通奏低音と同語反復

 

謹賀新年
今年もよろしくお願いします

2009年になった。この正月は本当に何もない「寝正月」。年中ジタバタドタバタしているタケバタにとって、4日まで全く予定がない、というのは珍しい。おかげで毎日9時頃まで寝て、完全にゆるゆるモードである。

普段めったにDVDや映画も見ないのだが、たまには、ということで年末に大学の図書館で借りた「靖国」を見てみた。話題騒然となり、上映自粛の事態にまで発展した映画、と言うから興味津々で見てみたが、うーむ、そんな騒ぐ価値ある映画なのだろうか、と思った。確かにあの神社に行かないと見ることが出来ない「断面」が切り取られている。しかし、その「断面」ともう一つの主題である「刀」を巡る物語のつなぎ方が、何だかブツ切り的挿入で、直線的過ぎて、違和感を覚える。またグレツキの「悲歌のシンフォニー」(交響曲第3番 作品36)を主題歌的に用いているが、映像との取り合わせ方もかなり「煽っている」感が強かった。歴史解釈の正否よりも、「作品」としてはいかがなものか、という不満が一番残る作品だった。

せっかくの休日に見たDVDでモヤモヤしてしまい、困ったなぁ、と読みかけの本を「風呂読書」していたら、ようやくスッキリする言葉に出会う。

「正しさを担保するのは正しさではない(それは「私は正しい。なぜなら私は正しいからだ」という原理主義的な同語反復にしか帰着できない)。正しさを担保するのは正否の判定を他者に付託できるという人間的事実である。この付託によってのみ、真偽正否の判定を下しうるような知性と倫理性に『生き延びるチャンスを与える』ことができる。信認だけが、人間を信認に耐えるものにする。そのことを私は『受信者への敬意』、『受信者への予祝』、あるいは端的にディセンシー(礼儀正しさ)と呼んでいる。それは『呪い』の対極にある。」(内田樹「呪いと言論」鷲田清一・内田樹著『大人のいない国』プレジデント社、p88-89

あの映画そのものが「原理主義的」なのかどうかは判断を留保する。でも、僕はあの映像の通奏低音には同語反復的なものを感じた。それが、観る者の内部に鈍く響きつづけて、気持ちよくなかったのだ。「正否の判定を他者に付託」するという意味での「ディセンシー」が不十分である、といえば良いだろうか。そういう編集を2時間も見させられると、少し胸焼けがする。

ある価値に基づいて何かを表現する事に異論を挟むつもりはない。何かを表現すれば、自ずと「偏った」見方になる。それはいい。でも、その偏差に自身が気付いた上で、それとは対極の「受信者」も含めた他者への「信認」の姿勢があるか。『受信者への敬意』は、どのポジションでどういう主張をするか、という差し出されるコンテンツの前に守るべき形式のような気がする。その形式段階での逸脱が、多くの他者の逸脱を喚起したのではないか、と感じた。

「森達也が撮ったらもう少し面白い作品になっただろうに」

そう思わずにいられなかった。

方法を考える力

 

今年は実家に帰らない正月だが、相変わらずバタバタ続きである。今日になってようやく年賀状の印刷がはじまるのだから、相変わらず始末がわるい。

しかし、時間が出来たので、好きな本がルンルン読めることほど嬉しいことはない。年末にご紹介するのは、実に気持ちの良い読後感の一冊。

「独学で建築家になったという私の経歴を聞いて、華やかなサクセスストーリーを期待する人がいるが、それは全くの誤解である。閉鎖的、保守的な日本の社会の中で、何の後ろ盾もなく、独り建築家を目指したのだから、順風満帆に事が運ぶわけはない。とにかく最初から思うようにいかないことばかり、何か仕掛けても、大抵は失敗に終わった。
それでも残りのわずかな可能性にかけて、ひたすら影の中を歩き、一つ掴まえたら、またその次を目指して歩き出し-そうして、小さな希望の光をつないで、必死に生きてきた人生だった。いつも逆境の中にいて、それをいかに乗り越えていくか、というところに活路を見出してきた。」(『建築家安藤忠雄』新潮社、p381)

元プロボクサーで大学にも通わず独学で世界の頂点を極め、東大の名誉教授の称号も。そんな「肩書き」「立場」では絶対にわからない安藤氏の激しさ、ひたむきさ、そして徹底的に考え抜く姿勢がこの本の中に詰まっていた。「大抵は失敗」というスタートでも、「残りのわずかな可能性にかけて、ひたすら影の中を歩き、一つ掴まえたら、またその次を目指して歩き出し」というプロセスを彼は地道に踏んでいたのだ。この部分に、特に「一つ掴まえたら、またその次を目指して歩き出し」、という部分に自分の歩みを重ねてしまった。そう、自分が現時点でやっているのは、「順風満帆」ではない環境の中にいて、「希望の光をつな」ぐ作業そのものであるからだ。

で、希望、といえば、年賀状にも使おうとしている良いフレーズに出会えた。

Hope=Mental Willpower+Waypower for Goals (Snyder, The Psychology of Hope, Free Press pp10)

これを我流に訳すと、こんな風になるだろうか。

希望=精神的な意志の力+目的に達するための方法を考える力(年賀状にはもう少し簡潔な訳にしたが、こっちの方がピッタリ来るかも知れない)

安藤忠雄氏の自伝を読んでいても、彼が強靱な「意志の力」を持つだけでなく、徹底的に建築を考え抜く、というこの「目的に達するための方法を考える力」を持ち続けていた、という点に非常に興味を引かれた。そう、この二つがないと、希望が現実にならない。逆に言えば、この二つを適切に支えられば、希望の火を多くの人に点すことが出来る。

障害者支援の現場でも、この「希望」のプロセスが今、大きく問われている。自己決定やサービス、といっても、目の前になかなか適切なサービスがなかったり、あるいは自分が決めにくい環境下に置かれている場合も少なくない。また、エンパワメントという言葉も多用されるようになってきたが、ついつい「精神的な力を付与する」という事に傾きがちなような気がする。

