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乱流環境が生み出すイノベーション

難しい本は、読書会で読むに限る。つくづくそう思う。一人で読んでいるときには思いつかなかったことを、仲間と本を読みながら対話しているうちに、浮かび上がってくる。その妄想的ひらめきによって、意味や価値を見出せなかった文脈に、新たな光が差し込む。

今回は、岡部茜さんに教わって、タイトルすら知らなかった本を読んで彼女と議論しているうちに、以下のフレーズが輝いてきた。

「集合体に安定的な同一性を付与する重要な領土化の過程は習慣的な反復である。」(マヌエル・デランダ『社会の新たな哲学:集合体、潜在性、創発』人文書院、p98)

デランダの本を要約するのは難しいので、秀逸な書評を見て欲しい。

この本の面白いところは、集合体の基礎的概念として「物質的、表現的、領土化、脱領土化」という四つの変数の組み合わせとして議論しようとしているところである(p24)。例えば、狂気というのは、社会の主流な規範からの「表現的」な「脱領土化」である。他方、精神病院というのは、そのような狂気の表現を収容することで社会の秩序維持に繋げようとする意味では、「物質的」な「領土化」である。

そう思ってみると、 長期社会的入院というのも、「集合体に安定的な同一性を付与する重要な領土化の過程」としての「習慣的な反復」ではないか、と捉えることが可能になる。さらに言えば、ではこの「習慣的な反復」をどう変える事が出来るのか、精神病院に収容することなく、「集合体に安定的な同一性を付与する」ために、どのような別の「領土化の過程」を構築することが出来るか、という問いが浮かぶ。例えば、以前ブログでもご紹介したACT-Kの実践などは、「地域の中で「問題行動」「困難事例」「反社会的行為」とラベルを貼られる言動をする人を支える「専門性」のダイナミズム」を作り出すことによって、精神病院以外の場で「表現的」な病気を受け止める、ある種の「領土化」としてのアウトリーチを作りだしている、とも言えるかも知れない。そんな風に妄想が膨らんでいく。

「領土化の過程は、集合体の同一性を各々の空間的な規模で歴史的に生産するために必要とされるというだけでなく、脱領土化という不安定化のまえにしてこの同一性を維持するために必要とされるということができよう。」(p73-74)

「領土化」と「脱領土化」というのは、集合体の動きであり、それに善や悪、などの価値は付与されない。ということは、精神疾患、問題行動や困難事例、反社会的行為とラベルが貼られるような、「脱領土化という不安定化のまえにしてこの同一性を維持するために必要とされる」「領土化」は、どのようなものであればよいか、が問われる。精神病院や入所施設、刑務所などに隔離収容するのも「領土化」だが、アウトリーチや往診、地域での見守り支援だって「領土化」なのである。「集合体の同一性を各々の空間的な規模で歴史的に生産する」ための方法論は、別に収容施設である必要はないのだ。

これを、支援される側から捉え直してみよう。支援がされずにしんどい状況に放置されていることは、ある種の「脱領土化」であり、それは本人にとっても苦しくて、辛い。だからといって、自らの「表現的」な内容を受け止めてもらえない形で、家族や施設に「領土化」されると、窒息しそうになる。ということは、それが社会の主流の価値から「脱領土化」されている「表現的」な何かでも、そのものとして受け止めてもらう関係性を支援者と築くことができれば、「物質的な」安定も得られる。そのような、自らが承認される「領土化」とはなにか、が問われる。そういう「集合体」とはどのような存在であるか、が支援組織としては問われるのである。

「安定性の喪失だけでなく、能力の拡張もまた、人の同一性の脱領土化を引き起こすかもしれない。ここで私たちはヒュームより先へとすすみ、習慣や習性といったことに加え、新しい技能の獲得がおよぼす効果のことを考慮に入れなくてはならない。たとえば、小さな子どもが水泳や自転車に乗るのを身につけるとき、新しい世界が新しい印象と観念と一緒になって経験にむかって開かれてくる。(略)この機能は脱領土化を促すものとなる。」(p98)

娘は今年の夏からスイミングスクールに通い、夏は親子で温水プールによく通っていた。彼女は最初、水を怖がり、それこそ「安定性の喪失」を感じていた。でも、スイミングスクールに通うことによって、「新しい技能の獲得」ができ、「新しい世界が新しい印象と観念と一緒になって経験にむかって開かれてくる」ようになった。だからこそ、楽しみにスクールに通い続けている。それは、「人の同一性の脱領土化を引き起こす」「能力の拡張」であり、「新しい集合体へと入り込んでいく能力の上昇」(p99)である。

精神病院に長期社会的に入院していて、退院が出来ないと周囲にラベルが貼られている人も、「能力の拡張」の機会が疎外されている人、と置き換えてみたくなる。入院患者役割に著しい同一化が求められ、脱領土化の機会がなく、本人もそれを怯えている人、という仮説を置いてみる。すると、「小さな子どもが水泳や自転車に乗るのを身につけるとき、新しい世界が新しい印象と観念と一緒になって経験にむかって開かれてくる」ような経験が、ご本人に出来ていないだけではないか、と。

そして、「新しい世界が新しい印象と観念と一緒になって経験にむかって開かれてくる」機会として、オープンダイアローグがあるとも思えてくる。対話の中で、「新しい世界」を共に考え合う、未来語りのダイアローグ。これって、一人では泳げない、自転車に乗れないと、新しい世界・印象・観念・経験に開かれない個人に対して、一緒に新しい経験をしてみませんか、というお誘い的な対話である。そうやって、新たな関係性や経験に開かれることによって、同一性の反復状態という仮の安定から脱し、脱領土化がはじまり、「新しい集合体へと入り込んでいく能力の上昇」がおこる。これも、大切な支援の有り様だとも感じる。

「(産業組合と販売組合という:バタ補足)両方の形態に影響を与える脱領土化の主要因は、製品ないしはプロセスにおける高いイノベーション率が創出していく、乱流環境である。ここで問題となるのは、組織内における変化率—組織の慣性に由来する様々な要因に影響される—と、組織の外側にあるテクノロジーの変化率との関係である。(略)産業全体を考察するとき、私たちが関心を向けるのは、産業の成員となる組織の適応能力(すべての組織に、適応するだけの十分な時間があるのであれば)よりはむしろ、外的なショックにあわせて内的な変化を調整する能力である。」(p155)

この本はめっちゃ格好いいフレーズが多くちりばめられているのだが、「乱流環境」もその一つ。それは、同一性の反復に基づく安定性の対極であり、逸脱や混乱、狂気も一つの乱流環境である。そのような乱流環境を、イノベーションに向けて活かすことができるのか、というのは、非常に面白い問いである。秩序を乱すノイズと捉えるのではなく、脱領土化がイノベーションを起こすと考え、そのような乱流環境を、そのものとして受け入れる。その上で、無理やり乱流を鎮圧するのではなく、「外的なショックにあわせて内的な変化を調整する能力」を持つことができるのか、によって、乱流環境はイノベーションへと変化が可能なのだ。

本来、精神科医療に求められているのは、乱流環境を「縛る・閉じ込める・薬漬けにする」ことで強制的に鎮圧することではなかった。本人の生きる苦悩が最大化し、急性期の状態というのは、逆に言うと危機こそチャンス、ではないけれど、窓が開き、対話のチャンスでもある。そのような「乱流環境」を上手く生かし、患者さんの「外的なショックにあわせて」医療チームの「内的な変化を調整する能力」が備わっているならば、アウトリーチチームと当事者や家族などとのコラボレーションにより、その人が危機を乗り越え、地域の中で暮らし続けるためのイノベーションが生まれてくるはずなのだ。そして、乱流環境を共に考え合い、乗り越えるための「不確実性への耐性」が重視される対話こそ、そのチームビルディングの根幹にあるのだろう。

そう考えてみると、領土化や脱領土化というキーワードを用いながら、集合体の変遷を考えることは、固着していた事態を新しく眺め直すための、重要な補助線になりそうだ。また、精神病院や精神医療を、刑務所や更生支援に入れ替えても、同じことが言えそうではないか、などの妄想も浮かぶ。シンプルな概念こそ、多くの妄想やアイデア、イノベーションを生み出す優れた理論、とするならば、この集合体理論もその1つかも知れない。そう思い始めている。

組織風土を変える対話的関係性

僕はかつて、「オープンダイアローグは、精神科病院をベースにしたシステムでは出来ないだろうという意見」を述べたことがある。そのことについて詳述した8年前のブログの最後に、こんな風なまとめを書いていた。

「僕が「今の精神科病院の現場」にまず求めるのは、「オープンダイアローグ的なアプローチ」を真面目に実現する為の「専門職の覚悟」と「組織改革」である。」

その時は、実践的裏打ちもないままこれを語っていた。だが、矢原隆行さんの『矯正職員のためのリフレクティング・プロセス』(矯正協会)を読んで、まさに上記の指摘を本気で実践されていることに、めちゃくちゃ感動した。

「日本の矯正施設におけるリフレクティングのもう一つの可能性は、前節で触れた刑務所職員による暴行・不適正処遇事案に係る第三者委員会からの提言でも言及されている矯正施設の『組織風土』にかかわるものです。入所者に目を向けるばかりでなく、矯正施設の職員どうし(上司と部下、多職種との連携も含みます)、組織全体が風通し良く話すことができ、安心して働くことのできる関係であることは、つい見過ごされがちですが、とても大切なことです。そもそも、職員間の信頼関係や安心感がその基盤にあってこそ、入所者を交えた風通しの良い会話も可能となるのです。そして、そうした組織風土を育むためには、自分たちの職場のリフレクティング・プロセスに取り組むことが不可欠です。」(p5)

精神科病院や入所施設では、虐待が繰り返し繰り返し、起き続けている。それはなぜか。それは、『自分はダメだ(何もできない)』『組織としてやれることは限られている(何もできない)』というトラウマの並行プロセスがあるからではないか、と以前ブログで指摘したことがあるし、論文化したこともある。その背景として、精神病院や入所施設の閉鎖性があげられる。収容することが目的になっている場所において、対象者へのよい関わり方について組織的に・対話的に検討し合うような組織文化がなければ、『自分はダメだ(何もできない)』『組織としてやれることは限られている(何もできない)』というトラウマの並行プロセスが生み出されるのだ。僕がかつて「オープンダイアローグは、精神科病院をベースにしたシステムでは出来ないだろうという意見」を述べたのも、このトラウマの並行プロセスに陥る組織では無理だ、という背景があった。

だからこそ、矢原さんの以下の指摘は決定的に重要なのだ。

「入所者に目を向けるばかりでなく、矯正施設の職員どうし(上司と部下、多職種との連携も含みます)、組織全体が風通し良く話すことができ、安心して働くことのできる関係であることは、つい見過ごされがちですが、とても大切なことです。」

虐待の起こる入所施設や精神科病院は、利用者との関係性を築く以前に、「矯正施設の職員どうし(上司と部下、多職種との連携も含みます)、組織全体が風通し良く話すこと」が出来ていない。「安心して働くことのできる関係」が出来ていない。それは、津久井やまゆり園での連続殺傷事件や、神出病院・朝倉病院事件を見ていても共通するポイントである。そして、北欧の刑務所で実践されているリフレクティング・プロセスを調べていた矢原さんは、精神病院や入所施設と同様、閉鎖的構造がある日本の矯正施設において、まずは「職員間の信頼関係や安心感」を作るために、リフレクティング・プロセスを導入してみた。そうやって対話文化を創り、「組織風土」を変えるために実践していくことで、「入所者を交えた風通しの良い会話も可能となる」土壌を作ってこられた。それが本書にガッツリ書かれていて、感動したのである。

「人が生き生きと更生できる場は、それ自体(そこには、その場を構成する個々の職員の状況、職員間の関係、および、運営や組織のあり方の全体が含まれます)が風通しよく、気持ちのよいものであってこそ、はじめて更生にふさわしく、有効なものになる」(p6)

ここで「更生」を「エンパワー」と言い換えてみると、実はこの論理はいかなる保健医療福祉組織でも言えることだ、とは言えないだろうか。そして、対象者への支援に熱心な組織ほど、同僚への査定や批判の眼差しが厳しく、それが「職場で傷つく」という上記とは真逆な論理になっている現実がある。そこを乗り越えるためには、「それ自体(そこには、その場を構成する個々の職員の状況、職員間の関係、および、運営や組織のあり方の全体が含まれます)が風通しよく、気持ちのよいもの」である必要があるのだ。「歯を食いしばって我慢して耐えろ!」という昭和的ガンバリズムとは真逆の論理が必要とされるのである。

