「弱さに開かれる」ために

650ページ以上ある大著を、久しぶりにむさぼるように読み終えた。それが、アーノルド・ミンデルの最後の作品になった『Conflict(コンフリクト)――関係性の4つのフェーズを見極め、あらゆる対立の場に変容をもたらす』(英治出版)である。

ミンデルの本は10年くらい前に集中的に読んでいて、それをブログで取り上げたこともある。プロセス志向心理学の創設者であり、身体症状化している何かといかに対話出来るかを説いている本は、非常に興味深かった。今回はそのボディワークも含めて、葛藤の最大化状態にある他者化された何か(X)と私(u)の関係性を、ミクロからマクロまで包括的に取り扱っている大著である。

この本で今回整理された中心概念は、以下の四つのフェーズ理論である。

・フェーズ1:楽しむ。対立を扱いたくない。
・フェーズ2:緊張と対立。
・フェーズ3:ロールスイッチ。自分と相手の境界を越えられる。
・フェーズ4:デタッチメント。宇宙が自分を動かすのを感じる。

コンフリクト=葛藤とは「私たちではない、切り離された「X」のエネルギー」(p62)と、自己中心的な「自分が、自分が、自分が!」と主張する「u」との緊張と対立の最大化されたフェーズ2のことを指す。そして、このフェーズ2にとどまると対立関係が続くが、ここからフェーズ3やフェーズ4に移行できるか、が課題であり、どうやったらそれが出来るのか、を色々なパターンや実例を通じて何度も繰り返し述べている。

「あなたにとって最高の教師は、誰でしょうか? 私は教えることが好きですし、教師のように振る舞っていますが、本当の教師とは、あなた自身の身体です。他の人も助けになりますが、フェーズ4における自分自身の身体こそが、最も偉大で信頼できる教師なのです。私にできるのは、あなたにそのことを思い出してもらうことだけです。」(p551)

僕にとっての最高の教師は、足の冷えである。冬になると、足がキンキンに冷える。このことについて、10年前の段階で、こんな風に整理していた。

「自覚化出来ていないストレスが溜まったり、緊張したり、身体がへとへとになったり、という「身体自身の自己主張」に、僕が耳を傾けようとしないまま放置したとき、エッジとして、つまり「身体の声の代表選手」として、猛烈に「抗議」しておられるのである。それを、僕はこれまで「足にはるカイロ」や「登山用靴下」で、冬場は誤魔化してきた。でも、それ自体がそもそも、「何とかしろよ」という抗議の内容に耳を傾けることなく、抗議の声を押さえ込むために、「まあまあ、今日はこれでお引き取り下さい」となだめすかし、騙して、沈静化させていた。エッジを「意識的にキャッチ」しようとしないから、「心身相関的な問題」は最大化しつつあるのではないか、という仮説を抱くようになった。」

10年後、本書を読みながら、足の冷えという「私たちではない、切り離された「X」のエネルギー」は何を訴えかけようとしているのか、を、本書を読みながらずっと考えていた。そこで思い出したのは、子ども時代の「冷えの隠蔽」のエピソードだった。

僕は子どもの頃、しょっちゅう風邪を引いていた。お腹を下す下痢になることがしばしばあり、母親に「また風邪ひいたの?」と言われることがしばしばあった。そして僕は母親になじられたくないばっかりに、夜中に下痢をした際は、こっそり正露丸を飲むことがしばしばあった。今から思うと、母はなじっていたのではなく、単に事実として尋ねていただけなのだと思う。彼女は頑強で風邪を引くことがめったにないからこそ、なぜ息子が何度も風邪を引くのか、が理解出来なかっただけだと、今なら思う。でも、その当時の僕は、何度も風邪を引くのは自分の自己管理の甘さであり、弱さであり、ダメなことだと深く内面化していた。もっと強くならなければ、風邪を引かないように注意しなければ、しっかりしなければ、と追い込むようになっていった。

今回、僕の冷えを、自己中心的な「自分が、自分が、自分が!」と主張する「u」と葛藤し対立する「私たちではない、切り離された「X」のエネルギー」としてみる。足先をキンキンに冷やしながら、自己中心的な「u」に何をどのように異議申し立てしようとしているのか。それをずっと考えていた。

Xは自分の内側にあり、抑圧していた、認めようとしていなかった脆弱さや不安定さ、不確実性、弱音・・・のようなものの総体だと仮説を置いてみよう。そういえば、中学くらいから、僕は強くあろうと努力してきた。小学生の頃はめっちゃテレビ好きで、だらだらと夏休みにテレビ漬けになっていたのに、猛烈進学塾に入った中学以後、依存症状態だったテレビと必死に距離を取り、苦手な受験勉強に必死になって順応していった。弱音を吐かず、弱肉強食の競争の中で勝ち残ろうと、過剰に自分を追い込んでいった。確実に安定して点数が取れるように、不確実な弱さの要素を封印し、強くなっていった。

大学院生の頃まで、それでも不確実さや弱さ、脆弱性がポロポロ出てくることがあり、それも遠因となって、同じ講座の教員から「あなたのような弱い人間は、大学院を辞めてしまいなさい!」とパワハラを受けたこともある。その当時の僕は、もっと強くならなければ、このパワハラの圧にくじけるようではダメだ、と更に強くなろうと自分を追い込んでいった。

そして、大学教員になってから20年。気がつけば、脆弱で不確実性の高い僕のXの部分は、表面的なインターフェースから見事に消えていった。大学の中堅教員として、学会でも仕事をしたり、本も出したり、中間管理職をしたり、と手堅く仕事をしていった。それが板に付いてきたあたりから、足の冷えがどんどん先鋭化していった。つまり、ぼくの中での脆弱性や不確実性がuの表層から抜けていくほどに、足の冷えという形でXが反撃してきたのである。葛藤が最大化してきた。さて、どうするか?

そこで、ミンデルの提案するのが「フェーズ3:ロールスイッチ。自分と相手の境界を越えられる」である。自分と相手の境界を越えるための、役割の転換。つまり、足の冷えというXは、自我中心的な僕=uに何を訴えようとしているのか。その他者の合理性を、そのものとして主張するのを聞いてみる、というフェーズである。足の冷えというXは、僕に何を伝えようとしているのだろうか。

「弱さや不確実さ、脆弱性は、あなたの中にも、確実にある。強がるな。無理するな。弱さを認めよ、自分の至らなさとか愚かさも、そのものとして引き受けよ。なんでそんなに弱いのだ、ではなく、人はそもそも弱いのだ。おまえも小さい頃、冷えや下痢という形で脆弱さを引き受けてきたではないか。自分自身の弱さを否定するな。弱さを弱さとして認めよ。自分自身の弱さを認められないのに、他者の弱さも認められないのではないか。誰にでも、自分が認めたくない弱さがあることを、まず自分自身が認めよ。強がらず、弱さに開かれよ!」

上記は、何も考えていないのに、勝手に言葉が出てきて、打ち込んでみたまでである。「弱さに開かれる」。それは、己の中にある他者性と出会う、ということでもある。ぼく自身が認めていなかった、気付こうとしていなかった、ないものだと思っていた他者性。それが、冷えという形で、ありありと迫ってきた。そして、この冷えが必死で訴えていることは、己の排除してきた脆弱性をそのものとして受け止める、ということである。

「フェーズ3の観点から言うと、あなたが出会う人は、すべて自分自身であるということになります。自分の中にない問題に、外界でぶつかることはあり得ません。(略)例えば、あなたにとって不快な人と出会ったとしましょう。その人は、あなたの「X」です。その「X」に当たる人の動きが足を踏みつけるような動作で、あなたの普段の「u」の動きが柔らかく流れるようなものだとします。手放して、動かされると、あなたが自己同一視する動きがその中にあるのと同時に、相手の「X」の動きも自分の中のダンスに表れていることに気付きます。ある意味、その人特有のエネルギーが、あなたのダンス全体にとっては必要なのです。深いところからみれば、対立は存在し得ないのです。」(p552)

他者化されたXは、自分の身体症状に表れるだけでなく、実際に特定の他人にも表れている。自分が不快に感じたり、葛藤や対立が生じる相手とは、その相手の中にぼく自身にとってのXが存在している、とミンデルは言う。そのXを他者化し、他責化し、叱責するのではなく、自分の中の抑圧した、見たくない何かだ、と受け入れることによって、他者化されたXと、自らのuをロールチェンジしたうえで、一緒にダンスすることができる。「手放して、動かされると、あなたが自己同一視する動きがその中にあるのと同時に、相手の「X」の動きも自分の中のダンスに表れていることに気付」くのである。

そして、Xとuが対立を越え、両者の役割を自覚化した上で、ダンスをしているうちに、フェーズ3からフェーズ4に移行していく。

「フェーズ4
無限の何かに動かされるときに起こります。このように動かされているとき、その自然発生的な動きの中にある「u+X」のエネルギーに気付くことができ、あなたのそれぞれの部分が流れ始めるでしょう。フェーズ4では、「X」と「u」の体験が、個別のu+Xの部分に分解されない、流動的なプロセスの中で起こります。ワールドワークと同様に、ボディワークのフェーズ4は、u+Xの統合の可能性と共に、そこに含まれる多様性を明らかにすることで、u+Xの対立を解決するのに役立ちます。」(p147-148)

このフェーズ4は一即多であり多即一であるような、相即相入の思想にも通じている。自分自身や相手の中にある他者性をそのものとしてうけいれたうえで、己の唯一無二性とも統合していくプロセスである。具体的にボディワークで身体を動かしながら、自他=u+Xの動きを同期させていくことができるか。これが、本書でも様々なワークを通じて追求している。

おそらくぼく自身は、この10年の間に、他者の合理性や他者の他者性という言葉を手に入れたことにより、「フェーズ3:ロールスイッチ。自分と相手の境界を越えられる」については、理解することが出来るようになった。でも、それが自分の中の冷えの正体であるXなのだ、とは、理解できていなかった。

そして、このフェーズ4を、どう実践できるか、ということが問われていると改めて思う。この本は何度も読み直しながら、他者の他者性や己の唯一無二性を重視しながら、少しずつ、フェーズ4のu+Xのダンスを、自分なりに踊り始めてみたい。そう感じている。

存在の承認が、一番大事!

勅使川原真衣さんの本は、毎回本当に頷かされることや発見が多い。最新刊『「働く」を問い直す:誰も取り残さない組織開発』(日経BP)で、最も刺さったのは、以下のフレーズだった。

「一元的な能力主義におけるフィードバックでは、部下のダメなところを断定的に指摘するだけで終わってしまうことがありました。職場でなくても、私たちは幼いころから、『あなたって○○だよね』と有形無形の断的的な評価を下されてきています。人となりを決めつけられ、勝手に周りと比較され、さんざん傷ついてきたわけです。
ですから、職場でネガティブなフィードバックをするならば、『存在の承認』がまず必要になると私は考えています。存在の承認が前提にあれば、相手も受け止められるはずです。
例えば、1on1などで話をするときに、『いつもありがとう。この部署にいてくれて、本当に助かってばかりだよ』から始めてはどうでしょう。」(p88)

「存在の承認」

確かにめっちゃ大切だ。だが、相手の存在が当たり前だとおもっていると、空気のように感じていると、忘れがちになるポイントだと思う。「あなたがいてくれて、助かっている!」このことを、身近な相手ほど、言い忘れている。今回この本を読んでいて、それが最も胸に突き刺さった点である。

身近な相手って、「自分の身近にいることが当たり前」になっている。すると、その存在は前提になった上で、出来ないところとかダメなところ、など気になる部分だけを、ダメだししやすい。でも、そもそも身近な存在でいてくれることは、文字通りの「有り難い」状況なのだ。そのことに感謝して、『いつもありがとう。この部署にいてくれて、本当に助かってばかりだよ』といった「存在の承認」の土台がなく、プラスアルファのダメだしだけしていると、相手は「存在の否認」がされた、と思ってしまうのだ。

それは身近な家族に当てはめても、まさにそう思う。自分の身近な相手ほど、「他者の他者性」を忘れてしまい、「言えばわかるはず」という同一性に着目する。時間的に長く一緒にいても、他者は己の理解出来ない他者性があるのだ。だからこそ、家族であっても、その他者が僕に愛想を尽かすことなく一緒にいてくれること自体に、その存在を承認し、感謝をすることがめっちゃ大切なのだ。『家族は他人、じゃあどうする?』というエッセイを書きながら、その身内や近しい存在の他者性、という「存在の承認」が充分に出来ていない己の愚かさを、本書から気付かされた。

他に突き刺さった部分を引用してみる。

「みんなで仲良くするのではなく、傷つきが起こり得る状態であることを認め、そのうえで組織を運営したほうがいいはず。そこでは何が必要になるのでしょうか。
それは『ケア』です。傷が避けられない場合もあるならば、その傷をケアするために存在を承認する。『ケアはなければ、社員は頑張れないし、若手だって伸びないですよ』と私は経営者に伝えています。
ケアを組織の中に仕組みとして取り入れ、社員や中間管理職などをサポートするのです、ちなみに、能力主義はケアの対象を絞る論理です。『頑張りが足りないから』『能力が低いから』あなたのことは守りませんよ・・・そう言い切る。なぜ対象を絞るのかというと、能力主義では他者を承認すると、自分の取り分が減ると考えられてきたからです。
しかし、ケアは違います。ケアはすればするほどパイそのものが増えます。減るものではありません。」(p108-109)

『ケアしケアされ、生きていく』とか『能力主義をケアでほぐす』といった著作を書いている、にもかかわらず、図星の指摘にイテテとなる僕がいた。それは、「能力主義では他者を承認すると、自分の取り分が減ると考えられてきたからです」という部分である。

他者を承認すると、自分の取り分が減る。これをパラフレーズするならば、自分と同じくらい頑張っていないと感じるなら、自分が頑張って得た取り分を減らしたくない=過小評価したくないばっかりに、他者を承認できない、になってしまう。そして、それは、認めたくないけど、ぼくの中に残っている感覚である。

「能力主義はケアの対象を絞る論理です」というのは、己の嵌入している無意識の(=影となる)認知バイアスを正鵠に指摘されていて、これも実にひりりとさせられる。そう、あの人は許せないとか、これくらいできなくて、という論理は、「ケアの対象を絞る論理」であり、それは能力主義的価値前提に基づいているのである。そして、これも再掲するが、ケアの本を書きながら、己は「ケアの対象を絞る論理」から逃れられないのだ。言行不一致とはこのことで、本当に、恥ずかしい!

