記事一覧

地域包括ケアに求められる動的ダイナミズム

街おこしや地域の再生、を考える際、無から有を生み出す、という意味での「創発」との関連性が高い。そして、この「創発」に関しては、最近やりとりをさせて頂いている東京大学の安冨歩先生の本から学ぶことは多い。先生の著作に刺激を受けて、ノーマライゼーションの原理と創発をつなげた論文「ボランタリーアクションの未来」を書き上げたくらいだ。
最近、このブログでは地域包括ケアについて色々考え続けているが、その中で気になって、安冨先生の『経済学の船出』『複雑さを生きる』を相次いで読み直していた。その中で、残念ながら今、品切れになってしまっている『複雑さを生きる』の中に、地域包括ケアを考える際の重要な視点がある事に、改めて気づいた。その事を長々と今から書くのだが、一言で言えば、
創発は、PDCAサイクルの外にあり、計画制御が出来ない
ということだ。これが、高齢者や障害者、末期がんやターミナルの患者さんも、住み慣れた地域で暮らし続ける為の、安心と見守りの地域支援システム作りにどうつながっているのか。
「ブリコラージュによる思考の特徴は、目的を固定しないことである。すでに与えられたものから出発し、その組み合わせによってうまくできることを目的とする。目的を固定しないので、状況の変化には対応しやすい。なぜなら出来なくなった目標は視界から消え去り、常に手元にある資源を利用して新しい組み合わせの可能性を探り、目標を動かし続けることになるから。そして達成された目標が手段に組み込まれ、新しい目標が見出される。目的と手段は一つの円環を描き、動き続けていく。これに対して、計画制御というアプローチは、まず目的を固定するところから始まる。」(安冨歩『複雑さを生きる』岩波書店、p177)
行政内部で完結するプロジェクトではなく、地域住民の力を活かしながら、自助や共助の力を高める営みを地域包括ケアとするならば、計画制御アプローチには限界がある。なぜなら、住民の暮らしや営みを「固定」することは不可能だからである。そして、特に中山間地など、社会資源が少なく、自治体の財政力が弱い地域においては、その地域にすでにある人・モノ・支援・ネットワークをどう上手く活用しながら、支援システムを再構築するか、が求められている。その際に必要になるのが、レヴィ・ストロースが提唱した「手元にある資源を組み合わせながら何とか活用する」という意味でのブリコラージュである。(このブリコラージュについては、以前ブログで福祉分野との接合点を考えた事がある)
さて、地域包括ケアにおいても、対象とする地域の住民の「状況の変化に対応」する中で、「常に手元にある資源を利用して新しい組み合わせの可能性を探り、目標を動かし続けること」が求められる。そのプロセスを続ける中から、渦という動的プロセスが生まれる。
「渦の運動がその中心の移動を欲するなら、運動を提起した人物がその中心を離れる必要も生じうる。渦が起きやすいところから、渦を起こし、あちこちで生じた渦を相互に接続し、大きな渦を創り出すことを目指すのが、『共生的価値創出』の重要な点である。」(同上、p130)
この際、大きく問われるのは、生成しつつある渦を大切にするのか、あるいは計画や概念図の実行・履行を大切にするのか。どちらの優先順位を高くするのか、である。地域福祉計画、地域自立支援協議会、地域包括ケア・・・など様々な現場で、計画や概念図が作られるが、それは渦を創り出す為の参照枠組みなのか、あるいはその計画にあくまでも縛られる計画制御の絶対基準なのか、どちらなのだろうか。
「まず始めに問い直すべきは、外部の力によって特定の対象社会に働きかけ、なんらかの方向を目標として資金や人的リソースを投入するという『操作』の姿勢そのものである。これに対して本書は『共生的価値創出』という概念を提唱する。それは働きかける側と対象となる側に切り分けるのではなく、両者を、相互に依存し、影響しあう一つのシステムとして認識しようとする姿勢である。この共生的関係を明確に認識しあいながら、そこに結ばれる新しい関係によってなんらかの新しい価値を創出することがめざすべき方向となる。」(同上、p128)
地域包括ケアシステムは、何らかの「操作」の結果、生まれるものではない。支援する側と支援される側を「切り分ける」という介護保険の準市場的アプローチでは、限界がある、という認識から、この仕組みの導入が求められたのである。そこでは、ケアする側もされる側も、あるいは働きかける側も対象となる側も、「相互に依存し、影響しあう一つのシステムとして認識」するという視点の捉えなおしが必要不可欠になってくる。「この共生的関係を明確に認識しあいながら、そこに結ばれる新しい関係によってなんらかの新しい価値を創出すること」こそ、まさに新たな「渦」を作り出すことであり、共生的価値創出そのものであるのだ。
では、計画制御が不可能であれば、計画そのものもいらないのであろうか? この点について、安冨先生は、次のように指摘している。
「計画はそれ自身としては事態を解決したり推進したりする機能を持たず、逆にそれを阻害する機能を持っている。しかし計画は、その事業に関係する人々のメディアとして機能することができる。たくさんの人間が事業にかかわる場合は、そこに紛争が生じることは不可避といってよい。その場合に、あらかじめ参照基準となる計画が策定されており、人々の合意が一応なりとも成立しているなら、その紛争を事前に回避し、あるいは生じた紛争を迅速に解決する上で、計画が交渉メディアとして役立つことがある。計画もまた法と同じく、メディアとして立ち表れた場合に、有効に機能しうるのである。」(同上、p142)
計画に関連する人々のコミュニケーションを円滑にする「メディア」としての計画。これは、現場の実感にも合致する。ただ、ここで「目標」とも「絶対基準」とも書かず、「参照基準となる計画」と書いていることに、注意をする必要がある。先述したように、地域包括ケアでは、PDCAサイクルや線形制御ではなく、ブリコラージュの動きの中で渦を作り、「共生的価値創出」(=新たな何かを「創発」すること)が必要とされている。そのとき、一応の前提としての「見取り図」としての計画があることで、関わる人々のコンセンサスは得られるが、渦が動き始め、自己組織化が始まると、その渦に合わせて、計画もアプローチも変容することが求められる。
「渦が起きやすいところから、渦を起こし、あちこちで生じた渦を相互に接続し、大きな渦を創り出すことを目指すのが、『共生的価値創出』の重要な点である」ならば、それを実現するためには、「出来なくなった目標は視界から消え去り、常に手元にある資源を利用して新しい組み合わせの可能性を探り、目標を動かし続ける」というブリコラージュの方法論が必要不可欠になる。この動的プロセスを、地域包括ケアに組み込むことが可能か、が問われている。
だが、そもそも地域包括ケアシステムの構築とは、ソーシャル・アクションの営みそのものである。そして、ソーシャル・アクションとは、計画制御の枠組みからこぼれた弱者を救うための、枠組みの捉えなおしとしてのアドボカシー活動に端を発したのではなかったか。当事者の抑圧されていた思いや願い(=本音)を聞く中で、計画制御で執行されている法や制度の問題点に気づき、それを何とか変えるために、現場レベルから、渦を作り始めたうねりであった、といえるのではないか。
そして、実は僕は過去のブログで、創発の渦が出来ていく、ブリコラージュの過程を、繰り返し考え続けてきた。(たとえば「ボトムアップ型の創発と自己組織化」「創発の渦の螺旋階段的拡大」など)
福祉現場の渦の生成と発展を垣間見る中で実感しつつある事、それは、このような渦を広げていく営みの中で、後付け的に使命が見つかり、ビジョンが拡がっていく、ということである。つまり、最初から計画制御が出来ると思わず、とにかく目の前の課題に取り組むために、対象者と自分を切り分けることなく、渦を作り始める。その中で、渦の自己組織化したがって、必要とされるビジョンが切り開かれていく。計画は、あくまでもその際の「参照枠組み」に過ぎない。
法律や制度の枠内で考える、社会システム適応的視点であれば、計画制御は一定機能する、というか、信憑性があるように思える。だが、特に対人直接サービスの領域では、法や制度は常に現実の問題の「後追い」である。であれば、「社会システム適応的視点」は、常に事後対応に終わり、問題の本質にたどり着くことはない。むしろ、法や制度の問題点を徹底的に分析した上で、それを乗り越える策を考えていく、という「社会システム構築的視点」がソーシャルアクションには求められる。そして、この社会システム構築的視点、こそ、地域包括ケアで必要不可欠とされる視点なのだ。
ただ、何もそういうことを力まなくても、現場の、お役所仕事をしていない人々、たとえば街づくりのNPOの人などは、既にこの力を持っている。ようは、行政の側が、そのオルタナティブな力、を信じることが出来るか、それにかかっているのだ。
「市場だけが人間を疎外するのではない。共同体も家族も人間を疎外する。問題は『紐帯』があるかないかではない。人々が相互に学習過程を開いた形でコミュニケーションを形成できるかどうかである。(略)人々を苦しめ、社会を崩壊させるのは、学習過程の停止である。」(同上、p210)
学習過程を開いて、対象とする人、される人という二項対立を超えて、相互に学びあう、コミュニケーション回路を開き続けること。そこから、渦が生まれ、創発につながり、「共生的価値創出」が始まる。この「学びの回路」を開き続けるためには、法や制度、計画、共同体・・・が「所与の前提」や足かせとして、リミッターになってはいけない。この思考のリミッターを外し、ブリコラージュ的に、現場で使えるものを使い倒しながら、まだ無い未来を想起する。この中に、現場の困難事例や閉塞感を超える、新たな可能性があるのである。
そのとき、高齢者や障害者福祉、介護保険、地域福祉、という狭い範囲内でとどまっていては、学習は限定的である。ブリコラージュとは、その現場に落ちている何か、を徹底的に活用することを指す。であれば、観光や商工、街づくりなど周辺領域で、あるいは農村振興や限界集落対応など、使えるツールを使い倒す精神が求められているのである。
「真の意味での責任は、つまるところコミュニケーションにおける学習過程を作動させるということと等価である。この学習過程を停止させている限り、自己の変革はありえず、責任を引き受けることもない。人々が自分の価値を信じ、感受性を開き、学習過程を活発に作動させているとき、そこに背近ある、規範にのっとった、まっとうな社会が出現するのである。」(同上、p145)
カリスマソーシャルワーカーへの依存を超えた地域福祉を展開していくためには、一人一人のワーカーに求められているのは、この意味での「責任」を取る覚悟、学習過程を開き続ける覚悟、なのかもしれない。
追伸:こんなことを地域福祉学会で発表しよう、なんてちらっと考えているのだが、ちょっとぶっ飛び過ぎだろうか・・・

同じ事を逆から眺める

ここのところ、中山間地における地域包括ケアシステムと、コミュニティのあり方や街づくりとの接合点について考えていた。そんな矢先の先週末、広島で開かれた日本NPO学会のシンポジウムにおいて、
そのことを逆の方向から考えている方々と出会った。

