コーチに教えられたこと

 

ようやく冬休みがくる。この秋以来、土日が出張、ということが多かったので、どっと疲れが出る。

で、週末はまず一日ゆっくり寝て「臨戦態勢モード」を解除する。何にもしてないと、「何かしなくちゃ・・・」と脅迫観念的になっていたので、「とにかく休みなのだから・・・」と何度も言い聞かせる。「臨戦態勢モード」だと、仕事はちゃっちゃと片づく代わりに、ストレスといらいらが蓄積されていくようだ。で、ストレスは体重、いらいらは余計な一言、という一番嫌な形でのリバウンドでどちらも返ってくるので、こういう「モード」は期間限定にして、とにかくふつうの暮らしに戻らねばならない。

で、ふつうの休日を楽しむべく、白樺湖を超えたところにある、エコーバレースキー場に出かける。

標高は1500mもあるので、雪は降っていなくても、さすがに寒い。降雪機の雪がパウダースノーになっている。これはよい。昨年からスキーを始めたのだが、ボーゲンでもおぼつかないので、思い切ってレッスンを受けてみる。これがすごくよかった。

何が良かったって、休日の午前なのに参加者は僕一人、つまりはマンツーマンのレッスンだったのだ。普通こういうプライベートレッスンは1時間6000円とか取られるのが相場なのに、僕は2時間3000円しか払っていない。何というラッキー。そして、教えてくださった初老のコーチが実によかった。ここ最近、福祉組織の変容や支援者教育のことを研究しながらコーチング論などもかじっているタケバタにとって、実に多くのことをこのTコーチから学べた。

最初、中級コースでいろいろ言われながら格闘するのだが、正直言われた事が頭で理解できても、身体で表現出来ない。もともとスポーツ音痴のタケバタなので、飲み込みは悪い。さらに、中級コースは角度も柔くなく、怖いし気が焦るし、うまくできないし・・・で全身から汗は噴き出るし、頭はパニックだし、全然さっぱりうまくいかない。その状態をみたTコーチは、とにかく下に滑ったあと、あっさり方針転換。「じゃあ、初級コースへ行きましょう」

そう、中級コースを見栄はってすべるより、一番出来ない一番下の下まで行って、そこから基礎からたたき込むことが大切。これは、予備校講師時代の鉄則だった。それを、受ける側で実感したのだ。しかもこのコーチ、タケバタが言語的説明で一杯いっぱいになるタイプと悟るや否や、二度目以後では戦略を変える。なだらかなコースで安心したタケバタに、何度も「リラックスして」と伝えながら、感覚的にわかりやすい言葉を巧みに用いてアドバイスしていく。

「とにかくリラックスして、変におしりを出してかがんだりせず、膝小僧を前にぐっと押し出す感じで」「ストックで身体のバランスが保てるよう、前に突きだして楽に持っていたらいい。時にはぶらんぶらんさせながら。」「身体は前を向きながら、ちょこっと顔だけ右を向くと、自然に右に曲がる」「足底を気にして、斜面を板でなでるように」「左に曲がりたければ、右の膝を突き出してすっと持って行けばいい」

こういった言葉を聞くなかで、僕自身考えるのをやめてリラックスして、こちらを見ながら(つまり後ろ向きで)滑るコーチを追いかけながら滑っていくと、あら不思議、我流だった時とは全然違う、楽なスキーが出来るのだ。そして、身体が楽なので、滑るのがついつい楽しくなる。すると、ずんずん滑れてくる。一石三鳥、とでも言おうか。こういう上手なコーチに身をまかせると、どんどん恐怖心が薄れ、あっという間の2時間がたった最後、中級コースでもう二本、最終仕上げ。一回目の苦戦が嘘のように、斜面でもわりとリラックスして滑れる。こういうコツがあるんだ、と身体が納得した二時間だった。

そのTコーチと一緒にリフトに乗っているとき、コーチングについていろいろ伺ったのも、実に面白かった。

「コーチにもうまい下手があります。滑るのは上手でも、伝えるのが下手な人がいる。また、形ばっかりを教え込もうとして、その人がどこでつまずいているのか、にお構いなしの人がいる。」「私の場合は、相手を見ながら、2時間の中での教えるデザインを変える。この人なら、このくらいまで到達出来るだろう、と。この予想は、相手が極端に体力がなかったり、恐怖心がとれない場合を除けば、だいたい当たる。」「私自身は、数回しかレッスンを受けていない。でも、言われたことを自分の頭で反芻していく中で、自然と自分自身や他人に伝える際にも、応用することが出来るようになった。」

福祉の現場では「本人中心の支援計画(Person Centered Individual Program Plan)」なるものの重要性が謳われて久しい。ケアマネジメントも、本当はこういうPerson Centeredであるべきだったのだが、どうも日本の現場ではズレているようだ。実際に、「本人中心」というからには、この僕が習ったコーチのように、相手の実情に合わせて臨機応変にプログラムを変える力量と、相手の求める形でサービスが提供できるような引き出しの多さ、その為の現状分析や反芻能力の高さ、などの複合的な力が求められるのだなぁ、と滑り終えた後、白樺湖畔の日帰り温泉につかりながら考えていた。

いかんいかん、まだ臨戦態勢モードから抜けていないようだ。
今年も鳥一でかった鳥の丸焼きをお供に、さて、今からシャンパンに合う料理でも作りながら、頭を切り換えるとするか。

ダイエットと民主主義

 

ようやく筋肉痛が治る。

月曜夕方にテニスをしたのだが、火曜から水曜にかけて、本当に階段の上り下りがつらかった。で、ようやくその痛みが治ってきた頃に、さらに追い打ちをかけるようなお知らせが、木曜日に届く。健康診断の結果である。眼はいい、血圧もまあよい、そして見ていくうちに、肝臓系などの数値が「要再検査」。やはり、飲み過ぎがたたっているのか・・・と急に落ち込む。ただ、その結果は今、実はよくわからない。というのも、研究室に持ち帰ったはず、の結果が書かれた紙の入った封筒が、どこをどう探しても、見あたらないのだ。30分以上研究室を探しまくったが、出てこない。うーん、フロイト先生の言うところの、無意識的な意図による失錯行為、なのだろうか。

