自戒モード

 

久しぶりにゆっくり机の前で仕事が出来る。
必要に迫られて、4年前に読んだ本を読み返していたら、グサリとくる箇所に突き当たった。

「相互浸透の度合いが低い(あるいはそれが欠落している)場合は、データと分析が乖離している状態にあると考えていいだろう。こうした乖離は、たとえば、調査者が最初と最後の部分で精緻な概念図式を展開しているようなレポートにみいだされる。その中間の部分では、最初と最後の部分で提示される概念図式に関連づけられていない、抽象度の低い常識的な記述が展開される。つまり、分析がデータから発展させられる、あるいはデータの分析のために使用されるというより、レポートのそれぞれの末尾でデータに付加されているように見えるのだ。レポートを通してデータと分析が緊密に結合されていないので、両者の関係は不明確なものとなる。このようにレポートにおいてデータと分析の相互浸透を達成しそこなうということは、事実上、調査者が現実に何の分析もしていなかったことを意味する。」(J・ロフランド&L・ロフランド『社会状況の分析』恒星社厚生閣 p225)

この数年間の間に、「データと分析が緊密に結合されていないので、両者の関係は不明確なものとな」った、つまりはデータと分析の「相互浸透を達成しそこな」ったレポートを書いてこなかったか? 思い当たる節がないと言えば嘘になる。「時間がない」のを言い訳に、「抽象度の低い常識的な記述」で済ませたものがある。そもそも「最初と最後の部分で精緻な概念図式」すら描けなかったものもある。こういうタケバタは、筆者らによれば次のタイプに当てはまるようだ。

「記述過剰の過誤は、分析に対して過剰な記述が提供される場合である。著者は状況の具体的で詳細な事実を提示することに熱中するあまり、そうした事実を整序・説明・要約する分析概念と着想との関連を見失うのだ。このようなレポートは、単純な歴史記述ないしジャーナリスティックな記述と類似している」(同上、p224)

ただ、ここで注意しておかなければならないことがある。優れたジャーナリストなら、「記述過剰」に陥らないことは、私の師匠などを見ているとよくわかる。記述する方法が学術的かジャーナリスティックか、は別として、師匠の作品などは事実の記述だけでなく、そこから「事実を整序・説明・要約する分析概念」を立ち上げて、現実へ切り込んでおられる。それに対して、己の仕事はどうか? 「状況の具体的で詳細な事実を提示することに熱中」してはいなかったか? そういえば、昔師匠が仰った「下手な研究者は無駄に情報ばかりを求める」というのも、「記述過剰」への警句だったんですね。

何で今頃こんな事に気づくのか。いや、私には有り難い仲間がいて、ちゃんと教えてもらったのであります。先週スキーに出かけていてさぼってしまったある研究班の会合の議事録が送られてきたので、読んでみると、私の担当部分にこんな事が書いてあった。

「注意点:文献研究ではない、論理的枠組みの持ち込みは禁止!!」

同じチームのH氏は的確に、私の怠慢・さぼり癖・問題点を見抜いている。「記述過剰」および、自身の論理展開ではない、他から借りてきた「概念図式を展開している」私の仕事ぶりに対して、厳しく「そりゃ、あかんよ!」とおしかりを受けたのである。これって、ロフランド夫妻の仰る「事実上、調査者が現実に何の分析もしていなかったことを意味する」という宣告のパラフレーズそのものだ。グサッとくるけど、言われてごもっとも。さてどないしよう、と本棚を探していて、偶然久しぶりに目にとまった本を開けてみたら、引用した件の記載が目に飛び込んできた。あまりにバッチリな記述に、思わず「すんません」と思ってしまう。さて、今からとある別の研究の中間まとめ。データと分析をじっくり付き合わせるような、「相互浸透の度合い」を高める仕事をせねばという自戒モードであった。

月またぎの旅行

 

昨日今日と、久しぶりに遊んできた。

ところは車山高原。そう、今季初滑りに出かけたのだ。一昨日は東京で一日会議があったのだが、夕方には「風邪気味ですので先に帰らせてください」と早々に切り上げ、明日の神戸での会議は「前から約束していましたので」と断ってまで、何とか空けた丸二日。事実、沖縄出張から帰ってきて、本当に風邪を引いてしまい、半分仕事を休んでダウンしていたのだが、何とか葛根湯のおかげで「病み上がり」。年に1度、東京からやってくる大学時代の友人Nとそのパートナーを甲府駅で拾って、4人で今年も白樺湖方面へとアクセラ号を疾走させていく。

大門峠で徐々に雪景色が深まり、白樺湖は結氷していうる上に、昨年より少し雪深い模様。更に車を進めて辿り着いたスキー場は快晴で風があるのでサラサラな雪質。しかも金曜なので人も少ない。3拍子そろったコンディション。だが、今回は病み上がりで、仕事も忙しく、前回教えてもらったTコーチの教えを復習する間もなかった。しまった、と思いながら、スキージャンパーのポケットをまさぐっていると、まさにその教えをメモしたこのスルメの過去ログのプリントアウトしたものが出てきた。このときほど、ポケットに何でも詰めておく自分の癖に感謝したことはない。駐車場からスキー場に出かける坂道で、ありがたく拝読する。そう、足の裏で滑るんでしたよね・・・。

なのに、最初の滑りでは、無意識のうちに怖くて足をグーにして、無理矢理肩や腰で曲がろうとしていた。下まで滑ってみて、なんでエッジが効かないのだろう、と意識して、はっと気づく。しまった、一番してはいけないことをしていた。しかも、変に力を入れたもんだから、足の裏が緊張して痛くって仕方ない。以後、足の裏を意識しながら滑っていくのだが、なかなかその痛みは取れにくかった。よって、1時間滑ってお昼ご飯、その後1時間あまり滑って今度はお茶、と大変「文化会系」(=非体育会系)スキーである。

