「代償」としての「男らしさ」や「学歴」

前回のブログで書ききれなかったことを書き留める。受刑者の境遇と、「魂の植民地化」は実はつながっているのではないか、という話である。

まずは、それを示唆してくれた、当該箇所を引用してみる。
「受刑者は、例外なく、不遇な環境の中で育っています。親からの虐待、両親の離婚、いじめの経験、貧困など、例を挙げればキリがありません。受刑者は、親(あるいは養育者)から『大切にされた経験』がほとんどありません。そういう意味では、彼ら確かに加害者ではありますが、『被害者』の側面も有しているのです。被害者だからと言って、人を殺したり覚醒剤に手を染めたりすることはけっして許されることではありません。しかし支援する立場になれば、加害者である受刑者の、心のなかにうっ積している『被害者性』に目を向けないといけません。このことが分かれば、最初から受刑者に被害者のことを考えさせる方法は、彼らの心のなかにある否定的感情に蓋をしてさらに抑圧を強めることになるのは明らかです。したがって、まずは『加害者の視点』から始めればいいのです。そうすることによって、『被害者の視点』にスムーズに移行できます。受刑者が『被害者の視点』を取り入れられる条件は、『加害者の視点』から始めることと言えます。」(岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』新潮新書、p119)
誤解のないように前提を言っておく。犯罪を容認する、というのではない。定めれたプロセスに基づいて刑が確定した受刑者は、罪を償うべきである。ただ、厳罰化や反省・謝罪の強要は、出所者の再犯を防ぐ方法論としては不適切ではないか、ということである。これは、アメリカの刑務所における「治療共同体」のアミティのことを取り上げたブログで、以前書いたこともある。ただ、今回付け加えるならば、反省や謝罪、あるいは厳罰化という「被害者の視点」を重視した政策が再犯抑止力として不十分な背後には、加害者が背負わされた「魂の植民地化」そのものと向き合う契機のなさがあるのではないか、という視点である。
こう書くと、「犯罪者を甘やかしているのか?」という問いが必ず起こりそうである。しかし、甘やかしている云々、という話は、処罰感情や道徳的判断など、極めて主観的・感情的色合いの濃い考え方である。本当に再犯率を減らしたい、凶悪な犯罪を減らしたい、と思うなら、感情的・道徳的な発想を超えて、犯罪の発生メカニズムそのものを眺め、それを抑止する戦略を立てる必要がある。そして、先に引用した岡本氏は、その発生メカニズムの根幹に、「加害者である受刑者の、心のなかにうっ積している『被害者性』」や「彼らの心のなかにある否定的感情」がある、と指摘する。この部分に向き合うことなく、単に厳罰や反省・謝罪を強要しても、加害者の行動変容には結びつかない、と指摘しているのだ。
「心のなかにある否定的感情に蓋をしてさらに抑圧を強めること」、これは、魂の植民地化そのものである。そのことを考えるために、拙著でも引用した深尾先生の定義を振り返っておこう。
「植民地は、ある一定の集団が、別の集団に対して、一方的に支配権、決定権を持っている状態を指し、それらが集団的にも個人的なレベルでも行使される。植民地的状況(ここでは、広義に、国家的植民地のみならず、個人間の支配―被支配関係も含む)のもとでは、被支配側は、しばしばいわれなき劣等感を押し付けられる。(略)このようにして、自分自身の属性が、否定的なまなざしで他者から眺められ、そのような処遇を受け続けることによって、魂は傷つけられ、その発露をゆがめられる。」(深尾葉子「魂の脱植民地化とは何か─呪縛・憑依・蓋」『東洋文化』八九号、二〇〇九、二一頁)
「自分自身の属性が、否定的なまなざしで他者から眺められ、そのような処遇を受け続けることによって、魂は傷つけられ、その発露をゆがめられる」。これは、児童虐待や家庭崩壊、貧困、いじめなどの「被害者」にしばしば生じる事態である。暖かい愛情で守られるはずの子供時代に、「いわれなき劣等感を押し付けられる」ことによって、魂の発露がゆがめられ、他者の支配的価値観に隷属させられる、という。その結果として、岡本さんは、大半の男性の受刑者に、愛情の「代償」がみられる、という。
「幼少期から寂しさやストレスといったものを抱えながら、それを受け止めてもらえない『心の傷』を心の奥底に秘めたまま生き続けています。幼少期から抱き続けてきた寂しさやストレスを克服するために、彼らは『男らしくあらねばならない』『負けてはいけない』といった価値観を持つことで、必要以上に自分を強く見せようとします。自分を強く見せることによって、他者に『認められること』で自分自身の愛情欲求の埋め合わせをするのです。他者から『男らしくて恰好いい』と思われることは、満たされていない彼らの愛情を求める欲求の代償となっているのです。しかし、それはあくまでも『代償』にすぎません。本当に望んでいる愛情が得られないため、彼らはますます『男らしさ』を追い求める生き方を自らに強いて他者から評価されようとします。彼らにとって、弱音を吐いたり誰かに負けたりすることは、自分が他者から認められなくなる(=愛されなくなる)ことを意味するので、絶対に弱音を吐かず、いかなる手段を用いても相手に勝とうとします。その結果として起きる最悪の行為が、犯罪なのです。」(岡本、前掲、p123)
この「男らしさ」という「代償」行為が悪循環回路にはまり、「弱音」を吐かずに勝ち続ける究極の形態が「犯罪」という形につながる。確かにその通りなのだが、ここで疑問に感じることがある。得られない愛情を埋め合わせる「代償」行為で、悪循環回路にはまりこみ、「弱音」を吐けずにその負の回路を強化しているのは、はたして犯罪者だけだろうか、という疑問である。「弱音」を吐かずに勝ち続ける「代償」に当てはまるのは、「男らしさ」だけだろうか。実は、先の岡本さんの文章のうち、「男らしさ」を「学歴」に変えても、まったくもって説得力あるストーリーとなる。
「本当に望んでいる愛情が得られないため、彼らはますます『学歴』を追い求める生き方を自らに強いて他者から評価されようとします。彼らにとって、弱音を吐いたり誰かに負けたりすることは、自分が他者から認められなくなる(
=愛されなくなる)ことを意味するので、絶対に弱音を吐かず、いかなる手段を用いても相手に勝とうとします。」
「学歴」を追求しないと、勉強のことで「弱音を吐いたり誰かに負けたりする」と、他者から認められなくなる。学歴エリートはこの恐怖を常に抱いていると、「魂の脱植民地化研究」のもう一人の主導者である安冨先生も、次のように語っている。
「戦時中に『お国のために死ぬ』という『役』を果たすのが当然だと思っていた子どもたちと同様、自分のことを自由意思を持った人間ではなく、『学歴』を軸に形成される『立場』の詰め物に過ぎないという考えに支配されます。完全に『立場の奴隷』になってしまうのです。こうなると、大学合格という『役』を果たさなければ自分自身の『立場』がありません。『役立たず』になってしまうからです。」(安冨歩『「学歴エリート」は暴走する』講談社+α新書、p130)
「立場」に固執する、というのは、「学歴」であれ「男らしさ」であれ、本来は愛情の「代償」にしかすぎない。だが、その「代償」にすがることでしか、自らのアイデンティティを形成できなくなると、その「立場」の放棄は、「役立たず」に繋がる。すると、どんな手段を使ってでも、その「代償」=「立場」を死守する、という意味で、「立場の奴隷」になるのである。これは、一見すると正反対に見える、犯罪者と学歴エリートに共通する課題である。どちらも、自らの魂が、「立場」や「代償」に、「植民地化」されている(=奴隷状態になっている)のだ。
そして、そこからの「脱植民地化」の為に必要なことを、安冨先生は一言で言い切っている。
「あなた自身を『あなたの立場』から取り戻すことこそが、変革なのです。」(安冨、同上、p176)
「心のなかにうっ積している『被害者性』」や「彼らの心のなかにある否定的感情」、これらに「蓋」をして、その代わりに「男らしさ」や「学歴」という「代償」を与えることで、悪循環回路が暴走していくのであった。であれば、「代償」を正統化せず、「代償」の背後に隠れた、愛情の欠落や「被害者性」「否定的感情」そのものと向き合う必要がある。これは、そう簡単なことではないし、自らの「立場」をグラグラと根幹から揺さぶる、危険なことでもある。でも、自らが何の「奴隷」になっているのか、魂がどう「植民地化」されているか、に気づき、そこから、その「植民地化」という「枠組み」を外さない限り、「代償」からは自由になれない。「あなた自身を『あなたの立場』から取り戻すこと」とは、「男らしさ」や「学歴エリート」という、一見すると居心地の良い「代償」と決別して、「健全な魂の発露」を導くために、自分自身が「変革」することである。
最後に、余計な一言を。私たち自身が「魂の植民地化」にあるならば、他者、ましてや受刑者の「魂の脱植民地化」に恐怖を覚える可能性はないか。犯罪を減らす、ということは、受刑者の真の変容を支援することなくして、あり得ない。だが、受刑者の真の変容、とは、単なる厳罰化ではなく、「代償」へのアディクションを脱する為の、「魂の脱植民地化」支援が必要不可欠である。そして、その「魂の脱植民地化」に支援が必要なのは、単に受刑者だけでなく、彼らを取り締まる・裁く側である「学歴エリート」にも共通してはいないか。そして、「学歴エリート」に「魂の脱植民地化」を導く支援がない中で、受刑者にのみそのような支援を行う事への嫉妬や羨望が、「甘えている」「厳罰化を」という主張の裏側に、隠されていないか。「被害者性」や「否定的感情」に向き合うべきは、受刑者だけなのか? そのような疑問と妄想が、頭の中を駆け巡っている。