で、この無意識的な意図による物忘れなどの失錯行為、といえば、その日に調べ物をしていたら、こんな風に述べている文章に出会った。

「もしかすると、ジェンダーフリーに反対する人は、『男らしさや女らしさは生まれついてのものだ』という信念を実験で検証すること自体が嫌なのかもしれない。試すというのは、仮定の上にせよ、その信念が間違えている可能性を視野にいれることだからだ。
 私も保守的な人間なので、そういう気持ちはわからないでもない。だが、自分は絶対的に正しいとするのは、民主主義ではやってはいけない反則である。フェミニズムに反対する人も、賛成する人も、お互い間違うかもしれない人間として、いっしょにやっていく。それが民主主義の大原則であり、あえていえば『日本人らしい和の心』でもあるのではないか。
 そういう原則や心を見失うとき、私たちは男らしさや女らしさよりも、もっと大事なものをなくす。私にはそう思えてならない。」(佐藤俊樹「『ジェンダーフリー』叩き」山梨日日新聞20061213日)

自らの「信念が間違えている可能性を視野にいれる」ということは、大変つらいことだ。前回のブログ同様卑近な例でいけば、木曜日に届いた検査結果によると、僕がこれまで毎日のようにパートナーと晩酌していたことや、ジムにお金を払っているけど忙しさを理由に週1回程度しかいけてない、そのような事実を「良し」とするその信念自体が「間違えている可能性」が高い!という指摘なのである。人間何が嫌って、自分の生活習慣を変えることが一番嫌だから、わざわざその手の病気に「生活習慣病」と名付けられたくらいだ。当然、この自身の「信念」を変えるのは本当にかなわない。特に、もともと体を動かすのが好きでもない、お酒や食べ物を我慢するのも好きではない、という人が、わざわざその「好きではない」ことに取り組まねばならない、という現実を突きつけられても、なかなか認めたくないのだ。そう、頭では「そろそろ酒も控えんとなぁ」「やっぱり週に二日はプールにいかんと」と認めなければならないのはわかっているのだけれど、やっぱり嫌だ、という無意識が先走る時、検査結果をなくす、探し出せない、という失錯行為といて、無意識的意図のコントロール化におかれてしまうのである。

この無意識的意図のコントロール化に身を置くこと、つまりは「信念が間違えている可能性を視野にいれる」への拒否状態、について、よく引用する内田先生も次のように書いている。

「私は人間が利己的な欲望に駆動されることを決して悪いことだとは思わない。しかし、自分が利己的な欲望に駆動されて行動していることに気づかないことは非常に有害なことだと思う。中国が嫌いな人が中国の国家的破綻を願うのは自然なことである。たいせつなのは、そのときに自分が中国を論じるのは『アジアの国際状勢について適切な見通しを持ちたいから』ではなく、『中国が嫌いだから』(そして『どうして自分が中国を嫌いなのか、その理由を自分は言うことができない』)という自身の原点にある『欲望』と『無知』のことは心にとどめていた方がいいと思う。」(内田樹ブログ2006年1月11より)

この引用の語句の「中国」を「ジェンダーフリー」に、「アジアの国際状勢」を「日本人の情操教育」とでも書き換えてみたら、あら不思議、佐藤氏と内田氏は、テーマは違うけど、結構近似している枠組みでものを眺めていることがわかる。そして、佐藤氏の言う「信念が間違えている可能性を視野にいれること」が出来る人の事を、内田氏はその日のブログで、「欲望を勘定に入れる習慣をもった人間」とも言っている。自身の無意識化の意図(=欲望)を、完璧にコントロールするのは難しい。フロイト先生が言っていたのは、どんな人間であれ、そうやってコントロールしようとしても、するりと抜けて出てくるのが、失錯行為と呼ばれる産物であった。それは、どういう「信念」を持った人でも、共通である。でも、その失錯行為の背景にある「欲望」がある、ということについて、「勘定に入れる習慣を持った人間」か否か、には大きな違いがある。両氏はそう教えてくれている。

確かに、「『欲望』と『無知』」を心にとどめておけない場合、人間は論理的な推察が出来にくくなる。自身の健康診断の検査結果を見て「なんで俺に限って」「一生懸命働いているのに」と言い訳をはじめるのは、まさに他責的であり、「欲望」の温存と、その状態に関する「無知」そのものである。そして、そういう自分の「欲望を勘定に入れる習慣」を度外視することは、「自分は絶対的に正しいとする」ことそのものであり、「民主主義ではやってはいけない反則である」のだ。そうか、僕自身が生活習慣を変えようとせずに、ダイエットをしないことにいろいろ小理屈をつけるのは、民主主義の根幹を揺るがすことにつながっているのか。あな、恐ろしや。

ダイエットと自己変革

 

「遅発性筋肉痛」になってしまった。

と書くと、何となく格好良さげだが、何のことはない。昨日、久しぶりにコッテリとテニスのストロークをしたものだから、今日内股がいてて、で、階段の上り下りが辛いのだ。単なる運動不足の結果である。ああ、情けない。

テニス部の顧問の先生が音頭を取られ、学内の教職員有志で、立派な強化選手用のコートを使わせて頂く。国際試合も可能な立派なコートは、私のようなヨチヨチプレーヤーには何とも勿体ない。でも、すごく打っていて、気持ちの良いコートだ。あとは、この筋肉痛さえ何とかなれば・・・。これから毎週開催のようなので、テニスとプールで、何とか冬の間に少しは痩せれるかしら・・・。