だが、「とにかく最初から思うようにいかないことばかり、何か仕掛けても、大抵は失敗に終わ」るような日々の中から、支援を構築し、現状を変えていくためには、「精神的な意志の力」だけではどうにもならない。たまたま一ケースが例えうまくいっても、それを一支援者が抱え込むと、燃え尽きに至る。その際、現状を変えていくためには、「小さな希望の光をつないで」いくためには、大切なのはWaypower、つまり「目的に達するための方法を考える力」なのだと思う。それも、安藤氏が実践してきたように「徹底的に考え抜く」という姿勢が、求められているのだと思う。

この一年、自分としては何とか、「小さな希望の光をつないで」これた。それを、来年はもう少し今より大きな光にするために、さてどうするべきか。それを「徹底的に考え抜く」中から、自分なりのWaypowerを見いだせるのではないか。年越しに、そんなことを考えていた。

みなさま、良いお年を!

投稿者 bata : 18:21 | コメント (0)

20081215

呪能について

忙しい時ほど、仕事に関係のない本を読みたくなる。

「白川静という巨知を語ることは、まずもって『文字が放つ世界観』を覗きこむことであり、古代社会このかたの『人間の観念や行為』をあからさまにすることである」(松岡正剛『白川静 漢字の世界観』平凡社新書、p10)
「白川さんは文字がもつ本来の『力』というものを想定していました。そして、それを『呪能』とよびました。文字には呪能があり、その呪能によって文字がつくられたのだと想定したのです。」(同上、p38)

かの博識の松岡正剛氏が「先生」と呼ぶ、我が国の東洋学の巨匠。以前から気になっていたけれど、一度読むのを挫折していた白川氏の著作について、深くかつ安心してついていける水先案内人としては、松岡氏ほどの適任はいない。同書を読み終えた頃、すっかり漢字の持つ「呪能」に魅入られていたら、次に読んだ本にも、こんなフレーズが出てきた。

「詩の生まれてくる場所とは『聖地』であるということになる。詩のみならず、神託や祝詞や真言などの宗教言語、神聖言語の発生も『聖地』から発出するといえるであろう。」(鎌田東二『聖地感覚』角川学芸出版、p46)

そう、本当の意味での言葉には、「魂」が籠もる。だから、それを「言霊」という。そういえば、「哲学の巫女」と呼ばれていた、亡くなられた池田晶子さんも、繰り返し、次のような事を言い続けていた。

「言葉はそれ自体が価値である。人がそのために生きるまさにその価値である。価値とは思わないもののために人は生きることはしない。それなら、『真善美』という言葉は、我々の全生活をその根底において衝き動かしている価値そのものではなかろうか。価値ではないものを間違えて価値だと思うためにも、これらの価値による以外にないのだから、我々の人生とは言葉そのものなのである。」(池田晶子『人生は愉快だ』毎日新聞社、p233

「言葉はそれ自体が価値」であり、一つ一つの言葉に、独特の「価値」なり願い・祈りなりが込められている。よってそれらの言葉を連ねて「神託や祝詞や真言」、あるいは「詩」という形で言葉を紡ぎ出す場所は、まさに「聖地」そのものなのだ。つまり、言葉を絞り出す、ということは、呪能が宿ることであり、それだけでも実は神聖であるのである。

言葉を安く垂れ流しているタケバタとしては、襟を正さなければならない論考である。

ちなみに、昨日仕事で訪れた新宿の本屋で、字通は在庫がなかったので、代わりに買い求めた「常用字解」で自分の名前を引いてみると、こんなことが書かれていた。

「寛:祖先を祭る廟の中で、眉を太く大きく書いた巫女がお祈りしている形。巫女は神がかりの状態となって、くつろいだ様子で神託(神のお告げ)を述べる。うっとりとして意識のない状態であるので、『ゆるやか』の意味となり、また神意を受けているので、『ゆたか、ひろい』の意味となる。すべて人の気質・態度についていう。用例:寛厳 寛大なことと厳格なこと (以下略)」(白川静『常用字解』平凡社、p81)

これを読んでいるあなた、まさか太眉のタケバタが巫女姿で「神がかり」状態で「うっとり」している、なんて恐ろしい情景を思い浮かべていないでしょうね。(自分で想像して、思わず吹き出してしまいました)

そう言えば、確か僕の名前は、京都に住む親が、晴明神社で見てもらって選んだ名前だとか。小さい頃は、「生命神社」と思い込んでいたのだが、さにあらず。晴明といえば、平安時代に呪能を最大限に活用したかの「陰陽師」、安倍晴明をまつる神社。なるほど、名は体を表しているか、は別にして、きちんと「呪力」ある名前をつけて頂いたのですね。と襟を正したところで、どうせなら、この用例にある「寛厳」の「厳しさ」もきちんと持ち合わせる人間になりたいな、などと思ったのであった。

希望の再組織化

 

今日火曜日は大学で講義が二コマある日。午後のボランティア・NPO論では、ゲストに明治学院大学のボランティアセンターに関わる三人組にお越し頂いた(この写真の中のお三人です)。

引率的な存在なのは、コーディネーターをしているよんちゃん。彼女は大学院時代からのおつきあいで、でも密に議論をしたり、ゲストに来て頂いたり、という関わりをするようになったのは、僕が山梨に来て、彼女も明学に着任した後のここ2,3年のこと。昨年はよんちゃんの、元々のボランティア活動と今のコーディネーターのお仕事、という彼女のパーソナリティーに光を当てたお話をして頂き、それはそれでめっちゃ面白かったのだが、今年は彼女が関わるお二人の学生さん(3年のY君と1年のIさん)も一緒に来て頂き、自分たちの活動を他大学である我が山梨学院で話して頂いた。この3人組の話は、受講生の学生達にとっても、また私自身にとっても、大いなるインパクトを与えるものだった。

