施設病というダブルバインド

【追記的前書き(11月28日):統合失調症の理由がダブルバインドである、というのは、現在の精神医療では棄却されているし、また本論は、「だから母が悪い」という「母源病」に与するものでもありません。ただ、ダブルバインド的コミュニケーションが患者を拘束する、という論理が、施設病における患者の拘束と類同性を持つ、というのが、本論で書きたいことです。この点について、首都大学東京の長沼先生にご教示頂いた事を、記してお礼申し上げます。】

ベイトソンの提唱した有名なダブルバインド(二重拘束)概念。その原著を紐解くと、こんなふうに書かれている。

「母との絆を保つためには、彼女に愛を示してはならない。しかし愛を示さなければ母を失う。-これが患者を捕らえた解決不能のジレンマである。」(ベイトソン『精神の生態学』新思索社、p308)
入院患者の元に、母が見舞いに訪れた。「お母さん、来てくれたんだ」と抱きつこうとしたら、母がスッと身を引いた。「なんだ、お母さんは結局僕を好きじゃないんだ」と後ずさりすると、それを見破られたくない・自己正当化したい母は、「どうしたの、そんなに怖じ気づいて!」と説教をする。すると、子どもは「彼女に愛を示してはならない」という身体表現上のメッセージと、「愛を示さなければ母を失う」という言語メッセージの矛盾に引き裂かれ、そこで宙吊り状態になってしまう。これが「患者を捕らえた解決不能のジレンマ」である。ベイトソンは、なぜこのような現象が生じるのか、について、次の様に述べている。
「ダブルバインディングなコミュニケーション状況は、母親の心の保全にとってきわめて重要なものである。ということはつまり(論理的にいって)それが家族のホメオスタシスにとって必須のものだということだ。そうだとすれば、治療が次第に効果を発揮し、子どもが母親の制御を振り切って次第に独り立ちしていくにつれて、子どもを制御することに依存していた母親の心のバランスを失していくことが観察されるだろう。自分と子供との関係の力学を医師から説明されるというだけでも、母親は大きな不安を喚起されるはずである。(略)治療中の患者が家族と持続的な接触をもつ場合(特に家から通院する場合)、母親に-時として母親、父親、兄弟姉妹の全員に-しばしば激しい動揺と混乱のようすがみとめられた。」(p311)
簡単に言えば、ダブルバインドは、この場合で言えば「母親の面子とプライド」を護るために必要不可欠な要素である。自己欺瞞を隠蔽するためには、自分が悪いのではなく、「子供が病気だから」というラベルを、自分と子供、だけでなく、その家族全体が「鵜呑みにする」ことが求められる。「それが家族のホメオスタシスにとって必須のものだ」ともベイトソンは言い切る。このホメオスタシスは「恒常性」という日本語訳がついているが、ベイトソンはこの恒常性について「家族間の相互関係の(この場合歪んだ)バランス」と書いている。歪んだバランスであれ、家族間の相互関係が保たれて居る場合、子供がその矛盾に気づき、そこから脱しようとするならば、母親にとってそれは「自分と子供との関係の力学」の変化の可能性に映る。これは、母親だけでなく、歪んだ仮の安定に依拠している父親や家族全員にとっても「大きな不安を喚起」する可能性が高い。だからこそ、この矛盾と向き合おうとすれば、「しばしば激しい動揺と混乱のようすがみとめられた」のである。
はっきり言えば、家族も本人も、混乱する、という危機である。その際、治療者や治療チームはどちらの方向に向こうとするか、で、「その後」は大きく変わる。簡単に言えば、①患者本人の問題に矮小化して、矛盾を「本人の問題」と切り分ける、か、②その矛盾を社会ネットワーク全体の問題とみた上で、その関係性の不全に踏み込むか、の二つのアプローチが考えられる。
ベイトソンは、前者の①「本人の問題」と切り分ける、ことに関連して、次の様にも述べている。
「サイコセラピーの場でも、病院内の環境でも、ダブルバインド状況は生み出されるということ。われわれの仮説からすると、病院側の患者側に対する”善意”が、はたして患者のためになるものかどうか疑問視せざるをえない。病院は患者のために存在するのと同様に-同程度に、あるいはそれ以上に-病院のスタッフのためにも存在するのだから、そこで『患者のため』という名目で、職員の居心地を一層良くすることを目的とする活動が続けられる時には、矛盾も生じるだろう。病院側の目的に添うように組織された制度を、『患者のため』と宣告することは、患者にとっての分裂症的状況を永続化していくことにほかならないとわれわれは考える。」(p315)
「あなたのために」と言いながら、そう発言する「私」にとっての「居心地を一層良くする事を目的とする活動が続けられる」。この構造は、先の母と息子の関係と同じだ。これは、母と子という1:1の関係だけでなく、病院・入所施設職員と患者という集団的な関係でも同じだ、とベイトソンは言う。「あなたのために療養や入所が必要です」と述べていても、その現実は、「あなたが入院(入所)してくれているから、うちの病院の経営は成り立つのです」という論理で支えられているのであれば、これは「病院は患者のために存在するのと同様に-同程度に、あるいはそれ以上に-病院のスタッフのためにも存在する」という事態そのものである。そして、残念ながらこの事態は、ベイトソンがこの論文を発表した1956年から60年近く経った今も、全く変わっていない。以前、病棟転換型施設問題についてシノドスに書いた時に引用した、病院長の発言を再び引用する。
「千葉潜委員(青仁会青南病院院長)は、長期入院している精神障害者をグループホームに移行させた場合、赤字経営を強いられる可能性が高いとする試算を紹介。それでもあえて入院患者の地域移行を進める病院は、精神医療の改革を意識した良質な病院であるとし、『そうした病院が病床を減らしても食べていけるような裏付けがなければ、長期入院する精神障害者の地域移行は進まない』と訴えた。」
これは、矛盾の表出例のサンプルとして、大変わかりやすいものである。病院は、精神科であれ内科であれ、公式には「患者の治療の為」に存在する。ということは、治療が終われば、退院してもらうのが当たり前である。だが、一方で「病院は患者のために存在するのと同様に-同程度に、あるいはそれ以上に-病院のスタッフのためにも存在する」。だからこそ、「そうした病院が病床を減らしても食べていけるような裏付けがなければ、長期入院する精神障害者の地域移行は進まない」、つまりは「病院のスタッフ」「の居心地を一層良くすること」が「裏付け」されない限り、「長期入院する精神障害者」は退院させられない、というのである。これは、病院の公式な目的と、病院の本音との明かな矛盾である。
そして恐ろしいことに、医者は診断名を武器に「あなたはまだ病気が消失していないから(保護者の同意がないから、一人で生活する力がないから、刺激に耐えられそうにないから・・・○○だから)退院出来ない」と宣言することができる。これは、自己欺瞞をしている母親が、その欺瞞の隠蔽工作を計り、矛盾を入院している息子に押しつける構図と全く同じである。本来であれば、この自己欺瞞こそが、息子のダブルバインド状況を作り出している。この場合であれば、「入院する必然性」がなくなったら、即時退院させるのが当たり前である。だが、それが出来ずに、長期間入院させていることで、患者が病院側にとって「固定資産」になっている。それを維持することが、「職員の居心地を一層良くする」がゆえに、安易に退院を言えない。すると、患者も「ここしかないのか」と矛盾を自分の中に治めてしまう。
僕は、大学院生のころ、NPO大坂精神医療人権センターのボランティアとして、精神病院を沢山訪問して来たが、そこで「退院意欲のない」とラベルを貼られている患者さんに沢山出会ってきた。だが、その後「施設病」という言葉を知り、入所施設や病院が、そこから退院・退所出来ない構造を作り出している事にも気づき、そのことは『権利擁護が支援を変える』の中にも書いた。だが、もう一歩進めるならば、「施設病」に陥っている入院・入所者は、ダブルバインドの「矛盾」、その施設なり病院に住み続けることが、家族や施設・病院職員にとっての「居心地を一層良くする」ということが本音にあって、その「本音」と、「早く治ってほしい」「しっかりと生活してほしい」という建前の矛盾に苦しんで、生きる意欲が喪失し、施設や病院での暮らしに唯々諾々として従っていくのではないか。その「矛盾」を病気や障害のせいにすることによって、「患者にとっての分裂症的状況を永続化していくことにほかならない」のではないか。そう感じはじめている。
だからこそ、気になることがある。
例えば、オープンダイアローグ。
オープンダイアローグは、ブログでも何度か紹介しているが、②その矛盾を社会ネットワーク全体の問題とみた上で、その関係性の不全に踏み込む、アプローチである。決して、①患者本人の問題に矮小化して、矛盾を「本人の問題」と切り分ける、ことではない。だが、日本でこれが広まっていくとき、
「精神病院の中でのオープンダイアローグ」
という、笑うに笑えない「矛盾」が生じる危険性がある、と感じている。なぜ、病院の中でのオープンダイアローグが笑止千万なのか。ここまで読んで下さった方々はもうお気づきかもしれないが、長期入院患者や長期入所者は、ダブルバインド的な矛盾を一人で受け止めるように、構造的に追い込まれている。その中で一生暮らす事を選択するように、暗黙の内に強いられている。「お母さんは嘘つきだ」という自己欺瞞の告発を息子が出来ないのと同じように、「この施設・病院の存在そのものが自己欺瞞だ」と言えない状況に追い込まれている。しかも、職員-患者という権力関係によって、発言に蓋がされている。その前提の中で、「さぁ、自由に語りましょう」と言うこと自体が、お笑いというか、自己欺瞞なのだ。
本当に精神病院の中でオープンダイアローグをしようとするなら、「その矛盾を社会ネットワーク全体の問題とみた上で、その関係性の不全に踏み込む」なら、精神病院という構造の「矛盾」をも、自由に話すことが出来なければならない。
「あたなは寛解しています。地域に出る事だって、出来ます。でも病院の経営上(食べていくために)、あなたはここに居てもらわなければならないので、退院は出来ていません」
という「矛盾」を相手に伝えた上で、その「矛盾」をどう解消していくか、医療者と患者が共に考えること。これが、精神病院の中でのオープンダイアローグである。これは、言うは易く行うは難し、である。というのも、医療者側が、自己欺瞞とまず向き合う必要があり、当然、先の母親と同様「激しい動揺と混乱のようす」を見せる可能性がある。つまり、本気で「矛盾」と向き合う事は、病院や入所施設内の「相互関係の歪んだバランス」というホメオスタシスを大きく揺るがす事態につながる。それは、「入所・入院者を制御することに依存していた支援者・医療者の心のバランスを失していくこと」にも直結しかねない。だからこそ、地域移行や脱施設は、本人とではなく支援者・医療者のホメオスタシスを崩す事であり、「激しい動揺と混乱」を引き起こすことが容易に想像出来るため、施設や病院側は尻込みするのである。そして、入所・入院する本人はその「矛盾」を貝のように固く閉ざして引き受けるのである。この矛盾の貝殻を本気でこじ開けるつもりが無い限り、「精神病院の中でのオープンダイアローグ」は、「病院内でのSST」と同様、擬似的効果しか発揮しない可能性がある。
そして、ここまで書いていて思いだしたのだが、実はイタリアのトリエステでは、本気で病院内でのオープンダイアローグをしたのである。それが、「アッセンブレア」である。そのことは、雑誌「福祉労働」にも書き、一部はブログにも書いたことがある。精神病院の中で開かれた、誰でも参加や発言が可能な討論集会。そのアッセンブレアは、こんな様子だったという。
「イタリアのアッセンブレアとは、衝突のステージであった。というのも、ベッドや閉鎖病棟に隔離拘束されていないとしても、長年沈黙してきた人々による表現であったからだ。アメリカやイギリスの治療共同体とは違って、アッセンブレアは精神力道的な解釈や治療プロセスへの第一義的関心は避けられていた。つまり、そのミーティングは、スタッフによって運営も誘導もされなかったのである。実際、これらの集まりはまとまりもなく、コントロール不能で、怒りや熱情、無秩序に開かれていた。そこは、他人との関係の、あるいは自分自身の精神的な問題について控えめな表出をするための安全な場所以外の何物でもなかった。」(Scheper-Hughes, Nancy and Anne M. Lovell eds., 1988, Psychiatry Inside Out: Selected Writings of Franco Basaglia New York: Columbia University Press.14-15)
「怒りや熱情、無秩序に開かれていた」環境であり、「スタッフによって誘導」されなかったからこそ、「長年沈黙してきた人々による表現」が可能になった。これまで入院する中で自分が抱え込んできた「他人との関係の、あるいは自分自身の精神的な問題」という「矛盾」を、そのものとして話すことが出来る場だったのである。このアッセンブレアを提唱したバザーリアは、こんな風にも言っている。
「医師と患者の間の、看護師と患者の間の、そして医師と看護師の間の矛盾の表現の中にこそ、新しい可能性や新しい役割が生まれるであろう。私たちの仕事の治療的な側面とは、矛盾についてのこの対話的実践である。このような矛盾は無視されたり隠されたりすることなく対話的に直面される時、そしてスケープゴートを探す技術が、『しかたない』と受け入れられる代わりに対話的に議論される時、コミュニティは治療的だと呼ばれるのだろう。」(同上、p75)
オープンダイアローグによって、医師と患者の間の、看護師と患者の間の、そして医師と看護師の間の矛盾」が明らかになってこそ初めて、精神病院の中での「対話」には「新しい可能性や新しい役割が生まれる」。「矛盾についてのこの対話的実践」を「治療」として、精神病院のスタッフが踏み出すことが出来るか、が大きく問われている。精神病院が「食べていくために」患者を収容している。図らずも精神病院のオーナーが述べたこの矛盾をそのものとして認めた上で、「矛盾は無視されたり隠されたりすることなく対話的に直面される時、そしてスケープゴートを探す技術が、『しかたない』と受け入れられる代わりに対話的に議論される時、コミュニティは治療的だと呼ばれるのだろう」。
ここまでの覚悟を持って、「精神病院の中でのオープンダイアローグ」が進むのか。それは、ダブルバインドを「施設症」的に隠蔽するか、病院構造の力学を根本的に変化させるために用いるのか、の分かれ目でもある。

必然性という囚われからの自由

フランスの社会学の大家、ブルデューの翻訳者でもあり、ブルデューと個人的親交を深めておられた加藤晴久氏によるブルデュー論が、すごく面白かった。ブルデューの足跡をたどれるだけでなく、彼の社会学の価値前提のようなものまで、学ぶことができた。たとえば、ブルデューの肉声を伝えるこんなフレーズ。

