはこのことを「ジェンダー・パフォーマティヴ・モデル」と命名した。なるほど、パフォーマンス(行為)によってジェンダーが事後的に作られていくんだね。確かに。

「今風に、そして皮肉を込めて、言い換えるなら、『あいつは女じゃない』とジャッジするあれらの連中、『女の子らしくしなさい』と余計なお節介を働く人たちは語の厳密な意味で社会構築主義者なのである。つまり、彼/女らは(自覚はないだろうけどさ)、『ジェンダーが生まれつき決定されるものではなく社会的に構築されるものであるという事実』を私たちに実は教えてくれていることになるんだ(どうもありがとう!・・・なんてね)。」(p109)

ルビンの壺の例も出てくるが、これぞ文字通り図と地の反転のような鮮やかな整理である。『あいつは女じゃない』『女の子らしくしなさい』と何の疑問もなく・考えることなく口から出てしまう人って、「これこそが女だ」「女らしさはこうだ」というのには何の疑いも持っていない、という意味で、本質主義者のように社会的に評価されてきただろうし、本人もそこを一ミリも疑っていない。でも、その言説はまさに先に取り上げた、ジェンダー・パフォーマティヴ・モデルそのものなのである。女らしい仕草を躾ける、強制することによって、女らしい行為がその人に身につき、その人は初めて女として認定される。これは、社会の中で女として構築されていく、という語の厳密な意味で、社会構築主義者なのである。本質主義者と自分でも思い込んでいる人が、社会構築主義者だったとは!

「彼/女らは(自覚はないだろうけどさ)、『ジェンダーが生まれつき決定されるものではなく社会的に構築されるものであるという事実』を私たちに実は教えてくれていることになるんだ(どうもありがとう!・・・なんてね)。」

なんと痛快で、今風で、皮肉を込めた、かつ論理的でぐうの音も出ないステートメントだろう。そして、藤高さんは「はい、論破」と切り捨てるような決めぜりふの場面でこそ、「自覚はないだろうけどさ」とか「どうもありがとう!・・・なんてね」という「柔らかい言葉」を意図的に差し挟む。ジェンダーに関係なく、ロジカルな文章は言い切りで強い言葉(敢えてそれを男性的な・家父長的な言葉、と使ってみたくなる)で運用するのが「当たり前」とされている学術界を熟知しながら、決めぜりふで「どやさ!」とぐうの音も出ないほど見得を切る場面で、きちんと「自覚はないだろうけどさ」という言葉を差し挟み、アカデミックな文章とはこういうものだと思い込んでいる人の常識を揺らす(トラブルさせる)。このあたりも、さすが!である。

この藤高さんの下敷きがあるからこそ、バトラーの『ジェンダー・トラブル』の序章の言葉が響いてくる(引用は藤高さんの本から)。

「『可能性を開くこと』がいったい何の役に立つというのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、社会的世界のなかで『不可能な』もの、意味不明なもの、実現不可能なもの、非現実的なもの、おかしなものとみなされながら生きるということがどんなことであるか理解している人の中にはそのような疑問を投げかける人はいないにちがいない。」(p168)

この記述を読んで、この社会において「狂った人」とラベルが貼られた人が置かれている状況と構造的同一性がある、と繋がってきた。

幻覚や妄想、幻聴がある状態の人をさして、そうではない人は、あの人はオカシイとラベルを貼る。すると、ラベルを貼られる側は、「意味不明なもの、実現不可能なもの、非現実的なもの、おかしなものとみなされながら生きる」ことを強いられる。これはその人の内在的論理や唯一無二性を毀損されることでもある。一般の人に聞こえない声が聞こえたり、感じ方が違っても、それは間違っている訳でもオカシイ訳でもない。その人なりの内的真実(=アクチュアリティ)がありありとある。それを「不可能」だと閉ざすことは、マジョリティの横暴である。(このことについては昔、「「合理性のレンズ」からの自由 : 「ゴミ屋敷」を巡る「悪循環」からの脱出に向けて」という論文を書いたことがある。) 