そういえば昨日は冬空にもかかわらず、他の人の倍以上のドップリとした汗をかく。帰ってパートナーに報告すると一言、「太りすぎやからやで」とのこと。何だか寂しい限りだ。そう言えば、先週末出張で上京した折、大学時代の友人に10年ぶりに再会した。その友人曰く、「全然変わってないけど、お腹がねぇ・・・」。このように、ここ最近釘を刺されまくっているので、ええかげん「口だけでなく行動」が求められているのだ、と深く反省。でもこの問題、反省だけでなく、反省を通じて変わらなければ、その昔の広告じゃないけど、「反省だけならサルでもできる」からねぇ・・・。

で、反省や内省を行為へと変えていく、ということについて、最近調べる中で興味を持ったあるフレーズを引いてみる。

「行為の中で省察するとき、その人は実践の文脈における研究者となる。すでに確定した理論や技術のカテゴリーに頼るのではなく、独自の事例についての新たな理論を構成している。彼の探求は、その目的について、あらかじめ一致が見られる手段について考察するにとどまらない。彼は手段と目的を別々にしておくのではなく、問題状況に枠組みを与えるように目的と手段を相互作用的に規定する。彼は思考することと行動することを分けていない。行為へと後で変換していく決定の方法を推論しているのであり、彼の実験は行為の一種であり、行為の事項が探求へと組み入れられていく。このように『行為の中の省察』は、『技術的合理性』の二分法に縛られていないので、不確実な独自の状況においてさえも、進むことが出来る。」Schon, D.1983Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action (『専門家の知恵』佐藤・秋田訳、ゆるみ出版、引用は訳書p119-120

このReflective Practitionerとは、教育の分野や医療福祉といった「現場での知」が大切にされる分野で「使える理論」として、日本でも90年代以後、少しずつ導入され始めている。これを先のタケバタの事例でいけば、次のようになるだろうか。

「何だか最近ベルトを一つゆるめてしまった」「大学時代に買ったブランド物のスーツがとうとうパッツンパッツンになっている」という状況を「問題状況」として「枠組み」化するために、「口だけでなく本当にやせたい」という目的と、「でも仕事も忙しいので週に1度のテニスと後は週に1・2度のプールの時間を何とか確保しよう」という手段を「相互作用的に規定する」。「技術的合理性」からすると、食べる量を減らす、酒を飲まない、夜8時以後は食べない、などの解決策もあるが、それでは不規則な生活時間や押し寄せてくる急な仕事といった「不確実な独自の状況」を解決出来ないので、あくまでも「相互作用的」「規定」をそのつど捉え直しながら、目的を果たすための最前の手段を、そのつど再定義し直す。

ダイエット話になると実に馬鹿馬鹿しい例だが、障害者支援の現場でも、こういう「そのつどの再定義」はすごく大切になってくる。だが、従来の支援者の価値観・経験・知識に縛られている支援者ほど、「そのつどの再定義」を拒む人も少なくない。「俺はこうやってきた(乗り越えてきた)のだから」ということは、謙虚な自信に繋がればよいのだが、時として唯我独尊的なモードに変わってしまう。ダイエット話でいえば、「今まではこういう食事量やライフスタイルでも太らなかった」という言明は、現に変わっている体重を前に、何ら説明因子として機能しない。単純な分析だが、大阪にいた時代は「駅まで自転車で通っていた」「いろんな現場を掛け持ちしていたので、とにかくよく歩いた」という状況があったが、山梨に来てから「家の目の前の駐車場から大学の駐車場まで車で通勤」「平日は学内以外を歩くケースは少ない」という状況自体に変更があるのだ。すると、もし僕自身がReflective Practitioner(内省する実践家)ならば、与えられた今の問題状況を適切に枠組み化した上で、目的と手段の相互作用的規定が求められるのだ。単純にいえば、「昔の理屈で行くと、もっと太る。だから、痩せるためには、ちゃんと運動せねばまずい」とね。

でも、人間、この以前まで実践してきた論理を変更し、新たなミッションなり目的を内在化させること、そしてそのための手段を忠実に履行すること、これは、自己変革が求められている部分が大きければ大きいほど、超えねばならないと感じるハードルのバーも高くなる。特に、もともと運動が好きでない僕にとって、この「運動せねば」という新たミッションは、すごく超えづらい壁だ。わざわざブログにそんなつまらん分析を書いているのも、自分のハードルを外在化させて、プレッシャーをかけるのと、少しでもバーを下げよう、というささやかなる試みゆえである。

多分、現場で自己変革を拒み、昔のやり方に固執している支援者の中には、組織論の大家であるシャイン博士の言う「Learning Anxiety (新たなことを学ぶ不安)」が大きい人も多いのかもしれない。自己変革や新たな学びへの不安は、その閾値(ハードルのバー)を下げる個人の側の努力と、それを暖かく見守る組織の後押しの両方が繋がるなかで可能になる。僕の場合も、自分が努力するだけでなく、テニスの同好会が出来た、とか、ジムに毎月会費を払ってしまっている、という外的要因が、「Learning Anxiety (新たなことを学ぶ不安)」の閾値を下げてくれているのだ。なので、今科研の研究費を頂いてやっている支援者変革の研究でも、こういった「Learning Anxiety (新たなことを学ぶ不安)」を下げて組織変革に結びつけるために、組織側、個人側に求められている課題は何か、を追求していきたい、と考えている。

とうだうだ書いてきたが、えっ、何だって? 「能書きの暇があったら早くプールにでも行ったらどうだ?」ですって。だから言ったでしょ。今日は筋肉痛でいけないのです。とほほ。

方法論3冊

 

今週になって、朝、車の窓ガラスが凍り始めた。いよいよ本気の冬である。早速今日、スタッドレスタイヤに交換する。夏はめちゃくちゃ暑い甲府であるが、冬はとんでもなく寒い。2週間前からは石油ストーブも全開だし、暖冬とか何とか言われても、寒いことにはかわりない。

ここ最近、方法論の本をまとめて数冊読んでいる。いよいよ今年はじめて卒論学生を担当していて、来月末に向けて佳境に入ってきたので、彼ら彼女らへの指導のためが半分、でも半分は自分のためでもある。最近新たに買ったり読み直して面白かった方法論の書籍を三冊、挙げてみる。

