実存に突き刺さる闘病記を一気読みした。弁護士の青木志帆さんと新聞記者の谷田朋美さんによる『あしたの朝、頭痛がありませんように』(現代書館)である。青木さんは汎下垂体機能低下症という難病、谷田さんは原因不明の呼吸困難や痛みを持ち診断名も治療法も確定しない。二人とも「他者からするとわかりにくいしんどさや生きづらさ」を抱えて生きている。だから、「理解」についてもずっと考えてきたと青木さんは言う。
「私の、私たち難病者の『私の病気を理解して』という願いの中に込められていたのは、『私を排除しないで』という想いなのでしょう。
『早退したい』という私に、フッと笑った後、はりついた笑顔で『また?』と言われるくらいなら、何度でも聞いてくれたほうが、『早退したい』と言いやすかっただろうなぁ。
『聞く』っていうことは、関係性を続けようとする意思を感じます。
完璧に理解してほしいのではなく、関心を持って、そばに居続けてほしい。
『私の病気を理解して』というより、『病気の私のそばにいて』のほうが正確でしょうか。
それが、ただ患うことを許容するということにもつながる気がしています。」(p77)
難病ゆえに子どもの頃からしょっちゅう頭痛で早退していた青木さん。その青木さんのしんどさを理解出来ない、受け止めきれない先生ほど「フッと笑った後、はりついた笑顔で『また?』と言われる」。これを青木さんは「私を排除しないで」という感覚として受け止めていた。本人でも受け止めきれない難しい状況を、他人が理解するのには限界があることはわかる。でも、「関心を持って、そばに居続けてほしい」し、「関係性を続けようとする意思」を持ち続けてほしい。それが、『病気の私のそばにいて』というメッセージにもつながるようにも、思う。
とはいえ、「病気の私のそばにいて」というのも、下手をすると本人にとって傷つく結果にもなり得る。
慢性疾患を患い、何週間も寝込む谷田さんは、一人暮らしをするようになってから、「何かできることはある?」と手を差し伸べてくれた、偶然知り合った気の優しい男性に、身体介助までお願いすることになる。すると、気がつけばベッドの隣で寝ている関係になるが、好きでもない相手なので、体力が戻ってくるとお別れすることになり、「あばずれ女」とラベルが貼られるようになった、という。そのことを、以下のように振り返る。
「弱さにつけ込まれた、と主張したいのではありません。ただ、なぜそのような『あばずれ女』が生まれたのか、ということに目を向けてもらいたいのです。自分にとって最も深刻な痛みが社会に認識されない、でも、ままならない病とひとりで向き合う事は難しい。そんななか、優しさや思いやりをくれる人には、相応のものをお返ししないといけない、と思っていました。それを礼儀だとすら思ってしまったことが、病気になった私を最も苦しめてきました。人の優しさを利用した自分を責めることで、傷ついた自尊心をぎりぎりで保ってきたのです。」(p34)
「自分にとって最も深刻な痛みが社会に認識されない」という実存上の最大の課題と常に向き合ってきた。だからこそ、滅多に現れない「優しさや思いやりをくれる人」と出会った時、「相応のものをお返ししないといけない」「それを礼儀だとすら思ってしまった」。それが、好きでもない男子がベッドの横に寝ている、という実態になる。そして、遠巻きに見ている人にはそれが「あばずれ女」と映るのである。ケアしてもらったんだから、性的関係まで差し出さねば返礼にならない。これは、確かに交換関係ではあるが、魂を毀損する交換関係である。でも、そうしないと生き延びれなかった時期があるし、その時谷田さんに出来たことは、「人の優しさを利用した自分を責めることで、傷ついた自尊心をぎりぎりで保ってきた」。身体が痛むのに、心まで痛めてきたのだ。
この生と性に関して、青木さんは、仕事で旧優生保護法の不妊治療に関する被害救済の訴訟に関わった。その際、東京高裁の判決に際した「所感」を見た際、思わず泣いたという。そこには以下のような文章があった。
「原告の男性は、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制され、憲法が保障する平等権、幸福になる権利を侵害され、子どもをもうけることができない体にされました。しかし、決して人としての価値が低くなったものでも、幸福になる権利を失ったわけでもありません。」
なぜこの文章に青木さんは泣いたのか。