だからこそ、クィア理論はmad studiesとある種の価値前提を共有しているのだな、とやっと繋がってきた。

「クイア(queer)というのはもともとは『変な』とか『奇妙な』とかを意味する形容詞なんだけど、そこから派生して、セクシュアル・マイノリティに対する侮蔑語として用いられるようになった言葉だ。日本語に直訳すれば『おかま』とか『変態』と訳すことができる。他者をいじめたり、傷つけたり、侮辱するために用いられるから、基本的には他称として用いられる言葉だ。ということは、『クィア・セオリー』とか『クィア・スタディーズ』というのは直訳すれば、『変態理論』とか『おかま研究』になるだろうか。なかなかインパクトのある“きつい”言葉だということがわかると思う。」(p219)

この文章を書き写しながら、藤高さんは実に知的に誠実で、相手にわかってほしいという思いに溢れていると感じた。「これくらいわかって当然だろ!」と自分の価値前提を相手に押しつけることなく、相手のわからないところに関して、相手がわかるレベル・理解できる価値前提まで立ち戻って、丁寧にひもとく。「変な理論」であれば、その言葉の意味性がわからない。でも、『変態理論』とか『おかま研究』とまでハッキリ表現してくれることで、そう自称することは、「なかなかインパクトのある“きつい”言葉だということがわかる」のだ。この知的誠実さによって、ぼくはクィア理論の名称の背景が、やっと少しずつ、わかりはじめた。そして、精神病院を廃絶した医師フランコ・バザーリアの言葉に行き当たる。以前書いたブログを引用しておく。

『精神疾患が存在しないなんて、私は言ったことはない。精神疾患という概念を私は批判するが、狂気を否定しはしない。狂気は人間的な状況だからである。問題は、この狂気にどのようにして向き合うかということである。この人間的な現象を前にして、われわれ精神科医はどんな態度をとり、そしてこの[狂気の]必要性にどう応えることができるだろうか。』

バザーリアが言った「狂気」を「クィア」と言い換えてみたくなる。

「精神疾患という概念を私は批判するが、クィアを否定しはしない。クィアは人間的な状況だからである。問題は、このクィアにどのようにして向き合うかということである。この人間的な現象を前にして、われわれ精神科医はどんな態度をとり、そしてこの[クィアの]必要性にどう応えることができるだろうか。」

実は半世紀以上前までは、同性愛を異常性愛とか倒錯などのラベルを貼り、精神疾患と同定し、治療の対象としてきた。実際には治療は出来ないので、隔離収容の対象になってしまっていた。その意味では、政治犯を精神疾患とラベルをはるのと同じような、「政治的倒錯」を精神科医は同性愛者に対してしてきた。その背景には、家父長制の前提である異性愛を所与の現実として受け入れて、同性愛者を抑圧してきた歴史に、精神医療も加担してきた。その意味で、精神疾患という概念は厳しく批判されなければならないが、クィアは人間的な一つの状況として肯定されるべきだ。バザーリアの狂気の肯定の論理は、同じように『変な』とか『奇妙な』とされてきたクィアにも当てはまる。

その意味で、普段無意識・無自覚に使ってしまう「私たち」という表現そのものをも、藤高さんは問う。

「『家父長制』が“すべての女たち”に対する差別や暴力を説明する概念として振りかざされてしまうと、例えば『白人女性』と『黒人女性』『第三世界女性』・・・、それらの『女たち』の経験はみな『家父長制によって性差別を受けている女性』として一様に同じものとして扱われてしまうことになる。その結果、それらの『女たち』のあいだにある際は無視され、それどころか、西洋フェミニズムの下に『植民地化』されてしまう。」(p107)

家父長制を糾弾するために“すべての女たち”と使うことによって、異性愛のフェミニストはレズビアン・フェミニストの異性愛原則を押しつけられ、異性愛フェミニズムに「植民地化」されていた。そのことへの強烈な異議申し立てはこのブログの冒頭でも述べた通りである。同じように、「白人で中・上流階級で健常者の女性」のフェミニズムが是とされると、別の経験をしている「黒人の」「下層階級の」「障害のある」女性の差異のある経験が無視され、「植民地化」されてしまう。このような一元的な植民地化に抗うために、「交差する権力関係が、様々な社会にまたがる社会的関係や個人の日常的経験にどのように影響を及ぼすのかについて検討する概念」としてのインターセクショナリティ概念が出てきた(このことについてはブログでも検討しています)。