「わたしが必然性というものをこれほど鋭く知覚するのはたぶん、わたしが必然性を何にもまして耐えがたいものと思うからです。貧しい人であれ富んだ人であれ、誰かが必然性にとらわれているのを見ると、わたし個人として、みずからのこととして苦しく思います。」(加藤晴久『ブルデュー 闘う知識人』講談社選書メチエ、p181)
この部分は、すごく深く頷いて共感する。僕自身が3年前に「枠組み外し旅」を上梓するきっかけになったのも、「どうせ」「しかたない」といった「必然性へのとらわれ」に対して、「みずからのこととして苦しく思」ったからだ。それは、同書の冒頭にも書いている。
「「どうせ」「しかたない」というフレーズは、自らの潜在能力の最大化にとって最大の「蓋」であり、「呪縛」の言葉である。「どうせ」「しかたない」と述べることで、自分の、社会の、世界の変容可能性を拒絶し、旧来の世界に閉じこもることを容認している。」(竹端寛『枠組み外しの旅-「個性化」が変える福祉社会』青灯社、p15)
僕自身が問いかけた、この「どうせ」「しかたない」という認識論的な「必然性」という枠組みに対する問いを、ブルデューは自分事として問いかけ、僕よりもずっと前から問い続けてきた。
「社会学はわれわれが演じているゲームを理解するチャンス、そしてわれわれが生きている界に作用する諸力の影響とわれわれの内部で作用する身体化された社会学的諸力の影響を縮小するチャンスを与えてくれます。」(加藤、同上、p180)
そう、「どうせ」「しかなたい」と、世の中で起こる事を「必然性」でとらえると、それに従うしかない。でも、なぜ「どうせ」「しかたない」のか、変わることは出来ないのか、という構造を問い続ける中で、「どうせ」「しかたない」と諦めているこの社会の「ゲームを理解する」ことが可能になる。そのゲームの構造やルールを意識的に理解することを通じて、「われわれが生きている界に作用する諸力の影響とわれわれの内部で作用する身体化された社会学的諸力の影響」を自覚化することが出来る。これが、「どうせ」「しかたない」という「呪縛」を解き放ち、脱魔術化し、「蓋」を外して新たに社会をとらえ直す上で、必要不可欠なのだ。加藤さんは、上記二つのブルデューの言葉を引用したあと、こんな風にも整理している。
「今ある社会秩序を人々が疑うことなく、むしろ進んで受け容れているという事態を昔から不思議に思ってきた。人々が抱いている、とらわれているこのドクサ(臆信)がパラドクス(背理)であることを明らかにすること、歴史が自然に、文化的恣意や自然的恣意に変換されてしまう過程を分解することが社会学の仕事だという訳である。」(p185)
加藤さんは本来フランス文学者だが、中途半端な社会学者より、遙かにわかりやすく社会学の仕事を定義する。前回のブログにも書いたが、精神医療における「合理化」とは、「文化的恣意や自然的恣意に変換されてしまう過程」であった。それが、DSMやGAFという分類体系によって正当化される過程であった。だが、正当化や合理化のプロセスは「ドクサ(臆信)」への「とらわれ」であること、「合理性」を重んじる科学の中で「合理化」が行われることは「パラドクス(背理)」であること、は、精神医療という「界」の構造を分析すべき、社会学者の仕事なのである。他人事ではない、僕自身もそれをちゃんと自覚化して、必要な仕事をしなければならない、と感じ始めている。
「界で進行する諸闘争はその界の特性をなす正当な暴力(界固有の権威)の独占をめざすたたかいなのです。終局的には、界固有の資本の分布構造を保守するか転覆するかの闘争なのです。」(p226)
以前のブログでご紹介したオープンダイアローグやトリエステ方式は、日本に伝えられると換骨奪胎される恐れがある。それは、日本の伝統的な精神医療の「界固有の資本の分布構造を保守」したい勢力は、その「転覆」の可能性のある価値前提を去勢し、技法論に矮小化して、伝統的なヒエラルキーの下部構造に位置づけたいからである。リカバリーやピアサポートも、そのような諸闘争の中で、「医師の指示の下で」「病院の中でも出来る」技法に矮小化された部分もある。だが、オープンダイアローグやトリエステ方式が本来問い直しているのは、技法ではなく、価値前提である。医師を頂点とした垂直型構造が、患者の治癒には有効ではない、という価値前提に立ち、治療構造を水平的関係に変えていこう、というパラダイムシフトである。これは、「あたなのために」から「あなたとともに」へのパラダイムシフトである。そして、それをすると、伝統的な精神医療だけでなく医師「固有の権威の独占」が出来なくなるため、これらの新しい価値前提は、技法論に矮小化される「闘争」にさらされている。
そして、社会学者の僕は、精神医療の科学の言葉で語られる背後にある、このような「固有の資本の分布構造を保守するか転覆するかの闘争」を、精神医療という「通常科学」の言葉で「合理化」してわかった気にならず、「精神医療の社会学」として、その「合理性」を分析していく必要があるのだ、と思い始めている。
「すべての支配関係の根源には『恣意性』がある。この恣意性を無意識の領域に抑圧し、支配関係を当然のこと、自然なこと、普遍にもとづくものとして受け入れさせるためには、支配者側が体現する世界観、見方、分け方原理を正当なものと受け入れさせる必要がある。つまり社会関係は力関係の場であると同時に意味の場でもある。支配の現実である力関係を隠蔽し、正当なものとして受け入れさせる象徴的権力、これがブルデューの言う象徴的暴力である。」(p233)
日本の精神医療の現場で今も続く精神病院への隔離拘束とは、「支配の現実である力関係を隠蔽し、正当なものとして受け入れさせる象徴的権力」が機能している実態である。日本の精神医療には「象徴的暴力」が働いている。この「象徴的暴力」の「正当化」論理を疑い、どのような「恣意性」が働いているのか、を問い直すことは、実はイタリアでは、フランコ・バザーリアが40年以上前に実践していたのであった。
「医師も看護師も患者も、この新しくて、改良された、「良い」施設を創り上げるのに貢献している全ての人が、自分自身が創り上げた牢獄に閉じ込められている事に気付くかもしれない。自分たちが影響を及ぼしたと考える現実から疎外されていることや、最も明らかな欠点をふさぎ、より大きな欠点をもたらすことになるシステムに再統合されるのを待っている、ということに。唯一の可能性とは、患者が自分自身の歴史が、常に虐待や暴力の歴史と繋がっていると主張する事であり、その虐待や暴力の起源をはっきりと覚えておくことである。」(Scheper-Hughes, Nancy and Anne M. Lovell eds., 1988, Psychiatry Inside Out: Selected Writings of Franco Basaglia New York: Columbia University Press. pp84)
「自分自身が創り上げた牢獄に閉じ込められている」とは、精神医療の象徴的暴力への無自覚な従順であり、それを「必然性」「どうせ」「しかたない」と受け容れることである。これは「ドクサ(臆信)」への盲信・猛進である。だが、自分たちの医療行為が、「虐待や暴力の歴史と繋がっている」と「はっきりと覚えておくこと」によって、「支配の現実である力関係を隠蔽」せずに、自覚化することができる。バザーリアが民主精神医療(psichiatria democratica)を主張したのは、このような「象徴的暴力」の自覚化と、そこからの脱出を目指したから、とも言える。
ブルデューのような仕事が出来る自信はないが、精神医療における「必然性」への囚われから自由になるために、研究者が出来ることは、このような社会学的分析なのかもしれない。改めて、そう感じた一冊であった。

了解不可能性を超える複雑性

先週末、イタリアのトリエステ精神保健局長であるロベルト・メッツィーナさんのセミナーに出かけた。精神科医やコメディカルを主な対象としたセミナーで、濃厚な議論が展開された。その中で、精神病院に頼らず、地域で支え続ける人材を養成するにはどうしたらよいか、という質問に、メッツィーナさんは次の様に答えていた。

「フランスのエドガー・モランという複雑性思考の哲学者の言うように、還元主義に基づかず、複雑性に対処するトレーニングは理論のレベルではすこしは出来る。だがこれは理論的抽象的な話。真のガイドは、目の前にいる具体的な人。その利用者本人の自分の持っている苦しみに与える意味が、治癒への道筋を指し示す。それは人によって違うし、治癒の道も全く違う。具体的に目の前にいるその人が導いてくれるし、それしか複雑性に対処できないが、それが最もよい対処の方法である。」
この話を聞きながら、頭に何か微弱な電流が走った。モランって・・・家に帰って書棚をみたら、やっぱり読んだ事のあるモランだった。5年ほど前、複雑系の本を貪るように読んでいた頃は、それが何につながるのか、さっぱり理解していなかった。でも、昨日読み返してみて、精神医療の変革に必要不可欠である、と改めて気づかされた。
「精神の現代的病理は、現実の複雑性にたいして人間を盲目にしてしまう超-単純化のなかにある。」(エドガール・モラン『複雑性とはなにか』国文社、p25)
例えば診断名も、「超-単純化」の一つとは、いえないだろうか。統合失調症の○○型、とラベルを貼ることで、ある程度の「見立て」はすることが出来る。だが、そのラベルを貼られた人が、そういう状態に至るまでの生きる苦悩という「現実の複雑性」に対して、ラベルを貼れば「盲目」になり、ラベルから見える問題のみに焦点が当てられる、という意味で、「超-単純化」の「病理」に陥っているのではないか、という指摘である。そして、モランはこのような「超-単純化」とは、「合理性」ではなく、「合理化」である、という。
「合理化とは、ある一貫したシステムのなかに現実を閉じ込めようと欲することである。そして現実のなかでこの一貫したシステムに逆らうものはすべて退けられ、忘却され、脇におかれ、錯覚ないしただの見かけであるとみなされてしまう。」(同上、p104)
この合理化の話は、ちょうどメッツィーナさんとの質疑応答の部分で焦点化されていた。質問したのは、以前トリエステ研修でご一緒した精神科医のFさん。こんなことを聞いていた。
「ある患者さんが、治療契約の場面では『錯乱時には○○してほしい』といっていても、実際にその状態になったら違う事を口にしたり、以前言った事を忘れてしまったりする。あるいは、急性期を過ぎたあとにそのことを指摘しても、『覚えていない』という。こういう人の『主体性』をどう支援すれば良いのか」
これに対して、メッツィーナさんは非常にわかりやすくこう答えた。
「あなたは、主体性を限定的に捉えていませんか? 主体性とは、デカルト以来の論理実証主義的な言語で表現されるものだけでしょうか? 理性的ではない、非言語の表現も含めたものの中に、主体性が表現されていることはないでしょうか? 忘れてしまったり、覚えていない、あるいは幻聴に支配されている、という形での表現もあるのではないでしょうか? その意味を探ることが大切ではないでしょうか?」
科学的な思考の中では、言語的やりとりという「一貫したシステム」の中で判断しやすい。すると、錯乱や幻聴・幻覚などで、論理的な言語によるやりとりが出来ない、と見なされた人は、「一貫したシステムに逆らうもの」とされる。すると、その人の語り、だけでなく、下手をしたらその人そのものも「すべて退けられ、忘却され、脇におかれ、錯覚ないしただの見かけであるとみなされてしまう」可能性がある。しかし、メッツィーナさんがいうのは、それは言語的なやりとり、という「ある一貫したシステムのなかに現実を閉じ込めようと欲する」意味で、「合理化」に過ぎず、「超-単純化」だ、と指摘する。そして、モランに戻れば、このような「合理化」は、科学ではない、という。本当の科学的思考は、「合理化」ではなく、「合理性」である、と。それは一体どういうことか。
「合理性とは、われわれのうちでたえまなく行われている対話の働きであり、それは論理的構造を作り出し、論理的構造を世界に適用し、この現実の世界と対話を交わす。この世界が、われわれの論理システムと一致しない場合は、論理システムが不十分なもので、現実の一部にしか出会っていないのだと認めなければならない。合理性とは、いうならば、けっして現実全体を論理システムのなかに汲みつくそうとするのではなく、自分に抵抗するものと対話することを欲する。」(同上、p104)
錯乱や妄想などで、言語的なやりとりが通じない。この時、「一貫したシステム」から外れ、「対話」が出来ない、と見なすのが「合理化」思考である。一方「合理性」の思考は、一見すると「自分に抵抗するものと対話することを欲する」。ということは、言語的なやりとりが出来ないのであれば、その人の非言語の表現とか、妄想や錯乱がどのような訴えかけをしようとしているのか、を対話的に考える。言語表現という「論理システムが不十分なもので、現実の一部にしか出会っていないのだと認め」た上で、「現実全体を論理システムのなかに汲みつくそうとするのではなく」、その「論理システム」の限界を認識し、「対話」の中からその限界を乗り越えようとする。これが、精神症状のある人の「主体性」を取り戻す上で必要不可欠だ、というのだ。
「単純性のパラダイムとは、世界に秩序をもたらし、世界から無秩序を追い払うパラダイムである。秩序はひとつの法、ひとつの原理に還元される。単純性は一、あるいは多を見るのだが、<一>が同時に<多>でありうることを理解できない。単純性の原理は、結びつけられているものを切り離すか(分離)、多様なものを統一するか(還元)、そのどちらかである。」(同上、p87)
この人は狂っていて、言語的な理解や了解が不可能である。これは「結びつけられているものを切り離す」(分離)という単純化である。あるいは、このような了解不可能性のあるひとは、双極性障害である、というのは、「多様なものを統一する」(還元)である。このとき、了解不可能(分離)に一見思える人が私とどう同じ人間としての苦しみを抱えているのだろう(還元)という、「<一>が同時に<多>でありうることを理解できない」のが、これまでの旧態依然の(日本のドミナントな)精神医療のパラダイムではなかっただろうか。だからこそ、メッツィーナさんは、複雑性というキーワードをセミナーの中で何度も繰り返し表現していた。
さて、ではその「複雑性」とは何か。モランはこのように定義している。
「まず第一に、複雑性は、切り離しがたく結合した異質な構成要素によって織りなされたひとつの織物である。複雑性は一と多のパラドクスを提起する。第二に、複雑性は、実際には、われわれの現象の世界を構成する出来事、作用、相互作用、遡及作用、諸決定や偶発性によって織り成された生地である。」(同上、p22)
言語的に了解不可能に見える言動を発する人(多)が、同じ人間としてどのような生きる苦悩を抱えているか(一)の「パラドクス」を、そのものとして受け止めること。それは、その人と周囲や世界、支援者として目の前にいる私との「出来事、作用、相互作用、遡及作用、諸決定や偶発性によって織り成された生地」を、そのものとして眺めることである。
「異常だ」「オカシイ」とラベルを貼られた人とも「たえまなく行われている対話の働き」を続ける。そのプロセスの中で、外から見たら支離滅裂に見える言動の内在的論理を探り出し、その人の中での論理プロセスの筋道を明らかにする。それが、「正常」という形で「合理化」「単純化」された世界の論理構造を超えていても、その正常と異常の「相互作用」や「遡及作用」を捉えることで、正常と異常という「切り離しがたく結合した異質な構成要素によって織りなされたひとつの織物」の構造を捉えようとする。
モランは、単純化や合理化の限界を、次のようにもいう。
「西欧的・デカルト的形而上学は、すべての生き物をそれぞれ閉じた本質存在とみなしただけで、それらがみずからの開放性のなかで、その開放性によって、それらの閉鎖性(つまり自律性)を組織するシステムであるとは考えなかったのである。」(p33)
「異常な人」を、「閉じた本質存在」と留め置くのは、<多>ではあっても<一>ではない。その人の「異常」な状態とは、「正常」との関係性の中で、「正常」のカテゴリーの外にあるという理由で、「異常」と見なされる。「正常」と「異常」は、全く関わりを持たない「閉鎖性」システムではなく、相互作用や遡及作用しあう「開放性のなかで」「閉鎖性(つまり自律性)を組織するシステム」なのである。
事実、数十年前には、LGBTは「性的志向の乱れ」、不登校は「学校恐怖症」と、それぞれ「異常」「逸脱」のカテゴリーが張られていた。だが、ご案内の通り、それらの「症状」にみえる状態の内在的論理が、主に当事者達のカミングアウトによって明らかにされ、マジョリティにも理解されるうちに、これらのカテゴリーは大きく変更し、「異常」に留め置かれなくなったのである。つまり、これらのカテゴリーは、つねに「開放性」のあるカテゴリーなのだ。
そこから彼は次の様にも指摘する。
「開いたシステムという考え方からは、次の様な二つの主要な結論が引き出される。その第一は、生体組織化の法則は平衡の法則ではなくて、安定化したダイナミズムによって捕捉された、あるいは代償された非平衡の法則だ、ということである。(略)第二の帰結は、システムを理解する鍵は、システムのなかだけではなくて、システムとその環境とのあいだにある関係のなかに求められなければならないということ、そしてまたその関係は、たんなる依存関係ではなくて、システムそのものを構成する関係である、ということである。こう考えることができれば、現実は、開いたシステムとその環境とのあいだの区分けにあるのと同じ程度に、それら両者の結びつきにある。」(同上、p33)
ここで筆者が強調する太字部分が、僕自身も今回読み直して、一番しっくりと来た部分である。
異常という「現実」だって、「開いたシステム」であり、「その環境」(=正常)「とのあいだの区分けにあるのと同じ程度に、それら両者の結びつきにある」。正常とされる論理の中で、あるいは言語的には「了解が不可能」に思える現実には、「異常」というラベルが貼られる。でも、このラベルを「閉鎖性」で捉えてはならない。あくまでも、正常という環境との「あいだの区分け」であり、それと「同じ程度」に「正常」と「異常」は「結びつ」いているのである。