なぜ矢原さんはこの実践が出来ているのか。これは北欧の刑務所で聞いた話が大きかった。刑務所の入所者の男性とのやりとりを、矢原さんは次のように振りかえっている。

「インタビューのなかでも、とりわけ印象深かったのは、ある入所者の男性が、『この会話を通して、自分は人間になった。でも、自分だけじゃなく、刑務官も、心理士も、皆が人間になったんだ』と述べ、そこに同席していた心理士も刑務官も、彼の発言に深く頷いた場面です。」(p23)

罪を犯した受刑者だけが、非人間的なのではない。実は矯正施設やそこで働く人々も、ある種の非人間性を帯びていた。ここでの非人間性、とは対話のないという意味で用いてみたい。懲罰的で秩序維持が真っ先に求められる場であれば、対話は必要ない。でも、生き生きと更生でき、エンパワーされる場で、真っ先に求められるのが、対話的関係性なのである。それを取り戻すことにより、「自分だけじゃなく、刑務官も、心理士も、皆が人間になったんだ」というのは、実に印象深い発言である。

その後、日本の矯正施設におけるリフレクティングを実践し続けてきた矢原さんだからこそ、矯正施設職員の疑問やモヤモヤにも、この本の中で丁寧に向き合っている。

「Q リフレクティングでは丁寧に相手の話を聞くことが大切とのことですが、職員がふだん施設の規律を保つために入所者に対して厳しく指導・監督していることとの一貫性が保てなくなる可能性はないでしょうか?
A リフレクティングや諸々の対話実践に参加することは、矯正職員が施設の規律を保つために担う役割と矛盾、対立するものではありません。実際、リフレクティング実践に長く取り組んでいる北欧の刑務所では、こうした会話の機会を入所者と職員が重ねることを通して、以前よりも双方が相手に人間として敬意をもって接することができるようになったといいます。必要な時には厳しく注意もし、必要なときには丁寧に話を聞いてくれるという矯正職員の姿勢は、むしろその人の生活全体を見守りながら更生にかかわるプロフェッショナルとしての本来のあり方と言えるでしょう。」(p188)

これを書き写しながら改めて感じたのは、「施設の規律を保つこと」と「入所者の矯正を支援すること」という、一見すると相反するように見える事態をどう繋げるのか、について、矯正施設の職員達はずいぶん苦労されてきたけど、その解決策が見つかりにくかったのだろうな、ということだ。相手の話を丁寧に聞いてしまったら、「入所者に対して厳しく指導・監督していることとの一貫性が保てなくなる」のでは。この恐れへの解決策が見出せなければ、刑務所での対話はあり得ない、となってしまう。そして、対話的な場ではないからこそ、虐待や暴行事件が起こるのは、刑務所や入管施設だけでなく、精神病院や入所施設でも共通している、構造的課題である。そして、これは矯正施設の現場職員にとって、「最大化された心配ごと」である。

この「最大化された心配ごと」に対して、矢原さんは北欧の刑務所でのリフレクティング実践に基づいて、「こうした会話の機会を入所者と職員が重ねることを通して、以前よりも双方が相手に人間として敬意をもって接することができるようになったといいます」と伝える。そして、「双方が相手に人間として敬意をもって接する」ことと、「必要な時には厳しく注意」することは、両立可能だ、と指摘する。その上で、「必要な時には厳しく注意もし、必要なときには丁寧に話を聞いてくれるという矯正職員の姿勢は、むしろその人の生活全体を見守りながら更生にかかわるプロフェッショナルとしての本来のあり方と言える」と喝破している。

そういう意味では、矯正職員は、これまで「その人の生活全体を見守りながら更生にかかわるプロフェッショナルとしての本来のあり方」を示されないまま、秩序維持に必死になってきたのではないか、という「妄想」すら浮かぶ。「双方が相手に人間として敬意をもって接する」という方が、入所者にとっても、矯正職員にとっても、その場は安心出来る場である。逆に言えば、その安心や信頼関係がないなかで、「施設の規律を保つために入所者に対して厳しく指導・監督」するだけでは、矯正職員の皆さんはものすごく緊張を強いられるし、疲れるだろうし、燃えつきないだろうか、と心配になってしまう。そして、そのような矯正職員の燃え尽きを防ぐためにも、矢原さんの提唱するリフレクティング実践は、非常に効果的なのだと改めて思う。

他にも色々引用したい部分はあるが、もう4000字近いので、詳細は同書を読んで欲しい。この本の最も素敵な部分は、これまで引用したわかりやすい理念編だけではない。実際に入所者やその家族と、あるいは矯正職員同士、多機関連携場面でのリフレクティング実践の模擬事例が記載され、その時の視点やコツまで詳細に触れられている。さらにはそれがDVDとして付録で付けられている。そういう意味で、矯正施設におけるリフレクティングを実際にどうやったら始められるのか、の具体的な手法がこの本を読んだらわかる、という意味では、非常に実践的な一冊なのだ。その部分のダイナミズムは、引用しにくいので、ぜひこの本を読んで欲しい。

最後に、矢原さんの矯正職員向けのメッセージを引用しておく。

「読者のみなさんがまず取り組みたい(あるいは、取り組まねばならない)と思われるのは、入所者への処遇のためのリフレクティングかもしれません。それは、一般改善指導として『対話実践』を実施する方針が訓令に示されたことからも無理のないことでしょう。しかし、同時に、矯正職員間の関係、そして、矯正組織の組織風土自体を風通しのよいものにしていかない限り、処遇としての『対話実践』がその実質を伴わないことは、本書を通して述べてきたとおりです。ですから、職員間の面談や話し合いのさまざまな場面に組織のためのリフレクティングを導入していくことにも、ぜひチャレンジしていただければと思います。」(p197)

一般改善指導とは、法務省のHPには以下のように書かれている。

「一般改善指導とは,講話,体育,行事,面接,相談助言その他の方法により,[1]被害者感情を理解させ,罪障感を養うこと,[2]規則正しい生活習慣や健全な考え方を付与し,心身の健康の増進を図ること,[3]生活設計や社会復帰への心構えを持たせ,社会適応に必要なスキルを身に付けさせること等を目的として行う指導をいう。」

そこに対話実践が導入されるようになった背景として、別の資料では以下のように述べられている。

「これまで刑務官が行う面接は、1対1で職員と受刑者との関係が、指導をする側・される側が明確で、相手を正したいという間違い指摘反射の傾向があったため、受刑者には、「聞くだけとなり内省が深まらない」「しょく罪や自己の特性理解を含め様々な課題が解消されない」といったことが認められた。また、職員側としては、職員個人に対する負担が大きく、また、個人の知識や経験に依存することにより、職員が疲弊し、粘り強い指導が難しく、各種の課題が解消しないまま、処遇が停滞することに対応できていないという課題が認められる。」

これを読んで、矯正現場の職員の皆さんは、本当に緊張感が強いられ、孤立しやすい仕事場だったのだなぁ、と改めて感じた。矯正を「させなければならない」というミッションはあるけど、ではどうやったらよいのか、の方法論は現場の職人芸に託されていて、方法論があまりなかったのだろうなぁ、という「妄想」も浮かぶ。それだと、精神病院での「治せない治療者」がトラウマの並行プロセスに陥るのと同じ、構造的なしんどさがあるように思えた。だからこそ、この「対話実践」が、矯正教育の具体的な方法論として今着目され、それが「一般改善指導」の中に取り入れれた意味はめちゃくちゃ多い。業務として「対話しなければならない」ことになったからだ。

ただ、ここに矢原さんも僕も危惧を抱いている。それは、冒頭にも記載した「オープンダイアローグは、精神科病院をベースにしたシステムでは出来ないだろうという意見」にも共通する部分である。

対話が弾むのは、どちらもお互いに敬意をもって、もっと話したい、と自発的で意欲的になるから、である。「対話しなければならない」と強要された構造において、「指導をする側・される側が明確で、相手を正したいという間違い指摘反射の傾向」が温存されていたら、入所者と矯正職員の対話は、ある種の「尋問」になりかねない。それは、対話の真逆である。

だからこそ矢原さんは、「矯正職員間の関係、そして、矯正組織の組織風土自体を風通しのよいものにしていかない限り、処遇としての『対話実践』がその実質を伴わない」と警告しているのである。

入所者に対話を持ちかける前に、矯正職員チームの中で、ちゃんと対話が出来ているだろうか? 「指導をする側・される側が明確で、相手を正したいという間違い指摘反射の傾向」は、矯正組織の職員チームの中でも、生じていた可能性はないだろうか? そして、まずは矯正職員同士の関係性の中で、「以前よりも双方が相手に人間として敬意をもって接することができるよう」になるためのリフレクティング実践をしないと、いきなり対象者にそれをするのは無理ではないか? これは、精神病院や入所施設において、職員同士が「相手に人間として敬意をもって接することができる」ようなダイアローグ実践をしない中で、対象者にのみオープンダイアローグを押しつけるのは無駄だ、と僕が感じたこととも通底している。

そして、8年前と最も大きく違うのは、矢原さんの本を読めば、「相手に人間として敬意をもって接することができる」ようなダイアローグ実践を職員間で実施する方法論が具体的に書かれているので、明日の職場でも実践可能なのだ。

この本は、刑務所関係者にだけ役立つほんではない。オープンダイアローグやリフレクティング実践をどうやったら現場で可能なのか、を知りたい全ての人の必読文献である。現場の刑務官向けにわかりやすく、読みやすく絵も沢山入って描かれていて、実はダイアローグの入門書としても機能すると思っている。ぜひ、多くの人が手に取ってほしい。

最後に、この本に基づいた対話実践が精神病院や入所施設の「職員間」で行われることは、結果的には「脱施設化」への最も近い道かも知れない、とも思い始めている。職員間での対話的関係性が確保され、利用者との対話的関係性の回路が開かれていくと、共にエンパワーされる関係性が産まれるので、それは地域移行や脱施設化につながっていく。そういう形で、この対話実践が広まって欲しいなぁと改めて感じる。

自治型地域福祉を推進する方法論

気がつけば、沢山の自治体や社協に、審議会や計画策定、アドバイザーなど様々な形でコミットし続けている。ただ、そのやり方を、大学院や研修会などで学んだわけではない。誰も教えてくれなかった。だが、たまたま30代前半で、山梨県障害福祉課の特別アドバイザーに就任して以来、見よう見まねで、現場の人と共に、必死になって模索してきた(そのことはブログにも書いたことがある)。

そして、福祉計画に携わる他の研究者はどうしているのだろう、と同業他者の論文や書籍を読みあさっていた。その中で、最も現場のリアリティに基づいた整理を行っておられるお一人が、2008年に出された平野隆之さんの『地域福祉推進の理論と方法』(有斐閣)だった。平野さんは現場の論理の言語化が非常に秀逸で、「読み解き→編集→組み立て」概念は、その後僕があちこちで講演する際に活用させて頂くものだった。

ちょっとだけ解説を加えると、個別支援に関わる支援者は、当事者のニーズを読み取りながら、その自治体ではどのような政策・サービスが足りないのか、を「読み解く」専門家である。一方、自治体担当者は事業化に向けた「組み立て」が得意だ。でも、両者が「編集」場面で出会えないと、当事者のニーズに基づかない政策形成になってしまう。そして、それが出来るのが、自立支援協議会だったり、地域ケア会議だったりする。そういう文脈で上記の図を沢山活用させて頂いてきた。

その平野さんの最新刊『地域福祉マネジメントと評価的思考』(有斐閣)を拝読すると、相変わらず整理や言語化が秀逸であり、かつ複数の自治体にガッツリ入り込んでの「評価的思考」が言語化されているので、めちゃくちゃ参考になる。平野さんは評価的思考の構図を、以下のように整理している。

「まず所管課の評価活動のプロセスのなで『評価を行うことで評価を学ぶ』という評価的思考が浸透する場が必要となります。その場では『評価を行うことで重層(的)を学ぶ』ことが2つの思考方法の相互作用を通して実現します。さらに地域福祉マネジメントの文脈でいえば、『加工の自由』に結びつくための『仮説的思考』の形成が求められ、地域福祉マネジメントがそれを支えます。地域福祉が前提とする自発的・自由裁量的な発想が、事業の構想に結びつくことで、仮説的思考が、事業の計画策定の場に持ち込まれることになります。」(p7)