「医療経済・政策学の視点と研究方法」(二木立著、勁草書房)
「社会福祉研究法」(岩田・小林・中谷・稲葉編、有斐閣)
「実践フィールドワーク入門」(佐藤郁哉著、有斐閣)

は先月出た新刊で、は読み直した本である。

医療政策について独自の視点で次々と切り込む著作を続けている二木氏の方法論がどっさり詰まったを読んでいると、彼がいかにストイックに勉強しているか、がわかる。一日8時間以上勉強している日が、年間を通じて100日ある、というのは、学内外の仕事をしながら、ということを考えると、とんでもない感じだ。一兵卒で、本来時間があるはずなのに、自分を振り返って、一日8時間、みっちり勉強できている日が月に何日あるだろう・・・。やはりある程度のストイックと、割り切りと、きちんとした時間マネジメントの気持ちがないと、こうはならないだろうな、と希望もショックも受けた本だった。

の有斐閣アルマシリーズは、なんだか良い本が多い。社会福祉の方法論の本について、今まで結構たくさん買ってきたが、日本語で書かれている本として、わかりやすくて、かつ深いポイントまで押さえられているのがこの本。実際に学会誌に掲載されたいくつかの論文を元に、どういうデザインを元に、データをどんな風に分析して、まとめていったのか、を実例を元に分析・説明している。こういうタイプの追体験可能な事例が出されていると、読み手にとっても勉強しやすい。ここ数年間で、質的調査に関する方法論の本が爆発的に増えているが、こういういい本が出たのは、実に喜ばしい。惜しむらくは、一番方法論で悩んでいた数年前の博論執筆時に出会えていたら・・・であるのだが。

で、は、おとといのゼミの最中に、急に思い出して、手にとってみた本。買った当時は、つまみ読みだったのだが、今回全編を通読してみる。実に味わい深い本だ。サブタイトルが「組織と経営について知るための」とあるように、一橋の商学部で教えている社会学者が、自身の学部・院生にも伝わりやすいように、と、経営学や組織論で出てくるフィールドワークの古典を元に、フィールドワークやインタビューなどの方法論についてわかりやすく解説している同書。組織論や経営学とフィールドワークの接点、というのは、僕自身が今まさに研究している部分とも重なり、ケースとして紹介する文献も、キーワード解説も、実に興味深い。今、方法論的に悩んでいたある研究の重要なヒントももらえたし、この本を通じて気になる本を何冊か早速アマゾンに注文した。こういう「バッチリ合う」本に合うと、実にうれしい限りだ。

方法論では、本当に苦労している分、その分野の本は乱読している。

来月くらいから、新たに現場調査もはじまるので、その前に、こういう形で方法論について再定義や反省をしておくことは、自分の中での整理としても、実によい。今週末も、来週末も出張だったり、と、なかなか落ち着いて「8時間の自習時間」をとれない分、いかに自分のあいている時間をうまく活用できるか、が問われている。某先生みたいに、酒は飲まないので朝まで勉強、というのとは対極的に食べること・飲むことが大好きな竹端にとって、結局真っ当に頭が働いている時間の集中度を増す、ということでしか、問題は解決できない。ま、マシーンにはなれないしね。

なので、明日の朝の「あずさ」でも勉強しよう、と鞄の中に書類を詰め込むタケバタ。でも、結局バーベル代わりにしかならなかったりして・・・。

求められる枠組み変換

 

大阪からの出張帰りの「ワイドビュー富士川」号の中で、再来週の授業で扱う予定のNGOに関する文献を読んでいて、心からうなずくフレーズに出会った。

「現在の発展途上国のように、好むと好まざるとに関わらず開発の言説が圧倒的な力を持つ社会においては、住民が社会的なプロセスに参加していくためには、開発の言説が『主体』と認めるようなある特殊な『主体』に自分自身を変えていかなければならない、そうしなければ参加できない、というような状況が生まれているのではないだろうか。その場合、参加を阻んでいるのは、援助する側が求めるような『主体』へと変わることを拒否している住民であろうか、それとも援助する側にとって都合のよい『主体』以外は認めようとしない私たちであろうか。」(定松栄一「開発援助か社会運動か」コモンズ、p249)

この定松氏の指摘は、発展途上国を障害者福祉、開発を自立、住民を障害者、と置き換えれば、障害者支援の文脈でも全く同じことが言える。

「現在の障害者福祉のように、好むと好まざるとに関わらず自立の言説が圧倒的な力を持つ社会においては、障害者が社会的なプロセスに参加していくためには、自立の言説が『主体』と認めるようなある特殊な『主体』に自分自身を変えていかなければならない、そうしなければ参加できない、というような状況が生まれているのではないだろうか。その場合、参加を阻んでいるのは、援助する側が求めるような『主体』へと変わることを拒否している障害者であろうか、それとも援助する側にとって都合のよい『主体』以外は認めようとしない私たちであろうか。」

「開発」や「自立」という言説、往々にしてこれらに絶対的な「善」という価値が付与されがちだ。だが、そもそもまずこの「開発」や「自立」という文言は、誰にとって、どのような意味での「開発」であり「自立」であるか、が問われなければならない。その意味で、厚生労働大臣の国会答弁は、いろいろなことを私たちに教えてくれる。

「自立というのは、身の回りのことをできるだけ人の手を借りないでやり遂げるということからスタートしているという姿を見てまいりまして、こういう格好で自立を進めていくんですよ、それで自立のレベルを上げていくんですよというようなことを見まして、自立というのは、本当に、まず身の回りのことを自分がやる、そして、その上に立って自分の意思でもっていろいろなことをやるようになっていく、そういうようなものがずっとスペクトルのように続いている話であるというふうに思いました。自立が、自分で所得を稼得するところまで完全にいくということしか自立じゃないというふうなことではない、一歩でも進むことを自立といって、それを支援していくことだというふうに、これは随分幅広く考えていった方が正しいのではないか。」
平成18年10月25日衆議院厚生委員会での柳沢厚生労働大臣の答弁