まずボランティア・NPO論の受講生達にとって、最大の効果は何か。それは、同じピアの立場の他大学の学生が、他ならぬ自分たちの授業の場で講義をしてくれた、ということであろう。その中で、僕が質問する「お二人は特別ではないか」「偽善ではないのか」といった様々な質問(突っ込み)に対して、Y君もIさんも、自分の言葉で、自分の経験に基づき、率直に思いを返してくれた。「ボランティアなんかするよりバイトの方が身になるかも、と思った時期もあったけど、でも得難い経験が沢山出来ている」というY君。「私は一杯一杯だから、皆さんのような活動が出来ない」という問いかけに、「私も一杯一杯だけれど、空いている休み時間とか、そんな隙間の時間をボランティアに使っているだけ」と答えてくれたIさん。私が教員の立場で、上記の内容を百万遍唱えても「そんなの先生だから出来るので私は無理だよ」と切り替えされてオシマイになりそうだが、自分と同じ学生の立場のY君やIさんの言葉は、おそらく我がYGUの学生の皆さんにも、僕の言葉の百倍以上、重く響いたであろう。

で、重く響いた、という意味で言えば、僕自身がズシリと重く受け止めたのが、よんちゃんの最後の締めのいくつかの言葉だ。

「私は皆さん学生の一番良いところといえば、夢を語れる存在であることだと思います」「だから、大学におけるボランティアマネジメントとは何か、を一言でいうならば、『希望を組織すること』だと思います。」

これらの言葉に、文字通りガツンとやられた。

私自身、ここしばらく滅茶苦茶ヘビーなスケジュールで参りそうなのだが、それ以上に精神的に参りかけていた。よんちゃんの言葉を絡めて言うなら、「夢を語らない大人達」と多く出会う中で、希望が根絶やしになりかけていた。元々は超楽観主義者のハズなのに、変にリアリスト達の「どうせそんなの」「無理に決まっている」「そうは言っても」という否定的な言葉に出会い、心がどんどん蝕まれていくような、そんなクサクサした日々を送りつつあった。それに業務多忙が重なっていて、正直なところ、色んな事をを投げ出したくなる一歩手前の段階まで来ていた。そんな時に、「夢を語る」三人の話から、そしてよんちゃんの締めの言葉から、自分の「夢」自体をもう一度見つめ直すきっかけをもらった。

それと共に、前にも書いたプレイングマネジャーとして自分がやっていることは何か、と言われると「希望の(再)組織化」なんだ、と改めて感じた。僕が関わっている山梨や三重の障害者福祉の現場にしたって、あるいは継続的に関わるある通所施設にしたって、何らかのミッションなり使命なり業務範囲なり、という「組織化」が伴って、存在している。ただ、県レベルの相談支援体制にしても、あるいはある福祉組織の実態にしても、「組織化」した当時の実情に比べて現在、問題があまりにも複雑化、多元化しているため、「組織化」当初の整理と噛み合わなくなってきている。なのに、その根本と向き合わない中での表層的なパッチワークに終始していると、いつまでも「ズレ」「歪み」が補正されないまま、ますますその「ズレ」「歪み」が酷くなっている。そんな実情がある。

その中で、タケバタがここしばらくやっている仕事は何か。それはよんちゃんの言葉に触発されて言うならば、「希望の再組織化」なのだ。今現在の「組織化」ではまわりきらないから、問題点も含めて洗い直して、新たなミッションや方向性を作り、仕切直しのお手伝いをする。それが「再組織化」なのである。当然、その際には変革を恐れる人から、あるいはこれまで「再組織化」に失敗した・諦めている人から、様々な反対意見や水掛け論がおこる。正直、それらの緒論の波に流されそうになり、心が蝕まれそうになっていたのだ。だが、「希望の再組織化」という難事業に立ち向かっているならば、当然そういう波こそ越えていかなければならない。その際必要なのが、青臭い話だが、「夢を語り続ける」「その夢を共有する」ことそのものなのだと思う。明学の学生さん達とよんちゃんが作り上げてきた、そのエネルギーこそ、自分が今、一番欠けていたものなのだ。そんなことを気づかせてもらった。

ついでに、彼女と僕の出身大学院である(今は潰れてしまった)ボランティア人間科学講座についても触れておきたい。この講座も、実は「希望の(再)組織化」という共通のミッションを持っていた講座だったのだ、と今日の話を受けて、改めて感じていた。テーマが国際協力であれ、福祉であれ、防災であれ、希望を持って暮らし続けるためにどう「組織化」するのか。あるいはコンフリクトや災害後にあってどう「希望を再組織化」するのか。これらの課題は、テーマが変わっても共通する課題だ。だからこそ、病院ボランティアが子供達や病院とどう関わったか、がD論テーマであるよんちゃんと、精神科ソーシャルワーカーが地域作りにどのような役割を果たしているか、がD論テーマである僕が、「希望の組織化」という同じ土壌でアクセス可能なのである。

ここしばらく仕事が断れなくて、どういう基準で仕事を整理してよいのか、についても当惑していたが、「希望の組織化」という基準で優先順位をつければいいのだ、という事まで気づかせてもらった。よんちゃんは講義の中で「一石十鳥」とご自身の事を仰っておられたが、明学三人組から私自身は「一石百鳥」ほどのものを頂いた。なんて「儲けもん」なのでしょう!!