これまでブログにも書いてきた「ゴミ屋敷」の問題でも、それを「異常」と片付けたところで、何も解決は生まれない。その家の主が、どのようなプロセスを経て、ゴミを溜め続けてきたのか。「ゴミ屋敷」を「異常」とラベルを貼って分かったフリをせず、その「開いたシステム」の中にある、「ゴミを溜めていないご近所」との「結びつき」を分析する中で、例えば周囲から孤立していき、孤独が深まり、ゴミを溜める行為が深まった、という悪循環の構造が析出される。

これも先月のブログに書いたが、「悪循環とは、ある人が自身の置かれている状況を問題のあるものとみなし、これを解決しようとする行動に出るが、この解決行動自体がとうの問題を生み出してしまうというメカニズムを持ち、しかもこれが反復的に繰り返されるもの」(長谷正人『悪循環の現象学』)であった。ということは、悪循環に陥る人は、勝手に陥るのではない。「解決行動」という環境との相互作用が、悪循環を生み出すのである。「ゴミ屋敷」の人だって、本人にとっては「解決行動」に思えることが、世間からは「ゴミを溜めること」の「反復」だと見なされ、周囲との軋轢が深まり、本人は孤独になり、それを解消するために、ますますゴミを溜めるという「解決行動」以外の行動に出られない、という「悪循環」のループに陥っているのだ。これも、「ゴミ屋敷」を「異常」と「単純化」して「合理化」する危険である。

その際、私たちに求められるのは、「合理化」ではなく、「合理性」を持って向き合うことである。もういちど、そのフレーズを引用し直しておこう。
「合理性とは、われわれのうちでたえまなく行われている対話の働きであり、それは論理的構造を作り出し、論理的構造を世界に適用し、この現実の世界と対話を交わす。この世界が、われわれの論理システムと一致しない場合は、論理システムが不十分なもので、現実の一部にしか出会っていないのだと認めなければならない。合理性とは、いうならば、けっして現実全体を論理システムのなかに汲みつくそうとするのではなく、自分に抵抗するものと対話することを欲する。」
ゴミ屋敷は、「われわれの論理システムと一致しない」がゆえに、異常だと析出される。だが、異常とラベルを貼ることは、「論理システムが不十分なもので、現実の一部にしか出会っていない」単純化や合理化である。単純化や合理化が切り落とした「汲み尽くせない」部分という、「自分に抵抗するものと対話すること」の中からこそ、正常と異常の切り分けを超えた、「開いたシステム」の真っ当なやりとりが展開される。それが、了解不可能に思えた「異常」の物語を理解し、了解するための、入口である、というのだ。

ここまで整理すると、メッツィーナさんの冒頭のメッセージが、よりクリアに見えてくる。

「真のガイドは、目の前にいる具体的な人。その利用者本人の自分の持っている苦しみに与える意味が、治癒への道筋を指し示す。それは人によって違うし、治癒の道も全く違う。具体的に目の前にいるその人が導いてくれるし、それしか複雑性に対処できないが、それが最もよい対処の方法である。」
「目の前にいる具体的な人」は、生きる苦悩が最大化して、苦しんでいる。その「苦しみに与える意味が、治癒への道筋を指し示す」。その大枠に従って、あとは「具体的に目の前にいるその人が導いてくれる」その人の物語世界を、単純化や合理化で「わかったふり」をせず、異常とラベルを貼られる部分の「開いたシステム」をながめて、「正常」世界との結び目をたぐり寄せるなかで、その人の生の「複雑性」を少しでも理解して、「治癒への道筋」をたぐろうとするのが、治療者の役割なのである。
DSMやらGAFという単純化・合理化のカテゴリーを「ガイド」にするのではなく、「目の前にいる具体的な人」こそを「真のガイド」にすべきだ、というメッツィーナさんの主張は、非科学的な「反精神医学」ではない。複雑性科学に支えられた、実りのある可能性との「対話」なのである、と改めて学び直した、モランの再読であった。
追伸:トリエステ方式とオープンダイアログの共通点は、単純化・合理化をすることなく、この複雑性を大切仁して、「目の前にいる具体的な人」を「真のガイド」に、複雑な物語をそのものとして理解し、その物語の固着を「対話」の中から揺り動かすことに、あるのかもしれない。

地域福祉の人材育成と可能性開発

ここしばらく、毎月のように岡山に通い続けてきた。岡山県社会福祉協議会が主催した「『無理しない』地域づくりの学校」という人材育成塾の校長役としてお手伝いさせて頂いたのだ。教頭には、全国各地で地域興しの人材育成に携わり、自らも障害者就労に取り組む起業家でもある尾野寛明さんをお迎えする、という豪華な顔ぶれ。社協の10年後の役割を見据えた県社協の俊英、西村さんが用務員役として全体統括してくれ、実現したのだった。(尾野さんとの出会いや、西村さんとの出会いは、リンク先に)
プレセミナーにはじまり、5回の本セミナーの中では、岡山県内各地から、地域づくりで新しい事にチャレンジしたい実践者達が受講生となってくださった。社協の生活支援コーディネーターだけではなく、包括の社会福祉士や施設のソーシャルワーカーなど、多彩な受講生がそろった。皆さんには、尾野さんの地域づくり塾で用いられている「マイプラン」を作成する事が求められ、毎回のセミナーでその内容を発表し、仲間や他の参加者から意見をもらい、添削され、次の機会までに新たな課題を調べて掘り下げ、ブラッシュアップし、次のプレゼンで発表する、というプロセスを重ねてきた。そして10月には、これまで練り上げた成果を最終発表会で報告する、というところまで辿り着いた。
先日、その最終発表会に参加する中で感じたこと。それは、こういう地道な人作りが、やがて地域を変える起爆剤になるだろうということと、そのためには単年度ではなく、少なくとも3~5年かけて息長く人材を養成し続けていかなければならない、ということだ。
これまで、僕自身は全国各地で地域福祉に携わる人々に向けた研修を行ってきた。だが、その中でいつも感じていた不全感がある。それは、「一回こっきりで連続性がない」という事と、「仕事の枠内での研修であり、全人的関与を求めていない」という二つである。
一度の研修で、講師の話を全て吸収して、即現場で活かせる人材も、もちろん存在する。だが、そういう人は、実はそんなに多くない。特に、地域課題を発見し、その課題を解決するための方法論や、具体的なアプローチを1時間半の研修の中で紹介して、それだけで「では、やってみてください」とお願いしても、「話はわかったが、実際にどうやっていいのかわからない」という声を聞く。最近、教育業界でもアクティブラーニングの重要性は何度も繰り返されているが、地域福祉だって、一方的に話を聞く座学ではなく、実際に自分でも考えて企画書を書いたりモデル事業をやってみて、それを何度も仲間と議論しながら練り上げていく、というOJT型の、実践を伴った学びでないと、知識や理論を自分のものには出来ないし、実力という形で身にもつかないのだ。
また、地域福祉の課題は、社協や包括の業務だからやる、という事業ベースでの関与に限界がある。確かに地域福祉に関わる人々の大半は、事業だから関与する。そのこと自体を否定しているのではない。だが、事業で関わる人であっても、地域住民に関わり、地域住民「と共に」地域課題の解決を模索する時、「私たちはどうしてあなたのやることに応援しなければならないの?」という素朴な疑問を住民からぶつけられる。その時、一般的には「住民さん達のために」という話が出てくるが、住民たちは「そんなの自分たちは必要ない」と拒否的になることもある。それを「住民が無理解だ」と切り捨てるのは簡単だが、実は支援者の側が、住民のほんまもんの思いや願い、ニーズに出会っていない場合も少なくない。また、住民との協働とは、言うは易く行うは難し、の典型例である。協働を模索する支援者自身が、その協働課題や実践を「自分事」と認識し、「私たちの共通課題」という思いを持たないと、事業はうまくいかず、2年やって別の担当者に引き継げば、「三歩進んで二歩下がる」という事態に矮小化される場合も少なくないのだ。
そこで、岡山の「『無理しない』地域づくりの学校」では、これらの壁を乗り越える仕組みと仕掛けを入れ込んだ。毎回の講座では、地域福祉の分野で「一皮むけた先駆者」の話を伺う。その中で、どうすれば地域課題を解決出来るのか、の方法論を学ぶ。その上で、受講生は毎回、自分の「マイプラン」の進捗状況を発表し、バタ校長や尾野教頭、その日のゲストを始め、多くの人々からコメントをもらう。そうやって、次回までに自分が明確にすべき課題を抱え、また地域の中に飛び込んでいく。つまり、OJTとスーパーバイズという、地域福祉で最も欠けている要素を、講座の中に取り入れたのである。
また、福祉の専門家にとって、「マイプラン」という概念自体が、もしかしたら革命的に響いていたかもしれない。なぜなら、これまでの福祉は「科学的」「客観的」であることを志向してきた。それは、医学モデルを真似た福祉が、標準化・規格化された知識の重要性を強調してきたからである。確かに病院医療においては、クリティカルパスに代表されるような、ある程度の標準化や規格化は可能だろう。でも、地域福祉には、実は標準化や規格化の発想は、百害あって一利なし、である。なぜなら、甲府と岡山では、社会資源も人間性も、地理的性格も人口構成も高齢化率も、全く異なる。それに標準的な地域福祉モデルなるものを当てはめたって、絶対地域は変わらない。だがこれまでは「○○モデル」が厚労省から紹介されるたびに、その先進地には視察がわんさか訪れ、その先進地の猿まね実践を企て、見事に玉砕する、という「屍」実践が山と積まれてきた。それらが失敗した最大の理由、そこには標準化された正解を真似すれば何とかなる、という他力本願を客観的なる表現でオブラートにくるんで誤魔化してきた歴史的経緯がある。
そこで、大切なのは、「わたし」という主体の存在である。この地域に関わる一人としての「わたし」は、この地域をどう見立てるのか? 地域課題をどのように捉えて、何から優先順位を付けて解決していくか。この部分には標準的な解答例、なるものはなく、実際には主観的な見立てやアプローチで取り組んでいく。ただ、チームで議論し、住民にも納得してもらう、という合意形成を計る中で、主観的な要素が客観化されていくのである。しかし、主観的な要素としての「わたし」が抜けた「事業」であれば、「何が何でもそれを実現しなければならない」という粘りや必死さが抜ける。すると、率直に申し上げて「事業だからとりあえずやってみる」というレベルに成り下がり、住民もそれに気付くから協力はしてくれない。そこで、年度末消化のように会議だけやって「やったふり」して、「結局住民は協力的でないのでうまくいきませんでした」と、「出来ない100の理由」を述べ立てるのである。
一方、先述のマイプランは、その真逆の戦略である。「わたし」の計画であるから、当然、そこに介在する私がどう動くか、が大切になる。その前に、マイプランには自己紹介や自分の人物像、自分がなぜそのマイプランをしたいのか、という動機や思いも書き込んで、その部分が毎回の講座の中で質問される。これは「事業」でやってきた「お仕事」にはない展開である。だが、繰り返しになるが、自分事でないと、人は必死にならない。「なぜこのプランを実現したいのか?」という問いは、仕事の問いであると同時に、それを仕事として私はなぜ取り組みたいのか、という自分自身の実存への問いである。そして、本気で地域を変えてきた実践者達は、仕事として地域福祉に取り組む一方で、その課題を「自分事」として捉え、どうしてもその課題の解決が必要不可欠だ、という熱意を持つ。これが、仕事に魂を込める原動力になる。そして、地域住民さんだって、魂を込めて地域づくりに取り組む人には、魂レベルで「ほうっておけない」のである。つまり、地域づくりにおいては、それに取り組む人の「わたくし」という「自分事」の介在が必要不可欠なのだ。それが、マイプランに迫力を与えるのである。
尾野さんは、この手法を、中山間地でコミュニティビジネスや起業をしたい人々への人材育成塾において開発してきた。起業、というと、地域福祉には縁がないように、一見聞こえる。だが、地域福祉の実践者を「社会起業家」と位置づけると、見える地平は一変する。社会起業とは何かについて、ボーンスタインとデイヴィスは次のように定義している。
「世界を変える仕事-社会企業とは、社会問題を解決するために新しい組織をつくり出したり、あるいは既存の組織を改革する仕事です。ここでいう社会問題とは、たとえば、貧困、病気、環境破壊、人権侵害、組織の腐敗などを指します。これらを解決して、多くの人々の暮らしをよりよいものにしようというものです。」(ボーンスタイン&デイヴィス『社会起業家になりたいと思ったら読む本』ダイヤモンド社、p166)
「社会問題を解決するために新しい組織をつくり出したり、あるいは既存の組織を改革する仕事」。これは、地域福祉で最も求められているプロセスである。生活困窮者へのサポートの仕組み、認知症の人の見守りネットワーク構築、困難事例や多問題家族への対応、重度の障害者でも病院や入所施設へ排除されない地域作り・・・など、今の日本社会で顕在化している「社会問題」は、既存の制度だけでは十分に解決出来る訳ではない。だからこそ、「新しい組織をつくり出したり、あるいは既存の組織を改革する仕事」が必要であり、コミュニティソーシャルワーカーと呼ばれる存在は、その担い手に成熟することが求められるのである。つまり、地域福祉を担う人材であるコミュニティソーシャルワーカーに求められるのは、社会起業家精神なのである。
そして、それを研修で身につけてもらうためには、起業家養成塾と同じように、社会問題に関する「マイプラン」を立ててもらい、そのプランを何度も練り直す中で、先駆的に解決するプランへと高めていく、岡山でやったような研修が必要不可欠とされているのである。そして、全国を見回しても、たぶん岡山で初めて、このような社会起業家精神を育てる実践的なコミュニティソーシャルワーカー養成研修が実現したのである。
それが冒頭に書いた、「こういう地道な人作りが、やがて地域を変える起爆剤になるだろう」と思えた理由である。そして、この一連のプロセスを岡山で試行的に実践して分かった事がもう一つある。それは、「単年度ではなく、少なくとも3~5年かけて息長く人材を養成し続けていかなければならない」ということである。
上記で述べたようなマイプラン作りとその添削は、非常に手間暇かけたものである。だから、受講生自体は5~10人程度でないと、きめ細かい支援は出来ない。その一方、こういう最先端の人材育成は、ノウハウも試行錯誤の中で蓄積するので、市町村レベルでは実現不可能だ。だからこそ、県社協がやる広域性と専門性がある。そして、県社協として地域を変えるコアな人材を「マイプラン」作りを通じて養成するためには、少なくとも1期ではなく、3~5期かけて、人材を養成し続けるプロセスが大切である。その中で、地域作りを本気で取り組む人材に層が生まれ、またその塾生達の学び合いや世代を超えたネットワーク形成が進む中で、岡山における地域福祉の担い手の質的転換が生じ始めるのだ。
これは、尾野さんが取り組む他の地域での「地域づくり塾」でも同様だ、という。例えば、マイプランの中から訪問看護ステーションが生まれてきた島根県雲南市の幸雲南塾も、5年目を迎える中で、多層的な人材のネットワーク化が進み、そこから新たな事業や展開、そのハブ機能となるNPO「おっちラボ」など芋づる式に生まれてきた、という。そう、最初のうちは、地域福祉の担い手の種をまき続け、ある時期からその人材達が仲間としてのネットワークを形成し、それが地域やシステムを動かし、変える原動力に育っていくのである。
これは、僕自身が博士論文で京都のPSW117人に聞き取り調査を行い発見した、地域福祉を変える5つのステップとも、全く共通している。つまり、こういう形をとらないと、ほんまもんの地域変革は進まないのだ。だからこそ、1期で終わらすことなく、3年から5年、種から芽が出て、発芽し、シナジーが生まれて現場が変わるまで、継続的な投資が必要不可欠なのである。
近年は福祉の領域でも企業の論理が跋扈して、四半期決算的な「成果」が求められる。だが、人材育成は四半期決算で成果をはかれるものではない。最低でも3~5年育て続けないと、その成果が具体的な形にならない。多くの一回こっきりの研修は、せっかくいい研修をしても、一度きりで終わってしまうので、事業の継続性がなく、投資した資金が無駄に終わってしまうことも少なくない。この岡山の事業も、その危険性がある。だからこそ、研修がどう効果的なのか、をちゃんと言語化する必要がある。それって、僕自身が地域福祉において考えるべき「マイプラン」の課題なのだ。
そんなタイミングだったので、今日は5388字も使って、岡山でのこの1年間の取り組みをざっくりと言語化してみた。さて、書いてみて、今後、このストーリーをどうブラッシュアップしていくか? まさに、自分事の課題である。