この記述を読みながら思い出していたのが、行政学者の整理した「事業課程」と「政策形成過程」の関係図である。

この図を提唱した真山さんは、多くの市町村が事業過程の青色の部分で終わり、事業評価はおろか政策形成過程には全くコミット出来ていない、と書いていた。実際この20年ちかく行政に関わっていると、法や制度で必要とされ、議会も通って予算化された「事業」をどうやってしようか、事業案を考え、事業を決定して実施する「事業課程」だけで精一杯、うまくいってもいかなくても、飲み屋の端で愚痴を言って終わり、という「事業」が、なんと多いことか! 飲み屋の端での愚痴を、「出来ていないことに関する事業評価」に高めて、そこから改善すべき問題を発見し、それを分析しながら、政策課題の設定や政策の策定、既存事業の検討、などをする「政策形成過程」ができない、必要性があるとはわかるけどどうしていいのかわからない、という自治体が多いのである。

その際、先ほど引用した平野さんの整理がずいぶん役に立つ。

「『評価を行うことで評価を学ぶ』という評価的思考」というのは、飲み屋での愚痴に終わらせず、何が出来ていないのか、のダメ出しだけでもなく、「出来ていることや事業実施による良い変化」をしっかり出した上で、「残っている心配ごと」もセットで整理する、という評価的思考から始まる。そして「評価を行うことで重層(的)を学ぶ」とは、整理した現状と課題は、重層事業と関連付けたらどんな風に解釈できそうか、をまず所管課や担当者レベルで整理することである。p52やp268では芦屋市の担当者達が、評価シートを用いながら、自分たちが「既存制度=制度福祉」「モデル事業」「地域福祉やまちづくり」の三つのレベルで、重層的事業の5つの事業をどれくらい出来てきたか、課題は何か、を自己評価している。実はこの自己評価に基づく『仮説的思考』の形成が、「地域福祉マネジメント」において決定的に重要だ、というのは、リアルでお付き合いのある芦屋市の担当者を見ていても感じる。

真面目に事業を遂行している自治体なら、何もやっていない訳ではない。でも、十分に出来ている訳でもない。そのときに、「出来ていることや事業実施による良い変化」を、A「個々の支援事業」と「C系統的な体制整備」のマトリックスに当てはめ、この部分はやれているよね、と議論しながら当てはめてみることが大切なのだ。そうすると、それを書く中で「そうはいっても、この部分は出来ていない・課題がある・未着手だよね」という「残っている心配ごと」も同じように見えてくる。それを評価シートを埋めながら、部署内で対話的に整理していく。これこそが「『評価を行うことで評価を学ぶ』という評価的思考」の肝である。真山さんの図で言うなら、これは「事業評価」から「問題の発見」に当たる部分である。

平野さんはこの「評価的思考」における評価参加者の思考の変化を、「参加における深まり」「改善内容の深まり」「他自治体との相対化からの模索」という三点を指摘(p292)しているが、これはすごくよくわかる。事業評価から問題の発見、分析へと至る議論って、政策の振り返りだし、何がどこまで出来た・出来なかったかを俯瞰的に読み取る力量につながる。それは他の自治体と比較すると、本当にわかりやすい。そういう意味で、この評価プロセスを通じて、次の政策形成への一歩に繋がる。

その上で、次にすべきことは何なのか、という「問題の発見→分析→政策課題の設定」というのが、『評価を行うことで重層(的)を学ぶ』にあたる。これは自分たちの自治体政策の弱みや強みの分析(SWOT分析)でもあるのだ。その中で、平野さんは「支える体制整備の方法が評価対象」「リノベーション型の評価の採用」「地域作りとの連携の深まり」を「重層的思考」として提起している(p292)。

最近、厚労省の様々な部局、だけでなく、総務省でも国交省でも農水省でも、自治会単位で何かをしてほしい、と色々な施策が五月雨式に降ってくる。小さな自治体だと、似たような会議が違う部局から何度も開かれるけど、出ているメンバーが結構重複する、なんていうケースはざらにある。その際、地域作りとの連携のなかで、「これとあれの会議の会議が似ているなら、一緒にしてしまいませんか?」といったリノベーションが模索される。それは、そもそもその地域での支援体制を考えるうえで、その枠組みやスキームで良いのですか、という問いかけである。自治会長や民生委員のなり手が先細りする中で、地域の中で「すべきこと」をどう棚卸し・整理するか、という問いとも繋がる。

その上で、では次年度は具体的に何からどのように変えていこうか、という新たな施策を打つ際に必要になってくるのが、「政策の策定→施策体系の確認→既存事業の検討」という部分だ。ここで必要になってくるのが、平野さんのいう「仮説的思考」であり、それは「事業計画の目標・位置付けの深まり」「重層的な人材育成の発掘・育成の取り組み」と紐付いている(p292)。

自治体で何らかの「事業過程」を展開するためには、その法的・財源的な根拠が必要になる。福祉分野であれば上位計画としての地域福祉計画であり、障害福祉計画などの個別計画である。そして、地域福祉計画は自治体の総合計画とも紐付いていないと、説得力がない。事業評価の中から問題を発見し、評価型思考の中で問題の分析を行い、重層的思考の中で次にすべき政策課題の設定へとつなげる事が出来ても、既存の事業計画の目標や位置づけと紐付けない限り、財政担当部局や首長、議会は応援してくれない。

そして、実際に政策形成過程から事業過程につなげるには、単に自治体内だけで頑張っても無理がある。社協やまちづくり、町内会や自治会、商工会など様々なアクターがどれくらい新規事業に一緒になって考えてくれるか、が肝となる。その際、平野さんの本の中では、久留米市の「AU-CASEプロジェクト」の魅力的な事例が紹介されていた(p239)。たとえば移動支援が必要となったとき、行政的発想であれば、「買い物支援や訪問介護、車椅子レンタル」などの制度的対応が浮かぶ。だが、移動が出来ることで何をかなえたいのか、というと「もっと自由にでかけたい」というニーズであり、それを通じて「気の合う居場所に出かけたい」とか「一緒に出かけてくれる人とコミュニケーションを取りたい」かもしれない。そういう意味で、前者の制度的支援を「解決する道路」とすると、後者は「叶え合う道路」であるという。そして後者には、官民協働、というか、民間主導のプラットフォーム形成の方が、うまくいくかもしれない。こういう新たな可能性を考えるのが、「仮説的思考」の醍醐味なのだ.

そして、この政策形成過程については、これまでブラックボックスというか、職人芸的なやり方とか、カリスマ公務員とか、スーパー研究者の助言とか、ばかりが目立ってきた。それは、「その人がいなくなったらオシマイの壁」という限界を抱えていた。だが、今回平野さんが「評価的思考」を具体的な自治体での実践を元に言語化してくださったことで、政策形成過程における「地域福祉マネジメント」とはどうしていけばよいのか、先ほどの評価シートなどに基づき自治体の職員が自分の頭で考えることが出来る。これはめちゃくちゃ大切であり、これからの自治体職員に求められる、再現性の高い思考プロセスの解説と言語化だと思う。こういう本を待っていた!

最後に、平野さんの本は「自治型地域福祉」を展開する方法論であり、「自治体型地域福祉」ではない、という点も、確認しておきたい。今回、平野さんの本を読むに当たって、彼の師匠である右田紀久恵さんの本も併せて読んでいてので、繋がってきた部分でもある。

「地域福祉の立場からの参加論は、福祉国家の大量性や画一性のアンチ・テーゼであり、生活の場としての地域を問うことに原点があり、それは代表民主主義の限界や空洞化に対する人間の復元作用ということでもある。いわば、ポスト・モダンにおけるローカル・デモクラシーへの模索と接近である。
それは、地域福祉が人間としての生活権思想やノーマライゼーションを原点とするかぎり、参加論もそこから出発するのが当然であるからである。福祉行政の限界や補充に地域福祉を位置づけたり、『地域福祉=ボランティア活動・福祉の風土づくり』という認識のレベルでは、参加はサービス供給のみに直結してしまう。地域福祉は自律的個人=主体の存立を前提とし、その社会性を組織化することによって、福祉コミュニティ=福祉社会を構築しようとする。ノーマライゼーションの思想を具現化するシステムとしての参加の形態やレベルには多様なものが考えられるが、いまここで重要なことは、形態やレベルの本源、すなわち現代における参加の意義を問い、確認しておくことであろう。」(右田紀久恵『自治型地域福祉の理論』ミネルヴァ書房、p25)

地域福祉を自治体が展開する時に、「福祉行政の限界や補充に地域福祉を位置づけたり、『地域福祉=ボランティア活動・福祉の風土づくり』という認識のレベルでは、参加はサービス供給のみに直結してしまう」。それは、住民達の主体性の尊重や、住民自治につながらない。「地域福祉は自律的個人=主体の存立を前提とし、その社会性を組織化することによって、福祉コミュニティ=福祉社会を構築しようとする。」重層的支援の展開にあたっても、この「自律的個人=主体の存立を前提」と出来ているか、を評価する場面で問う必要があるのだ。簡単に言えば、我が町の地域福祉は、当事者主体や住民自治を目標として掲げられているか? その目標を実現するための、重層的支援という方法論を組もうとしているのか? この当事者主体や住民自治という目標がないと、「自治型地域福祉」は簡単に「自治体型地域福祉」にすり替わってしまう。

ぼく自身も様々な形で自治体の地域福祉にコミットしている。だからこそ、この平野さんの方法論はめちゃくちゃ参考になる。でも、それは「福祉行政の限界や補充に地域福祉を位置づけ」るためにあるのではない。あくまでも「自治体型地域福祉」の推進・発展のための方法論であるべきだ。その点を、僕は忘れてしまいやすいので、自戒の念を込めて、最後に付記しておく。

子育てと人類学的思考

夏休み期間には、割とガッツリした大著が読める。この夏はなぜか研究会で二冊の人類学の大著を読んだ。一冊は以前ご紹介した、アナ・ツィンの『摩擦』。その次に読んだのが、デヴィッド・グレーバーの『価値論』(以文社)である。(グレーバーといえば、以前『ブルシットジョブ』を読んでブログも書いている)

人類学の分厚い記述は、迫力はあるのだが、正直読むのに骨が折れる。途中でお経を読んでいるような苦しさを何度も味わう。にも関わらず、異なる文化・異なる社会の記述を通じて気づいた人類学者の発見・分析には、目を見開かされるものがある。

「ほとんどの人々は、広い意味での社会化にずっと多くの時間を費やしている。ここでいう社会化には、育児に限らず、人間をかたちづくるために必要なすべての行為が含まれる。このような定義によると、社会化は、青年期で終わるものでも、それ以外の無理やり決められた、恣意的な期限で終わるものでもない、継続的なプロセスとなる。人は一生を通して、ほとんどつねに自己の社会的位置や役割、地位を変化させる過程にあり、変化した新しい立場においてどう振る舞うのかを、そのたびことに学ばなければならない。つまり、人生とは絶え間ない教育の過程なのである。
私自身は、このことが無視されてきた一つの大きな理由は、単純な性差別ではないかと思う。」(p118)

このフレーズの迫力に気づけたのは、ぼく自身が子育てするなかで、「絶え間ない教育の過程」としての「社会化」してきたと痛感するからである。そして、42才で子育てをはじめる以前は、「単純な性差別」の眼差しを内面化し、この「社会化」の側面を「無視」してきたひとりだと感じる。

近代社会、特に戦後日本社会は「育児に限らず、人間をかたちづくるために必要なすべての行為」を「ケア」と名付け、それを女性に押しつけて「不払い労働・再生産労働」と押しやってきた。カネにならない、仕事に付随する労働なのだから、女にさせておけ。男は金に直結する生産労働をしているのだから、再生産労働をしている女より価値があるのだ。そういう発想が、能力主義や生産性至上主義と結びつき、この社会の支配的な認識になっていった。

だが、それは一面的な考え方である。賃金や対価を生み出さない「社会化」は、人を成熟に導く。

「人は一生を通して、ほとんどつねに自己の社会的位置や役割、地位を変化させる過程にあり、変化した新しい立場においてどう振る舞うのかを、そのたびことに学ばなければならない。」

これって、例えば会社や組織でポジションが上昇した時、権威や権力を持つようになった時、それを適切に行使できるのか、ハラスメントをするダメ上司になるのか、現場感覚を抜け出せず自分で抱え込んで自滅するのか、という人の振る舞いの差異にも直結する話だと思う。