とはいえ、Tコーチに受けた実質的プライベートレッスン!は一年後もしっかり身に付いていた。一旦感覚を取り戻すと、何とか足をそろえて滑り始める。中級コースの、角度が急な斜面も、Tコーチに教えてもらった通りに、怖ければボーゲンで、少し慣れたら右に左に多少エッジをかけながら降りていくと、見た目はどうであれ、難なく降りていける。そうすると、俄然面白くなっていき、結局リフトが止まる直前の4時半くらいまで滑り続ける。

で、泊まったペンションでは、温泉にもつかり、超美味しいビールに心を躍らせ、最初のアペリティフがすごく美味しくてというあたりまでは、よかった。だが、そう、病み上がりなのである。そこの食事がヨーロッパテイストの、ハーブをバリバリに効かせ、濃厚なテイストで、脂っこい食べ物だったせいもあるのだろう。急に途中から脂汗が出てきて、みんなが美味しいと喜ぶデザートもパス。食いしん坊のタケバタにしては、相当の緊急事態である。部屋に戻って胃薬を飲もうとしたら、我慢できずにトイレに直行。そういえば、本来のタケバタは胃弱である事を忘れていた。久しぶりに風邪菌と共に外にはき出してしまい、ベッドに横たわって2時間程、コンコンと寝る。その後、すっきりして別室での宴会会場に合流したのだが、おつまみもお酒にも全く手が出ず、ひたすらお茶ばかり。改めて、最近の無茶な日々を反省していた。

という悔恨の念が天に届いたのか!?、翌朝は多少調子を盛り返す。翌朝、雪がちらつく露天風呂で汗をたっぷりかき、またもヘビーな朝食は少し学習したので量を減らして、ゲレンデへ。9時半には着いたのに、車、車、車。しまった、今日は土曜日だった。そう、めちゃくちゃ多い人、人、人である。ただ、幸か不幸か多少吹雪いていたので、人は多くても雪質は悪くない。リフトもそんなに並ばずとも乗れた。滑っているうちに多少日差しも出てきて、午前中何本か滑っていく。だが、今度は、ウェアーに問題が! 4年前にスウェーデンに住んでいた折、北極圏のイエリバーレに遊びに出かけたのだが、その際に買ったモコモコのダウンジャンパー。零下10度以下の散策には良いかもしれないが、スキーをするには分厚すぎるし、超汗っかきのタケバタにはジッパーを閉めると、あまりに暑い。で、滑りながら少しジッパーを下げると、とたんに冷風が吹き込んで来て、その後リフトに乗ってる間、その冷気が全身を冷やしていく。一難去ってまた一難。また風邪を呼び込んでは仕方ないので、足もガクガクだし、お昼前には早くも終了。
早速着替えて、帰宅の途に着く。

まあ、その甲斐あって、何とか風邪も引かず、帰りに美味しいそばも食べ、諏訪の魚屋にも寄り、3時過ぎには友人夫婦を甲府駅でお見送り。久しぶりに仕事を一切忘れて楽しんでいたので、ちょっと喉はイガイガ気味だが、大変リフレッシュできた。さて、来週もまたまた山ほど課題があるが、頑張れそう。2月最後の夜はとんでもない終わり方だったが、3月のはじめは良いスタートを切れた、ことにしておこう!

那覇空港より

 

先週はコペンハーゲンで、今週は那覇、節操なく空港から書いております。

日曜日に山梨に帰り着き、時差ぼけする間もなく、月曜日からゼミに県自立支援協議会に東京出張に、とドタバタしていた。ここしばらく、11時か12時に寝て7時に起きる、というリズムがかなり確立されているためか、スウェーデンのようにそれが大きくずれると、本当に身体きつく、時差ぼけもしんどい。だが逆に、日本に帰ってくると、日常に戻る事もあってか、思いの外スムーズに時差ぼけなく日本に順応する。それはよいのだが、スウェーデンの記憶がもう薄れつつあるのが非常にまずいのだが

で、今週はこの1年間かけて準備してきたことが、新たな局面にさしかかりつつある。
火曜日は、ようやく県の自立支援協議会の第一回会合が行われる。この自立支援協議会というのは、自立支援法の中で市町村、都道府県単位に実施が義務づけられているもので、地域での政策課題を、障害当事者と関係機関が同じテーブルについて議論出来る場だ。厚労省はこれに力を入れているが、現時点で設置されているのは1800近い市町村のうちの4割。また、その内容も、千差万別になりはじめている(と予想される。なんせ、ネガティブな実態についてはなかなか語られる事がないので)。

でも、千差万別、と書いたのは、この協議会さえ開けば薔薇色、とは僕自身、思ってはいないからだ。行政が開く各種審議会、公聴会、協議会に類するものの中には、形骸化したものもあれば、そこまでいかなくとも「魂のこもっていない」会、あるいは「地域代表のガス抜き会」といったものもあったと思う。で、この自立支援協議会だって、当然のことながら、同じ危険性を孕んでいる。

だからこそ、山梨では「出来る限り実質的な議論の場を作ろう」と下準備を重ねてきた。拙速に形だけを作るのではなく、行政の担当者と各領域の地域代表者が膝を詰めて全県的課題を議論できるような場作りをしよう、と構想を練ってきた。行政担当者にも、地域の様々な支援者とも、方向性をお互いに納得しあうために、何度も何度も話をしてきた。その上で、ようやく第一回の会合、という入口にたどり着けたのである。だからこそ、この第一回会合から、早速各種課題の整理のための準備作業が始まっている。セレモニーよりも実質的議論のスタートに、感慨深げになる暇もなく、動き始めた。

また、金曜日は各地域で山梨の地域作りの旗振り役のone of themになって頂いている、各コーディネーターの方々と合宿をしながら議論。夜中までとことん話し合う。措置制度から支援費制度、障害者自立支援法とこの数年で法律がガラガラと変わる中で、地域の当事者・家族の声を「圏域ネットワーク会議」としてまとめてこられたコーディネーターの方々の位置づけも、大きく変わりつつある。そのまっただ中にあって、皆さんの役割を再確認しながら、県や地域自立支援協議会の中でどう地域支援に取り組んでいけるか、について、具体的に議論を重ねていた。地域で解決しきれない課題を話し合う県の器(県自立支援協議会)が出来たからこそ、そこでどういう中身ある議論が出来るか、が、市町村の現場で再度問われている。その意味で、県の体制だけでおしまい、ではなく、地域レベルと県レベルの課題共有と解決に向けた模索をどうしていくのか、という往復をどうしていこうか、が目下の最重要課題なのである。