説得ではなく納得

私たちは、「常識的」「道徳的」な眼差しで判断すると、大きく問題の本質を取り逃がすときがある。とくに、「問題行動」とラベリングされる事象を前にしたとき、どのようにそれを捉えるか、で大きく異なる。ふつう、誰かが何かの「問題行動」を起こし、他者に迷惑をかけた時、それに対する反省と謝罪が求められる。だが、単なる反省や謝罪は、本質的に解決には結びつかない、とはっきり主張する本と出会った。

「反省させるだけだと、なぜ自分が問題を起こしたのかを考えることになりません。言い換えれば、反省は、自分の内面と向き合う機会(チャンス)を奪っているのです。問題を起こすに至るには、必ずその人なりの『理由』があります。その理由にじっくり耳を傾けることによって、その人は次第に自分の内面の問題に気づくことになるのです。この場合の『内面の問題に気づく』ための方法は、『相手のことを考えること』ではありません。」(岡本茂樹『反省させると犯罪者になります』新潮新書 p76)
一見すると「反-常識・道徳」的な文章である。だが、実際に刑務所での矯正教育に携わり、受刑者たちの更正に成果を上げている著者の言うことには、重みがある。それだけでない、実はこのフレーズを読んで、これこそ僕自身も感じてきたことだ、と我が意を得た気持ちになった。
ブログを見返してみたら、2年ほど前に、レポートでコピーアンドペースト(コピペ)をしているのを発見した学生を指導したエピソードに基づいて、こんな文章を書いていた。
『先のコピペ学生の場合、たまたま僕が叱責型の限界を感じていて、また時間もあったので、コピペする背景には何があるか、を相手と共に探ることが出来た。だから、短時間で表面的理由(クラブが忙しい)の背後にある真の理由(どう書いていいのかわからない)という所に結びつき、それを変える為の支援(クラブの内容と似ている所に引きつけて書いてご覧)と言えば、じゃあ週末に書けますという解決策を導くことが出来た。
これを、例えば「問題行動」「反社会的行動」をする人の支援、に当てはめてみると、僕などより遙かに大変長いプロセスがあるが、ある種の共通性はあるのではないか、と思う。本人がその行為が悪い、ということが理解できていないかもしれない。あるいは「ダメだ」という言語的コミュニケーションを「叱責的解決」と理解できず、パニックになったり、暴れ出すかもしれない。言語的コミュニケーション自体が苦手な場合もあるかもしれない。でも、支援する側としては、探偵になって、何がその背景にあるのか、どういう場面でそういうことが起こるか、繰り返されるとしたら何が鍵となっているか、を探しながら、少しずつ本質に迫っていき、本人が「ダメな行為」をする事で表現したかった事を理解し、それをしないでも済む為の方策を探りだそうとする。これは、力量ある支援者なら、当たり前のようにやっている支援の王道でもある。』
そう、反省や謝罪を促す「叱責型」の「限界」とは、結局表面的な謝罪や反省に終始し、相手の行動変容に結びつかない、という点である。一方的なお説教をただ有り難く伺う、という「反-対話」的なやり方であれば、説教者の自己満足は満たせても、よもや相手の行動変容には結びつかない。それは、「説得」の論理だからである。一方、本当に相手の中に「反省」や「謝罪」の気持ちを芽生えさせたい、つまりは相手を変えたい、と思うなら、相手がまず「納得」する必要がある。そこには、一方通行ではなく、双方向の「対話」がないとはじまらない。
先に引用した岡本氏は「問題を起こすに至るには、必ずその人なりの『理由』があります」と述べる。また彼は、問題行動は「必要行動」だとも述べる。反社会的な、あるいは逸脱行動に、「必要行動」なんて書くと、また非常識だ、道徳的なセンスに欠ける、と言われるかもしれない。だが、そういう社会の常識に「反する」「逸脱」する行動を取らざるを得なかった本人側に、それなりの「理由」や「必要性」があるのだ。だからこそ、そういう行動に出るのである。それを、単に叱責したり、あるいは体罰を加えて、恐怖や脅しで「するな」と言っても、それなりの「理由」「必要性」を打ち消すことにはつながらない。本人でも、時として整理できないまま行った「問題行動」に対して、その「理由」や「必要性」を訊ね、相手と共に考えることで、「(本人が時には気づいていない)『自分自身の内面の問題に気づく』」ことが出来る。そして、この「自分自身の内面の問題に気づく」ことが出来て、初めて納得が生まれる。だからこそ、行動変容が始まるのである
僕の関わる障害者福祉の領域に引きつけて、以前のブログでは「支援という探偵業」と整理した。「問題行動」を叱責・糾弾するのは、道徳的・常識的には良いのかもしれない。そうやって、「悪いこと」が広まらないように、プロパガンダすることも、秩序形成には役に立つのかもしれない。だが、「問題行動」を実際に起こしている人に対して、その「行動」をしないような「支援」をしようとするのなら、その種のプロパガンダは百害あって一利なし、ということになる。なぜなら、それは、本人を「説得」することはあっても、本人が「納得」に基づいて行動変容する支援とは言えないからだ。逆に言えば、問題行動という「問題の顕在化」した事態(=危機)をチャンスと捉え、その背後にどのような「内面の問題」があるのかを、支援者と本人が共に掘り下げ、そこからそのような「行動」に至らない方法論を共に模索する必要があるのだ。
そのことを、以前拙著ではこんな風に書いていた。
『他人を「説得」する理論を構築する前に、お互いが「納得」する理由を「探求するプロセス」に身を投じ、変わる方が、支援目標にたどりつく上で、効率的で効果的である。』(竹端寛『枠組み外しの旅-「個性化」が変える福祉社会』青灯社、 p95)
「説得」の論理とは、自分自身が変わることなく、相手に「変われ!」と命令・指示する論理である。その論理で事が済むなら、そもそも「問題行動」は生じない。逆に言えば、「問題行動」が生じるのは、その「説得」の論理の破綻した結果である、ともいえる。であれば、その「問題行動」を減らす・なくす事に関わる支援者・教育者に求められるのは、まず相手を変える前に、自らの「説得」論理というアプローチそのものを変えることである。(これも拙著で散々検討したことでもある。例えば次のブログなど参照)
お互いが「納得」する理由を「探求するプロセス」に身を投じること。これこそ、支援者に求められる、寄り添う姿勢であろう。同じ事を、岡本氏も次のように整理している。
「真の反省は、自分の心のなかにつまっていた寂しさ、悲しみ、苦しみと言った感情を吐き出させると、自然と心の中から芽生えてくるものです。(略) 非行少年であれ受刑者であれ、問題行動を起こした者に対して支援するのであれば、反省をさせるのではなく、なぜ犯罪を起こすにいたったのかを探求していく姿勢で臨むことが、結果として彼らに真の立ち直りを促すのです。」(岡本、同上、p130)
認知症のお年寄りの徘徊、あるいは強度行動障害を持つ人の暴力、精神疾患を持つ人の自傷行為・・・それらにも共通するのは、心の中につまっていた寂しさ、悲しみ、苦しみが沸点を超えてわき出した「問題行動」である、という理解である。その時、「やってはいけない」と「説得」モードを振りかざしても、本人の切迫感には何も響かない。本人の切迫感の元にある、「寂しさ、悲しみ、苦しみ」という「内面の問題」をじっくり伺って、言語表現が出来ない相手なら共感的に受け止め、その本質を探求するプロセスに身を投じることからしか、「問題」の「解決」に向けた糸口は見つからない。説得ではなく、支援する側・される側の相互の納得でしか、人は変わらない。改めてその原則を噛みしめた一冊であった。