49才の今年、教授に「復帰」した。前任校で39才で教授になったが、43才で現任校に移った際、准教授に「降格」採用された。多くの人は驚いたし、何でそんなことをするのですか、とも聞かれたことがある。確かに年収は150万以上下がったし、その面ではトホホ、だった。でも、42才で子育てをはじめた際、中間管理職になっていた僕は、あのまま前任校にいると、きっと「○○センター長」とか役職に就いていただろう。それは、子育て中心に舵を切れないということだった。現任校に移動し、降格することで、給与は減ったが、それと同時に責任も減り、時間的余裕が増えた。そのことによって、子育てにじっくり向き合うことが出来たからこそ、子どもや妻との関係性のなかで、ぼく自身は沢山のことを学び続けた。給与と肩書きを手放す代わりに、「変化した新しい立場」において、ケアに関する学びを深めることができた。その6年間の時間的余裕があったことは、僕にとって、ある種のサバティカル、というか、成熟へと導くきっかけになった。

「ピアジェにとって、成熟するとは、自己を『脱中心化』することである。つまり、自己の関心や観点は、単により大きな全体性の一部であること、そしてそれが他の関心や観点に比べてなんら本質的な重要性を持たないと理解することである。」(p111)

能力主義や生産性至上主義の虜になっていると、自己中心的になる。自分の業績、自分の成果、SNSでの自己アピール、自分への評価・・・といったものに囚われてしまい、自分のことで精一杯になる。自己責任論の蔓延する社会では、それが称揚される。

だが、成熟すること、つまり社会化することは「自己を『脱中心化』すること」だと理解すると、大きく視点が異なる。ぼく自身も、家事育児というケアを通じて、娘や妻のおかげで、三人でケアしケアされるなかで、ものすごく強固だった自己中心性を、少しずつ脱中心化しはじめている。確かに次の本の原稿が書けた、とか、講演が上手くいった、とか、それはそれで満足である。でも、それと同様に、それ以上に、娘が綺麗な字を書けるようになった、繰り上がり・繰り下がりの計算ができるようになった、家族三人で温水プールでガッツリ泳いだ・・・といった、娘の、そして家族関係でのなにかが、自分の業績や成果と同じように、大切になる。そういう経験の積み重ねの中で、「自己の関心や観点は、単により大きな全体性の一部であること、そしてそれが他の関心や観点に比べてなんら本質的な重要性を持たないと」やっと「理解」出来るようになったのだ。

成熟や社会化が遅すぎるではないか、と突っ込まれそうだが、「人生とは絶え間ない教育の過程」なので、今頃でも気づけただけ、よかったと自分で勝手に評価している。

「政治の究極的な課題は、ターナーによれば、価値を領有するための闘争でさえもないのだ。それはなにが価値であるかを確立するための闘争である。」(p147)

これもめっちゃわかる。僕は子どもが生まれる以前は、業績中心主義こそが価値である、と思い込んでいた。だからこそ、論文を書きまくらなければならない、講演を引き受けねばならない、と必死になっていた。でも、子育てをし始め、生産性至上主義から戦線離脱をせざるを得なくなってはじめて、「なにが価値であるか」を再考せざるを得なくなった。放っておけば死んでしまう赤子、その赤子のケアに必死になる妻を放置して、自分だけが業績を積み重ねることに本当に価値があるのか? この問いは、ではぼく自身がどのような価値観を手放し、新たな別のいかなる価値を大切にするのか、を、突きつけた。まあ子どもが1,2才になるまで、そんなことを考えも出来ないほど、怒濤の日々だったけど、そこから少し余裕が出てきた段階で、自らの価値の再定義、というか、認識のアップデートをし始めた。それは「人間をかたちづくるために必要なすべての行為」にコミットするからこそ、見えてきたことであり、「変化した新しい立場においてどう振る舞うのか」を必死になって考えてきた。

だからこそ、僕にとっては『家族は他人、じゃあどうする?』というエッセイは、ある種の「価値の選び直し」を宣言する一冊になった。この本を書いている数年間は、これまでの自分の生産性至上主義の価値観の、どの部分は手放し、残すのか? それ以外の価値観をどう自分の中に組み込めば良いのか、を書きながら考えていた。そういう政治的営みの言語化だったので、今となっては「子育ては親の育ち直し」という副題は、なかなか言い得て妙なフレーズとして仕上がったと思っている。

「市場が存在しないところでは、孤立して暮らしたいと望まない限り、自由とは主に、誰と、どのような義務関係に入りたいかを選ぶ自由である、ということを人は必然的に知っている。」(p347)

このフレーズも、身にしみる。僕はそれまで、自分を社会的に評価・承認してくれる外部者との関係性を豊かにしてきた。だからこそ、講演や研修は嫌がらず、そこで評価してくれる場合は継続的に仕事を引き受けてきた。

でも、子どもが生まれた際、本当に身を切るような思いをしたが、一旦、大概の仕事を断ってしまった。それは本当に圧倒的な危機の中にいる赤子と妻との義務関係に入る以外の選択肢がない、と、子どもが生まれて気づいてしまったのだ。でも、妻子との義務関係を選び取ったからこそ、僕は仕事や社会的評価への虜・あるいはワーカホリックという依存症から距離を取る「自由」を得られた。この自由を得られた後だからこそ、また姫路に引っ越して、降格して、責任も関係性も一度リセットされたからこそ、「誰と、どのような義務関係に入りたいかを選ぶ自由」を手に入れることができた。そして、40を越えてから、この自由を手に入れられたのは、まさにプライスレスな価値であるとも、遅まきながら気づきはじめている。

嫌なものは嫌、とはっきり言えるようになってきた。無理して仕事を引き受けたり、詰め込むこともなくなってきた。子どもや妻との時間を最大限に確保したいからこそ、仕事は選んで引き受け、誰とどのように義務関係が出来るのか、を吟味するようになった。それは、自分にとっての余裕にもつながってきた。

「人間はなにかをつくる前に、それがどのようなものになってほしいのかを心の中で思い描く。だから私たちは別の可能性も想像できる。その意味で、人間の知性は本質的に批判的なものである。」(p102)

そう、僕が子育てやケアに関与するなかで、「脱中心化」のプロセスを通じて、成熟=社会化の機会を得られた。それは、生産性至上主義にはまり込んでいたぼくにとって、「別の可能性を想像」する機会につながった。そしてグレーバーはこの別の可能性を想像することを、「批判的」と述べる。ここも決定的に重要なポイントだ。

批判的、という言葉は、ディスるとか、論破とか、人格攻撃とか、とにかく否定的に捉えられやすい。でも、本当は、「別の可能性の想像」こそが批判的なるものの本質なのである。生産性中心主義の社会は何だか変だ、という批判は、今その論理にはまっていて、生きづらさを抱えている人を、ディスったり、論破したり、ましてや人格否定をするためにしているのではない。そうではなくて、もっと別の可能性を想像した方が、生き心地はよくなりませんか、という建設的な提起なのである。対案が出ていなくても、何だか変だ、と口にしてみることで、ではその変な何かはどのような価値に基づいて形成されているのか、別の価値前提に置き換えるとしたら、どのような可能性や選択肢があるか、を考えてみることができるのである。これこそが、創造的な行為としての批判なのだ。

というわけで、書き上げてみれば、グレーバーの価値論の読書案内や書評ではなく、本の一節に感応したぼく自身の「社会化」や「脱中心化」に絡めらながら、結構沢山のことを書いてしまった。グレーバーはマダガスカルの民族誌で博論を書いたあと、最初の単著としてこの価値論を書き上げた。かれは、人類学者として、マダガスカルという異なる文化や価値の体系を分析した上で、別の価値のありように気づいた。それと比較は出来ないけど、もしかしたらぼく自身は、子育てを通じて、生産性至上主義とは異なる文化や価値に出会い、それを通じて考えを深めてみた、という意味では、人類学的思考をちょびっとだけ、し始めているのかも、しれない。

二律背反な専門家

発売された当初に読んで、その時には理解出来なかった部分が、後に読み直してやっとわかる。そんな読書体験をした。それが三嶋亜紀子さんの『社会福祉学の<科学>性』(勁草書房)である。

この本は2007年に出されたが、僕は2008年の6月に読んでいる。なぜわかるか、というと、実はこのころ、東洋大学で教鞭を執っておられた北野誠一さんの大学院ゼミに混ぜてもらっていて、この本が課題図書になっており、社会人院生さんが発表されたレジュメが本に挟まれていたのだ。

2005年に山梨学院大学の教員になったものの、僕は社会福祉を本でしか学んでおらず、ソーシャルワークや社会福祉学の学問的背景や文脈の理解が全然足りないと感じていた。そこで、障害者福祉の理論研究の大家で、後に『ケアからエンパワーメントへ』という大著を出される北野誠一さんのところに外弟子的に関わらせていただき、カリフォルニアでの権利擁護に関する調査にも連れて行っていただいた。その北野さんの大学院ゼミでは、僕が知らない、でも重要な文献をどんどん読んでいく授業で、三島さんの本も北野さんから教わって読んだ。でも、当時はこの本を全然読めていなかった、と再読して気づく。

逆に言えば、当時の僕がそれでも読み込めていたのは、反専門職主義や脱施設化運動など、博論に関連する領域の部分のみだったと思う。このあたりは一読目で赤線が一杯引いてあった。だが、今回の二読目では、以前ほとんど赤線を引いていなかった部分に、赤線を引きまくりながら読んだ。

例えば社会福祉の歴史を見ていると、子どもの権利にはパターナリスティックなものと、子どもの自由を最大化するものと、二種類の子どもの権利がある、と指摘している(p95)。無垢でタブラ・ラサ的か子ども像を描き、親などの保護を受ける法的地位の確率を目指すのが、子どもの権利(P)である。これが、アリエスが指摘するように、産業革命以後、「工業化が進む中、不当に搾取されたと目された子どもを保護し健全に育成するために、ようやく勝ち取られたものであった」。

だが1979年の国際児童年や1989年の子どもの権利条約は、「児童の最善の利益」を図る成人の義務に対応する児童の「保護を受ける権利」という「受動的権利」ではなく、子どもの自律的権利や自由といった成人とほぼ同質の権利を保障するものである。これを子どもの権利(C)と位置づける。そして、こんな風に指摘しているう。

「社会福祉士養成の教科書の一部である『児童福祉』に、子どもの権利(P)と(C)が共存する。しかし双方の存在感は同一ではない。なぜなら、一方は他方を凌駕する関係にあるからだ。」(p99)

この当時はこの意味がよくわかっていなかったが、その後子どもが生まれ、ケアや児童福祉を囓るようになり、「こども庁」が政治家の圧力で「こども家庭庁」と名称変更された経緯を知るにつれ、この指摘の迫力がよくわかる。子どもの権利に関しては、まだまだパターナリスティックなものが多く、子どもの意思表明や意思決定支援が尊重される場面が、学校や家庭では、蔑ろにされがちな現状は変わっていないからだ。それを2007年の段階で射貫いておられる。

そして、一読目ではよくわからず「?」を付けていた箇所が、今回めっちゃ迫ってきた。例えばこの部分。

「オートノミーとしての子どもの権利を主張する児童解放運動家はこぞってアリエス・テーゼを多用する。アリエスの論は『<子供>の誕生』の1973年度版序文のなかでも彼が自覚しているように、その歴史認識はイリイチのいう『脱学校化』論と近似している。しかしながら、こうした子どもの権利(C)の終着点に照らすと、このアリエステーゼは「家族を遠隔地から統治する目的」のために利用されていると言えなくもない。
イマニュエル・カントは、自由とは二律背反であると断言したが、この1990年代を目前にした子どもの自由(C)の称揚は、その後の諸学問における『反省的学問理論』に見られる二律背反を予言するものであった。」(p166)

書き写していてわかるのは、ずいぶん抽象度が高く、濃縮度も高い議論である。16年前のぼくは、そういう抽象度の高い議論について行けていなかった。だが、この間、ある程度の抽象度の高い本も読み続けて、また三島さんが下敷きにしているフーコーの議論も多少は囓ってきたので、今なら理解出来る。

子どもの自由や自律性を最大化する「子どもの権利(C)」を尊重する議論も、虐待介入などの子どもの安全の保証(=子どもの権利(P))の上に初めて成り立つ、という議論と結びつくと、「家族を遠隔地から統治する目的」という形でのパターナリズムによる間接統治に変容する。そしてそれは、「反省的学問理論」を抱いたソーシャルワークにとって必然的結果だった、と三島さんは整理する。「反省的学問理論」とはエンパワメントやストレングス、反抑圧的実践などのように、専門家支配を批判し、専門家と利用者の関係性を変革しようとする、旧態依然とした専門家に反省と変容を迫る学問理論である。