悪循環の構造を眺める

10代後半から20代にかけての思い出の中には、後から考えると「あちゃー」と恥ずかしさが先立つ思い出も少なくない。僕の場合、中身がないのに背伸びしていた部分が、随分ある。そんなことを思い出させてくれる記述と出会った。
「自由に個性的に着るという『意図』によって選択された衣服は、『結果』として他者とそっくりのものになってしまう。このとき、人々は自分が他者とそっくりなものしか着れていないこと、つまり自分の『不器用さ』を自覚している。このため、悪循環が生じることになる。彼らは、現在流行っている衣服を選択して他人そっくりになることを回避しようとして、かえって他人そっくりの(新しい流行の)衣服を着てしまっているからだ。これがモードという制度である。モードの持つ制度性は、単に個人が同じような衣服を着ているというところにあるのではなく、こうした画一性から離れて他者とは異なる服装を着ようとする人々の『意図』がかえって流行を繰り返し更新させてしまうところにある。」(長谷正人『悪循環の現象学』ハーベスト社、p136-137)
拙著をお読み頂いた教育社会学の先生が、「こんな本もあるよ」と教えて下さったのが、今の興味関心にもドンぴしゃの一冊。四半世紀前に出たとは思えない、シンプルで鮮やかな切り口は、ハーシュマンのExsit and Voiceの理論を彷彿とさせる。しかも、その本の一節で、まさか自分の昔の「汚点」の構造分析がされている、とは思わなかった。
話は20年前、大学1年生の頃から始めた塾講師時代の出来事である。僕が中学の頃にお世話になっていた塾に、大学生になってから、バイトで働かせてもらうことになった。この塾の中間管理職のAさんと僕は、元々折り合いが悪く、しばしば対立した。その元凶の一つに、「服装」問題があった。
20歳頃といえば、必死になって「個性」を模索する時期である。しかも大半の20歳は、まだ他人に誇るべき「個性」という「ちがい」が有徴化していない。ましてや、自分の中を掘り下げて「ちがい」を見つけるなんてことが出来ていない。よって、安易に人との「ちがい」を産む手段として、多くの人同様、「服装」に着目する。そして、これがAさんとの対立の原因になった。なぜなら、Aさんは「白のシャツで、派手ではないネクタイをするように」とルール化していたからである。
今なら、白いシャツとシンプルなネクタイは、オシャレの王道を行く着こなしである、という知識もあるし、少しはそれを楽しむ余裕もある。でも、当時の僕にとって、白シャツや落ち着いたネクタイは、没個性の象徴のように思えた。抑圧的な受験勉強の反動!?で、ようやっと20歳になってオシャレに目覚め始めた僕にとって、白シャツを受け入れることは、個性を引っ込めることにしか思えなかった。つまり、自分がオシャレではないという「不器用さ」を自覚していたがゆえに、何とか他人との「ちがい」を出そうと必死になっていた。そして、その結果選んだものも、「自由に個性的に着るという『意図』によって選択された衣服は、『結果』として他者とそっくりのものになってしまう」という構造にはまり込んでいた。僕は、しっかりと「モードという制度」に囚われていた。しかも、それが「個性的でありたい」という「意図」に基づきながらも、選んだ服装がより没個性になるという「意図せざる結果」をもたらしていた。さらに、白シャツでもおとなしくもない服装だから、Aさんにますます嫌われる、という二重の悪循環がついて回っていた。
この時の悪循環とは何か。これも、長谷さんのわかりやすい説明が役立つ。
「悪循環とは、ある人が自身の置かれている状況を問題のあるものとみなし、これを解決しようとする行動に出るが、この解決行動自体がとうの問題を生み出してしまうというメカニズムを持ち、しかもこれが反復的に繰り返されるものを言う。」(p78-79)
当時の僕は、白シャツを着ることと、教えることは、全く別のことだと考えていた。むしろ、教えるのが上手で実績も出していれば、シャツの色なんて関係ない、と思っていた。そして、一律に白シャツにせよ、と押しつけるA氏の振る舞いを、「没個性的だ」と思っていた。だから、彼の指導を半ば無視し、校則破りのように、しばしば叱責されていた。しかし、僕自身の「白シャツを着ない」という「解決行動自体」は、二重の意味で、悪循環を反復させていた。
その一つ目が、先にも書いた、「個性」的でありたいと願いながら選んだ服が、「意図せざる結果」として「没個性」であった、という点。白シャツを選ばなくても、スーツを着ている時点で、選択肢は限られる。すると、色シャツでのネクタイの組み合わせも、雑誌などでみる定番パターンの中に納めるしかない。その結果、必然的に、色シャツでおとなしくないネクタイなんだけれど、「無難な組み合わせ」に落ち着く。つまりは、白シャツでは「没個性」だ、という決めつけに縛られて、白シャツこそ「問題のあるものとみなし、これを解決しようと行動にでる」が、選んだ色シャツやネクタイという「解決行動自体」が「没個性」という「当の問題を生み出してしまうというメカニズム」に綺麗にはまり込み、それを「反復的に繰り返」していたのである。
さらに、この反復行動の中で、もう一つの悪循環も反復されていく。それが中間管理職のAさんとの反目である。僕はこのAさんに、ずいぶん批判され続けてきた。あるときなど、「タケバタは増長だね」と言われて、情けなくもその意味を知らず、家に帰って辞書を引いて、その意味を知り愕然とすると同時に怒りに震えた思い出を持つ。当時、憧れていた塾講師になって、一生懸命その勤務に励み、わりと塾生からも人気がある、と思い込んでいたのに、「そんな言われ方はないよなぁ」、と思っていた。「あんたの方が増長やんけ!」と心の中で言い返していた。でも、今ならよく分かる。確かに僕は増長であり、悪循環を反復させるシステムの一部になっていたのだ。
これは一体どういうことか。長谷さんの論考が鋭いのは、悪循環を論理ではなくコミュニケーション問題だ、と喝破するところである。
「『行為の意図せざる結果』においては、別に行為者がパラドキシカルなメッセージを発しようとしているわけではない。彼の言明の内容はパラドックスではないにもかかわらず、それが他者との関係を規定することから生じる意味によって、パラドックスが結果的に構成されてしまうだけである。問題なのは論理というよりコミュニケーションである。」(p34)
「個性的でいたい」という「論理」自体が問題であるのではない。問題は、その「個性的でいたい」という言明の内容を、「白シャツを着ないで、ネクタイも派手にする」という手段で実現しようとしたことである。そのことにより、中間管理職のAさんと、一大学生アルバイターの僕自身との「関係」において、「職場の上司の指導を聞き入れない」という関係の問題が生じる。つまり、僕が「白シャツを着ない」のは、「個性的でいたい」という思いだけでなく、「個性」にかこつけて、職場の上司の意見を聞きたくない、と文字通りわかりやすく表明しているのである。それは、上司の側からすれば「増長」そのものである。そして、抑圧的に指導をしてくる上司に反発し、ますます白シャツから遠ざかり、その結果さらに怒られ、そんな指導に従ったら個性がなくなると思って反発し・・・と、わかりやすい悪循環構造を、自分自身で作り出していたのである。
そんな記憶を、長谷さんの次の分析を読みながら、まざまざと思い出していた。
「『行為の意図せざる結果』を引き起こす人々は、自分がいま行っている解決行動だけは、いつも問題を作り出しているときとは異なる立場から行われていると信じているのである。例えば、『私って嫌われ者なの』と言って嫌われてしまう女のことを考えてみよう。この女は、この自己批判的発言だけは、自分が嫌われている要因にならないと考えているのである。つまり、透明な行為だと信じられている。ところがこの自己批判的発言は、少しも透明ではなく、一つの行為として他者に影響を与えてしまう。つまり、自分が好かれているかどうかを気にしすぎる性格を表象しているものと受け取られ、嫌われる原因となってしまうのである。このように、『行為の意図せざる結果』における偽解決とは、必ず透明人間の立場から行われる。しかし、偽解決行動はいささかも透明ではない。それは、一つの行為として、その問題を維持するように機能するのである。」(p56)
僕自身は、「個性的でありたい」と思って「白シャツを選ばない」のは、僕の内面の自由の問題であり、それが問題を反復させる、という自覚はあまりなかった。つまり、自分の白シャツを着ない行為そのものは、他人とは関係のない、純粋な個性の選択であり、その意味で他者から独立している「透明な行為」だ、と思い込んでいた。でも、その選択は、透明でも何でもなく、「上司の指示に従わない」という意味で、実に政治的だった。僕の白シャツを選ばないという「一つの行為」は、中間管理職のAさんという「他者に影響を与えてしまう」だけでなく、彼の指導や助言を拡大させ、それを抑圧だと見なした僕の反発は加速し・・・と、「マッチポンプ」現象を作り出していた。「個性的でありたい」という意図に基づいた「白シャツを着ない」という「偽解決構造」は、結果として個性的でないという「問題を維持するように機能する」だけでなく、その「個性化」を抑圧しようとするAさんとの関係を悪化させるという「問題を維持するように機能する」役割も果たしていたのである。
ここまで書いていて、それって長谷さんの以下の記述そのものである、と気付いた。
「コミュニケーションのなかで、互いに相手の悪循環的行動を悪循環的に維持しあうという複雑な事態も発生するのだ。これが病理的であり、分裂病者の症状を維持するシステムの特徴でもある。」(p79)
中間管理職のAさんの視点に立ってみると、タケバタは一学生アルバイトのくせに、「白シャツで地味なネクタイ」という指示に全く従わない。それは、面白くない。だからこそ、「ルールに従え」と指導する。しかし、その指導に従うどころか、相手は余計に反発する。そこで、「きみは増長だね」と嫌みの一つも言いたくなる。でも、その発言に相手は更に頑なになり、白シャツを断固拒否する姿勢をみせる・・・。つまり、今書いていてようやく気付いたのだが、Aさんにとってもタケバタとの関係は「互いに相手の悪循環的行動を悪循環的に維持しあう」ものだったのだ。
長谷さんはこの事をさして「コミュニケーションのパターンが固定的で、同じことを反復してばかりいる」(p96)とも言う。確かに、このAさんとの関係に限らず、極端に関係が悪くなったり、絶縁状態になった関係性を思い出してみると、「互いに相手の悪循環的行動を悪循環的に維持しあう」という意味で「コミュニケーショのパターンが固定的」で「反復」し続けていた。そして、それが「病理的」であるというのは、指導と反目という「逸脱増幅的相互因果過程」としてのポジティヴ・フィードバックを引き起こし、悪循環は加速していった、だけでなく、そのコミュニケーションパターンの外に出られないという意味で「逸脱解消的相互因果過程」としてのネガティヴ・フィードバックも引き起こしていたのである(p93)。
「近代社会の人間は、あるルールから自由であることによって、別のルールに従ってしまっている。ルールへの従属を回避しようとすればするほど、別のルールに従属してしまう神経症的な悪循環に陥っていて、どうしてもそこから抜け出せない。従って、近代社会はたんに『不器用な』社会であるわけではない。『不器用さ』を克服して『器用さ』を獲得する努力を反復して行い、そのことによってますます『不器用』になるというパターンのなかに閉じ込めれているのである。」(p137-138)
そう、僕の20代はこのパターン=悪循環、の繰り返しであった。いま、そのパターンからやっと出つつある。それは、「不器用さの克服」や「器用の獲得」を目指さなくなった、という点にある。個性的というのは、当たり前の話だけれど、選ぶ服で決まるのではない。自分が気持ちよく着れて、かつワクワク出来ていれば、どんな服を来ても、個性は出てくる。逆に言えば、どんなにお金を積んでも、パーソナルスタイリストに上から下までコーディネートしてもらっても、自分自身の気持ちが乗らなければ、個性もへったくれもない。
そう思えるようになって、30代中盤になった頃から、僕は白シャツを好んで着るようになった。色シャツへの呪縛というか、「個性」という「ルールへの従属」から、やっと自由になり始めた。それは、自分自身が、個性のエッジが立っている「器用」な人間ではなく、どこにでもいる凡庸な「不器用さ」を抱えた人間である、と認めることからはじまった。でも、それを一旦認めてしまえば、不毛な個性化を目指した悪循環構造のパターンから、すっと抜け出すことが出来た。それと共に、ほんまもんの個性化がスタートし始めた。そんな今だからこそ、20年前に陥っていた悪循環構造を、素直に振り返り、鎮魂できる状態になったのかもしれない。あの頃のタケバタヒロシくん、どうもお疲れ様でした、と。