「中山間地域におけるNPOの役割」というセッションで、NPO法人ひろしまねの理事長の安藤周治さんと、過疎と戦うインターネット古書店エコカレッジ代表でNPOてごねっと石見副理事長尾野寛明さんのお二人である。お二人とも、広島と島根の間という中山間地で過疎化が進む地域において、コミュニティ・ビジネスや街おこしなどを通じて、中山間地を活性化しようと取り組んでおられる。この営みが、実は僕自身が最近ブログで書き続けている、地域包括ケアやコミュニティの再生において、必要不可欠な部分である、と、お話を聞きながら痛感し始めた。
前回のブログでも触れたが、厚労省が提唱するサービス当てはめ型ではない、本物の地域包括ケアを実現していくためには、行政だけでは、あるいは行政のトップダウン的な発想では、うまくいかない。そして、日本はスウェーデンのような政府信頼型国家でもなければ、貯金をする代わりに税金を沢山納めようという高福祉高負担型国家には、今までも、そして多分これからもなれないので、政府(=公助)が出来ることには限りがある。
そんな中で、個々人が、高齢になっても、障害を持っても、末期がんなど病気が重くても、住み慣れた地域で役割を持って自分らしく暮らしたい、という自助力を持ち続けるためには、公助だけでは限界があり、地域の助け合いシステムという共助が必要になってくる。従来はそれを地縁・血縁組織である町内会や自治会、あるいは社会福祉協議会などが担ってきたが、都会だけでなく、山梨であっても町内会や自治会の組織率は年々低下し、また介護保険以後、少なからぬ市町村の社会福祉協議会は、独立採算と事業に追われ、
地域福祉のミッションを展開できていない。
そこで、地域における「お顔の見える関係作り」から、支えあいの体制、あるいはその町で暮らし続けるための支援システム作りは、役所や介護保険の地域包括支援センター、また障害者地域自立支援協議会などに託されているのだが、これらの機関やそこで働く人々とお付き合いし、また研修をする中で、高齢者や障害者の支援のプロは一般に、ミクロレベルの1;1の支援には非常に優秀であっても、そのミクロの課題の集積としての、その地域におけるメゾレベルの課題を見つけ出すこと、またそれをメゾからマクロレベルの課題として解決する力はまだまだ弱い人が多い、ということを痛感し始めている。個別援助技術には長けていても、ソーシャルアクションを非常に苦手とする人が大半ではないか、とすら思える。
これも前回のブログに書いたが、多問題家族などの「困難事例」と呼ばれるケースは、「その地域における解決が困難な事例」である。個人の問題だけではなく、支える仕組みが不十分である、という点で、地域課題そのものである。そういう地域課題と、地域包括支援センターや社会福祉協議会の職員、あるいは民生委員の方々は日々向き合っているのだが、その個別ケースというミクロ課題をメゾ・マクロ視点という「より大きな地図の中の位置づけ」でマッピングしなおすという、「地域診断」の力が欠けている。ゆえに、問題がおきてしまった後の、個別ケースへの事後対応に終始し、そういう類似の問題が次に起こらないための、予防的なアクションへとつながらない。これが、介護保険の地域包括支援センターや障害者の相談支援事業所がまじめにケースに取り組めば取り組むほど疲弊する、という悪循環にもつながる。この悪循環から抜け出すためには、狭い意味での高齢者福祉、障害者福祉の領域だけに埋没していてはいけないのである。
と、ここまでは山梨や三重での障害者福祉のアドバイザーや、山梨の地域包括ケアのお手伝いをする中で感じていた。だが、その先に、具体的なビジョンというか、どういう方向で、メゾ・マクロ的な課題を解決するか、についての具体例や手がかりが、僕の中で、まだつかめていなかった。
ながーい前置きになったが、それであるが故に、安藤さんや尾野さんのお話には、僕が感じていたメゾ・マクロ的な地域福祉的課題の解決の一例が示されていたのである。
お二人が拠点を置かれる中国山地の山間は、早くから高齢化率が高まり、過疎化や限界集落の問題を抱えていた。消滅寸前の部落、というのも一つや二つではない。そんな地域において、安藤さんは「過疎を逆手に取る会」の活動を展開する中から、街づくりのNPOが生まれてきた。これまでの町内会や自治会中心の「総ぐるみ型の集落運営には限界がある」と、「もうひとつの役場」としての集落支援センター構想を立ち上げ、地域プランナーを配置した、集落の維持・継続支援に力を注いでこられた。 この地域マネージャーが集落の全戸訪問=悉皆調査をする中で、集落の課題をつぶさに聞き取り、課題を析出して、事後救済ではなく、事前予防的に問題に対応しようとしている。
一方、尾野さんは西日本で二番目の蔵書数を持つ古本屋を島根県川本町に作り、そこでは積極的に障害者雇用もしている、という。また、NPOではU・Iターン創業の仕掛け作りのため、行政とタイアップして、江津市でのビジネスプランコンテストや「しまねでコトおこし・弾丸ツアー」など、島根県内に若者を呼び込むプロジェクトをいくつか手がけている。ご自身は東京と島根を1週間ごとに往復しておられ、都会と田舎の、都市部のNPOと地方自治体の、若者と年配者の「通訳者」の位置づけにいる、とおっしゃっておられた。
このお二人の活動は、表面的に見れば中山間地域を活性化させる街づくりや、コミュニティ・ビジネスの支援、という感じと捉えられるかもしれない。だが、田舎に人を呼び込む、顕在化しなかった集落の課題を「開く」、という営みは、実は、自助力や共助力に限界がある地域の課題を、福祉だけでなく産業や商工、観光などあらゆる手段を使いながら開いていくことでもある。その中から、地域の活性化が生まれ、それはひいては自助力や共助力の強化と、公助力の効果的な集中投入の道を開く鍵となるのではないか、と感じているのだ。
こんな気づきや出会いがあったNPO学会、記念シンポジウムに『災害ユートピア』の著者、レベッカ・ソルニットさんの基調講演があった。彼女の本の中に、実はこのブログで書いた内容と非常に親和性のある記述がなされている。
「近年の歴史は民営化の歴史だとも読めるが、それは経済のみならず、社会の民営化でもあった。市場戦略とマスコミが人々の想像力を私生活や私的な満足に振り向け、市民は消費者と定義し直され、社会的なものへの参加が低下した結果、共同体や個々人のもつ政治力は弱まり、民衆の感情や満足を表す言葉さえ消えつつある。”フリーアソシエーション”(自由に誰とでも係わり合いになれる権利や能力)とはよく言ったもので、それでは深い人間関係はできない。代わりにわたしたちはマスコミや宣伝により、互いを怖がり、社会生活を危険で面倒なものだとみなし、安全が確保された場所に住んで、電子機器でコミュニケーションをとり、情報を人からではなくマスコミから得るようにうながされる。」(『災害ユートピア』レベッカ・ソルニット著、亜紀書房、p21)
「社会の民営化」とは「つながりの市場化」のことでもある。高度消費社会において、つながりや人間関係も消費財として市場化されていった。確かにそれまでの地縁・血縁は、人々をその紐帯の枠内に押しとどめる、抑圧的な作用ももたらした。よって、つながりの開放としてのフリーアソシエーションやグローバライゼーションによって、閉塞感を超えて、つながりを勝ち得た「つながり勝者」もいる。その一方で、「つながりの市場化」の結果、特に中山間地域ほど、もともとあった紐帯がずたずたになりつつある。そこに、過疎化と高齢化が重なり、日本の中山間地域は三重苦を抱えている。
レベッカさんの本の中では、実は「災害時」こそ、その紐帯を取り戻し、「つながりの市場化」以前の世界に戻る世界が世界各地で垣間見られる、と書いている。だが、何も「災害」でなくとも、限界集
落や中山間地の少なからぬ地域が、過疎化や高齢化問題が、放置できないほどの問題として極まってきている。この問題の顕在化局面において、地域包括ケアの問題と、街づくりの問題を分けて考えていては、大きすぎる問題は解決不可能ではないか。むしろ、福祉の人間こそ、福祉に埋没するのをやめ、町おこしや産業振興、観光振興などの異なる領域で、その地域の持続可能な発展や住みやすい・暮らしやすい街づくりといったテーマについて「同じ事を逆から眺める」人々と手を携える時期に来ているのではないか。地域福祉計画や介護保険事業計画、障害福祉計画が、そういう他領域とつながらないで、タコツボであっては、問題の解決からは遠のくのではないか。
広島からの帰り道、そんなことを考えていた。