「反省的学問理論の登場によって、専門家は<社会の周辺部にいる弱者=福祉サービスの利用者>の場まで降りてきた。利用者は専門家と対等な関係にあり、両者が紡ぎ出すナラティブも同等に意味があることが確認され、利用者の自己決定は尊重されるようになった。しかしながらハートマンが危惧するように、そこにリスクがある場合、『適切』に処遇するための力は執行される。こうしたパワーの行使の『客観』的信頼性を高めるためにも、社会福祉実践のデータベース化は、より精緻化されることが望まれるのだ。またそこにデータに基づく根拠がある場合、特定の実践の方法に磁力が働いてくることも予想される。
専門家は、反省的学問理論に拠って利用者の生きている場に降りてきたようで、支配的なパワーに裏付けられた実践への水路も確保している。先に、専門家は一方の手に反省的学問理論、もう一方の手にデータに基づく権限をもって実践に臨んでいると述べた。二律背反の関係にある両者を並べるには、ハートマンが明らかにしたような閾値の設定が必要不可欠なのであろう。本書で『ポストモダン』のソーシャルワーク理論を反省的学問理論と言い換えている理由もここにある。」(p203)

子どもの自由や自律性を最大化する「子どもの権利(C)」を尊重するために、アドボカシーやエンパワメントなど、子どもの声を尊重し、子どもと共にというwith-nessのアプローチで対等な関係性を目指すことが、子ども支援でも重要とされている。その一方で、虐待の疑いがあるケースの場合、子どもは親と一緒にいたい、と思っても、時には専門家の権力行使をして母子分離などの強制措置を執らなければならない。これは虐待介入などの子どもの安全の保証(=子どもの権利(P))の優先である。そして強制措置を執る際には、根拠に基づく介入(データベース化による介入)が求められる。つまり、本来は相反する反省的学問理論モデルとデータベース化による介入モデルが、一人のソーシャルワーカーの中で共存している、という二律背反状態にあるのだ。

ここで両者をどのように統合的に位置づけられるのか、一方と他方の閾値はどのあたりにあるのか。この裁量がワーカーに託されており、これこそがソーシャルワーカーの専門性の最たる所、とも言えるのかも知れない。

そして、それは子どもの権利だけではない。80才の認知症の母親に、50才の統合失調症の息子が暴力を振るう、というケースに直面した時、ソーシャルワーカーはどうするだろうか? 息子の病名や入院歴をみて、精神病院への強制入院や、母親の入所施設への逃避を、これまでの先行事例と比較検討する(客観的なデータベース型介入をする)だろうか。あるいは息子は母親の介護に役割や誇りを感じているけど、母が子どもをなじった時には逆上して母を殴る、とアセスメントを通じて理解できたのであれば、息子さんのエンパワメントとして就労継続支援などのサービスに繋げながら、母親を説得して訪問介護など家庭に第三者に関わってもらい、母子間の悪循環を改善する方向で支援を組む(本人の主観によりそう、反省的学問理論モデルでの介入をする)ことだって出来る。

つまり、介入モデル的にも、エンパワメントやストレングス方向(反省的学問理論モデル的)にも、どちらにも関わりうる裁量を、ソーシャルワーカーは持っているのである。その「科学」をどのように活かすのか? それをソーシャルワーク教育でどう教えているのか? このあたりが鍵となっているのだが、僕が現場で出会うケアマネや相談支援専門員に話を聞いていると、このあたりの二律背反に自覚的になっているワーカーは、実は少ない。このあたりは、「子どもの権利(P)と(C)が共存する」が「一方は他方を凌駕する関係にある」という現在の社会福祉士教育の限界点を示しているようにも、今なら気づける。

というわけで、三島さんの本は17年経っても全く古びていない、学びの多い一冊です。

人間と非人間の関係性を捉え直す

「弱いロボット」という本が出ているのは知っていたけど、これまで自分には関係なさそう、と思っていた。ただその提唱者の岡田美智男さんが岩波ジュニア新書『<弱いロボット>から考える』を書かれたので、これなら読めるかも、と買ってみた。読み始めたら面白くて、気がつけば一気読みしていた。(岡田さんの取り組みを知らない方はこのウェブ記事もお薦め)

何が面白かったのか。岡田さんはロボット製作を通じて、人間のことをずっと考え続けている点である。というか、ロボット製作という触媒を通じて、人間的な振る舞いとは何か、人間とロボットの関係性とはいかにあるべきか、を徹底的に考え続けている面白さ、というか。

「大切なのは、人や行為、さらに世界を関係論的に捉え直してみようということです。たとえば、新たなロボットを生み出せたのは、その知識を自分のものにしたからではない。むしろ、他者とのかかわり、道具、アイディアの断片をリソースとして、より大きな関係の中で生み出せるようになったから。そんな見方をしてみようということです。
私たちの行為や学びも、こうした関係の網の中に埋め込まれたものであり、共同体の中に参加を深めていくとは、こうした関係の網の中での『行為者=アクター』となる、しかも『かけがえのない存在』になるということなのです。
これは、わたしたちだけでなく、『ロボット』も同じだろうと思うのです。その役割や意味は、そのものに固有に存在するというより、社会の関係の網の中に埋め込まれ、そこから立ち現れるものといえます。」(p130-131)

一見するとロボットというのは、機械仕掛けで、人間的な機微も知らず、人間の指示に黙って従う、という意味では、非人間的な存在の象徴である。そして、人間がロボットを指示・操作する、という意味では、道具であり一方向の働きかけに思える。しかしながら、ロボットを製作する大学のラボという現場にいる岡田さんにとって、ロボット製作というのは、実に関係論的なものである、という。「ひとりでできるもん」とは真逆の、色々な人が関わり合い、アイデアを出し合い、お互いの強みや出来ることを組み合わせながら、一つのコンセプトを生み出し、それを実装していくプロセス。そのなかで、そのロボット製作のチームメンバーそれぞれが『かけがえのない存在』になるのである。

そして「関係の網の中に埋め込まれた」のは、ロボット製作チームメンバーだけではない。他ならぬ作成されたロボット自体も、チームメンバーやそのロボットが置かれる場所という「社会の関係の網の中に埋め込まれ、そこから立ち現れるもの」である、と岡田さんは喝破する。人とロボットを切り分けず、ロボット製作を通じて人間と非人間の連続性やその変容プロセスを観察して、記述しておられる。ロボットと人を切り分けずに、その連続性を考えるところでは、アクターネットワーク理論にも通じている視点である。

「自動運転システムというのは、とても便利なものですが、ちょっと油断すると搭乗者は『たんなる荷物』といして扱われてしまいます。その利便性の影で、わたしたちの主体性をも奪ってしまうのです。もっと、わたしたちの主体性や意思などを反映させる方法はないでしょうか。
そこでシートに腰を下ろす際に、その重心移動で搭乗者の気持ちを反映できるようにしました。わたしたちの主体性を上手に絡ませることで、いわゆる『人馬一体』のような感覚を生み出すことができます。それに、肢体不自由児などの意思を自動運転の機能でサポートしながら、子どもの主体性や能動性を引き出すことも出来そうです。」(p139)

『人馬一体』のような感覚、ってめっちゃ気持ちよい。

それで思い出されるのは、20年近く前のこと。30才で山梨学院大学の常勤講師になり、初のボーナスで、車を買い換えることにした。当時は中古のトヨタ・ターセルハッチバックに乗っていたのだが、かなりガタも来ていたので、そろそろ新しいのが欲しい、と思ったのだ。色々な車に試乗しに出かけた。当初はカローラあたりで充分だ、と思っていたのだが、運転感覚がターセルと同じでつまんない、と思った。あちこちのカーディーラーを回り、妻とああでもない、こうでもない、と言っている中で、「ついでに」見に行ったマツダのディーラーで、出会ったのがアクセラ23Sだった。ハッチバックだし荷物は詰めそう、とか思いながら、石和の16号線でアクセルをいつものように踏んだら、恐ろしい加速力。こ、これや!と、はまってしまった。ターボ車なんて一度も乗ったことはなかったが、ペダリングに吸い付いてくれる走りにはまり、人生初の新車を即決で決めてしまった。以来子どもが生まれるまでの12年、濃紺のアクセラ23Sであちこちをドライブしまくっていた。

このアクセラは、明らかに僕という「主体性を上手に絡ませる」ことができる車だった。車は移動する手段で、ドライブは面倒だと思っていた僕の「主体性や能動性を引き出すこと」に長けた、秀逸な一台だった。それまで乗り続けて来たトヨタ車は質実剛健で頑強で性能は良かったが、「搭乗者は『たんなる荷物』」と感じさせるような、標準化・規格化された乗り心地だった。そのことに気づかせてくれたのが、アクセラ体験だった。

そして、子どもが生まれたあと、ベビーカーを入れたらハッチバックの荷物が一杯になるから、と新しい車を探しに出かけた時も、私たち夫婦は、質実剛健な車を選ばなかった。あれこれ試乗した上で選んだのは、アクセラの一回り上の、同じマツダのシルバーのアテンザワゴンだった(これは高かったので、2年落ちの認定中古車を買った)。ちょうど同僚が一世代前のアテンザワゴンを持っていたので、アクセラと交換してもらい、2泊3日で八ヶ岳のペンションに旅行に出かけたら、ベビーカーもスーツケースも積める容積もあり、室内も広く、1000mの高原を快走出来る馬力があった。これなら子どもがいても、『人馬一体』は続く、と思った。だから、スライドドアの車ではなく、敢えてスポーツワゴン車を買ったのである。そして、それから7年経って、今でも長距離走行するたびに、この車を買って良かったと思っている僕がいる(ついでに言うとハイオクからクリーンディーゼルに変えて、燃料費も本当に助かった)。

長々と個人的経験を綴ったが、ここでも、車やロボットという機械と人間を切り分けない発想が大切なのだと思う。娘も「アテンザさん」と呼んでいるこの車が我が家の中でしっかり位置付いていて、娘や妻、僕というチーム家族の主体性や能動性が、アテンザさんのおかげで引き出されている。それは車と人との関係性を切り分けず、アテンザさんは「こうした関係の網の中での『行為者=アクター』となる、しかも『かけがえのない存在』」になっているから、である。そのことに、この本を読んで改めて気づかされた。

そして、<弱いロボット>を巡る岡田さんの思考は、ぼく自身の別の回路も開いてくれる。

「わたしたちの行為は、自らの中に閉じこもることをあきらめ、外に開くという方略を取り始めたのでしょう。ちょっとドキドキしつつも、まわりに半ば委ねてみた。そこで、私たちの身体や行為が手に入れたのは、意外にも『しなやかさ』『強靱さ』でした。
一人で靴下をはかなければ・・・と、身体をこわばらせていては、すぐにバランスを崩して、靴下をはこうとする手元が狂ってしまう。そこで、その身体をまわりに半ば委ねてみたら、とてもスムーズに靴下がはけるようになった。まわりとの関わりの中で、結果として、しなやかな身体を手に入れたわけです。歩行の場合でも、『なんとか自分の力だけで・・・』との拘りを捨て、地面に半ば委ねてみた。すると、ぎこちなさや脆さがすっと取れて、とてもしなやかな歩行を生み出せるようになったわけです。」(p162)

これを書き写しながら思い出していたのが、合気道のことである。合気道は、力づくで相手を倒そうという気持ちになると、必ず失敗する。なぜなら、こちらの力みが相手にも伝わるからである。凱風館で内田先生や助教の方々の技を見ていて感じることなのでもあるが、合気道の美しいわざとは、「自らの中に閉じこもることをあきらめ、外に開くという方略」のなかにある。しかも、「自らの中に閉じこもる」=独り相撲的に力むのをやめて、相手を怖がらず、相手にも開かれていくことによって、「まわりとの関わりの中で、結果として、しなやかな身体」が生まれてくる。強靱さは一人で力むのではなく、相手との結び=接点を意識しながら、その接点を用いることによって、産まれてくるのである。

そして、岡田さんの指摘は、合気道だけではなく、剣や丈を使う動きにも通じる指摘をしている。

「わたしたちの手はさまざまなモノが使えるように、その進化の過程で冗長な自由度をもった筋骨格系を選び取ってきました。自在に動かせる反面、自分で律するのも大変なくらいの自由度です。
しかし、ハサミを使うときには、冗長な自由度はハサミの構造によって上手に制約されます。ハサミの刃の回転方向にくわえ、どこに親指を入れればいいのか、人差し指はどうか。そうした制約によって、適切な動きを生みだすことが出来ます。手の制御の一部をハサミに内在する制約によって手伝ってもらっているわけです。」(p220-221)