「傷が避けられない場合もあるならば、その傷をケアするために存在を承認する」とは、なんと本質的なフレーズか。存在の承認とは、傷が避けられない場面でこそ、その傷をケアするための大前提なのである。昭和的マッチョイズムでは、「甘やかしているのではないか」とか「自分はタフな環境でも生き残ってきたのに軟弱な」とか、言い訳をしたくなる。でも、それは、自分へのケアが足りないわけで、相手をケアする為には、相手をディスるのではなく、存在の承認が必要なのだ。そして、それは己の存在の承認にもつながる。

「自分で自分を認めることができると、他者に対して『相手も相手なりの合理性をもって、ベストを尽くそうとしているのだろう』と理解できるようになります。すると、『それなら、こちらがどう関わるとお互いに動きやすくなるだろう?』と考えられるようになり、双方にとってラクになる方法を模索することにつながるのです。」(p98)

ここで書かれていることは、他者の合理性の理解、である。そして、その他者の合理性の理解の前提として、己の合理性の承認=自分の存在の承認、が前提になる。今回、この本を読みながら最もイテテとなったのは、他者の合理性の理解の重要性を何度も書いているぼく自身が、ぼく自身の合理性や唯一無二性を、そのものとして、充分に承認できているか、という部分で、イテテとなったのだ。もっともっと、とか、まだまだ、というフレーズで、自分自身の合理性を、話半分にしか受け入れていないのではないか。それは、己への過小評価につながり、それが他者への過小評価にも直結しているのではないか。そのことを、めちゃくちゃ感じたのが、このフレーズだった。

何らかの関係性に根詰まりが生じている時、「双方にとってラクになる方法を模索すること」が最も重要な解決策になり得る。でも、「双方にとってラクになる方法」ではなく、能力主義に基づいて他者の非合理性をあげつらう方向に必死になってしまう事がある。そして、そういうやり方で関係性の根詰まりを解消しようとしても、大概失敗する。

ならば、関係性の根詰まりの解消で最も大切なのは、他者の承認であり、その前に己の承認である。『自分も自分なりの合理性をもって、ベストを尽くそうとしているのだろう』という前提を承認した上で、それを信じた上で、『相手も相手なりの合理性をもって、ベストを尽くそうとしているのだろう』と信じる。その上で、他者の存在をしょうんする。それが「双方にとってラクになる方法を模索する」上での大前提なはずだ。

これは職場関係のみならず、家族関係とか、学生と生徒の関係も含めた、すべての関係性の基本になっている。そして、関係性を生きるすべての人にとって、他者の存在の承認とは、文字通りバイブル的な前提になるのだ。

そういう意味で、ほんとうに重要な内容が書かれているし、僕はこの「存在の承認」をすべての他者との関わりの基本にしたいと改めて感じた。

察し、気を回し、手を回す活動

書評依頼をされている本を通常ブログに取り上げない。でも、この本はどうしても読んだ時点でのフレッシュな感想をブログに書いておきたくて、取り上げる。それが山根純佳さんと平山亮さんによる『ケアする私の「しんどい」は、どこからくるのか :見えないケア責任を語る言葉を紡ぐために』(勁草書房)である。

書評は規定演技で本の魅力をしっかり伝える事なのに対して、ブログは自分がどう感じたか、そこからどんな妄想が浮かんだか、をジャンプしていくことだと思っているので、今回は思いっきりジャンプして書いてみる。

この本のキーワードが、イギリスの社会学者ジェニファー・メイソンによるsentient activityである。聞き慣れない単語だが、sentient beingとは「感情を持つ存在」とか「知的生命体」と訳されるので、sentientは知覚や感覚を指す。ということはsentient activityとは「感覚的活動」なのだが、それをケアに結びつけた時、「感覚を働かせた活動」だと言い換えてみたくなる。それは一体、どういうことか?

先週になってきてめちゃくちゃ寒くなってきたが、そうすると子どもが風邪を引かないように衣替えをしたり、暖かい服を着させる。胃腸も冷えないように、味噌汁を多めに作って朝晩食べさせるようにする。あるいは、グズっていたら調子が悪いのか、眠たいのか、お腹がすいたのか、退屈なのか、どういう背景があるのかを想像したり本人にたずねたり、文脈を把握しながら類推して、早く寝かせてみたり、ご飯を与えたり、楽しいおしゃべりに誘ったりしてみる。これらは、ケアする側がケア対象者がどんな風に感じているかを類推しながら、具体的な次の一手を打ってみる、という意味において、「感覚を働かせた活動」であり、sentient activityなのである。

そして、この本は、そういうケア能力は女性に生得的にあるものではなく、男性にだって、別の対象に対してそういう「感覚を働かせた活動」をしているよね!と喝破しているところが、実に面白い。

「いや、実際には私たちは、他者が求め、必要としていることを「察し、気を回し、手を回す」男性達の姿をいくらでも目の当たりにしているはずなのです。
たとえば、忖度という言葉を思い出しましょう。忖度という言葉は、まさに相手の求めていること、必要としているものを推察し、それを実現できるように気を回し、手を回す様子を指して使われてきたはずですが、そういう忖度は、社会化の過程でそうしたスキルを嫌が負うにも身につけさせられてきた、女性たちにしかできないことだったんでしょうか。
いえ、そんなことはないでしょう。なぜならこの忖度という言葉が人口に膾炙したのは、典型的な男社会である政治の世界で、そういうことをやっている男性たちの姿が報じられてのことだったはずです。その意味で私たちは、男性が「察し、気を回し、手を回す」ことなどいくらでもできることを「知っている」はずですし、そうする男性たちの様子を報道によって知っても、「ありそうなこと」と違和感なく受け入れられるくらいには、男性がそういうことをすること・できることを「普通のこと」と思っているのです。」(p70-71)

確かに政局報道などを見聞きしていると、政治家達は「義理と人情」の世界で、様々な「貸し借り」をしている。また政治家と付き合う官僚も、同じように「忖度」している。書類を偽造したり、あるはずの書類がないと言ってみたりして、「察し、気を回し、手を回す」ことを、男性の政治家や官僚はたくさんしている。つまり、「感覚を働かせた活動」としてのsentient activityを男性も実はたくさんしているし、出来るのである。

にもかかわらず、家事や育児はなぜ女性のものとされ、男性はそれが苦手だ、という言い訳が生得的な、あるいは性差のように語られるのか? 「察し、気を回し、手を回す」ことを、仕事現場であれほど男性も出来るなら、それをケアの領域でもすればいいだけではないか? それが本書の主張だと受け取ったし、僕もそうおもう。会社や仕事で忖度する=「察し、気を回し、手を回す」ことが出来るなら、そのリソースを家事や育児にも割いたら良いじゃん、と。

そして、この本の著者、平山さんは男性への追及の手を緩めない。

「ついでにいえば、時間がないことをケアに携われないエクスキューズにできるのは、男性にのみ許された特権的行為であることも、おさえておく必要があるでしょう。女性の場合、どんなに仕事の時間が長くなろうとも、ケアの責任を減免されることはないからです。その意味で、ケア責任のジェンダー不均衡とは、単に女性が担うケアの負担が重いことをだけをいうわけではありません。男性であれば認められるはずの、仕事とケアをトレードオフにできる権利、それが女性に認められないという不均衡も含めての、ケア責任のジェンダー不均衡なのです。」(p81)

この「男性にのみ許された特権的行為」についても、身に覚えがある。子どもが生まれたての時、子育ての先輩ママである大学院の後輩から、こんなことを言われた。

「イクメンとかいうけど、男性ってちょっと育児するだけで、加点方式なのですよね。だからこそ、休日はフットサルとかに平気で行ったりする。一方で育児をする女性は減点方式。休日に遊びに行った、とかすると、「子どもを放り出して」とか非難される!」

つまり、基本的にケアは女性がするもの、という前提があるがゆえに、「女もすなるケアというものを男もしてみん」とすると、それだけ加点されるし、要求水準が高い家事をしない女性は批判される。だからこそ、男性は「時間がないことをケアに携われないエクスキューズにできる」のに、女性は「どんなに仕事の時間が長くなろうとも、ケアの責任を減免されることはない」という「ケア責任のジェンダー不均衡」があるのだ。

それに先ほどの「忖度」議論を重ね合わせると、夫は仕事で上司に「忖度」するのだから、妻は家庭で夫に「忖度」せよ、という論理になる。でも、それは典型的な家父長的な抑圧委譲の考え方であり、夫が会社で抑圧されてきたから、夫は妻を家庭で抑圧してよいし、妻は長時間労働と単身赴任で家にいない夫への苛立ちを子ども(娘)に抑圧していく、という悪循環構造そのものである。

でもこれは昭和的な働き方、労働のあり方の残滓である。こういう抑圧委譲が良くないと思うなら、 パートナー同士で「察し、気を回し、手を回す」という行為を同じように行って、その負荷を下げた方がよい。そのために「複数の行為者で協働するという意味でのケアの社会化」を行えるかどうか、が大きく問われている(p132)。

それは、仕事の世界でも、同じである。組織内で上司にばかり「察し、気を回し、手を回す」社員がいる一方で、同僚や部下、出入の関係機関も含めて、関わる多くの人々に対して「察し、気を回し、手を回す」ことが出来る人もいる。ただ、旧態依然とした組織であればあるほど、出世をしやすい、優秀だと言われる社員は「上司にばかり「察し、気を回し、手を回す」社員」だったりする。その一方で、「同僚や部下、出入の関係機関も含めて、関わる多くの人々に対して「察し、気を回し、手を回す」こと」が出来る人は、上司だけを忖度してくれる訳ではないの、上司にとってはそれほど立派な社員に移らず、下手したら評価が低かったりする。この点が、めっちゃ問題だと感じる。

つまり、本当は仕事場においても、「複数の行為者で協働するという意味でのケアの社会化」が必要なのに、変に能力主義が導入されてしまったことによって、協働作業における「忖度」以外の「察し、気を回し、手を回す」への評価が後回しになっているのではないか、とすら思えるのだ。そして、これは能力主義について多くの事を学ばせてもらっている勅使川原真衣さんの論考に、沢山書かれている点でもある。

あと、「ママ友付き合いは、やめちゃえばいい? 男たちには見えていない、繋がることの意味」(p15)も本当にその通りだなと感じた。正直、この点については、妻に本当に感謝している。

子どもが1才の時、僕の仕事の都合で、我が家は山梨から兵庫に引っ越した。妻は仕事をやめて引っ越して来てくれて、最初は意図的にすぐに仕事に復帰せず、子育て支援センターに通い続けた。そこで、ママ友のネットワークを作っていく。元々そんなに人付き合いは得意ではない、というか、面倒くさがることもあるタイプだったが、誰も知り合いのいない新たな土地で、医者はどこがよい、とか、保育園情報とか、同級生の親と繋がっておくことが、何かと死活問題だった。これは、直接的な子どものケアではないが、同級生のお母さんと沢山繋がることによって、何かあったときに相談出来る、頼れるネットワークを形成することだ。だから、彼女はこども園でも役員を引き受け、おかげでこの7年間で沢山の知り合いができた。小学校の運動会の時とか、ずっと色々なママ友と声を掛け合い、情報交換している。そういうおしゃべり自体が、娘が小学校で楽しく過ごすための、「察し、気を回し、手を回す」という、「感覚を働かせた活動」であると、この本を読みながら、改めて感じた。

まだまだ語りたい事はいろいろあるが、それは6000字書評にとっておこうと思う。ケアが気になる人に必読の一冊である、とは、きっとその書評原稿でも書くことになるだろう。

「あかんもんはあかん」とコンシャスネス・レイジング

サラ・アーメッドの『苦情はいつも聴かれない』(筑摩書房)を読んだ。560ページの大著は何を語っているのか。

「システムを変えようとする人たちを阻止することによってシステムは機能している」(p53)

深刻なハラスメント被害を受けた人々が、組織の苦情受付窓口を通じて、その被害を申し立てようとする。それは、現状を変えてほしい、という意味において、「システムを変えようとする」行為である。その行為は、全力で阻止されたり、受け付けられても遅々として進まなかったり、「あなたの昇進に響くよ」ともみ消されたりしている。そのような「阻止」によって「システムは機能している」という、恐ろしい話である。日本ではない。英米圏の大学でも全く同じような事が行われていたことに読んでいて、戦慄する。日本と同じじゃん、と。

「あるブラック・フェミニストの学生は、理性的ではないという言葉は我慢ならないと私に打ち明けた。身動きを取れなくする言葉はたくさんあるのだ。周囲から怒れる黒人女性として見られていると彼女はわかっていたが、その言葉は彼女を苛立たせ、疑問を抱かせた。『自分は理性的なのかとつねに問いかけています』。適切ではない言葉にも、自分は適切なのかと疑問に思わせる力がある。」(p34)

苦情を申し立てる側は、理不尽な目に遭って、我慢ならないから怒っている。だが、その怒りを表明する言語は「理性的ではない」という他者からの決めつけ的名指しによって、矮小化される。『自分は理性的なのかとつねに問いかけています』という彼女の発言は、自分の苦情が正当に受け入れられない事に対しての怒りだけではなく、そのような表明をする彼女自身が真っ当な主体ではないか、と自らの存立土台を揺らす問いを、彼女に埋め込ませているのだ。だからこそ、「適切ではない言葉にも、自分は適切なのかと疑問に思わせる力がある」という指摘は、本当に恐ろしい。

そしてこの本のキーワードの一つが、「ノンパフォーマティブ」である。

「「ノンパフォーマティブ」という言葉で私が表現するのは、名前を挙げたにもかかわらず、それを実行に移さない組織の発話行為だ。苦情についての調査をおこなうことで、新たな視点からノンパフォーマティビティの概念を再考し、何かを実行しないことが組織の生(ライフ)に及ぼす奇妙な影響を追求することになった。(略)それは、ポリシーや手続きに従えば起こるとされていることと、実際に起こることの間の差(ギャップ)だ。」(p56)

この大著を読書会で一緒に読んで議論した大谷大学の岡部茜さんが、「これって生活保護でしばしば言われていることですよね」と指摘してくれて、ハッとした。確かにその通り。日本国憲法第25条一項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれている。そして、それを保証するのが生活保護法であり、厚生労働省のホームページには「生活保護の申請は国民の権利です」と書かれている。にも関わらず、「水際作戦」と題して、申請をさせない様に「資格がないから」と対象者を追い返したり、関係が悪化している親族にも「扶養照会」をかけるぞと脅して申請者を脅したり、若いから・車を持っているからダメだ、と嘘をついて門前払いしたり、という違法自体が福祉事務所で繰り返し起き続けている。(例えばこの新聞記事とか、書籍なら『桐生市事件』とか)