藤高さんもこのインターセクショナリティが産まれてきた背景についても言及している。

現実に存在しているのに『いないことにされる』ことになってしまうという差し迫った状況があったんだ。まさにそのような『抹消』に抗して生まれのが『インターセクショナリティ』なのである。」(p181)

これも以前ブログに書いたが、米津知子さんという女性障害者運動家が「モナ・リザ」にスプレーした事件を思い出してみても、米津さんは障害があり女性であるという二重の抑圧経験を持ち、「現実に存在しているのに『いないことにされる』ことになってしまう」というリアリティに対して、まさに「抹消」に抗してああいう行動を取ったのではないか、という妄想すら浮かぶ。

長々と書いたが、最後に藤高さんの知的誠実さが現れている場所をもう一カ所だけ引用しておきたい。それは『ジェンダー・トラブル』の日本語訳者である竹村和子さんへの言及箇所である。藤高さんは、原著を読んだ上で、竹村さんの翻訳とは違う解釈をいくつか提示している。その上で、以下のように言明している。

「読者のなかには私が竹村さんの訳に“いちゃもん”や“難癖”をつけているように思う人もいるかもしれない。でも、私は竹村さんの翻訳を介してバトラーに出会ったし、竹村さん自身の著作や論文に多大な影響を受けた人たちのひとりだ。もし竹村さんがいなければ、研究者としての私の存在は影も形もなかったにちがいない。だから、私が竹村さんの訳に“いちゃもん”や“難癖”をつけているにしても、それは私の竹村さんへの愛の表明、彼女に対する私なりの恩返しと考えて欲しい。」(p121)

この本を通じて、藤高さんはものすごく聡明でロジックもクリアだ、と受け取った。だが、自分の情報処理能力やCPUの高さを「はい、論破!」という形で相手を毀損するために用いていない。「私が竹村さんの訳に“いちゃもん”や“難癖”をつけているにしても、それは私の竹村さんへの愛の表明、彼女に対する私なりの恩返しと考えて欲しい」という言明は、自らの「すごさ」を賢しらに主張するのではなく、竹村さんの翻訳があったからこそ自分がいま・ここにいるのです、という先達への敬意溢れた表現である。そしてまさにそれこそ、アカデミズムの「正統派」なのである。

「『引用とは』、とサラ・アーメッドは語っている。『アカデミックなレンガであり、わたしたちはそれを使って家を建てる』。たとえば、『哲学』は明白に、白人の、異性愛者の、シスジェンダーの、健常者の男性たちからの引用=レンガから成る建造物である。その建造物はある人たちにとっては居心地のよい住処であり、ある人たちにとっては居心地の悪い場所であり、目の前に高く聳え立つ堅牢な壁である。引用—誰を、何を、どのように引用するのか—は決して事実中立的な行為ではない。それは政治的な行為なのだ。」(p257)

先行研究を引用する事は、一見すると価値中立であり事実中立的な行為に思える。でも、「『家父長制』が社会の基盤的な制度といての『異性愛』と密接に関わっていることを問題にし、批判する」論者の先行研究を引用しなければ、気づいたら異性愛規範を前提としている可能性がある。狂気を否定し精神疾患のみを肯定する言説を引用するうちに、生物学的精神医学の狭隘な枠組みから出られなくなってしまう(この問題点も、他のブログに書いてみた)。

つまり、藤高さんやバトラーは、「政治的な行為」として意識的・自覚的に引用している。だからこそ、本書の冒頭でファックやブッチやフェムなどの、学術書ではあまり見ない表現を引用して議論して、最初面食らったが、読み終えてみれば、そこに面食らう僕自身が「ジェンダー・トラブル」に面食らうという意味で、大切な通過儀礼への誘ってくれたのだ。この力量、しかもこの軽やかな文体で、本質を射貫く文体は、ほんまにすごいと思った。藤高さんの他の著作だけでなく、おずおずとバトラーの『ジェンダー・トラブル』も注文してみることにした。読めるかはわからないけれど。

二項対立的な枠組みをずらす

オンライン研究会で何年もご一緒している増渕あさ子さんの『軍事化される福祉(ウェルフェア) 米軍統治下沖縄をめぐる「救済」の系譜』(インパクト出版会)をやっと読み終えた。