という議論内容も踏まえ、日曜朝は場所を変え、ジャケットがないと少し肌寒いくらいの沖縄で、とある学会の自由報告してし上記課題を発表していた。「障害者福祉政策とソーシャルアクション-インキュベーターとしての自立支援協議会」というタイトルもアヤシイが、この自立支援協議会が新たな社会資源創出の為の公的な「インキュベーター」機能を持ちうるとしたうえで、それを実質的に機能させるために各アクターがどう動くべきか、といったようなことを、報告していた。90年代に言われた「住民参加の福祉計画作り」が、うまくいったところもあるが、形骸的に終わった地域も少なくない。障害福祉計画にしても、しかり。この「住民参加」や「参画」について、自立支援協議会という枠組みをどう使えるか、そのために、各地域の当事者・行政担当者・コーディネーター・支援者といったアクターがどのようなリーダーシップを取りうるか。こういった成熟途中の課題を、幾ばくかの理論的視点も混ぜながら、現在検討中の課題としてフロアの皆さんに投げかけ、有意義なコメントを頂けた、と思う。

なんだか、今回は研究者としてなのか、実践者としてなのか、の位置づけがしにくく、その間の立場で話をしていたようだが、たまに現場を離れ、アカデミックなモードで少しこの現場の事象を整理する事は、自分のスタンスを再確認・再点検する意味でも非常に有益だ。そういう意味で、この1週間は、大いに自分のスタンスやこれまでの歩みを振り返る良い機会になった。

明日は朝からある圏域で、この1年間の変化について、県の動きについてなど、地域の現場に報告する機会があり、24時間滞在で山梨に戻る、というドタバタぶり。だが、ちゃっかりと買い物もしていた。去年沖縄にたった44時間だが滞在していたので、地図はなくても土地勘はおぼろげながらある。今回はゆいレールの牧志駅内のコインロッカーに荷物もジャケットも放り込み、国際通りをすたすた歩いて、繁華街へ。公設市場はたまたま休みだったが、ソーキそばを食べ、付近の露天で買い物もし、以前立ち寄っていい泡盛を教えてくれた泡盛専門店でパートナーへのお土産も買って、空港にたどり着き、現在に至る。

これから山梨まで5時間半かけて帰るのか、と思うと、ぐったりするが、まあ、しゃあない。今週の木曜日には北欧の調査報告をしなければならず、それ以外の原稿もある。粛々と、文化的雪かきのごとく、目の前の仕事を飛行機の中でも片づけていこう。そう、来週末は久しぶりにスキーだし。そんなことを考えながら、そろそろ搭乗案内のアナウンスが始まった。

あわてんぼうのサンタクロース

 

コペンハーゲン空港、時刻は午後1時を迎えるところである。

前回は水曜の現地時間午後、ストックホルム空港からお伝えしたが、その後、イエテボリに移動。イエテボリでは、以前の調査でお世話になった団体の支援者Aさんとその息子さんが迎えてくれる。なんでも風邪を引いて学校を休んでいるんだけれど、よくなった、とかで、二人で出迎えてくれた。ストックホルムでは全く知り合いがおらず、風邪を引きかけたこともあって心細かった。だから、余計にこういう歓迎は嬉しい限り。第二の我が家に戻ってきた気分である。

落ち着ける、というとノルドスタン(イエテボリ最大のショッピングセンター)の中にある投宿したホテルでは、バスタブがあった。ストックホルムのホテルではバスタブがなかったので、これは嬉しい限り。昔はさして気にならなかったけど、年を取ると、海外に出かけた際、普段と同じ環境でくつろげるかどうか、で仕事の質が全然違ってくる、と感じている。

それは、昨日の晩、ある日本人のご家庭で頂いたみそ汁をすすりながらも感じる。わざわざホテルやレストランで高いお金でかつあまり美味しくなさそうなshishiやらsobaを食べたいとは思わない。だが、例えば即席みそ汁であったり、あるいはこういったおよばれの席でみそ汁が出てくると、それだけでふわっと安らぐ。お風呂にしても、食べ物にしても、ダイレクトに身体に効くものは、海外出張時のような環境変化の負荷が大きいときほど、ありがたい。両方ともまさに「身に浸みる」効果があったのだ。

で、数珠繋ぎ的に書いていくと、調査自体も今回はきちんと内面化(=身に染み渡る)ものとなった。4年前、スウェーデンに住んでいたおり、最終報告書としてこんなことを書いた。

「スウェーデンではノーマライゼーションがどこまで浸透したか?」

この報告書は副題に「グルンデン協会におけるself advocacyのあり方とイエテボリ市における地域生活支援ネットワーク調査に基づいて」とつけたように、知的障害者の当事者団体(セルフアドボカシーグループ)の活動を追いかけた内容と、ある市における障害者支援の実情を調べたものの二本立てになっている。で、その調査の続きとして、前回スウェーデンに訪れた際(2006年秋)は、そのグルンデン協会のその後を追いかけていた。今回のスウェーデン調査では、後者の、スウェーデンにおける障害者の地域生活支援のその後、を調べていたことになる。(と今こうやって書いてみて、ようやく気づいた!)