合気道の練習の一環として、剣や丈を用いる。だが合気道は、そもそも剣や丈を用いる動きから、剣や丈を抜いた形だと理解したほうがよい。「自在に動かせる反面、自分で律するのも大変なくらいの自由度」をもった筋骨格系。それでは「しなやかさ」や「強靱さ」は生まれない。だが、剣や丈という制約要素を加えることにより、それらに内在する制約によって手伝ってもらい、手の制御が出来るようになる。

合気道で気持ちの良い動きをするためには、繰り返すが、「力づく」では絶対にうまくいかない。そうではなく、剣や丈を持って、その剣や丈による冗長な自由度の制約によって、手の制御がより細かくなる、と理解した方がいい。だからこそ、剣や丈を持っているイメージで、手さばき、足裁きをするほうが、遙かにうまくいく。そして、剣や丈を適切に扱うためには、手だけではダメだ。肩甲骨から手を動かし、それを股関節の動きに繋げる。そのことによって、剣や丈はダイナミックな動きをする。剣や丈に内在する制約を活かすためには、手の制御だけでなく、肩甲骨や股関節の制御にも繋げて考える必要がある。だが、それがななかな上手くいかないからこそ、合気道は面白い。

そして、ぼく自身がまさに合気道の上達の踊り場にいて、今伸び悩んでいる要素が、まさか<弱いロボット>の読書体験を通じて繋がっていくとは思いも寄らなかったので、これだからこそ読書っていいな、と改めて感じた。

筆者はこれに関連して、「まわりを味方につけながら、冗長な自由度の一部を減じてもらう」(p163)とも表現していていた。これは、子育てにも繋がってくる。

子どものケアをすることによって、僕の「冗長な自由度」はかなりの部分、減じることになった。それは7年間子育てをしていて、すごく感じる部分でもある。でも、「まわりの味方をつけながら」そのプロセスに身を投じることによって、ぼく自身の生き方の制御がだいぶできるようになってきたような気がする。仕事を何でも引き受けるのではなく、子育ての制約条件の中で、と限定することで、それは結果的に僕の寿命やQOLを高めることにも、つながっているのだと思う。42才までの、「はいかYESか喜んで」で何でも仕事を引き受けた働き方を続けていたら、今頃、ストレスで五大疾患のどれかにはひっかかっていたはずだ。49才でもルンルン読書が出来ているのは、ぼく自身の「冗長な自由度」を制限する娘という外部制約状況のおかげなのである。

という感じで、ロボットの本だと思い込んでいたら、それは人間と非人間の関係性であったり、ぼく自身と社会の関係性を捉え直す、リフレーミングするきっかけを与えてくれる優れた一冊だった。ジュニア新書で読みやすいけど、豊かな学びや考える契機を与えてくれる良書です。

アーギュメントを鍛え直す

ぼく自身は博士論文を書いた後、大学の教員になって20年になる。

いちおう、「研究者」という肩書きで暮らして居る。査読論文も書いているし、逆に査読する側になることも多く、去年から二つの学会で学会誌の編集委員もして、査読プロセスそのものにコミットしていたりもする。

ただ、僕は指導教員がジャーナリストだったので、アカデミックな論文の書き方は教わらなかった。今と違い、四半世紀前は大学院でもアカデミックライティング講座もなく、独学で書き方を試行錯誤してきた。論理的な文章の書き方を真似て学んだのは内田樹先生の著作やブログであり、論文の書き方については伊丹敬之さんの『創造的論文の書き方』(有斐閣)をボロボロになるまで読み返していた。

今回、阿部幸大さんの『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社)を読んで、自分が独学で試行錯誤してきたことを、実にロジカルでわかりやすく端的に書いてくれていて、心底納得したし、「僕が大学院生の時にこの本に出会いたかった!」と嘆息した。その理由は何か。論文の本質を次の一言で射貫いているからだ。

「論文とは、アーギュメントを論証する文章である。」(p27)

アーギュメントとはなにか。これも一言で表現してくれている。

「アーギュメントは反証可能なテーゼでなければならない」(p21)

そして、弱いアーギュメントと練り上げられたアーギュメントを、以下のように対置させている。

弱いアーギュメント:「アンパンマン」は男性キャラクターばかりを描く(p23)

練ったアーギュメント:「アンパンマン」においては、男性中心主義的な物語が女性キャラクターを排除している(p24)

この二つの違いはなにか。阿部さんによると、それは英語の他動詞(SVOにおけるV)の役割だ、という。主語と目的語の関係性をどのような他動詞として表現するか、の違いである。弱いアーギュメントであれば、「描く」という他動詞だが、練ったアーギュメントであれば「排除している」という、より限定的で具体的な他動詞が表現されている。それと共に、アンパンマンで男性キャラが多い、というぼんやりとした問題意識ではなくて、「アンパンチ」がばいきんまんを駆逐するという「典型的なオチ」を指して、「男性中心的な物語」と主語にしてみると、その物語形成では、女性キャラが周縁化=排除されている、という他動詞が生まれてくる。そして、練り上げられたアーギュメント(=反証可能なテーゼ)を「それは本当か? どういうことか?」と、事実と論理で説得的に論証していくのが論文である、というのだ。

それを早く知りたかった!

論文は書いているけど、ずっと不全感があり続けていた。書きたいことは一杯ある。でも、それをどう書いたら、アカデミズムのなかで通じるが、未だに分かっていなかった。日本の精神医療に関して、障害者福祉政策について、支援者エンパワメントについて・・・言いたいことは一杯ある。でも、学会発表をしても、みんなあっけにとられて、まともに話を聞いてもらえない。質問もしてもらえない。そんなトホホな日々が続いていた。それについても、阿部さんの言葉にドキッとさせられる。

「アカデミックな価値は、多くの読者が『面白い』と思ったときに発生するのではない。それは、先行研究を引用し、自分のアーギュメントが現行の『会話』を刷新するものであることを示すことによって、自分でつくるものである。それを評者が間違いなく把握できるように書くことは、筆者の責任なのだ。」(p33)

そして、この「会話」については、以下のように表現されている。

「この「会話」とは、特定のトピックに興味を持つ論者たちが現在どのようなことを話していて、現状どんなコンセンサスが取れているかという、トピックの周辺をとりまく意見の総体のようなもの」([33)

僕はアカデミックな価値や「会話」を重視していなかった。申し訳ないけど、学会誌にはあまり興味の持てる議論が載っていないので、それよりも自分が面白いと思うことにエネルギーを集中してきた。だから、学会発表をしても、その学会・領域の先行研究を充分に押さえることより、自分が面白いと思う内容の発表に集中する。すると、一部の人に面白いと思ってもらえる一方、「現行の『会話』」を熟知している人々に、白い目で見られてきた。全然興味を持ってもらえなかったのだ。いや、それだけではない。僕が研究テーマにしている福祉領域は、支援現場の実践がある。そっちの方に興味関心が向いていて、その支援実践に関するアカデミズムの議論や会話への目配せは、正直なところ二の次になっていたのだ。学会にはもう縁がないのかな、と半分諦めていた。

で、そんな学会とか査読論文はつまらない、と興味関心が遠のいていった反面、伝えたい何かはあるので、単著を出したり、最近ではエッセイや新書を書いてきた。6冊目の単著は、このブログが元になった本で数日前に脱稿したところだし、7冊目に今書いているのは、新書である。ありがたいことに依頼論文もコンスタントにお受けするし、共著も2冊もうじき出る予定である。だが、査読論文はしばらくご無沙汰である。こうやって「面白さ」を重視していると、査読論文にエネルギーが注げない自分自身がいた。

ただ、昨年から社会人院生が入ってきてくれ、来年からの院生希望の人も出てきた。そのタイミングで、指導のため、というより、率先垂範するためには、もう一度学会発表や査読論文にもエネルギーを注がないとな、と感じていたところだった。だから、この本も読んでみた。

このアーギュメントに関するテーゼだけでなく、パラグラフやイントロダクション、結論をどう練り上げていけばよいか、も非常にプラクティカルで役に立つ助言だった。実際学部生や院生指導においては、この部分で学生たちとディスカッションしたり、演習問題に取り組んでもらうと、かなりの力になると思う。でも、おっさん研究者の僕がもっともしびれたのは、最後に述べられた、以下の部分だった。

「論文を書くとは、世の中になんらかの新しい主張をもたらし、それを説得的に論証することで、人びとの考えを変えようとする行為にほかならない。
そこそこ論文が書けるようになり、『とにかく書けるものを書かなければならない』という切羽詰まった状態を抜けると、なにを書き、なにを書かないか選択できる余地がうまれる。だが、これは『余裕』であるばかりではない。『なぜ、ほかならぬ自分が、その特定のアーギュメントを提出し、人びとの考えをそちらの方向へ導こうとするのか』という問いに直面させられることでもあるからだ。
このような意味で、人文学とは本質的にポリティカルな営為である。論文は、あなたが『言いたい』かどうかにかかわらず、なにかを言ってしまうことになる場なのだ。自分はなにを『言いたい』のか、どんなことを主張する研究者として生きてゆきたいのか。それは、目先の論文を書くためのリサーチ・クエッションなどよりも、何倍も重要な『問い』であるように思われる。」(p150-151)

阿部さんは1987年生まれで今年37才である。ぼく自身が37才だった2012年にはじめて出した単著は『枠組み外しの旅—「個性化」が変える福祉社会』(青灯社)だった。この本は、阿部さんの語りを用いるなら、「自分はなにを『言いたい』のか、どんなことを主張する研究者として生きてゆきたいのか」を問い続ける中で、書かざるを得なかった一冊である。論文としてそれをどうまとめてよいのかわからなかったので、気がつけば単著として仕上がってしまった一冊でもある。

そして、阿部さんはアカデミックライティングに関する非常に役立つ=実践的な教科書の最終章に、敢えて実存的な問いを差し出された。これは、決定的に重要だと僕は思っている。もちろん、査読論文を沢山書いて、業績を積んで、アカデミックキャリアを積み重ねること「も」、研究者として「飯を食う」ためには大切だ。でも、一体なんのために研究者を続けているのか? この再帰的な問いは、『なぜ、ほかならぬ自分が、その特定のアーギュメントを提出し、人びとの考えをそちらの方向へ導こうとするのか』という問いにも繋がる。

「論文を書くとは、世の中になんらかの新しい主張をもたらし、それを説得的に論証することで、人びとの考えを変えようとする行為にほかならない。」

そう、ぼく自身は今の生物学的精神医学が跋扈する、精神病院大国である日本の精神保健福祉がおかしいと思っている。精神病院では虐待が起こり続けているのに、いまだに「必要悪」とされてしまうのはなぜか? ケアマネや相談支援専門員などの支援者が精神障害者を怖いと思い、地域生活支援が不十分で、何かあったら精神病院送りになってしまうのは、なぜか? どうやったら病院中心主義から、地域生活支援中心に制作を転換出来るか?・・・と、言い出したらキリがないほど、変わってほしいことは沢山ある。だからこそ、「世の中になんらかの新しい主張をもたらし、それを説得的に論証することで、人びとの考えを変えようとする行為」とちゃんと向き合わなければならないと思っている。それは、最初の単著を書いた12年前も今も変わらない。でも、簡単には変わらないから、と、ここしばらくは精神医療の論文を書くことからも遠ざかってきた。

そんな僕でも、この阿部さんの本に出会ったことによって、やっぱりもう一度、日本の精神医療に関するぼく自身のアーギュメントを、この本を補助線に鍛え直し、「人びとの考えをそちらの方向へ導」くような論文を書けたらいいな、という欲望が生まれてきた。そういう意味では、最近査読論文から遠ざかっていたおっさん研究者への「欲望形成支援」をしてくれる、優れた一冊でもあった。10月に授業が再開される前に、自分自身のアーギュメントを鍛え直す練習から、はじめてみたい。

「社会モデル」を生きる一冊

松波めぐみさんが書かれた『「社会モデルで考える」ためのレッスン:障害者差別解消法と合理的配慮の理解と活用のために』(生活書院)は、二重の意味で、味わい深い1冊である。PART1はまさに「合理的配慮や差別解消法をどう理解し活用できるのか」を具体的なエピソードで描くレッスンである。この12のレッスンを読む中で、障害の社会モデルの価値前提がじわじわ読者に染みこんでいくしかけになっている。そして、後者は、書き手の松波さんが「障害の社会モデル」にどのように惹かれていったのか、のライフヒストリーが綴られている。二つのPARTにそれぞれの魅力があるので、分けて書いてみる。