これはアーメッドのいう「ポリシーや手続きに従えば起こるとされていることと、実際に起こることの間の差(ギャップ)」である。厚労省は繰り返し、福祉事務所に対して、生活保護申請は権利であり、申請受付を拒否しないように指導している。ただ、その「ポリシーや手続きに従えば起こるとされていること」が現に行われず、生活保護率が近隣自治体に比べて異様に低かったのが群馬県桐生市である。桐生市の「ノンパフォーマティビティ」については、以下の新聞記事による証言が生々しい。

 ◆息子が生活保護を受けていたが、職員から援助できないのか聞かれた。余裕がなく援助不可と伝えたが、何も援助できないのかとさらに聞いてきた。たまに弁当を持っていくことがあると伝えたところ、職員は「1日200円くらいにはなる」と言い、1カ月に6千円ほどの食品を息子に渡していることになってしまった。
 ◆単身の父親がホームレスのような生活状態(栄養失調、電気ガス水道が止まっている)だと知り、生活保護申請のために窓口に行ったが、家計簿をつけるように言われて申請とならず、再度窓口に出向いたが、「家族で支えあって」と言われて申請にいたらなかった。
 ◆保護係の職員による恫喝、罵声は日常茶飯事で、他課職員でさえ聞くに堪えない内容だった。しかし誰も注意せず、制止しなかった。

これらは「名前を挙げたにもかかわらず、それを実行に移さない組織の発話行為」である。生活保護を申請させない、受理しない、水際で申請を阻止することが、保護係という「組織の生(ライフ)」の最大の目的になり、その目的遂行のためには、申請に来た市民を侮辱してもかまわない、という言語道断の横暴が繰り返されていた。市役所職員というルールを護るべき常識人が何でこんなことを、と驚くかも知れないが、「システムを変えようとする人たちを阻止することによってシステムは機能している」というアーメッドの補助線があまりにも当てはまってしまう例でもある。

「さまざまなケースでポリシーや手続きが回避されていても、それらはどこかに存在する。これまでに述べたように、苦情を訴える者はしばしば苦労してそれらを探し当てなければならない。ポリシーですら埋葬される。あるいは、ヴァーチャルな生を持つことがある。ある研究者は「ポリシーはウェブサイトに居座ることができる」と言う。ポリシーはただ「そこに居座る」だけでも何らかの役割を果たしている。居座るというのが、その役割だ。存在するものと、活用されるものとのあいだのギャップは、苦情を訴える人が陥りかねないギャップのひとつだ。」(p87)

このフレーズから、精神病院への強制入院時での告知問題を思い出していた。精神保健福祉法においては、医療保護入院や措置入院など、患者の意思に反して(非自発的に)強制的に入院させる際には、患者の権利を告知する義務が医療機関にある。それはこの厚労省の見本文を見ればわかる。そこには、強制的に入院させる理由だけでなく、入院中の通信面会の権利や、弁護士などに相談する権利、そして苦情申し立てをする権利などが書かれていて、医療者は本人に渡さなければならないことになっている。形式合理性としても権利擁護ポリシーは存在している。

だが、NPO大阪精神医療人権センターの病院訪問などを通じて学んで来たのは、この患者への告知が極めて簡素だったり、紙切れを渡されるだけで十分な説明がなかったり、この告知文章自体がものすごく読みにくくて小さな字で印刷されていて、そもそも理解出来なかったり、ということが患者から語られていたことである。

これはまさに「ポリシーはウェブサイトに居座ることができる」という事態そのものである。病院側からすると、監査などで疑義が生じたときには、「告知文は渡しています」とポリシーをクリアすることができる。だが、実際にはそれが十分にわかりやすく説明されていないので、患者はそのポリシーを使えない。そもそも十分に理解していない。自らの現状に不満があっても、誰に・何を・どのように訴えてよいのかわからない。これもノンパフォ−マティビティの典型例である。

・・・と書いてきたが、この本の舞台は、福祉現場ではない。大学におけるハラスメント被害者の語りがその主軸になっている。そこでは、以下のような権力勾配がある。

“博士号取得を目指しているのに批判もまともに受け取れないようではそもそも博士課程に進むべきではない”(p210)

このフレーズに釘付けになってしまった。それは、僕自身が体験したことだからだ。

で、そのまめに少し回り道。こないだ出したちくまプリマー新書『福祉は誰のため?』において、批判と否定や非難は違うと整理した。ある人の経験や価値観、人格そのものを毀損するのは否定や非難である。その一方、別の可能性を想起するための営為が「批判」である。この基準で上記の言葉を読み解けば、上記の教授による大学院生への暴言は、ある人の経験や価値観、人格そのものを毀損するという意味において否定や非難であり、決して批判ではない。そして、僕自身も同様の否定や非難を受けたことがある。

「あなたのような弱い人間は、大学院を辞めてしまいなさい!」

これは、四半世紀前、所属する大学院の大講座の教員に言われたフレーズである。この言葉は本当に応えた。人生の中で、胃が痛くなり、食事も喉を通りづらくなったのは、後にも先にもこの時だけだ。自分の直接の指導教官ではなかったけど、博士論文の査定をする側の一人に、大学院を辞めろと言われたのである。しかも、その理由を、彼女は僕自身の「弱さ」にあると指摘した。確かに彼女の逆鱗に触れることを僕はした。でも、それは指導教官の指示に基づいてしたことだった。にも関わらず、怒りは指導教官という彼女より立場の上の人には向けられず、実行役である下っ端の院生である僕に向けられた。こちらが何度謝っても許してもらえず、ガン無視されるようになり、半泣き状態だったけれど、指導教官に「誠意を持って謝るように」と言われ、もう一度謝罪に言った時に、投げつけられたのが、先のフレーズである。

「ハラスメント(harassment)という言葉は、「疲弊させる」だとか「悩ませる」という意味のフランス語「haraser」からきている。初期の用法では、「つらい経験の継続や反復が原因で休む時間がとれず、疲弊の苦しみを味わう」という意味だった。構造は反復されるものに関わる。「つらい経験が繰り返される」とき、構造は消耗させるものであると同時に屈辱を与えたり侮辱したりするものとなる。一部の人を消耗させ侮辱する構造は一方でその他の人たちを「自由」にする。苦情は構造について多くを伝える。」(p235)

まず、四半世紀前の僕自身の大学院生時代、アカデミック・ハラスメントなるフレーズを知らなかった。大学にあるハラスメント窓口はなかったか、あったとしてもセクハラだけだった。僕自身のジェンダーバイアスも機能して、女性教官から男性院生が叱責される事態は、僕自身の弱さや至らなさ、愚かさが原因であり、権力勾配に基づく暴力的言説であるとは気づいていなかった。彼女にそれ以来無視され続け、彼女のトヨタカローラを大学駐車場で目撃すると大学構内に入れなかった経験が一度や二度ではない僕にとって、「つらい経験が繰り返される」ことであった。そして冒頭に引用した「適切ではない言葉にも、自分は適切なのかと疑問に思わせる力がある」というのはまさにその通りで、大学教員にそのような烙印を押されたのだから、僕自身が弱いのであり、大学院にいる資格はないのではないか、と真剣に落ち込んだ。その当時は、「構造は消耗させるものであると同時に屈辱を与えたり侮辱したりするものとなる」というフレーズ自体を理解していなかった。

だが、15年前に名著『ハラスメントは連鎖する』を読んで、自分自身の問題に矮小化していた問題が、アカデミック・ハラスメントであると、やっと認めざるを得なくなった。

「ハラスメントとは、『人格に対する攻撃』『人格に対する攻撃に気がついてはいけないという命令』の二つの合わせ技であり、情動反応の否定とラベル付けの強制によって実行される。そしてハラスメントにかかった状態、つまり呪縛された状態とは、『いわれなき劣等感』を押しつけられた上で、『劣等感に気づかないように設定した自己像』を守ろうとする状態である。」(「ハラスメントは連鎖する」、p185)

大学院生の僕自身は、「あなたのような弱い人間は、大学院を辞めてしまいなさい!」という形で直接的に『人格に対する攻撃』を受けた。これは批判ではなく、許されざる否定や非難である。だが、博士課程の学生に対して、大学教員という教える側の教員から「大学院にいる資格はない」と宣告されることは、『人格に対する攻撃に気がついてはいけないという命令』そのものである。僕自身はこの命令を真面目に信じてしまい、自分が通う場=大学院に行ってはいけないのだ、という深刻なダブルバインドに陥った。だから彼女を象徴するトヨタカローラを大学構内で見つけるたびに、「大学院に行ってはいけない」という「内なる命令」に従って、家に帰ったのである。そしてそれは「あなたのような弱い人間は」というフレーズを結果的に追認するようになる。大学院に来れないなら、来る資格はないのだ、と。それで僕自身は胃を痛めた。

その一方、「一部の人を消耗させ侮辱する構造は一方でその他の人たちを「自由」にする」。僕は所属校を逃げるように去ったが、僕以外にもハラスメント加害をし続けた本人は、未だにご自身の行為がとがめられていないからである。

「いじめの加害者は自分こそ被害者だと訴えることが多い」(「苦情はいつも聴かれない」p248)
「苦情を訴えるに当たって支援を求める人たちは、たいてい論文フェミニストのことをよく知っている。—それは、論文の中ではフェミニストなのに現実の実践が伴わない人たちのことだ。これはリベラル・ホワイト・フェミニズムと呼べるかも知れない。女性個人のキャリアの進展が、いかに積極的に組織の問題にかかわらないようにするかということにかかわっている状況を指す。沈黙は昇進なり。」(p419)

「あなたのような弱い人間は、大学院を辞めてしまいなさい!」と大学院生の私に投げつけた大学教員は、仄聞すると、私以外の院生にハラスメントを繰り返しながらも、自らを「自分こそ被害者だと訴える」ようである。「わたしはこんなにしてあげたのに、恩知らずだ」と。その「被害者」ポジションに居着くと、自らの加害性について反省的に振り返ることから構造的に逃れる「自由」を獲得できるのだ。

また、彼女は論文ではフェミニズムや民主主義を扱っている「論文フェミニスト」である。だが、「論文の中ではフェミニストなのに現実の実践が伴わない人たち」そのものでもあった。言っていることとやっていることがズレている。そういう意味では、安冨歩さんが喝破した立場主義者にも通底する。

立場主義三原則
1,「役」を果たすためには、なんでもしなくてはならない。
2,「立場」を守るためなら、なにをしても良い。
3,人の「立場」を脅かしてはならない。

被害者の「立場」に固執する彼女は、「「立場」を守るためなら、なにをしても良い」を内面化しているように、弱い院生へのハラスメントを繰り返しているようだ。だが、それは自らと同格や自らより上のポジションの教員集団に対しては、「人の「立場」を脅かしてはならない」からしない。あくまでも、権力勾配がキツく、自らの立場が絶対的な院生との「指導」関係の中で、行う。しかも、他人にとがめられても、「自分こそ被害者だと訴えること」によって、問題告発からすり抜ける事は可能なのだ。そして、ハラスメントを受ける側は、「『いわれなき劣等感』を押しつけられた上で、『劣等感に気づかないように設定した自己像』を守ろうとする状態」になり、苦情を口に出来なくなるのである。

なんだか出口のない文章になりそうなので、最後に希望の引用をして終わる。

「集合的な苦情は意識掲揚(コンシャスネス・レイジング)の一形式にもなる。私は第四章で、苦情は構造に対する感情から始まることがあると示唆した。感情は共有されるのだと。意識掲揚について考えるとき、ひとつの部屋に他人と集まって、共有された経験について振り返るという場面が思い浮かぶかもしれない。集合的な苦情を意識掲揚として理解する事は、実践的な課題を受け取るという行動において意識が獲得されることを示している。(略)苦情とは実践的な現象学だ。組織の機能に対する苦情を訴えるという実践的な労力から、私たちは組織がどのように機能するのかを知るようになる。」(p457)

意識掲揚(コンシャスネス・レイジング)とは、僕なりに言えば、自分がこれまで気づいていなかった・見えていなかった・盲点になっていたことに気づき、認識枠組みを変えることである。「枠組み外し」とか「当たり前をひっくり返す」とか、著作に用いてきたフレーズは、どれもコンシャスネス・レイジングそのものである。それは、社会構造の中で抑圧されてきた障害者たちが、社会運動の中で獲得してきたものであり、その障害者運動から学んだ僕自身が、少しずつ気づき始めたことでもある。

それまで、「あなたのような弱い人間は、大学院を辞めてしまいなさい!」ということばを真に受け、僕が弱いのだ、大学で学び続ける資格はないのだ、と自らを毀損した自分がいた。でも、なんとか大学院をサバイブし、大学教員になり時間が経つプロセスにおいて、この問題について色々な人に話をし、「ひとつの部屋に他人と集まって、共有された経験について振り返る」ような場面も過ごしてきた。その中で、僕自身が過度に自己責任化していた問題についても、大学のハラスメント窓口が当時なかったことや、僕と彼女の人間関係の個人的なこじれに矮小化されたことも含め、組織的な対応が当時なされていなかったことの構造的瑕疵に、大学教員になってようやく気づいた。

僕がこの経験を赤裸々に書くのは、今なおどこかで権力勾配の支配下において抑圧を受けている人に向けた、「意識掲揚(コンシャスネス・レイジング)」の意図がある。「自分が悪い・弱い・愚かだ」と思ってやり過ごそうとしていることのなかに、権力勾配や支配—服従関係を利用した悪質なハラスメントが紛れ込んでいないか? あなたが、『いわれなき劣等感』を押しつけられた上で、『劣等感に気づかないように設定した自己像』を守ろうとする状態にいるとしたら、それは呪縛された状態にあるし、ハラスメントそのものである。

それにたいして、「あかんもんはあかん」と異議申し立てすることが、「組織の機能に対する苦情を訴える」ことそのものである。あなた自身の問題に矮小化してはいけない。また、自分ひとりで抱えてはならない。「集合的な苦情を意識掲揚として理解する事」から、「実践的な現象学」は始まる。構造はそれをなかったことにする=ノンパフォーマティビティに溢れている。でも、集合的に=コレクティブに苦情を言い続けることで、実践的な現象学のダイナミズムは動き始めるのである。泣き寝入りせず、構造的暴力に対して、連帯して「あかんもんはあかん」と言い続けることが、必要不可欠なのだ。

「システムを変えようとする人たちを阻止することによってシステムは機能している」からこそ、「あかんもんはあかん」と集合的に言い続けることによって、そのシステムの悪循環に楔を打ち込み、別の機能をさせるようにシステムを変えていく必要があるのだ。これがノンパフォーマティビティへの反旗であり、「実践的な現象学」の入り口なのである。