4年前の報告書にはもちろん様々な限界やもっと書くべきであったことなどを感じたから、こうやって追加調査に訪れている。だが、でもそれを割り引いたとしても、手前みそだが、わりかしこの報告書は内容がてんこ盛りだと思う。ただ、半年の現地滞在で見聞きしたことを一つの報告の中にギュッと入れようとがんばりすぎて、読み手にとって(ということは後で読む僕自身にも)話題が広範すぎて、というか、情報の編集が下手くそで、きちんと書いている際に伝えたかった事が、伝えにくいパッケージになっていた。今回4年ぶりにその報告書を読み直し、またフォローアップの調査をしても、わりかしこの調査時の知見がポイントを突いていた、と再発見する。そして、この4年間で失敗の中から少しは学んで、次に書く際は、もう少し的を絞って(焦点化して)、まとまりあるものが書けるのではないか、と思っている。

この地に来る直前に、友人の研究者に現地で会う人のことを尋ねた際、こんなやりとりが帰ってきた。

「北欧研究も第二世代、あるいは第三世代に入り、理念紹介と現場紹介の中間部分を丁寧にやっていく時代に入っています。」

断っておくが、僕自身はスウェーデン語の読み書き話は出来ず、今回も半分英語で、半分通訳をお願いして調査をしたので、北欧研究者とはいえないし、今後もそうはなれない。あくまでも日本の障害者福祉の研究者である。でも、スウェーデンのことを紹介する際に「理念」か「現場紹介」か、の二者択一的な(しかもその表層を伝える)やり方では、限界があることは、まさに身に浸みてわかる。障害者の権利法であるLSSの実態についても、あるいはセルフアドボカシーグループの活動についても、実態から見ると、必ずしも手放しで喜べない問題点も抱えている。でも、よく考えたら、それってどこの組織にも共通する話。日本の実情を調べる際に、そういうバランスを欠いた論文では許されないのに、海外のことであれば、特に英語圏以外では、まずは紹介が先なので、そのあたりは不問にされてきた。だが、いよいよ友人含め、北欧研究者が増えてくると、その先にあるかの国の「実態」と我が国のそれとの比較のまなざしが求められている。もちろん、それは僕自身とて例外ではない。

今回通訳をお願いした方も、こんな事を仰っておられた。「日本人によるスウェーデンの紹介は、時としてユートピア的になり、そうでなければ批判ばかりになる」。この発言は、まさに正鵠を得ている。バランスを欠いたワンサイドの見方では、誰も納得しない。良いものの中にも問題があり、悪いと見なされている事の中にも、そうではない部分もある。そのどちらにも目を配り、そこから何を抽出(=抽象化)できるか、が研究者に求められていることなのだと思う。

4年前の足跡を辿りながら新たな情報を入れていく中で、今回の旅では、そんなバランス感覚の大切さ、を改めて実感していた。

そうそう、ブログを終える前に、表題にかいたことにも触れておかなければ。
いつもお世話になっているM先生から、前回のブログを拝読され、こんな書き出しのメールを頂いた。

「ブログを見る限り、『あわてんぼーのサンタクロース♪♪』のような感じで現地に行かれたようですが、ヒアリング自体は有意義なようで何よりです。」

コペンの空港ではトランジットでたっぷり時間があり、4時間分のワイヤレスインターネット代金を払ってしまったので、グーグルで今、ひいてみたら、こんなyou tubeの映像に出会った。イヤホンをヨーヨーマによるバッハの無伴奏チェロ組曲を奏でるipodさんからレッツノート君に差し替えると、こんな楽しげな歌詞が飛び込んできた。

「あわてんぼうの サンタクロース
えんとつのぞいて おっこちた
あいたた ドンドンドン
あいたた ドンドンドン
まっくろくろけの おかお」

確かにそうですね。今回は出国前があまりにドタバタしていたので、「えんとつのぞいて おっこちた」かのように色々忘れ物もしたし、まあ大変だった。でも、帰国する直前の今の気分は、この歌詞の最後のフレーズに託することができそうだ。

「あわてんぼうの サンタクロース
もいちどくるよと かえってく
さよなら シャラランラン
さよなら シャラランラン
タンブリンならして きえた」

スウェーデンだけでない、いろんな現場は何度も何度も「もいちどくるよ」と訪れなければ、その本質はわからない。でも、どうせ戻ってくるのなら、帰る際は「シャラランラン」と「タンブリンならして」楽しく消え(=日本に帰り)たいよね。時差ぼけも1週間たってようやく直ってきたようだし(=日本でまたしんどいのだろうけど)、せめて気分はるんるんと、日本に戻ることにしよう

ストックホルムより

 

たった1週間のスウェーデン調査。土曜日は甲府でも大雪だったので、バタバタと荷造りをして、千葉まで逃げて、無事に旅立つ。でも、ここ最近死ぬほど忙しかったからか、色々忘れものが多い。デジカメを忘れて写るんですを買い、海外での変換プラグを忘れホテルで借り、ANAのマイレージカードをコペンハーゲン空港で落としたようで再発行のお願いをする始末。時間的余裕がない中での旅行、というのは、あんまりよろしくない。

昨日は今回の調査の目玉の日。社会庁で、朝から夕方まで、都合3人の人々に、色々インタビューをする。インタビュー自体は成功裏に終わったのだが、そこで緊張の糸が切れたのか、またストックホルムが急に冷え込んできた為もあってか、ホテルに戻ってから、何だか調子が悪い。さらに、昨日までパソコンがネットにつながっていたのに、昨日晩から急につながらない。フロントに電話したら「サーバーがダウンしています」とのこと。僕もそのうち調子が悪くなり、ダウンしかけたので、これだけは忘れずに持ってきた葛根湯を飲んで、夜7時頃には眠りにつく。時差ぼけであまり寝れていなかった+久々に英語を使うストレス+ちゃんと思い通りのことを聞き出せるかという心配など諸々重なってぐったりしていたが、厚着をして汗をかいてねると、夜中には多少ましになる。で、これも忘れなくてよかったのが、即席のみそ汁。身体に染み渡るので、マグカップにいれて二杯飲む。その後ほっこりしてきたので、また眠りにつくと、何とか翌朝には復活。ああ、よかった。

今回はたった一週間なのだが、LSS(障害者の権利法)の実態と支援者教育という二本の柱について、かなりみっちりと、聞き取りを続ける。今日は午前中、神学博士の方と支援者の倫理(ethics)について議論。倫理と聞くと、説教くさい話に聞こえるかもしれないが、さにあらず。対人直接サービス(英語ではHuman Serviceなんて言いますが)に携わるものが持たなければならない価値とは何か、について、じっくりうかがう中で、こういう視点が確かに必要とされているよなぁ、と実感。もちろん、1時間半のインタビューでは、その入口の部分しか聞けなかったので、帰って教えてもらった本をじっくり読みながら勉強せなあかんよね、という項目を発見してしまう。