金融問題のスペシャリストであった柳沢氏も、残念ながら厚生労働行政には不勉強であられたのであろうか。尾辻元大臣の「自立とはタックスペイヤーになること」というのも強烈な自立観であったが、柳沢現大臣の「身の回りのことをできるだけ人の手を借りないでやり遂げるということからスタート」という発想も、すごい。尾辻元大臣は「経済的自立」、柳沢現大臣は「身辺的自立」を自立の第一歩と定義されておらるが、この定義をアプリオリなものとして、「ある特殊な『主体』に自分自身を変えていかなければならない、そうしなければ参加できない」と定義してしまうと、障害者の多くが、「参加できない」状況に構造的に追い込まれてしまう。なぜなら、障害のある人の少なからぬ数が、支援や援助が受けられない中では「経済的自立」や「身辺的自立」が不可能である場合が多いからだ。

「援助する側にとって都合のよい『主体』」を想起すれば、話はもう少し簡単になる。「経済的自立」や「身辺的自立」に向かって一生懸命頑張る「主体」を「都合のよい『主体』」と定義すると、「それ以外の自立があるのではないか」と全国大行動などをやっている障害者は、「援助する側が求めるような『主体』へと変わることを拒否している障害者」であり、やっかいな存在だ。

だが、障害者運動がずっと問い続けてきたのは、「人の助けを借りて15分かかって衣服を着、仕事にも出かけられる人間は、自分で衣服を着るのに2時間かかるため家にいるほかはない人間よりも自立している」という自立観(たとえば次のHPなど)であった。これは「自己決定・自己選択の自立」と言われるものである。「援助する側にとって都合のよい『主体』」であることがおかしいのではないか、と自分で考え、決める「主体」。こういう「都合のよい『主体』以外」の存在を認めない、ということは、ひいては援助側が、援助される側に対して支配的価値観が全面に出ているのではないか? 定松氏はきっとこう思っていたはずだし、障害者福祉の領域でも、まさに同じことが永遠の課題になっている。

国際協力分野では、参加型農村調査法(PRA:Participatory Rural Appraisal)が重視されている。これは、援助される側である「農民」が主体的にその地域問題の解決に向けて調査や行動を起こすのを支援する、というあり方である。自立支援法が「障害者」の主体的な「参加型」の地域問題解決法に至っているか? 残念ながらほど遠い現状にあるような気がする。障害者福祉のバックラッシュのような観がある現在、国際協力分野で言われている援助者主体から当事者主体への、needs basedからrights basedへのアプローチ転換は、まさに今、障害者福祉分野でも大切にされなければならない枠組み変換である。そんなことを考えながら、甲府に向かう夕暮れを過ごしていた。

目が飛び出るほどの

 

一週間のご無沙汰です。
この一週間、目が飛び出んばかりの忙しさに翻弄されていた。

水曜日、エプソンマシンが届く。そう、実家が光フレッツの工事を気に、昔寄贈したウインドウズ98マシンから卒業することとなり、我が家でこれまで働いてくれていたダイナブック君を実家に寄進することになったのだ。で、急ぎニューマシンを購入する。もちろん、金銭的余裕があろうはずもなく、ボーナス一括払い、ってやつである。いやはや、フリーターをしていた頃に比べると、この部分がありがたい。でも、結構データの移行って大変で、結局この1週間、いろんなデータの移し替えで翻弄させられる。これが忙しさのその1。

で、忙しさのその2。先週の火曜日に突如として現れた課題。この1週間で(=つまり明日までに)とある報告書の「中間報告」を出さなければまずくなった、とのこと。青天の霹靂。ひっくり返りそうになりながら、でも、研究班メンバーの中で、この1週間で時間がとれるのは、どう考えても僕だけだ、ということが判明。なので、先週末の連休以来、ずっと調査結果の分析と考察を作る作業に追われていた。一応の締め切りが今日の夕方で、脱稿が午後9時。でも、あさってのプレゼンまでに、Mさん、Hさんにご苦労をおかけすることになる。すんません。でも、15人分のインタビュー分析だけでも、これほど苦労したんです。ほんと、ここ数日は熟眠感もなく、とにかく馬車馬のようにデータの集計に明け暮れていた。ま、なんとか仕上がったので、今は赤ワインを飲んで、ほろよい、である。

忙しさその3。教育と研究。そう、明日は6時起きで河口湖まで出かける。わが二年生のゼミ生が、この一年間、「知的障害者を犯罪から守る」というテーマで一生懸命取材を続けて来たのだが、その成果の発表会を、今日は僕の授業で行い、明日は健康科学大学の授業で行うことになったのだ。いやはや、福祉学部でもない法学部の、しかもまだ2年生の学生たちなのに、ほんとうによく頑張っている。彼ら彼女らのがんばりをたたえながら、それを何とか形にして、成長の証に出来るよう、教員として、側面努力をしているつもりだ。そういう教育的なことと、研究といえば、来週の火曜日は、研究会で博論以来取り組んでいるテーマの発表でもある。週末、突発的仕事で研究が出来ず、しかも土曜はまた急遽大阪出張が入ったので、考察もままならないテーマをどうするか。ここも課題で、忙しい。

そういえば、アジアのとある国から帰国している人が、こんなことを書いていたっけ。

「前回の帰国のときから感じていたことですが、国で素朴な生活を送っていると、東京や大阪の慌しい都会生活の何気ないこと、たとえば電車に乗って表情のない人たちを見ているだけで、精神的に非常に疲れを感じています。」

そう、日本の特に都会は、ものすごくワーカホリックな雰囲気が町中にあふれているよね。僕も、スウェーデンから帰国した当初、そう思っていました。でも恐ろしいのが、それになれると「精神的に非常に疲れ」るはずなのに、それを忘れた振りが出来ること。とはいえ、絶対どこかに蓄積されていのです。今週末までハードな日々が続くけど、こういう蓄積から自由になるために、何とか自分のコントロール能力を死守しなければ、とワインの酔いで濁った頭でも、自覚はしていた。