「父の」安心と尊厳の保持

有名なコラムニストでラジオパーソナリティーのジェーン・スーさん新刊『介護未満の父に起きたこと』(新潮新書)を一気読み。物語としても面白いのだけれど、ケアの視点でみると、めちゃくちゃ興味深い。何がすごいって、彼女の父との向き合い方が、福祉の専門家でも出来ないような、究極の権利擁護というか、事前予防的な関わり方だからだ。

ぼくは「ゴミ屋敷」や「支援困難事例」に以前から興味があって、「「合理性のレンズ」からの自由 : 「ゴミ屋敷」を巡る「悪循環」からの脱出に向けて」という論文を書いたり、仲間と共に『「困難事例」を解きほぐす:多職種・多機関の連携に向けた全方位型アセスメント』という本を作ってきたりした。「困難事例」への「アセスメント」に関して、支援者向けの研修もしている。そういう意味では、不遜ながら、一応この分野に関しての「有識者」というカテゴリーに入れてもよいと思う。

そんなぼくから見てすごいのは、ジェーン・スーさんは、僕が難しい専門用語を使って必死に考えてきた内容を、ビジネス書の論理を用いながら体得し、しかもそれがお父さんの尊厳の保持にも沿った形でなされている、という点である。

で、この「尊厳の保持」とは、介護保険法第一条にも書かれている。

「この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。」

「有する能力に応じ自立した日常生活を営む」というのは、教科書的に言えば「残存能力の活用」である。リハビリをするとか、介護ベッドや補助具を貸し出すのも、残存能力の活用のためである。それは、多くの要介護者には適応されている。ただ、最も難しいのが、「尊厳の保持」である。そして、ジェーン・スーさんの本を読んでいて強く感じたのは、何とか父の「尊厳の保持」を大切にしたい、という強い願いがあって、そのための具体的な方法論をガッツリ組み立てていく、彼女の逞しさである。

彼女はゴミ屋敷状態の独居老人で、「老人以上、介護未満」の形で暮らしている父親と向き合った際、ビジネス書を読み漁って次のワンフレーズに出会う。

「Stop Thinking In Tasks And To-Dos. Start Thinking In Outcomes.
要は、タスクとTo Doを考えるのをやめ、成果から必要なことを逆算せよということ。言われてみれば、その通りである。図解はなかったが、先ほどの本を参考に、オリジナルで作ってみよう。
手に入れたい成果は、私のではなく「父の」安心だ。ロルバーンの横長ノートを開き、一番上に、「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」と記す。これがゴールだ。」(p27)

これがすごいのは、手に入れたい成果として、「私のではなく「父の」安心だ」と彼女は最初から断定していることである。実は、これが一番ハードルが高いのかもしれない。だいたい、「困難事例」や「ゴミ屋敷」の大変さとは、本人が困っていないと発言したり、関わって欲しくない、と思っているけど、周囲の人は何とかせねばならないと必死になっている。その思いの落差である。さらに言うとそこには、関わる周囲の人にとってのリスクを減らしたい、という「本人以外の安心」が裏目的である場合が少なくない。そして、それは「本人の安心」と時として抵触する。自分にとって大切なものが、周りの人にとって不潔で火事の危険性のあるガラクタだったりする。すると、周囲の人の安心のために、本人の同意を得ず無理やり捨ててしまい、本人は立腹して、「お前は帰れ!」と怒鳴り散らし、周囲の人の善意が粉々に砕かれる。そういうことがしばしばある。

だが、そこで出来ていないのは、そしてジェーン・スーさんが最初から気づいていたのは、、「私のではなく「父の」安心」を手に入れたい成果として掲げ、「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」ための方法論を考えていることである。そこで以下の図を書き出したという(p29)。

この図に舌を巻いたのは、「ゴール」達成のために、「快適な居住空間の維持」「健康な食生活」「体力づくり」と三つの項目を作って、それぞれの項目で何が必要とされているのか、を整理した点である。そして、ここで大切なのは、支援が必要な状態の人に対して、関わる周囲の人はついつい膨大なタスクとTo Doに目を奪われてしまうが、彼女自身は常に「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」というゴールを意識し、そのための方法論は柔軟に変えていこうとしている点である。

これが、実は支援者だってしにくい。それはなぜか? 目の前に「ゴミ屋敷状態」の風景が広がっていると、「ゴミ屋敷を片付けること」というタスクとTo Doに目を奪われ、「本人の安心」が置き去りにされているからである。逆に言えば、ジェーン・スーさんが実際にやったアセスメント(見立て)と同じレベルのことを支援チームがご本人への聞き取りの中から整理する事が出来れば、その中で支援チームとご本人の関係性が構築でき、「この人なら私の安心を護ってくれそうだから、頼っても・託していいかもしれない」という信頼関係が生まれてくるかもしれない。そういう意味でも、この図は、これからクレジットを入れて、僕も講演で使わせてもらいたいくらい、迫力ある図なのだ。

そしてもう一枚、支援者にも是非とも参考にしてもらいたいのが、次の図である。

このp37の図がいいのは、「できること、できないこと」という二項対立の下に、「危ういこと、頼みたいこと」のレイヤーがある点である。

私たちはついつい二項対立的に考えてしまいがちで、特に親が年を取り、「できないこと」が増えてくると、「できていた時代」との落差に悲しくなり、ついつい接しているとイライラしやすい。我が家の父も昨年急に要介護状態に急変した後、今は杖をついて歩けるまでに回復したが、それでも「早く歩けない」「長距離を歩けない」「すぐに疲れる」など、「できないこと」に目を向けがちで、それで同居している母と父が対立することが、しばしばある。

でも、上記の図にあるように、本当は、①できること→②危ういこと→③他者に頼みたいこと→④できないこと、の四つの段階があるのだ。そして、④できないこと、をなじってみても、できるように懇願しても、それは本人の尊厳や安心を脅かす事態で、指摘するだけ無駄ななのである。だって、それは本人が「できないこと」なのだから。

すると、支援をする家族や支援者にとって大切なのは、「④できないこと」はできない、と割り切って、誰に何をどのように頼めばよいのか、という「③頼みたいこと」を整理する必要がある。でも、何でもやり過ぎると「残存能力」を奪ってしまう。「②危ういこと」に関しては、本人がしやすいように、環境を調整する必要がある。二槽式洗濯機ではなく、乾燥まで一気にしてくれるドラム式洗濯機に買いかえるとか、栄養管理をするためにご飯の写メを「①できること」であるLINEで送ってもらい、栄養が足りなければUber Eatsとか宅配便で本人が食べられそうなものを娘が父に送れば良い。そういう形で、「②危ういこと」を「①できること」の範囲に引きつけておいて、「③頼みたいこと」を徹底的に外注化することで、本人の「残存能力」を活用しつつ、「尊厳の保持」をし続けようというのが、ジェーン・スーさんの関わり方のすごさなのだと思った。

さらに言えば、「③頼みたいこと」として、家事代行や不要品回収業者に入ってもらって、ゴミ屋敷を片付けたときのエピソードもすごい。これも「尊厳の保持」を大切にしながら、以下のような大掃除の目標を先に作っているのである。(p69)

・娘のアドバイスに従いつつ自分も納得したと父が思える環境づくり
・あとから「あれどこいった」とやられても良い置き場所づくり
・作業人員(私も含む)との信頼関係づくり

書き写しながらも本当に秀逸だと思ったのが、これはケアの極意が端的に示されているからである。

まず、ケアを受ける状態というのは、本人にとって「ままならない状態」である。本当は自分でしたいけど、できない状態になってしまった。それは自分自身にとっても悔しいし、みっともないと感じているかもしれない。その時に、片付けを手伝ってくれる娘はありがたいと思いつつ、自分の主権を侵害されるような、アンビバレントな感情を持ってしまう。特に「こんなものはいらないでしょ!」なんてガミガミ言われると、逆上しかねない。だからこそ、「娘のアドバイスに従いつつ自分も納得したと父が思える環境づくり」が根本的に大切なのだ。

この家での生活の主人公は、娘ではなく私である。だからこそ、娘のアドバイスに従いつつも、私が決めて、私が納得する。このプロセスを踏むことが、本人の「尊厳の保持」のために決定的に重要なのである。そして、周囲の人からのSOSで関わる支援者ほど、この本人の「尊厳の保持」をスキップしてしまい、本人との信頼関係を作る間もなく、支援者の安心のために先回りして支援をして、それが本人の逆鱗に触れ、「出ていけ!」と言われかねない。ここがめちゃくちゃ肝であり、「急がば回れ」なのである。

二つ目の「あとから「あれどこいった」とやられても良い置き場所づくり」も肝である。ゴミ屋敷とは端的に言えば、「何が重要か」の価値認識に究極的なズレがある状態である。周囲の人にとって無駄・不潔に見えても本人にとって重要なものがうずたかく積まれている。周囲の人にとっては常軌を逸した、耐えがたい風景や臭いに思えても、長年の時間的経過の中でそこに「適応」していった(あるいは諦めていった)本人に取っては「仮の安定」が保たれている状態である。そして、ゴミ屋敷の人に限らず、人間は時間をかけて構築した状況は、例え不潔で不健康で不足ある状態だと周囲に見えても、仮に安定しているのだから、それを崩されたくないのである。

ということは、ゴミ屋敷の掃除や片付けは、本人は見ているだけであっても、ものすごい心的エネルギーを使うことになる。例え本人が納得して娘や作業員が入ることになったとしてでも、である。だからこそ、常に確認するプロセスが必要である。娘にとって不要な紙束に見えても、本人には大切な思い出だったりする。その価値認識のズレは、補正しようのない。生ゴミなど腐るモノは本人の同意を得て捨てるにしても、腐らない「本人にとっては貴重な何か」は、支援者がいらないと思っても、残さなければならない! だからこそ、「あとから「あれどこいった」とやられても良い置き場所づくり」が大切で、それで一部屋が一杯になり「開かずの間」になったとしても、その部屋があることが、ご本人の心理的安全性につながり、他の部屋を片付け、綺麗にできる原動力になるのだ。

こういう大掃除を、本人が逆上したりせずに納得して遂行するために必要なのが、「作業人員(私も含む)との信頼関係づくり」である。この部屋の主は、娘ではなく父であり、父の納得および尊厳の保持に基づいて一つ一つの行動が遂行されている。そのプロセスを父は見ていて、そのプロセスが実行されていく中で、「作業人員(私も含む)」への信頼関係が少しずつ構築されていく。テレビを見ていて何もしていないように見えて、父は常に作業人員達が言行一致かどうか、気にしているのである。娘がここをしっかり抑えているからこそ、ゴミ屋敷は二日で片付き、その後も清潔が保持できているのだ。

ゴミ屋敷の主は、ゴミが好きなわけでもない。でも、一方的に捨てられるのは嫌だ。自分自身が生活の主体者として尊重されながら、尊厳が保持されつつ、①できること→②危ういこと→③他者に頼みたいこと→④できないことのなかで、「②危ういこと」を「①できること」に引きつける支援とか、「④できないこと」を強要されず「③他者に頼みたいこと」に変換されると、ゴミ屋敷から脱出する事ができるのである。

他にも色々引用したいことが多いが、今日も長くなってきたので、最後どうしても引用したい一カ所を引いておく。

「小さな子を持つ親は、どんなに幼くとも子どもは親とは別人格であり、思い通りになしようとしてはならないことを日々の子育てで学ぶらしい。私は子を産み育てたことはないが、親の面倒を見るとき、同じことを思う。どんなに老いていても、父親と私は別人格。思い通りにしようとしてはならない、と。」
「嵐の夜を何度も超えてたどり着いた答えはやはり、「父と私は別人格だから」だった。どちらが正しいという話ではないのだ。正しさを求めると、必ずどちらかが傷つくことになる。心が傷つくと、ケアはできない。されるほうも、心身共に弱ってしまう。」(p218)

手前味噌ながら、『家族は他人、じゃあどうする? 子育ては親の育ち直し』(現代書館)というエッセイを僕は書いているので、めっちゃ頷きながら読んだ。ぼくがエッセイを書きながら学んだのはまさに、「どんなに幼くとも子どもは親とは別人格であり、思い通りになしようとしてはならない」ということだったのだ。ちゃんとしてほしい、とか、もう少ししっかりしてほしいというのは、子どもではなく親の思いであり、子どもは親の思惑とは違う世界を生きている。だからこそ、「思い通りにしようとしてはならない」のである。

そしてその時にすがりたくなるが、もっとも距離を取らねばならないのが、「正しさ」である。「ゴミを捨てるのは正しい」「ちゃんと片付けるのが正しい」「じっと座っているのが正しい」・・・。正しさを強要する側は、「それぐらいできて当たり前」と思っている。でも、その「当たり前」のレベルが千差万別である。これも手前味噌ながら、先週発売した『福祉は誰のため?』(ちくまプリマー新書)では、「第一章 あなたの一段は他人の十段?」という内容で、そこを掘り下げて考えた。「これくらいできて当たり前」という正しさの強要は、他人にとっては時には暴力的になる。「正しさを求めると、必ずどちらかが傷つくことになる。心が傷つくと、ケアはできない。されるほうも、心身共に弱ってしまう。」だからこそ、正しさは脇におり、相手の尊厳の保持こそを最大の目的として関わることができるか、が問われているのである。

ここまで長々と書いてきたが、「父は他人」と思って=父の他者性を認めた上で、ビジネスライクに、つまりは父の尊厳の保持を最重要課題として関わり続ける彼女のエッセイは、支援者も含めて、めっちゃ多くの人に読んでもらいたい。

最後に、ジェーン・スーさんは僕より二つ上で、団塊ジュニア。お父さまはうちの父より五歳上で、どちらも同世代。この本は、これから親が要介護になる団塊ジュニア世代の必読書だし、僕も同時期に新書を発売したので、どこかで対談してあれこれ伺ってみたいな、と思った。あちらは有名人なので、叶うかどうかは、わからないけれど。

「二人の物語」の迫力

実存に突き刺さる闘病記を一気読みした。弁護士の青木志帆さんと新聞記者の谷田朋美さんによる『あしたの朝、頭痛がありませんように』(現代書館)である。青木さんは汎下垂体機能低下症という難病、谷田さんは原因不明の呼吸困難や痛みを持ち診断名も治療法も確定しない。二人とも「他者からするとわかりにくいしんどさや生きづらさ」を抱えて生きている。だから、「理解」についてもずっと考えてきたと青木さんは言う。

「私の、私たち難病者の『私の病気を理解して』という願いの中に込められていたのは、『私を排除しないで』という想いなのでしょう。
『早退したい』という私に、フッと笑った後、はりついた笑顔で『また?』と言われるくらいなら、何度でも聞いてくれたほうが、『早退したい』と言いやすかっただろうなぁ。
『聞く』っていうことは、関係性を続けようとする意思を感じます。
完璧に理解してほしいのではなく、関心を持って、そばに居続けてほしい。
『私の病気を理解して』というより、『病気の私のそばにいて』のほうが正確でしょうか。
それが、ただ患うことを許容するということにもつながる気がしています。」(p77)