「原告達の中には、障害を理由に差別され、強制的に不妊手術をされたうえに、『子どもを産めない』という事情でも差別され、結婚に至る前に破談になったり離婚されたりしている方もいます。どないせぇ、っちゅうねん、という話ですね。強制不妊手術が言語道断であることはいうまでもありませんが、もし、この所感が指摘するとおり、『子どもをもうけることができない人も、個人として尊重され、他の人と平等に、幸せになる権利を有する』ということが共有された社会であったなら、原告らの不妊手術後の苦しみは、もう少しマシなものになっていたのではないかと思うのです。」(p144)
これはしんどい不妊治療を経て、不妊治療をやめた青木さんの琴線に触れる発言だった。強制不妊手術が人権侵害なのは、論を待たない。ただ、「子どもを産み、育て、幸せになる権利を一方的に奪った」という論の立て方は、「子どもを産まなかったら、幸せではない」という論理的帰結を導きかねない。そこに3%のモヤモヤを青木さんは感じていたという。だからこそ、『子どもをもうけることができない人も、個人として尊重され、他の人と平等に、幸せになる権利を有する』という所感は、不妊治療を辞めた青木さんにも刺さる言葉だったのである。
その上で、病と障害の関係について、青木さんはモヤモヤしている。
「合理的配慮が提供されるべき『障害者』とは、法律的には、心身の機能の障害と社会的な障壁により、継続的に日常生活などに相当な制限を受ける人なのだ。なので、慢性疾患やがん等の『病気』で毎日しんどい人も、『障害者』に含めて考え得る。
でも、『病苦』とは、社会的障壁、つまり、社会のありようがマズいあら生じているわけではない。社会的障壁のためにしんどいわけではないので、合理的配慮の提供のしようがない。『病苦』そのもので私たちを苦しめる。『病苦』は、合理的配慮の提供によってなんとかなる課題の対象外なのだ。」(p164-165)
これを読んでいて、こないだ書いたブログのdiseaseとillnessの関係性を思い出していた。
illnessとは「体験としての障害」とも訳され、「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」とも規定されている。谷田さんがケアしてもらう相手に「反対給付」せねばならぬと自尊心を傷つけたことも、青木さんが『私を排除しないで』と願うのも、実存のレベルでの、主観的な体験としてのしんどさでありillnessである。だが、一方、頭痛や吐き気、めまいや倦怠感は、社会問題化しても、なんともならない。個人の身体現象として個人に襲う苦痛である。それは疾患(disease)であり、その疾患には医療的ケアが必要不可欠なのである。つまり、青木さんも谷田さんも、完治しない慢性疾患(disease)を抱えていて、それで生活する中での社会的障壁としての実存レベルの障害(illness)を同時に持っている。後者には合理的配慮が必要だが、前者には医療的ケアが不可欠なのだといえそうだ。
このdiseaseとillnessに関して、本書終盤の村上靖彦さんとの鼎談の中で、谷田さんはこんな風にも語っている。
「診断名が認知されないことの前に、『内側から感じるからだ』がなかったことにされることが最もつらい経験だと感じてきたんです。村上さんのおっしゃる『客観性の落とし穴』といいますが、まずその人自身が感じる『からだ』があるはずなのに、客観性の名のもとにすべてが数値で切り落とされて、本人の痛みや感覚がなかったことにされていく、ということです。診断とは、本来『内側から感じるからだ』に対して、後からくるもののはずなんだけど、医療の現場では一方的にそちらだけが事実だとされることが多くて、『内側から感じているからだ』がそれより下のものだとみなされていると感じてきました。」(p207)
診断名がつく、というのは、疾患(disease)が確定する、ということである。そして、谷田さんは診断名が認知されず、疾患(disease)が不確定なまま、だったことよりも、「『内側から感じるからだ』がなかったことにされることが最もつらい経験だと感じてきた」という。「客観性の名のもとにすべてが数値で切り落とされて、本人の痛みや感覚がなかったことにされていく」ことは、『内側から感じるからだ』の否定である。これは、「体験としての障害」としてのillnessの否定であり、disease>illnessという序列化である。診断場面で遭遇するその序列化にも、谷田さんは苦しんできたと語る。