“本物の”地域包括ケアの可能性について

ここのところ、忙しくって、ずっとブログの更新が疎かになっていた。まあ、三月の頭に家族のご先祖のお墓参りもかねて6日ほど、沖永良部島と沖縄に旅に出ていたのも、その理由の一つ、ではある。だが、2月3月はとにかく研修がてんこ盛り、なのだ。今日は障害者の相談支援従事者の現任者研修だったし、昨日は調布市で障害者制度改革の講演、先週土曜日は甲府で医療ソーシャルワーカー向けの研修や、金曜は長野で介護保険の苦情受付担当者研修・・・と、なんだか内容も変わり、目も回りそうな研修・講演付けの日々なのだ。
そんな中で、是非とも備忘録的に書いておきたいことがある。それは、地域包括ケアについてである。
僕自身、厚生労働省が介護保険改正のこれからの方向性として指し示している地域包括ケアについて、よく知らないくせに、否定的な先入観を持っていた。介護保険という公的サービス(公助)への財源投入に限界があるから、リハビリして自助努力で何とかすごしてください、それが無理なら地域のボランティア(共助)で済ませてください、という公的サービス切り下げの言い訳として使っているように見えていたからだ。
ちょうど先週の水曜日から木曜日にかけて、全国の地域包括ケアのモデルになっている岡山モデルや、現在では高知モデルも構築されている、高知県立大学の小坂田稔先生をお招きして、山梨の地域包括ケアについて考える研究会+研修が行われた。僕も、この山梨の地域包括ケアの推進のお手伝いをするチームに加えて頂き、予習をしていたので、小坂田先生の講演は実に楽しみだった。そして、その講演の中で、僕の想像は半分当たっていて、半分は外れていたことがわかってきた。
元津山市社会福祉協議会のコミュニティーソーシャルワーカーとして17年間、地域福祉の現場に入り込んでいた、バリバリのソーシャルワーカーの小坂田先生。今でも授業をこなしながら、高知と岡山の各地の小地域ケア会議にもちゃんと足を運ぶ、時には課題となっている地域訪問にも同行するという根っからの臨床家。なので、地域包括ケアも、社協マンとして感じていた問題意識から立ち上げていったという。
「介護保険が始まった際は、在宅介護支援センターが重視されていた。だが、これは文字通り、在宅で介護を支援する、という仕組み。そこには本人と家族の二層構造にしか目が向いていない。一方、地域包括ケアとは、本人と家族に加えて、地域という視点が重要である。本人が家とデイサービスを単に往復しているだけでは、地域に開かれている、とは言わない。『二箇所に閉じこもっている』のが実態だ。地域包括ケアとは、地域とのつながりが弱体化したり、切れてしまった、支援を必要とする人が、再び地域とのつながりを取り戻す支援をすることである。一方、国が今言っている地域包括ケアとは、中学校区に何らかのサービスパッケージを当てはめて、対応が不可能な部分は自助・共助でやりなさい、というサービス当てはめ型である。あんなものは本当の地域包括ケアとはいえない。」
この説明を聞いて、厚労省のモデルに対する胡散臭さは実にその通りだったが、厚労省モデルとはオルタナティブな実践としての岡山モデルや高知モデルに、随分心を惹かれはじめている。そうそう、これこそ、僕が山梨で研修をしていて、現場の人のお話を伺いながら、問題や課題と感じていた部分に手が届くモデルである、と。それはどういうことか。
福祉の業界用語の一つとして、「困難事例」という言葉がある。たとえばお爺さんが認知症で、娘さんがアルコール依存症のシングルマザー、子どもさんが発達障害というように、一つの家族の中で何らかの困難性を抱えた人が複数いる家庭のことを「多問題家族」なんていったりする。あるいは、いわゆる「ゴミ屋敷」問題、虐待事例、認知症の高齢者を同年代の虚弱の家族が支える老老介護、時には認知症の夫婦という認認介護、あるいは独居老人や孤独死に至る事例など、様々な「困難事例」が、研修やケース検討の場で寄せられる。だが、これらの「困難事例」を、その個人・家族のみの問題、と矮小化していいのか、ということが問われている。実はそれは、無縁社会、ではないが、地域社会やコミュニティの中で支えられない、声がかけられない、見守られなくなった人の、つまりは「その地域における解決困難な事例」と捉えなおすことが出来ないか。個人の「困難」も、そういう事例を蓄積する中で、その地域のなかで生きる困難性、と捉えなおすことが出来ないか。するとそれは個人の問題と片付けることが出来ず、地域や社会構造の変容課題と捉えられないか。いつも研修ではそういうことを話し続けてきた。
その視点で小坂田先生の地域包括ケアの定義を眺めると、僕の問題意識とつながってくる。実は小坂田先生が提唱する実践型地域包括ケアとは、「その地域の中での解決困難事例」とされたケースを実態的に改善していくための具体的方策であるのだ。
たとえば、地域(時には家族)とのつながりが切れ、問題を抱えながら孤立している個人のお宅にコミュニティソーシャルワーカーが何度も足を運ぶ。そういう孤立している人ほど、他人への信頼感が低くなっていて、ソーシャルワーカーの訪問を拒むかもしれない。でも、何度も何度も訪問を続ける中で、少しずつ本人との信頼関係を構築し、そのうちに、孤立した個人の困りごとの本音にアクセスできるかもしれない。あるいは、独居老人が末期がんと診断され、子ども達は遠く離れて暮らしており、地域での看取りケアの仕組みを急に構築しなければならない。こういった、介護保険サービスだけでは全てを解決することが出来ないケースに関して、その地域で力になってくれそうな民生委員さんやご近所の方々、あるいはケアマネージャーや社会福祉協議会職員、ホームヘルパーなど関係者を一同に集めて、ケア会議を開き、解決方法を模索する。そして、そういう事例に対応する中で見えてきた地域課題を、小地域ケア会議のような場で議論し、これからあり得るほかの事例について、対処や解決(場合によっては予防)していく方策を見つけていく。その中で、現場レベルで対応可能なことと、行政の施策として対応すべきこと、などを整理して、改善が必要なものは事業化していく。
このような、困難事例といわれるミクロのケースを、チーム連携で解決する中で、その地域の課題というメゾレベルの問題を発見する。そして、そのメゾレベルの課題を集積しながら、その地域で克服すべき課題として整理し、それを分析検討する中で、行政の施策といったマクロレベルでの解決も含めた具体的な改善策を、官民共同で提案していく。こういうボトムアップの創発的動的プロセスが、小坂田先生のおっしゃる実践型地域包括ケアの中に含まれている、というのだ。それは、障害者分野でも行われてきた、障害者地域自立支援協議会でやろうとしている事とも一致している。実は小坂田先生は、自らが手がけた高知県の地域福祉支援計画において、ひきこもりや自殺対策にも、このような小地域ケア会議や地域に開く仕掛けを作り、実体化しようとしている。社会との接点が切れて、家族や個人の枠の中に撤退せざるを得なくなった人が、再び社会とのつながりを取り戻すための仕組みと仕掛けを、作ろうとしているのだ。
「ただ」と小坂田先生は留保もしていた。「僕のモデルは中山間地モデルです。大都市でこのモデルがどれだけ機能するかはわかりません」と。
そう、その部分は同じ危惧を僕も共有する。上記のようなネットワークは、民生委員や町内会・自治体がある程度実態的に機能していたり、お顔の見える関係が比較的に出来ている中山間部では、かなり有効な手立てとなるだろう。だが、大都会で、人口も事業所も多いけれど、人々のつながりが薄くなってしまっている地域でこの小坂田先生のモデルがどれほど機能するか・・・。これは、正直、未知数である。
だが、こないだブログでご紹介した内山節さんの議論にも通底するのだが、実は都会においても、ほんとはコミュニティのつながり、というか、共同体精神が再び強く求められているのではないだろうか。もちろん、その共同体精神のあり方は、田舎であれば地縁や血縁といった文脈の共有度も高い一方、都会ではその共有度が極端に低いかもしれない。だが、その地域で安心して暮らし続けていく、という「つながり意識」のアソシエーション的共有をすることで、契約的に、というか、自覚的に地域の中で「つながりなおす」ことが、特に超高齢社会が加速するなかで必要ではないか。
その地域の中で自分らしく暮らし続けたい。この気持ちからもう一歩踏み込めば、だからこそその地域が暮らしやすいように変わってほしい、そのために何とかしたい、というボランタリーアクションの萌芽へとつながる。社会福祉協議会や地域包括支援センター、行政の地域福祉課、と言われる公助のセクターは、このような住民達の「地域のために何とかしたい」という自助の力が、やがてネットワークとしての共助につながり、それが公助で補い切れない・あるいは公助が手を出さなくても予防的に対応可能な部分に関与できるよう、支援をしていく。そのことによって、本当に公助の力を必要としている人に、効果的な支援の手を差し伸べられる。こういった役割分担をすることによって、その地域で死ぬまで満足して暮らせる、そんなコミュニティーへと変革していくための切り札として、機能する可能性がある。
そういう「より大きな地図の中での位置づけ」として地域包括ケアを捉えるなら、当然、街づくりや観光、商工といった行政の縦割りの外とも有機的に連携することが求められる。たとえば、徳島県の上勝町や、高知県の馬路村など、町や村の特産品作りに成功している自治体が、その商業的成功で得られたノウハウを地域福祉にスライドさせて活用している。であるならば、逆に「その地域における解決困難な事例」に向き合うことは、その自治体の街づくりや観光、商工の課題とも直結しているはずである。そこまでを射程にいれられるか、も問われている。
ここまで書いて感じるのは、4人に1人が高齢者になる社会において、その最適な解決策は、霞ヶ関ではなく、現場に転がっている、ということだ。しかも、都会ではなく、田舎に。中央ではなく、周縁に。周縁革命、ではないが、今まで都会を憧れ、都会をまねし、都会にキャッチアップすることで必死だった中山間地。だが、気がつけば、都会をモデルにしても、正解が得られるわけではない(むしろ失敗する)ということは、50年かけて痛いほどわかってきた。であるならば、ローカルな文脈を最大限に活用することによって、その地域における解決方策を、その地域の資源を最大限に活用しながら構築していくことの方が、持続可能なプロセスといえないか。しかも、国やコンサルタント会社に与えられるのではなく、自前でそういうモデルを作り上げることが出来たなら、その地域にとっての誇りともなり、自分達でメンテナンス可能ともなる。
実はこういう、住民の持っている潜在能力を引き出しながら、それを組織化することを通じて、自助・共助・公助のバランスを捉えなおし、最適化していくこと。これは、地域包括ケアとして重要なだけではなく、被災地におけるコミュニティの再生の鍵にもなるのではないか。そんなことも夢想している。小坂田先生に伺ったお話を、自分の中で一週間ほど寝かせていたら、こんな帰結になってしまった。
*追伸:今日読みはじめた『災害ユートピア』には、「つながりの民営化」概念が出ていた。確かに都会におけるコミュニティは、つながりのモナド化、民営化と関連性がありそうだ。だが、このことは、今週末、広島で著者の講演を聞くので、その話を聞いた後、考えてみたい。

悪い冗談であってほしい・・・

ここ最近、シングルイシューばかり書いているのはどうか、と思いながら、やはり今日もあの話題。まずは新聞記事からどうぞ。

『厚生労働省は22日、障害者自立支援法の改正について、法律の名称を「障害者生活総合支援法」と変更し、新たに難病患者を福祉サービスの対象に加える案を民主党の厚生労働部門会議に示した。
今国会に改正案を提出し、2013年4月からの施行を目指す。
自立支援法を巡っては、障害者による違憲訴訟を受け、09年に長妻昭厚生労働相(当時)が廃止を約束し、和解条項にも明記された経緯がある。しかし、厚労省では、「廃止をすると障害者ごとに受けるサービスの内容を決め直す必要があり、現場の混乱が懸念される」などとして廃止は見送り、法律名を変える法改正にとどめることにした。』
ため息を通り越して、あ然、というか、腰砕け、というか。この記事を解釈すると、次のようになる。
「現場が混乱するから、法律の中身は一切変えたくない。でも裁判所で法律を変えると約束したから、とりあえず名前だけ変えます。中身もちょっとだけ変えます。」
これはもう、詭弁としか言いようがない。
どうしてこの厚労省の方向性が詭弁であるか、については、実はシノドスという有名なウェブサイトで緊急寄稿させて頂いた。
ここでは、最近書いた3つのブログに基づきながら、障害者福祉のことに興味や関心がない方にも、問題点の大枠を掴んで頂こう、と書き進めていくうちに、12000字を超える長い論考になってしまった。その中で一番言いたかったポイントの一つは、次の部分。
『何かを変える、と決めたのなら、「変えないための100の言い訳」を繰り出すよりも、「変えるための1つの方法論」を徹底的に考えるべきではないか。総合福祉部会が出した骨格提言は、その「1つの方法論」であった。それに対する厚労省案は「101個目のできない言い訳」であった。政策形成過程とは、ステークホルダー間での闘争と妥協のプロセスでもある。総合福祉部会の骨格提言がそのまま一気にすべて実現されるとは思わない。だが厚労省案がそのまま可決されるようでは、政府や議会制民主主義そのものへの信頼が根底から崩れ去る。二つの案の溝を埋めるための、現実的な歩み寄りにこそ、政治家は携わるべきである。ここの部分を政府与党の政治家は勘違いしてないか。』
普段書いているこのブログは、一部の特定の人にしか目にとまらない。だが、さすがにシノドスは読む人が多くて、多くの反響を頂いた。おおむね好評な反響なのだが、一部気になる反響があった。僕の目に止まった貴重なご指摘を二つほど考える。
『「緊張関係を孕んでも、新たなパラダイム構築のためにこそ、官民の協働が必要だ」について。この種の議論は、どうしても「相互に批判的な協働関係が大事」というところに落ち着きやすいのだけれど(NPOと行政の関係性においても、よく言われる気がする)、それを実現させる両者の要件とはいかなるものなんだろう。大きな目標(パラダイムシフト)が共有されない中では、極めて困難でないかと思うのだけれど。だからこそ、ここはその溝を埋めるために政治家が努力すべきだ、という趣旨として理解してよいのだろうか。』「運動と官僚と政治についてのさらなる疑問 」 
『法的リスクを覚悟してもパラダイムシフトを目指すかどうかというのは根本的に政治セクターの問題であり、そのツケを厚生労働省に問うのは筋違いだというのが第一点である。(中略)
結局、別の分野に大幅な歳出減を呑ませるか、国民に負担増を理解してもらうかの熱意を政治が持たないか、現実的にそのような理解は得られないと予想していれば、「これがあるべき姿だ」と言われても「できねえよ」としか言いようはない。「OECD加盟国で下から5番目、という低い予算水準を打破し、障害者の地域生活支援を充実するための安定した予算の確保」と理念を掲げるのは結構だが、そのための歳出減なり負担増なりが可能だという話をしなければそれは「そらをじゆうにとびたいな」と同じことじゃないのかというのが第二点である。』「あるべき姿とその実現」
前者は、関西の地域福祉の現場でNPOを切り盛りしておられる方、後者はN大学の先生である。両者とも、ご自身の現場で官僚制の逆機能と戦っておられ、官僚制の構造的問題を肌身で感じておられるからこそ、鋭い問いを投げかけて来られる。「あなたの言うことは、所詮理想論ではありませんか?」と。(ただ、後者の方のように、ドラえもんの空想だ、とまで批判されるのもどうかと思うが・・・)
確かに両者の仰るように、厚労省の官僚にのみ、パラダイムシフトの責任を取らせる事は、筋違いだ、と思う。昔、自立支援法が制定されるプロセスの論争の中で、某厚労省高官が「政治家が金さえ取ってきてくれたら、僕たちはどんな法律でも書けます」と言い放った、というのを人づてで聞いた事もある。確かに自立支援法はシノドスにも書いたが、財政緊縮という小泉構造改革路線の至上命題に合わせる為の、予算抑制的な法律であった。政治家がどのような方向性の指示を出すのか、でこうも法律が変わるのか、とあ然とした記憶がある。ただ、これは悪名高い医療観察法も同じ政権下で作られた事を思うと、頷ける部分もある。後者の方が仰る「法的リスクを覚悟してもパラダイムシフトを目指すかどうかというのは根本的に政治セクターの問題」というのは、誠にその通りなのである。
で、シノドスにも書いた事だが、僕が関わった内閣府の障がい者制度改革推進会議総合福祉部会とは、前提として「法的リスクを覚悟してもパラダイムシフトを目指す」という「政治セクター」の判断に基づいて開催された、従来の審議会とは別の会議だった。つまり、ここで一歩踏み出すことが決断されたのである。その上で、厚労省は、この「政治セクター」の判断を全く反故にするような工作を、総合福祉部会の最初からとり続けてきた。このあたりのことは、毎回の部会のYouTubeとか議事録を見て頂ければ明らかなのだが、lessorさんのご指摘を使うと、厚労省と協働しようにも、「大きな目標(パラダイムシフト)が共有されない中では、極めて困難」であったのだ。遡及的な議論になるが、そもそも厚労省側には、「政治セクターの決定」そのものを、最初からバカにして、まじめにつきあおうとしていなかった部分がある。僕が問題だ、といっている部分は、むしろこの部分である。
だからこそ、部会の骨格提言に対して出てきた厚労省案が、現行法をほとんど変えるつもりもない内容であるということは、私たち部会構成員よりもむしろ「政治セクター」に対しての、パラダイムを変えない宣言である、と受け止めた。
シノドスでは、「政治家(=厚労省の政務三役)にビジョンがないなら、省を守るための策は、官僚が構築せざるを得ない。省益の追求、と言われるものも、逆に言えば、政務三役の頼りなさの結果とも言える。そして、継続性と安定性を重視する官僚自身に、その枠組み自体を覆すような大胆な改革は難しい」と書いた。結局のところ、政務三役に加えて与党の政治家に対して、厚労省幹部が信を置かず、また彼らの指示ではうまくまわらないから、これまでの法体系の延長線上で決着をつけよう、という官僚の判断に落ち着いたのであろう。この判断は、明確に政治家をコケにした状況分析と判断だけれど、与党政治家は本当にそれでいいんですか、というのが、僕が伝えたかったメッセージでもある。
日本の法体系は、100年以上書けて継ぎ足し継ぎ足ししてきた老舗の醤油のようなもので、その根本から変えるのは難しいし現場に混乱をもたらしかねない、というのは、よく理解できる。後者の方が仰るように、財源をどうとってくるか、訴訟リスクをどう考えるか、というハードルが高いのも、よくわかる。官僚制の逆機能と闘いながら、その大変さを熟知しておられる技術屋さんほど、「できねえよ」「制度改正ナメてるだろ」といった感情を吐露されたくなる気持ちもわからなくもない。
ただ、感情論で話が済まない現実がある。その法律によって、現在でも暮らしに多大な制約を受けている人が現に存在しているのである。
「我が国においてかつて採られたハンセン病患者に対する施設入所政策が、多くの患者の人権に対する大きな制限、制約となったこと、また、一般社会において極めて厳しい偏見、差別が存在してきた事実を深刻に受け止め、患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として深く反省し、率直にお詫びを申し上げる」
上記は2001年のハンセン病訴訟に関する内閣総理大臣談話であるが、これは現在の障害者の施設入所政策に入れ替えても、まったく同じである。我が国では知的障害者や身体障害者の入所施設に10万人以上、精神病院に35万人が入院している。諸外国と比較した際、入所施設はほぼ全てが社会的入所であり、精神病院も4分の3程度が社会的入院である。この社会的入院・入所の人びとは、それ以外の選択肢を奪われている、という部分では、実はハンセン病と構造的な問題としては同じである。喜んで施設入所しているのではなく、施設入所「しかない」人が沢山いる。また、入所施設や精神科病院も、地域で受け皿がない、がゆえに、最後のセーフティネットとして「社会的入院・入所」をさせている現状がある。このパラダイムを変える為に、ハンセン病訴訟で国は控訴を断念した。自立支援法の違憲訴訟も、このパラダイムシフトを障害者福祉分野で求める訴訟であり、政権交代後の制度改革推進会議は、まさにパラダイムシフトを具現化する為の会議であったはずだ。
このことの重みを、政治家は一体どれだけ理解しているのか? それを理解していないからこそ、官僚の出来る選択肢は、現行法の固守しか残されていないのではないか。だから、悪い冗談のような、名ばかり法改正、が進んでいくのではないか。
本当に、悪い冗談であってほしい、と思うことが、実現されようとしている。