難病ゆえに子どもの頃からしょっちゅう頭痛で早退していた青木さん。その青木さんのしんどさを理解出来ない、受け止めきれない先生ほど「フッと笑った後、はりついた笑顔で『また?』と言われる」。これを青木さんは「私を排除しないで」という感覚として受け止めていた。本人でも受け止めきれない難しい状況を、他人が理解するのには限界があることはわかる。でも、「関心を持って、そばに居続けてほしい」し、「関係性を続けようとする意思」を持ち続けてほしい。それが、『病気の私のそばにいて』というメッセージにもつながるようにも、思う。

とはいえ、「病気の私のそばにいて」というのも、下手をすると本人にとって傷つく結果にもなり得る。

慢性疾患を患い、何週間も寝込む谷田さんは、一人暮らしをするようになってから、「何かできることはある?」と手を差し伸べてくれた、偶然知り合った気の優しい男性に、身体介助までお願いすることになる。すると、気がつけばベッドの隣で寝ている関係になるが、好きでもない相手なので、体力が戻ってくるとお別れすることになり、「あばずれ女」とラベルが貼られるようになった、という。そのことを、以下のように振り返る。

「弱さにつけ込まれた、と主張したいのではありません。ただ、なぜそのような『あばずれ女』が生まれたのか、ということに目を向けてもらいたいのです。自分にとって最も深刻な痛みが社会に認識されない、でも、ままならない病とひとりで向き合う事は難しい。そんななか、優しさや思いやりをくれる人には、相応のものをお返ししないといけない、と思っていました。それを礼儀だとすら思ってしまったことが、病気になった私を最も苦しめてきました。人の優しさを利用した自分を責めることで、傷ついた自尊心をぎりぎりで保ってきたのです。」(p34)

「自分にとって最も深刻な痛みが社会に認識されない」という実存上の最大の課題と常に向き合ってきた。だからこそ、滅多に現れない「優しさや思いやりをくれる人」と出会った時、「相応のものをお返ししないといけない」「それを礼儀だとすら思ってしまった」。それが、好きでもない男子がベッドの横に寝ている、という実態になる。そして、遠巻きに見ている人にはそれが「あばずれ女」と映るのである。ケアしてもらったんだから、性的関係まで差し出さねば返礼にならない。これは、確かに交換関係ではあるが、魂を毀損する交換関係である。でも、そうしないと生き延びれなかった時期があるし、その時谷田さんに出来たことは、「人の優しさを利用した自分を責めることで、傷ついた自尊心をぎりぎりで保ってきた」。身体が痛むのに、心まで痛めてきたのだ。

この生と性に関して、青木さんは、仕事で旧優生保護法の不妊治療に関する被害救済の訴訟に関わった。その際、東京高裁の判決に際した「所感」を見た際、思わず泣いたという。そこには以下のような文章があった。

「原告の男性は、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制され、憲法が保障する平等権、幸福になる権利を侵害され、子どもをもうけることができない体にされました。しかし、決して人としての価値が低くなったものでも、幸福になる権利を失ったわけでもありません。」

なぜこの文章に青木さんは泣いたのか。

「原告達の中には、障害を理由に差別され、強制的に不妊手術をされたうえに、『子どもを産めない』という事情でも差別され、結婚に至る前に破談になったり離婚されたりしている方もいます。どないせぇ、っちゅうねん、という話ですね。強制不妊手術が言語道断であることはいうまでもありませんが、もし、この所感が指摘するとおり、『子どもをもうけることができない人も、個人として尊重され、他の人と平等に、幸せになる権利を有する』ということが共有された社会であったなら、原告らの不妊手術後の苦しみは、もう少しマシなものになっていたのではないかと思うのです。」(p144)

これはしんどい不妊治療を経て、不妊治療をやめた青木さんの琴線に触れる発言だった。強制不妊手術が人権侵害なのは、論を待たない。ただ、「子どもを産み、育て、幸せになる権利を一方的に奪った」という論の立て方は、「子どもを産まなかったら、幸せではない」という論理的帰結を導きかねない。そこに3%のモヤモヤを青木さんは感じていたという。だからこそ、『子どもをもうけることができない人も、個人として尊重され、他の人と平等に、幸せになる権利を有する』という所感は、不妊治療を辞めた青木さんにも刺さる言葉だったのである。

その上で、病と障害の関係について、青木さんはモヤモヤしている。

「合理的配慮が提供されるべき『障害者』とは、法律的には、心身の機能の障害と社会的な障壁により、継続的に日常生活などに相当な制限を受ける人なのだ。なので、慢性疾患やがん等の『病気』で毎日しんどい人も、『障害者』に含めて考え得る。
でも、『病苦』とは、社会的障壁、つまり、社会のありようがマズいあら生じているわけではない。社会的障壁のためにしんどいわけではないので、合理的配慮の提供のしようがない。『病苦』そのもので私たちを苦しめる。『病苦』は、合理的配慮の提供によってなんとかなる課題の対象外なのだ。」(p164-165)

これを読んでいて、こないだ書いたブログのdiseaseとillnessの関係性を思い出していた。

illnessとは「体験としての障害」とも訳され、「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」とも規定されている。谷田さんがケアしてもらう相手に「反対給付」せねばならぬと自尊心を傷つけたことも、青木さんが『私を排除しないで』と願うのも、実存のレベルでの、主観的な体験としてのしんどさでありillnessである。だが、一方、頭痛や吐き気、めまいや倦怠感は、社会問題化しても、なんともならない。個人の身体現象として個人に襲う苦痛である。それは疾患(disease)であり、その疾患には医療的ケアが必要不可欠なのである。つまり、青木さんも谷田さんも、完治しない慢性疾患(disease)を抱えていて、それで生活する中での社会的障壁としての実存レベルの障害(illness)を同時に持っている。後者には合理的配慮が必要だが、前者には医療的ケアが不可欠なのだといえそうだ。

このdiseaseとillnessに関して、本書終盤の村上靖彦さんとの鼎談の中で、谷田さんはこんな風にも語っている。

「診断名が認知されないことの前に、『内側から感じるからだ』がなかったことにされることが最もつらい経験だと感じてきたんです。村上さんのおっしゃる『客観性の落とし穴』といいますが、まずその人自身が感じる『からだ』があるはずなのに、客観性の名のもとにすべてが数値で切り落とされて、本人の痛みや感覚がなかったことにされていく、ということです。診断とは、本来『内側から感じるからだ』に対して、後からくるもののはずなんだけど、医療の現場では一方的にそちらだけが事実だとされることが多くて、『内側から感じているからだ』がそれより下のものだとみなされていると感じてきました。」(p207)

診断名がつく、というのは、疾患(disease)が確定する、ということである。そして、谷田さんは診断名が認知されず、疾患(disease)が不確定なまま、だったことよりも、「『内側から感じるからだ』がなかったことにされることが最もつらい経験だと感じてきた」という。「客観性の名のもとにすべてが数値で切り落とされて、本人の痛みや感覚がなかったことにされていく」ことは、『内側から感じるからだ』の否定である。これは、「体験としての障害」としてのillnessの否定であり、disease>illnessという序列化である。診断場面で遭遇するその序列化にも、谷田さんは苦しんできたと語る。

そして、もう一点、引用しておきたい部分がある。

「難病者は、どこへ行っても、何をやっても、だいたい半人前扱いされます。『無理をしなくていいよ』は、その象徴なのです。もう無理をしなくてもいいと安堵すると同時に、『また半人前のことしかできなかった』とへこむのです。
それだけに、発揮した能力をフェアに評価してほしいという欲求はことのほか強いんじゃないかと思います。だからこそ、『将棋まで「弱い人間」扱いされたら、もうボクはどこで生きていったらいいんですか!?』と叫ぶ二階堂に、私たちは悶絶しながら共感するのです。」(p96-97)

青木さんが引用する、『将棋まで「弱い人間」扱いされたら、もうボクはどこで生きていったらいいんですか!?』と叫ぶ二階堂、というのは、『3月のライオン』というマンガで、体調を崩して家で伏せっている二階堂に、先輩騎士がお見舞いに来た際、先輩が手加減した際に放った台詞である。

この発言になぜ青木さんは「悶絶しながら共感」するのか。それは、難病者として『無理をしなくていいよ』と配慮されることを通じて、『また半人前のことしかできなかった』とへこむからである。出来ない事があるから、配慮される。でも、調子が良いときには出来たのに、と思うと、「半人前」の能力しか発揮できなかったとへこむ。これはまさに、diseaseの苦しみに悶絶しながらも、実存レベルでの障害としてのillnessゆえに引き裂かれた状態とも、読み取ることが出来る。

最後に、この本を読んでいて受け取った「希望」の箇所を引用しておきたい。

「終末期の現場では『どう生きて、どう死んでいくのか』という『人生の物語』を聞くことがとても大切であるとわかる。たとえ治療できることがなくなったとしても、そこには身体的、心理的に苦痛の少ない看取りの場を整えて欲しいという切実なニーズがある。EBMとNBMは分かちがたいものとして、両輪で治療方針を組み立てることが不可欠なのだ。」(p178)

終末期医療を取材した谷田さんは、ここに自分の経験を重ねる。EBMとはEvidence Based Medicineの略で、エビデンスやデータを重視し、標準化された治療のことを意味する。先ほどの例で言えば、disease(疾患)にはEBMが適切である。だが、それぞれの人がその疾患にどう向き合っていくのか、については千差万別のニーズがある。それを患者の語り(Narrative)を通じて理解し、その『人生の物語』を聞くなかで治療方針を立てるのが、NBMである。そして、終末期の現場では、「EBMとNBMは分かちがたいものとして、両輪で治療方針を組み立てることが不可欠」だと語る。

だが、これは終末期を「完治しない・治療方針が不明確な慢性疾患」と置き換えても同じではないかと思う。治療の手当が十分に出来なくても、必要なケアを届けて欲しいというニーズがある。そして、谷田さんは「朋美が働くことを応援したい」と「寿退社」した「とりやん」という素敵なパートナーと巡り会い、家事や痛みの緩和ケアを担ってくれているからこそ、生き続けられている。もちろん、海外赴任の可能性もあった「とりやん」に退社を選ばせることに罪悪感を感じていたが、「もともとケアの仕事に関心があったけど、『お金にあらないぞ』といわれて一歩踏み出せた」と「とりやん」に言われる。そういうケアしケアされる関係性を、二人で築いていかれたのだ。

また、青木さんはこんな風にも書いている。

「私はこれまで、私の面白さを拾ってくれた人たちのおかげで、寸足らずな稼働時間でもまだ、職業人として生きています。気がつけば、弁護士になって15年目ということを意識する機会が増え、今度は私が、馬力不足でも規格外の『面白い人』がいれば見つけ出して育てていく側になっていることを感じます。」(p123-124)

これも、ケアしケアされる関係性ではないか、と思う。「寸足らずな稼働時間」であっても、「馬力不足」や「規格外」であっても、「私の面白さを拾ってくれた人たち」がいる。であれば、私自身がそんな「面白さ」を持つ人を見つけ出し、育てていきたい。標準値から逸脱しまくった人生「だからこそ」、「多様な面白さに対する感度をあげる努力」をしてきた青木さんだからこそ、他者のそういう「面白さ」を見抜く力も持っている。それは、魂を毀損しない交換関係であり、相互依存のタペストリーであると感じた。

僕が紹介すると小難しくなるけど、二人は文才があってめっちゃ面白いので、是非読んでいただきたい一冊である。

予算制約は財政民主主義の可能性

井手英策さんに頂いた『令和ファシズム論—極端へと逃走するこの国で』(筑摩書房)を拝読する。本書の帯には「肯定的未来への道を切りひらく入魂の書!」「生活苦にあえぎ、不安を抱える私たち。極端な主張で人々を煽り立てる〈身近な指導者〉たち。最後の防波堤としての〈ラディカルな中庸〉を提唱した希望の書!」と書かれている。

読み始めてしばらくすると、難解な森の中にさまよっている感覚がした。読み終えることが出来るだろうかと不安になった。そのあたりのことを、後書きで以下のように率直に書かれている。

「こうして執筆が始まったのだが、いきなりつまずいてしまう。財政の歴史に学ぶのはよいが、過去のできごとを現実にあてはめるのは、歴史家のタブーにちかかったからだ。
分析の厳密性と政策的なインプリケーション、どちらを優先すべきか。学者としての決断に迫られた。悩みに悩んだが、自分の能力の許すかぎり史実をしっかりと描き、そこから抽出された歴史条件をもとに、現実におきていることを説明することに決めた。
決断の正誤はわからなかったが、このまよいによって、本書が難解になったことだけは確かだった。」(p358)

そう、僕が難解な森に入っている、と思ったのは、「第二章 昭和恐慌からの脱出と高橋是清の苦闘」から「第三章ファシズムへの道程でなにがおきたのか?」にかけて。高橋是清は戦前に積極財政を行うと共に軍事費抑制も行い、226事件で殺された人、ぐらいにしか知らなかった。それが、「令和のファシズム論」においては、二章分をかけて、高橋の取り組みのみならず、「政争を繰りかえした政友会と民政党/皇道派と統制派の対立」や「力を発揮した官製の国民運動/日本精神へと接続した共同体主義」といった、「史実をしっかりと描」いていく。今から100年前に高橋がどのような文脈の中で、何を取り上げ、どこは切り捨てたのか、という「そこから抽出された歴史条件」を精緻に描き、「分析の厳密性」を担保しようとする。すると、100年前のことを全然知らない素人の読者(私)にとって、このあたりの章は「難解」な森のように感じたのだ。

最後まで読み終えられるかしら、と途中で心許なくなった。

だが、「第四章 ファシズムの条件をさぐる――ドイツとの対比から」にさしかかると、その印象ががらりと変わる。ドイツで第一次世界大戦の敗退後、賠償金に苦しみながらも、「雇用創出から軍備拡張へ」と変遷していった「史実をしっかりと描」いていくプロセスの中で、先の章で予習した日本とのちがい・おなじが見えてきた。そして、ヒトラーが登場するまでのプロセスを読み終えた後に、次の記述を読んで、やっと難解な森を抜けたのだと知る。ちょっと長いが、大切なポイントなので抜き書きする(p211-212)。