ファシリテーターという「御用聞き」

イギリスのコミュニティ・ワークの定番教科書に、ある中国の名言として、こんなフレーズが出てきた。

‘When excellent leaders have been at work, the people say “We did it ourselves.” ‘
直訳すれば、「ある優れたリーダーが事をなし終えたとき、住民たちは『それは自分たちがやった』と言うだろう」
出典は書かれていないが、これは言わずと知れた老子のフレーズである。久しぶりに昔読んだ解釈書をめくって当該箇所に行き当たる。
「最上の指導者は誰れも知らない。
(略)
仕事が行われ、事業がなしとげられたとき、
それはひとりでにそうなったのだと人びとは言うだろう。」
(老子 第17章「最上の指導者」 張鍾元『老子の思想』講談社学術文庫、p112)
「ひとりでにそうなった」と「自分たちがやった」とは、東洋と西洋での大きな解釈の違いだ。だが、ここではそれを強調したいのではない。大切なのは、事が成し遂げられたとき、その成果がリーダーに帰するのではなく、ひとりでにそうなった・あるいは自分たちの手で成し遂げた、と住民たちが感じるということである。この際、リーダーは一体何を成し遂げたのだろうか。そのヒントは、リーダーの力を借りながらも、住民たちが、自分たちの力で事を成し遂げ、その成果も自明のもの・自分たち自身のものである、と感じていることにある。実際には、リーダーの支援があったから、事が成し遂げられた。にも関わらず、それを自明のもの・自分自身の成果、と感じている。老子を引用した著者は、そのような存在を、’local leader’はなく、’facilitator’, ‘enabler’と表現する。「地域のリーダー」ではなく、「ファシリテーター・可能にする人」である。これは一体どういうことか?
この本の主題は、コミュニティ・ワークである。地域を活性化させる、住民たちがより良い暮らしを実現する為に、自発的な住民活動を行うことを活性化・支援することを主題としている。また、貧困層や障害者、子どもなど社会的弱者のエンパワメントと、コミュニティの中での生活改善・自発的な活動の促進を促す仕事として、コミュニティ・ワークを規定している。その時、コミュニティ・ワークを行うソーシャルワーカー(CSW)は、「地域のリーダー」ではなく、「ファシリテーター・可能にする人」であるべきだ、と言っているのだ。
もう少し現実に即して考えてみよう。
高齢者の地域包括ケアシステムや障害者の地域自立支援協議会などの、「地域福祉の(再)活性化」が国でも称揚され、専門職種の国家試験でも「地域福祉」に焦点が当てられ、アカデミズムでも議論が盛んだ。少子高齢化が進み、社会保障費が膨らむ中で、いつまでも全てのサービスを行政によって提供するわけにはいかない。地域で出来ることは地域で、と、社会保障制度改革国民会議の最終報告書でも、要支援を介護保険サービスから外し、住民たちのボランティアを活用しようと方向転換を考えている。
「要支援者に対する介護予防給付について、市町村が地域の実情に応じ、住民主体の取組等を積極的に活用しながら柔軟かつ効率的にサービスを提供できるよう、受け皿を確保しながら新たな地域包括推進事業(仮称)段階的に移行させていくべきである。 」
これに関する解説記事は、次のように伝えている。
「市町村独自の事業では、市町村の判断でボランティアやNPOを活用するなどして、地域の実情に応じて柔軟な取り組みができるようにしています。ボランティアなどを活用することで費用を抑えるとともに、きめ細かい生活支援が提供できるとしています。」
これは、現在介護保険事業として行っている、要支援者へのサービスを、ボランティアやNPOの活動に切り替える事で、「費用を抑える」ことを目的にしている。下手をすれば、ボランティア動員論にも繋がる。地域福祉は、常にこのような「ボランティア動員論」の危険性を孕んでいる点を忘れてはいけない。(このことは以前にブログでも書いた)
で、僕が今回書きたいのは、この国が主導する、介護保険の費用抑制の為の「動員型ボランティア」のことではない。動員型であれば、あくまでも動員主体である行政が、「地域のリーダー」として、表面上は「お願い」という形を取っても、実質的には国の意向を上意下達するトップダウン的に住民を「動員」する構図である。だが、僕はこの「動員」型が21世紀の時代、上手くいくわけない、と思っている。ただでさえ、動員型半強制コミュニティである町内会・自治会、PTA活動などは、その曲がり角に来ている。それと同様の手法を、要支援の介護サービスに創設したって、うまくいくはずがない。
その理由は、動員型半強制コミュニティは、人びとの「納得」ではなく、一方的「説得」の論理で動いているからである。多くの人は、強圧的な「説得」では動かない。
もし、住民の「納得」に基づいて地域福祉を展開しようと考えるなら、そこで求められるのは、トップダウン的(=説得的)な「ローカル・リーダー」ではなく、対話的なファシリテーターなのである。
地域支援を行う存在として、保健師や社会福祉士、ケアマネージャーなどの存在がいる。地域包括支援センターや基幹相談支援センターなどが、地域作りの拠点として期待されている。また近年、社会福祉協議会がコミュニティー・ソーシャルワーカーを置いて、住民活動の組織化支援を行っているところもある。だが、それらの組織・人材が、地域福祉のリーダー的な動きを果たしている限り、行政や社協が描く「あるべき姿」に近づけるために住民を「活用する」という意味で、あくまでも「ボランティア動員論」に繋がりかねない。
一方、先のイギリスの本に戻れば、本来のコミュニティ・ワークとは、「ボランティア動員論」ではなく、「住民たちがより良い暮らしを実現する為に、自発的な住民活動を行うことを活性化・支援すること」である。一方的な「説得」ではなく、住民の「納得」に基づく「自発的な住民活動」の活性化支援に必要なことは何か。それは、国や自治体が「あるべき姿」を一方的に規定するのではなく、あくまでも「住民の声」に基づいて「あるべき姿」をかんがえる、ということである。言い換えれば、国や自治体の「あるべき姿」を住民に教育・指導するのではなく、あくまでも住民の声に「御用聞き」として耳を傾ける、ということである。
ようやっと表題の、ファシリテーターという「御用聞き」、という部分に繋がってきた。
ファシリテーターとは、触媒役である。住民たちが、自分たちが安心して地域の中で住み続けるために、様々な課題や問題を意識化する。その意識化支援を行いながら、自分たちなら何が出来るか、を考え、実践していく支援である。その前段階として、まず住民の様々な本音に耳を傾け、その中から地域課題を析出するお手伝いをする。行政側の「あるべき姿」を指導・教育する、という一方的、「説得的」視点ではなく、住民活動につながる「本音」を探り出し、その中から住民自らが活動化・組織化できることを一緒に探る、という「対話的」姿勢。それが、ファシリテーターという「御用聞き」に求められている課題なのである。
いま、日本のCSWは、どちらの姿勢を向いているのだろうか?
国や行政の「御用聞き」ばかりしていないだろうか? 住民の率直な本音にこそ、じっくり向き合っているだろうか?
国が「住民主体の取組等を積極的に活用しながら」というとき、そこには「ボランティア動員論」という問題に突き当たる可能性は、多分にある。ゆえに、実際に「住民主体の取組」を支援する専門家こそ、専門家主導で住民を「教育」「説得」する専門家なのか、当事者主体で住民の「御用聞き」をするプロセスを通じて住民の「納得」に基づく自発的活動を促す専門家なのか、という立ち位置が問われているのだ。
「ある優れたリーダーが事をなし終えたとき、住民たちは『それは自分たちがやった』と言うだろう」
この発言は、「説得」ではなく、「納得」からしか、生まれな

「読書と私」論

面白そうな書評や読書論などは、なるべく読むようにしている。僕自身の好みには、かなりの偏りがあるし、狭隘な世界観を少しでも拡げたい。そうは言っても読める本にも限界がある。ならば、他人がセレクトしてくれた書評に目を通すだけで、「当たり」読書に近づける可能性が高まる。

で、新聞やツイッター、ネット、本などの様々な書評・読書論に目を通すが、最近の一番のヒットは、楠木建さんの『戦略読書日記』(プレジデント社)だった。その理由は、単なる書評を超えた、「何のために、何を考えて読むのか」というメタ読書論、ないし「読書と私」論が展開されていて、その部分がすごく僕自身にとっても学びになった。
「論理を獲得するための深みとか奥行きは、『文脈』(の豊かさ)にかかっている。経営の論理は文脈の中でしか理解できない。情報の断片を前後左右に広がる文脈の中に置いて、初めて因果のロジックが見えてくる。紙に印刷されたものでも電子書籍でもよい。あるテーマについてのまとまった記述がしてあるものを『本』と読むならば、読書の強みは文脈の豊かさにある。空間的、時間的文脈を拡げて因果論理を考える材料として、読書は依然として最強の思考装置だ。」(p17)
地頭の良い人の特徴として、「因果のロジック」を見破るセンス良さがある、と楠木さんは指摘する。そして彼は、そのセンスを、「文脈に埋め込まれた、その人に固有の因果論理の総体」(p15)と整理する。その「因果論理の総体」という「引き出しの多さ」が多ければ多いほど、より沢山の文脈に対応可能となり、柔軟な経営も可能になる、と。
この「因果論理を考える」プロセスというのは、何も経営でのみ必要とされる技術ではない。福祉現場でも、もちろん必要不可欠なものである。
例えば、「ゴミ屋敷」問題を例に出してみよう。家の中だけでなく、庭や道路にまで、溢れるほど、一見すると「ゴミ」に見える何かを溜め込んでいるお宅のことを、「ゴミ屋敷」と言ったりする。そして、近所迷惑だから、と苦情が来ても、本人は「ゴミではない」「何を溜めようが本人の自由だ」と言われ、近隣との間でトラブルになったりする。あるいは、町内会総出でそのゴミを片付けたとしても、数ヶ月でまた元の木阿弥に戻ったりする。
この時、そのような「ゴミ屋敷」の住民に対して「専門家」ほど、「○○障害(人格障害、認知症・・・)じゃないの?」と安易なラベリングをして「わかったふり」をしやすい。でも、そういう「病名」や「障害名」のラベリングをしたところで、その問題は何も解決しない。むしろ、ラベルを貼られた側からすると、その種の「専門家」は、自分の生き方を否定する存在と感じられ、反発心が強くなるばかりだ。
一方で、「引き出しの多い」専門家なら、安易なラベルを貼らず、ゴミを溜める当人の「内在的論理」に着目する。その人の人生という「文脈に埋め込まれた、その人に固有の因果論理の総体」、つまりその人が「ゴミを溜める」「センス」という「因果論理の総体」をつかみだそうとする。すると、「ゴミを溜める人はだらしない(汚い、良くない・・・)」という規範論や道徳論で「わかったふり」をすることなく、その人がその道徳論を知った上で、敢えてゴミを溜めるという選択肢を選んだ、その「文脈」が見えて来る。
もし、本当に「困難事例」を解決したいと思うのなら、その「困難事例」とカテゴライズされる人・家庭の「文脈に埋め込まれた、その人に固有の因果論理の総体」を掴まないと、相手との波長は合わない。そして、波長を合わせることなしに、こちらから勝手に解決策を示しても、それは「説得」であって、相手の「納得」を導き出せない。さらに言えば、相手の内在的論理が変容するためには、相手との信頼関係を構築し(=波長を合わせ)た上で、相手の「納得」を導き出さないと、「文脈」そのものを動かすことは出来ない。そして、多様な困難を抱えた人の「文脈」を読み解き、波長を合わせ、その因果論理を想像するためには、読み解く側ができる限り様々な「因果論理の総体」という「引き出し」を知っておく必要がある。そして、それが可能になるのが、「読書」なのである。(僕自身も、この「ゴミ屋敷」の内在的論理については、一冊の良いルポタージュから多くを学んだ。)
このように、楠木さんの本の中では、ある本の魅力を取り上げながら、彼がそこからどのような「因果論理」をつかみ取り、それが彼の考える「戦略」や「経営」の文脈とどう繋がっているのか、を読み解いていく。まさに、「読書と私」論の王道を行く、非常に興味深いストーリーが各章を貫いている。また、紹介される本たちも、僕にはご縁がなかったジャンル・筆者・内容のものばかりで、気づいたら16冊、密林でポチっていた。それだけでも、随分「お買い得な本」である。そして、僕自身にとって、大いに励まされたのが、以下の記述であった。
「僕がやっているのは『経営学』じゃなくて、『経営論』です。 (略) 理論(セオリー)じゃなくて論理(ロジック)を考えるのが僕の仕事だと心得ている。論理というのは因果関係についての洞察。一方の理論とは再現可能で一般性が高い因果関係についての法則を意味している。理論と論理がどっちがエラいかという話ではない。僕は論理を考えるほうを仕事として選択しているということだ。この『戦略読書日記』もそうなのだが、ロジックというのは、『僕はこのように考えますが、いかが?』『こう考えたらどうでしょう』という話であり、科学的理論が重視する再現可能性についてはいたって腰が低い。セオリーと違って、ケース・バイ・ケースが前提だから、一般性には欠ける。」(p406)
この記述に触れて、にんまり笑ってしまった。なぜなら、僕がやっている仕事も「福祉社会学」「社会福祉学」じゃなくて、「福祉社会論」「社会福祉論」なのだ。(そういえば、初めての単著の副題も、無意識に学を付けず、「福祉社会」としていたっけ。)
僕自身も、福祉という領域で、「理論(セオリー)じゃなくて論理(ロジック)を考える」
ことを生業にしている。福祉現場でフィールドワークをしたり、アドバイザーとして関わっていても、常にその「文脈」を読み、その現場の「因果論理の総体」をつかみだそうとしている。でも、そうやって掴みだした何かが、どうも「理論」と一致せず、しっくりこないなぁ、と不全感を感じていた。だが、それは「セオリーと違って、ケース・バイ・ケースが前提だから、一般性には欠ける」と開き直ればいい。とはいえ、「因果関係についての洞察」の確度が深まれば、それはそれで現場に有用だし、価値ある研究にもなり得る。そのような「社会論」「福祉論」を生み出す事が出来て、現場の叡智に少しでも貢献出来れば、それはそれとして、一つの仕事になり得る。そのようなスタイルのことを、楠木さんは「芸風」と表現する。
「芸風はただ一つ。仕事でプロとして生きていくことは、そもそも自分の芸風と心中するということだ。」(p429)
そう、僕は福祉現場において、「理論(セオリー)じゃなくて論理(ロジック)を考える」のが好きな「芸風」なのだ。そして、それを「仕事でプロとして生きていく」ということを選んだし、幸いにもその「芸風」で暮らせている。ならば、「自分の芸風と心中する」くらい、自らの「芸風」に磨きをかけなければ、プロとして失格だ。そのためには、僕自身が今、そしてこれから関わる福祉現場において、「因果論理の総体」をつかみ取り、そのロジックに関する洞察力をさらに深めていく必要がある。ようは、「センスを磨け」の一言に尽きる。そして、センスを磨くためには、「戦略的な読書」に励むのが、一番の近道なのだ。
楠木さんの「読書と私」論は、計らずしも僕自身の「読書と私」論を深めてくれるきっかけを与えてくれた。