蝕まれつつあった心に、再び夢と希望のオイルが注ぎ込まれた一日だった。

同じ目的、違う方法

 

今日も身延線の車中より。

何だか最近、身延線車内でしかブログを書かない日々が続いている。今日は三重で地域自立生活支援に関するシンポジウム。この間、三重の市町職員エンパワメント研修で取り組んできた課題を報告する事もあって、ゲストに呼んで頂いた。今日は夕方5時には津を出られたので、何とか最終のワイドビューふじかわに間に合う。静岡に夕刻止まる新幹線は今朝の時点で満席で、かつワイドビューも指定席は一杯。大阪方面で一杯お買い物をされた皆さんが乗り込んでいる。こちらは土日もなく、馬車馬のように働いております

で、今日のシンポジウムの、自分自身の出番は午後だったのだが、午前のシンポジウムが大変考えさせられた。重い知的障害や自閉の方々を支える支援者の柳さんの問いかけと、重度の脳性麻痺当事者の松田さんの応答に、「同じ事と違うこと」の両方を見たからだ。

柳さんは、ご自身の冒頭で「今日は誤解を恐れず申し上げます」という前振りをした上で、「当事者の自己主張ということが全面に出される、というシンポジウムでは、自己主張が苦手(不得手)な自閉症や重い知的障害の当事者が排除されてはいないか?」という問いかけをされた。ご自身の、自閉症の方の声にならない自己主張に丁寧に向き合う経験談を重ね合わせながら、自己主張・自己決定・自己選択が出来る人はその尊重が大切だが、それが苦手な人にもその前提に基づく議論をすることに問題はないか、と鋭く問うたのだ。

一方、自立生活運動をしている松田さんは、そもそも「親の愛」なるものが、これまで重度障害者の自立を阻害してきた、と語る。安心や安全を重要視するあまり、施設や親の保護下を離れる生活を許さなかったのが「親の愛」だと言う。その上で、障害者自身が我慢や諦めなくてもよいように、自分らしい生活を送るための支援システムの構築が大切だ、という。

この間、自立支援法の議論の中ではなかなか忘れがちになるこの二つの本質的論議が、久しぶりに眼前で繰り広げられ、寝ぼけ頭が急速に活性化しはじめる。この二つの「同じと違い」って何だ、と。しかも、松田さんと柳さんは元々親交があるようで、仲良く昼の時間にお話しされている。一見すると真逆のような発言でいて、二人をつなぐ共通項がある。それを、同じシンポジストだった岡部さんは「お互いの立場性の違い」と整理しておられたが、何だかそれだけ、と割り切ってしまうのも、もったいないような気がする。なので、自分なりに「何が同じで何が違うのか」を少しだけ考えてみたい。

まず同じ所。二人とも、能力主義的視点ではない、という共通点がある。重度で就労能力があろうとなかろうとその人らしい暮らしが出来る、という考えは、二人に共通している。また、支援者と当事者の関わりの中で、支援者の立ち位置の有り様が大きな問題だ、というのも二人の主張を貫いているように感じた。脳性麻痺の当事者に先んじて支援を勝手に組み立てる事の問題性を松田さんが話したかと思うと、柳さんは言語表出のない自閉症の方の、行動を通じた表現を支援者がどう読み取って、どう斟酌するか、が専門家に問われている、という。二人とも支援者-当事者関係における、支援者のセンスの問題を前景化させているのだ。そして、重い障害のある人を価値ある存在と捉える、という点でも全く同一だ。どんなに重い障害がある人でも、何らかのチャレンジが出来るし、それを支えられるのだ、という視点も一緒だ。

ここまで同一でありながら、でもこの話は一見すると「違い」が目立つようにも見える。「自己主張」を前提とした議論は能力主義ではないか、という柳さんの問いかけに対して、「自己主張」を抑圧する家族システムからの解放を訴える松田さん。同じ部分が多いのに、なぜ同時に違いが強く感じられるのだろう、と、その場にいたカナリア県庁職員Nさんとお話していた。

で、その後もぼんやり考えて感じること。それは、「お互いの立場性の違い」の、更に背景にある、「そう二人に言わしめる現実」に対する違和感という共通項についてだ。二人とも、障害の重さなどの能力で判断するのではなく、どんなに重い障害のある人でも価値と尊厳があるのだ、という点では一致している。支援者と当事者の関係性に重きを置き、当事者の世界にどう寄り添えるか、が肝心だ、というのも、同じラインだ。だが、現実は、この二人の一致点そのものが、法律で守られていない現実がある。自立支援法の骨格そのものが能力主義的な要素の残滓が沢山詰まっている事は、多くの識者の論じる所だ。相談支援や権利擁護システムの弱さ、「親亡き後」の地域生活支援基盤の脆弱さなどは、重度障害者の尊厳を社会で支える仕組み作りがなっていないことの証拠でもある。

まだるっこしい説明になってしまったが、端的に言えば、二人が前提としている一致点がまずもって守られていないからこそ、その前提確保の手段としての相違点の強調がなされたのではないだろうか。自己主張ができない(不得手な)人を排除しないでと述べることも、「親の愛」より本人の主張を大切にすることも、単純な能力主義の否定と重度障害者の尊厳の保持、という目的の為の、方法論である。同じ目的であっても、障害特性故に、方法論が違う。その時、目的があまりに遠いと、まずは方法論の確保が強調される。それは戦略上間違っていないのだが、しかしこの戦略が危ういのは、手段が容易に目的化に転倒しやすい、という点である。つまり、同じ目的を共有している、という前提を強調することなく、方法論上の違いのみを強調することは、結局は仲間割れ、というか、分断的な状況の構築に意図せざる結果として協力する羽目にはならないだろうか。

二人に「そう言わしめる」くらい、状況はまだまだ厳しい。ゴールが遠く、入口の確保もままならない。だが、そうであるが故に、お互いの方法論に過度に固執すると、どちらの方法論にも関心がない一般市民から、両方ともが「面倒だ」と切り捨てられるような気もする。当事者にとっても支援者にとっても、状況が厳しいからこそ、方法論上の差異よりも、同じ目的の主張という共同戦線、そちらの方が、むしろ求められている課題として大きいのではないか。そんなことを感じていた。

「西向く侍」のおわりに

 