軍事(warfare)は一見すると福祉(welfare)と相反するように思える。だが、米軍統治下だけでなく、そもそも戦前から地続き的に、沖縄では「救済」的な視点の中に「植民地支配」の暴力が内包されていた、ある種の同時並行であり時として共犯関係にあった歴史を丹念に辿っていく。一章では「アメリカ人宣教師」、二章では「公衆衛生看護婦」、三章では「ハワイ沖縄移民」、四章では「土地闘争の主体者」である。誰が救済の主体か、によって、その内実が大きく変化している。

一章「『神に見捨てられた島』で」では、「聖書とともに生きる村」というキリスト教的物語(ミショナリー・フィクション)の構造的問題が描かれている。

「聖書に象徴されるキリスト教信仰が『敵』と『味方』を峻別する文化的指標として機能している。誰が生きて、保護される価値があり、誰が『戦争の惨禍』の中に放置され、死ぬ運命にあるかを裁断する境界線として機能するのである。キリスト教は、米国社会において他者に関する公的言説を形成してきただけでなく、実際に冷戦政策構想の上で重要な役割を果たした。」(p45)

増渕さんはフーコーの生政治の概念を本書の下敷きに用いているのだが、これはまさに「誰が生きて、保護される価値があり、誰が『戦争の惨禍』の中に放置され、死ぬ運命にあるかを裁断する境界線」を当事者以外の誰か=権力側が保持している状況を指す。一般にキリスト教ではその裁断主体者は「神=キリスト」なのだが、植民地においては宣教師や軍隊が、その神の代理人として、神の論理に従順な人を「味方」とし、その論理に従わない・脅威となる人を「敵」と見なす。沖縄においては「ユタ」が最大の「敵」であった。戦後沖縄にキリスト教が他の植民地ほど根付かなかったのは、沖縄戦で生まれた膨大な「不幸な死をとげた者の魂(マブイ)」を鎮魂するためには、宣教師ではなく、ユタの需要が急増していったからである(p61)。植民地的な救済には相容れない鎮魂が、沖縄では求められていた。

第二章では、医療者が極端に不足していた戦後沖縄で養成された公衆衛生看護婦(公看)を主題化する。その際、注意しなければならない視点を増渕さんは指摘する。

「戦後沖縄の歴史学では、植民地主義に関する他の分野と同様、沖縄の人びとと米軍の関係を記述する際、しばしば『抵抗/協力』という二項対立図式が用いられてきた。鳥山は、このような枠組み自体が、沖縄社会の分断を再生産し、悪化させてきたと批判し、こうした分析枠組みから慎重に距離を置いている。そして、軍事主義の論理がいかに沖縄の現実を形成しており、人びとが米軍に協力せざるをえない状況を生み出しているかに焦点をあてている。」(p86-87)

先に「「聖書に象徴されるキリスト教信仰が『敵』と『味方』を峻別する文化的指標として機能している」と引用したが、「『抵抗/協力』という二項対立図式」も、まさにキリスト教的な植民者の論理である。だが、実際には「人びとが米軍に協力せざるをえない状況」という抵抗と協力の「あいだ」の状態があり、その中で人びとは協力しつつもその枠内に収まらないという形で抗ってきたのである。その「あいだ」の存在として公看を描こうとしている。

「公看は、占領下沖縄社会が抱えていた矛盾をより鮮明な形で体現し、またそれを間近で観察していた。彼女たちは、慢性的な医師・医療施設不足に悩まされていた米軍統治下沖縄社会で、地域医療の重要な担い手となった。米軍からは主として、基地周辺のいわゆる『キャンプタウン』における性病管理の担い手となることを期待されたが、実際の彼女たちの任務は生活改善、母子保健指導、衛生教育、結核予防、限定的な治療に至るまで多岐にわたるものであった。生活福祉に関わるあらゆる住民が必要とするもの/要求(ニード)を見つけ出し、自分たちの任務(ケース)として引き受けていった。」(p87)

自分たちは戦後沖縄の地域医療を支えたいと、アメリカ式の教育を受けて、公看になった。そのプライドを持って、「生活福祉に関わるあらゆる住民が必要とするもの/要求(ニード)を見つけ出し、自分たちの任務(ケース)として引き受けていった」。医師不足で日本の法律が適用されないという例外状況の中で、離島や郡部においては、この自由裁量に基づいた、創発的な仕事を展開できた側面「も」公看にはあった。でも、その一方、米軍が公看にミッションとして求めたのは、「『キャンプタウン』における性病管理の担い手となること」であった。この二重性は、公看内部でも矛盾や葛藤を生み出す。