拝啓 毎日新聞社説さま

このところのブログは、何だか堅い意見書モードになっている。本当はもう少し柔らかい普段のドタバタ話や、あるいは最近読んで感動した本の書評なども書き連ねたいところだが(紹介していない良い本も沢山ある)、どうもそうはいかない流れのようだ。

昨日の毎日新聞社説では「社説:新障害者制度 凍土の中に芽を見よう」として、総合福祉部会の事が取り上げられていた。その内容を読むうちに、むくむくと意見がわき上がってきた。だが、社説は無記名で誰が書いたかわからない性質。なので、宛名を「社説さま」とした上で、お手紙を書いてみることにした。
---------------
拝啓 毎日新聞社説さま
山梨学院大学で教員をしています、竹端寛と申します。
このたびは、2月12日の社説で、障害者制度改革のことを取り上げて頂き、誠にありがとうございます。原発災害や被災地の復興問題など国内の諸課題は山積する中で、マスコミはなかなかこの制度改革のことをしっかり取り上げてくださらなかったので、まずは社説という「新聞の大看板」で取り上げて頂いたことに、心より御礼を申し上げます。
私は、この社説で取り上げられた、内閣府の障がい者制度改革推進会議の総合福祉法部会の委員をしております。なので、社説で取り上げて頂いた事を感慨を持って読ませて頂く一方で、記事全体を通じて、選択的・一方的な事実の解釈に関する違和感を感じざるを得ませんでした。もちろん社説とは、事実報道とは一線を画し、社としての主張を堂々と掲げることがその旨とされておられるのですから、事実の解釈に、読者とのズレがあっても当然です。ただ、本当に十分に取材をされた上での社説なのだろうか、何らかの決めつけや先入観に基づく文章ではないか、という違和感を持ちましたので、敢えてこのような形で対論の文章を書かせて頂きます。
まずこの社説は、現行の自立支援法について、大変高い評価をしておられます。曰く、自立支援法になったことによって、予算規模は2倍になった、4月からの改正自立支援法でさらにサービスは拡充する、と。まるで厚生労働省の某企画課長が乗り移ったのか、と思われる意見の後、「そういした流れから隔絶したところで部会の議論は行われてきたのではないか」と書かれています。この部分については、失礼ながらこれを書かれた記者の方は「本当にこの部会を丁寧に取材されたのか?」と訝しくなってしまいます。
私たちが議論をした総合福祉部会は、厚生労働省と自立支援法違憲訴訟団との裁判所での和解の基本合意文章に基づき、「自立支援法廃止と25年8月までに新たな法制定」を目指して作られた部会です。そして、去年の夏にはその新法の骨格提言をまとめました。この骨格提言をお読み頂ければ、自立支援法の改正法ではどうしてダメなのか、の理由がご理解頂けると思います。その事は、僭越ながら私のブログでも何度か書かせて頂きました。(厚生労働省案への意見書骨格提言というパラダイムシフト) ただ、お忙しい記者の方の為に、簡単にその概要と論点を書かせて頂きます。
1,自立支援法は、入所施設や精神科病院での支援が前提となっている法律です。予算規模でも、入所・入院にかけられている財源は、地域生活支援の倍以上です。これはこれまで我が国が隔離収容を中心とした名残であります。記事では予算がこの10年で倍になった、と書かれていますが、入所施設や精神科病院の予算には上限がない一方、地域で重度の人を支えようとしても、国庫負担基準という予算制約があるため、入院・入所を余儀なくされる人が沢山います。
2,自立支援法では、市町村や障害種別での格差が広がるばかりです。先述の通り、入所施設や精神科病院は他国に比べて数倍用意されている一方、障害がある人の地域生活を支える資源は、三障害の間で、あるいは市町村によって、本当に格差が大きいままです。自立支援法では「地域生活支援事業」という市町村に裁量権を与える事業を組み込みましたが、予算を十分に充当することなく市町村に責任と権限だけを丸投げした為、現場では大混乱が起きています。やる気と財政力ある自治体では、重度障害者のホームヘルパーについて、単独助成を出す等の支援をする一方、財政力が乏しい(平均的な)自治体は、国基準以上の支援が必要な人は「自治体では面倒見切れない(ので、施設に入所してほしい)」と支給決定時に促す事態も散見されます。この国では、「どこで、何の障害を持って暮らすか」で、支援の明暗が分かれる、という実に不幸な事態が続いています。
3,その背後に、法理念が具体的な支援方法に及ぼす影響、というのが挙げられます。自立支援法は「障害は個人の不幸であり、健常者に近づくことが自立」という考え方(これを障害の医学モデルと言います)に基づいた法律です。これは能力主義とも一致し、「○○出来る人は地域生活してもよいが、出来なければ施設入所しかない」という隔離収容の発想とも通底しています。一方で、多くの障害当事者や家族、支援者が求めて来たのは、「障害故に社会参加できない、その社会的障壁を越えるための支援が必要だ」という考え方です(これを障害の社会モデルといいます)。現行の自立支援法は、その人員配置基準なども、第二次世界大戦後すぐに作られた身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、精神衛生法の延長線上の法律です。その当時は、重度障害者は「入所施設や精神病院に入るのが当たり前」でしたから、そこに重点的な予算配置をし、それ以外にはあまり力を入れない法律でした。現在もその大枠が続いている為、あまりにも現実の実態とは違う、世界的な障害者の地域生活支援のうねりともかけ離れた法律である、と批判されて来たのでした。
4,自立支援法やその改正法は、障害者団体の間でも残念ながら賛成と反対の真っ二つに分かれました。それは「雨漏りしている現行法を手直しすることが障害当事者の今すぐの生活に求められる。新たな法制定は時間がかかるが、障害者は待っていられない」という現状肯定型アプローチと、「そもそも現行法は隔離収容という古い思想に基づいた法体系であり、今の障害者の地域生活支援中心という実態・国際的動向に合致していない。だから、土台から作り直さないと、既に破綻しているし、中長期的な展望が開けない」という現状打開のアプローチの葛藤でした。どちらも一理ありますが、国は前述のように、「雨漏りの補修ではなく、土台から作り直す」という新法制定を約束したのです。骨格提言も、手前味噌な話ですが、土台をどう現実的に作り直したら、20年、50年先も障害者が安心して暮らせる法律になるのか、の柱が示されていました。ただ、こないだの部会で示された厚生労働省案は、その骨格提言の主旨を無視して、依然として「雨漏りの補修案」しか書かれていなかったので、多くの部会構成員が怒りを禁じ得なかったのです。
5,総合福祉部会の骨格提言は、確かに厚生労働省の官僚に主体的に関与して頂く事なく、作り上げました。そのことをさして、「官僚を排除して壮大な内容の提言をまとめても、それを法案にするのは官僚なのである」と書かれています。これは、事実の一部だけを切り取ったものではありませんか? なぜ「官僚を排除」する必要があったのか、についての理解をされておられますか? 社説では千葉の差別禁止条例作りも取り上げられていますね。千葉の場合、社説で書かれているように、堂本知事の政治主導の下で、全く前例のない条例を作り上げる為に、官民が一体となって条例を作り上げました。一方、総合福祉部会の場合、現行法を作り替える、というのがミッションでした。また、社説で書かれているように、総合福祉部会は担当大臣が7人も替わるなど、政治主導とはほど遠い状況でした。その中で、厚労省は「政治主導は形だけであり、どうせ根本的に変えられっこない。その財源も政治家はとってこれないはずだ」と高をくくっていたと思われます。事実、私たちの部会では、厚労省のコメントなどに代表されるように、常に上から目線で、かつ「出来ない言い訳」探しに終始している、内向きな議論でした。「土台を作り替えよう」と呼びかけても、「雨漏りの補修以外には絶対出来ない」と言い張っている人に、同じテーブルの場で議論についてもらえるでしょうか? 確かに部会はその努力をすべきだったかもしれませんが、一方で厚労省からは、去年の8月までに骨格提言を作らなければ法案化は絶対無理だ、と抗弁もされ、十分に厚労省と議論する時間すら与えられていなかったのも、また、事実です。そのような、厚生労働省側の、現行法を頑なに維持し、新法制定に向けた議論を拒もうという姿勢も、取材されましたか?
6,現行法だって密室を脱却した、という評価として、今春から適用される障害福祉サービスの報酬単価を決める議論の過程の公開、も社説で書かれていますね。確かに公開ですが、あの議論と今回の総合福祉部会とでは、公開の意味合いと重みが違うと思いませんか? 報酬単価の議論を過程の公開は、確かに画期的ですが、その主導権は、あくまでも厚労省が握っています。どのような内容を議論し、誰を呼んで話を聞くのか、の論点整理権と人事権は厚労省が握っています。つまり、決定権はあくまでも官僚が握っている訳です。その中では、漸進的な変化はあっても、あくまでも「所与の前提」の中での変化です。一方、総合福祉部会だってその議論の過程を公開していますが、この人事権と論点整理権を厚労省が握らず、内閣府の障害者制度改革推進会議の担当室が担ったことにより、部会三役が、厚労省の主導に屈することなく、部会員の考える骨格をまとめる事が出来ました。だからこそ、現行法(=「所与の前提」)に縛られない、画期的な案を出すことが出来た訳です。確かに一部、出過ぎた部分もあるかもしれませんが、その部分のみを捕まえて、「壮大な内容だ」というのは、議論を重ねてきた55人の委員会全体に対して、あまりの表面的批判ではありませんか?
7,この社説は「批判するだけでいいのか。障害者福祉の行方を大局観にたって考えてはどうだろう」と書かれています。では、お尋ねしたいのですが、大局観とは、詰まるところ、官僚主導による現行法の固守(=雨漏りの補修)のみでよい、ということなのでしょうか? 官僚主導の逆機能を跳ね返す、総合福祉部会の骨格提言を簡単になおざりにすることも、「大局観」からみたら、仕方ない、ということなのでしょうか? であれば、20年後、50年後に今の自立支援法が本当に持つ、とお考えなのでしょうか? いずれは介護保険法に吸収合併されるのも仕方ない、という「大局観」なのでしょうか? そして、この介護保険法への吸収合併こそ、障害当事者が、その支援の内容や質がなおざりにされる可能性がある、として拒み続けてきたものであり、上述の基本合意文章でも「現行の介護保険法との統合を前提としない新法を作る」と約束されていることを、ご承知でしょうか?
そういえば、毎日新聞社には、この社説で取り上げられた千葉の差別禁止条例作りの立役者であり、報酬単価のアドバイザーもつとめ、障害者の立場に立った取材を続けてこられ、また私たちの総合福祉部会のメンバーでもあられる野沢さんがおられますが、社説を書かれた方は、野沢さんにきちんと取材されているのでしょうか? ただ、野沢さんは他の審議会や虐待防止関連の研修などで全国を飛び待っておられてお忙しかったようで、総合福祉部会では欠席や一部参加が多く、じっくりこの部会や作業チームの場で議論されていないように見受けられました。なので、もしかしたらこの部会の動きについては「よくわからない」と仰られたのかもしれませんね。であれば、総合福祉部会の部会三役や、主立ったメンバーにきちんと取材されて、社説にまとめて頂きたかったです。単なる批判は勿論建設的ではありませんが、あまりにも官僚や現行法のみを持ち上げるのも、また建設的な議論ではない、と感じています。
そうはいっても、今回、こうして毎日新聞の社説という大看板で、こうして社としてのお考えを出して下さったからこそ、私も自分の意見を対論という形で表明するきっかけが当たられました。そのことに、心から感謝申し上げます。
これからも、様々な角度から取材され、障害者制度改革や、自立支援法の改正か新法の制定かの駆け引きの議論などについて、建設的な取材とご提言を頂ければ幸いです。私でよろしければ、いつでも全面的に取材には協力させて頂きます。
「凍土の中の芽」とは、このような、双方の主張を包み隠さずにオープンにしながら、世論にその判断を委ねる中からこそ、生まれてくるものである、と信じています。
竹端寛拝