あと数時間で「師走」。「西向く侍」さんの最終月もあっという間に過ぎていく。

デロンギ話を先週書いたら、早速3人のMさんからご連絡頂く。ありがとうございます。東京のMさんは、お母様がお使いのようで、「電気代高い&ぬくくなるのに時間がえらいかかる」というご助言を頂く。新潟のMさんからは、「本格的な暖房器具としては,お勧めできません」が、「寝室で,就寝間際及び早朝起き上がるまでの時間帯にタイマーをかけて使用する等の使用方法は,良い感じです」とのこと。ご助言ありがとうございます。実は、これを体感しております。というのも、たまにこのブログに登場するわが大学のM先生から早速「うちで一台余っているけど使ってみる?」とお貸し頂いたのである。ブログに書いてみるものである。M先生、ありがとうございます。実際にリビングではあまり役立たなさそうだけれど、寝室の窓の付近に置いてみると、一番弱いモードでも実に温かい。さて、電力代はどうなるか、が心配なのですが

さて、11月もおわりなので、月曜以後のメモ書きをグーグルカレンダーを見ながら振り返ってみる。火曜は講義を二つして、地域包括支援センターの取材。高齢者の主任ケアマネ研修が来月あるのだが、今年はそのデザインも描くお手伝いをしているので、「現場を勉強しなさい」と言われ、3カ所の包括を見学に出かけるスケジュールの二カ所目。その昔、PSW117人調査をやった博論を思い出す。あのころと違い、県でアポを取ってもらい、かつ県の人と一緒に出かけるので、遙かに楽ちん。かつ、県内屈指のケアマネの達人へのインタビューである。面白くない訳がない。

で、水曜日はテスト監督に講義が二つ、その後は3時間以上の会議でグッタリ。木曜は「ローカルガバナンス研究」というオムニバス講義で「ローカルガバナンスと自治体福祉政策」という新ネタの披露。大学では「教育者」としての顔を見せているのだが、この日の授業は初めて研究者として「自分が考えていること」を学生にぶつけてみた。ゼミ生には「難しかった」「早口だった」と不評だった一方、お聞き頂いたM先生とE先生から、存外のお言葉を頂く。ローカルガバナンスという概念を意識せずに考えていたが、案外支援者エンパワメントや官民パートナーシップは、この地域におけるガバナンス概念に親和性があるようだ。

で、金曜日は6年ぶりに母校へ。出身講座での公開講座にゲストで呼んで頂いたのだ。元厚生官僚のT先生と障害者運動のリーダーのお一人であるTさん、そして竹端という三人のTが集まったのだが、議論していたのは極めて真っ当な政策論議。部分保険としての介護保険と、トータルな支援としての障害福祉サービスの異同について、極めて刺激的な論考が展開される。惜しむらくは、この議論が自立支援法が出来る前にされなかったこと。今回のセッションでも改めて、2004年から5年にかけての議論がいかに「お金がない」という身も蓋もない熱にうなされた議論だったか、を再確認する。

その後金曜は寄り道して終電を逃し(何せ京都午後8時16分が終電なので)、京都の実家に投宿した後、翌朝7時45分の新幹線身延線で甲府に。昼からシンポジウムの司会者の仕事が待っていたのだ。で、今回も実家近所の本屋で買った本が、また当たりだった。

「たいていは、小さな見逃してしまうような事実、こまかい言葉の端々に、意外な真実が隠されていることが多い。小さな事実に興味を示さない弁護士もいるが、私は違う。『こういうことがあるならば、きっと付随的にこういうこともしているのではないか』と読む。それが『深読みの佐伯』と言われるゆえんだろう。相手の話を細心の注意出来て、こまかく慮って深読みしていくと、『この事件は、もしかすると、この点を突くと勝てるかもしれないな』ということがわかってくる。ウラを読むのは、想像力による疑似体験なのである。言葉で示された彼の個々の経験をトレースして、言葉に示されていないすき間を埋めていく。それによって彼のウラとオモテの経験を疑似体験し、隠されている真実に迫る。実証の一つの方法なのだ」(佐伯照道『なぜ弁護士はウラを即座に見抜けるのか』リュウ・ブックス・アステ新書、p42)

この本は、タイトルが与えるイメージよりも遙かに多くのことを伝えてくれた。多分「凄腕弁護士の超交渉術」といったタイトルの方がもっと売れるのではないか、とも感じる。自分と異なるスタンスの相手とどう交渉すべきか、について、筆者の経験に基づいた非常にプラクティカルな方法論が示されている。その中で、単なる方法論で終わらせてはもったいない、と思ったのが、少し長くなかった引用した上記の一節。

細かい端切れを「見逃してしまう」のではなく、『こういうことがあるならば、きっと付随的にこういうこともしているのではないか』と「深読み」する。この「ウラとオモテの経験を疑似体験し、隠されている真実に迫る」方法こそ、尊敬する伊丹先生が「論理重合体合成法」と言っていた方法論である。一言で言うと「少数のデータ、多少のケース、それらをつなぐ論理、それらの総体で意味のある全体像を描き出す」方法論である。深読みと想像力を駆使して、目の前に見えない「全体像を描き出す」方法論は、まさに「実証の一つの方法」なのである。また、お世話になっているK先生と海外出張を共にさせて頂いた時、彼が文献を読みながら常に自問していたのが『こういうことがあるならば、きっと付随的にこういうこともしているのではないか』という問いだった。真っ当な推論とはこういうものか、と初めて気づかされたのだが、こういう「小さな事実」に基づく推論の繰り返し、こそ、思わぬ地平に出るための最大の要素だと改めて感じさせられた。「こまかい言葉の端々」から、「意外な真実」を探り当てるか、捨て置くか、大きな分かれ道である。