「本書は、ファシズム期におきたことを知り、そのうえで現在の日本の財政やそれにまつわる問題をみれば、<ぼんやりとした不安>に輪郭をあたえられるのではないか、自由と民主主義の死とはことなるルートを発見できるのではないか、という問題意識から出発していた。
だから、ここまでの章では、財政史という分析手段をもちいて、「ファシズム前夜」の歴史をえがいてきたわけだが、ファシズム的な状況、自由と民主主義があとずさりした歴史の断層は、以下にしめされる現象の総体として構成された、ひとつの「均衡」であった。
①中間層もふくめた広範な人びとの生活不安
②税・社会保障をつうじた生活保障の不十分さとその内容
③中央銀行への依存、財政と金融の一体化
④経済的な合理性と政治的な非合理性の並存
⑤雇用創出から軍備拡張へのなしくずし的な政策変化
⑥予算を統制する議会の力のよわまり
⑦思想的な垣根の溶解、呉越同舟というロジック
⑧集権的な意思決定や政治的主体の喪失」 

この①から⑧は、100年以上前のファシズム期に日本とドイツで共通しておきたことを抽出している。そして、すでにお気づきの方も多いと思うが、今の日本社会でも、この8つが「均衡」として現れている。井手さんが本書の前半で、素人にはとっつきにくい財政史の森に読者を誘ったのは、「自分の能力の許すかぎり史実をしっかりと描き、そこから抽出された歴史条件をもとに、現実におきていることを説明する」ためだった。それが、この8点で示されると、確かにと頷くし、そこからの後半は、今の日本社会でこの8つの均衡がいかなる状況で繰り返されているか、という説得力ある説明につながっていく。

後半こそ、赤線を引きまくって引用したい。増税なき積極財政やMMTを批判し、今の政治状況の右派左派の溶解や呉越同舟性をするどく分析し、<ぼんやりとした不安>の総体を提示していく筆致は実に鮮やかだ。その後半をちゃんと読んで欲しいからこそ、敢えて前半の難解な森で本書を読むのを挫折しないで、斜め読みでも5章までたどり着いてほしい、と思う。

その上で、井手さんのぶれない軸について、引用しておく。

「財政の目的は、私たちのニーズを充足するためにある。だが、税を前提とするからこそ、私たちは、支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じることができる。だからこそ、社会的な合意、連帯の基礎としてととのえることができる。これらは、予算制約があるからこそ、実現できる。私は、健全財政主義者でもなければ、放漫財政主義者でもない。財政民主主義を重んじる、ひとりの財政学者だ、と。」(p270-271)

予算制約があることは、民主主義の制約ではなく、可能性である。これは、言われてみればその通りだけれど、僕にはなかった発想である。私たちはどのようなニーズを充足するために、税を投入するべきか。その「支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じる」のが、国会であるはずだ。政治を語るとは、政党の呉越同舟性を語ることではない。財政民主主義を基盤として、「社会的な合意、連帯の基礎としてととのえる」ための議論こそが必要、にも関わらず、直近の選挙で最も抜け落ちていたのがこの部分だ。それは、<ぼんやりとした不安>を短期的に解消できそうな表面的な処方箋(103万円の壁、日本人ファースト、ばらまき給付・・・)ばかりが示され、予算制約をどうするか、という真っ当な議論が先送りされていたからである。

そして、僕自身素人なので、井手さんの本を読み進めて、「支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じる」ことが財政民主主義なのか、とようやく腑に落ちた。

「本書では、「財政民主主義」ということばを何度もつかってきた。財政は、共同の意思決定をつうじて、人間の自由の条件を考えることにその要点がある。それは、手ばなしで行使できる、むきだしの自由ではなく、対話と対立、そして合意によってはぐくまれた自由である。よろこびだけでなく、いたみもわかちあう、あるべき社会への態度を決定するいとなみである。だからこそ、財政をつかいこなせば、民主主義と自由を調和させ、社会に秩序をもたらすことができるのである。」(p325)

難解な森をくぐり抜けたからこそ、「財政は、共同の意思決定をつうじて、人間の自由の条件を考えることにその要点がある」という言葉の重みを僕は受け取ることが出来た。小さな政府で自己責任社会を追究しなさい、と言えば、1%の金持ちにとっての自由の条件は最大化するが、99%のそれ以外の人々にとっては、<ぼんやりとした不安>が具現化・最大化していく。だからこそ、金持ちも貧乏人も、左翼も右翼も無党派層も集まって、「共同の意思決定をつうじて、人間の自由の条件を考えること」が大切なのだ。税はどれほど集めた方がよいのか、何にどれほど配分すべきか。防衛費をアメリカの言うままに上げるのか、大学無償化や介護職員の給与増額に使うのか。それは、赤字国債の発行で補うのか、消費税の増税も視野にいれるのか。そこには「よろこびだけでなく、いたみもわかちあう、あるべき社会への態度を決定するいとなみ」がある。「対話と対立、そして合意によってはぐくまれた自由」がある。これが財政民主主義なのか、と。そして、この財政民主主義のプロセスが、現下の状況では、無視・放置され、日銀券は無尽蔵に刷っても大丈夫なもの、借金をし続けてもなんとかなる、と思い込んではいないか、と。

「国民や住民に責任や任務をおしつけないために、財政というしくみをつくりかえ、自由と民主主義が共鳴する社会をめざす。たとえそれが政治的に不人気でも、社会の多数者が手取りをふやす道具だと断定しようとも、連帯のいしずえとしての財政本来の姿を再生させ、自他の責任とよろこびが調和する社会をつくりだす。<ラディカルな中庸>の精神にしたがって、公共性を再生させていく地道な努力こそが、社会を成長、進化させる条件である。
ヒトラーは、無条件の服従と忠誠をもとめる指導者原理をとなえて、自由と民主主義を否定した。私は、財政原理をかけて、民主主義と自由を徹底的に擁護する。」(p342-343)

「連帯のいしずえとしての財政本来の姿」とは、「税を前提とするからこそ、私たちは、支出の要・不要を議会で話しあい、負担と受益のバランス、税と借金のバランス、そして、社会的な公正さのありようを論じる」財政民主主義のあり方だった。このような、税というお金の使い道に関する継続的な対話こそが、「公共性を再生させていく地道な努力」につながる。その意味で、「財政原理をかけて、民主主義と自由を徹底的に擁護する」という、財政史の詳細な分析に基づく井手さんの渾身のインプリケーションは、誠に腑に落ちる内容であった。

皆さんも途中で挫折せず、最後まで読んでみて欲しい。

diseaseとillnessを同等に扱う

最近、意思決定への関与困難事例へのアプローチ、そしてソーシャルワークとアブダクションに関する本を読み進め、ブログに書いてきた。それらを読んだ上で、そういえば一年前に読んでめっちゃよかったけど、ブログに書くことが出来なかったとある本を思い指し、週末に読み返す。なるほど、上記の三冊を迂回した今、この本の魅力をやっと語ることが出来そうだ。それが藤沼康樹さんの『「卓越したジェネラリスト診療」入門:複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド』(医学書院)である。

ブックマークをしまくったのだが、最も気になる箇所から引用していく。彼は家庭医で訪問診療も行っていて、地域包括ケア関連の研究で事例検討会に参加し、「医師誘発性困難事例」をいかのような8つのパターンで描き出す(p204)。

①患者の健康問題が複数あり、それぞれに担当医がいる“ポリドクター”状態。
②担当医が訪問診療を行っていないためか、在宅ケアへの移行をやんわり引き伸ばしている。
③担当医が在宅医療に熱心で「この患者のことは自分が一番わかっている」と信じており、看護師や介護職が自分の思い通りに動かないと怒る。
④外来担当医が、ケアマネージャーとの面会を「何をしに来たのか」という態度で嫌がる。
⑤ケアマネージャーによる情報提供(「最近よく転ぶ」「元気がない」などの漫然とした高齢者特有の症状・経過など)に、担当医が対応できない。
⑥病院の外来単位が少なかったり、訪問診療をしていたいため、「主治医意見書」を記載した病院医師にアクセスしにくい。
⑦在宅医療で対応出来ず、熱が出たり食欲が落ちると、すぐ入院させてしまう。
⑧薬剤の副作用(抗認知症薬による興奮など)に気づかず、逆に処方薬がどんどん増えて行く。

これらは、僕もケアマネさんの研修をしていると、よく聞く話である。医師とは最も連携がしにくい、というのは、現場の福祉職でしばしば言われているが、当の医師自身がその問題構造に気づき、「医師誘発性困難事例」として詳細なカテゴリーまで作っているのは、めちゃくちゃ面白い。しかも、その直後にいかのような記述もある。

「総じて言えるのは、『患者の目標』を多職種と共有できていない場合に困難事例になりやすく、実際には“医師以外”は共有できている場合が多いということです。医師だけが、地域基盤型ケアにおける価値や文化を共有できていない・・・。つまり、前述の「規範的統合」の阻害因子に、医師がなってしまっている事例が結構ある、ということなのです。」

そうそう、以前伊藤さんや土屋さんと作った『「困難事例」を解きほぐす』『多機関協働が動き出す』という二つの本は、多様な「問題」と言われるものを抱えて、「問題行動」「困難事例」とラベルを貼られた人々を、地域の中で多職種が集まってどう支え続けるか、についてアセスメントの面から考えた本である。ただ、そこではっきり記述できなかったが、「『患者の目標』を多職種と共有できていない場合に困難事例になりやすく、実際には“医師以外”は共有できている場合が多い」「「規範的統合」の阻害因子に、医師がなってしまっている事例が結構ある」と他ならぬ卓越した医師が書いてくれると、実にありがたい。そう、多機関協働で大切なのは、自分の規範を横に置き、その人のチームとして一緒に考え合う姿勢で、それは「“医師以外”は共有できている場合が多い」のだが、医師が自らの価値観に拘り、それが阻害因子になっていることすら、気づかない場合も少なくないのだ。

それに関して、藤沼さんは「主観文化の差異」の問題だと明言する。

「実は、チーム医療におけるトラブルは、「主観文化」に由来することが多いのです。たとえば「自分はこうするのが常識だと思っているのに、相手がそれを守ってくれない」「自分はこうしたらよりよいだろうと思って行動したのに、相手は自分が意図したようには解釈してくれなかった」という不満は、主観文化の差異によるものです。」(p211)

多機関協働が出来にくいのは、それぞれの機関・立場・専門職には、それぞれ固有の「主観文化」があり、それがあまりにも仕事の前提であって、主観であると気づけないからである。だからこそ、「自分はこうするのが常識だと思っているのに、相手がそれを守ってくれない」「自分はこうしたらよりよいだろうと思って行動したのに、相手は自分が意図したようには解釈してくれなかった」と「自分は正しくて、相手が問題だ」と問題を他人のせいにしやすい。それは以前ブログにも書いたが、相手の内在的論理を理解していないだけでなく、自分(自組織)のそれ(主観文化)にも無自覚なのである。そして、お互いの「主観文化」に自覚的になるために、以下のような振り返りを藤沼さんは提唱する(p211)。

①チームメンバー1人ひとりが、自分の特性あるいは多様性を自覚する。仕事の内容、自分の得意なこと、子ども時代の夢、これまでの人生で一番うれしかったこと・悲しかったこと、故郷について、大切な人、尊敬する人、嫌いな人、趣味などについて、振り返って言語化してみる。
②それをチームメンバーで共有し、同じところ・違うところを見つけてみる。同じところを伸ばすには、違うところを育てるには、どうしたらいいかを話し合ってみる。
③自分とは違うタイプの他者との出会いによって、自分の視点がどう変わったか、自分の世界がどう広がったかを話し合う。
④互いの違いをどう活かすかを話し合う。

医療福祉に限らず、仕事をする上で、自分とは違うスキル・経験・専門性を持つ人の背景を理解する必要はあっても、協働する人の「主観文化」の違いまで理解しようとしていない人の方が、多いと思う。僕で言うなら、例えば社協や公務員の人と仕事をすることが多いが、一口に社協の人、公務員の人と言っても、千差万別である。その職種の「主観文化」だけでなく、その人自身の「主観文化」も濃淡は違えど、その人の働き方には反映されている。すると、with-ness的に仕事をともにしていくチームになりたいなら、まずは「自分の特性あるいは多様性を自覚する」ことが大切だし、それをチームメンバーに語ることで、「同じところ・違うところ」を見つけ出し、それを豊かに育てていくことが大切だ。これは「他者の他者性」を理解するために、「己の唯一無二性」を知り直すプロセスそのものだと思う。

なぜ、治療をする医師が、「他者の他者性」や「己の唯一無二性」を理解する必要があるのか。それについて、藤沼さんは以下のように語る。

「プライマリ・ケア外来では、疾患へのアプローチ、すなわち従来型の診断・治療が問題解決に直結せず、受診理由や健康問題が「患者にとってどんな意味を持っているか?」にアプローチにすることが、しばしば必要になります。家庭医療学においては、前者は「疾患(disease)」へのアプローチ、後者は「病い(illness)」へのアプローチと呼ばれ、この2つのアプローチを同時並行的に実施することが、“家庭医らしい臨床的方法(clinical method)とされます。」(p114)

「疾患へのアプローチ、すなわち従来型の診断・治療」は「疾患(disease)」へのアプローチである。でもそのアプローチでは「問題解決に直結せず、受診理由や健康問題が「患者にとってどんな意味を持っているか?」にアプローチにすることが、しばしば必要になります」。この患者にとっての意味=患者の主観文化や内在的論理を理解するアプローチを「病い(illness)」へのアプローチとしている。この記述を読んで、上田敏の「やまい(体験としての障害:illness)」を思い出していた。

「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害(上田敏 1992)。」

上田敏氏はICIDHの問題構造を指摘する中で、実存や主観レベルの問題を提起し、後にICF(国際機能分類)へと改訂にも携わった人物である。彼が疾患(disease)から機能・形態障害(impairment)が出てきて、それが能力障害(disability)に繋がるという線型モデルに違和感を抱いたのは、そのような疾患や機能障害、能力障害が起きている間に、「主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル」=実存レベルでの本人の意味づけがなされていると喝破したからだ。そして、医学的治療が問題解決にならない場合には、「病い」へのアプローチが必要だと藤沼さんも整理する。

そのためにも、対象者の価値観に大きな影響を与える「物語」を理解する為に、ライフヒストリーを聞き出す重要性を、次の3つのトリガー質問で整理している(p125)。

①「今まで生きてきて、一番うれしかったことは何ですか?」
②「今まで生きてきて、一番つらかったことは何ですか?」
③「今の自分の状況について、どんなふうに思っていますか?」