本当の文武両道とは?

やっと入り口に立てた。何の話か、って? 合気道である。入門して丸4年、ついに初段の審査に合格し、黒帯を付け、袴をつけて稽古をすることが許されることになった。すなおに、めちゃ嬉しい♪

合気道に入る事になったのは、その著作から大きな影響を受けた内田樹先生が、合気道の先生でもあった、というのが大きい。あと、県庁の職員で以前からずっとお世話になっているTさんも有段者で、「兄弟子」に誘われて、山梨の合気会の道場に導かれた、というのも大きい。だが、拙著『枠組み外しの旅』の中でも書いたが、僕自身の「煮詰まり感」が、新たなブレイクスルーを求めていた、というのが最も実感にちかいところ。入門当初のブログを振り返ってみると、その時のわくわく感を思い出す。
で、日々の稽古が自分の中の「当たり前」になるなかで、導き手のお一人、内田先生の新作『修行論』を読んでいると、すごく腑に落ちるフレーズが続く。中でも、僕自身の経験と一番重なった部分が次の箇所。少し長いが、引用する。
「内弟子時代を数年続けると、稽古していないはずの当の芸が驚くほど上達する。師匠からきちんと体系的に習っているはずの通いの弟子と、段違いの腕になる。
理由はある意味簡単で、生活を共にしているうちに、師匠と『呼吸が合ってくる』からである。師匠の機嫌のよしあしや、体調や、空腹の度合いや、便意までわかってくる。わからないと内弟子が務まらない。そうやって共感度を高めているうちに、表情筋の使い方、発声法、着付け、歩き方から、ついには食べ物の好みや、ものの考え方まで師匠に同期してくる。そしてある日、驚くほどに豊かな芸の土壌が自分の中に既に形成されていることに、弟子は気づくのである。
修行というのは、そういう意味では非合理なものである。達成目標と、現在していることの間の意味の連関が、開示されないからである。『こんなことを何のためにするんですか? これをやるとどういうふうに芸が上達するんですか?』という問いに回答が与えられないというのが、修行のルールである。(略) 修行とは、長期にわたる『意味のわからないルーティーン』の反復のことである。」(内田樹『修行論』光文社新書、p189-191)
僕も半ば「内弟子」をしていた経験があるので、この指摘はすごくよくわかる。
僕は、大学院生になると同時に、ジャーナリストで4年間だけ大学教員をしていた大熊一夫さんの「最初の弟子」となった。院生はごくわずかであり、その後ずっと師匠との関係は続いているので、師匠には「最初で最後の弟子」とも言われている。住み込み、ではないけれど、多くても2,3人の院生仲間と、でも普段は割と師匠と二人でいるときが多く、しばしば師匠の取材にも同行させて頂き、しょっちゅう師匠に食事をご馳走になっていたので、半分「内弟子」状態であった。ワインや美食に目覚めたのは、間違いなく師匠にご馳走頂いたお陰である。
師匠にくっついて旅をし、師匠に作って頂いたご飯を頂き(何せ料理人を目指そうとされた程の腕前なので、弟子の出る幕ではなかった!)、師匠の話を聞き続ける中で、確かに「共感度」は高まっていく。服の趣味やしゃべり方が似てくるのだ。僕は、師匠の弟子になる以前も、中学や高校時代の塾の恩師に「しゃべり方」がそっくりだ、と言われたことがしばしばあった。単に猿真似をしているようで、指摘されて当時は恥ずかしかったが、今から思えば、しゃべり方を似せることは、師の考え方をトレースすることと、どこかで繋がっているのだと思う。
で、その結果、「驚くほどに豊かな芸の土壌が自分の中に既に形成されている」状態に育ったかどうか、は、アヤシイ。だが、今でも師匠に頂いた眼差しは、明らかに僕の中で血肉化している。師匠と「同期」させて頂いた何かが、僕の「呼吸」そのものを、根源的な変容に結びつけたのだ。
そして、合気道にブレークスルーを求め、干からびたタオルが水を吸うかのように稽古を愉しみ始めたのが、大学院を卒業して6年後、教員になって4年後。つまり、ある程度、独り立ちをして、それが板についてくる中で、さらに一歩前に進む上での「壁」に直面していたときだった。そのときに求めていたのは、「合理的」な解決策ではなかった。合理的な学び、なら、ある程度独学で学ぶ力はついてきた。
後知恵的に考えてみると、その時にカラカラになって渇望していたのは、ある意味、非合理なものであった。「『意味のわからないルーティーン』の反復」であった。一応合理的な部分では、自分が独り立ちして立ち上げたシステムは、まあまあ機能している。当時、専任講師から准教授に昇格した頃だし、研究も脂が載り始めたし、地域実践を支援するチャンスも増えた。外面的には「絶好調」に見えた時代だが、「合理性」以外の部分での、自分の中での不全感が増えていた。ゆえに、当時、合気道ではなく、例えば音楽でも宗教でも、別の「非合理」な何かと出会えたら、そっちにのめり込んでいたのかも知れない。でも、僕にとって、再び一人の弟子として、見ず知らずの体系に飛び込んだのは、合気道だった。そして、それは僕自身の心身にとって、非常に豊穣な経験をもたらしてくれた。
「長期にわたる『意味のわからないルーティーン』の反復」の魅力とは何か? それは、自分が元々持っていなかった度量衡、自分が抱くはずのなかった世界観を、知らず知らずのうちに身につけることである。大学院生になって10年くらい、同じ対象を見つめていると、ある程度、対象世界の全体像が見えて来るようになり、するとその世界に対する既視感が増えてくる。その中で、ある種の傲慢さや奢りのようなものも生まれてきやすい。僕は調子のりで増長しやすい性格なので、特にその部分への警戒は欠かせない。ちょうど合気道に入門した頃、研究を始めて10年目で、慣れと奢りが出てきた頃だった。自分なりの度量衡がそこそこ使え、その世界観で「ものがみえる」と「錯覚」し始めていた頃だったのかも知れない。院生時代、つまり内弟子時代なら、そんな愚かな僕を叱ってくれる師匠がいた。だが、師から独立したので、それを諫めてくれる人もいない。そんな中で、「このままでは何だかまずい」という内なるアラームが、合気道へと繋がる道だったのかもしれない。
そして、実際に稽古を始めてみると、「『意味のわからないルーティーン』の反復」そのものだった。社会科学的な話なら、少しは予見可能な部分も少なくない。でも、身体運用、しかも西洋の身体運用とも違う、独自の武道的な身体運用は、最初、わけのわからなさ、の爆発だった。目の前で、先生が模範を見せてくださる。でも、その技がどのような行為の連続なのか、どう繋がっているのか、何を言わんとしているのか、日本語というシニフィアンが理解できても、その意図や効能というシニフィエがさっぱりわからなかった。そして、わからないまま、色々稽古をするのだが、全然うまくいかない。手と足と身体がバラバラなまま。先生にも、細かく指導頂くが、さっぱり身についてこない。”にもかかわらず”、めちゃくちゃ楽しい。この、わけのわからなさと楽しさの同居、とは一体何なのか。ずっと謎だったか、あるとき、ふとわかった。わけがわからない「からこそ」楽しいのだ、と。
自分がこれまで全く身につけていなかった度量衡、世界観。その「わけがわからに世界」に、にもかかわらずどっぷりつかる中で、自分が暗黙の前提としている世界観そのものを問い直す契機になる。わかったつもり、になっていることも、本当にそうなのか?が、改めて問われる。そういう白紙状態(タブララサ)に、稽古の時間身を置かざるを得ないからこそ、「『意味のわからないルーティーン』の反復」の世界は、僕自身の普段の呼吸の仕方、世界観そのものを、その根本から揺さぶる体験となった。だからこそ、すごく楽しいのである。そして、「達成目標と、現在していることの間の意味の連関」が、先生に指摘されても、さっぱりわからなかった時期から、兎に角反復を続けてきた。で、1級に昇級した去年かたりから、少しずつ、その「意味の連関」が、自分の中で浮かび始めた。「世界観の体得」というか、「新たな度量衡」の出現というか。すると、先生の技の見える率が急激に高まり、ある一定時間内での挙動に関して、コマ割の割方が細やかになるように、連続技の中にある細かい身体技法が、見えるようになってきた。そして、それらが見えるようになると、自分自身もトレースできるようになりはじめた。
そして、初段に向けての審査の稽古にも打ち込む中で、ある種の「軸」が芽生えないと、級から段には昇段出来ない、ということがわかってきた。自分自身、一つ一つの技にどのように臨むのか、連続的な身体運用の中でぶれない軸をどう安定化させるか。これらの問いは、研究にもダイレクトに繋がる。一つ一つの論文・講演にどう臨むのか、連続的な研究や社会貢献の活動の中でぶれない軸をどう維持・発展させるのか。つまり、合気道も研究も、結局己の「学び続け、変わり続け、成長し続ける」プロセスの中でしか上達しないのである。そのことに気づけ、力まず、肩肘張らず、と言い続ける中で(まだ実践し切れていないが)、今回、初段を頂く事が出来た。
二度の弟子入りから見えた事。それは、結局のところ、修行は一生続く、ということである。師匠から離れても、「師匠だったらどういうだろう?」という眼差しで己の原稿を厳しく査定する事が出来るか、が問われている。先生から指摘されて一つ一つの指摘を、自分の中で反復し、技全体の向上につなげられるか、が問われている。二度の弟子入りからわかってきたのは、自分の中での安易な自己正当化につながる「合理化」に埋没しない、ということだ。未熟な自分の度量衡で判断せず、自分とは隔絶した世界観を持つ師匠の眼差しを仮想し、己の度量衡では「非合理」に見えるその世界観から、己が自家薬籠中にしている世界観の狭隘さを見つめ直し、捉え直していくということだ。
いつまでもチャレンジングな状態でいる、とは、「非合理な世界」「わけのわからない世界」の中で、自らの心身のパフォーマンスの向上を願って、今日も地道に反復練習を続けることである。それが、あるとき、大きなブレークスルーにつながる(はずだ)。なるほど、文武両道、とは、よく言ったものである。僕も、研究と合気道での両道を目指して、これからますます精進せねば。初段は、そのための「入り口」にしか過ぎないのである。