で、この深読み想像力は、実はケアマネジメントの現場でも深く必要とされている。何か困って相談に来る人が、いきなり全ての本音を言ってくれるわけではない。また、本人がこれでいい、と自己決定したのだからその主張をそのまま鵜呑みにする、というのも、時として間違っている場合もある。例えば家族から見放され、身体能力も落ち、「もうどうなっても良い」と支援者にこぼした人に、「この人は自暴自棄です」とアセスメントするだけなら、専門家などいらない。セルフネグレクト(自分自身に対する虐待状態)に至る背景や、本当はどう思っておられるのか、まできちんと判断する事が求められる。その際、「小さな見逃してしまうような事実、こまかい言葉の端々」から色んな要素を斟酌し、どう「意外な真実」を探りあてるか。どう本人が本当に望んでいるものごとに近づけるのか。支援者側が「ウラとオモテの経験を疑似体験」する中で、誠実な「深読み」をしていく、このことはアセスメント現場でもまさに求められている課題なのだ、と感じさせられた。

お買い物の一日

 

今月初めての休日。というか、グーグルカレンダーを見てみたら、先月26日以来だから、1ヶ月ぶりの休日。よく風邪も引かずなんとか駆け抜けてきました。一応先週火曜日にインフルエンザの注射を打ったものの、冷え込みは激しいし、予定は目一杯を振り切れているし、パートナーにも「その日程は異常」と言われる始末。おかげでジムにはいけず、じわじわ太ってくる。毎日ストレッチを朝か晩のどちらかにやっていたが、これからは朝晩やらないと、まずそうだ。入試の出張だった静岡で来ていたスーツも少しきつめのピッタリ、だったしね。

さて、今朝は久しぶりに目覚ましもかけずに9時過ぎまで眠れた。静岡のホテルはラッキーにもダブルベッドの広い部屋だったのだが、借りた加湿器がかなりうるさく、じっくり眠れなかったのだ。しかも業務が業務だけに、身体もくたくた。おかげで良く寝て、今日はさっぱりである。

で、「休日なのにバタバタするの」と言われてしまいそうだが、結局目覚めたら、ちょこまか動き始める。午前中は今井さんに会いに出かける。今井さんは、山梨県で今私がやっている仕事のパートナーとしてご一緒させて頂いているだけでなく、公私ともに様々に学ばせて頂いている。そう言えばこのブログでは紹介していなかったけど、こないだは二人の仕事を記事にして頂いた。今は手術後のリハビリ中だが、順調に回復途上であるようだ。お見舞いに行ったはずなのに、仕事上のアドバイスを沢山頂いてしまう。

で、その後いつものJA直売所「よってけし」で野菜を買い込む。白菜や大根、ネギがたんまり出ている、ということは、秋の実りそのものだ。水菜に春菊、かき菜にクレソンと青物野菜をたんまり2500円ほど買い込む。その後夜の鍋用のお魚なども買い込んで帰るともうお昼。ニンニクと唐辛子のベースにホールトマト、ネギ、シーチキン、クレソンの茎を入れてパスタに絡める。そして食べる際にクレソンの葉っぱを乗っけてみると、まあ何と美味! 二人でぺろっと平らげてしまった。

昼からは、多少まどろみ、大学で授業の準備をした後、午後の「買い物大会」。電気ストーブではとうとう限界が来たので、灯油を入れに出かけ、ついでに電気あんかが急にショートしたので、替えのあんかも買いに行く。静岡は温かかったが、山梨のここ数日の冷え込みは本気モード。電気あんかがないと、ほんと寒いし、ストーブがないと、部屋の中は凍りそうだ。デロンギのオイルヒーターを買うかどうか迷っているのだが、結局灯油を入れにいってしまった。あのオイルヒーターは暖まるまでに時間がかかるらしいのだが、うまく活用出来るかどうか、少し自信がない。どなたか愛用者の方がいれば、教えてくださいませ。

で、その後いつものトマト屋に寄る。ここは正式にはブドウ農家なのだが、ブドウのない11月から6月までトマトを作っておられ、めちゃんこうまい、とこれまで何度かこのブログでも書いた覚えもある。で、この秋初めてのトマトを買いに伺うと、ワインの新酒が出来ている、と聞かされる。ここのブドウを使ったワインは一昨年から分けて頂いていて、さっぱりとして美味しいので、一升瓶なのだが、スルスル飲めてしまう。しかも鍋の時にピッタリ。そう、今晩は鍋の予定なので、まさにピッタリ。デラウェアなので少し甘め、ということで、とりあえず一本頂いて、早速冷やしてみる。

こうして久しぶりのドメスティックなお買い物なので、どこでもたんまり色々買い求めて、気がつけばもう食事時。楽しいつかの間の休日は、本当にあっという間に消え去っていく。明日はまた、授業県庁現場訪問ツアー第二弾である。今晩は新酒を楽しんだら、早く寝よっと。

「ゆがみ」に気づく分岐点

 

「人は、自分のわかるようにしか、わからないのである。わからないことについてのわかり方は、自分のわかるようにわかるしかないのである。それで自分のわかるようにしかわかったことになっていないということが、わかっていない。これが、たいていの人のもののわかり方である。だから、いきなり現れたその人が語る聞き馴れない言葉、わけのわからない言葉も、やっぱり自分のわかる仕方でしかわかることができない。」(池田晶子『人生は愉快だ』毎日新聞社、p39

仕事で訪れた静岡のホテル。昨晩のアルコールを流すべく朝風呂に浸かりながら、上記のくだりを読んで、ハッとさせられる。確かに、自分自身、「自分のわかる仕方でしかわかることができない」し、そのことが「わかっていない」。

他人から聞いて、取材して、本を読んで、現場を訪れて、自分の頭で考えて・・・「わかった」つもりになっている。だが、その「わかった」とは、大概において、「自分のわかるようにわかる」という限定された理解である。自分の殻を破って、事象そのものへ近づくような、量子力学的跳躍のような、一皮むけた「わかった」は滅多に訪れない。それより、自分の殻の中に、未知の事象を押し込める、枠組みの中での理解である。自分の殻や枠組みそのものへの疑いを持つことがなく、その殻や枠組みの内部に取り込める未知だけを既知として部分的に導入しているのである。創造のない加工貿易。近視眼的な自己の体系の正当化には役に立っても、中長期的な「自分のゆがみ」の補正には役立たない。むしろ、自分の殻の中に「わかる」を押し込めることは、もともと持つ「ゆがみ」を強化するだけなのかもしれない。