実はこれはチームの仲間の「主観文化」を理解するための質問と同じである。さらに言えば、未来語りのダイアローグでの3つの質問とも共通点がある。まずは良かったことやよい変化を聞き、次につらいことや残っている心配ごとを聞いた上で、今の状況についてうかがい、どうすれうば変化できそうか、を一緒に考えるというアプローチである。この質問のポイントは、まずは良かったことやよい変化を聞くことである。「問題行動」「困難事例」とラベルを貼られている人だけでなく、多くの人は、うまくいかないとき、問題点や心配ごと「ばかり」に目を向けてしまう。でも、そういう人のなかでも、良かったこと、うまくいったことは、必ずある。それを見つけられず「もう絶望的な気分だ」と滅入っている人にも、「今まで生きてきて、一番うれしかったことは何ですか?」という形で、本人の希望を掘り起こしてもらうことが、ライフヒストリーを聞く中で、極めて重要になる。

病いや健康問題を抱える人は、症状や障害があっても日々の生活を何とか進める為に、生活のやり方に関して創意工夫をしているものです。たとえば、調理器具を使いやすいものに変えてみたり、ある場所に行くときに遠回りしてでも知人の家の前を通っていくようにしたり、といった工夫をするものです。痛みが悪化しないように、身体の姿勢や動き方を微妙に調整したりもします。
Reeveらは、病いの中にある人たちの、こうした創意工夫をする能力を「creative capacity」と呼んでいます。」(p152)

「疾患(disease)」を抱えても、無力ではない。「病い(illness)」の中にあっても、「症状や障害があっても日々の生活を何とか進める為に、生活のやり方に関して創意工夫をしている」。その「創意工夫をする能力を「creative capacity」」として捉えることが出来るか。患者さんのよい変化や心配ごとを聞きながら、その患者さんの主観文化に触れた上で、「creative capacity」をも聞き取り、探り出し、その力を高めていくように支援が出来るか。

このような見立てをするために必要なのは、前回のブログでも取り上げたアブダクションだと藤沼さんも言う。

「アブダクションは、大雑把に言って、“帰納法と演繹法の折衷”と言えると思います。比較的少数の情報から「帰納法」で共通の特徴となる“小さな仮説”を立て、小さな仮説に基づいて「演繹法」を用いて他の異なる現実に転用してみることで、その仮説を検証し、そして、このプロセスを繰り返すということです。
話を戻しましょう。家庭医によるプリマリ・ケア外来では、まず患者と医師が共に問題空間内を移動しながら協同して小さな仮説を立て、その仮説の周りを簡単にチェックし、さらに次の採集のために移動してまた小さな仮説を立てていくのです。この“採集の旅”の途中で、深掘りすべき問題が決まり、その問題を解くために初めて仮説演繹型の推論プロセスに入ることになります。」(p145)

一般に、科学的トレーニングを受けた専門家である医師は、演繹法で疾患概念から個別ケースを見るか、逆に個別事例から帰納法で疾患概念につなげるか、というどちらかを選びがちだ。でも、それだけで解決出来ない、複雑に絡み合った問題をほぐして行く場合、「まず患者と医師が共に問題空間内を移動しながら協同して小さな仮説を立て、その仮説の周りを簡単にチェックし、さらに次の採集のために移動してまた小さな仮説を立てていく」ことが大切だと藤沼さんは述べる。まずは患者と医師が協同して、何がどのように問題になっているのか、その疾患には患者のどのような主観的な病いの経験と結びついているのか、という「疾患(disease)」と「病い(illness)」の絡み合った構造を、採集して「小さな仮説」を作り上げる。その際には、患者の問題だけなく、患者の持つ、「creative capacity」をも採集していく。その上で、何をどのように解決すべきかという優先順位を患者と医者が協同して立て、「深掘りすべき問題が決まり、その問題を解くために初めて仮説演繹型の推論プロセス」に入っていく。この際、医者だけ、あるいは患者だけで優先順位を決めず、「患者と医師が共に問題空間内を移動しながら協同して小さな仮説」を立てる、という形で共同意思決定に持ち込んでいくことが、問題を解決するために非常に重要だと藤沼さんは指摘しているのである。

ほんまもんの在宅医は、優れたソーシャルワーカーと似た目線だと改めて感じた。

最後に卓越したジェネラリスト診療(Expert Generalist Practice: EGP」への四つのステップを抜き書きしておく(p269)。

①epistemology(ジェネラリストの認識論を保持する)
→「diseaseとillnessを同等に扱う」という立場がEGPの認識論的パラダイム
②exploration for sense making(意味づけのための情報探索)
→患者の「生活史」については高い解像度で知る必要があり、自分の頭の中に映像として患者生活が再生できるくらいの情報量が必要
③explanation(解釈する)
→この解釈・説明は帰納的に生み出されたillnessの「診断」
④evaluation, trial and learn(患者とともに評価し、試し、学ぶ)
→うまくいかない場合、医療化に走るのではなく、あくまで新たに解釈を患者とともに生み出していくことがEGPでは肝要

これは「困難事例」とか「断らない相談」、重層的支援体制整備に関わる人々にも、かなり意識して欲しい四つのステップである。

①「diseaseとillnessを同等に扱う」というのは、本当に重要である。疾患(disease)については、医療職にある程度依存する必要がある。だが、illness=「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」については、福祉専門職のほうが、生活支援を通じて寄り添い、引き出すことが出来やすいのだ。

②「自分の頭の中に映像として患者生活が再生できるくらいの情報量」は、かなり丁寧に「意味づけのための情報探索」をする必要がある。だからこそ、「今まで生きてきて、一番うれしかったことは何ですか?」「今まで生きてきて、一番つらかったことは何ですか?」「今の自分の状況について、どんなふうに思っていますか?」という生活史の丁寧な聞き取りが必要となる。

そういうプロセスを経た上で、③illnessの「診断」になるのだが、それは医師や専門職による一方的な診断ではなく、④「患者とともに評価し、試し、学ぶ」というアブダクションの協同探索のプロセスが重要になってくる。ここに、多機関協働のダイナミズムがあるのだとも感じた。4400円とちょっと高めのお値段だけれど、卓越した医師やジェネラリストの認識論を知る意味では、福祉職や行政のオススメの一冊である。

*追記:生物学的精神医療の最大の問題は、「diseaseとillnessを同等に扱う」とは真逆の、diseaseのみで精神疾患を治療した気になることだとわかる。僕自身は、反精神医学ではないので、投薬そのものを否定はしない(それはバザーリアも同じである)。diseaseに効果的な治療薬は使えば良い。ただ、精神医療の世界においては、「薬剤の副作用(抗認知症薬による興奮など)に気づかず、逆に処方薬がどんどん増えて行く」ことがめちゃくちゃ多い。それは、患者のillness=「実存のレベル(主観的な体験として、自尊心・価値観・人生の目的などに関するレベル)で捉えた障害」に向き合えていないからである。

大学の精神科の医局はいまだに生物学的精神医療に支配されているというが、現場で「卓越したジェネラリスト診療」をしている藤沼さんは、それでは臨床現場で全く解決出来ないことを見抜き、「diseaseとillnessを同等に扱う」重要性を説く。これこそ、精神科医にもしっかり理解してほしいポイントである。

アブダクションという論理の飛躍

いま、ブログを猛烈な頻度で更新しているのは、インプットに集中している時期だから。9月にでる新書の原稿も手放せたので、次のテーマにようやっと取り組めている。そして、今考えているテーマの心柱になりそうなのが、須藤八千代さんの『ソーシャルワークとアブダクション:未来志向の知がもたらす実践』(ヘウレーカ)である。この本の紹介ページで、この本の魅力がダイレクトにまとめられていた。

「横浜市のソーシャルワーカーとして31年勤務したのち、50代で大学の教員となった著者。ワーカー時代、経験や勘を科学的ではないものとし、客観性、エビデンス、普遍性を重視するソーシャルワーク理論にもやもやとした思いを抱えながら過ごしてきた。教員になってからもその思いは消えず、実践を理論から解放したい、だが経験主義だけに陥りたくないという葛藤を抱え、それを理解し、導いてくれる知を求めて、哲学、思想、社会学などさまざまな文献を読み、共同研究にも加わり、本も書いてきた。そしてめぐりあったのが「アブダクション」と「未来志向の知」という考え方だった。この論理こそが、ソーシャルワークの経験を励ますものだと著者は確信を深め、看護学、臨床心理学、医療人類学まで関心を広げて、熟慮し洞察し、推論を重ねて実践するソーシャルワークの力と役割を示す。」

「客観性、エビデンス、普遍性を重視するソーシャルワーク理論にもやもやとした思い」や「実践を理論から解放したい、だが経験主義だけに陥りたくないという葛藤」は、実は僕も感じ続けてきた。僕はソーシャルワーク実践をしていない研究者である。でも、以前から何度も書くように、大学院でジャーナリストの大熊一夫師匠に弟子入りし、社会福祉学も福祉社会学もよく知らないうちから、現場に入り込んでその内在的論理を掴む取材だけをし続けてきた。精神科ソーシャルワーカーが面白いと思って、そのワーカーの内在的論理を掴むために、博論では117人のソーシャルワーカーにインタビュー調査をした上で、「精神障害者のノーマライゼーションに果たす精神科ソーシャルワーカー(PSW)の役割と課題 : 京都府でのPSW実態調査を基にして」という形でまとめた。

博論を書きながら、付け刃でソーシャルワーク理論を読み漁っていたが、ワーカーから聞く面白い実践と、「客観性、エビデンス、普遍性を重視するソーシャルワーク理論」が全然結びつかないことに当惑していた。「実践を理論から解放したい、だが経験主義だけに陥りたくない」ということまでは思い至っていなかったが、僕自身は実践者ではないので「経験主義」では語れず、でも「理論」でも語れず、どうしようかともがいていたとき、指導教官だった大熊由紀子さんから、こんなことを教わった。

「「現場で見聞きしたことから、どのような法則があるのか、をまとめてみては? 私も『おゆきの法則』としてまとめているのよ」
由紀子さんがおっしゃる、「作業仮説をたてる⇒法則を発見する⇒実証・検証・分析によって、それを吟味する、というプロセス」は、グラウンデッド・セオリーにも通じる、帰納法的な調査の王道である。」
「五つのステップ」という学恩

で、このブログを書いた10年以上前の当時は、この「おゆきの法則」はグラウンデッド・セオリーにも通じる、と書いていたが、今なら、これはアブダクションそのものだった、と言い直すことが出来る。さて、アブダクションとはいったいなにか?

「人類学者のグレゴリー・ベイドソンは『精神と自然—生きた世界の認識論』の中で、『アブダクションは人々に大きな安らぎを与える。厳密な説明は往々にして退屈である』と述べている。
またこの本の訳者である佐藤良明がアブダクション(abduction)のラテン語の語源abducereについて、次のように説明している。abは英語のawayで、ducereはto leadであり、連行、誘拐といった意味を持つ。また演繹や帰納が一般対個別という縦の関係だとすれば、アブダクションは『不可解な事実を説明するために仮説をもぎ取ってくる(あるいは類例から横取りする)というイメージ』と書いている。

帰納法は個別から一般を、演繹や一般から個別を、どちらも「縦の関係」で導く。しかし、アブダクションは「不可解な事実を説明するために仮説をもぎ取ってくる(あるいは類例から横取りする)というイメージ」である。そして、これは僕が学んで「5つのステップ」として博論でまとめるに至る、「作業仮説をたてる⇒法則を発見する⇒実証・検証・分析によって、それを吟味する、というプロセス」そのものであり、内田樹先生は、こんな風にも書いている(紹介ブログはこちらに)。

「探偵は現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を『発見』する。推理というのは、それぞればらばらに散乱している断片的事実を並べて、それらの断片のつながりを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。これは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。」(内田樹『勇気論』光文社、p28)

名探偵コナンを見ていても、ぼんくらな刑事との違いは、仮説構築力だと感じる。「それぞればらばらに散乱している断片的事実を並べて、それらの断片のつながりを説明できる一つの仮説を構築すること」が、名探偵を名探偵たらしめている腕の見せ所であるし、「不可解な事実を説明するために仮説をもぎ取ってくる(あるいは類例から横取りする)というイメージ」としてのアブダクションなのだ、と感じる。で、名探偵はそれで真犯人を見つけるのだが、ソーシャルワーカーは何を目的にアブダクションをしているのであろうか。

「アブダクションが求める拡張的、飛躍的推論とは、この現実を切り拓く理論である。この女性の高次脳機能障害がもたらす生活上の困難について、またそれはどのような方法で解決可能か、在宅生活で起きるリスクは何か、女性を支援する公私のサポートはどこまで可能か、など拡張的でかつ細やかな襞に踏み込む推論が求められる。何よりも女性の回復過程は流動的で不確実なものである。
これが未来志向の知である。見えていることや確定していることに推論は必要ない。また推論の確かさは、関わる人々の対話や見えていない事実によって深まる。ソーシャルワーカーの決断や思考を越えたものである。
アブダクションが求める洞察や拡張的な推論こそ、ソーシャルワークが必要とする認識構造である。命題も結論もないところに生まれる飛躍的な推論が、ソーシャルワークと現実をつなぐのである。」(p53-54)

須藤さんのいう「命題も結論もないところに生まれる飛躍的な推論」は、内田樹先生の「これは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです」と通底している。この飛躍的な推論=論理の飛躍は何のためにあるのか。それは目の前で困難を抱えている対象者と出会った際、その一人ひとりの個別性に寄り添いつつ、「女性の回復過程は流動的で不確実なもの」と理解しつつ、「未来志向」で「拡張的でかつ細やかな襞に踏み込む推論」をした上で、支援方針を決めていく必要があるからである。しかも、この支援方針はあくまでも「仮説」であり、流動的な事態に合わせて常に書き換えていく必要がある。

しかもこれは介護保険でいう「モニタリング」とは質的に異なるものである。AIに説明させると「モニタリングは、ケアプランに基づいてサービスが適切に提供されているか、利用者の状況に変化がないかなどを定期的に確認する作業」と書かれている。本来ならば人間の状況は刻一刻と変化するのだが、その振れ幅がサービスの適合範囲内であれば、「利用者の状況に変化はない」とモニタリングでは書かれてしまう。しかし、「推論の確かさは、関わる人々の対話や見えていない事実によって深まる」のである。また、適切なケアをしている支援者やサービス事業所であれば、日々の支援のなかで、本人の微細な言動の変化を掴み、それにどのような意味があるのか、検討すべき内容なのか、を織り込みながらケアをしている。逆に言えば、そのような日常的なケア提供の結果、「利用者の状況に変化はない」という状況が結果的に作り出されていくのである。そういう意味で、介護保険のモニタリングは、観察される対象者と観察する支援者をパキッと分けているが、現実は、対象者と支援者が関わり合いながら、「利用者の状況に変化はない」という状態像を構築しているのである。