厚生労働省案への意見書

一昨日の総合福祉部会に関してのブログは、これまでのブログの中で、一番沢山読まれているようである。たった1日あまりで、当該ページビューが643件となった。多くの方に読まれて、ありがとうございます。

一部ツイッターでもつぶやいたが、多くの人に読まれると、「業界内部向けで難しい」「本当に伝えたいならもっとわかりやすい表現を」というご批判を受けた。このご批判は、実にごもっとも。前回のは、部会直後の甲府へ帰るあずさ号の中で書いた、あくまでも速報的なメモだった。なので、そのうちに、障害者制度改革の動きやこれまでの流れと言った「文脈」を共有していない方にも理解して頂く事を目指した文章は、書いてみようとおもっている。
ただ、その前に、総合福祉法部会の構成員は、今日の正午〆切で、厚生労働省案に対して追加意見があれば書いて送れ、と言われていた。意見は沢山あったので、先ほど書いて事務局に送信した。せっかくなので、その内容を下に貼り付けておく。ただ、これは骨格提言と厚労省案をベースにした意見書なので、あくまでも「文脈」を共有できていない方には???の内容かもしれない。その点は、そのうち書くので、今回はご容赦頂ければ幸いである。でも、厚労省案と対比して読んで頂けると、何となく厚労省案の問題点もわかるのではないか、とも思われる。
------------------------
法案骨子(厚生労働省案)に対する意見
委員名:竹端寛
○テーマ:障害者の範囲
(要点)
「政令で定めるもの」という規定では、「制度の谷間」の問題は解消されない。
(理由)
骨格提言では,改正障害者基本法に基づき、谷間を生まない包括的規定がなされている。一方厚労省案で示された「政令で定めるもの」というのは特定の病名を列挙する形(制限列挙)であり、これではこの特定の病名に入らない難病者の「社会的障壁」を支援するサービス体系にならない。よって骨格提言の法の対象規定を遵守した内容にする事を求める。
○テーマ:障害程度区分の見直し
(要点)
支給決定の方式そのものを見直さないと、障害者のニーズにあった支援は提供できない。
(理由)
骨格提言の「Ⅰ―Ⅲ 選択と決定」においては、現在の障害程度区分に基づく支給決定の問題点を整理した上で、障害程度区分を用いない協議・調整モデルの導入を提案している。障害者のADLのみを評価する障害程度区分では、障害者個人の生活のしづらさや社会的障壁といったQOL支援の側面を評価する事はできない。そのため、次年度予算案で程度区分に関する調査・検討の費用として1億円が計上されているが、これは協議調整モデルでの支給決定のモデル事業予算として活用する事が、国費の有効活用として求められる。ちなみに今後5年で検討では遅すぎるので、モデル事業も3年間で成果を検証すべきである。
○テーマ:障害者に対する支援(サービス)の充実
(要点)
真に重度障害者の地域移行を進めるためには、パーソナルアシスタンス制度(重度訪問介護の発展的継承)が必要不可欠である。
(理由)
強度行動障害や重い自閉症、重症心身障害のある人が地域移行出来ない最大の理由は、本人の意思決定支援が出来る、本人と関係性の深い支援者が地域で支える介護保障体制が出来ていないからである。重度障害者の家族や入所施設関係者が地域移行に納得できていないのも、この点にある。その問題を超える最大の突破口が、個別の関係性を重視し、包括性と継続性を持たせたパーソナルアシスタンス制度である。なお財源問題を心配する声もあるが、入所施設を減らし、その職員も再トレーニングした上で「地域移行」させ、当該職員がパーソナルアシスタンス制度の担い手になることで、予算の爆発的増加はあり得ず、むしろ費用対効果は遙かに高いと予想される。
○テーマ:地域生活の基盤の計画的整備
(要点)
障害者権利条約19条a項の「特定の生活様式を義務づけられない」を真に達成する為には、グループホームの整備だけでは不十分で有り、地域基盤整備10カ年戦略を法定化する必要がある。
(理由)
現在、入院や入所せざるを得ない当事者が本当に地域に安心して移行するためには、入所施設や精神科病院の削減目標ではなく、地域資源を10年間で計画的・段階的に増やしていく目標が必要不可欠である。90年代に高齢者福祉の世界でゴールドプラン等の地域福祉重点の計画を立てた事が、介護保険制度の成功を大きく導いた。これと同様に、地域生活の基盤の計画的整備を進めるためには、国が主導した中長期計画が必要不可欠である。国の財源的措置もないまま障害福祉計画の見直しと自立支援協議会の設置促進をしても、地域の社会資源の増加は見込まれない。
○テーマ:地域移行(厚生労働省案から漏れた課題)
(要点)
地域移行について法定化すると共に、現在入院・入所している障害者向けのニーズ調査を国事業として行うべきである。
(理由)
厚生労働省は地域移行推進のサービス基盤整備として、グループホーム等の整備や地域移行支援の報酬の加算、あるいは障害福祉計画での数値目標の設定などの運用で解決できる、としている。だが、地域移行が自立支援法下で進まなかったのは、地域基盤整備10カ年戦略のような地域資源の底上げ計画がなく、またそれを国が主導で行わなかった点が大きい。骨格提言の「地域移行」で述べたように、国が責任を持って地域移行を促進する事を法律で明記する事が求められる。また、現在入所・入院している人に向けたニーズ調査が、部会構成員による厚生科学研究で今年度行われたが、これは在宅者へのニーズ調査同様、国事業として次年度以後取り組むべきである。
○テーマ:権利擁護(厚生労働省案から漏れた課題)
(要点)
障害者虐待防止法と成年後見制度だけでは、権利擁護の施策は不十分であり、オンブズパーソン制度や寄り添い型の相談支援機関などの創設が必要不可欠である。
(理由)
本来の権利擁護とは、日常生活場
面において、本人が孤立して抱える苦情や差別的な取り扱い、虐待その他の人権侵害から護られ、またその事を通じて本人がエンパワメントされて行くことを指す。その方法論として、金銭管理に限定した成年後見制度や、精神科病院や学校における虐待の通報義務のない障害者虐待防止法だけでは不十分である。骨格提言の「権利擁護」でも整理したように、入所施設や精神科病院で本人の気持ちを聞き取り、寄り添うオンブズパーソン制度や、あるいは地域において寄り添い型の相談支援を行う拠点を作ることが必要不可欠である。
○テーマ:総合的な相談支援体系の整備
(要点)
計画相談支援を行ったり、基幹型相談支援センターが地域の事業者や民生委員などの関係者と連携するだけでは、当事者のニーズに基づく相談支援とはならない。
(理由)
相談支援とは、本人との信頼関係を構築した上で、そのニーズを引き出し、それを実現する為の手立てを一緒に考え、その実現を後押しする一連のプロセスである。一方、22年改正法で出来る計画相談は、あくまでもサービス利用の管理と計画に留まっている。本来の相談支援とは、どのサービスに当てはめるか、が目的ではなく、本人のQOLを高めるためにはどのような支援が必要か、そのサービスが使えれば活用し、無ければソーシャルアクションで創り出す事も求められる。上記内容を実現する為には、骨格提言の「相談支援」で述べた新たな相談支援体制の実現が求められる。
○テーマ: 総合福祉部会の発展的継承(厚生労働省案から漏れた課題)
(要点)
骨格提言と厚生労働省案は、あまりに隔たりが大きく、真の障害者制度改革の実現とは言えない。この問題を解決するために、総合福祉部会の構成員および厚労省担当者をベースとしたプロジェクトチームを作り、骨格提言を遵守した新法作成と漸進的・計画的移行のための具体的な検討に当たるべきである。
(理由)
厚生労働省は、新法制定をしない理由として、「現場や自治体が混乱するから」と述べた。だが、これは新法の問題ではなく、現行の自立支援法が具体的なビジョンに欠けていたために起こった現象である。現場は自立支援法の度重なる改正という「苦い記憶」を繰り返したくない、と思っているのだ。その問題を解決するためには、この改革によって現場は具体的にこのようにより良くなる、というビジョンと、それを具体化する工程表を作ることが必要不可欠である。厚生労働省案は、残念ながら現場に精通していない厚労省の人間だけでは骨格提言を実現することが無理である、という表明でもあった。であれば、総合福祉部会を発展的に継承し、内閣府と厚労省が共催する形で、総合福祉部会の構成員と厚労省の担当者によるプロジェクトチームを複数作り、現場の混乱を最小限にとどめ、かつ骨格提言を遵守した新法の制定と段階的・計画的実現に向けた具体的なアクションプランを検討すべきである。