そして、もう一点、引用しておきたい部分がある。
「難病者は、どこへ行っても、何をやっても、だいたい半人前扱いされます。『無理をしなくていいよ』は、その象徴なのです。もう無理をしなくてもいいと安堵すると同時に、『また半人前のことしかできなかった』とへこむのです。
それだけに、発揮した能力をフェアに評価してほしいという欲求はことのほか強いんじゃないかと思います。だからこそ、『将棋まで「弱い人間」扱いされたら、もうボクはどこで生きていったらいいんですか!?』と叫ぶ二階堂に、私たちは悶絶しながら共感するのです。」(p96-97)
青木さんが引用する、『将棋まで「弱い人間」扱いされたら、もうボクはどこで生きていったらいいんですか!?』と叫ぶ二階堂、というのは、『3月のライオン』というマンガで、体調を崩して家で伏せっている二階堂に、先輩騎士がお見舞いに来た際、先輩が手加減した際に放った台詞である。
この発言になぜ青木さんは「悶絶しながら共感」するのか。それは、難病者として『無理をしなくていいよ』と配慮されることを通じて、『また半人前のことしかできなかった』とへこむからである。出来ない事があるから、配慮される。でも、調子が良いときには出来たのに、と思うと、「半人前」の能力しか発揮できなかったとへこむ。これはまさに、diseaseの苦しみに悶絶しながらも、実存レベルでの障害としてのillnessゆえに引き裂かれた状態とも、読み取ることが出来る。
最後に、この本を読んでいて受け取った「希望」の箇所を引用しておきたい。
「終末期の現場では『どう生きて、どう死んでいくのか』という『人生の物語』を聞くことがとても大切であるとわかる。たとえ治療できることがなくなったとしても、そこには身体的、心理的に苦痛の少ない看取りの場を整えて欲しいという切実なニーズがある。EBMとNBMは分かちがたいものとして、両輪で治療方針を組み立てることが不可欠なのだ。」(p178)
終末期医療を取材した谷田さんは、ここに自分の経験を重ねる。EBMとはEvidence Based Medicineの略で、エビデンスやデータを重視し、標準化された治療のことを意味する。先ほどの例で言えば、disease(疾患)にはEBMが適切である。だが、それぞれの人がその疾患にどう向き合っていくのか、については千差万別のニーズがある。それを患者の語り(Narrative)を通じて理解し、その『人生の物語』を聞くなかで治療方針を立てるのが、NBMである。そして、終末期の現場では、「EBMとNBMは分かちがたいものとして、両輪で治療方針を組み立てることが不可欠」だと語る。
だが、これは終末期を「完治しない・治療方針が不明確な慢性疾患」と置き換えても同じではないかと思う。治療の手当が十分に出来なくても、必要なケアを届けて欲しいというニーズがある。そして、谷田さんは「朋美が働くことを応援したい」と「寿退社」した「とりやん」という素敵なパートナーと巡り会い、家事や痛みの緩和ケアを担ってくれているからこそ、生き続けられている。もちろん、海外赴任の可能性もあった「とりやん」に退社を選ばせることに罪悪感を感じていたが、「もともとケアの仕事に関心があったけど、『お金にあらないぞ』といわれて一歩踏み出せた」と「とりやん」に言われる。そういうケアしケアされる関係性を、二人で築いていかれたのだ。
また、青木さんはこんな風にも書いている。
「私はこれまで、私の面白さを拾ってくれた人たちのおかげで、寸足らずな稼働時間でもまだ、職業人として生きています。気がつけば、弁護士になって15年目ということを意識する機会が増え、今度は私が、馬力不足でも規格外の『面白い人』がいれば見つけ出して育てていく側になっていることを感じます。」(p123-124)
これも、ケアしケアされる関係性ではないか、と思う。「寸足らずな稼働時間」であっても、「馬力不足」や「規格外」であっても、「私の面白さを拾ってくれた人たち」がいる。であれば、私自身がそんな「面白さ」を持つ人を見つけ出し、育てていきたい。標準値から逸脱しまくった人生「だからこそ」、「多様な面白さに対する感度をあげる努力」をしてきた青木さんだからこそ、他者のそういう「面白さ」を見抜く力も持っている。それは、魂を毀損しない交換関係であり、相互依存のタペストリーであると感じた。
僕が紹介すると小難しくなるけど、二人は文才があってめっちゃ面白いので、是非読んでいただきたい一冊である。