で、あと5分で、1時間の無線ラン使用権が切れるので、これからの予定も簡単に。
これからイエテボリに向かい、4年間に前にお世話になったグルンデンを表敬訪問。それから、イエテボリでもLSSの実態に詳しい人に聞き取りをする。木金とみっちり働いて、土曜の飛行機に乗って、日曜日には帰国。ほんとはもっとじっくり聞き取りをしたいのだけれど、日本の宿題もぎょうさんたまっております。ただ、やはり日本をつかの間でも離れると、日本でのあれこれを相対的に考え直すチャンスであることは確か。ここ最近、忙しすぎてあんまりゆっくり考える間がなかったので、ちょっと反省モード、で飛行機に乗り込むこととしよう。

では、また。(たぶん次はイエテボリより)

良薬の苦さと堅さ

 

またもやご無沙汰しております。

年度末で、来週スウェーデンに調査に行く準備もあり、12月末から年度末までの特別プロジェクトの仕事も入り込んでくると、文字通り「目の回る」日々である。大学の講義は終わったが、ゼミ生の支援やら、採点・成績評価もある。研修も2月は結構ある。県の仕事も入ってくる。カレンダーを見るとびっちり予定が組まれており、風邪を引く余裕すらない。でも、この間、大阪出張のあたりでは危なかった。兎に角葛根湯を飲んで何とかしのげたけれど

で、今日は前からパートナーと約束していた、今季初のスキーのハズが
朝から、寝覚めが悪い。昨日調子に乗ってスパークリングと赤の2本のボトルを空けてしまったことが、バッチリ身体にきて、二日酔いで全身が怠い。しかも外は甲府でも雪が残っている。何だかこのまま出かけると風邪引きそうだよなぁ、でも今週末からスウェーデンなのに絶対引けないよなぁ。そう思いながら、車に乗り込んで、高速に乗る直前になって、パートナーがジャンパーを忘れたと言い出した。そこでお互い顔を見合わす。「まあ、無理をするな、やめとけ」、ということですね。で、スキーは直前で中止に。

さて、家に帰って荷物を下ろし、せっかく外出モード+珍しい二人揃った休日なので、服を少し軽装にして、バーゲンの広告が入っていた八ヶ岳アウトレットに向かう。小淵沢インターを降りると、結構道に雪が残っているばかりか、日陰はちと凍っていた模様。これで大門峠なんか行ったら、死にそうだった。行かなくてよかった、と実感。ついでに、バーゲンで温かい焦げ茶のズボンなんぞを安く手に入れて大満足。結局運動より買い物をとったのでありました。

事ほど左様にルンルンと今日は息抜きが出来たのだが、目の前の仕事はどれも結構〆切がきているだけでなく、一定の質の高さや自身の向き合う姿勢が問われているものが多い。つかの間の休日の夕べに、改めて、襟を正すために、先週の大阪出張の帰りに読んだ本の一節を触れておこう。

「ベーター読みは努力をともなう。口あたりもよくない。堅くてかみくだくのも大変である。よほど意欲がないと、できるものではない。社会へ出ると、学校の勉強ではベーター読みを相当やっていたような人が、そんなことは遠い夢であったかというように、もっぱら通俗のアルファー読みにわれを忘れる。」(外山滋比古『「読み」の整理学』ちくま文庫、p173)

外山氏は、「既知や経験済みのことについてのことばの活動」を「アルファー読み」、それに対して「未知を知るための言語活動」を「ベーター読み」と定義している(同上、p119)。最近、忙しくしていると、つい、アルファー読みで誤魔化そうとする自分がいる。堅くてかみくだく時間がない、なんて言い訳をして、サクッと掴みやすい「アルファー文献」でお茶を濁している自分がいる。最近、ある方からこの間の自分の行動に対する戒めのお言葉を頂いたのだが、それは「ベーター読みが出来ていない」という事を別の形で指摘されたのだった。「通俗のアルファー読みにわれを忘れ」ていないか? グサッとくる問いだ。そして、忙しいからこそ、今日のように休みもちゃんととった上で、「未知を知るためのベーター読み」をしなければ、内部から腐ってしまう。

「ロープウェーがあるから、それに乗って頂上へ行くことも出来るけれども、山に登った喜びはロープウェーでは味わうことはできない。アルファー読みは楽でたのしいだろう。ベーター読みはやっかいである。しかし、ロープウェーがあっても登山が決してなくならないように、いかにアルファー読み向きの読みものが多くなっても、ベーター読みがおそろそかにされてはならない。わかりやすい本があふれるように多い、こういう時代だからこそ、けわしい山に挑むような読書がいっそうつよく求められる。」(同上、p142-143)

時間がないことを、安易にロープウェーに頼る理由としていては、そもそも「けわしい山」に登るための基礎体力すらなくなってしまう。登山経験があるといっても、所詮僕が登ってきた山は、「けわしい山」の麓までの登山に過ぎない。ここからが、本当の登山の「入口」のはずだ。その「入口」で、すでにロープウェーに頼り始めているようでは、「既知や経験済みのこと」の閉じた環の中に入り込んでしまう。忙しいから、時間がないから、色々求められることが多いからこそ、安易な方向に逃げずに、優先順位をつけ、「けわしい山」への努力を引き受けることが大切なのだ。良薬は口に苦し、なだけでなく、咀嚼もしづらい。この苦さや堅さに耐えて、噛み続けることが出来るか。「昔取った杵柄」に固執する人生か、更なる成長を遂げるのか、の分かれ道にさしかかっている。

「資本主義的能力」へのザワザワっ感

 