障害者制度改革の新たな局面

久しぶりに東京からの帰りのあずさ号の中で、スルメ用の原稿を書いている。前回は忘れもしない8月30日。障害者自立支援法を廃止して、新たな法律を作るための原案作りの場である、内閣府障害者制度改革推進会議「総合福祉部会」が、「骨格提言」をまとめた日であった。その日は、55人委員会がどのような意見のズレや壁を乗り越えて、総合福祉法に求める骨格提言という形で一致団結した意見をまとめたのか、について、そのプロセスと内容をお伝えした。ここからが正念場だ、高揚感+一抹の不安を持って、ブログをまとめたことを覚えている。
あれから半年弱。その骨格提言に基づく厚生労働省案が示されるので、急遽部会が開催された。しかも、骨格提言がまとまった8月30日以上にマスコミが集っている。部会が始まる前から、あちこちで「今日でこの部会は終わりではないか」「厚生労働省案に押し切られておしまいではないか」という良からぬ噂も聞こえてくる。そんな不穏な空気の中、しかも今日は厚生労働省の2階講堂が取れないので、19階の会議室で議論を行い、傍聴者を別室にしても、すし詰め状態の空気の悪さ。この雰囲気の悪さは、今日の議論をまさに体現する「空気」であった。
部会が始まって、冒頭1時間で厚生労働省の企画課長から、8月の骨格提言を受けて、どのような対応を行い、厚生労働省としてどのような法律案を作るのか、の趣旨説明がなされた。8月末の段階では、新しい法律を作るためには、内閣法制局とのすり合わせも必要なので、24年の通常国会に載せるためには、絶対に8月末という期限をずらせない、と厚生労働省側に言われ、必死になって8月末に骨格提言をまとめた。だが、今日の説明が始まった段階で、それは「大嘘」だった、とわかる。そもそも厚労省は、実際に新法を作ろうとしていなかった。詳しくは厚生労働省案を見ていただきたいが、彼らの論理とそれに対する僕の雑感を簡潔にまとめるならば、次のとおりになる。
イ、自立支援法の平成22年改正案が今年の4月から実施されることで、現場はそれに追いつくために必死の状況だ。ただでさえ制度改革が繰り返されたので、来年また制度が変わることについて、現場の反発や混乱は必死だ。できっこない。また新法に作り変えるには、現行法の数千もの事項を変えなければならないので、現実的に大変だから無理だ。
→バタコメント:骨格提言をまとめる昨年8月末まで、そんなことを厚生労働省は全く言ってはいなかった。これは「後出しジャンケン」という狡猾さである。ちなみに、これは中西委員の代理であるJIL理事の今村さんが言っていたことだが、制度改革が重なるから現場が混乱するのではない。制度改革の先に夢も希望も見えないから、現場は混乱するのである。この辺も厚労省側は都合の良い理由のみを前景化させる牽強付会の戦法である。
ロ、平成22年の自立支援法改正案および改正障害者基本法によって、自立支援法の問題点や、あるいは自立支援法意見訴訟団との基本合意文章の内容の大半は解消できる。
→バタコメント:上記の強弁に適合的な部分のみを整理した説明資料を、厚労省は「総合福祉部会の骨格提言への対応」として提示した。だが、あくまでも自らの都合の良い部分のみを選択的に提示している。佐藤部会長からの当日資料にも示されたが、骨格提言の60項目のうち、不十分ながら骨格提言を取り入れている項目は3箇所、検討されているがその内容が不明確な事項は9箇所、あとの48箇所は全く触れられていないのである。ちなみに、十分に取り入れられている事項は一つも無かった、ということも念押ししておく。
ハ、自立支援法は医学モデル的だというご批判もあったので、改正障害者基本法を受けて、社会モデルを理念規定に入れる。難病の対象拡大やグループホームとケアホームの一本化、あるいは程度区分については今後5年後を目処に検討するなどの努力もした。出来ることから着実に、段階的計画的に実施して行きたい。
→バタコメント:障害の範囲の拡大など、障害者基本法の改正案に対応せざるを得ない部分については変えることにした。だが、「障害者自立支援法」という名称が「自立支援」という名前を用いながら中身が疎かだった悪夢を思い出さざるを得ない。医学モデルから社会モデルへの転換、という言葉だけを借用して、それが意味する財源や法制度のあり方の改革には手をつけずにお茶を濁す体質は、全くそのままである。さらに、5年後の見直し、など問題を先送りして、その間にそれなりの「変えない言い訳」を作る時間をとる、あるいは論点そのものをうやむやにする可能性も高い。
人によって評価は色々あるが、僕自身は「実質的なゼロ回答」として厚生労働省案なるものを読み取った。もとより厚生労働省が主導する形ではなく、政治主導で進み始めた障害者制度改革推進会議。しかも、内閣府が音頭を取り、厚生労働省は総合福祉部会でも人事権と論点整理権を取れなかった。内閣府の制度改革推進担当室主導であり、そこには民間任用された、障害当事者で弁護士でもある東さんが室長になったこともあり、かなり当事者主導での改革を進めてきた。だからこそ、そんな厚生労働省が「蚊帳の外」に置かれた総合福祉部会の骨格提言を、全く聞く耳を持つ気もない。そういう本音があけすけに見える厚生労働省案の説明であった。
個人的に憤る部分も勿論ある。だが、どこまでも楽天的な戦略を考える癖がある僕としては、さてここからが本当の政策形成過程における勝負の開始だ、と思っている。
今まで、厚生労働省側は総合福祉部会に対して「コメント」という名の批判しかしてこなかった。今回、総合福祉部会の骨格提言に対置させる形で、厚生労働省の案が示された。一部マスコミは、これが決定事項であるかのような報道の仕方をしている。確かに、一つの案しか出されなかったこれまでの政策形成過程においては、国の案が示される、ということは、その方向性で行く、ということの表明であっただろう。その時代のやり方を前例踏襲した、さらには厚生労働省による綿密なブリーフィング(という名の誘導)を受けた、総合福祉法部会をまともに傍聴もしていない記者が、厚労省案をそのまま鵜呑みにして「改革の方向性はこれだ」と誤解をしても仕方ない。(ちなみに部会を受けた後のマスコミ記事は少しだけ論調に変化があったが、それでも「原則無料化」が骨格提言の最大の目標ではないことは、骨格提言自体をお読みいただければ一目瞭然である。しかし、それが恰も最大の争点であるかのように書いているのは、厚労省への取材の中でそうブリーフィングされ、そのまま記事にしている可能性が否定できない。)
だが、実は上記の流れでの押し切り方は、明確にアンシャンレジーム(旧体制)のやり方である。そうは問屋が卸さない、というのが、僕の見立てであり、希望的観測でもある。その理由をいくつか述べる。
まず、今回は比較検討が出来る、ということだ。総合福祉部会は、2011年8月に「障害者総合福祉法の骨格提言」を55人委員会の総意としてまとめている。障害当事者や家族、支援者、学識経験者などで、これまで厚労省の委員会に入っていた人も、そこから除外されていた人も、簡単に言えば自立支援法の賛成派も反対派も一緒になって作り上げた骨格提言である。その前提があった上で、今回の厚生労働省案を比較検討したときに、あまりにも厚労省案が”スカスカ”だ、ということがわかる。部会委員以外の障害当事者や関係者、広く国民一般がこの二つを見たときに、どちらの方が、より誠実で説得力がある議論に見えるだろうか。
次に、官僚制支配の構造的問題の論点がこれで明確にわかった、ということである。思えばこの総合福祉法部会は、政権交代後の2009年9月、長妻大臣による「自立支援法を廃止する」という宣言からスタートした。その当時は政治主導が明確な形で示され、これを受けて首相を本部長とする障害者制度改革推進本部が出来、その下に内閣府障害者制度改革推進会議が出来た。総合福祉部会は、その下部組織の位置づけである。そして先述の通り、その人事権と論点整理権は、政治主導の一貫で内閣府の推進室側におかれたことにより、これまでの厚生労働省の人事権・論点整理権に基づいて開かれた社会保障審議会では決して議論がされることの無かった、社会モデルに基づく政策展開についての具体的な内容が骨格提言に盛り込まれた。だが、この間、民主党の政権基盤の弱体化と官僚支配の盛り返しの中で、今、完全に政務三役の政治家の先生方は、事務局のコントロール下におかれている印象をぬぐえない。事実、総合福祉法部会に出席された政務官は、終始、事務局(厚労官僚)の作成したペーパーの線に沿った解答を逸脱することは無かった。また、もしかしたら、本気で骨格提言は絶対に出来ず、厚労省案しかできない、と思っておられるのかもしれない。そうであれば、本当に官僚の手の平の上、という意味で、官僚制支配の勝利であり、構造的問題が象徴的に表れていた部会である、ともいえる。
さらに、上記二つを受けた審判なり判断が、再び一般市民に投げ返された、という点である。総合福祉法の骨格提言において、障害者運動や障害者支援に携わる人々は、自立支援法の賛成反対という「コップの中の争い」を乗り越えて、新たな望ましい新法の形を骨格提言として示した。それに対して、厚労省はゼロ解答に近い内容を厚労省案として示した。その中で、政治主導の後退と官僚制支配のぶり返しが、劇画のごときわかりやすさで前景化された。それを受けて、市民はどう判断されますか、と、ボールは部会から、市民の側に投げ返されたのである。
この間、1月18日現在で、5つの県議会、3つの政令指定都市議会、49の市町村議会で、総合福祉部会の骨格提言を尊重した総合福祉法制定を求める意見書が採択されている。ここには、与野党を超えて、地方議会の議員の先生方が、市町村現場の閉塞感を超えるために、この骨格提言が必要不可欠だ、と感じてくださったから、これだけの請願や意見書の採択となっている。この意見書採択を受け、国会議員の中にも、総合福祉部会の骨格提言をきちんと尊重すべきだ、と考えて発言しておられる先生方もおられる。ただ、ここからは私の邪推と妄想だが、この間、厚労省は、国会議員へのロビー活動を周到に進めてきたようにしか思えない。「こんな骨格提言はお金がかかりすぎます」「実現なんて出来っこありません」「現場は大混乱です」「自立支援法改正案の法が現実的です」。こういう情報をずっと議員回りをしながら耳打ちし続けてきたとしたら、それを鵜呑みにする議員さんも少なくないだろう。政府与党のワーキングチームでも、ねじれ国会を乗り切るためには、厚労省案でよいのではないか、という意見が出ていることを聞くにつれ、そんな妄想や幻覚がありありと僕の目の前に去来してしまう。
だからこそ、ボールは再び部会から市民の側に戻されたのだ。総合福祉部会の骨格提言の完全実施と、厚生労働省案と、どちらがいいのか。あるいは、今日の部会では、両者をつなぐためにJDFが骨格提言完全実施に向けた「工程表」を提示したが、このような工程表を政府与党は出さなくていいのか。さらにはこの「工程表」と厚労省案をすり合わせる必要は無いのか。ちなみに僕自身、今日の部会では、骨格提言と厚労省案のすり合わせをするワーキングチームを置くべきだ、という提言を行った。そういう現実的な提言や、さらには厚労省案への意見を行うのも市民側に求められている。あるいは政府与党、その動きを監視する役目を持つ野党など、通常国会上程に向けて、様々なアクターに対して、再度ロビー活動や障害者運動の声を上げる必然性が高まっている。
付言するならば、実はこの総合福祉部会の設立根拠も、来月あたりで危なくなっている。この部会は先述の通り、内閣府の障害者制度改革推進会議が親会議になっているが、この親会議自体が、障害者基本法の改正を受けて、障害者政策委員会にこの3月にでも、形を変えることになっている、と担当室の東さんから、部会の最後に話があった。親会議がなくなるので、この総合福祉部会も3月以後はその設置根拠を失うのです、と。そして、今の弱腰な政権与党が、再びのこ部会を形を変えてでも生き延びさせるとは思えないし、厚労省は当然アンコントローラブルな人間(もちろん僕を含む)を、自らが人事権と論点整理権を持つ審議会から排除するだろう。しかも、繰り返しになるが、今月中にも与党のワーキングチームで取りまとめ、3月中ごろには閣議決定し、国会に上程する、というのである。このような急展開の中で、舞台は総合福祉部会からマスコミや世論の動向、障害者運動やロビー活動側に、急激に移行しつつある。
今回のメモでは、内閣府障がい者制度改革推進会議の総合福祉部会構成員として、今日の話をもとに、出来る限り感情的な内容を抑えて、事実と状況に関する論点整理を行ったつもりである。読者諸氏に置かれては、この実情をご自身で解釈された上で、何らかのアクションに向けて動き出してほしい。(ちなみに、福島智委員が民主党議員に対して「原点に帰れ」と訴えた意見書は、実に心揺さぶられる内容であった。こちらも良かったらぜひお読みいただきたい。)
最後になるが、制度化とは、様々なステークホルダー(利害関係者)による闘争や妥協の産物、の側面がある。そういう意味では、総合福祉法部会が骨格提言を出すまでが制度化の第一フェーズ、今日の部会で出された厚労省案やそれに向けた厚労省側の情勢作りが第二フェーズ、とするならば、両者の意見が揃った今から、制度化に向けた世論と政治の闘争が始まる。まさに、これは制度化に向けた第三フェーズが始まった、とも言えよう。これまでに、総合福祉部会に出来ることは、かなりやりつくしたつもりだ。もちろん、またバトンを託されたなら、出来ること、すべきこと、したいことは沢山ある。だが、そのバトンは、第三フェーズにおいては、残念ながら、政治家と官僚、そして市民に戻されてつつあるようだ。僕が書ける範囲のバトンは、速報的に書いた。その上で、皆さんが必要だと思うアクションに進み始めていただきたい。そう願って速報的な記述を終える。
2012年2月8日 午後9時
内閣府障がい者制度改革推進会議 総合福祉部会構成員 竹端寛拝