一人ササラ型

最近話題の二冊の本を読んだ。一冊が、佐々木俊尚氏の『レイヤー化する社会』(NHK新書)、もうひとつがリンダ・グラットンの『ワーク・シフト』(プレジデント社)である。ともに、これからの生き方・働き方の「未来予測」の本なのだが、二人の議論に共通する部分が面白かった。それが、表題の連続スペシャリストとレイヤー、という考え方である。

まず、佐々木俊尚さんのレイヤー概念から。
これまで、○○さんはA社の課長、など、単独のアイデンティティで表明されていた人間関係は、ある種、完結した個人として、それ以外の可能性が閉ざされていた。これは、終身雇用や国民国家など、一つの枠が完結する中で、その枠内における強固なアイデンティティだった。だが、それらの強固な枠が崩壊し、フラット化する世界の中では、会社や国という枠自体も流動化し、多層的な場の一つ一つの場面で、あなたや私がどう振る舞うか、が問われている。例えばタケバタヒロシなら、
日本人という国籍のレイヤー
大学教員いう職業のレイヤー
福祉と社会学の境界線上を研究領域とする専門のレイヤー
合気道はやっと有段者になれたという趣味のレイヤー
純米酒や山梨のワインにはまっているという酒の好みのレイヤー
など無数のレイヤーが重なって、タケバタヒロシという構成体ができあがっている。ならば、「レイヤーを重ねたプリズムの光の帯として自分を捉えること」が、今後の流動化する多層的世界で生き抜くコツだ、と佐々木さんは指摘している(と僕は受け止めた)。で、このレイヤーという概念を通してみると、グラットンの語る「連続スペシャリスト」概念がよく見える。
『ワーク・シフト』の中では、ある専門的な技能を習得した後で、それを土台に隣接分野の技能を磨いて「連続スペシャリスト」になる必要性が説かれている。これは、専門を一つのタコツボとして捉えず、一つ一つの専門性というレイヤーがササラのように束ねられて一つになるイメージである。そう考えたら、丸山真男の名著『日本の思想』(岩波新書)で出てくる「タコツボ型」と「ササラ型」は日本と西洋の学問のあり方の比較だったが、「連続スペシャリスト」とは、ある種の「一人ササラ型」なのかもしれない。
では、僕自身はどうなのだろうか?
以前、自分の専門性が曖昧であることに、アイデンティティの不安を感じていた時期がある。ジャーナリストの大熊一夫さんに弟子入りし、ボランティア人間科学講座という新設講座の大学院1期生で、障害者や高齢者福祉政策がフィールドだけれど、何となく福祉社会学と社会福祉学を行ったり来たりしている。かつ、今は何故か!?法学部政治行政学科に属している。この経歴だけでもまとまりに欠けているが、さらに言えば、障害者福祉の中でも、元々精神病院でのフィールドワークからスタートしたが、三障害の脱施設・脱精神病院研究もするし、地域支援を支える支援者の変容支援研究もすれば、国レベルの障害者福祉政策の展開にもコミットしてしまった。最近では、高齢者の地域包括ケアシステムの支援だとか、福祉のまちづくりにも顔を突っ込んでいる。初めて出した単著は、狭い意味での福祉の領域の「枠組み外し」までしようとしている。ある領域のオーソリティとは全く逆の、節操なく様々な領域に関わっている、本当にカメレオン的存在である。それが、以前はすごく自らのダメな部分だと感じていた。
だが、大学院を出て10年経った今、そういうカメレオン的存在は、多層的なレイヤーを重ねた「一人ササラ型」として機能し始めている、と感じている。福祉の世界は結構タコツボ的専門職が多いので、ある領域外でどのような議論が行われているのか、を知らない人が多い。例えば高齢のケアマネさんが、障害の相談支援専門員の議論を知らない、とか、障害者の地域自立支援協議会の関係者が高齢者の地域包括ケアシステムを知らない、とか。そういうところで、僕のようなカメレオン的な存在は、越境者というか、両者を通訳する存在として重宝されたりする。それが「連続スペシャリスト」といえるほどの専門性を持っているかどうかは僕にはわからないけれど、少なくとも様々なレイヤーを重ねて、様々な場で、色々な人と議論をしながら、場と関わる僕がいることに、アイデンティティの不安は抱かなくなっている自分がいる。どこで、どんな現場で、どんな風に踊っても、僕は僕じゃん、と。
それが、「一人ササラ型」という程、より普遍的な何かにアクセスする力を持っていないかもしれない。でも、もっと各レイヤーに磨きをかけ、活かせていない潜在能力を顕在化させながら、今日も楽しく踊り続けたい。そう考えている。

「見えない身体」との「つながり」

単著用の原稿に一区切りついたので、久しぶりに自宅書斎の書棚を整理する。原稿を書いている時は、あれこれ本を引っ張りだしたり、研究室からごっそり本を持ち帰って並べたりしているので、書棚も窒息寸前のエントロピー増大状態だった。そこで、用済みの本たちと研究室へと戻した後には、だいぶ本棚も息を吹き返したようだ。風通しがよい本棚をぼんやり眺めていて、何となく手に取ったのが、恐ろしく迫力のある一冊で、気がつけば一気に読み終えていた。