2週間弱、ブログの更新が止まっていた。
すんません、生きております。元気でもおります。でも、まとまった時間がないんす。

一塊の文章を、出来れば他者の見解も入れながら書き留めようとすると、小一時間ほどかかる。その小一時間が、ここ最近、全く取れなかった。この2週間で一泊二日の出張二回、日帰り出張二回、丸一日の研修一回、講義に原稿に校正にと、目の前の雪の山をかいてもかいても減らない日々。挙げ句の果てに、そんな時間のない中で結構頑張って書いたとある原稿が、依頼元の都合で半分以下に削られる運命に。とほほ、と脱力しそうになる。でも、今日明日はセンター試験のお仕事なので、脱力してもいられない。痩せる思いだが、実際はジムにも行けないので、太りそう。今晩は仕事帰りにこってり泳がねば

そう、あんまり時間が取れないので、いつもの半分の時間で、メモ代わりにでも書いておかないと、フラストレーションがたまる。そこで、今日は30分一本勝負なのであります。

普段色々勉強させて頂いているとみたさんのブログは、今年、更新頻度がグッとあがり、考察されている内容も面白い。今朝読んだ文章ではこんなことが書かれていた。

『大きく引っ掛かっているのは「社会起業」ということばや概念なんだということがだんだんわかってきました。NPOの世界やその周辺の中で、最近、常に語られる「社会起業」。(略)いま、私たちが暮らしている社会の中で、できうることを少しずつ取り組んでいくという視点からみると、当然、これらはありなのでしょうが、どうしても、「資本主義的能力」を前提とした「強い個人」をその主体とする理屈にのって話をするときに、どうしても、ザワザワっとした違和感を感じているようです。』

僕自身もザワザワっ感を感じていたが、こういう風に文字化してくださると、「そうそう」と思わず頷いてしまう。こないだも金子郁容氏の「コミュニティ・ソリューション」を読んでいて感じたザワザワっ感である。金子氏曰く、

「インターネット社会では、次の二つの方向性が同時に進行するであろう。(略)
G
軸-世界が平準化しグローバル・スタンダードが支配的になる。
マーケット・メカニズムが一層重要になりグローバルな活動が必要となる。
C
軸-文化的・経済的多様性と分散化が進む。
たくさんの新しい関係性が発生し多種多様なコミュニティが形成される。
(略)
企業、NPO、行政などの組織がインターネット社会で生き残るには、グローバル性に特化するか、コミュニティ性を高めるか、それとも、(かなり難しいが)その両方を同時に進行するかの三つにひとつということになる。」(金子郁容「コミュニティ・ソリューション」岩波書店、p82-83

この整理自体は「すっきりしている」し、「美しい」のだが、何だか引っかかる部分がある。それがなんだろう、と思っていたのだが、金子氏の整理の背景にはとみたさんのいう『「資本主義的能力」を前提とした「強い個人」をその主体とする理屈』があるように感じられる。

社会起業も、何冊か囓ってみたが、やはりその中心には「強い個人」がいる。もちろん、そういう人々が何らかの器を作って、ソリューションを考えていくのだが、そこには「この人がいなくなってしまってはオシマイ」の壁が常にある。これは「強くない(=弱い)個人」を支える仕組みである時には、非常に危険なロジックだ。特に福祉の現場って、これまでだって公的支援が弱い中で、アントレプレナー的にゼロから構築してきた名うての支援者が一杯いた。そういう現場をすごいなと眺めていて、でも感じる危険性は、「この組織はあの人がいなくなればどうなるのだろう」という問題。人に依存するヒューマンサービスの組織では、ある程度仕方ない、ともいえなくないのだが、でも、組織が潰れてこまるのは、サービスを受けている「強くない(=弱い)個人」。しかも、その人の「弱さ」は、人間的なもの、というより、「資本主義的能力」という部分的な「弱さ」である。それを補完する為の仕組みが、「資本主義的能力」に基づいた論理で構築されていたら、危ういのではないか。何だかそんなことを感じている。

どうも尻すぼみだが、そろそろ出社の時間。続きはまた、細切れの30分に。

ウダウダから可視化へ

 

気がつけば正月休みも終わり、こちらも仕事モード。
申し遅れましたが、今年もこのブログをどうぞよろしくお願いします。

で、タケバタは新年早々の出張。昨年末にエアエッジ君を購入してしまったので、「しなの」の車中からでもこのスルメが更新できてしまう。いいんだか、悪いんだか。

この正月も1300キロかけて、実家ツアーに出かけてきた。渋滞予測の通り、今年は分散型だったようで、行きも帰りも若干の渋滞はあったものの、おおむね順調に旅を続ける事が出来た。日程を去年よりも一日延ばした、ということもあってか、だいぶのんびり出来た帰省であった。本当に電源を抜いたようになると、このオシャベリさんが、ほとんどぼんやり口数少なくなってしまう。特に後半の京都の実家では、気も抜いた為、酔いも早くまわり、おとそも大していただかないうちに、すっかり出来上がって、居眠りしてしまう。

そのおかげもあってか、昨日一昨日とジムに出かけたが、今年はほとんど正月太りすることなく、帰宅することが出来た。ちゃんと岡山でも京都でも歩く機会もあったし、正月早々悪くない滑り出しである。この調子で新年からバランスを取っていかないとねぇ。

で、山梨に帰った翌日から、こちらは仕事始め。年末にある程度仕事を片づけておいた、と思ったら、さにあらず。そういえば年末に「年明けまでにA4で10枚程度」「2月の学会発表を」なんて恐ろしい宿題も引き受けてしまった事もあって、年明けからデッドラインのある仕事がわんさかある。そうそう、来月はスウェーデン調査に行くつもりだが、その日程の確定も、年末になってようやく決めたところ。どうも昨年の特に後半は、決断力が鈍くなる(遅くなる)がゆえに、仕事が後手後手に回っていたことが多かった。その背景には、こんなつぶやきが隠されている。

「この決断をしてもよいのだろうか」「他の条件が整わないと」「正しい判断だろうか

普段のええかげんなタケバタからは想像できないかもしれないが、僕の本来の性格は「石橋を叩いて渡る」タイプであった。だから「機が熟すまで」「ギリギリまで」判断材料を並べて、ウダウダ悩むことも少なくなかった。もちろん、何にも考えずに右から左、という思考は問題がある。とはいえ、一定量以上の仕事を扱うようになってくると、多くのタスクに関して、先送りしていると、そのうち忘れてしまう。それよりは、「えいや」と決断して、駄目だったらその時考える、という方が、多少はましなのではないか、ようやくそう思い始めたのだ。