里海資本論と精神医療の生態系

前回のブログで書いたイタリアから帰国後、オープンダイアローグやトリエステ方式の論文を読み続けている。そういうモードの中で、『里海資本論』(角川新書)を読むと、何だか多くの共通点があって、びっくりした。その共通点を考える為、まずは解説の藻谷さんの当該部分を引用してみる。

「一神教の伝統に立つ西洋で発達した学術の中には、意識的にか無意識的にか、こうした多神教的な考え方を忌避しつつ成り立っているものが見受けられる。生きとし生けるものがお互いに微妙なバランスで影響しあって生態系を形作っていると考えるのではなく、誰か絶対的な裁定者や何か卓越した裁定システムが存在すると発想し、モデルを組むのがだ。そうしたモデルを信じ込むと、『裁定者・裁定システムに無関係のその他大勢は、均衡の形成に自分も参画しようなどという余計な考えを起こすべきではない』と考えるようになる。神は一人だけなのだから他の者は手前勝手にしておけばいい、帳尻は神が合わせてくれるというわけだ。(略) 彼らは、『自然に多様性をもたらすのは自然であって人間ではない』という、自然を裁定者とした『一神教的』発想に囚われており、『人為も自然の中に均衡や多様性を生むことができる』という『人間も八百万の神の端くれ』というような発想を理解できなかったのだ。」(p222)
ここにピピッと来た理由。それは、精神医療も地域福祉も、「一神教的な裁定者・裁定システム」の毒牙に浸りきっていて、それをどう脱皮するか、が大きな課題になっているからである。
例えばオープンダイアローグで追求しているのは、「精神科医が何でも知っている・どんな精神病でも治療できる」という「一神教的な裁定者・裁定システム」への疑問だった。具体的には、その手段であるEvidence Based Medicineが、本当に効果的なのか、への問いである。これは、投薬と精神症状の関連に関しては、人が「生態系」の中で生きている限り、その薬がある人の心に直接作用するかどうかきちんと科学的に実証できていないのに、科学的に統制された(つまりは現実社会とは違って管理された)状態での比較実験から、「この薬はこの症状に効く」と言っているものに、「ほんまかいな?」と問いを挟んでいるのだ。そして、精神科医や薬という「裁定者・裁定システム」とは一見「無関係」に見える、医療従事者や家族、知り合いなどのソーシャルネットワークなど、「生きとし生けるものがお互いに微妙なバランスで影響しあって生態系を形作っていると考える」のである。
ゆえに、3時間待って3分診療で投薬して終わり、ではなく、医療者がナースも医師も心理療法の資格を取った上で、本人や家族、関係者等を集めたネットワークミーティングを大切にする。これは、「微妙なバランス」の崩れの中で、「患者とみなされた人(Identified Patient)」に、その「生態系」の弱さや問題が集中し、それが精神症状の形で表出される、という家族療法的な考えに基づいている。そこで、家族療法的な考え方を発展させると、薬と精神科医に頼りきりで、「その他大勢は、均衡の形成に自分も参画しようなどという余計な考えを起こすべきではない」という一神教的な考えを捨てる、ということである。「「『人為も自然の中に均衡や多様性を生むことができる』という『人間も八百万の神の端くれ』」なのだから」、治療に向けたミーティングに、看護師やソーシャルワーカー、家族や恋人、友人も入って、「患者と見なされる人」の「生態系」のひずみそのものに向き合い、動的平行を持ち直すべく、関わり合いをしていこう、というアプローチなのである。これは、明らかに「里海」的な関与である。
そして、トリエステでは、それをもっと深化させている。オープンダイアローグでは、治療における「生態系」的アプローチを取り入れた。一方、トリエステでは、治療そのものを問い直す「生態系」的アプローチを行っているのである。それは一体どういうことか。
簡単に言えば、トリエステでは、異常と正常、規範と逸脱、という価値判断自体が、精神科医などの「一神教的な裁定者・裁定システム」によって作り出されたものである、と考え、それが精神病を作り出す生態系システムの根っこにある、と考えているのである。トリエステの思想的中核であり、イタリアの精神病院を閉鎖に導いた医師フランコ・バザーリアはこう語っている。以前のブログで引用した箇所をもう一度引いておく。
「規範の定義は、明らかに生産と同時に起こっている。そのことは、社会の端にいる人間は誰でも逸脱者として現れることとを意味している。逸脱行為は、価値の裂け目であり、それゆえこれと同じような価値は、この価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類することによって、擁護され強化されなければならない。(略) 本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間は、適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護することを強いられなければならない。」(Scheper-Hughes, Nancy and Anne M. Lovell eds., 1988, Psychiatry Inside Out: Selected Writings of Franco Basaglia New York: Columbia University Press. pp105)
「この価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類することによって、擁護され強化されなければならない」のは、社会規範のことである。そして、「正常」という「価値観」に関する規範の擁護者が、「異常」と「科学的に分類する」精神科医なのである。これは見事に、「一神教的な裁定者・裁定システム」そのものである。ここまでの認識は、オープンダイアローグもトリエステも共有している。そして、トリエステが興味深いのは、そこから一歩掘り下げて、そもそも精神科医や精神医療が「正常」という「価値観」に関する規範の擁護者である、ということ自体が、オカシイのではないか、と問いかけているのである。精神症状を持つ人は、単にその人の社会的ネットワークの歪みが析出されただけではない。もっと言えば、その社会の歪みや膿などが、脆弱性のある・感受性の豊かな個人に降りかかって、その人に症状として析出され、「患者と見なされる人」になったのではないか、と問うのだ。つまり、患者の個人的な人間関係というソーシャルネットワークを「生態系」と見なし、そこに介入するのがオープンダイアローグだとすれば、患者が生活するその地域社会やコミュニティを「生態系」と見なし、そこに介入しようとするのがトリエステモデルなのである。バザーリアはこうも語っている。
「この仕事の基礎となっている接近法は決して病気が中心にあるという事実を避けようとするものではない。しかしながら、この新しい潮流の中ではこれまで患者に、あるいは少なくとも精神病院に内在するものとされていた葛藤がそれら葛藤が因って来たるところのより広い社会に投げ返される-というのは病気というものは本質的に社会的関連における自我の特異的な矛盾の歪んだ表現と見なされるものだからである。精神医療従事者にとってこのことは全く新しい役割を担うべきことを意味している。つまり患者と病院との関係の中にいて仲介者の役割を果たすのではなく、家族、仕事場、あるいは福祉事務所といった現実世界での葛藤に介入しなければならないのである。これらの場は『治療』の新しい活動舞台となる。」(バザーリア、フランコ「管理の鎖を断つ」D.イングレビィ編『批判的精神医学』悠久書房、一九八五:三二一頁)
従来は、異常な人を精神病院に閉じ込める事によって、精神病院という「人工的な生態系」の中で完結する仕組みが取られていた。これは、障害者や高齢者の入所施設でも同じ論理である。一般社会の「生態系」の中で「厄介者」とされた人を、別の「生態系」を人為的に作り、そこに閉じ込めて、その生態系の中で貧しい動的平衡を作り出す、という論理である。これは、社会学者のゴッフマンは刑務所や強制収容所と同じ論理である、と喝破したし、ナチスドイツは障害者抹殺計画(T4計画)によって、この「貧しい生態系」そのものを殲滅しようと試みた。
だが、バザーリア達が試みたのは、この「人工的な生態系」の破壊であった。「精神病院に内在するものとされていた葛藤がそれら葛藤が因って来たるところのより広い社会に投げ返される」ことを目標にした。というのも、「患者と見なされる人」が持っている「葛藤」とは、それを「患者」に「押しつけた」「しわ寄せという形で析出させた」社会の問題だからである。バザーリアはそれを端的に「病気というものは本質的に社会的関連における自我の特異的な矛盾の歪んだ表現と見なされるものだから」と述べている。「社会的関連」、つまりは「その人の生きる社会の生態系」の中で、ある人の「自我の特異的な矛盾の歪んだ表現」が「精神病」だと言うのだ。これは、脳の器質性障害とかドーパンミンがどうちゃら、という医学モデル・個人モデルで説明しない、ということである。その社会の「矛盾」や「歪み」がある人の「自我」において「特異的」に「表現」されたもの、と理解しているのだ。だから、ドーパミンの量を抑制をする薬、よりも、その人の「生態系」である「家族、仕事場、あるいは福祉事務所といった現実世界での葛藤」に関わる事が、精神医療従事者には求められる、というのである。つまり、患者の社会的ネットワークという個人的関係に留まらず、その患者が関わる社会という生態系そのものに関与しようとするのが、トリエステ的なアプローチである、と言える。
そして、オープンダイアローグもトリエステも、薬物療法中心という「一神教的な裁定者・裁定システム」の限界を超えた効果をもたらすと共に、患者の回復、だけでなく、家族や関係者、医療者自身、そして社会のリカバリーにも効果をもたらしているのである。これは、生態系そのものへの関与であり、、『人為も自然の中に均衡や多様性を生むことができる』と考えるアプローチである。しかも、その人為を精神科医という「一神教的な裁定者・裁定システム」に限定せず、関わり合う人々の力を信じる、という「八百万の神」のアプローチなのである。
そして、この考え方は地域福祉にも大きく繋がっているのであるが、今日は時間切れなので、久しぶりにこの続きは、次回のブログへと持ち越すことにする。

トリエステとオープンダイアローグに共通する論理

前回のブログを書いた翌日の8月29日から、9月14日まで、久しぶりに長い調査旅に出かけた(15泊17日)! フィンランドの西ラップランド、スウェーデンとの国境の町トルニオ郊外にあるケロプダス病院で、オープンダイアローグという新しい精神医療の形に関する調査に混ぜてもらうことができた。また、その後はヘルシンキ→ローマ→トリエステと移動し、トリエステの精神医療改革について、突っ込んだインタビュー調査を行った。