未知の何かに触れたとき、自身の「ゆがみ」そのものと向き合うことに、苦しみしか感じないか。あるいは、普段無意識下に押し込められた「ゆがみ」への気づきと喜べるか。ゆがみと「わかる」瞬間に、彼岸と此岸のどちらに向かうのか。その選択の積み重ねの結果、今の自分がいる。そのことの重みを感じる一節だった。

プレイングマネージャーとして

 

今宵は「かいじ」車内の人。三重の五回研修で一応無事に「留めを打つ」ことが出来、文字通り「肩の荷が下りた」状態で、のぞみ号から最終一本前の「かいじ」に辿り着いた。

それにしても市町職員研修(三重は合併で村がないのです)を、実際、市町が今年度課題として取り組んでいる「障害福祉計画の見直し」という大テーマにぶつけ、困難事例の「捉え直し」、給付率分析から自分たちで「見直し原案」を考える研修、というのは、受講者側だけでなく、企画者側にとっても「言うは易く行うは難し」の見本のような内容だった。私自身も、従来の一回こっきり研修なら「言いっぱなし」で逃げることが容易に可能だったのだが、今回はこの研修実践の成果を、市町さんもアテにしているだけでなく、県もご自身の障害福祉計画作りに大いに参考にされる、という。まさに、どこまで何が出来るのか、が本当に問われる研修だった。それゆえに、第4回から5回にかけての内容の作り込みが、実に大変だったのである。

だが、今回相当手間暇かけて、また県担当者だけでなく、受講生の立場から研修企画者側にご一緒してくださったM市のMさんのお力添えも多分に活用し、かつ見学者のつもりだったミヤモトさんも巻き込む中で見えてきたのは、本当の人材育成は、今回やったくらいの「手間と暇、そして知恵と情熱」を必要としている、ということだった。逆にいえば、これほどの「手間・暇・知恵・情熱」をかければ、その地域の特性にあった、やった甲斐のある研修、明日の施策の改善につながる実践型研修が可能なのだ、ということも、やってみてよくわかった。今、山梨でサービス管理責任者研修の組み立てもこれと同じ線でやっているので、この部分は本当に実感として感じる部分である。また、終了後の反省会でちらっと見た受講者の感想の中にも、「議論の時間が足りなかった」「来年度もこういう研修を受けたい」「光が見えた」という嬉しい声が載せられていたことも、嬉しい限りだ。

やっつけ仕事でなく、魂を込める仕事は、正直へとへとになる。だが、そういう中から何かが変わる契機になるのであれば、やりがいは一塩だ。いつもブログを見てくださるM先生が「タケバタさんはプレイングマネージャーだね」と仰ってくださったが、確かにその方向で仕事をしているのかもしれない。プレイヤーとして、システム作りに関わりながら、マネジャーとして人びとの意識付けや現任者教育にも関わる。乗りかかった舟なので、しばらくこの路線で突き進んでみようかしら。ちょっとくたびれるけれども。

研修の5つのステップ

 

先週30度の世界にいたとは思えないほど、日本は寒いし、タケバタは目まぐるしい。

帰国日の水曜日は甲府まで戻ってスーツケースを家に置いたら大学に戻って臨時ゼミ。木曜日がちょうど昭和町で「学生議会」。我が2年ゼミ生が二人議場で質問するので、その予行演習が必要だった。予行演習をして、心を込めた質問をする為の練習をみっちりしたので、カトウくんもカミジョウさんの二人とも、実に立派な発表をしてくれた。木曜の質問の後、何人かの関係者の方々にも褒めて頂き、ゼミ教員としては一段落。

その後木曜夜は大学で最低限の火曜の授業の準備。というのも、金曜日は一日山梨県でケアマネ研修に立ち会い、その後講師の北野先生と一緒に京都まで戻り、夜10時半から西大路駅までナカムラ君と久しぶりにウダウダ。土曜日は絶対に外せない大阪精神医療人権センターのシンポジウム。その後懇親会打ち上げと続いて、翌朝は三重へ。来週も三重なので、月刊ミエから、週間ミエ状態だ。来週の研修のための打合せをみっちり5時間ほど行い、ワイドビューふじかわ号の人となる。そして、今回もまた、ふじかわ号読書で、実に多くの刺激を受ける。

「安定状態から集団を活性化するために、『揺さぶりのマネジメント』が必要とされる。集団を揺さぶり、安定の眠りから覚醒させ、そして新しい方向へと導くためのマネジメントである。そのためにしばしば必要となるのは、次のような五つのステップだと思われる。
かき回す(あるいは、ゆらぎを与える)
切れ端を拾い上げる
道をつける
流れをつくる
留めを打つ(あるいは、仮り留めを打つ)」
(伊丹敬之『経営の力学』東洋経済新報社、p29)

三重で「チーム三重」の皆さんと共に作り上げようとしている市町職員エンパワメント研修が、まさにこの5つのステップであり、かつここしばらく苦労して、日曜の午後にようやくたどり着いたのが、の事だったので、「留めを打つ」という発言には思わず「その通り!」と叫びそうになった。そして僕が従来型の研修で物足りなかいと感じていたことも、この5つのステップの中に書かれているので、深みを感じてもいた。

講演で呼ばれて、僕はアヤシイ人間なので、どこでもだいたい「かき回す」。しかし、その一回こっきりでオシマイなので、単に「あいつはかき回しやがって」でおわりがちだ。思えばそれ故にしばらく干された領域もあったように最近伺っている。ま、干された本人は無頓着なのであまり気にしていなかったのだが。で、山梨でも三重でも、連続研修のコーディネート側に回り始めて、一番力を注ごうと気にしているのが、この以後のステップだ。そこで、以後はだいたいどの研修でも大切にされているが、ここで肝心なのはの「切れ端を拾い上げる」というステップだと思う。この点について、伊丹氏はこんな風に書いている。