「沖縄における性病対策は、占領者と被占領者の間だけではなく、沖縄女性たちの間にも境界線を引き、それを強化していたことがうかがえる。そこで公看は、職業行為を通して家父長制的異性愛規範を反復し再生産することによって、『敗戦の女達』との間に境界線を引いていた。」(p110)

「敗戦の女達」も公看同様、戦争の犠牲者である。だが、一方は植民地政府の庇護下の中で公看という性病管理の「専門職」として、他方は生活の糧としてキャンプタウンで自らの身体を売らざるを得ない売春婦として、境界線が引かれていく。それは、公看の内面であった差別意識、だけではなく、「職業行為を通して家父長制的異性愛規範を反復し再生産する」ことであり、その家父長制的異性愛規範は、まさにキリスト教的な前提に基づく支配者の米軍が求めたものでもあった。これも『抵抗/協力』という二項対立図式では描けない世界である。

第三章では、主にハワイに戦前に移住した沖縄人が、戦後の沖縄を救済しようと同胞として救済しようとしたプロセスが描かれている。ただ、ここにも、「軍事化された潮流」があったと増渕さんは述べている。

「『命を生かす』ことを本来の目的にしていた生政治的なプロジェクトは、実のところ、冷戦期アジア太平洋を横断するように拡大した軍事化・軍事介入による、いわゆる『殺す権力』の回路と緊密に連携しながら実施されていたのである。」(p149)

「命を生かす」ことと「殺す権力」の回路との緊密な連携とはどういうことか。増渕さんは「救済運動が帯びていた両義的な性格」として整理する。

「郷土の救済と解放を望めば望むほど、少なくとも公的には被占領民の救済と民主化を掲げていた米軍の沖縄統治計画と限りなく接近してしまう。」(p179)

アメリカに移住した沖縄人にとって「郷土の救済と解放」は、同じ郷土の同胞たちの「命を生かす」プロジェクトだった。だが、その救済と解放という理念そのものが、「公的には被占領民の救済と民主化を掲げていた米軍の沖縄統治計画」と通底している。その意味では、「拡大した軍事化・軍事介入による、いわゆる『殺す権力』の回路」と、繋がってしまうし、その影響力の範囲の中に組み込まれてしまう。占領者の論理や磁場に強く引きつけられてしまうのである。

第二次世界大戦中、敵国民と見なされたドイツ系や日系アメリカ人が、「モデル・マイノリティ」の兵隊として志願し前線で戦っていた。それと同じように、日系移民も「米国への忠誠を示す日系人」という「モデル・マイノリティ」(p169)として振る舞うことが期待されていた。その期待の内面化は、実は公看に求められた期待と同一地平上であった。これはまさに「救済と解放」が持つ米軍統治への協力の論理と同じである。その一端を担ってきた湧川清栄は、この矛盾について以下のように語っていた。

「琉球大学は急速に延びて大変立派な大学になりました。この大学はあくまで封建主義、天皇崇拝、軍国主義の温床である文科省によってあやつられている、いわゆる御用大学であります。(略)琉球大学の益々の発展を私は希望しますが、ただ植民地大学には転落しないでください。」(p203)

彼は戦後初期のハワイで沖縄の救済と再建のために大学設立に奔走した。だが、占領政府主導で出来た琉球大学は「植民地大学」であり、沖縄返還後に文科省に引き継がれた後も、「封建主義、天皇崇拝、軍国主義の温床である文科省によってあやつられている、いわゆる御用大学」である。この叫びは、「命を生かす」ことと「殺す権力」の回路との緊密な連携への苦痛の表明でもあるといえそうだ。

そして第四章では、「救済と解放」に抗う土地闘争を「『命』を乞う」という形で主題化している。自分たちが先祖代々受け継いできた土地を、強制的に「私有財産」として米軍による「買い上げ」の対象となった際、命がけで拒否する伊江島の住民が取ったのは、「乞食」だった。