類縁性と帰納的アプローチ

 

昨日書いたブリコラージュについてネットで検索してみたら、ほほぉ、という記述に出会った。

「学問とは同一性や反復性を確認したがるものである。それが対象領域と拘束条件の設定が大好きな科学や社会科学の立脚点というものだ。けれども、類縁性はそうした個別の立脚点をやすやすと越えていく。跨いでいく。それは「答えのない問い」によるオイデュプスの神話そのものなのである。「なんだか似ている」ということ、「なんとなくつながっている」ということ、そのことを考えるのがレヴィ=ストロースの学問であり、つまりは『悲しき熱帯』だったのだ。」(松岡正剛の千夜千冊 第三百十七夜 『悲しき熱帯』レヴィ=ストロース

なるほど、確かにレヴィ=ストロースがブリコラージュを説明する「野生の思考」の第一章を「具体の科学」と名付けたのは、「同一性や反復性を確認したがる」「科学や社会科学の立脚点」を超えた所にある「類縁性」をブリコラージュは大切にしているからであった、と言えそうだ。この「類縁性」については、昨日引いた内田先生は「『これ』って、『あれ』じゃないか」的な発想法」と書いておられる。この「『これ』って、『あれ』じゃないか」という発想は、確かに「科学的」ではないかもしれない。でも、いくつかのフィールド現場で出会うソーシャルワーカーや看護師、作業療法士に「同一性」や「反復性」よりも、といったfront lineで裁量を活かして働く人びとという「類縁性」を感じていたタケバタにとって、まさに自分自身の発想法がブリコラージュそのものだったとようやく気づく。それと共に、僕が感じていた「類縁性」の中身にも、別の「ブリコラージュ」があることに気がつく。

博論以来ずっと現場で働く人びとの「裁量」に着目している、と書いてきた。例えば現場のワーカーは、限られた社会資源の中で、出来る限り当事者が望む支援内容を、自身の裁量を最大限に使って、何とか組み立てていく。これって、ブリコラージュそのものなのだ。

「彼の使う資材の世界は閉じている。そして『もちあわせ』、すなわちそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。」(レヴィ=ストロース「野生の思考」みすず書房、p23)

「科学者は構造を用いて出来事を作る(世界を変える)」。科学者でなくとも、自立支援法の制定や報酬単価の改定(減額)といった、とんでもない構造変化が「世界を変え」んばかりの勢いで迫っている。その際に、こういう日本全体を覆う巨大な構造変化に対して、一現場が新たな「構造」を持ち出したところで、そう簡単に変わるわけではない(そうは言っても、現場から「世界を変える」ことが不可能と僕は思っているわけではない)。だが、「世界を変える」ことにコミット出来なくとも、「そのとき限られた道具と材料の集合で何とかする」ことは可能である。そして、その時に「何とかする」担い手が、現場のソーシャルワーカーなのである。

「いままでに集めてもっている道具と材料の全体をふりかえってみて、何があるかをすべて調べ上げ、もしくは調べなおさなければならない。そのつぎには、とりわけ大切なことなのだが、道具材料と一種の対話を交わし、いま与えられている問題に対してこれらの資材が出しうる可能な解答を全て並べ出してみる。しかるのちその中から採用すべきものを選ぶのである。」 (前掲、p24)

あるミッションを遂行したいワーカーは、まず「いままでに集めてもっている道具と材料の全体をふりかえってみて、何があるかをすべて調べ上げ」てみる。その中で、「道具材料と一種の対話を交わし」、一番相応しい「解答」を「採用」する。この過程がまさに現場ワーカーの裁量部分であり、腕の見せ所であり、達人ワーカーと新人ワーカーの差として現れてくるのだ。ここからは、ある達人ワーカーがしばしば次のように言い続けているのを思い出す。

「制度や法律は使い倒した上で、ないものはどう新しく作れるか。それが僕たちの課題だ」

そう、この「使い倒した上で、ないものを新しく作る」という発想が、まさにブリコラージュそのものであり、現場ワーカーの裁量の最大の特色でもあるのである。

ついでに類縁性つながりでいくならば、看護の世界でもこんなことがいわれ始めている。

「科学は、個別の違いを捨象して普遍性を考えていくものである。医師が行う診断は、診断基準に照らしてその違いを取り除き、合致する点を選択していく過程である(演繹的アプローチ)。各種検査の結果、臨床症状を診るのは、あくまでも正常か異常かの基準に照らして判断するための作業である。一方、看護実践は、さまざまな生活歴をもった個別な患者のひとりひとりに対応すべく、看護の原則論を頭におきつつも、最終的には限られた資源のなかでより健康的な方向へ向かう、個別のニーズに対応する実践の過程である(帰納的アプローチ)。」(陣田泰子「看護現場学への招待エキスパートナースは現場で育つ」医学書院 p86)

「限られた資源のなかでより健康的な方向へ向かう、個別のニーズに対応する実践の過程」そのものが、「そのとき限られた道具と材料の集合で何とかする」というブリコラージュそのものなのだ。そういう意味では、看護だけでなく、福祉の現場でも、その多くが「帰納的アプローチ」としての類縁性を持つ。ケアマネジメントの「科学化」が何となく気持ち悪いのは、従来の個別支援という「帰納的アプローチ」を「標準化」という「演繹的アプローチ」に変えよう、という点での気持ち悪さ、といえばいいだろうか。陣田さんも、この点について次のように指摘している。

「いま、医療現場で進行している『標準化』は、医療を取り巻く環境の中で来たるべくして来た流れではあるが、医師の行う診断、治療はともかく、看護においては、どこかで『標準化』の流れとは相容れず、ジレンマに出会う。いま『標準化』の流れだからこそ、ナースは、ベッドサイドで個別のニーズに可能な限り対応する意味がある。」(前掲、p86-87)

医療を福祉に、医師の行う診断を一次審査・二次審査に、標準化を要介護認定や障害程度区分に置き換えれば、まさに福祉の現場そのものの話である。でもそこでナースをワーカーに置き換えた時、利用者のそばで「個別のニーズに可能な限り対応する意味」をどれほど個別のワーカーが噛みしめられる余裕があるだろうか。そんなことをふと、考えてしまった。

科学者と器用人の接点とは?