つまり、ケアにおいて「見えていることや確定していることに推論は必要ない」。そうではなくて、「流動的で不確実な」状態像の変化にたいして、「命題も結論もないところに生まれる飛躍的な推論」をしながら、「未来志向」で支援方針を決め、実際に支援をして見て、それがうまくいったか・いかなかったかを検証し、その仮説を書き換えてさらに実践を積み重ねていくのが、アブダクション的なケアの実態なのである。昨日と今日、明日が同じケアであるのは、ロボット化されたケアであり、人間が行う必要性は低い。ほんまもんのケア現場は、全く同じ事を繰り返しているようでいて、利用者の日々の細かい変化や差異(誤嚥をした、機嫌が悪い、お風呂に入りたくない、便秘である、前の晩眠りが浅かった・・・)に合わせて、ケア内容を微細に変化させ、本人のその日の状態に合わせてチューニングすることによって、その結果として「利用者の状況に変化はない」という実態を対象者と支援者の協働作業で作りだしているのである。動き続けるから、結果的に日常生活の安定性が担保できるのである。そして、このような動く知を担保するのが、アブダクションなのだ。

「実践はそのとき、その場で始まる。それに対して、『分析者はいつでも遅れてやってくる』といい、科学実践は時間を見落とし、その結果『実践を脱時間化する』としてそこに理論的誤謬があると語る。実践は創発し展開し集結する。そのテンポはさまざまである。実践を時間という観点から捉えるブルデュの視点は刺激的だ。
時間と結びつく実践の知を未来志向の知というなら、科学知は過去志向の知である。ブルデュはそれゆえに実践は不確かさ性、両義性、不明瞭性、不規則性、非首尾一貫性が必然であるという。その実践に首尾一貫性を押しつけることは、未来志向の知の特質を奪うことになる。ブルデュは実践に『論理学のものとは違う論理を認めなければならない』と考えている。」(p64)

「論理学のものとは違う論理」というのは、「飛躍的な推論」であり「論理の飛躍」である。それがなぜ実践には必要なのか。「不確かさ性、両義性、不明瞭性、不規則性、非首尾一貫性」という未だ到来していない未来に対して、仮説推論に基づいて何らかの実践を「創発し展開し集結する」プロセスが求められているからだ。そこにはタイミングが合うかどうか、という論点も大きく絡んでいるし、時間の流れの中で、その実践がうまくいくかどうか、を見定める必要がある。そういう意味で、時間という要因は、実践には大きな要素となっている。だが、『分析者はいつでも遅れてやってくる』からこそ、「科学実践は時間を見落とし、その結果『実践を脱時間化する』」。それによって、個別事例を一般化・普遍化した「つもり」になる。でも、時間を抜いてしまうことによって、「見当違いな理論」(p119)が生み出される。大きな声では言えないが、ソーシャルワークの査読論文を読んでいてつまらないのは、「実践を脱時間化する」ことによって生み出された「見当違いな理論」があまりにも多いからではないか、と思う。

「ソーシャルワークは『微細なふるまい』や『ちりばめられた配慮』で成り立っている。それが『道徳的な想像力やオルタナティブな政治』をもたらし、精神医療は改革された。ソーシャルワークは『生と世界の現実に絶えず応答する』ものである。『理解と想像の限界』を押し広げていくアブダクションによって実現する実践である。実践こそがソーシャルワークと共に民族誌を想像するのである。」(p206)

このブログを継続的に読んでくださっている方ならおわかりだと思うが(そんな奇特な方がどれほどいるかわからないが)、このブログでは福祉の本より人類学や民族誌の本を取り上げることが、最近では多い。それは、「脱時間化」されたソーシャルワークや福祉の研究書は、エビデンスベースであろうと、客観性や普遍性を謳おうと、読んでいてつまらないからである。他方、n=1という個別具体事例であれ、その事例や実践、対象地域の変化を活き活きと描き出す民族誌は、読んでいて心をわしづかみにされる。それは、『微細なふるまい』や『ちりばめられた配慮』の記述への感動であり、『生と世界の現実に絶えず応答する』現実のドラマが、そこにありありと絵が描かれているからである。それこそが、人間世界をそのものとして描き出した生々しさであり、迫力なのだ。(それは、現象学的看護の立ち位置からACT-Kの実践を記述した近田さんの本に感じられる迫力でもある)

この飛躍的な推論=論理の飛躍、をどう僕自身の研究の中に落とし込めるか? 現場実践を振り返って記述する際に、『生と世界の現実に絶えず応答する』現実のドラマを、そのものとしてどう描けるか? これからしばらく向き合いたい問いを、この本から託してもらった。

ユングを通じて己に出会う

三日連続でブログを書くとは思わなかった。だが、金曜土曜と魅力的な本を読んで紹介したくなり、今日も魅力的な本の紹介だが、なかば自分のために書こうと思う。

高校生の頃、家の近所に図書館が出来た。真新しい本ばかりで色々眺めているうちに、河合隼雄の『こころの処方箋』に出会って、カウンセラーに興味を抱く。そして臨床心理学の講座もある阪大人間科学部に入学する。当時、そこで教授をしておられたのは、河合隼雄氏の直弟子の一人である倉光修先生。高校の先輩だったこともあり、気楽に「僕はカウンセラーに向いているでしょうか?」とおたずねして、「君はおしゃべりだから、向いていないと思うよ」とズバリと言われ、落ち込んだような、ホッと区切りがついたような気持ちになったのは、30年前の事だった。でも、学部時代のお気に入りは『影の現象学』だし、大学院時代は「出会う精神障害の当事者を生半可に分析してはいけないから」と精神医療や精神分析系の本を封印していたが、博論を書いた後は、趣味として再び河合隼雄やユングを読み、ユング派やトランスパーソナル心理学など読みあさってきた。

なので、今回大塚紳一郎さんが訳されたマリー・スタイン著『ユング派精神分析の四本の柱』(創元社)も早速読んでみた。これは実に読みやすい日本語訳でユング派の魅力が詰まっていて、短い文章なのであっという間に読める。だが、今の僕には非常に沢山の滋養を与えてくれる1冊だった。この本はそれぞれの柱に一章ずつ割いている。こんな目次となっている。

第一の柱 個性化のプロセス
第二の柱 分析関係
第三の柱 夢 全体性への道
第四の柱 アクティヴ・イマジネーション 変容をもたらすもの

それぞれの柱に関して、少し自分語り的に書いてみたい。

第一の柱「個性化のプロセス」については、2012年に最初の単著『枠組み外しの旅』を書く際に、副題に「「個性化」が変える福祉社会」とつけた事にも繋がっている。ちょうど30代後半で、ユングのいう「人生の正午」にさしかかっていた時、それまで外に外にと目を向けていた自意識を、自分自身の内側にと向け始めた頃だった。ユングがフロイトと決別し、スイスの湖畔で自分自身と向き合っていた伝記の記述にものすごく心惹かれたのを覚えている。そこから一回り以上たった壮年期に入った僕には、以下のフレーズが心に残った。

「個性化について、ユングはこのように述べることがあった。「個性化とはあなたがになるかというだけではなく、になるのかということでもある」と。「」に相当するのは意識的なアイデンティティだが、「」とは自己の全体性のことであり、意識的な側面と非意識的な側面の両方が合わさったものである。「自己」は「自我」の上に位置する何かであり、自我は絶対的に不可欠な部分であるが、自己全体の一部にすぎない。それがユング心理学の基本的な公理である。」(p13)

前任校では39才で教授になってしまった。「になるか」という意味では、「教授になる」という形で、一つの上がりを迎えてしまう。でも、当然中身は成熟してはいない。それは「になるのか」という問いをずっと抱えていたからだ。だからこそ、37才で上梓した最初の単著に付けた「「個性化」が変える福祉社会」という副題は、まさにぼく自身が探し求めている最中のフレーズでもあった。自我肥大の真っ最中に、それ以外の「自己の全体性」に気付き始め、どうしたら「」ではなく「」を追い求められるのか、を必死で探していた。「国の審議会委員」という」でも挫折したタイミングで、ちょうど自我から自己へと向き合う転換期にいたのだと思う。

では、具体的にはどうしたらよいのか?

「自我は意識の反映に囲まれている。その意識を外側に広げていくことはできても、他の場所を探すことをはじめなければ、限定された意識のモードに閉じ込められてしまう。それまで探ってこなかったクローゼットや地下室のドアを開けなければならないのだ。これが夢やアクティヴ・イマジネーションが自我意識を越えて、自己を発見するための重要な方法となる地点である。」(p40)

村上春樹の小説は、まさに「クローゼットや地下室のドアを開け」ることで、「限定された意識のモード」の外側を探索する物語を書き続けている。それは、「自我意識を越えて、自己を発見するための重要な方法」であることを、無意識的に=作家的な直観によって、知っているからだと思う。20代で村上春樹に一度入れ込み、博論が書けないからと村上作品をすべて売り払った後、博論後に猛烈に読み直し、全集も買って何度も読み返している僕は、たぶん自分では夢分析もアクティヴ・イマジネーションも出来ないので、村上作品を通じて、自己との出会いの疑似体験をしていたのかもしれない。

さて、第二の柱「分析関係」に話を移そう。

今回この第二の柱を読んで、「転移」についてものすごく「自分事」として心に残った。ぼく自身は、「無理しない地域づくりの学校」を10年前から始め、岡山だけでなく、長崎や養父でも続けている。ここで出会う受講生と、1時間時間を取って、面談をする。また、面談といえば、ゼミ生との個別面談も行う。こういった面談では、以前はアドバイスや助言をよくしていたのだが、オープンダイアローグに出会ってから、ただただ聴くことの重要性を、身に染みて感じてきた。そして、こちらがアドバイスや助言を手放したことによって、僕が想定していなかったような話が沢山だされ、こちらはただただ驚きながら頷きつつ聴いていると、相手が目から水を出したり、誰にも言わなかった墓場ネタの話をされるようになってきた。なるほど、そのレディネスが整っていなかったから、倉光先生は「君はおしゃべりだから、向いていないと思うよ」と直言されたのだと、今ならわかる。

閑話休題。そして、この「ただただ聴く」中で生じ始めていることの中には、どうやら相互作用の水準cとされる「分析家と患者のあいだの無意識的な相互作用の交点」に近い場合もあるのではないか、と思い始めている。

「水準cでは、二つの心の出会いがあり、この出会いこそが分析家とクライアントの双方にとって、決定的なまで変容を促すものとなっていく。それは一種の融合関係であり、そこで二つの心が出会い、ひとつになるのだ。両者は新たな、そして互いにふれあう、自己の感覚を形成していく。水準cの関係性は強力かつ永続的である。」(p69)

あらかじめ断っておくが、僕は公認心理師の資格も持っていないし、ユングも趣味で読んでいるだけなので、お話を伺う相手を分析しようとか解釈しようという気はさらさらない。にもかかわらず、相手が圧倒的な何かを話し始めてくれることもあり、オロオロしつつも、ただただ話を聞くしかない。そして、話を聞いているうちに、相手の中で勝手に何かが動き出し、目から水を出されたり、深い何かが動き出すのを実感することがある。それは、対面でなくても、オンライン越しでも、そういうことを感じる時がある。一緒に学校をやっている尾野寛明氏は「また、押すなスイッチを押しているの!」と言うのだが、こちらは押していないのに、勝手にスイッチが入っているのである。

僕は精神的な不調や疾患を抱えたと自覚している・主訴のある人の話を聞くことはない。だが、正常とされる生活をしている人の中にも、様々なしんどさやドラマ、傷つき、喜び、試行錯誤、自信のなさ、恐れや不安がある。それらを一つ一つ丁寧に訊いているうちに、どこかで相手と繋がる瞬間がある。ただただ話を聴いているだけなのに、だからこそ、時として「そこで二つの心が出会い、ひとつになる」「一種の融合関係」となることがある。ある人が、「竹端と話をするときは、自分の100%で向き合わなきゃいけない」と語ってくれた。そんなつもりはないけど、その人とは「新たな、そして互いにふれあう、自己の感覚を形成していく」対話の時間になっているのかも、しれない。

そして、深く話を聴くからこそ、転移に自覚的である必要があると思う。

「陽性転移というものもあれば、陰性転移というものも存在する。陽性転移はたとえば理想化し、愛し、賞賛するものであり、陰性転移はたとえば怒り、恐れ、疑うものである。他に「鏡転移」と呼ばれるものもある。これは心理療法化に母性的に関わってもらいたい、抱えてもらいたい、慈しんでもらいたいという感情だ。「エロス的転移」と呼ばれる融合的な転移もある。これは欲望の対象と性的に一体化したい、分析家と愛の関係で結ばれたいという転移である。」(p79)

話を聴く相手に巻き込まれれている際には自覚的ではないのだが、このフレーズを読んで思い返してみると、あれは強い転移の荒波だったのだなぁ、と思うエピソードがある。本当に幸いなことに「エロス的転移」だけには呑み込まれたことはないが、あとのどれも経験している。だからこそ、ぼく自身が自らの「個性化」に向けて、「それまで探ってこなかったクローゼットや地下室のドアを開けなければならないのだ」と改めて思う。

第三の柱「夢 全体性への道」について。僕は夢とアクティヴ・イマジネーションについては、正直に言って、うまく扱えていない。まだ「他の場所を探す」ことが出来ていない。だからこそ、この二つは、壮年期に入ったぼく自身の、これからの探索課題だと改めて読みながら感じた。

第四の柱「アクティヴ・イマジネーション 変容をもたらすもの」について、わかりやすいやり方が書いてある。

「まずは外部から邪魔されることのない物理的な空間で30分間を確保することからはじめてみよう。電話はなし。メッセージもなし。会話もなしだ。」(p161)

そのうえで、「何も考えず、何も見ず、何も感じない、真っ白なスクリーン—ただの何もない空間—を精神の中に創り出すのだ」「無理強いせず、イメージを呼び起こそうともせず、何かが姿を表してくれるのを単純に、そして辛抱強く待つ」(p162-3)と述べる。

その上で以下の三つがコツだと書く。

その一:ただ、生じさせてみる
その二:なんであれ、やってきたものは受け入れる
その三:もしもそれが動いたのなら、ついていく

これを書いている最中に30分時間を取ったが、逆にいろんなイメージが覆い尽くされて大変だった。特に村上春樹の小説に出てくる羊男とかカーネルサンダースとか、そういう具体的なイメージに支配されてしまって30分は終わった。村上春樹がひょいっと掴んだ「ただ、生じさせる」何かがこんなに難しいなんて! まあ、これはお待ちするしかないので、しばらく挑戦してみようと思う。

というわけで、本の紹介というより、本と出会ったぼく自身の感想のようなものを書いたけど、この本は折に触れて読み返したい1冊だ。