濃厚なインタビューの毎日に、美味しいけど脂っこい料理とワインにビール、そして調査の疲労も重なり、帰国後は強烈な時差ぼけで1週間へばっていた。だけど、昨日一昨日と合気道の合宿にも参加し、やっと体調も時差も元に戻ってきたようだ。調査の詳細(の一部)については、オープンダイアログについては雑誌『精神医療』に、トリエステ方式については雑誌『福祉労働』に書くつもり。なので、このブログでは、帰国後に感じたことを断片的に綴っておきたい。
オープンダイアログとトリエステ方式に共通することであり、日本でも未だに誤解されていることがある。それは、「反・精神医学ではない」ということだ。精神病が存在しない、と言っているのではない。大きな精神的なクライシスは存在する。ただ、そこに病名をつけて満足するより、そのクライシスが鎮まり、社会生活をよりよく過ごせるようにするために、投薬以外の他の方法論が有効なら、そちらだって試してみる。そういう意味で、薬物療法中心主義ではないが、患者の治療に役立つことなら何でも取り込もうとする実践である。この点を何度も強調しておかないと、「科学ではない」「一種のカルトである」という誹謗中傷が、繰り返し繰り返し生じてくる。
ちなみに、「反・精神医学」とは何か、についても、その主導者であるサズの論考(翻訳)を引用しておく。
「現在精神病と呼ばれている現象を新しく単純に見直し、いわゆる病気のカテゴリーから除外させること、そして、人の如何に生きるべきかの問題をめぐる葛藤の表現とみなされることを示唆しようとするものである。」(トーマス・サズ 1975 『狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学』新泉社、p27)
ケロプダス病院でもトリエステでも、精神病を「病気のカテゴリーから除外させること」を目的にした実践はしていない。その意味では、「反・精神医学」ではない。だけれども、精神病を、脳の器質的な問題で、セロトニンだのドーパミンだの・・・という脳神経科学的に説明することよりも、「人の如何に生きるべきかの問題をめぐる葛藤の表現」である、と捉えることを重視している。脳科学的な問題もあるかもしれないが、それを重視するより、目の前の人が人間的な葛藤が最大化し、大きな危機の状態にいる、ということを、支援の大前提においているのだ。
そのことは、科学的・論理的であるとは何か、ということにもつながる。
精神病を「病気のカテゴリーから除外」してしまうと、精神病の治療や支援の「科学」のカテゴリー全体を無視することになる。フィンランドでも、イタリアでも、そういう事はしていない。ただ、これまでの「精神医療」という「科学」の一分野が積み上げてきたものを、「ほんまかいな」と疑いの眼差しで眺め、ゼロベースでやり方を再構築する、という論理の積み重ねを行っているのだ。それが、イタリアでいうならば、現象学に基づく「括弧でくくる」というアプローチであり、フィンランドで言うならば、診断名を付けることよりもじっくり患者の話を聞いて、症状や状態について治療者と本人が話し合うオープンダイアログのアプローチである。どちらも、それをあくまでロジカルにやろうとしている。
ただ、双方の主張で共通して、これまでの治療の認識論に疑義を挟み込んでいる部分がある。それは、Evidence Based Medicineや診断名絶対主義への違和感である。
診断名をつけることは、あるカテゴリーに分類することで、そのカテゴリーに関する支援や治療を行いやすくする、という意味で、操作的定義である。ある人に、「うつ病」「統合失調症」と診断名を付けることで、「この病気だったら、この薬が効果的ではないか」という治療アプローチがある程度決まってくる。それが、診断名を付ける最大の効能である。ちなみに、トリエステでもケロプダス病院でも、診断名自体を否定しているわけではない。だが、それを重視しているわけでもない。それはなぜか。それは、「この病気だったら、この薬が効果的ではないか」という薬物治療のアプローチに、「それは本当に効果的なのだろうか?」と疑いの目を挟んでいるからである。それはクーンのパラダイムシフト論に接続させるなら、「診断名パラダイム」への挑戦、といえようか。これも、一応クーンの翻訳を引用しておく。(ちなみに、このクーンのパラダイムシフト論とイタリア精神医療革命については、以前、紀要論文を書いたのでそちらもご参考までに。)
「(あるパラダイムは:筆者補足)その構成中の一種の要素、つまりモデルや例題として使われる具体的なパズル解きを示すものであって、それは通常科学の未解決のパズルを解く基礎として、自明なルールに取って代わり得るものである。(トマス・クーン1971『科学革命の構造』みすず書房:一九八頁)
「いかなる種類の科学の発展においても、はじめパラダイムが受け入れられると、その学問の専門家たちにはおなじみになっている観測や実験の大部分が、きわめてうまく説明できるものと普通見なされる。そしてさらに進んでゆくと、精巧な装置ができ、専門家仲間にしか通用しない用語や特殊な技術を発展させ、ますます常識とはかけはなれた概念の精密化を要求することになる。このように専門家が進んでくると、一方では科学者の視野を非常に制約することになり、これがパラダイムの変革に対する大きな抵抗となってくる。その科学は、ますます動脈硬化してくる。」(同上:七三頁)
ここで、論理的に考えてみてほしい。病気の治療において科学が果たすべき最も重要な課題は、「どうやったらこの患者さんが治るのか」である。薬とは、その為の「方法論の1つ」である。薬を使わなくても(その使用を最小限にしても)、それで病気が治るなら、なぜ薬を使わなくても(最小限にしても)治るのか、を分析し、その理由を探索することが、真に科学的な振る舞いである。だが、薬の使用を減らしたり、使わなくても治る、と言うだけで、多くの医療者は「非科学的」で「反・精神医学」だ、と頭ごなしに信じ込む。それは、「薬物治療絶対主義」という、ある「パラダイム」への「信仰」とも言える事態である。
一方、ケロプダス病院も、トリエステも、この「薬物治療」が、「唯一の事実」だと見なさない。それは「1つのパラダイム」であり、薬物治療以外の支援や治療の方法もある、という別のパラダイムを選択する。その行為は、患者を治すための最善の方法を探す、という意味で、極めて論理的であるのに、多くの医療者はそのアプローチを忌避する。それは、クーンの言葉を借りるなら、「専門家仲間にしか通用しない用語や特殊な技術を発展させ、ますます常識とはかけはなれた概念の精密化」をした上での「動脈硬化」に、専門家が陥っているからである。
実はこの部分について、オープンダイアログの主導者であるセイクラ教授達が書いているOpen Dialogue and Anticipationsという去年出版された本の中の、特に9章で詳細に述べたれている。僕はこの9章をヘルシンキ行きの飛行機で「一夜漬け」的に読んでいたのだが、精神医療におけるEBMの中心となるRCT(ランダム化比較試験)に関して、かなり批判的な考察をしていて面白かった。例えば、薬を飲んだ方が再発が防げる、というEBMの論文を詳細にみてみたら、実は急性期に薬物投与がされたけれど、その後プラセボに切り替えられた人は、ずっと同じ薬を投与されていた人より再発率が高かった、という比較実験であった。つまりこれは投薬中断と再発の関係性の比較研究であり、「薬物を投与されることそのものと再発の関係性に関する調査でない」のである。さらに言えば、その投薬を止めたグループの7年後調査をみたら、機能の快復率は高かった、ともいう。ここからRCTやEBMは、精神医療に関していえば、non-valid studies(根拠が不確かな研究)である、と科学的・論理的に積み上げて行くのである。その上で、このようなEBMによる「標準化・普遍化」の影に、「製薬会社が待ち望んでいる巨額の利益がある」(pp187)とまで書いている。この部分の主張は、トリエステの支援者達の発言と通底する。(この辺りは原著を読んで確かめてほしいが、幸いにしてこの本は斎藤環さん達のグループで近々翻訳がでるので、それが楽しみでもある)。
薬物治療は、「通常科学の未解決のパズルを解く基礎として、自明なルールに取って代わり得るものである」。だが、「未解決なパズル」を解くために、この方法しかない、ということではない。薬物治療というパラダイムによって、「おなじみになっている観測や実験の大部分が、きわめてうまく説明できる」ようになるが、それは一方で、薬物治療以外の治療や支援アプローチを否定する、という意味で、「科学者の視野を非常に制約する」「動脈硬化」を起こす元凶にもなっている。セイクラさん達の主張は、薬物治療は1つのパラダイムに過ぎないのであり、それ以外のパラダイムによって、つまりはオープンダイアログをメインに据えて、治療に成果を出すことだって可能である、と主張しているのである。これは、精神病院が必要だ、というのも1つのパラダイムであって、精神病院なしでも地域の中で重度の精神障害者を支援できる、というイタリア・トリエステの方式と通底している。そして、トリエステでもケロプダス病院でも、その効果は実際に「患者が治る」という形で証明済みであり、別のパラダイムが有効なものとして機能しているのである。それに比べたら、まだ日本は「夜明け前」というか、アンシャン・レジームのパラダイムにしがみついているのかもしれない。
そんなことを改めて確認出来た旅であった。

価値前提を問い直す

安冨先生の新刊、『ありのままの私』(ぴあ)を拝読する。安冨先生に最初にお目に掛かったとき、確かチェ・ゲバラ風のヒゲモジャで、なかなか過激な東大教授、と思っていたが、その安冨先生が、無理をしない生き方を追求する中で、女性装をするに至った心的プロセスをわかりやすく語りかける一冊。ただ、いくら「ぴあ」が出している、タレント本的な体裁とは言え、あの安冨先生の本なので、単なる個人の体験記で終わるはずがない。やわらなかな文体の中に、本質を射貫く言動がしっかり内包されている。

「自分が『自分自身でないもののフリ』をして我慢していると、他の人が『自分自身でないもののフリ』をしていないと、腹が立ちます。なので、他人にも同じ事をするように強要します。特に、自分の子供にはとても厳しくそうします。こうして社会全体に、『自分でないもののフリ』が広がり、同時にストレスが広がってきます。」(前掲書、p17)
安冨先生が男装を辞めたのは、「自分でないもののフリ」をするうのを辞めた、からだという。でも、この「自分でないもののフリ」をしている人は、実はこの社会には沢山いるのではないか、というのが、この本の最大の問題提起の一つである。「よい子のフリ」「理不尽な指導・命令に素直に従うフリ」「親の言うことに逆らわないフリ」・・・などさまざまな「フリ」を演じているうちに、この「フリ」が内在化してしまい、自分自身が見失われ、その「フリ」をしない他者には暴力的な排除を行い、社会全体が悪循環に陥っていく。このまえがきを読みながら思い出していたのは、同じく安冨先生に勧められて読んだある本の一節だった。
「今日の精神病理学の矛盾は、何よりもまず、みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々が病人であると分類されていて、このつながりから逃れようとしている人々は病人とされないことだ。」(アルノ・グリューン『「正常さ」という病』青土社、p28)
先ほどの「自分でないもののフリ」をしている人、とは、「みずからの感情世界とのつながり」「から逃れようとしている人々」のことである。しかも、その人々は、そういうフリをすることで、社会的地位や特権、立場を獲得している。それって、グリューンのタイトルにあるように、『「正常さ」という病』そのものである。ということは、「みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々」を「精神病」とラベルを貼って排除することは、「みずからの感情世界とのつながり」「から逃れようとしている人々」の、その「フリ」を、明らかにしないための、スケープゴート的な営みなのかも知れない。感情世界とのつながりを正直に保とうとする「あいつはオカシイ」、と排除しておけば、それが出来ていない「自分はオカシクナイ」、と「正常」の世界にとどまれる。そのような暴力的な装置が「フリ」であり、「感情世界とのつながり」の回避ではないか、と見えてくる。グリューンはこうも続ける。
「狂気を巧みに隠している人々の場合には、権力の追求が、差し迫っている内面的な混沌と内面的な破壊を防ぐ唯一の道となる。空虚を、自分自身の内面的な空虚と認識しなくてすむように、彼らは破壊と空虚とを自分の周りに創り出す。」(同上、p30)
「自分でないもののフリ」をしている人、とは、「みずからの感情世界とのつながり」から逃れている、という意味で、「狂気を巧みに隠している人々」である。ただ、「自分でないもののフリ」をすることは、あまりに 「空虚」である。ゆえに、その「空虚」が自分の中に蔓延すると、生きていられなくなる。その「差し迫っている内面的な混沌と内面的な破壊を防ぐ唯一の道」が「権力の追求」というのだ。そう言われてみると、「自らの感情世界とのつながり」を切って、「権力の追求」に邁進している人の顔が浮かぶ。
たとえば出世コースをひた走るエリート社員、だけでなく、大学教授や霞ヶ関の官僚の中にも、このタイプの人が、確かにいる。それらの人に共通しているのは、露骨な言い方をすると、顔が歪んでいる、ということだ。それは、「狂気を巧みに隠して」「自分でないもののフリ」をしているがゆえに、その暴力性が顔に抑圧の兆しとして出ているから、とも言えるかも知れない。そういう権力志向の人々は、感情世界とのつながりだけではなく、自己正当化の為に、時には論理的一貫性をもスルーする(そのことは前回のブログで検討した)。「攻撃は最大の防御だ」とばかりに、他人に罵詈雑言を言い立てたり、詭弁や嘘を平気で繰り出す。それは、「自分自身の内面的な空虚と認識しなくてすむように、彼らは破壊と空虚とを自分の周りに創り出す」営みそのものなのだ。そういう詭弁をまき散らす人って、例えば政治家あたりに沢山思い浮かんだりもする。
この暴力的な「自分自身でないもののフリ」は、大きなシステムを回す上での原動力であったりするから、タチが悪い。そして、その「フリ」からの離脱とは、ある種、システムへの最大の抵抗でもある。
「精神分裂病の分裂は、感じることの統一性、つまり、内面世界との接触を保とうとする試みである。彼らの『狂気』は、作られて強制された『統一』-実際は統一ではない-に対する抗議だ」(p29)
世間が「狂気」という形でラベルをはる表現形式は、実は「作られて強制された『統一』」への「抗議」である、という。これは「感じることの統一性、つまり、内面世界との接触を保とうとする試み」という「自分自身であること」をやめるように、そして「自分自身でないもののフリ」を「強制」するようにする、「正常さという病」への命がけの「抗議」とも見えてくるのだ。ここまで考えていくと、イタリアの精神病院をぶっつぶした医師、フランコ・バザーリアの言葉にも突き当たる。
「規範の定義は、明らかに生産と同時に起こっている。そのことは、社会の端にいる人間は誰でも逸脱者として現れることとを意味している。逸脱行為は、価値の裂け目であり、それゆえこれと同じような価値は、この価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類することによって、擁護され強化されなければならない。(略) 本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間は、適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護することを強いられなければならない。」(Scheper-Hughes, Nancy and Anne M. Lovell eds., 1988, Psychiatry Inside Out: Selected Writings of Franco Basaglia New York: Columbia University Press. pp105)
正常と異常とは、ある価値規範によって分類される概念である。しかも、バザーリアは、その価値規範は、生産(production)や資本主義と結びついている、という。つまり、資本主義社会の価値前提に適合的な人は「正常」であり、その資本主義や、今なら新自由主義的な価値前提を確固たるものにするために、この「価値観を破る人は誰でもアブノーマルであると科学的に分類すること」が科学には求められている。バザーリアは、この「客観性」を装った科学の中に内包されている価値前提そのものを疑ったのであった。(バザーリアの「科学」批判については、拙稿でまとめたことがあります→「病気」から「生きる苦悩」へのパラダイムシフト : イタリア精神医療「革命の構造」
先に検討したように、グリューンは「今日の精神病理学の矛盾は、何よりもまず、みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々が病人であると分類されていて、このつながりから逃れようとしている人々は病人とされないことだ」と述べた。「みずからの感情世界とのつながりを保つ」ことは、本来であれば、「自分であること」を保ち続けることであり、「正常」なはずである。しかし、資本主義や新自由主義の価値命題を重視するなら、話は別である。「24時間戦えますか?」というフレーズはさすがに死語になったが、生産性を至上主義とし、自己啓発をとことん称揚し、四半期決算で儲けが出るような「ニーズ」ばかり探す。これは、株式会社だけでなく、学校や病院などの非営利法人にもどんどん蔓延している、資本主義的なルールである。例えば、大学が「市場に役立つ人材」の供給を経済界からしつこく言われる風潮も、その一端である(そのことも批判したことがある)。
「みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々」とは、「本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間」である。こういう生産至上主義の価値前提を「逸脱」する人を認めていたら、そういう人が増えたら、生産至上主義という価値前提そのものが転覆されなかねない。ゆえに、「適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護すること」が、医学という「科学」に求められる。それが、「精神医学」に着せられた「科学的イデオロギー」の内実であり、診断し、病名をつけ、ラベルを貼る精神医療は、そのプロセスを通じて、「正常」な社会の「規範」を防御する、「社会防衛」的な機能を保持しているのだ、とバザーリアは喝破する。
実は、安冨先生の著書の中で、この話に通底する部分が出てくる。安冨先生は、「性同一性障害」という言葉が「大嫌いだ」と述べている(p139)。その理由を、この翻訳語の元表現である、gender identity disorderの定義や一神教社会におけるアイデンティティの定義にさかのぼって分析している。
「このdisorderは一番目の『無秩序』と解釈しないと意味が通じません。つまり、『性同一性無秩序』という意味です。何が『無秩序』なのかというと、男の身体で自分が男だと思っていれば『秩序』立っていて、男の身体のくせに女だと思っているのは『無秩序』だ、というわけです。どうして『秩序』という言葉が出てくるのかというと、赤ん坊を男女の集団に割り当てる、という儀礼を行う以上、その子供がそれぞれの性別の集団の規範や文化に順応するように期待されているからです。これが期待通りにいけば『秩序』ですし、期待がはずれて、男のくせに女の服を着たりすると、『無秩序』です。(略) 子供が生まれたら男集団・女集団に振り分けて、それぞれの集団にふさわしい振る舞いをするように圧力を掛けます。これによって『帰属』という『アイデンティティ』が生まれるのです。こうして子供は、何かに『帰属』して、その規範なり文化なりを、自分の中に取り込む、という変な能力を身につけます。この変な能力を『秩序』の基盤だ、と人々が認識しているわけです。この帰属意識の形成がスムーズに行われるなら、社会の『秩序』が成り立ち、それができないと『無秩序』になって社会が崩壊する、と思い込んでいるのです。」(安冨、同上、p146-147)
性同一性「障害」とは、端的にいって、性同一性「無秩序」である、と喝破する。それは、「男は男らしく、女は女らしく」という「秩序」や「規範」を撹乱する要素があるからである。社会が個人に「それぞれの集団にふさわしい振る舞いをするように圧力を掛け」ているのに、それよりも「みずからの感情世界とのつながりを保つ」ことを優先する人が現れると、それは圧力漏れであり、「秩序」や「規範」に対する重大な挑戦となる。それは、社会の価値観への「帰属意識の形成」にとっても脅威なだけでなく、「『無秩序』になって社会が崩壊する、と思い込んでいる」。その「思い込み」から、「無秩序」の状態を何とかして秩序化しよう、という試みがうまれる。そこに、医学という「適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護すること」の根拠が生まれて来る。これは、客観的ではなく、ある価値前提を護ろうとするイデオロギー的な振る舞いである。そのことについて、安冨先生も次の様に鋭く切り込んでいる。
「男女区別主義者にとって、『性同一性障害』という概念は実に便利です。というのも、男女の帰属を乱す者は『かわいそう』な『障害』を持っている『異常者』だ、と思えばいいからです。なので、そういう『障害』のある人は、手術を受けて本人が帰属したいと思っている集団にふさわしい身体に変造してしまえ、ということになります。これが性別適合手術の社会的意味です。男のくせに女だと思っているのなら、女っぽい身体に変造して、それで、『女の身体で女の心』という秩序状態を回復することができます。
『そうすればあなたも幸せでしょ? 女になりたいんでしょ?』
というわけでですが、目的は他人の幸福ではないのです。彼らが狙うのは、社会の表面的秩序の維持です。」(同上、p148)
「社会の表面的秩序の維持」とは、新自由主義的な価値前提が維持されること、とイコールだという仮説を立ててみよう。「男は男らしく、女は女らしく」というのは、性別役割分業の強化である。今の日本社会では、男女平等とはほど遠く、企業や行政の幹部、政治家はいびつに男性の割合が高い。この国では、会社で長く働くためのベビーシッターを所得控除にしようと国は検討する一方、北欧のように男も女も午後3時か4時に帰宅して、子育てを協働で行うような価値観は共有されていない。つまり、滅私奉公的な会社至上主義的な価値前提は問われる事なく、日本的な資本主義を維持してきていた。その前提や「秩序」を、「男女の帰属を乱す者」は壊しかねない。
だが、これは、「男女の帰属」に限ったものではない。「社会の表面的秩序の維持」を最優先にする人、とは、「みずからの感情世界とのつながり」を置いてけぼりにしている人、である。それは、冒頭に引用した安冨先生のフレーズを思い起こさせる。
「自分が『自分自身でないもののフリ』をして我慢していると、他の人が『自分自身でないもののフリ』をしていないと、腹が立ちます。なので、他人にも同じ事をするように強要します。特に、自分の子供にはとても厳しくそうします。こうして社会全体に、『自分でないもののフリ』が広がり、同時にストレスが広がってきます。」(同上、p17)
「自分でないもののフリ」をして、必死に「感情世界とのつながり」を切って、「社会の表面的秩序の維持」 に貢献している。そういう「秩序」や「規範」を必死に護ったり、維持したりすることにのみ、自らの心身のエネルギーを傾けている人にとっては、「自分自身でないもののフリ」を「強要」しても、それに従わず、「みずからの感情世界とのつながりを保つ以外の事はそもそも追求しない人々」や「本人の選択によって、あるいは必要性に迫られて、生産役割を担えない人間や消費者になることを拒否する人間」とは、自分の必死の努力や我慢を「否定」する存在にうつる。そもそも、自分自身が「自分であること」を否定して秩序や規範と同一化しているのだが、そのことはさておいて、その秩序や規範から「逸脱」しているように見える人の方を攻撃したくなるのだ。そこで、「医学」という「科学イデオロギー」が登場する。
「そういう『障害』のある人は、手術を受けて本人が帰属したいと思っている集団にふさわしい身体に変造してしまえ」いう価値前提が付与された「性別適合手術」とは、社会の規範や秩序を護る社会的な意味がある。だからこそ、「男女区別主義者」にとっても受け入れられる手術なのである。これは、精神科医が、正常と異常を区別、分類するプロセスに非常に似ている。社会の規範や「表面的な秩序の維持」を最優先にせず、「自らの感情世界とのつながり」を第一義的に扱う人は、精神科医によって「異常」とラベルを貼られる。このラベリングのプロセスとは、「適切な科学的イデオロギーを通じて、規範とその境界を擁護すること」である。「あいつ」は「異常」「障害」である、と境界を定めることにより、そう判断する「わたしたち」は「正常」であり、「健常」である、という「規範とその境界を擁護すること」につながるのである。
ながーい論考になってしまったが、今日のブログの最後を、バザーリアの次の発言で締めくくりたい。
「本当の問題に直面するためには、私たちは事実全体に対して、疑いを挟まなければならない。(To confront real problems we must put into question the whole of reality.)」(pp133)
安冨先生やグリューン、バザーリアは、表面的な異常や逸脱、差異にではなく「事実全体」に対して「疑いを挟む」ことによって、私たちが正常と異常、規範と逸脱、健常と障害、などをわけている、その価値前提そのものの恣意性やイデオロギー的歪みそのもの、という「本当の問題」に立ち向かっているのかもしれない。その価値前提の問い直しこそが、「自分自身でないもののフリ」から逃れ、「みずからの感情世界とのつながり」を取り戻す、重要な一歩になると感じている。