「乞食することを、法に触れる恥ずべき行為としながら、それ以上に、武力でもって土地を取り上げ『乞食させる』ことこそが恥であると、米軍の暴力を糾弾している。土地から追い出され、生活基盤を奪われた人びとにとって、『法に触れる』乞食こそが、生きのびるための戦略となった。逆説的にいえば、『乞食する』という行為の、その無法性(lawlessness)ゆえに、米軍が行使し続けている主権権力に抗い、異議申し立てをする発話行為となりえた。すなわち、米軍によって強制された補償を受け入れて、『救済の法』の対象になるかわりに、自ら『乞食する』ことを選びとることで、強いられた『チョウダイ』という行為を、生への意思を表明する政治的・主体的行為へと転倒させたのである。」(p240)

先の公看やハワイに移住した沖縄人たちは、モデル・マイノリティとして、『救済の法』に協力し、その枠組みに従いつつも、植民地主義に抗おうとすき間を探していた。その一方、強制的・暴力的に土地接種をされていた伊江島の住民達は、「乞食」という形で触法行為をしながら、「武力でもって土地を取り上げ『乞食させる』」米軍の暴力を浮き彫りにさせる。法に触れる行為をさせるのは、法制定をして統治する米側にある。そこから、「『乞食する』という行為の、その無法性(lawlessness)」が浮き彫りになってくる。その無法性を際立たせるための「米軍が行使し続けている主権権力に抗い、異議申し立てをする発話行為」=パフォーマンスとしての「乞食」だというのだ。そして、この「生への意思を表明する政治的・主体的行為」は、終章におけるキャンプタウンの「コザ騒動」にもつながっていく。

僕は個人的に沖縄が好きで、プライベートで沖縄に毎年のように通い、昨年あたりから、沖縄の地域福祉や障害者福祉の人びとと仕事で交流をするようになってきた。その中で、沖縄に関する論考もぼちぼち読み進めてきた。沖縄こども調査などで、「いまだ2~3割の世帯が困窮世帯で深刻な状況にあるといえる」と指摘されていることも、眺めてきた。

その沖縄の貧困や困窮、生活支援の困難性の福祉課題のルーツとして、「軍事化された福祉」があり、『抵抗/協力』という二項対立図式がもたらした分断の歴史がある。このこんがらがった糸をほぐして理解するためには、沖縄の福祉の辿った道のりを歴史的に分析する増渕さんのような視点が必要不可欠だ。そして、この本では日本への返還以前の沖縄の歴史が整理されているが、その地続きとして、そこから半世紀の日本政府のアプローチの仕方を眺めていく必要があるのだと思う。

そういう意味で、沖縄の福祉を考えるのは、トランスパシフィックな視点に立った文脈と、日本政府の残余的福祉のあり方の交差性を捉える必要がある。

「戦後沖縄に関する学術研究はこれまで、協力と抵抗、支配と被支配の二元論に回収されてしまうか、あるいはそのいずれかの立ち位置に重心を置く傾向にあった。このような枠組みは、ある人びとがなぜ『基地との共存』のように見える道を『選択』したのか、そもそもなぜ『基地による経済発展』か『抵抗』か、いずれかを選択するように仕向けられているのか、といった問いの立て方を阻んでいく。
本書は、福祉と軍事主義の連携を分析するとともに、こうした状況でも、住民をケアし、命を守ろうとした人びとの日常的な抗い—『生への意思』—に焦点をあてたが、こうした視座が、これまでの二項対立的な枠組みをずらすことに少しでも寄与できればと願っている。」(p289)

そう、二項対立のほうがわかりやすいが、そのわかりやすさでは見えなくなっていることや、二項対立の図式を選択させるように仕向けた統治権力への問いを覆い隠していることを、本書では実感することができた。それと共に、日本人宣教師も、公看も、ハワイやアメリカでの沖縄人も、「乞食」闘争の人びとも、「二項対立的な枠組みをずらす」営みを続けている。そして、それは現在の沖縄の地域福祉や障害者福祉の現場でも、その潮流は続いているのではないか。そんな妄想を抱くこともできる。今度出張した時には、そういう議論もしてみたいと思った。

増渕さんの本は、本当に豊かな問いを生み出してくれるし、考えるきっかけを与えてくれる魅力的な一冊だった。

追記:ちなみにいきなり学術書を読むのはハードルが高いと思う人は、増渕さんのインタビューポッドキャストおすすめ。「第91回 増渕あさ子さんインタビュー『軍事化される福祉(ウェルフェア)〜米軍統治下沖縄をめぐる「救済」の系譜』」