まずPART1は「合理的配慮」や「差別解消法」に具体的にどう向き合えば良いのか、を知りたい自治体や企業担当者にも是非ともお薦めしたい内容がてんこ盛りである。これらの解説本は割と法解釈から始まる固い内容なので、類書は理解しにくい。でも年間80回!もこの差別解消法や合理的配慮について講演している松波さんだからこそ、具体的でわかりやすいエピソードをてんこ盛りにしながら、でも障害の社会モデルの主軸をずらさない解説が書かれている。

その上で、僕が気に入ったのは、たとえばこの部分など。

「『社会モデル』の回路を持てるようになる、とは、どういうことだろうか。たとえば、人工呼吸器をつけて生活している車椅子ユーザーを、見た目から『大変そう』と勝手に判断するのではなく、本人の地域生活がどのように(本人の意志を中心にしながら)営まれているのかに興味を持つことだ。そうすると、かれらと街中でばったり出会えたりすることの積極的意義も感じられるだろう。また、白杖を手に単独で歩行している視覚障害者は、『助けてあげないといけない存在』ではなく、『これまでに蓄積してきた経験を駆使して、(音や空気の流れ等を手がかりに、危険を予知しながら)街に出かけている人」だと見なしてほしい。そのうえで、それでも視覚障害者が歩行時に危険に直面するのはどのような場面なのか、それはどんな社会的障壁によるものなのかをともに考えてほしい。」(p210)

書き写していて改めて惚れ惚れするような社会モデルの解像度のきめ細かである。

まず文章の中に、人工呼吸器をつけている車椅子ユーザーや白杖で単独歩行する視覚障害者へのリスペクトがガッツリある。最初から「困った人」「かわいそうな人」と温情主義的に見下していない。対等な人間としての相手への敬意を持った上で、その敬意ある相手が困っている状況にはどのような社会的障壁があるか、を考えようとする。実は、合理的配慮の根源に、この視点が求められる。

「『合理的配慮』とは、障害のある人への一方的な恩恵ではなく、そもそも排除的だった職場の環境をより平等なものに変えて行く手段の一つだ。まずは『対話』を始めることが大切だが、社会全体が障害のある人を排除してきた歴史が長く続いてきたため、障害のある人と率直に対話するのは難しいと感じる企業関係者は多い。けれども、最初はぎくしゃくしていても、時間をかけて、障害のある人の経験や思いに耳を傾けてほしい。さらには『障害平等研修』(DET)を起こっている団体等にも対話の先を広げてみてほしい。
『できるだけ変わりたくない』というこれまでの姿勢から一歩踏み出す時、『多様な人がいること/対話があること』を強みとする新しい企業文化の芽が出るのではないだろうか。」(p19)

さらりと書いてあるが、実はかなり本質的な内容を松波さんは指摘している。「できるだけ変わりたくない」と思う人は、実は「既に優遇されている人」なのである。そういうマジョリティ特権的なものに無自覚で、自分が出来ていることを相手が出来ないのはおかしい・能力が劣っていると思い込み、「できるだけ変わりたくない」と思い込んでいる。ここには、出来ない・うまくいかない相手への敬意が不足しているし、そういう相手との対話が不在である。

しかも、自分たちが無意識・無自覚にであれ排除してきた・見下してきた相手と対等に対話をしようとすると、排除した・見下した側による恐れ(フォビア)が産まれる。わがままなのではないか、クレーマーではないか、理不尽な要求を呑まなければならないのか・・・。だがそこには対等な相手との対話の不在、という厳然とした歴史があるのだ。それを、バニラエア問題やインクルーシブ教育だけでなく、性の多様性など、様々な実例から紐解いていく。

しかも、松波さんは完璧な人ではないのが、この本を通じて現れていていい。パターナリスティックな反応をする自治体担当者にがっくりきたり、障害者ヘイトやバッシングで心を痛めて寝込んでしまうような、ご自身の感情も露わに表現していく。そんな、ごくありきたりな隣人としての松波さんが、権利条約や社会モデルを知り、合理的配慮や差別解消法と出会うなかで、どのように認識をアップデートできるのか、を描写したのが、PART1の魅力だ。

そのうえで、PART2は、この本が産まれるに至った、松波さんの個人史が魅力的に綴られている。

世の中ではすいすいと学びを深めて、すぐにそれをアウトプットや業績として出すタイプの人もいる。そういう人は情報処理能力が高く、英仏独などの原書をガシガシ読んで、あれはこれだ、と横から縦に翻訳して伝える力が高い。一般的に「賢い人」と言われて皆さんが想像するのは、このタイプだろう。そして、僕はこのタイプではない。

これに対置する学びとしては、自分の経験と理論や知恵を結びつけて理解するタイプの学びがある。これは、前者に比べると、とにかく時間がかかる。色々な人に出会い、経験し、その出会いや経験を反芻しながら、理論書で書かれていることや概念的な整理を、出会いや経験をくぐらせた上で、自分の言葉として記述していくタイプの知である。ぼく自身は、それしか出来なかったので、色々なことを言語化するのにずいぶん時間がかかる。

そして、前者のタイプの知識は、一点突破、というか、一つの哲学や理論、概念、研究対象を深掘りすればするほど、文章がどんどん書けてしまうので、こっちは論文化が早い。他方、後者の場合、多様な経験と学びがないと、言葉がうまく出てこない、関連付けが出来ない。だから自ずと時間がかかるし、前者に比べてアウトプットも遅くなってしまう。他の人から見れば、何が専門なのかよくわからない人、と言われてしまう。

特に、自分が現時点で明示的な障害を持っていないけれども、障害のある人や、障害者への差別、あるいは障害の社会モデルが気になった場合、障害を持つ当事者から沢山教わりながら、学んでいくしかない。だからこそ、法律用語ならすぐに言葉に出来るが、その法律用語が障害のある人にどのように結びついているのか、を自分の言葉で語るにはめちゃくちゃ時間がかかる。僕も、未だに精神医療だけで単著が書けていないのも、そのせいだ。そして、松波さんも時間をかけて、本書を言語化された。

この本のPART2は松波さんが「どのような経緯で『障害の社会モデル』を知って納得したのか、そしてなぜ『障害者権利条約』に関心を持ち、なぜ京都の条例づくり運動に関わったのか、そしてどのように現在のライフワーク(研修などを通した、『社会モデル』の考え方の普及)にたどりついたのか」(p7-8)を、インタビューされながら語り下ろす形式である。

自分で語るのではなく、障害当事者の仲間に聞いてもらうという作戦があるのか、とその方法論に一本取られた。自分語りは放っておくと冗長な自慢になりかねないが、尊敬する仲間に語る場合は、そのような過剰な自意識は引っこ抜かれるし、何より、他者に聞かれることによって、自分語りなのにポリフォニックになる。これがいいなぁ、と思った。

その上で、実は松波さんは同じ大学院の別講座で学んでおられ、障害を研究テーマにし、障害者政策にもコミットして、という意味で、僕とは結構近い領域だけれど、なかなか接点を持てなかった。阪大の大学院で人権教育を学んでおられて、障害学の翻訳も書かれ、ニューヨークで権利条約の成立過程も見ておられ、京都で介助者をしてはるけど、どんな人なのだろう、というボンヤリしたイメージしかなかった。

それが、この本を読むことで、「なるほど、彼女はご自身の生き様を、ライフワークにつなげておられるのか」と繋がってきた。障害者運動にコミットすること、介助をすること、講演や執筆活動をすること、という目に見えていることの背景に、ご自身の家庭における宗教問題や、アムネスティで学んだ人権意識など、様々なバックボーンがあって、同和教育や人権教育の研究へと松波さんが突き進んでいく、生き様のうねりのようなものが、読んでいて体感できる。そして、そういうバックボーンがあるからこそ、障害者の仲間(ally)として、どのように社会モデルを自分事にしていかれたのか、が体得できる。そして、松波さんは多くの障害のある友人と出会い、障害者運動や社会モデルと出会うことで、彼女自身も自己解放されていったのだろうな、とPART2を読みながら感じることもできた。

というわけで、読み応えがありまくりな1冊である。合理的配慮や差別解消法の勉強会にはもってこいの1冊だし、自分たちで読書会をして、松波さんに研修講師で来てもらったら、めっちゃ学びがいがありそうだ。ぼくの3年ゼミでも早速後期の課題本にしてみようと思う。久しぶりに自分の専門で、魅力的な1冊に出会えた。

「能力不足」ではなく「機能不全」

勅使河原真衣さんは新著をバカバカ出しておられる。前回、書評ブログ(「ダメなあいつ」は絶対ダメ!)を書いたのはちょうど1ヶ月前だったのだが、今回は別の本の書評ブログを書く。

「職場の傷つきを個人の『能力』の問題にすると、どんな『いいこと』があるのか?
1,組織の責任回避:組織が責任を持って解決すべき問題にならないですむ。
2,『問題社員』の排除:特定の<弱い><できの悪い>社員を『評価・処遇』することで実質的に排除できる。
3,無限に努力する社員の創出:『問題社員』にならずに『活躍』しつづけるためにはがんばらねばならないという認識を植えつけることができる。」
勅使河原真衣『職場で傷つく』大和書房 p126)

この表記をみて、首がもげるほどうなづいた、だけでなく、ちょうど20年前のことを思い出していた。

20年前、博士号は取れたけど就職が全然決まらず、50の大学に公募書類を出して落ち続けていた時、それでも運良く調査研究の資金を得られて、とある施設に入り込んで調査していた。その施設は業界の人が名前を聞けば誰でも知っている有名な施設で、その支援内容は全国的にも知られており、創設者はカリスマ支援者と言われていた。その施設で、なんか職員間の関係性がよくないなぁ、と思い始めていたので、20名くらいいた支援職員全員にインタビュー調査をしてみたのだ。すると、次の7つのポイントが浮かび上がった。(地域移行後の障害者地域自立生活を支えるスタッフ教育のあり方に関する基盤的研究

  1. 方向性・速度・やる気のズレ
  2. 職員の連携のなさがもたらすもの
  3. 仕事や会議の非効率的・非効果的運営
  4. 職人芸ではまわりきらない
  5. 責任の所在の不明確さ
  6. 部下の育成と自己変革の失敗
  7. 自ら伸びていくことの失敗

この調査をする中で、支援対象者に熱意を持って関わるカリスマ職員が、実は同僚にはめちゃくちゃ厳しい、ということも見えてきた。「自分と同じ給料をもらっているのに(上司なら自分より高い給料なのに)これくらいも出来ないなんて」という声を何度も聞いた。でも、そもそもその上司も、現場支援に愛着があり、管理職としてのトレーニングを受けていないので、どのように責任を取ってよいのかわからない。法人内での人事異動もあるのだが、個々人の機能や持ち味を見極めた人事異動ではないので、「『問題社員』の排除」や「組織の責任回避」的な人事異動になってしまう。だからこそ、結果としてこの組織では「無限に努力する社員の創出」につながり、それが出来ない職員は「能力がない」「やる気がない」と評価されていた。

ただ、この法人も創設者も、みんな「いい人」だったので、上記の報告書に誠実に向き合ってくれた。調査結果をウェブ公開してもいい、と言ってくれたし、この内容について向き合いたいから、法人運営の組織改善の手伝いをしてほしい、とも言われた。なので、この報告書を書き上げた後、数年レベルで法人内でのコミュニケーション改善のお手伝いをしてみた。どうやっていいのかわからないので、ファシリテーションや経営学、職場改善など様々な本を付け刃で読んで、色々会議の在り方を変えようとしたのだが・・・やがて尻すぼみになってしまった。

その時に何が間違っていたのかわからずモヤモヤしたけど、20年後、勅使河原さんの本を読んで図星に書いてあった。

「『職場の傷つき』という本来関係論的な問題も、個人の『コミュ力』の問題にすり替える土俵は整い、皆がうまくやれるよう組織が配慮することは何ら要請されず、個人だけが『うまくやること』を『コミュ力』として、絶えず求められる。」(p136)

20年前のぼくは、さすがに個人の「コミュ力」の問題にすり替えてはいなかった。でも、職場内のでコミュニケーション不全の問題とすり替えていて、その背後に潜んでいた「『職場の傷つき』という本来関係論的な問題」という構造上の問題に、目を向けることが出来なかったのだ。そして、その背景に「能力主義」の問題があるなんて、当時は思いも寄らなかった。

「能力主義はなぜ人を傷つけるのか?
1,断定:本来揺れ動く状態なのに、『あの人は優秀』『あなたが能力が低い』と言い切ってしまうから。
2,他者比較:『○○さんはできているのにあなたはできていない』という無限の背比べ競争を正当化するから。
3,序列化:勝った人はまた勝つために競争し、負けた人も今度は勝てるように競争し、1つでも上位に行きたいと思わせるエンドレスなしくみをつくるから。」(p146)