「かき回された人々がやり始める様々なことの中から、きらりと光るもの、その組織のあるべき姿を示唆するようなことをマネージャーが取り上げることである。切れ端とは、現場の小さな提案であり、試みである。それをマネージャーがわざわざ拾い上げることによって、その切れ端が象徴するような方向こそが組織全体が進むべき方向であることを、マネージャーが示していることになる。そればかりでなく、その拾い上げられた切れ端をそもそも作りだしたメンバーの立場からすれば、『こういう切れ端を持って行けば取り上げてもらえるのだ』という刺激にもなっている。」(同情、p30)

そういえば、金曜の山梨の研修で、三田優子さんが堺市の自立支援協議会の成果を話して下さっていたが、まさに三田さんもこのを重視しておられた。現場のワーカーさんや当事者達が大切だと思うことを取り上げ、それを深めるための助言をしておられる。これは、後々の「道をつける」ための大切な「切れ端」であり、それを協議会座長として、メンバーと一緒になって拾い、深める営みをしておられるから、変革が起こり始めているのだろう。

三重の研修でも稚拙ながら模索してきたのは、こののステップだった。二回目の研修で参加者の声を聞きたい、と当日研修に参加している3人のベテランワーカーに「インタビューする」ということをやってみた。これが、多くの参加者にとって、大きな転機になりはじめる。自らのピアの立場の他の行政職員の中に、これだけのことをやれている人がいる、という気づきは、外部者から「揺さぶられる」だけでなく、「その切れ端が象徴するような方向こそが組織全体が進むべき方向であることを」自分自身で気づくきっかけにもなったのだ。

ゆえに、それ以後の研修で「道をつけ」、「流れをつくる」過程も自ずと決まってきたし、しつこいタケバタは、拾った「切れ端」をしゃぶり尽くすように使い、発言して頂いた方も企画側に急遽合流して頂き、一緒にデザインをしてきた。そして、研修以外に3回三重に足を運んで打合せで苦しみながら、昨日の夕方、ようやく「留めを打つ」目処がついたのだ。

さて、今日は山梨でケアマネ研修3日目。金曜日に三田さんと北野さんという強力なコンビで「揺さぶり」は十分にかかった。今日の「ケアマネジメントの展開」を通じて、どう「道をつける」ことが出来るか、が問われている。そういう展開になるように、意識して出かけなければ。そんなことも気づかされた、有り難い一冊であった。

+20度の街角より

 

日曜日の朝4時の甲府は、10度を下回る気温。Tシャツに長袖シャツ、そしてフリースではあまりに寒い。マフラーを首に巻いても、ブルブル震えていた。だが、成田空港から乗り込んだチャイナ・エアラインでは機長が「現地のただいまの気温は摂氏28度」なんて言っている。ご冗談でしょう、というか、英語のヒアリングに問題がある、と思っていたのだが、現地に到着して、唖然。確かに暑い、むしむししている。温度計は30度! +20度の世界に辿り着いてしまった。

台湾にやってきたのは、とある学会で発表するから。今、山梨や三重でお手伝いさせて頂いている、地域自立支援協議会という組織について、障害者福祉政策における地方分権と裁量権の行使、それにリーダーシップの観点から議論しようとしている。酷い英語原稿だったのだが、いつもお世話になっているミヤモトさんにかなり助けてもらって、ようやくまともな文章になった。明日発表なので、実は内心どきどきしている。ちゃんと話が出来るかなぁ、と。

今回、今まさに生起している問題を、しかも英語論文でまとめようとして、かなり苦しんだ。もちろん、自分の当該問題に対する視点や論点が固まっていないことも、かなり発表するにあたって困難な要因だ。だがそれ以上に、英語で論理を組み立てる事が、単に語学音痴である以上に、苦痛をもたらす。それは、自分の論理がかなりいい加減である、という問題点だ。

これについて、日本を出る前に、非常に示唆的な本を読んだ。藤田斉之氏 (『英作文・英語論文に克つ!!―英語的発想への実践』、創元社)によれば、日本語は話し手中心の言語の典型例であるのに対して、英語は聞き手中心の言語の典型である、というのだ。つまり、日本語では話者がしゃべりたいようにしゃべり、わからなければ、往々にして、それを聞く側のリテラシーの問題とされる。だが、英語では、聞き手がわかるように話す義務が話者に課せられており、伝わらないのは、話者のせいである、という思想なのだ。この論理を自分の英語と日本語に当てはめると、悲しいほど同意してしまう。

日本語で論文を書いたり学会発表している時、論旨はクリアでなくても、特に学会発表時などは、日本語でべらべらしゃべれてしまうので、まくし立てて無理矢理話を作ってしまうことがある。一旦アヤシイ論理でも自分の中で出来あがってしまうと、そのロジックに自家薬籠中(=自家中毒?)となってしまい、そのドツボの陥穽について気づくことなく、そのままわかった気になって文章を書いたり、発表を終えたりする、という無謀なことを、実に安易にしてしまっている。

だが、英語論文ではそれが許されない。自分の論理が相手に伝わっているか、が最大の論点になるのだ。文学的美しさ、というよりも、プラクティカルな意味で「話が通じる」ということが大切なのだ。自家中毒的なナルシスティックな文章などもってのほか。論理の陥穽にはまることなく、理解しやすい論理をどう組み立てるか、が最大の焦点になっているのである。文化や母語が違う相手にでも伝わりやすい文章・話を目指すこと、それは自分の論理がどれだけシンプルで、相手に伝わりやすい流れか、が露呈するリトマス試験紙でもある。そして、僕の場合往々にして、自分の論理がシンプルではなく、伝わりやすくない流れである、とわかってしまって、ぐったりするのだ。

そうはいっても、何とかパワポと当日プレゼン用の原稿も用意した。後は、明日午前中を乗り切ればいいだけだ。不安もあるけど、この間疲れていて、だいぶ眠いので、今日はこの辺で。