こんな事を書いていると、自己啓発系ビジネス書の亜流のようだが、でも実際、決断の先送りは、あまりよい結果をもたらさない。それでも不安な場合、まずはその要素を全部書き出して検討してみたらいい、ということで、ある方に教えてもらったマインドマネージャの体験版をインストールしてみる。なるほど、放射線状に整理してみると、不安や未決材料も可視化されてくる。不安なのは、考えがまとまらず、しかもそのまとまらない要素が整理(可視化)されていないから起こる場合が、僕の場合は多い。それなら、こうして決断が鈍る際にはどんどん可視化していくことによって、とりあえずの決断が出来る。そのプロセスを残しておけば、後で再検討する時も、どの時点でのどの判断に問題があったか、を理解することが出来る。天才型ではない人間にとって、自身の直感を可視化して補強するこの手法は、結構使える。というわけで、昨年末からマインドマネージャーにお世話になって、どんどんマインドマップを作って整理していく。おかげで、未決状態だった懸案の仕事もだいぶ整理できた。後は書くだけである。

今年はこういう思考の補助具をフル活用して、ウダウダしていずに、もう少し仕事(や決断)の効率化とスピードアップ(もちろん質を落とさずに)をしなければ、と改めて思う。やることは、次から次へと振ってくる。断る、という選択肢もあって、もちろんそうさせて頂く場合もある。でも、社会的使命、というほどではないけれど、このスタンス・現場であるが故にお願いされた仕事では、断れない場合もある。一度引き受けたなら、いい加減に終わらしたくない。でも、正月に電源を抜く日々をすごして実感するのだが、こういう休暇もちゃんとコンスタントにとらないと、バッテリーが上がる、だけでなく、回路がショートする日もそう遠くないような気もする。しかも、そういう最終的なバランスは、他人ではなく自己責任。ならば、仕事の効率化と休みの確保、という当たり前のような(かつ日本ではなかなか確保しにくい)ことをするしか、楽しく一年は過ごせない。

というわけで、今年はちゃんと働くけれど、ちゃんと休みもとろう、と心に決めたのでありました。
手始めは、2月のスキーから。しっかり楽しめるように、今月の〆切三昧を乗り切ろうっと。

場面と自身の変容

 

今年もこの時期、帰省中。岡山の山間の街には、ちらほら小雪が舞っている。

今年は帰省渋滞がほとんどなかったので、比較的楽に実家までたどり着く。そして、昨日からご馳走をおよばれしはじめたので、今日はテクテク歩く。身を切る寒さだが、ここで手を抜くとブロイラー状態になってしまう。今日と、明後日くらいは多分散歩に行くことが出来るだろう。暇を見つけて歩いておかねば。

で、今は掘り炬燵でメールチェック。とうとうエアエッジなるものに手をつけてしまったので、こうして山間部でもネットにつながってしまう。いいのだか、悪いのだか。月6000円、と聞いて、それなら仕方ないかな、と契約したのだが、その後、ある友人から「でも年7万2千円なんでしょ?」と言われて、グサッとくる。このエアエッジ君に投資した結果、それほどの価値ある何かが返ってくるのだろうか? 単に無駄遣いに終わるのではないか・・・。ま、ためらっても仕方ないので、せいぜい有効利用するしかない。

さて、今年を総括してみると、何が言えるだろうか? 一言で表現するなら、transformationだろう。といっても、新幹線が変身してロボットになることではない(誰も誤解しないだろうが)。自分自身が大きな変容過程にある、ということだ。

制度政策や福祉現場、支援者に「変わる」ことを求める仕事をしていて、でも自分がそれを突きつけられている事には無自覚だった。しかし、実際に自分が外野からヤジを飛ばしているだけでなく、内野で変革のお手伝いというコーチ役をするようになると、まず真っ先に自分自身の態度・有り様が問われる場面が多くなってきた。変な話だけれど、自分の堅さ・偏狭さ・視野の狭さ、といった内面は、相手とのやりとりでもにじみ出てしまう。まさに、前回のブログでの引用を引くなら、「相手からの返答は自分の接し方へのフィードバック」なのだ。そのフィードバックを相手の真実だと誤解し、ああだこうだと批判しているのは、下手をしたら自分自身に向かってつばを吐いているのと同じになってしまう。あぶない、あぶない。

そこで求められるのは、これも前回の内田先生の引用で行くと、「与えられた状況でのベスト・パフォーマンスは何だろうという技術的で限定的な問題に心身を集中する」ことそのものだ。現状を批判している暇があるのなら、「与えられた状況」をじっくり観察して、相手の理屈もまずは理解した上で、その状況下での「ベスト・パフォーマンス」を模索するしかない。今年、私にとっての最大の変容は、空理空論を叫ぶばかりではなく、この「ベスト・パフォーマンス」の模索を始めたことである。外野から駄目だと叫ぶのではなく、内野から状況を判断した上で、実現可能な変容過程を模索するお手伝いをし始めた、とでも言えようか。そういう部分が、去年までは出来なかったのだが、気がつけばその最前線にいて、求められるようになった。

まあ、タケバタはもともと、こういうブリコラージュ的手法は、案外不得意ではないようだ。

「科学者と器用人(ブリコロール)の相違は、手段と目的に関して、出来事と構造に与える機能が逆になることである。科学者が構造を用いて出来事を作る(世界を変える)のに対し、器用人は出来事を用いて構造を作る。」(レヴィ=ストロース「野生の思考」みすず書房、p29)

構造(=理論)を精緻に学ぶ、という「科学者」としての基本は、大きな声では言えないが、僕には苦手である。だが、現場にあるリアリティ(=出来事)を元に、その地域にあった構造を作るのであれば、何とか出来るかもしれない。