「一番病」と「魂の植民地化」

鶴見俊輔の対談を読んでいて、すごくアクチュアルに響く表現が出てきた。彼は、自分の父で戦後に厚生大臣になった鶴見祐輔のことをさして「一番病」である、と喝破する。

「そもそも親父は、勉強だけでのし上がってきた人だったんだ。貧しい生まれで、一生懸命に勉強して、一高で一番になるところまではきた。それで後藤新平の娘と結婚したんだ。そうやって勉強で一番になってきた人だから、一番になる以外の価値観をもっていない。そういう一番病の知識人が、政治家や官僚になって、日本を動かしてきたんだ。」(『戦争が遺したもの』鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二著、新曜社、p16)
「みんな知識人になろうとして、試験で模範答案を書こうとする。だから自由主義が流行れば自由主義の模範答案を書き、軍国主義が流行れば軍国主義の模範答案を書くような人間が指導者になった。そういう知識人がどんなにくだらないかということが、私が戦争で学んだ大きなことだと思う。」(同上、p17-18)
「一番病」の知識人にとって、自らの言説の論理一貫性よりも、「一番になる」ことの方が優先順位が高い。普通考えれば、自由主義と軍国主義は全く違うベクトルを向いていて、同じ人がその言説を変えることは、その論理を心の底から信じるなら、文字通りの「転向」になるほど、身もだえの苦しさがあってもおかしくないことだが、それを「知識人」達は易々とやってのける。それは、彼らにとって「知識」とは「一番になる」ための「模範答案」であり、「一番になる」という究極の目的のための「手段」にしかすぎない。だから、その時々で、「一番」になれるために、「知識」を入れ替えていく。それが、真逆の価値であっても、そんなのはどうでもよい。大切なのは、「知識」の価値や論理の首尾一貫性ではない。自分が一貫して「一番なる」ことができるかどうか、が最大の関心事なのだ。
僕自身は幸いにも、このような論理構造には陥っていない。だが、大人になって、賢くて優秀なはずの「知識人」たちが、論理矛盾する事を平気で口にするのを垣間見て、理解できない場面に何度か遭遇する。その度に、その人の論理一貫性の崩れを指摘するが、相手は全く意に介さない。あんなに賢い人が、なぜ論理矛盾に平気なのだろうか、と疑問だったが、「一番病」という概念を聞いて、氷解する。つまり、論理一貫性よりも、「一番であること」のほうが、自分の価値前提としての優先順位が上なのだ。であれば、論理の崩れをいくら指摘しても、相手には響かないのである。だって、論理を一貫したところで、今は時流が変わり、それを主張しても一番になれないから、である。その時々に「一番」になることだけを気にして、いくら論理矛盾や嘘をついても、そのことを気にしない。そういう論理構造の人々が、「政治家や官僚になって、日本を動かしてきたんだ」というのは、戦後70年経っても変わらない事態だと感じる。(そのささやかな観察記録は、ブログネット上の論考に書いている。だがこの論理矛盾を突く批判は、一番病の人には、痛くもかゆくもない指摘である、と今ならわかる。)
この「一番病」には、どのような構造的背景があるのか。それをぼんやり考えていたとき、書架から一冊の本が「おいで、おいで」しているのがわかった。久しぶりに手に取った本を再読して分かったこと、それは「一番病」には、「蓋」と「箱」が機能している、ということだ。
「社会でよりよく生きるために、自分の本性に『蓋』をして、獲得された人格を懸命に生きようとする場合、もっとも恐れるのは、自分本来の本性を覗き見ることであろう。自分でも本性の姿を忘れてしまえるほど分厚い『蓋』を構築し、社会の期待する自己を首尾よく演じた場合には、もはや自分自身の本来の魂は、暴力的な発露の機会でもうかがう以外に表出する可能性はまずない。あるいは、それが内側に向かって蓄積されてゆく場合には、身体を蝕み、自己の崩壊を招く。」(『魂の脱植民地化とは何か』深尾葉子著、青灯社、p24)
「一番病」とは「社会の期待する自己を首尾よく演じ」ることである。その為に、「自分の本性に『蓋』をして、獲得された人格を懸命に生きようとする」ことである。僕の最初の単著、『枠組み外しの旅』を導いて下さったお一人であり、この本も含まれた「叢書 魂の脱植民地化」の第一巻を書かれた深尾先生の著書を読み返して、改めて「一番病」とは、「自分でも本性の姿を忘れてしまえるほど分厚い『蓋』を構築」する、「魂の植民地化」状態である、と気付く。この際、誰が植民地の支配者か、といえば、「一番」と評価する「社会」や「世間」である。その「世間」の評価する「模範解答」を書こうと「懸命」に頑張ることは、「自分本来の本性」=「魂」に「蓋」をすることである。その上で、魂とは切り離された部分で、「蓋の上の人格」を構築し、その「蓋の上の人格」が「社会の期待する自己を首尾よく演じ」ることによって、「一番」はとれる。だが、魂とは切り離されているので、その人の言説にはぶれがあり、時流の変化に合わせて主義主張が変わり、論理一貫性の崩れを指摘されても、「一番」を取るために平気で抗弁ができる。そこには、「蓋の上の人格」を生きる上での「箱」が機能している、と深尾先生は指摘する。
「『箱』とは『蓋』によって押さえ込まれた魂の上に出来上がった空間で、そこには何でも挿入できる『空箱』が用意されている。そもそも『魂』と断絶しているため、そこに注入するものは何でも良い。母親の期待、何らかの教条主義的思想、アイドルスター、さまざまな知識でもいい。要は自分自身を構成する何か都合の良いものをそこに充填して、あたかもそれが自分であるかのように同一視することが大切だ。先の多重の役割を演ずる人は、この『箱』がいくつかの部屋に分かれていたり、さらに偏差値が高く情報を収集するのに長けたタイプの人間は、箱がまるで蜂の巣の小部屋のように沢山用意してあり、その対象となる事象ごとに、必要な知識が分類していれてあり、必要に応じて、必要な箱を開けて情報を取り出すシステムになっている。(略) 当然これらの情報は『情動』とは断ち切られていて、それぞれの箱の中の情報の整合性に主たる注意が払われ、箱と箱の関連性については必ずしも十分に考えられているとは言い難い。」(同上、p287-288)
例えば冒頭の例を用いるなら、自由主義と軍国主義は、相容れない二つのイズム、である。だが、それを「知識」として「箱」の中に「収集」すると、どういう事が起きるか。「一番病」の人は、「必要に応じて、必要な箱を開けて情報を取り出すシステム」を活用する。だが、その「箱」の中に入っているものは、本来なら単なる情報や知識ではない。自由主義も軍国主義も、その人の魂や情動に結びついている時、それらの価値や思想を「生きる」ことができる何か、である。だから、自由主義と軍国主義を、何の苦しみもなく1人の人間の中で両立させることは、本来はできないはず、である。
しかし、「箱の中の情報の整合性に主たる注意が払われ、箱と箱の関連性については必ずしも十分に考え」ない人なら、話は別になる。軍国主義と自由主義の関連性を検討しないで、それぞれの「主義」の「整合性に主たる注意が払われ」るだけならば、ある優勢な「主義」の「模範解答」を書くことにのみ、エネルギーが注がれる。時流が変わり、別の「主義」が主流になれば、その別の「主義」の「箱」を引っ張り出し、その「模範解答」を書くことに、重きがおかれる。以前の主義と今の主義の「関連性」について、検討はなされない。なぜなら、そもそもその人にとって、そこは「空箱」であり、「『魂』と断絶」されているからだ。「魂」の一貫性は全く「蓋」がされていて、「一番病」を満たすための「知識」に専心し、「あたかもそれが自分であるかのように同一視すること」によって生き残ろうとする生存戦略だからである。
そういう人を、私たちは、「空虚な人」という。そう、沢山の「空箱」を抱えた人のことである。だが、沢山の「空箱」を抱えた「空虚な人」は、見た目ではそれとは逆の、エネルギッシュな人、に映る場合もある。深尾先生は、そういう人種を、次の様に描く。
「自分自身の魂に蓋をして、その閉じ込めたエネルギーで、前に進む。一見エネルギッシュで、精力的であるととらえがちであるが、当の自分自身は、重い蓋の下に閉じ込められているので、少しも楽にならない。どんなに努力しても、どんなに自分に欠乏しているものを求めても、そこには答は見いだせない。これはまさに本稿で示した『蓋の上の人格』そのものであるといえよう。しかし、蓋の上の人格が自分自身であると確信し、それにしがみつこうとしていた当時の自分自身には、永遠に解くことができない苦しみが、自分を取り巻く外部世界に存在し、それに対し、もがいてももたいても、より一層強く自分自身に襲いかかってくると、認識されていた。まさかそれが真の自分に対する『蓋』に由来するものであるとは、理解できず、何をやっても抜け出せない絶望感と徒労感に苛まれていた。これもまた本稿の冒頭に述べた『自己呪縛』そのものである。」(同上、p54)
「箱」の中身を次々に入れ替えて、世間の時流に合わせて「模範解答」を書き続ける。これは確かに、「一見エネルギッシュで、精力的であるととらえがちである」。でも、それで「一番」が取れても、何も安心ができない。なぜなら、『蓋の上の人格』を前提にしているならば、「永遠に解くことができない苦しみが、自分を取り巻く外部世界に存在し、それに対し、もがいてももたいても、より一層強く自分自身に襲いかかってくると、認識され」るからである。自分自身の魂ときちんと向き合う事なく、「自分を取り巻く外部世界」にのみ目を向け、その他者の目にのみ迎合的になり、自分自身に「蓋」をすると、「何をやっても抜け出せない絶望感と徒労感に苛まれ」るのである。だから、「一番病」の人は、一番をとっても、全然安心ができない。一番をとり続けるための「抜け出せない」不毛な戦いにエネルギーをどんどん吸い取られていくから、である。
では、この「一番病」や「魂の植民地化」状態から、どうすれば抜け出せるのであろうか。
「『蓋の上の人格』については、当然社会生活を送る上で必要なものだ、むしろ、『本性』のままに振る舞うような人間ばかりが跋扈するならば、社会は秩序なき混乱に陥ってしまう、といった反論が聞こえてきそうだ。しかし、本書では、そんな反論を想定しつつなお、『魂の声に従って生きる』ことの重要性を根幹に据える。なぜなら魂を封じ込めていかに知識や人格や能力を構築しても、そこには生きるエネルギーを創成する力は備わっていないからだ。」(同上、p295)
「他者への暴力や支配、ハラスメントのより少ない社会は、より大きなハラスメントや支配によっては決してもたらされるものではなく、暴力やハラスメントに荷担する個々人の魂を封殺する『蓋』を揺り動かし、その下に閉じ込められている魂を解放することによって実現に一歩近づくのではないか。我々は、暴力を組織化する言説化された世界を、直接攻撃するのではなく、その暴力を産み出す1人1人の魂が『生きられる』状態にするという『難行』を達成する必要がある。そしてそれにはまず、自らとその周辺の人々の魂が『生きられる』社会を自らの周辺に構築する、というこれまた至極困難な課題に直面せねばならない。」(同上、p296)
なぜ「魂の声に従って生きる」=「本性のままに振る舞う」ことが、ネガティブに捉えられるのか。それは、世間や同調圧力が求める「模範解答」に、唯々諾々と従う事を拒否するからである。「魂」に「蓋」をして、「蓋の上の人格」を生きている人々にとって、自分が必死になって従っている「模範解答」を易々と踏みにじることは、社会に「秩序なき混乱」をもたらす脅威に映る。だから、あらん限りの知識や権威を用いて、そのような「混乱」を阻止しようとする。それが、「他者への暴力や支配、ハラスメント」につながるのだ。
これに対抗するためには、「暴力やハラスメントに荷担する個々人の魂を封殺する『蓋』を揺り動かし、その下に閉じ込められている魂を解放すること」が必然的に重要になる。「生きるエネルギーを創成する力」を取り戻す為には、『魂の声に従って生きる』しかないのだ。「自らとその周辺の人々の魂が『生きられる』社会を自らの周辺に構築する」ことによって、「本性」のままに振る舞う人間が、消して「秩序なき混乱」を作り出す元凶ではない、ということがわかる。むしろ、「一番病」の人々が構築してきた「秩序」そのものが、砂上の楼閣であり、時流が変わればあっという間に180度変わる虚構である、と見えてくる。このような虚構的な秩序を「模範解答」として信奉する「自己呪縛」から抜け出すことが、必要不可欠なのだ。
「他者への暴力や支配、ハラスメント」といった「暴力的な発露の機会」は、「それが内側に向かって蓄積されてゆく場合には、身体を蝕み、自己の崩壊を招く」。少なからぬ「一番病」の人が、病に倒れたり、アルコールや暴力に依存したり、自死に至る危険性を抱えている。それは、魂と切れた虚構を追求するがゆえの、「蝕み」や「崩壊」なのである。
平気で論理矛盾する「政治家や官僚」を「直接攻撃」しても、彼ら彼女らは、その時流の求める「模範答案」を書くことに必死であり、論理破綻の指摘は、痛くもかゆくもない。肝心なのは、「個々人の魂を封殺する『蓋』を揺り動かし、その下に閉じ込められている魂を解放すること」である。そのためには、安直に聞こえるかもしれないが、僕自身が魂に「蓋」をせず、「箱」の知識をひけらかさず、「自らとその周辺の人々の魂が『生きられる』社会を自らの周辺に構築する」ことを愚直に実践するしかない。そして、この「蓋」の揺り動かしや「魂の解放」を通じて、「1人1人の魂が『生きられる』状態にするという『難行』」が実現される、ということこそ、実はリカバリーへの道そのものである、と感じ始めている。