 

「人間にとってたいせつなのは『新しい状況』にそのつど『新しいスキーム』をあてはめるせわしない知のアクロバシーを演じ続けることではない。そうではなくて、人間がこれまで拾い集め、蓄え、作り上げてきたすべてのものに向かって、『でも、これにも何か使い道があるんじゃないかな?』と問いかけることではないのか。レヴィ=ストロースはそういうことが言いたかったんじゃないか。」(内田樹「東京ファイティングキッズ・リターンズ」バジリコ p115)

先週の大阪出張時に内田樹さんと池田晶子さんという、僕が「即買い」する二人の哲学者のエッセーが出たので、ここしばらく、家で風呂読書が実に楽しい。池田晶子さんの話はまた今度するとして、内田氏のこの対談本の中で出てきた、レヴィ=ストロースの「ブリコラージュ」についての解説に、なんだかピンときた。そこで、今週末の出張地である静岡の書店で、これまで不勉強で読んだことがなかったレヴィ=ストロース大先生の「野生の思考」を購入。読み始めると、これが実に面白い。で、出張先のホテルで折り目を付けたのが、次の部分だった。

「科学者と器用人(ブリコロール)の相違は、手段と目的に関して、出来事と構造に与える機能が逆になることである。科学者が構造を用いて出来事を作る(世界を変える)のに対し、器用人は出来事を用いて構造を作る。」(レヴィ=ストロース「野生の思考」みすず書房、p29)

そう、新しい構造なりスキームなりシステムなり制度なりで、旧体系を壊す、という「出来事を作る」前に、これまで蓄積してきた「出来事」を組み合わせる中で、何らかの寄せ集めの「構造」が立ち上がってくるのではないか。そして、それは、新しい「構造」でなくても、案外「使い道がある」「構造」になりうるのではないか。

この、内田先生とレヴィ=ストロース大先生のご指摘は、今日の静岡から帰りの電車の中での議論につながっていく。

今日は経営学の先生と病院経営について議論をしていた。その中で、病院のマネジメントに関して、議論が出てきた。医療費がこれだけ社会保障費全体を圧迫する中で、病院経営も楽ではない。その中で、マネジメントやコンサルティングの専門家が病院経営に助言や参画する場面も増えてきた、とのことである。で、そこで気になったのが、経営の専門家達の立ち位置である。やはり経営の専門家が病院経営の分析をする中で、圧倒的な人件費の比率の高さをいかに抑制するか、が課題になるという。確かに(特に国公立の)病院における人件費の比重の高さは、よくニュースでも話題になっている。で、そこで興味深いのが、「かといってなかなか看護の人件費を削減できない」という経営側の視点をどう捉えるのか、という点であった。

確かに、病院の売りを突き詰めて考えると、どれだけ名医がいるか?という点に収斂される。だが、では名医さえいれば、看護やコメディカルはどのような質であってもよいのか、というと、それは違う。執刀するのは医師でも、病態の急変に気付いたり、病室での適切な処置をする最前線にいるのは、看護職である。また、病気療養後の「社会復帰」へのつなぎをつけるのは、ソーシャルワーカーといったコメディカルの仕事である。そして、看護やコメディカルの専門家は、医師に比べたら低い立場で見られやすいが、彼ら彼女らが病院組織にかける思いは、決して医師にひけをとらない。医師に比べて(時としてとんでもなく)低い給料でも、多くの看護やコメディカル職員が、その現場で、自分たちの専門性を活かして、最大限の「出来事」を蓄積してきたのだ。それを、コストカットという新しい「構造」の錦の御旗の下で、古い「出来事」をバッサリ切り捨てて、経営改善一色で進んでいって、果たして非営利組織、ヒューマンサービス組織が立ちゆくのだろうか。

ここで付記しておきたいのは、決してコストカットが必要ない、というつもりは毛頭無い、ということだ。どんな組織であれ、マネジメントの側面は必要であり、経営の効率化と収支の改善、無駄を省く、ということは、ごく当たり前の常識として必要とされる。この部分には全く異存はない。ただ、収支改善をする一方で、ヒューマンサービス組織としてのミッション、「利用者本位」「患者本位」というミッションを時に忘却していないか、それが経営学サイドから書かれる病院や福祉組織分析の本を読んでいて感じる疑問であった。医療や福祉で「いいことをしているんだから」というお題目を「隠れ蓑」にして、自身の改善を放置することは、今や許されない。だが、その一方、コストカット、経営改善という新しい「構造」を「錦の御旗」にして、これまでの「いいこと」をするために培ってきた、蓄積してきた、現場の「出来事」の大部分をばっさり切り落としてしまっていいのか? その部分が疑問なのだ。ようは、経営改善と現場の蓄積の活用を、どう両立出来るのか? そこに医療や福祉組織の改善のヒントがあるような気がしている。

そうすると、ここで大切になってくるのが、「科学者」と「器用人」の接点といえよう。「器用人」である現場の人々が蓄積してきた「出来事」と、「科学者」である研究者や経営者、コンサルタント、厚労省・・・が持ち込んできた収支改善といった新たな「構造」がどう出会えるのか? その際、従来の蓄積された「出来事」をどれほど活かしながら、新たな「構造」の良い点を取り込んでいけるのか? その際、「科学者」と「器用人」がどのように「チーム」を組みうるのか? こういった点が、新たな課題なんだろうなぁ・・・。そんなことを考えていた。

自己変革へのアシスト

 