スクリーン依存という「夢心地」からの脱却

昨日の朝、東京出張のために、足早に駅に向かう途中で気づいた。

「あ、携帯忘れた」
電車の時間がギリギリなので、取りに行けない。以前なら後悔したり、その後ずっと落ち込んだりしたかもしれない。でも、その時の僕は、むしろワクワクしていた。
「あ、これはいよいよ『インターネット安息日』の実験ができるぞ!」
実際、スマートフォンを持ち歩かなかったので、妻とやりとりする為に何度か新宿駅付近の公衆電話を探したが、それ以外、「つながり」環境から離れていることにより、行き帰りの電車の中で、こんなに集中して本を読んだり考え事が出来る、とは思いもよらなかった。それほど、僕はスマホやパソコンを通じた、ネット上の「つながり」に中毒状態であり、依存症であったのだ。それをハッキリと気づかせてくれたうえで、別の生き方を模索するための、大切な指針となる本と出会った。
「人間は外界への旅を愛する。つながりを強く求めるのは人間の本質である。しかし、自分の内面に立ち返って現実の生活を見つめなおしてこそ、スクリーンに向かっている時間が実り多いものとなるのだ。この両方のニーズがかなう世界を目指すべきではないか。」(『つながらない生活-「ネット空間」との距離のとり方』 ウィリアム・パワーズ著、プレジデント社、p21-22)
フリーの作家・ジャーナリストのパワーズ氏は、職業上、パソコンやスマートフォンなどの「スクリーン」と毎日にらめっこしている生活だった、という。だが、ある日、近所の池でボートを漕ごうとしてスマホを池に「水没」させた時、飛行機の機内にいるときと同じような、ネット上の「つながり」が切れた解放感を味わった。その経験から、実は自らが「つながり至上主義」者であると気づき、その中毒状態から抜け出しながら、適度な距離を取り、折り合いをつけるにはどうすればいいのか、という「内面の旅」に出始める。
そこまでなら、自己啓発本にも出てきそうな展開だが、この本を出張帰りの新大阪の本屋で眺めて、ついつい買ってしまったのは、第二章で取り上げられた先人達のラインナップに意外性を感じたからだ。プラトン、セネカ、グーテンベルグ、ハムレット、フランクリン、ソロー、そしてマクルーハン。どれもスクリーン至上主義時代を生きていない先達達が、なぜ、この本に登場するのか。そのあたりは本書を読んでほしいのだが、上記の先達は、実はみな、「つながり」の方法が激変する転換期に生きており、彼らの叡智の中に、「つながり」に巻き込まれず、自ら内省する時間を確保するためのヒントが隠されているのである。それを僕は、こんな風に受け取った。
1,プラトン→つながりから距離を置く。
2,セネカ→じっくり自分の考えと向き合うために、つながりを減らす。
3,グーテンベルグ→ブラウザを開かずに文章を練る。
4,シェークスピア→紙の本や手帳を活用して、一つのことに集中する。
5,フランクリン→何かを諦めるのではなく、前向きな自分の「内面の探求」を促すための儀式・ルールを作る。
6,ソロー→内面を大切にする場所と時間を確保する。
7,マクルーハン→スクリーンのみ、よりも、お顔の見える関係作りを重視する。
実にどれも書いてみれば「当たり前」の事ばかり、なのだが、特に昨年の震災以後、ずーっとツイッターの画面から離れられない依存的な自分がいた。フェースブックも色々つながりをもち、Gmailと共に、ブラウザ上に常駐させて、「つながり続けよう」とする自分がいた。間違いなく僕もパワーズ氏と同じ「つながり至上主義者」になっていたのだと思う。その間、内面的な気づきもあり、色々じっくり考えたいのに、それだけの時間がとれない事にいらだっていた。だが、忙しくしているのは、スマホやPCなどのスクリーンに齧り付いている部分も多分にある。現に、昨日それを止めてみる「インターネット安息日」にしたら、随分色んな事が考えられたり、内面の探求に繋がる良質の読書も出来た。また、放ったらかしにしていたモレスキンの手帳を、アイデアメモとして取り始めると、色んな事が見え始めた。そういう、自分の限界(と決め込んでいた部分)を超える為にも、「つながらない生活」は、大きなヒントを与えてくれたのだ。
あと、もう一つこの本に出てきたエピソードで、今でもその衝撃の渦中にある逸話がある。
「彼(=マクルーハン)は、人びとがなぜガジェットに夢中になるのかを説明するために、ギリシア神話のナルキッソスを引き合いに出した。ナルキッソス青年は水に映った自分の姿を別人と勘違いし、恋焦がれた末に死んでしまう。『この神話の要点は、人間は別の何かに投影された自分に、たちどころに魅了されるということだ』。同じように、わたしたちが新しいテクノロジーにひかれるのも、それによって自分が別の何かに投影されるからである。しかし、ナルキッソス同様わたしたちも、身体が外界へと引き延ばされて自分がどこかへ投影されるという、ガジェットの作用に気づかない。この混乱はある種の夢心地を伴う。なぜかわからないが、ガジェットから目を逸らすことができないのだ。」(同上、p284)
本当にぎくり、とした。
ツイッターのタイムラインを追うだけでなく、たまに「@つながり」を確認したり、朝起きたときにツイッターの「@」マークが表示されていないか、とか、フェースブックの「お知らせ」に赤で数字が入っていないか気になっている僕は、ある種の「夢心地」でいた。それは、「別の何かに投影された」自分への陶酔、という意味で、ナルキッソス青年と同じなのだ!!!!! この衝撃は、痛々しさと共に、自らに突き刺さる。そんなに自意識の歪んだ姿に「夢心地」になっていたなんて・・・。
このフレーズに出会って、夢から醒めてしまった。
もちろんツイッターやGmailなどのつながりのツールから、多くの恩恵を受けているのは、事実である。頑固爺さんのように、そのつながり自体を否定したりはしない。だって、随分そのつながりから正の恩恵も受けてきたのだから。だが、「つながり至上主義者」として、スクリーン依存症になり、「夢心地」で我を忘れるほど埋没していては、単に阿呆になったも同然である。自分の内面の探求が出来ない、その為の時間が確保できないことが一番つらい。筆者は最後にこう書いている。
「あなたが考え方、暮らし方をどう選ぶかにかかっているのだ。」(p334)
本当に「わかった」というとき、それは行動変容を伴うはずだ。このフレーズは、僕自身が授業や研修の場で言い続けて来たことである。その刃は、今、再び自分に突き刺さっている。ただ、そんなに不安はない。ちょうど、「三食教」から自由になって、もう二年になろうとしている。あのときは炭水化物を減らしながら、自分自身の固定観念と向き合っていた。今度はその延長線上で、スクリーンへの依存も減らしながら、内的自己を見つめる時間を確保すればいい。そういえばツイッターを始めたのは、ダイエットが進み始めた2010年3月からだった。今思えば、食事への依存の代償行為として次に選んだのが、スクリーン、だったのかもしれない。
もう、そういう依存なく暮らしたい。真剣にそう思い始めている。