なぜ闘争が「ふれあい」なのか?

「障害者と健全者の関わり合い、それは、絶えることのない日常的な闘争(ふれあい)によって、初めて前進することができるのではないだろうか。」

実に衝撃的な文章である。障害者と健全者の関わり合いとは、「絶えることのない日常的な闘争」だと言う。しかも、その闘争に「ふれあい」とルビが意図的に振られている。これはいったいどういうことか。
引用したのは、『【増補新装版】障害者殺しの思想』(横田弘著、現代書館)のp104である。横田さんは、日本の障害者運動の源流の一つである神奈川青い芝の会のリーダーのお一人である。この本は元々1979年に出されたが、今年、立岩真也さんの解説付きで復刊されたもので、日本の障害者福祉を考える上での古典的名著の一冊でもある・・・。
という書誌情報は知っているが、現物は復刊されるまで、実は読んだことがなかった。横田さんの同士で、同時代に活躍していた横塚さんの名著『母よ!殺すな』の方は、復刊されたものを読んで、ブログにも引用したことがある。その文章の濃さに圧倒されていたが、今回読んだ横田さんの文章も、ぐいぐいと引きつける魅力を持った文章だった。冒頭の引用の後には、次のような文章が続いている。
「たくみな差別構造の利用によって分断化された『障害者』と『健全者』の間を止揚するためには、まず、『障害者』が自らの位置を確認する、つまり、現代資本主義の下にあっては、その疎外された肉体性によって『本来あってはならない存在』とされた位置を確かめ、逆にその位置を武器として『健全』な肉体を与えられたと思い込まされている『健全者』の社会への闘争(ふれあい)を働きかけることではあるまいか。」
実に70年代的な(=学生運動世代的な)臭いのする文体である。だが、この文章には、僕たちが今でも立ち戻って考えるべき本質が詰まっている。障害者たちは「その疎外された肉体性によって『本来あってはならない存在』とされた」とは、ICFなどの概念形成より20年以上前に、障害は社会からの「疎外」によって生じ、「本来あってはならない存在」という形で排除されている、ということを喝破している。かつ、その障害者の「肉体性」をもって(=つまり、顔も名前もある生身の肉体をもった人として)、「『健全』な肉体を与えられたと思い込まされている『健全者』」と出会うことが大切だ、と言っているのである。ただ、これを「闘争(ふれあい)」と言っている部分が、非常に興味深い。なぜ、「たくみな差別構造の利用によって分断化された」両者の出会いが、「闘争」であり、「ふれあい」なのか。それを理解する補助線となる文章を、二つほど検討してみたい。
「私たち『障害者』、特にCP者たちは日常的に『健全者』の『保護』がなければ『生かされない』現実がある。食物を摂ることから排泄まで一切『健全者』の手を煩わさなければ行い得ない現実がある。そうした日常的な現実の繰り返しの中では『障害者』の精神は、ともすれば、『健全者』に屈服し、『健全』に同化しようと思考し、『障害者』を理解してもらうことが『障害者福祉』の正しい姿だと思い込んでいる。『健全』に同化しようとすることは『健全者』によって規定されている『障害者』を認めることであり、自己を自ら『本来、あってはならない存在』と規定することではないのだろうか。事実、多くのCP者たちは、この『同化』への道を歩むことにより、自ら苦しみを深め、自己の『肉体』の否定、つまり、完全な自己否定にまで追い込まれていってしまうのである。」(同上、p117)
書き写しながら改めて感じたのは、実に論理的な文章である、ということだ。
「『健全者』の『保護』がなければ『生かされない』現実」が日常になると、その保護してくれる「健全者」の支配的論理に従わざるを得なくなる。だが、「健全」「障害」という二項対立的切り分けは、「健全」こそ理想である、という価値前提をはらんでいる。そして、この価値前提に従う、ということは、「健全」への「同化」を理想化する、ということであり、かつ「障害者」を「『本来、あってはならない存在』と規定すること」でもある。この「同化」の論理を肯定することは、まさしく障害者が「自己の『肉体』の否定、つまり、完全な自己否定にまで追い込まれていってしまう」ということになるのだ。だからこそ、青い芝の会のメンバーたちは、命がけで、「健全者」の価値前提や支配的論理への「同化」にNOを突きつけてきた。そして、この「同化」への反対闘争(ふれあい)が、最も先鋭化して表現されたものの一つに、養護学校義務化論争へのコミットが挙げられる。
青い芝の会は、1979年から始まった養護学校の義務化を前に、なぜ養護学校が問題なのか、に関する運動方針を立てた。その中に、「同化」を巡る「闘争(ふれあい)」のエッセンスが詰まっている。
「養護学校を語る時、『その子にあった教育』という言葉が切り札のように持ち出されます。教育の目的が知識を授けるためだけにあるのではなく、人格形成、人間同士の相互理解という側面がきわめて重要であることからして、障害児の存在を抜きにした所の普通教育や、障害児ばかりが小さくかたまった所で行われる養護学校教育が、各々の『その子にあった』ものなどとはとうてい言えないことは明らかです。それ以上に見落としてはならない点は、『その子にあった教育』という時、多くの場合、『障害児が入ってくると、普通児の教育の邪魔になる』『障害児とは関わりたくない』という教師や学校当局者の本音が隠されていることです。これはたまに普通学級に入った障害児が、子どもによってではなく、教師や学校当局の物の考え方によって、『お客様』にされ、排除されていくという事実を見れば弁解の余地はありません。」(同上、p168)
正直に告白すると、15年ほど前の僕は、「その子にあった教育」なる「幻想」を、鵜呑みに、とは言わないまでも、自分で検証することなく、「そういうものかもしれない」と思っている節があった。養護学校に関して、世界の潮流と反する分離主義に関しても、「その子にあった」という「幻想」は、教育領域が不勉強な僕にとって、「もっともらしく」聞こえていた。だが、横田さんのこの文章は、そういう甘っちょろい「幻想」を木っ端みじんに砕く。それは、「教育の目的が知識を授けるためだけにあるのではなく、人格形成、人間同士の相互理解という側面がきわめて重要である」という指摘に尽きる。そう、義務教育においては特に、「人格形成、人間同士の相互理解」の側面は、非常に重要な教育目標なのである。障害者と健全者を最初から分けてしまうと、日常的に「ふれあう」ことがない。実際、僕の授業でも、障害者の福祉課題を話しても、ぴんとこない、他人事と考えている学生が少なくない。それは、小中高と、障害者と「ふれあう」ことを通じた「相互理解」の経験がないから、である。だからこそ、日常的な「ふれあい」を求めた、養護学校義務化=養護学校への障害者の隔離への反対の「闘争」が必要不可欠になるのである。この論理が、昔の僕には理解できていなかった。
また、「その子にあった教育」なる「幻想」の欺瞞性として、「『障害児が入ってくると、普通児の教育の邪魔になる』『障害児とは関わりたくない』という教師や学校当局者の本音」を横田さんが指摘している点も興味深い。二枚舌的に、一方で、「少人数できめ細かい指導を」と言いながら、「指導の邪魔になる」「障害児とは関わりたくない」という教育関係者の「本音」が潜んでいないか、という指摘である。そういえば、スウェーデンの幼稚園では、障害児がいるクラスの方が人気がある、と以前聞いたことがある。それは、障害児がいるクラスには、先生がもう一人クラスに加配されるので、クラス全体にきめ細かい指導ができるから、という理由である。「きめ細かい指導」というのなら、学校や学級をわけるのではなく、障害児一人に教員一人を加配して、普通学級の中で二人担任制にして学べば、障害児にも健常児にも、きめ細かい指導ができる。かつ、学校を建設・維持するコストだって馬鹿にならないことを考えたら、こっちの方がよっぽど合理的である。そういう面で、「その子にあった教育」の、ある種のご都合主義的な部分が見えていなかった。
ただ、一方で、特別支援学校に通う学生が、特に高等部を中心として、全国的に増えているという現実がある。今の特別教育を推進するシンクタンク的役割である国立特別支援教育総合研究所では、だから特別支援学校の新設校や分校設置を、と提言している。しかし、これは『その子にあった教育』の「幻想」を利用した、現状肯定の論理ではないか? そもそも、発達障害の学生が増加する原因として、高度消費社会において、第一次産業や第二次産業が衰退し、第三次産業が異常に求められる日本社会において、「空気を読み」「社会の同調圧力に従順な若者」が学校現場でも強く求められる結果、そのキツイ標準化・規格化の論理から外れた人々を、安易に発達障害とラベリングしている部分はないか。そして、標準化・規格化の論理に合わない学生を「障害児」と分けることで、『障害児が入ってくると、普通児の教育の邪魔になる』『障害児とは関わりたくない』という本音を『その子にあった教育』なる「幻想」にくるんでごまかしていないか。そして、このことを問い直す時、それは健常者の頑強なる常識や価値前提を問い直すことそのものであり、それは健全者と障害者の「ふれあい」であるが、同時に異なる価値前提どうしの「闘争」ではないか。
「その子にあった教育」とは、障害の有無にかかわらず、一人一人の個性や障害特性を認めた上で、人間的な成長を促すことであり、障害をもったままでのありのままの自立を認める、という意味では、同化とは反対の、異化を認める、ということである。でも、現実に行われているのは、障害児と健全児を違う存在として同じクラスでともに学ばせる異化ではなく、障害児は健全児と分けて、健全児学級、障害児学級と、同じカテゴリーの人だけで「同化」させる戦略である。これは、入所施設や精神病院の隔離収容の論理と全く同じである。本当に、「その子にあった教育」を、幻想でなく、まっとうに求めるとしたら、論理的必然として、同化ではなく異化が目指されなければならず、それは一人一人が異なる存在として、「人格形成、人間同士の相互理解」が教育の現場でなされなければならない、ということである。まかり間違っても、教師や学校の「効率化」のために、障害児が排除されたり「お客様」扱いされてはならない、という当然の論理になるのだ。
ここまで書いてきて、映画にもなった「みんなの学校」の木村校長先生が言っていた「すべての子どもの学習権を保証する」という意味が、横田さんの40年近く前の文章を通じて、アクチュアルに胸に響いてきた。そして、それは40年前だけでなく、今だって、単なる「ふれあい」だけではすまされない、「闘争」の現実があるということも、改めて感じた。(ちなみに、この映画「みんなの学校」も、めちゃくちゃよい作品です。元になった番組を見て、僕は何度もうるっときています。)