「彼の使う資材の世界は閉じている。そして『もちあわせ』、すなわちそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。」(レヴィ=ストロース「野生の思考」みすず書房、p23)

このゲームの規則自体は変わっていない。だが、昨年までと今年の違いは、気がつけば「もちあわせ」の中身が変わってきているのである。それまでの「もちあわせ」にはなかったものが、今は使えるようになった。それと共に、今までの「もちあわせ」の切り札として使っていたいくつかの手札は、そのまま今の状況で使うと、返って場を壊しかねない状況になっている。そう、ルールは変わっていないのだが、場面が展開(変容)しているのだ。その場面の変容に合わせて、自分をどうトランスフォームしていけるのか? その際、ぶれてはいけない視点、変えてもいい柔軟さ、はどの辺か? ここらの見極めが、来年、自分自身が成長できるのか、の大きな鍵になっている。そんなことが、大晦日に整理していたら、浮かんできた。

さて、さらに熟考すべく、温泉につかって一年の垢を取ってくるとしよう。
では皆様、良いお年を!

「仮想敵」という枠組みからの脱皮

 

年末の甲府最終日、プールとサウナに入った後に乗った体重計は75キロ!を指していた。

思えば今年の年始、正月実家暴飲暴食ツアーから帰った時には、84キロを迎えていた。そこで一念発起して運動と食事のコントロールを始めて早一年。75キロなんて夢のまた夢、と思っていたら、案外来れてしまった。ただ、予断は許さない。何故って先週までは77キロとか78キロ手前だったのに、クリスマスの風邪で2,3日あまり食事摂取から遠のいていた、その後の事だからだ。だから、明日からの「正月実家ツアー」に出かけると大変アブナイ。今年は鞄にスニーカーをいれて、出来れば二日に1度は1時間くらい散歩して、何とか激増を防ぎたいのだが

もちろん、その前に一応煤払いも行う。とはいえ、予定もタイトだったし、昨日今日で終わらせる。しかもパートナーがもともとこまめに掃除してくれていたので、結構早く終了。いやはや、感謝、感謝である。で、一番汚いこの仕事部屋を整理していたら、「読んだ後にブログに書こうとして書類に紛れてしまった本」をいくつか発見。それらをぱらぱらめくっていたら、ほほう、という記事に出会った。

「武道は補正と微調整の『折り合い』の芸ですから、その点が面白いのです。武道の技術的な目標は『敵を倒す』ではなく、『敵をつくらない』ということです。(略)『敵をつくらない』というのは、その敵対要素について、そういうものがもうここにある以上、それが出現する以前の現状に回復することはもう考えず、これから先の人生はこのものの存在を勘定に入れて生きる、というふうに考え方を変えることです。(略)与えられた状況でのベスト・パフォーマンスは何だろうという技術的で限定的な問題に心身を集中する。」(養老孟司・内田樹『逆立ち日本人論』新潮選書、151-153)

この内田先生の「折り合い」の説明は、今年の竹端の仕事を象徴するような話である。

今まで、黒か白か、の二項対立的世界、あるいはこのブログでさんざん書いてきたフレーズで言えば、「あんたは間違っている(=You are wrong!)」という背景にある「そういう私は正しい」(I am right!)という枠組みでモノを見がちだった。だが、傍観者ではなく、コーチ役として現場に立つ立場になると、こういう誰かをワルモノにするロジック、では必ず陥穽に至ってしまう。単一の(モノクロの)理由を作り上げると、その批判された側からのハレーションに必ず合う、という失敗を繰り返してきたのだ。つまり、自分の元々ある枠組みに固執して、新たな要素は、その枠組みの内か外か、のどちらかに無理矢理入れて、世界を納得しようとしてきたのである。書いていて情けないが、随分薄っぺらな世界観だ。

そんな世界観だから、あちこちで「それはちゃうでしょ!」と指摘され、赤っ恥をかきつつ、修正してきた。そう、「このものの存在を勘定に入れて生きる」しかないのである。すると、自分のちんけな枠組みを脱構築するなかで、「与えられた状況でのベスト・パフォーマンスは何だろうという技術的で限定的な問題に心身を集中する」しか、自分が出来ることはないのだ。で、この問題に「心身を集中」する際に、大切になってくるもう一つの問題については、もう一冊の「煤払い本」に書かれていた。

「あなたが偏見に満ちた批判的な態度で接すれば、相手も同じような態度で接してくる。反対に、相手を受け入れ敬意を示して耳を傾ければ、やはり相手も同じように接してくるだろう。(略)あなたが相手を受け入れる程度に応じて、相手もあなたを受け入れるかどうかが決まってくるのだ。(略)相手からの返答は自分の接し方へのフィードバックだ。」(マデリン・バーレイ・アレン『ビジネスマンの「聞く技術」』ダイヤモンド社、206-207)

相手を「仮想敵」と見なすかのような「偏見に満ちた批判的な態度」であれば、それは無理矢理「敵」を増やすのと同じである。だが、、『敵をつくらない』ように、「相手を受け入れ敬意を示して耳を傾ければ」、そこから「折り合い」が産まれる。自分の薄っぺらな世界観に固執するのではなく、「与えられた状況でのベスト・パフォーマンスは何だろう」と考えようとするのであれば、このような積極的妥協、ともいえる「折り合い」が必然であろう。

前回も書いたが、20代から最近になるまで、随分肩肘を張ってきた。周りに認められたいから、と、背伸びをするあまり、「仮想敵」を作りまくって、「あれもダメ、これもダメ」と非協調的対応だった。だが、30代の半ばに近づく年になり、気がつけば、自身の発言に、注目が集まるし、若干なりとも影響される方々も出てきはじめた。それなのに、子供の物言い・子供の世界観、であれば、迷惑千万だし、誰にも聞いてもらえない。ちゃんと耳を傾けてもらえる立場に立たせてもらったのだからこそ、自分が誰よりも相手に対して敬意を払わねば。煤払いの二冊は、えらいもうけもんの二冊だった。

あ、明日は4時起き、5時出発なので、ボヤボヤしてないで、床につかねば。
では、次はうまくつながれば、岡山の山間からです。