「『僕』は、現実的にかかわっている物事に対しては自分なりにベストを尽くすし、かなり有能かつ器用にこなしていくことができる。しかしその現実が何か自分の大事なものとつながっている実感がない。つまり、『見える身体』の現実での横軸は、何とかつながることができているけれど、自分の中の縦軸が途切れてしまっているのである。この自分自身の縦軸とのつながりが途切れるということは、『向こう側』の見えない身体(羊男)と自分自身とのつながりが切れているということである。それは、自分自身の魂と切れている状態と言ってもいいだろう。そのつながりが切れていると、現実の横軸でどれほどの経験をしても、それぞれの経験はそのときだけの単発な出来事にしかなりえず、ひとつの大きな流れを持った意味のある体験として感じられなくなってしまうのである。」(岩宮恵子『思春期を巡る冒険-心理療法と村上春樹の世界』日本評論社、p173)
副題にもあるように、岩宮さんは心理療法家で、思春期を巡る心理的危機を、村上春樹文学を用いて分析した一冊である。僕は古本でハードカバーを買ったが、ある書評で取り上げられたあと、文庫版が再び出ている。僕は村上春樹も心理療法もどちらにも興味があるが、それゆえに、本当に面白いのかどうか、となんとなく疑っていた。村上文学への肩入れと、それに基づく偏った愛や憎しみが透ける文芸批評だったらどうしよう、と危惧していたのだ。だが、それは全くの杞憂であった。2つの世界観に精通し、なおかつご自身の臨床を重ねあわせながら、岩宮さん自身の独自の世界観を「物語」る文章世界に、ぐいぐい引き込まれていった。
以前ブログに書いたこともあるけれど、村上文学は、日常の世界からある日すっと象徴的暴力の渦巻く「神話の世界」へと主人公が引きずり込まれていく話である。これは、「多崎つくる」でも同類型である。日常世界という「見える身体」での現実において、主人公の「僕」は、「自分なりにベストを尽くすし、かなり有能かつ器用にこなしていくことができる」存在である。アイロンかけや食事作りなど、プラクティカルなことにはかなりマメな人物である。でも、冒険に飛び出す前の主人公は、どこかで「空虚」を抱えている。それが、「自分の中の縦軸が途切れてしまっている」のである。その縦軸とは何か。それを『見えない身体』との「つながり」である、と岩宮さんは語る。これは一体どういうことだろうか?
「見えない身体領域は、霊性の次元に関わっている」(鎌田東二)や「現実化されてない潜在的な統合可能性をふくむ<遍統合体ともいうべき身体>」(市川浩)といった身体論を援用しつつ、彼女は両者を「普通の状態では認識することができない錯綜隊としての身体を『見えない身体』、それ以外の身体を『見える身体』」(p98)と定義する。
こう書くと難しそうだが、村上文学で言えば、『羊を巡る冒険』の「羊男」の世界も、『海辺のカフカ』のナカタさんの世界も、「見えない身体」領域である。主人公の「僕」は、いくらプラクティカルな力を持っていても、「『向こう側』の見えない身体(羊男)と自分自身とのつながりが切れている」。それを岩宮さんは「自分自身の魂と切れている状態」と指摘する。なるほど、だからこそ、プラクティカルにうまく日常をこなしても、どこかで「僕」はその「空虚さ」を埋められないわけだ。
ただ、「見えない身体」=「自分自身の魂」との「つながり」が「切れている状態」の人は、世の中を見回せば一杯いる。近年研究をご一緒させていただく深尾先生は、著書の中でそれを『魂の植民地化』と述べていた。あるいはそれは安冨先生の言葉から引用するなら「立場主義」への呪縛なのかもしれない。岩宮さんも同じようなことを指摘している。
「表面さえごまかせたら裏で何をしてもバレなければいい・・・という発想で、銀行や警察、省庁などという、決してそのようなことをしてはならない機関がどのようなことを行っていたのかは、さまざまな報道で明らかだろう。そこには間違いなく、その機関にいる人たちの価値観が反映されているものだ(もちろん、その流れに逆らって苦しんだ人たちも間違いなくいると思う)。もう一歩踏み込むと、その場限りの表面的な流れが整うことだけを重視する浅薄な物語に日本中が支配されてしまっていると言えるのではないだろうか。」(p56)
「見えない身体」=「自分自身の魂」との「つながり」が「切れている状態」というのは、「その場限りの表面的な流れが整うことだけを重視する浅薄な物語」を産み出しやすい。それは、プラクティカルに取り繕うことだけを重視し、表面の背後にある本質(=「見えない身体」)の面での大切さを捨てて、自分の「立場」にのみ拘泥し、その「立場」というものに「魂」が「植民地化」されてしまうからだ。僕はそれを、自らの「枠組み」へのとらわれ、という形で拙著で表現した。
では、どうすればそういう「浅薄な物語」と決別することが出来るのだろうか? それを、岩宮さんは「異界」とのアクセスという形で表現する。
「人が本当に自分の核と結びつこうとするときにたましいの中から生み出される物語には、日常の常識的な世界とは違う異界の視点が不可欠である。そうした異界の視点のひとつとして、村上春樹の小説の中では、思春期の視点が重要な役割を果たしているように感じられる。これは勝手な推測だが、村上春樹が小説を書くために自分の心の井戸を降りて、その中で見つかったメッセージをこの世に通じる形で成立させようとしたとき、思春期のイメージがその物語の成立を助けるものとして動き始めたのではないだろうか。もしくはそのメッセージそのものが、思春期と深くかかわりをもつものなのかもしれない。」(p38)
「見えない身体」とは「魂」との「つながり」がある、「潜在的な統合可能性をふくむ」身体である。この「見えない身体」と「見える身体」を統合するための「物語」には、「日常の常識的な世界とは違う異界の視点が不可欠である」。
冒頭に引用した部分に振り返って考えてみるならば、「見えない身体」という「魂」の次元との「つながりが切れていると、現実の横軸でどれほどの経験をしても、それぞれの経験はそのときだけの単発な出来事にしかなりえず、ひとつの大きな流れを持った意味のある体験として感じられなくなってしまうのである」。「見える身体」の世界での「横軸」の知識を網羅的につなげても、それは「単発な出来事」の集積にしかならない。「ひとつの大きな流れを持った意味のある体験」として「見えない身体」(=自分自身の魂)と「見える身体」(「横軸」の知識)をつなげることが出来てこそ、初めて自分独自の「生きられた物語」として描き出すことが可能なのである。この指摘は、僕も単著を書いてみて、すごくわかった。確かに、僕自身の物語を描き出すためにも、僕も「異界」に降りていった。
「僕自身が『身体を蝕み、自己の崩壊』の危機にあって気づき始めたこと、それはこの『自分自身の自己になること』への希求であった。何かがおかしい、と、合気道をはじめ、ダイエットによって身体が軽くなることで、思考のリミッターが外れ、自分自身に『蓋』をしているペルソナや心的肥大の存在に真正面から向き合うようになった。これは、まさに心的危機そのものでもあった。だが、ペルソナの心的肥大、つまり『社会の期待する自己を首尾よく演じ』ることが社会に役立つ唯一で最善の道である、と誤認していた僕自身にとって、この危機のお陰で、次のことを深く納得出来る状態に変容する事が可能になった。『個性化とは、まさに人間の集合的な使命を、よりよく、より完全に満たすことになるのである。(ユング 一九九五、九四頁)』」(竹端寛『枠組み外しの旅-「個性化」が変える福祉社会』青灯社、p187)
東日本大震災後、「被災地に直接行って何らかの役に立つことをしなければならない」という「ペルソナの心的肥大」=「見える身体」の強迫観念が増大していた。だがその一方、震災の1年前から「枠組み外し」の実践に取り組み始め、自らの「見えない身体」とのつながり=「自分自身の自己になること」を希求していた僕は、「ペルソナの肥大」(=「見える身体」)との折り合いをつけることができず、どうしても被災地に行けなかった。その中で、震災直後は「存在論的な裂け目」という「異界」にいたのだと、今振り返ってみると、気づく。そして、僕自身も「自分の核と結びつこうと」「自分の心の井戸を降りて」行きならが、『枠組み外しの旅』を書き続けていた。そういう意味では、村上春樹と同じように、僕自身も「自己治癒」的にこの本の執筆に取り組んでいたし、どこまでそこで見つけた「メッセージ」が読者のみなさんに届いているかはわからないが、僕自身としては、この本は「ひとつの大きな流れを持った意味のある体験」としてまとめることができた。そして、それは僕自身にとっての「個性化」であり、「ペルソナの心的肥大」ではなく、その「個性化」を果たさない限り、「社会に役立つ」=「人間の集合的な使命を、よりよく、より完全に満たすこと」なんて無理ではないか、と気づくことができた。
岩宮さんの「物語」を通じて、僕自身の「見えない身体」と「見える身体」、横軸と縦軸の「つながり」の回復が、拙著を書く中でなされていたようだ、ということを、後付的に知ることができた。ブログを書き始めていたときには、こんな結論になるとは思いもよらなかったけれど。