今日は出張で静岡に宿泊。静岡の友人と久しぶりに議論していた。

あんたの関心の中心は「人」なんだね、と解釈され、改めて自分の研究を振り返ってみる。確かに、社会に変わってほしい、組織も変革してほしい、と思うけど、「その前に個人が変わらなきゃ」と博論以来一貫して主張し続けている自分がいる。いや、起源をさかのぼれば、大学生になる以前から、「○○だからしかたない」という言説が大嫌いだった。あれって、自己変革しない言い訳、他責的文法で逃げるための方便だと思う、というので、意見が一致。そういう無責任が一番問題である。特に、若い頃「社会変革」をしきりに叫んでいたのに、自分がいざ「変えうる」ポジションについた時に、保身と事なかれ主義にどっぷりつかって何も変えないどころか、下の世代の変革の芽を積極的に潰している団塊の世代について議論が白熱。私たちの社会でどのように「言い訳」から自由になるか、言い訳というロジックを使わないで、きちんと向き合えるか、そのために教育は何をなすべきなのか、などについて議論を重ねていった。

そう、議論といえば、友人の職場でも、私の職場でも、どうも議論そのものに慣れていない世代が増えているのではないか、という話になっていった。ある議題について、つっこんで話をする、ということはなく、「わからない」「興味ない」「つまんない」と簡単にふたをしてしまう場面が、大学だけでなく、多くの職場でもみられる、という。他者と議論する土壌が貧しくなる中で、自分の知らないことに対する畏敬の念や、謙虚な自信、あるいは知らない世界への想像力の翼、といったものが少しずつ失われつつあるのではないか。そして、そういう世代に対して、「最近の若者は」という古典的説話形式から抜け出せない、私たちより上の世代に問題の固有性や深刻性が横たわっているのではないか、という話につながっていく。もっと言うと、「わからない」と口にする若者を、無視したり論外と切り捨ててきたのは、他ならぬそういう「昔若者」の市民なのだから。

今、自分が「職員研修」「現任者教育」に大きな興味を寄せているのも、このあたりが所以なのかもしれない。個々人の素質や先天的能力に問題をすべて押しつけるのではなくて、個々人が何に困り、どう解決し(できなかったのか)の分析の中から、何らかの「カイゼン」なり、個人や組織・社会の自己変革や成長へのアシストが産まれてくるのではないか。そんなことを話していた。

そう、静岡といえば濃いだしの静岡おでん。今日はいけなかったが、美味しいお店も紹介していただく。明日こそは、そこに出かけてみよう。

おでんと想像力

 

昨夕、生まれて初めて自分でおでんを作ってみた。
週末大阪出張で、久々に自宅に泊まっていた時、母親が夕飯に出してくれた「残り物のおでん」がめちゃくちゃ旨かったのである。「こんな美味しいの、どうやって作ったらいいの?」と食いしん坊は思わず口に出してしまう。すると、母親は「そんなん簡単よ」とレシピを教えてくれた。ま、レシピ、というほどでもないのですが。そのレシピでおでんを作り始める。もちろん、がんもどきも忘れない。

がんもどき、実家のおでんの定番メニューであり、外食おでんと「ひと味違う」ところ。なんのことはない、あぶらげの中にゴボウやにんじん、鶏肉を詰めて、爪楊枝で蓋を閉めてできあがり、のやつである。父親が大好きで、おでんでは毎回出てくるのだが、我が家では一気にパクパク食べていた。で、今回自分でつくってみて始めて気がついたこと。がんもどきを作るのは、結構手間がかかるのだ。

ごぼうをまず切って洗って、ささがきにする。にんじんも同様。そのあと、今回はえのきを切ってボウルに混ぜ、その具と鶏肉をあぶらげの中に入れていく。この作業、楽しいのは楽しいのだが、意外に手間がかかるのだ。そういう手間をかけながら、気付いた。「こうやって手間暇かかるってことに、僕自身は感謝もせずに食べていたよなぁ」と。そう、実家に住んでいたころ、こうやって母が手間暇かけてつくってくれるものが「当たり前」だった。だから、当たり前のごとく、感謝もせずに、食べていたのだ。いやはや、有り難いことだったのに。一人暮らしを始めた後、自炊をするようになったが、今では忙しいから、そうそう手の込んだものは作れない。確かにおでんは簡単な方であるが、それでも作り込むための下準備に手間はかかる。この手間をかける、ということの、有り難さ、に、自分が手間取りはじめてようやく気付いたのだ。そう、手間暇への想像力に欠けていたのだ。

この他者への想像力というものを働かせるのは、自分自身でも、すごく難しい。母の料理の手間暇という身内への想像力だって、なかなか羽ばたかないのだ。ましてや、自分の身内ではない、社会問題への想像力に至っては。授業で障害者の問題を扱っていると、この社会問題への想像力の翼をどう学生に持ってもらうのか、で苦労する。学生に「僕の授業では出来る限りコメントで本音を書いてほしい」とお願いしたことが功を奏し、いろんな本音が寄せられる。中には、「障害者に先生は甘すぎる」「過保護だ」「もっと自立するために障害者も努力すべき」という声も。こういう声を前にして、“You are wrong, I am right.”というのはたやすい。だが、そうではなくて、いかに本人自身が何かを気付き、自分で変わろうとする変容プロセスに教員の竹端がアシストできるか、そのあたりが大変難しいのだ。

想像力を身につけるとは、水平的知識の拡大ではなく、「自分が知らないと言うことを知ること」、内田樹氏流に言えば、「階段を上がること」である。こういう世界があったんだ、自分はその世界にまったくコミットしていなかったのだ、知らなかったよ、ということを、他人事ではなく自分事としてどう知覚してもらえるように、授業を通じてアシスト出来るか? これは大変難しい課題だ。明日の朝一の地域福祉論の授業では、その難題に取り組んでみよう、と思う。ひたひたにつかったがんもどきや大根をハフハフ言わせながら、シャルドネの辛口と共に頂きながら、そんなことを考えていた・・・。というのは、半分だけ本当で、実のところ、食事中はもっぱら「のだめ」に心を奪われていたタケバタであった。