両端を眺めながら

この週末、二つの「端」を眺めている竹端がいた。

一つの端は、最先端の方。土曜にうちの大学で行われた「生涯学習フォーラム」で、基調講演の渡邉先生の話が面白い、と同僚から伺い、潜り込んでみた。確かにお話はメチャクチャ刺激的だった。「できごとの実相を伝える多元的デジタルアーカイブズ」というタイトルは、僕には最初ちんぷんかんぷんだったけれど、長崎や広島の原爆体験の記憶を、グーグルアースとくっつけながらウェブ上で融合させる事で、過去と現在をつなげ、記憶の断片を再組織化させるアーカイブスの紹介は、実に魅力的だった。また、東日本大震災後は、ヒロシマ・ナガサキのアーカイブスの経験を被災地に活かした東日本大震災アーカイブも進行している、という。
そのお話に魅入られながら、渡邉先生の一連のプロジェクトの発端になったという、ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクトのことが、ずーっと気になっていた。このプロジェクトは、地球温暖化で島がなくなってしまうかもしれない、という事で一躍有名になったツバルについて、現地に暮らす人びとの顔写真と、現地の風景写真に基づいて、「ツバルの別の様相(=できごとの実相)」を伝えようとするアーカイブである。ここで僕が圧倒されたのは、ある島に住む住民全員の顔写真を撮って、その人がどこに暮らしているか、をグーグルアース上で表示させている映像を眺めた時だった。その島の人びとと信頼関係を作った日本人の写真家が撮った、住民一人一人の顔写真をクリックすると、住民さんの一言が添えられており、しかもその人へのメッセージを送ることが出来る。このプロジェクトHPを通じて、全世界からツバルの住民宛に、メールも届く、という。そのつながりも、グーグルアースを通じて可視化していた。そのつながりの可視化と促進、という観点に、すごく魅入られながら、先生のお話を伺っていた。
先生の基調講演の直後、僕も別の場所で講演をする事になっていたので、直接先生に聞きそびれた事があった。それを、少しブログにしたためておきたい。それは、地方におけるつながりの再組織化に関して、というもう一つの端について、である。
僕はここ最近のブログでも書き続けているように、地域コミュニティにおける人びとのつながりの捉え直し、に興味を持っているし、関わり続けている。限界集落や高齢化率の高い地域における見守りネットワーク、あるいは地域包括ケアと呼ばれる支援体制をどう構築していけばいいか。その中で、住民主体の地域共同体再生に、福祉行政や事業所などがどう共同参画できるか。こうした問いが、福祉現場のフィールドワークを通じて、地方における普遍的課題として前景化している。こないだブログに引用した内山節氏のフレーズを用いれば、「ともに生きる世界があると感じられること」という共同体精神を、これからの地域社会でどう育んでいくか。この問いと直面している、と言っても過言ではない。
その際、ツバルのプロジェクトは、実はリンクしてくるのではないか、と直感しはじめている。ツバルのような、日本に住む私たちから見て周縁と思われる土地においても、その土地で暮らす人びとの営みや共同体がある。それを、前述のツバルプロジェクトは活き活きとデジタルアーカイブとして示してくれている。そこから、ウェブを通じた新たなつながりも創発されている。そこで、僕の中で生まれた問いは、「このウェブを通じた新たなつながりの創発」を、地域福祉の課題に応用できる可能性はあるか、という問いである。
ここ数年、地域包括ケアや地域自立支援協議会といった、市町村や地区コミュニティ単位での、「その地域における解決困難な福祉課題」をどうしたら解決していけるか、を主題として集まるネットワーク形成にコミットしている。その中で、僕のネットワークに関する認識の甘さを痛感しつつある。以前の僕は、ある地域のリーダーを育てる事によって、その地域を変革できないか、と考えていた。これはプロジェクトを引っ張るイニシエーターという「特定の人格のエンパワメント」を通じて地域の再構築を計ろうとする考え方である(このことについても、以前のブログに整理した)。だが、この「特定の人格のエンパワメント」=イニシエーター主導型モデル、であれば、その他の人びと=フォロワーの力を引き出したり、そこから何かを生み出す、という側面が弱い。確かに地域活動は、民生委員とか自治会長とか、あるいはその地域の将来を憂う若者とか、「特定の人格」から渦がスタートする事が多い。でも、その渦を探し、そこにのみエネルギーを注ぐアプローチは、ある種の中央集権的発想のダウンサイジングにしか思えないような気も、一方ではしているのだ。
そこで、ツバルのプロジェクトのような、住民全員に光を当てるプロジェクトが、どう応用可能性があるのだろうか、ということが気になる。このツバルプロジェクトでは、住民の誰がリーダーだ、とか、議員さんだ、行政職員だ、という序列がない。住民がみんな、水平な関係で置かれている。そこに、ツバル以外からも、様々なコメントがダイレクトに個々人に寄せられる。この水平的なウェブ空間に流れてくる情報、という観点を、地域福祉の困難性の解決、という問題とどこかで結びつける事は出来ないか、というのが問いなのだ。地域福祉の課題というのは、その土地のローカルな文脈や社会資源の問題と結びついた、局所的課題である。一方で、ウェブを用いた「できごとの実相を伝える多元的デジタルアーカイブス」とは、その局所的課題の閉塞感を乗り越える、外からの、別の場所からの風を運び込む力を持っている。この「別の風」と「ローカルな文脈(の閉塞感)」が出会うことによって、新たな何かの創発や、問題の解決のための第一歩が動き始めないか。そう夢想しているのだ。
ただ、当然、この両端を結びつけるには、大きな課題が幾つかある。個人情報保護の問題だったり、あるいはデジタルデバイドの課題だったり。昨日の講演会でも、ツイッターという言葉を知っていたり活用していたりするのは、参加者の1割にも満たない、という現実がある。地域福祉の課題にそれらのITを用いる際のデバイドは相当高い。また
、地域課題は動的で可塑的で、人間関係の濃密な機微にも関わる何かであるが、可視的なアーカイブに一旦置いてしまうと、その動的性質が崩れ、関係の(時にはドロドロした)ダイナミズムもそぎ落とされ、静的なものとして着地してしまわないか、という危惧もある。もちろん、アップデートすれば、その一部は解決出来るのだろうけど、そのアップデートには、情報格差の壁が高くのしかかっているのだ。
と、現段階では結びつけるのが難しそうな、多元的デジタルアーカイブスと地域共同体の再活性化、という二つの「端」。でも、尊敬するフィールドワーカーの関満博先生は『現場主義の知的生産法』(ちくま新書)の中で、時代の最先端と最後尾の双方を追いかけ続ける中で、問題の構造が立ち現れてくる、と述べていた。ウェブを通じた最先端の方法論と、過疎化や高齢化で弱体化しつつあるコミュニティをどう最活性化するか、というある種の最後尾の話。両方は、どこかでつながるのではないか、という予感を、とりあえず両端を眺めながら、したためておきたい。

支援の閉塞感の彼方に

「優れた知とは、それが知ることのできないものの前で立ちどまる。」
(『荘子に学ぶ』ジャン・フランソワ・ビルテール著、みすず書房、p60)
こないだ神保町の本屋で買い求めた新刊は、それまであまりご縁がなかった「荘子」を、哲学者という視点で捉えなおし、その本質を実にわかりやすく伝えてくれる、おそらく「今年最大の収穫(の内の一冊)」になる、キーブックであった。その本を読み進める途中で、たまたまアポイントを入れて訪れた現場で、この本とシンクロニシティの体験をすることになるとは、思いもよらなかった。
来月の2月18日、山梨で共生型ケアを展開されている「かんむら」さんが、共生型ケアの元祖、富山の惣万さんたちを呼んだ講演会+シンポジウムを主催される。その第二部で、障害者と高齢者の支援の重なり合い、という観点から、僕もシンポジストの一人として呼ばれることになった。だが、共生型ケアは話を聞いたり映像を見たりしたことはあったけれど、実際に訪れたことがなかったので、シンポジウムの前に一度訪問させてください、ということになった。
そして、昨日の午後、訪れた「かんむら」で僕が見たのは、まさに「知ることのできないものの前で立ちどまる」という現象であった。
よそのデイサービスで「問題行動」を取り、出入り禁止となった人。ターミナルなので見れませんと言われた人。○○だからうちには無理、と言われた人・・・。そういう人々がこの「かんむら」に集っている、という。しかも現場は、小学校低学年の子ども達もぎゃーぎゃー騒いでいるし、障害のある若者も有償ボランティアに来ている、そんな、これまでの「デイサービス」の「整った空間」とは間逆の場所。だが、その混沌とした空間の中で、不思議と皆さん、自分らしさを取り戻している、という。暴力行為が減ったり、無くなったり。笑顔が増えたり。子ども達に優しく諭す認知症のお年寄りが現れたり・・・。
これらを「家庭的雰囲気」「共生型ケア」という形で「わかったようなふり」をすることは簡単だ。でも、そういうものではない、とその現場でぼんやりしているなかで、感じ始めていた。
認知症のお年寄りと、元気な子ども、知的障害のある青年、そして看護師や介護福祉士といったスタッフ。それらが一つの家の中で取り交わす相互作用。もちろん、その相互作用は、下手をすれば、単なる雑居部屋となる可能性が十分にある。昔とある県の「共生型グループホーム」なるものが、そういう雑居部屋然とした空間であることを垣間見て以来、なんとなく共生型への嫌悪感=先入観を抱いていた。しかし、昨日訪れた「かんむら」は単なる雑居部屋とは全く違う、混沌とした中にも一つの調和の取れた空間であったような気がする。その秘密は何だろうか。
それは、「かんむら」の代表の岡さんが話していた、「こちらから、特別にプログラムなど働きかけない、仕掛けない」という言葉の中に隠されているような気がする。
こちらから仕掛けなくても、様々な人々(障害者、高齢者、子ども、支援者・・・)が寄り合うだけで、色々な動作やエピソードが始まる。子どもに反応するお年寄り、なんとなくお手伝いをし始める知的障害の青年。あるいはそういう場の中で佇んでいる職員。そういう、意図せざる相互作用の中に、福祉サービスという枠組みの中では「知ることのできないもの」が、「かんむら」という場に立ち現われる。その立ち現れた何かの前で「立ちどまる」ことが出来るのか。あるいは、せっかく立ち現れそうになった相互作用を、「福祉サービス」という枠組みの中に矮小化してしまわないか。
さらに敷衍して言えば、実は福祉サービスや支援と言われるものは、これまで、目の前で繰り広げられる「知ることのできないもの」を、福祉や支援の規格外ゆえに、「なかったこと」にして、無視してこなかったか。自らの理解できる範囲内での現象を、専門家の視点から分析することに躍起になっていなかったか。その標準偏差(=という名の学術体系)の枠組みの外にある何かを、「逸脱行動」「問題行動」「○○スペクトラム」などというラベリングをぺたんとはって、それ以上の意味や内在的論理を追求することなく、「知った」ふりをしていなかったか。「知ることのできないもの」をそのものとして認識し、その前で「立ちどまる」勇気をどれだけもてたのか。「知らない間に、なんだか空間が出来ている」という状態を作るための努力をどれだけしていたのか。「知っている範囲内」に無理やり支援や対象者を押しとどめてはいなかったか。
「あなたの意識的な活動が、より深い源から養われた、もっと無欠な活動に達するのを妨げないように気をつけなさい」(同上、p50)
多様な人が集うことで、その場に生起する無意識的な流動性の渦が流れ始める。その渦を、専門性という名の意識的な働きかけによって、消してはいないか。渦から創発される「知ることのできないもの」を「なかったこと」にすることによって、その場で立ち上がる力動性を限定することになっていないか。
専門性がいらない、といっているのではない。いやむしろ、専門性を十分に鍛錬したうえで、その専門性にすがらない、という熟達が求められる。牛さばきの達人といわれた料理人は、恵王の質問に次のように応えている。
「私は牛を目で見ることなく、精神で見るのです。私の感覚はもはや介入せず、精神が欲するままに動き、牛の輪郭そのものに従うのです。」(同上、p14)
この料理人も最初は「目の前のすべてが牛に見えました」という。だが、鍛錬を積み三年の修練のあとに、「牛の何らかの部分だけをみていました」という。いわゆる専門家がタコツボ的に陥るのも、この「何らかの部分のみをみる」という局所的視点であろう。それでは、部分最適はできても、全体をみたことにならない。だが、熟達する、つまり『荘子に学ぶ』で言うところの下位の状態(レジーム)から上位のそれへと移行するとき、「活動は、意識の統制から解き放たれて、もはやそれ自身にのみ従う」(同上、p15)という。
支援者という「料理人」も、最初は「目の前すべてが牛」である状態から「何らかの部分をみる」という段階にいたることで「専門性」が完成された、と錯覚していないか。本当はその先に、「対象者を目で見ることなく、精神で見る」ことが出来ているか。「知識」にとらわれることなく、「精神が欲するままに動き、対象者そのものに従う」状態(=上位のレジーム)へと移行できているか。
この移行が完成したとき、初めて場全体への配慮ができ、そこから場全体の相互作用を押しとどめることなく、その「知ることのできないもの」の力に身をゆだねる=「精神が欲するままに動く」ことが出来るのではないか。
支援の専門性が、タコツボに入るような閉塞感を、各領域で感じる。それを超えるためには、この料理人が示したような、あるいは「かんむら」のような場で起きているような、レジームの移行が必要なのではないか。
「人が物の筋道をかき乱し、存在の自然な性質を侵害すると、はかりがたい自然は、作用できない。獣たちは離散し、鳥達は夜に鳴き、災禍が植物におよび、厄災が虫を見舞うことになる。こうしたことは、秩序を調整せんと主張すると生じるのだ!」(同上、p124-125)
「かんむら」において僕が垣間見たのは、そこにいる全ての人々が、その混沌とした空間の中で、なんとなく一つの調和(=筋道)を見出しながら、そこにいる、という感覚だった。それは、ある場を共有する人々が意識的・無意識的に発するメッセージを交歓しあう中で、「存在の自然な性質」を共有しながら、探り当てつつある「物の筋道」だった、とはいえまいか。
一方、支援やサービスの専門家は、しばしば「善きことをなさんとする意図や、他者を助けて導こうとする欲求に駆り立てられたままでいる」(p127)。これを、「秩序を調整せんと主張する」「意図」や「欲求」であると見るならば、その「秩序」とは、いくら相手のことを表面的に慮っているように見えても、その実、支援する側の「秩序」への「調整」の欲望ではないか。支援者側の「あるべき姿」の中に、当事者側を無理やり当てはめようとする、という説得モードだからこそ、その説得に適合しない人は、「問題行動」という形で、反発するのではないだろうか。
その際、本人が納得する形を探し出す、ということは、「人が物の筋道をかき乱」さない、ということかもしれない。その場で生起する様々な想定外のドラマ(=知ることのできないものの)を、「なかったこと」にせず、支援の規格の中に矮小化せず、その「前で立ちどまる」という、知への、相手への、場全体への深い敬意。その敬意を払う中でこそ、支援空間という場全体を、「目で見ることなく、精神で見る」ことが出来るのではないか。そういう視点から振り返ってみると、「自己決定支援と意思決定支援は違う」とか、「認定(上級)○○士が必要だ」とか、そういう議論は、「目で見る」=コップの中、での争いであって、下手をすれば本質を見失った議論に繋がってはいないか。
そんなことを、「荘子」と「かんむら」のシンクロニシティから考えていた。