自由と不自由

内田樹さんの武道論を読み直していたら、実に納得するフレーズが目についた。

「自由であるというのは、ひとことで言えば、人生のさまざまな分岐点において決断を下すとき、誰の命令にも従わず、自分ひとりで判断し、決定の全責任を一人で負う、ということに尽くされる。他人の言葉に右往左往する人間、他人に決断の基準を訊ねる人間、それは自由とは何かを知らない人間である。そのような人は、ついにおのれの宿命について知ることがないだろう。」(『私の身体は頭がいい』内田樹著、新曜社、p26)
一見すると、「不自由」の方が楽に思える。他人の言葉を参照軸にして、決断の基準も他人にお伺いをたてる。自分で判断する「重み」がない分だけ、負荷が弱い、と。現に、そのような理由で、自分で判断せず、判断や責任を他者になすり付けている人も少なくない。その上、そういう人に限って、右往左往したり、他者の判断がまずかったりすると、愚痴を言ったり、他人をなじったりする。すなわちそれは、「不自由」であることの表現だったりする。肩の荷を卸しておいて、他者に責任をなすり付けておいて、うまくいかなったからと言って他者をなじる。これは、ある種の自作自演、自らが招来した不自由でもある。だが、この枠組み自体から「降りる」決断をするのは容易ではない。
自由になるためには、「誰の命令にも従わず、自分ひとりで判断し、決定の全責任を一人で負う」というシンプルな三要件につきる、と内田氏はいう。この三つは実にシンプルであり、一見すると、すぐにでも実現可能に見える。だが、選択肢を吟味していると、「Aの分岐点の次はBで、これをどちらにいくかでCやDという選択肢が出てきて、そのどちらかを選ぶと次に・・・」と無限の選択肢を想像せざるを得ない。そのうちに、この前書いたような「計算量爆発」の罠に陥り、どう考えていいのが、自らが雁字搦めになってしまう。そうなるくらいなら、身近な他人という参照枠に寄りかかる方が、知的負荷は楽である。これは、僕のオリジナルな知見ではない。作家の森博嗣氏のあのフレーズを思い出す。
「『決めつける』『思いこむ』というのは、情報の整理であり、思考や記憶の容量を節約する意味から言えば合理的な手段かもしれない。しかし逆にいえば、頭脳の処理能力が低いから、そういった単純化が必要となるのである。」(森博嗣『自由をつくる 自在に生きる』集英社新書、p42-43)
他者の言葉に右往左往する、というのは、その他者の言葉を聞かねばならないと「思い込む」ことから生じる。決断の基準を他者に訊ねるのは、自分より他者の判断の方が良いと「決めつける」ことから生じる。ともに、思考の節約をもたらす、過度な単純化である。
中途半端に頭がいい人ほど、端的に言えば「よい子」経験の長い人ほど、「長いものにまかれる」為に、自らの行動の準拠枠を他者に求め、その準拠枠に雁字搦めになることが、「よい子」の象徴であると信じる。実はそれは、他者への隷属でしかない、にも関わらず。
ではどうすれば、不自由から脱出できるか。これも森さんが喝破している。
「支配だと気づくことで、その傘の下にいる自分を初めて客観的に捉えることができる。それが見えれば、自分にとっての自由をもっと積極的に考えることができ、自分の可能性は大きく拡がるだろう。」(森博嗣『自由をつくる 自在に生きる』集英社新書、p42-43)
自らの準拠枠を他者に譲り渡すことは、「思考の節約」なだけでなく、他者支配である。このことに気づけると、楽をしているようでいて、本質的には右往左往しているだけ、振り回されているだけ、という実態に気づく事が出来る。自らが振り回されている、支配されている、という現実に、まずは気づく事。それが出来れば、「その傘の下にいる自分を初めて客観的に捉えることができる」と森さんも言う。
だが、プライドだけが高い人ほど、自らの隷属状態を認めたくない。へりくつをつけて、その隷属状態に自ら進んで入っている、あるいは他者の参照枠に準拠せざるを得ない状態を「しかたない」「それしかない」という言い訳でごまかす。しかし、その自己欺瞞こそ、自らを不自由にしている最大の根拠でもあるのだ。
社会的立場や、世間の動向、を言い訳にするのは、「思考の節約」だ。「自分にとっての自由をもっと積極的に考え」、その結果として、「誰の命令にも従わず、自分ひとりで判断し、決定の全責任を一人で負う」ことが出来れば、不自由な他者の論理から自由になれるのだから、実はもっと楽になる。だが、その「本当の楽しさ(=自由さ)」こそ、人は忌避しているのかもしれない。そんなことを感じることもある。
日々、自らが自由かどうか、支配されているかどうか、を意識すること。これは、被支配の現実を認める、プライドが許さない現実認識かもしれない。だが、その先にしか、本当の楽しさと自由はないのだ。

動的プロセスとしての支援

最近、現場の人びとと勉強会を始めた。テーマは、コミュニティーソーシャルワーク(CSW)について。木曜日の夕方、ネタ本として用意したあるテキストの次のフレーズで議論が大きく盛り上がった。

「人びとが自分自身で行動するのを援助する(help them do things themselves)」のか、それとも「彼らに何かしてあげるために我々がいる(do things for people)」のか?
そして、現場のある支援者がぼそっとつぶやいた。
「うちの町では、住民活動って、お膳立てして、用意してあげるもんだ、というのが常識になっている」
なるほど、住民たちの自発的行為を促し・支えるのか、住民活動の「お膳立て」をするのか。この部分が、地域福祉を展開していく際の鍵となる部分なのかな、という感触が見えてきた。
「地域福祉」が政策的に重要視されて久しい。地域包括ケアシステムとか、障害者地域自立支援協議会とか、地域を巻き込んだ、住民参加型の地域作りの必要性を、国は政策誘導的に展開している。介護保険もこのままいくと財政破綻になるから、と要支援・要介護1の人への支援を縮小する案を提案している、という報道もある。地域の中での住民助け合い活動によって、軽度の要介護者のサポートをしてほしい、そのためには、地域活動を支えるコミュニティーソーシャルワーカーも増やして、地域作りも展開してほしい。そんな思惑がじわじわと感じられる。
で、僕自身は一昨年から、山梨県の長寿社会課の地域包括ケアシステムに関する研究会に関わらせて頂き、この問題について学びながら考えてきた。現場の地域包括支援センターの職員さんたちと議論しながら、山梨での課題を探っていた。また、3年前からは南アルプス市で、そして昨年度からは昭和町で、アドバイザーとして自治体や包括、社協の担当者たちと議論を重ねながら、その街の地域包括ケアシステムのあり方について、模索を重ねてきた。
もともと僕は、大学院時代には高齢者政策も学んだけれど、その後一応障害者福祉政策が専門になったので、しばらく高齢者政策から遠ざかっていた。なので、これを気に、国の報告書など読み囓ったけれど、どうもあまりしっくりこない。現場の人も混乱しているようだ。ならば、研究会のメンバーと一緒に作ってしまえ、ということで、山梨県版のマニュアルを「チーム山梨」で作ってみた。
おかげさまでこの「手引き」は、かなり好評なようだ。自治体や包括が何を考えたらいいのか、を「考えるヒント」になる、という。同時期に国の基金事業で出された地域ケア会議運営マニュアルの作成メンバーだった方からも、山梨の報告書はわかりやすい、とお褒めの言葉を頂いた。
で、長い前振りになったが、山梨の「手引き」を作るときに大切にしたのも、先ほどのポイント。
この手引き作成を通じて大切にした問いは、「人びとが自分自身で行動するのを援助する」のか、それとも「彼らに何かしてあげるためにこの手引きがある」のか、である。言い換えれば、支援を必要としている人・自治体が自分たちの力で考え行動していくのを支援するのか、ずっと支援者に依存する状態を作り出すのか? 以前から書いているフレーズを使えば、現場で「成功する解決策」としての「成解」を導き出すための支援をするのか、一律の「正解」を現場に当てはめるのか?
実は、ミクロの個別支援であれ、マクロの自治体レベルのシステム作りであれ、その支援対象者・自治体の「自発性」を引き出すエンパワメント支援なのか、あるいは「出来ない人・自治体の代わりに”やってあげる”」型の支援なのか、が大きく問われているのだ。
その際、どうも日本の地域福祉の教科書を読みあさっていても、なかなか「人びとの力を引き出す」という部分が強く出てこない。そこで、どうせなら、とイギリスのコミュニティワークの定評ある教科書を読み始めた。初版は1982年で、第三版は翻訳も出ているので、現場の人びとにはそれを読んで頂き、僕は第四版を読んでみた。で、読み進めるほどに、日本の教科書との本質的な違いが見えてきた。それは、イギリスのコミュニティワークは、あくまでも住民活動を自発的に組織化する支援をする、というのが大前提になっているのである。だからこそ、ある時点での撤退(Withdrawal)というテーマも出てくる。この部分を読んだ現場の支援者の中には、「撤退なんて発想はないよね」というつぶやきも聞かれた。
なぜ、撤退はないのか? それは、結局、住民活動も「事業化」された、ルーティーンワークの一つになってしまっているから、である。愛育会や民生委員活動も、出来た当初は地域課題に取り組むダイナミズムをもった活動だった。が、現在、そのダイナミズムを保持し続ける愛育会や民生委員活動は、どれほどあるだろう? 自治会の機能低下も叫ばれるが、以前からあるそれらの「住民活動」が、ミッションを問い直し、定義し直し、活動を再編することが出来ているだろうか? そのようなミッションマネジメントの支援に、行政が取り組めているだろうか? 何となくの年中行事をこなすだけの、事業継続支援に終始していないだろうか? それって、まさに「お役所仕事」ではないだろうか?
地域福祉とは、システム化してしまえばルーティーンでまわせる、静的なもの、ではない。その地域の人口動態の変化、社会資源の推移、キーパーソンのやる気、あるいは首長や自治体の姿勢の変化にあわせて、どんどん動いていく動的プロセスである。なので、山梨の「手引き」にも、次のように定義づけしてみた。
「地域ケア会議とは、自分の住んでいる地域でよりよい支え合いの体制づくりを作ためのツールであり、単に会議を開催すれば良いのではなく、各地域の実情に基いて、地域づくりの展開のプロセスの中で、開催形式や方法論を柔軟に変えていことが求められる、動的プロセスである。」
「事
業」という形で官僚制システムの中に飲み込まれると、毎年継続するという意味では安定するが、ルーティーンワーク化されると、何のために、どういう目的で、なぜ行うのか、という根本的な問いが消えてしまう。しかし、地域の実情はどんどん動いていく。にもかかわらず、以前の実態に適応した方法論にこだわり続けると、支援アプローチと実態が大きく乖離してしまう。その際、形式や方法論を、実態に合わせて柔軟に変えていくことができるか。これは、「彼らに何かしてあげるために我々がいる」、つまり支援者側の都合で支援をするのか、「人びとが自分自身で行動するのを援助する」=人びとの自発性や潜在能力の最大化を支援する為に支援者が存在するのか、の分かれ道なのである。
そういう意味で、支援が固着化し、支援漬けになり、人びとの自主性をそがないためにも、人びとの自発性・誇り・役割意識を引き出す「動的プロセスとしての支援」は、個別援助でも、市民活動のサポートでも、どんな局面でも必要不可欠だ。そんなことを、現場の人びとの議論を聞きながら、ぼんやり考えていた。