20年前に向き合ったその法人は、生産性がない、と言われかねない「より集中的な支援が必要な障害者」を一人の生活者として捉え、入所施設で丸抱えするのではなく、地域の中で主体的に生きていけるように支援する、というほんまもんの支援が出来ている老舗法人だった。その意味では、支援対象者に対しては能力主義的なメガネを一切かけてはいなかった。

だが、勅使河原さんの文章を読んで、やっぱりと気づいてしまったのだ。僕がヒアリングした時も、『あの人は優秀』『あなたが能力が低い』という断定が、そこかしこに法人内を漂っていた。また、『○○さんはできているのにあなたはできていない』という他者比較も言葉には出さないけれど、でも実際には漏れ出ていた。職人的に徹底して仕事をしている人も、今から思えば「序列化」のなかで「エンドレス」な戦いをしていたのかもしれない。そういう意味で、支援者間での能力主義は、残念ながら蔓延していたし、違和感を持っていたぼく自身も、それが職場内での能力主義的な問題である、と意識化・自覚化できなかった。ましてや「職場の傷つき」にまで、アプローチできなかったのだ。だからこそ、組織開発のプロである勅使河原さんのこの本は、圧倒的迫力をもって、僕に迫っていた。20年前に見えていなかったのは、このことだったのか、と。

そこで勅使河原さんは解像度の高い整理をしてくれる。

「こうした事案は、『被害者・加害者』のような二項対立的な図式で語りがちかもしれませんが、『正しい・間違っている』でもなければ、『良い・悪い』でも語り尽くせないのです。ただただ、ある状況で、お互いに見えている世界・認識が違う、ということです。その状況で、お互いがかけているメガネが違うことを意識せず、誤って次のことに盲進していくのが、いわゆる『トラブル(傷つき)』の状態といえます。」(p166)

私たちは二項対立で考えると、思考が楽なので、ついついそうなりやすい。誰が被害者か、誰が正しくて、何が悪いか。そうやって決めつけることで、「頑張っている自分は悪くない、悪いのは怠けているあいつだ!」と自己正当化しやすい。その一方、「ただただ、ある状況で、お互いに見えている世界・認識が違う」というメガネの掛け替えは、理論的にはわかるけど、問題の当事者になってしまうと、それは受け入れにくい。「あいつにもあいつなりの合理性がある、と認めることは、あの人の努力の足りなさを甘やかすだけではないか、それを許していいのか。僕はこんなに頑張っているのに・・・」。そうなってしまいやすい。

この堂々巡りから脱するためには、どうすればよいのか? 勅使河原さんは、それを自分の組織で考えるためのヒントを、以下のように提示している。

・今どんな人がいて、どんな「機能」を持ち寄り、目標に近づくことができそうか?
・逆にどの「機能」は担える人が見当たらず、穴ができていそうか?
・それを繕うには、その「機能」を外から探すのか?
・今いる人員の中で、「機能」を拡張させられそうな人がいないかどうか?(p244)

彼女は組織が職務上必要としている「機能」を、個人の「能力」の話にすり替えることで、「職場で傷つく」が生まれるとも指摘している(p203)。ということは、職場の機能の問題は、個人の「能力」云々にすり替えず、職場の関係性の問題として、職場が引き受けるべきであり、個人を責めてはならない、というこだ。その上で、職場が「機能不全」を起こした時に、誰が足を引っ張っているか、と問題の個人化・悪魔化を行い、誰かを排除すると、無限ループに陥る。それを回避するには、人ではなく「機能」にフォーカスせよ、と。そして「機能」が上手く噛み合うように、組織をチューニングし続けることが大切だ、と彼女は指摘している。「職場で何らかの組み合わせの不整合が出ている」ならば、「噛み合わせの悪いところ」を発見し、「それは組み合わせでどこまで変えていけそうか?」をすりあわせるしかない、と。(p262-263)

僕は20年前、これは全く分かっていなかった。現場の組織に関わったこともないから、無理もない。でも、その後20年、上記の報告書を見たいくつもの社会福祉法人の中堅・幹部職員から、「うちの法人内の問題・ゴタゴタ・歪み・・・を図星で指揮されている」と言われた。そして、実際複数の法人の組織改革のお手伝いを、それこそ見よう見まねでしてきた。その時この本があったら、と悔やまれてならないし、これからそういう話が舞い込んだ時は、「幹部研修で『職場で傷つく』を読んだ上で、モヤモヤ対話してみませんか?」と提案することが出来そうだ。

そういう意味で、20年間モヤモヤ考え続け、答えの出なかった問いに、大きなヒントを与えてくれる一冊だった。

世界を描くことは、アブラムシを記述すること

二段組みで本文だけで400ページくらいある本を、しかも自分の専門領域ではないのに読み通すのは、簡単なことではない。俊英な岡部さんとの読書会で候補に挙がらなかったら、多分読み通せなかった、けど読んですごく勉強になったのが文化人類学者アナ・ツィンの『摩擦 グローバル・コネクションの民族誌』(水声社)である。同じ著者の『マツタケ』(みすず書房)も面白かったのだが、これも分厚くて、こちらは途中で挫折している。

今回なんとかこの本を読み終わって、改めてこの本は何の本だったのだろうと辿り直してみると、それはアブラムシの本だったのだ。え、なんだって?

「APHIDS(アブラムシ)、すなわちArticulations among Partially Hegemonic Imagined Different Scales(部分的に覇権を握る、想像された異質な諸スケールの結合)である」(p127)

この本ではインドネシアの辺境の熱帯雨林の開発と保護をめぐる様々なアクターの物語が「分厚い記述」で描かれている。地元住民のなかでも、山林開発企業の買収に応じて現金を手に入れたい人もいる一方、環境保護のアクティビストと同調する人もいる。焼き畑農業をやっている伝統的農業における村落共同体と、国や州における官僚的な支配システムにもズレがある。幻の金山騒動では、カナダの鉱山会社や投資家まで巻き込んだグローバルな投資活動が活発化した後、実はそれは贋物鉱山で金は全くとれなかった、というお粗末な結果も描かれている。スカルノからスハルト、その後の政権における政治腐敗が開発独裁とどのように繋がっているのか、も描かれている。一方で、インドネシアの中産階級の大学生達が自然を再発見し、環境保護アクティビストになっていくさまも描かれる。

一見すると、位相が違いそうな様々な記述が書かれているが、このような「部分的に覇権を握る、想像された異質な諸スケールの結合」によって、インドネシアの熱帯雨林地帯におけるグローバル・コネクションの摩擦と連鎖が描かれているのが本書である。そして、アブラムシの記述を見て思い出したのが、アリの話だった。

「以前は、アクター‐ネットワーク‐理論のラベルをはがして、「翻訳の社会学」、「アクタン‐リゾーム存在論」、「イノベーションの社会学」といった具合にもっと精緻な名称を選ぶのもやぶさかではなかったが、ある人から指摘されて考えが変わった。つまり、ANTという頭文字は、目が見えず、視野が狭く、脇目をふらず、跡を嗅ぎつけて、まとまって移動するものにぴったりであると言うのだ。アリ(ant)が他のアリたちのために書く。これは、私のプロジェクトにぴったりではないか。」(ラトゥール 2019a:22-3)

上記はラトゥールの主著『社会的なものを組み直す』の訳者の伊藤さんが引用されているHPから持ってきたActor Network TheoryはANT(アリ)である、という一節である。

アリもアブラムシも、実に小さくか弱い存在である。一匹で世界を変えられるような存在とは真逆である。でも、それぞれのアリやアブラムシが動き続けるなかで、より多くの構造が動き出す。それぞれの個体の間でも、あるいはアリとアブラムシの間でも、異質な諸スケールが「結合」されていくことによって、「部分的な覇権」が生まれてくる。

ムラトゥス山脈西部の山麓にあるマングールという焼き畑農業の移動耕作民の村は、グローバルヒストリーにおいてはアブラムシやアリのような小さくか弱い存在である。だが、この村の開発を巡って、州や国の役人だけでなく、ASEANのジャーナリストやグローバルな環境保護アクティビストとつながり、開発中止のうねりが出来ていく。しかし、この中で、村人達は外部者と一致団結し、大きな物語を作り出したのではない。「異なる位置にいるアクティビストたちが異なるストーリーを語るのは、彼らがマングールの森について明らかに異なった歴史を築いてきたから」(p361)という意味では、一見するとバラバラな、あるいは同床異夢な物語が描かれている。でも、実はこの同床異夢性の中に筆者は「部分的に覇権を握る、想像された異質な諸スケールの結合」というアブラムシの本質を見る。

「多くの環境主義の擁護者が環境学者に問うているのは、データを結合して地球規模の見取り図を作成するために、いかにして互換可能なデータセットを収集できるかである。この見方からすると、現地の視点は技術的な問題として乗り越えるべき課題となる。私のストーリーはそれとは逆のアプローチを切り開く。私たちが互換性のないデータセットに注目したらどうなるだろうか? 換言すれば、社会的な立場やジャンル、実践的な知識が、私たちの集めるデータを形成するあり方に着目したらどうなるだろうか? 互換不可能性を排除するのではなく、その不可能性がどこに差異をもたらすのかを明らかにする必要があるのだ。」(p374-375)

互換可能なデータセットとは、比較可能な数値化されたデータである。気温や湿度、森林面積や開発された大地の面積、土壌汚染の証拠となる各種の有害物質の含有量・・・、これらは何らかの「客観的な評価基準」で比較検討が可能なものである。環境保護などを主張する際も、このような互換可能なデータセットの収集に基づいた議論が、説得力があるとされる。

だが、アナ・ツィン氏は「私のストーリーはそれとは逆のアプローチを切り開く」と述べる。比較可能な数値に縮減されない互換性のないデータセットである「社会的な立場やジャンル、実践的な知識」が、「部分的に覇権を握る、想像された異質な諸スケールの結合」を生み出していく。その有様が「摩擦」や「差異」を生み出す。マングールの環境保護の動きに関して、村人の中でもその歴史的記憶が違って語られる。それは外部のアクティビストや州政府関係者との語りとも異なる。だが、唯一の正解がある、というfact信仰とはこのアプローチは異なる。違って語られる記憶にいかなる摩擦や差異があるのか。それはなぜ・どのようなプロセスで作り出されていくのか、をアクター間の連接(ネットワーク)を手繰りよせながら描いていくのだ。これはアクターネットワーク理論とは言わないANT、アリとアブラムシの結合の物語なのである。

「摩擦はグローバル・コネクションをより強力かつ効果的なものにする。また同時に、意識せずとも、摩擦はグローバルな力のスムーズな動作を邪魔しにくる。差異は混乱を招き、日常的な機能不全や予期せぬ天変地異をもたらしうる。グローバルな力が良く油を注された機械のように動作するというまやかしは、摩擦によって否定される。加えて、差異は時に反乱を揺動する。摩擦は、象の鼻に入るハエになれるのだ。
摩擦に注目することでグローバルな相互のつながりを民族史的に記述する可能性が開かれる。(略)私たちが問うのは、普遍が真実なのか虚偽なのかということではなく、普遍が持つ種々の厄介な関わり合い(エンゲージメント)である。」(p29)

僕がブログを書くのは、本の紹介の意味もあるが、こうやって文章を筆写する中で、筆者の論理構造を追体験する意味も大きい。今回この部分を筆写しながら、アブラムシはハエでもあったのか、と気づかされた。それだけでなく、この本は色々なややこしい話がたっぷり書かれていて、読んでいて疲れるし、どこにいくねん、と思いながら読んでいるのだが、実は社会運動といわれるものは一枚岩では全然なくて、差異は混乱を招くし、スムーズな動きは摩擦によって否定されるのだけれど、そのような動的混乱や反乱、揺動こそが、金融資本主義やグローバライゼーションといった大文字の政治に抵抗する「蟻の一穴」になりうる、ということだ。普遍はシュッとしたスマートな真実なのではない。本書を読んでいても感じるが、「普遍」として歴史的に記述・記憶されるものも、実は「種々の厄介な関わり合い(エンゲージメント)」の極めて薄氷を踏む動的平衡のなかで成り立っているのである。

これと同じ記述を、自分の専門で出来るか、と言われたら、大変心許ない。でも、精神医療の構造を問い直すのなら、こういう形での「種々の厄介な関わり合い(エンゲージメント)」による「摩擦」や「差異」を描く方法もあるのだ、と学ぶことができたのは、大きな成果だ。