相手の内在的論理に精通する

昨日、ブログでつぶやいたことが、結構リツイートされているようだ。そのつぶやきは・・・
「本当に何かを変えたいのなら、自己主張する前に、まず相手の内在的論理にじっくり耳を傾ける必要がある。相手の論理構築の方法論をしっかり理解し、敬意を抱いた上で、こちらの論理との共通点を探る。本当に対話の出来る「大人」なら、声高・雄弁に語る前に、謙虚に聞く耳を持っている。」
このつぶやきが出てきた発端は、SYNODOSの『したたかな韓国』著者・浅羽祐樹氏へのインタビュー記事だった。その中で、大変興味深い発言があった。
「まずは、ゲームの構図がどうなっているか、そのルールはなにで、ジャッジは誰なのか、といった「大きな絵」を理解することが大切ですね。本書の副題は「朴槿恵時代の戦略を探る」ですが、もちろん、朴槿恵の戦略をそのまま受けいれるという意味ではけっしてなくて、相手やゲームの性格におうじた日本の戦略を探り、外交にのぞむためです。読者の方々には、ぜひとも優秀なクライアントになって、自分に不利なものも含めてそれぞれのシナリオごとに筋道を考え結論を導く<悪魔の代弁人>を立てて、さまざまな問題にアプローチしていってほしいと思っています。」
この浅羽さんの発言を読みながら、彼のこの骨法は国際関係だけでなく、何らかのコンフリクトに陥っている論点に対して使える、極めて普遍的な考え方だと感じていた。少しその点について掘り下げてみたい。
浅羽さんの発言の興味深い点は、日本と韓国の外交関係の論点を考える際、日本側の立場に立つだけでなく、韓国側に立つ重要性を<悪魔の代弁人>というスタンスで整理しているところである。自分とは意見の違う相手(=悪魔)がどのような根拠を持って自らの「正しさ」を主張しようとしているのか。自らが相手の主張の「代弁人」なら、どのように相手の内在的論理をくみ取り、相手側の正当性・正統性を主張するか。それをきちんと考えておかないと、相手の戦略に結果的に飲み込まれていく、という風に僕は受け止めた。
で、僕自身も含めて案外陥りがちな罠とは、「自分の正しさ」にこだわる・居着くと、「相手の正しさ」が見えなくなることである。
意見が異なる論点について、「僕は悪くない」「相手が問題だ」と、You are wrong! I am right!という善悪の二項対立図式にはまり込んでしまうと、この「思い込み」から安易に離れられない。
「何を言うのだ! 正しいことを正しいと述べて、何が問題なのだ」
そういう反論が聞こえてきそうだ。
ただ、何のために「正しさ」を述べるのか、という目的に応じて、適切な手段は分かれる。
①「私は正しい」と自己表現をする目的
②「私の正しさ」を相手も(部分的には)認めた上で、相手と一定の合意形成をする目的
①の場合は、自己表現をする事が目的なのだから、ひたすら「○○はオカシイ・間違いだ」「そう指摘する私は正しい」と主張していればよい。ただし、これはあくまでも自己表現であって、対話ではない。
もし、あなたが何か今の現状を本気で変えたい、と思うなら、①のアプローチは、方法論としては不適切である。なぜなら、①はあくまでも「自己表現」が最終目的である。価値前提が異なる・争点となる問題について、自己表現や説得では、物事は動かない。なぜなら、相手も「自己表現」モードであれば、異なる自己表現のどちらがすばらしいか、という審美主義的価値論争になり、簡単に言えば「好み」の問題になるので、永遠に決着はつかないからだ。
本気で何かを変えたければ、②のように、自分と相手の違いを見定め、お互いが納得できる価値前提にまで立ち返り、そこから共有できる部分を増やすしかない。①は自己表現だから、不勉強でも、思いつきでも、いつでもどこでも簡単にできる。でも、暗礁に乗り上げた問題とは、そもそも乗り上げるまでの様々な誤解や相違、価値前提の違いが積み重なった上での「結果論」なのである。異なる意見が構築されるプロセスにおける、相手の「正しさ」の内在的論理を徹底的に分析し、理解した上で、自らの内在的論理と共有できる部分、ズレが生じた部分はどこか、を見定める必要がある。そして、共通する価値前提の部分に基づき、相違する争点に関して、相手の内在的論理も添う形で、こちらの主張も盛り込んだ「代替案」を示し、それに対する理解や納得、一定の評価を得る。その中からしか、共有化できる論点は生まれない。そして、論点が共有化されないと、相手と私の間で、一定の合意形成は出来ない。
ものすごく、当たり前のことを書いているつもりである。でも、感情的な問題では、どうもこの当たり前の前提が無視されがちだ。
自分の意見が相手に伝わらないとき、つい次のような愚痴を言ってしまわないだろうか。
「理不尽だ」「許せない」「なんでこんな事もわからないんだ」「わからずや」「こいつは頭が悪い」
しかし、自分が言っていることが正しくて、相手の言っていることは頭が悪い、と最初から決めつけている論理は、だいたいにおいて、自己満足ではあっても、その知性は疑われる。僕はそういうときには、いつも内田先生の次の箴言を思い浮かべる。
「私たちは知性を計量するとき、その人の『真剣さ』や『情報量』や『現場経験』などというものを勘定には入れない。そうではなくて、その人が自分の知っていることをどれくらい疑っているか、自分が見たものをどれくらい信じていないか、自分の善意に紛れ込んでいる欲望をどれくらい意識化できるか、を基準にして判断する。」(『ためらいの倫理学』内田樹著、角川文庫)
ここで大切なのは、自分がどれだけその問題について熱心か(=真剣さ)、どれだけネットや本などを読みあさったか(=情報量)、どれだけその現場に足を運んだか(=現場経験)を、知性の計量において、勘定には入れない、という点である。「その人が自分の知っていることをどれくらい疑っているか、自分が見たものをどれくらい信じていないか、自分の善意に紛れ込んでいる欲望をどれくらい意識化できるか」というのは、簡単に言えば、「どれだけ自分の愚かさを勘定にいれているか」という事である。裏を返せば、「どれだけ自分の論理のおかしさを検証しているか、どれだけ相手の正しさの可能性を検討しているか」が、「知性の判断基準」である、と指摘しているのだ。
相手に「わからずや!」と暴言を吐くとき、論理よりも「私は正しい」という自己表現が先立つ。そして、残念ながら自己表現は、好みの問題でもあるので、特に大きく意見の異なる相手の「好み」と合う可能性は低く、相互理解や変容は導き出せない。
その時に大切なのは、「自分の正しさ」を捨てること、ではない。ただ、一度はその「自分の正しさ」から「自由」になる必要はある。一度自分の「好み」を横に置いておいて、相手がなぜ自分とは異なる考え方を「正しい」と「好む」ようになったのか、その好みの理由を徹底的に相手の立場にたって考えることである。その際、既に書かれている相手への悪口を判断材料にしたって、絶対にその内在的論理は理解できない。大切なのは、相手が正しいと考える根拠となる一次資料を丹念に読み解き、相手がどういう考え方の根拠で「その正しさ」を獲得するにいたったのか、相手の頭の論理構造をトレースすることだ。そして、厳しいことを言うと、その相手の内在的論理を分析する時間と手間を惜しむ人ほど、②のアプローチをとらず、①の自己表現に終始しているような気がする。それは、本当に「知性的」と言えるのだろうか。
・・・と書く僕も、決してこれがきちんと出来ている訳ではない。手痛い失敗がある。
昨年まで務めた国の障がい者制度改革の委員会では、厚生労働省の内在的論理に迫りきれなかったのが、その後の「失敗」に結びついた一因である、と感じている(事の顛末はシノドスにも書かせていただいた)。もちろん、この委員会では、これまで意見がまとまらなかった多様な障害関係者の意見をまとめた骨格提言を作り上げる事が出来た。だが、肝心の厚労省とは、残念ながら全面対決姿勢になってしまったので、歩み寄れなかった。その結果、骨格提言内容は見事に葬り去られた。
この際、「厚労省が悪い」というのは、①の自己表現になってしまう。確かに、厚労省の前例踏襲主義に対して「そりゃないよ!」と思うことは多々あった。だが、②を目指すなら、厚労省がなぜ障害程度区分にあれほどまでに拘るのか、なぜ国庫負担基準は絶対死守するのか、なぜ入所施設や精神科病院をあれほどまでに庇うのか、という内在的論理を、厚労省の<代理人>として分析する知性が、少なくとも僕には足りなかった。障害者福祉の国際的動向や、社会モデルの考え方、当事者主体などの理論を基に、「自分たちの考える正しさ」を全面に押し出してしまった。
自己表現なら、それでいいのかもしれない。とはいえ、別に厚労省におもねる必要もない。だが、本当に厚労省を変えようとするなら、厚労省が「正しい」と考えることの内在的論理を徹底的に分析し、その論理の「正しさ」の価値前提を理解した上で、双方の価値前提の共通点と相違点をきちんと踏まえ、その共有化した前提ポイントから相手を揺さぶるオルタナティブを提起すべきだった。だが、自分たちの「正しさ」の骨格提言をまとめるのに精一杯で、その「対話」の論理を徹底的に煮詰めきるには至らなかった。もちろん、向こうも最初から「対話」する気がなかった、という悲しい事情もあるが・・・。
言うは易く行うは難し
だが、この<悪魔の弁護人>の論理は、本当に社会を変えたければ、絶対に身につける必要がある。原発問題や憲法改正、米軍基地問題など、大きく意見が分かれる問題についても、自己表現ではなく、相手と納得できる共有点を探し、そこから相手の価値前提を動かしていく<悪魔の弁護人>のスタンスが必要とされている。
だからこそ、声高に叫ぶ前に、まず謙虚に、相手に敬意を持って、相手の論理をじっくり聞く必要があるのだ。なかなか自分がカッとなってしまうと、それが出来にくいのだけれど・・・。